そのに
……そこは、真っ暗で、なんにも見えないところでした。
自分の指先も、ぜんぜん見えないくらいで、力を入れてみても、身体が動いているのか、どうかさえ、よくわかりません。
『全ての輝きは やがて 消える。 失い どれほど 焦がれようと 戻ることはない』
どこからともなく、声だけが聞こえてきます。
強い、気持ち……悲しみとか、切なさとか、叫びだしたくなるような感じとか、そういうものが、乗せられている筈なのに。
なんだか、がらんどうのような、抜け殻のような……中身のあるようには、感じられない、不気味な声でした。
『しかし 我々 セルリアンは 保存し 再現する 永遠に』
声が、近づいてきます。
もがこうとしますが、何か、重いもので身体が押さえつけられているかのように、少しも動けません。
『進化 情報の保存 再生–– また 会いたい 会える 偽りでも それでも』
声が、どんどんと大きくなってきます。
頭の中で、何度も、何度も、跳ね返って響きます。
逃げられないその声に、ついに、耐えきれなくなって、叫ぼうとして。
「––カさんっ、ヨダカさんっ!」
「はっ……!?」
目を覚ますと、自分の顔を、心配げに、リカオンが、覗き込んでいるところでした。
「よかった。心配しましたよぉ、随分うなされていましたから。僕の顔、見えますか?」
「ん。暗い、けど、ある程度は」
「そうですか! それは良かった、もしかしたら、僕よりはっきり見えてるのかも」
「質問……ここは、どこ? ミナミコアリクイは?」
「ここは、多分、地下迷宮のどこか、だと思います。流砂に巻き込まれて、落ちてきたんですよ、僕たち。覚えてますか?」
「ウェー……なんとなく」
天井から砂がなだれこんで、半分くらい埋まってしまっている部屋の様子を眺めていると、少しずつ、何があったか……自分が、何をしたかの記憶が、ヨダカの中に蘇ってきました。
セルリアンは倒せたものの、力の使いすぎで、ヨダカは気を失って、地面に落ちてしまいました。
それを、リカオンが、助けようとしてくれたようです。
「わたしは……戦った? セルリアンと……ミナミコアリクイ! ミナミコアリクイは、無事……?」
「と、とりあえず落ち着いてくださいっ。見かけなかったので、多分穴には落ちてないと思いますよ。今頃地上で、ヒグマさんたちと一緒にいるかと思います」
「理解。地上、地上に戻らないと」
「そうですね、僕もそう思います……わっ、ダメですよ、こんなところで飛んじゃ! 崩れるかもしれないし、どれくらい天井が高いかも、わからないですから!」
「……理解。ごめんなさい」
おもむろに、ヨダカが、その翼からけものプラズムを出し始めたので、慌ててリカオンは止めにかかりました。
あまり顔色は変わっていませんが、落ち着きを失ってしまっているのが、伝わってきます。
止められて、しゅんとするヨダカの様子に、リカオンは、しっかりしないと、と、自分のほっぺをぴしゃりと叩いて、気合いを入れ直しました。
「大丈夫! ヨダカさんのことは、僕が必ず、地上までお連れしますから! 僕、探索は得意なんです、ジャパリパークの地形のことは、ヒグマさんより詳しいんですよ!」
「質問。それは、本当?」
「はい、勿論! ……ただ、この遺跡は、まだ奥のほうまで、探索できてないんですけど」
「リカオン……少し、頼りない」
「ひ、ひどいですよぉ!」
「嘘。感謝、ありがとう、リカオン。助けてくれて」
「えへへ……それが、ハンターですから。とりあえず、なんとか地上に上がれる道を、探してみましょう。歩けますか?」
「ん、大丈夫」
「よかった。足元、気をつけて下さいね……わっと! お、お恥ずかしい」
言ってるそばから、リカオンのほうが、なにかに足を取られて、つんのめります。
とはいえ、流石はハンターとゆうべきか、すぐにバランスを取って踏みとどまりましたが、驚かされてしまったのは、それからでした。
