そのに

「ごーろ、ごーろ……」


その日、とてもライオンは上機嫌でした。

何故ならば、空がすっきりと晴れ渡って、ぽかぽかで、大好きな日向ぼっこをするには、絶好の日だったのです。

緑の草むらのうえに寝っ転がれば、おてんとさまと、青々した土の匂いが、鼻の奥を擽って、とても心地よい、まどろみに誘われます。

しかし、そんな安らぎの時間は、まるで天地に響き渡るように、張り上げられた、大声によって破られたのでした。


「おぉ〜いっ! ライオーン! 勝負だぁ〜っ!!」


「ん〜? なんだぁ……ヘラジカかぁ。 今日の勝負は、お昼からの約束だよ〜? まだ早いんじゃないかなぁ」


「うむ! だから、それまでに腹を減らしておこうと思ってな! 力比べならば、一石二鳥というやつだ!」


「なるほどねぇ〜」


どうだ、名案だろう、と、がははと高笑いをしているヘラジカの様子に、納得をしつつも、さてどうしたものかな、と、ライオンは考えを巡らします。


ライオンも、別に力比べ自体は、嫌いではないのですが、どちらかというなら、今のように、ごろごろと呑気にしているのが好きで、対するヘラジカは、隙あらば力比べをしようとするうえ、じぶんと比べて、驚くほどにスタミナがあるので、あまり長く動いているのが得意でないライオンは、付き合うのが大変なのです。


もちろん、決して悪い子ではないのですが、この、ヘラジカというフレンズ、どこまでも、どこまでも真っ直ぐに行ってしまう子で、はぐらかすのもまた、一苦労なのでした。


「さぁ! 勝負だ、ライオン!」


「ん〜、どうしよっかなぁ〜……む」


「大将ー!」


ヘラジカのほかに、こちらに向かって駆け寄ってくる二人のフレンズの姿に気づいて、ライオンは、リラックスした態度をあらためて、姿勢を正します。

群れ(プライド)の手前では、あるじとしての威厳を見せるのが、ライオンの流儀です。


「アラビアオリックスに、オーロックスか」


「大将! やっぱりここでしたか」


「ヘラジカも一緒とは、都合がいいな……」


「どうした? 何かあったか。確か、ツキノワグマの様子を見に行くという話だったが……」


「困っているなら、私も力を貸すぞ」


ひそひそと何やら話している二人の様子に、ライオンはすぐに気づきました。

ヘラジカも、胸を張って、快い言葉を投げますが、それを受けた二人は、なぜだか変に慌て始めます。


「い、いや別に、何もなかったっすよ! なんか知らない奴が来て、『りょうり』を全部食べちまったりなんか……」


「ほう……?」


「お、おいっ、オーロックス! 余計なこと言うな! それより、アレですよ、アレ……えっと! そう、急に身体が動かしたくなって! け、稽古、つけて貰えないですか! 大将、直々にっ!」


「おぉ、稽古か!」


「……」


アラビアオリックスの口から飛び出した、稽古、という単語に、ヘラジカが、嬉しげにするのとは対照的に、ライオンは、眉をひそめていました。

オーロックスが、口からこぼしていた内容……加えて、アラビアオリックスの、あの慌てよう。

ははぁ、なるほど。何かを隠しているな、と、そう、ライオンはあっさりと勘付いてしまいました。

そこで、少し探りを入れてみる事にします。


「そうだな……ならば、食後にやろう」


「えぇっ!? ど、どうする……?」


「どうするって……え、えぇと! い、今すぐやりたいんです! そういう気分なんですよ!」


「そ、そうなんすよ〜! ほら、せっかくだから、ヘラジカもどうだ?」


「おぉ! もちろんやるぞ! 腕がなるなぁ! ライオン!」


「……仕方ない」


願ってもない、といった調子のヘラジカに、ぐいぐいと腕を引っ張られながら、よっこらしょ、と、ライオンは立ち上がりました。

部下の二人が、一体何を隠していて、どうしていきなり稽古に誘いをかけてきたのか、その理由は、もうおおよその見当はついてしまっていたのですが、敢えて乗せられることにしたのです。


