第六話 おもちゃの兵隊の行進曲

そのいち

こはんを離れ、ついにとしょかんのあるしんりんちほーの手前までやってきたミナミコアリクイとヨダカ。

どこまでも見晴らしのよい景色の中に、大きくて、とても立派な建物があるのが、目を引きます。


「あっ! お城だぁ」


「お城?」


「うん、あのおうちのことだよ。タイリクオオカミから聞いた、お話の中にでてきたんだぁ。あれも、『ヒト』が作ったんだって」


「あれも……『ヒト』は、すごい」


「だよね、だよね! いろんなとこで、みんなの役に立つものを作っていてくれてるんだよぅ。憧れちゃうよぅ……」


「肯定。会ってみたい」


「ほんとぅ!? 島の外の、ゴコクエリアってゆうところに行けば、かばんさんに会えるかもしれないよぅ! 博士たちになんの動物か教えてもらったら、行ってみようよぅ」


「了解……ん」


わいのわいのと、『ヒト』のことで盛り上がっていたら、ふいに、ぐぅ、と、ヨダカのお腹がなりました。

今日の朝も、たらふく、お腹にじゃぱりまんを詰め込んだばかりの筈なのですが。


「そろそろ、補給を提案」


「ふへへ、前から思ってたけど、ヨダカってお腹減るの、早いよねぇ」


「……そんなことは、ない」


ヨダカの、にへらと笑ったのをみて、ヨダカは、少しむっとしたように、言い返します。

すると、ミナミコアリクイはちょっと慌てて、手を軽く振るのでした。


「あっ、違うよぅ。その、からかおうとしたんじゃなくってぇ、美味しいもの、たくさん食べれるの、羨ましいなぁ、って。あたし、じゃぱりまんも一個くらいで、お腹いっぱいになっちゃうから……でも、気にしてたんだねぇ」


「……やっぱり、からかってる」


「そんなことないよぅ、ふへへっ。お城までついたら、ボスを探して、じゃぱりまん分けて貰おうよぅ……んぅ?」


「ミナミコアリクイ?」


「うん、なんだか、すごく、良い匂いが……こっちから、するみたいだよぅ」


つられるように、なにかの匂いがするというほうへと、ふらふらと歩き出したミナミコアリクイ。

ヨダカもついていきますと、お城の影で、二人を待ち受けていたのは、大きなお鍋を、なんだか赤くてゆらゆらしているものの上に置いたまま、ゆっくりと中身をかき混ぜている黒いけものの姿が。

ここまでくれば、ミナミコアリクイばかりでなく、ヨダカにさえ、その鍋の中身こそが、この、辺りに広がってきている良い匂いの正体である事など、明白にわかるというものです。

恐る恐る、ミナミコアリクイが、少し離れたところから、その子に声をかけました。


「ふあぁ……あ、あのぅ」


「んあ? なぁに君たち。見慣れない顔だけど……としょかんなら、そっちの道をまっすぐだよ」


「あっ。えっとぅ、あたしたち、お腹が空いてて……もし、じゃぱりまんとかがあれば、分けてもらえないかなって」


「あー、なるほどね……それなら、ふふん。運が良かったねぇ」


「質問。あなたは何をしている? この匂いの発生源は、それ?」


「ふふん、よくぞ聞いてくれました! これぞ、このツキノワグマ特製の、あの『りょうり』だよ!」


ヨダカに問いかけられると、そのフレンズは、えへん、と、お鍋の前で、得意げに胸をそらして言いました。

その『りょうり』という言葉に、とても関心したそぶりを見せるのは、ミナミコアリクイです。


「ふあぁ、本当? すごぉい! まだ、ヒグマしか作れないって聞いてたのに! なら、それが『火』なんだね、怖くないのぅ?」


「まぁね、私も平気なんだ。同じクマの仲間だからかな? 博士たちに習ったんだよ、作り方。ヒグマはハンターもやっていて、忙しいから〜って」


「そうなんだぁ……『火』が使えるって、すごいなぁ、憧れちゃうよぅ。あたし、なんだか怖くて近づけないや」


「『火』……これのこと?」


「わっ、触ったら危ないって! あっついよ!」


ふいにお鍋に近づいてきたヨダカが、何の気なしに、揺らめく『火』のところへ手を伸ばして、触ろうとしたので、ツキノワグマが慌てて止めに入りました。

ふつう、フレンズはみんな怖くてなかなか近づけないので、これにはミナミコアリクイもびっくりです。


「わぁっ、ヨダカ、火が怖くないのぅ?」


「平気。これは、危険?」


「そうだね、博士たちが言ってたよー。『りょうり』も作れて便利だけど、熱いし、使い方を間違えると、いろんなものを燃やして、駄目にしちゃう、こわーいものなんだって」


「怖い、もの……」


話を聞きながら、じっと火を見つめるヨダカ。

ぱちぱちと爆ぜる音に、胸の奥の方が、なんだか、すごく、ざわざわとざわついてきて……一つの景色が、重なって、浮かび上がってきます。

火の、揺らめく赤が、足元の地面を、すっかり覆い尽くしてしまって……昼間のように、照らされた夜の帳の中を、ひとりぼっちで、どこまでも、飛んでいくような……そんな景色です。