リカオンの蹴躓いた、砂の中に、半分くらい埋もれているそれが、いきなり、ぶるぶると揺れて、音を出し始めたのです。
『ア、アワワ、アワワワワ……』
「これは……もしかして、ボス!? 大変、崩落に巻き込まれたのかも、助けないと!」
「了解、手伝う」
二人は協力して、砂の中から、その、ボスと呼ばれるちっこいのを、掻きだしました。
全体が見えてくると、たしかに、ミナミコアリクイの言っていたとおりに、耳が大きくて、尻尾があって、でも前足のない、すごく変わった形をしています。
その立ち姿に、ヨダカは、ろおぷうぇいとかを見たときとおんなじ、なんだか不思議な、自分に近いものを見ているような気持ちに、なります。
「これが……ボス」
「ヨダカさん、見るのは初めてですか? ぴょこぴょこしてて、可愛いですよねぇ、すごく! ……あれ、耳が欠けてる」
「損傷。崩落によるもの?」
「かも、しれません……でも、それにしては、古いような……?」
『ビ……ビビビ、ビビ』
耳の欠けたボスは、砂の上に置かれたまま、ヨダカのところをじーっと、緑色した、縦長の目で見つめています。
その間、胸についてる、まぁるいところがぴこぴこしていて、なんだか、ヨダカはちょこっと、そわそわとしてしまいました。
「な、なんだか、調子悪そうですね……落ちた時に、怪我しちゃったんでしょうか」
「可能性は、ある……」
『ビビ……ハジッ、ハジメマシテ。ボクハ、ラッキービースト、ダヨ。キミノ、ナマエヲ、オシエテ』
「しゃ、喋ったああああっ!? も、もしかして、ヨダカさんって、『ヒト』だったんですか……?」
「わたしが、『ヒト』? わからない……」
「あっ、ボスが話しかけるのって、『ヒト』だけらしいんです。でも、かばんさんは空、飛べなかったしなぁ」
「……あなたが、『ヒト』?」
「えぇぇ……? た、多分違うと、思いますけどぉ」
ボスは、普段は、フレンズとおしゃべりしてくれないのですが、リカオンはもちろん、ヨダカも、たぶん、『ヒト』というのではないのですが、当たり前に話しかけてきます。
何体もボスを見てきたリカオンは知っていますが、フレンズとおしゃべりしてるボスなんて、かばんとサーバルと一緒に旅をしていた子くらいなものなので、本当に珍しいことです。
そんな驚きに、構ったりすることもなく、その欠け耳のボスは、また二人に向けて話しかけます。
『ヨロシクネ、ヨダカ、リカオン。ジャパリパークノ、ア……アア、アンナイ、ハ、ボクニ、マカセテ』
「やっぱり、なんだか調子悪そうですね……大丈夫かな」
「わからない。でも、案内、可能ならば……わたしたちは、地上に出たい」
『ワカッタヨ。チ、地上、ヘノ、ルートヲ、案内スルネ。コッチ、コッチダヨ。ライトヲ、ツケルネ』
「わっ、目が光った……とりあえず、ついていってみましょう、ヨダカさん」
「了解」
こうして、みんなとはぐれてしまったヨダカとリカオンは、地上を目指して、欠け耳のボスの後をついていく事にしたのでした。
一方、ミナミコアリクイとヒグマたちは、たたかいの終わった後、すぐに集まって、流砂のだいぶおさまったふちから、すりばちの底を見下ろしています。
「おぅい、ヨダカーっ! 聞こえたら返事してよぅーっ!」
「リカオンさーんっ! リカオンさーんっ!!」
「駄目だな……砂に埋もれて、地下に落ちたんだろう。恐らくは、遺跡の中の何処かにいる筈だ」
「だ、大丈夫かなぁ。砂で生き埋めになったり、してないかなぁ」
「心配しないでください、きっと大丈夫ですよ、リカオンさんも一緒ですから。ね? ヒグマさん」
「あぁ。アイツを、この程度でやられるような鍛え方をした覚えはない。とはいえ、ここを登ってくるのは、無理だろう……私は、今から救援に向かう。キンシコウは、ミナミコアリクイと一緒に遺跡の前で待機だ」
「ヒグマさん……一人では、危ないですよ」
「あ、あたしも行くよぅ! ヨダカを助けなきゃ!」
キンシコウも、ミナミコアリクイも、ヒグマが一人で行きたがるのにはいい顔をしませんが、それでも、ヒグマは折れない様子です。