「群れのあるじとしては、あまり正しくはないのかもしれないけどねぇ」


「ん? 群れがどうかしたか? ライオン」


「いやぁ。 最近、みんな頑張ってるな、って、思ってねぇ」


独り言に、耳ざとく反応してきたヘラジカに、おどけた調子で答えて、城のある方の野っ原と、ヘラジカの群れの住んでいる、森の近くのあたりに目をやりました。


「あの子たちに会ってからさ。 私たちの部下もそうだけど、みんな、色々、自分から、出来る事を考えて、やるようになったじゃない? 『はたけ』、だっけ。キミの所だって、あんなものを作ってたし」


「そうか? 皆、昔から素晴らしいぞ!」


「変わらないなぁ、君は。 そこが慕われるんだろうけどね……さぁ、かかって来い。久々に、揉んでやろう」


どんな理由にせよ、自分に頼らずに何かをやり遂げようとしている部下達と、いつでもどこでも我が道をまっすぐに進んでいく、自分とは正反対のような友達の様子に、まんざらでもなさげにしながら、ライオンは、一つの群れのあるじとしての威厳を見せるべく、構えて見せるのでした。


……一方その頃。

『りょうり』の材料を集めるために、ツキノワグマの指差した方へと飛んできたヨダカとミナミコアリクイは、空から、なんとも不思議な光景を見下ろしていました。


「ねぇ、あれ、なんだろぅ……地面が、四角く切り取られて、綺麗に草がならんでるよぅ。ヨダカ、わかる?」


「……恐らく、何らかの人為的な介入により、作られたものと予測。加えて、今までの記憶と比較し、新しいものであると断定」


「えっとぅ……『ヒト』の作ったものじゃない、ってことぅ? それって」


「恐らく。推測だけれど」


「そっかぁ。ここの群れの子たちが作ったのかなぁ……うわぁっ!?」


じっと、景色を見下ろしていたミナミコアリクイですが、ヨダカの顔を見上げた時、自分たちのすぐ上を、大きな影が、こっちのほうをにらみながら飛んでいるの気付いて、びっくりしてしまいました。

すると、その影は、なんだかばつの悪そうにしつつ、ヨダカに並んで飛び始めます。


「ごめんなさい……驚かすつもりは、なかったの。わたし、いつ話しかけようか、つい、気を伺っちゃうんだよね……」


「あ、それ、あたしもちょっと、分かるよぅ。大きかったり、怖い子に話しかける時とか、難しいよねぇ」


「同意。適切なタイミングでの適切な対応は、難しい」


「わかってくれるんだ……嬉しいな。わたしはハシビロコウ。きみたちは?」


「あ、あたしはミナミコアリクイ、この子はヨダカだよぅ。こっちのほうにあるってゆぅ、フレンズの群れに会いにきたんだよぅ」


「そうなんだ……それなら、わたしたちの群れの事かな。付いて来て」


ハシビロコウは、一見、とても険しい目をした、怖い子に見えましたが、その実は、大人しくて、優しいフレンズでした。

ばさりばさりと、大きな翼をはためかせて飛んでいくのについていけば、崩れかけた、『ヒト』の作ったらしき遺跡が、見えてきました。


「こっちだよ。ヘラジカ様は……留守みたいだけど」


「うん。ありがとぅ、ハシビロコウ」


「……何奴っ!」


「うぇっ!? 誰もいないとこから、声がするよぅ!」


「ふっふっふ〜。声はすれども姿は見えず……」


「……そこ。誰かいる」


「ふぁっ!? なぜわかったでござる!?」


ヨダカが指差した先、何もなかった筈の場所に、急にひとりのフレンズが現れます。

布を頭に巻きつけたような、一風変わった姿をした、緑の髪のその子は、すぐにヨダカに見破られたことに、ショックを受けているようでしたが、ミナミコアリクイからしてみれば、驚きの連続というものです。