「それでさ、良かったらさ。君ら、味見していかない?」


「えっ、いいのぅ? 食べても」


「うん、お腹減ってるみたいだしね。お礼に感想聞かせてよ! まだ練習中だから」


「味見……了解」


ヨダカは、何か、懐かしいことを思い出していたような気がしましたが、ツキノワグマのお誘いに、あっさり意識を奪われてしまいました。

もっとも、先程からあたりに立ち込めている、とても良い匂いをずっと嗅いでいたですから、仕方のないことでしょう。

ツキノワグマから、お皿に盛り付けられた『りょうり』を受け取って、2人は、近くに腰掛けながら、味わうこととしました。


「ありがとぅ、ツキノワグマ! それじゃあ、いただきます、だよぅ」


「ん……いただき、ます」


ヨダカにとっては、初めて目にする、じゃぱりまん以外の食べ物です。

匂いは、とても良いのですが、なんだか、茶色くて、どろどろしているのが、ちょっと不気味に見えてしまいます。

ミナミコアリクイが、嬉しげに頬張るのを見守ってから、ようやく、おっかなびっくりながら、口を付けることができました。


「うーん、美味しいよぅ! あたし、ちょっと辛いの苦手だったけどぅ、この『りょうり』は、なんだかちょっと甘くて、食べやすいね」


「ふふん、実はね、ちょっとハチミツを入れてアレンジしてみたんだー。これが意外と美味しくってさぁ! そっちの子……ヨダカ、だっけ。君はどう?」


「……っ!? はむっ、はぐっ!」


一口食べたとたんに、ヨダカは目をまん丸にして、夢中になってお皿にかじりつき始めました。

あっという間に、器の中が空っぽになります。


「むぐむぐ……適正な評価の為、更なるサンプルを所望」


「おーっ! 気に入ってくれたんだね、嬉しいな! いいよいいよ、どんどん食べてよ!」


「ふへへ、ヨダカは食べるの、大好きだよね。でも、もう少しゆっくり食べた方が、いいと思うよぅ」


「はむっ、はふっ。おかわり」


「早ーいっ! このー、負けないぞーっ!」


ミナミコアリクイの苦笑いをよそに、ヨダカは、器に盛られたりょうりを、もりもりと平らげてゆきます。

あっという間に空になったとおもえば、またツキノワグマが山盛りに盛り付けて、というのが、しばらくの間に、何度も何度も繰り返されました。


「けぷっ……おかわりを、所望」


「ま、まだ食べるのぅ?」


「何をぅ、負けるかーっ……あ、あれぇ?」


さすがにペースは落ちたとはいえ、まだまだ食べようとするヨダカを前に、ツキノワグマがまたりょうりを盛り付けようとして、それができないことに気づきました。

そう、いつのまにか、お鍋の中が、空っぽになってしまっていたのです。


「わわっ、しまったぁ!」


「あれ、ツキノワグマ 、どうしたのぅ?」


「実は、『りょうり』がもう、なくなっちゃって……ごめんね、もうおしまいなんだ」


「ん……分けて貰えただけで、感謝。ありがとう、ごちそうさま」


「そうだよぅ! 謝ることなんてないよぅ。むしろ、あたしたちが食べ尽くしちゃって、よかったのぅ?」


「うぅ、実は、その事なんだけどぉ」


「おーい、ツキノワグマーっ!」


「ひゃあっ!?」


なんだか気まずそうにしているツキノワグマ の名前を、呼ぶ声があります。

振り返れば、槍みたいな武器を持った白いフレンズと、お腹の筋肉の凄い褐色のフレンズの姿が。


「味見しに来てやったぞ!」


「勝負まではまだだけど、ちょっと食べさせてくれよ。いいだろ? お腹減っちゃって」


「あ、アラビアオリックスに、オーロックス……い、今から食べたら勝てなくなっちゃうよ? それに、味見ならもう、2人にやってもらったから……」


「あん? なんだぁそいつら? どっから来た、縄張りは?」


「あ、あたしはミナミコアリクイ、こっちはヨダカだよぅ。としょかんに行きたくて、さばんなちほーから来たのぅ」


「よろしく。けぷっ」


ミナミコアリクイは、少し怯えながらも、丁寧に答えます。

一方で、ヨダカは、手元のりょうりを、綺麗に食べ終えていた所でした。