「す、すごぉい……! きみが、あのお話に出てきた、透明になれるってゆぅフレンズだったんだぁ! ほんとに見れて、感動だよぅ! ヨダカも、なんでわかったのぅ?」


「レーダーに、反応」


「れーだー……? なんでござるか、それは」


「何々、なんの騒ぎですか?」


「事件、ですぅ? あれ、なんだか見慣れない子たち、ですぅ」


騒ぎに気づいたようで、近くにいた、残り二人のフレンズたちも寄ってきました。

身体に硬そうな甲羅をつけたフレンズと、お尻のあたりから、とげとげを沢山に生やしたフレンズです。

ハシビロコウが、三人へ向けて、呼びかけます。


「パンサーカメレオン。オオアルマジロ。アフリカタテガミヤマアラシ。二人には、わたしたちに、急ぎの用事があるみたい……ヘラジカ様はいないけど、相談に乗ってあげたい」


「なんと。拙者たちに、で、ござるか……?」


「うん。実はねぇ、ツキノワグマの為に、『りょうり』の材料が欲しいんだよぅ」


ミナミコアリクイは、三人のフレンズに向けて、何があって、どうして力を借りたいのかを、素直にお話します。

すると、みんなすぐに納得して、快く頷きを返してくれました。


「なるほどぉ! そういうことですか。それは大変です、ヘラジカ様、今日の勝負、すっごく楽しみにしてたですから」


「委細承知でござる。我らがあるじのためにも、協力は惜しまないでごさるよ!」


「ありがとぅ、 頼もしいよぅ!」


「そういうことなら、頑張って作った、『はたけ』の出番、ですぅ!」


「『はたけ』?」


「ここに来るまでに、沢山草がきれいに並んでるの、見えたと思う……あれのことだよ」


アフリカタテガミヤマアラシの言った言葉に、不思議そうに首を傾げたヨダカへ、ハシビロコウが説明します。


「あそこで、『りょうり』に使うって

いう、『やさい』っていうのを育てているの。博士たちに、頼まれて」


「そうなんだぁ……あれ? でも、どうして『ちょい』しないんだろう。博士たち、そうやって『りょうり』に使うものを集めてた、って、お話では言ってたよぅ」


「なんでも、最近『ちょい』しにくくなったって聞いたですよ。『りょうり』のために、何度も行っていたら、ボスたちに、すっごく、警戒されるようになったとかです」


「『けちになった』って、言ってた、ですぅ。それで、『ちょい』しなくても、みんなが『りょうり』を楽しめるように、私たちが、やり方を教えてもらって、作ったのが、『はたけ』、ですぅ!」


「すごいよぅ! みんなのために、あんなの作ったんだ、かばんさんみたいだよぅ!」


「ふふふ。かばんさんには、お世話になったでござるからなぁ。また会う時に、驚かせてあげるでござるよ。さぁ、付いてくるでござる」


ミナミコアリクイに褒められて、なかなかに誇らしげに胸を張ってみせながら、パンサーカメレオンたちは、二人を『はたけ』の方へと、案内します。

空から見た通り、だいたい、フレンズのみんなの膝くらいから、頭より高いくらいもある草が、それぞれ、前ならえをしたみたいにならんでいて、とても、青々としていて、立派です。


「ふあぁ……ひろぉい、これ、ほんとにみんなが作ったのぅ!? すごいよぅ」


「同意」


「えっへん。みんな、頑張りましたですからね! せっかくなら、味見していくといいですよ」


「それより、収穫、ですぅ! 間に合わなくなったら、大変、ですぅ!」


「そうでござったな。さぁ、みんなで協力して、『りょうり』の材料を、集めるでござるよ!」


「えい、えい、おー!」


こうして、みんなはわいのわいのと、いったん離れて収穫に取り掛かりました。

沢山荷物を持てるヨダカに、獲った食べ物を運んでもらうのを任せて、ミナミコアリクイも、うんしょうんしょと、手近なところにある茎をつかんで、頑張って引っ張ったり、掘り出したりとしていきます。