白い方は、ミナミコアリクイの話に、少し感心した様子ですが、褐色の方は、相変わらずに、お鍋の方を向いています。


「へぇ、遠くから良く来たな。あれ? サバンナって、ここから北だっけ、南だっけ? オーロックス、わかるか?」


「今はそんな事いいだろ、アラビアオリックス。それより、飯だ! ツキノワグマ、早く!」


「あ、あわわ、わわっ、ダメッ! その、今は、まだ出来てないから……っ!」


「そいつら、しっかり食べてるし、そんなことないだろ。匂いでわかるぞ」


「ツキノワグマ 、なんか変だぞ? 怪しいな」


「いや、その、それはさぁ……そんな、ハシビロコウみたいに見ないでよぉ〜!」


褐色のオーロックスと、白と黒の島模様のアラビアオリックスは、あわあわとするツキノワグマを怪しみ、じぃ〜っと見つめます。

そこに、助け船を出すように、ヨダカが、一言、謝るのでした。


「りょうりは、ない。わたしが、全部、食べた。ごめんなさい」


「な、なんだとぉ!? 本当なのか、ツキノワグマ!」


「……う、うん」


その告白を受けて、ツキノワグマは、観念した、という風に、詰め寄るアラビアオリックスと、オーロックスへ、白状します。


「ふ、二人は悪くないんだよ。私の『りょうり』、すごく、喜んで食べてくれたから、嬉しくなっちゃって、つい……」


「そうかぁ……食べられないのかぁ。がっくり」


「でも、それならどうするんだよ、今日の勝負?」


「それなんだよ〜。どうしよ〜……」


「あ、あのぅ、勝負ってぇ?」


ミナミコアリクイが、気まずい気持ちを抱えながらも、恐る恐るに質問します。

『りょうり』をあらかた平らげてしまった負い目から、罪滅ぼし、とまでは言いませんが、何か、手伝える事はないかと思ってのことでした。

それに答えるのは、白い毛並みのアラビアオリックスです。


「あぁ、実はさ。今日、うちらの群れと、ヘラジカの群れで、大食い勝負をしようって約束をしてるんだ。ツキノワグマが、そのための『りょうり』を作る予定だったんだけど……」


「うぅ……大将にどやされるぅ」


ツキノワグマが、怯えるように頭を手で押さえます。耳もぺたんと寝て、元気がありません。

その、『大将』という子が、よほど怖いのでしょう。

自分たちに美味しいごはんを食べさせてくれた優しいフレンズが、そんな顔をしているのを見て、ミナミコアリクイは、意を決して、自分の思いつきを、提案します。


「あ、あのぅっ。それなら、今から、作っちゃう……とか、ど、どうかなぁ」


「今から!? 間に合わないよぉ。ヒグマならともかく、私じゃあ」


「あ、あたし、作り方なら、分かるかもっ……作ったことは、ないけどぅ」


「本当!? すっごーい、なんで知ってるの?」


「えっとぅ、かばんさんのお話が、好きでぇ、何回も聞いてたから……あ、でもぅ、細かいとこまで分かるわけじゃなくってぇ、間違えて覚えてるかも、だけどぅ」


「わたしは、ミナミコアリクイを、信じる」


「ヨダカ……うん、ありがとぅ。手伝うよぅっ、ツキノワグマ」


もじもじ、と、自信なさげだったミナミコアリクイを、ヨダカの一言が支えました。

優しくしてくれたツキノワグマの為にも、胸を張ります。

その頼もしさに、ツキノワグマもまた、暗い顔を明るく一転させるのでした。


「ありがとう……助かるよ! まずは、りょうりに使う食べ物、集めて来て貰っていいかな? あっちの方に、仲のいい群れがあるんだ。きっと分けてもらえると思う」


「了解。運搬なら、任せて」


「じゃあ、俺らはなんとか、ヘラジカのやつと大将の気を引いて、時間を稼いでみるぜ」


「あぁ。『りょうり』、食べたいしな」


「二人ともっ、ありがとう! 私もとびきりのやつを作れるよう、火の番と、準備をしとくから!」


「うんっ! みんなで、がんばろぅ!」


こうして、来たるべきしょうぶのために、ミナミコアリクイと、ヨダカ、そしてツキノワグマ達は、おのおのに動き始めたのでした。

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