最初のうちは少し迷いましたが、すぐに慣れて、どんどんと上達していきました。


「うんしょ、よいしょ……っ、なんだか、蟻塚を崩すのに、ちょっと似てて、楽しいなぁ」


「だんだん早くなってる。いい調子」


「慣れてきたのかな? でも、よかったよう。これなら間に合うかも……」


「お待ちなサイ!」


「ふぇあっ!? な、なんだよぅ!?」


いきなり、大声をぶつけられて、びくっとしながら、久々の威嚇ポーズを決めてみせるミナミコアリクイ。

その先で、重そうな鎧甲冑を身につけた、いかにも頑固そうなフレンズが、こちらを睨みつけています。


「ヘラジカ様と、みんなで作った大切な『はたけ』! それを勝手に荒らす者には、たとえフレンズであろうと、このシロサイが容赦しませんわ!!」


「か、勝手になんて荒らしてないよぅ! あっち行ってよぅ!」


「言い訳無用ですわ! さぁ、大人しくお縄につきなサイ! サイサイサイサイサーイっ!」


「ひゃあああっ!? こっ、こないでよぉうっ!!」


歩きづらい『はたけ』の中を、一目散にこちらへ向かって駆けて来ようとする、鎧のフレンズ。

思わず、その場で目をつぶってしまうミナミコアリクイですが、そのフレンズの体当たりの衝撃が、襲ってくることはありませんでした。


「んゆぅ……あ、よっ、ヨダカ!」


「なっ……っ、何者ですの、アナタ!?」


「……ヨダカ。話を、聞いて」


恐る恐る目を開いたミナミコアリクイが目にしたのは、振り上げられた角の槍を、両手で掴んで止めている、ヨダカの姿です。

相手のフレンズは、かなりの力で槍を引っ張っているようで、ヨダカの体も、少し動きますが、握った腕は、少しも離そうとはしていませんでした。


「あっ、アナタ、なんですの……!? このワタクシの突進を、正面から……はっ、離しなサイ!」


「話を、聞いてくれたら」


「あわわ〜っ!? シロサイ殿、落ち着くでござるよ! お二人は、拙者らが招いたのでござる!」


そこへ、騒ぎに気づいたようで、パンサーカメレオンが、慌てて駆け寄ってきて、鎧のフレンズ……シロサイに、ことのしだいを話してくれたのでした。


「そ、そんな事情が……早とちりしてしまいましたわ! ごめんなさいですの」


「シロサイ殿は、ヘラジカ様より与えられた、『はたけ』の番の任を忠実に守ろうとしただけなんでござる。落ち度があるのは、浮かれていて、お二人のことをシロサイ殿に伝えるのを忘れていた、拙者の方でござるよ……かたじけない」


「無問題。それより、今は『りょうり』の材料確保が急務」


「そうでありますわね……こうしてはおられませんわ、早速お手伝いいたします!」


「うん、ありがとうだよぅ……ふへへ」


「ミナミコアリクイ?」


「うん、ヨダカね。とってもみんなとお話しするの、上手になったなぁ、って、思って」


ふにゃ、と、ミナミコアリクイは、ヨダカへ向けて、柔らかく笑いかけます。

出会った頃に比べて、この、真っ黒な友達が、とても、表情豊かで、穏やかになったことが、嬉しくって、ついつい、笑みがこぼれてしまったのでした。

すると、ヨダカは、ものを思うような顔をして、考えこむのです。


「上手に、なった……」


「ヨダカ?」


「……疑問。生まれたばかりのフレンズは、皆、初めは、わたしのよう?」


「うぅん……わかんないけどぅ、そうゆう子も、いるんじゃないかなぁ」


「ミナミコアリクイは?」


「あたし? えっとぅ。あたしは、動物の頃のこと、ちょっと覚えてたから、きみほど困りはしなかったかなぁ。心配なのぅ?」


「作業の再開を提案。ツキノワグマが待ってる」


「あ、うん。そうだったよぅ」


言われて思い出したミナミコアリクイが、少し慌てて作業に戻ります。

自分も手を動かしつつも、ヨダカは、じっと、いまいち、気持ちを読み取れない顔のまま、何かを考えている風だったのでした。


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