「駄目だ。さっきの崩落で、またどこが崩れるかわからないし、セルリアンも出るかもしれない。入り組んだ遺跡の中で、私達まで逸れるようなことになったら元も子もない」
「そ、それなら、余計にみんなで行ったほうがいいよぅ……! 群れのほうがっ」
「ならば、お前はなんの役に立つ?」
「うっ、え、ええとぉ」
「セルリアンと戦う力もない。仲間が無茶するのを、止めることも出来ない。何か起こっても、怯えているだけのけものが付いてきたところで、足手まといになるのが、関の山だ……っ」
「あ、うぅ……」
「ヒグマさん、少し落ち着いて。セルリアンの危険があるのは、地上も地下も同じです。この状況なら、リカオンさんも、みんなで一緒に動くのに賛成する筈ですよ」
「……済まん。だが、流石に暗闇の迷路の中を、フレンズを守りながら捜索するのは、私とお前でも難しい。せめて、内部の構造に詳しい奴がいればいいんだが」
「あ、あの……ここ、住処にしてたけど、避難した子、ってゆうのは」
「ツチノコさんは、避難ついでにとしょかんに寄ってみる、と言ってました……流石にそこまで行くには、時間がかかりすぎます」
「そんなぁ……でも、二人を放っておけないよぅ」
「お困りですか〜?」
その時でした。
どこからともなく、三人のところに、やけに間延びした、のんびりした感じの声が、かけられたのでした。
振り向けば、ぴんと立った三角のお耳の、とっても可愛らしいフレンズが、そこに立っています。
「スナネコさん! どうしてこんなところに」
「はい。言われた通り、避難してたんですけど、途中で飽きちゃって。それで、おうちに帰ろうとしたら、気になるものを見かけて。その後を付いて行ってみたら、すごい音がして、爆発が起きたので、様子を見に〜。わぁ、凄い穴ですね〜」
「見ての通りだ、かなり派手に崩れて、まだ危ない。セルリアンが居なくなっても、しばらくは近寄らないほうが身のためだ」
「そうなんですか〜。せっかくの遊び場だったのに〜」
「遊び場かぁ。スナネコって、遺跡で遊んでたのぅ?」
ヒグマに言われて、がっかりしているような、そうでもないような感じで、穴を眺めているスナネコですが、その話したことが気になって、ミナミコアリクイは、質問をしました。
すると、スナネコは、ミナミコアリクイの方を振り向いて、こくりと頷きます。
「はい! ツチノコもいるし、とっても素敵なおもしろ場所ですよ。かくれんぼしたり、追いかけっこしたり、穴掘り競争したり、冒険したり、色々できて、楽しいんですよ〜」
「好きなんですね、ここのこと。時間がかかってしまって、ごめんなさい、必ずセルリアンを倒して、お返ししますから……」
「ね、ねぇ! その、一つ思いついたんだけどぅ」
「どうした?」
「うぅ……え、えっとね」
手を上げて、提案をしようとしたミナミコアリクイ。
ヒグマに、びくっとしてしまいますが、なんとか頑張って、その考えを口にします。
「も、もし、スナネコが良ければ、なんだけどぅ。ヨダカとリカオンを探す、お手伝いをして、貰えないかな……って、あっ、その、スナネコ、遺跡の中で遊んでたなら、道案内とかも、して貰えるかなって、思ってぇ、えっと、やっぱり気にしないで、ただの思い付きだから!」
「そうだな……そうするべきかもしれない」
「よ、余計な事言ってごめんなさいっ、駄目だよね、そりゃ……って、え?」
「おー! めいきゅうガイド! なんだか楽しそうですね!」
提案の内容に、キンシコウだけでなく、ヒグマも頷いているし、スナネコも乗り気です。
まさか、賛成して貰えるとは、思ってもみなかったので、思わずミナミコアリクイは、目をぱちくりとさせてしまいました。
「お二人の身の安全を守りながら、リカオンさんとヨダカさんを探すには、それが一番ということですよ。ね、ヒグマさん?」
「足手まといにはなるなよ……それが、約束だ」
「あ……う、うんっ、その、頑張るよぅっ。スナネコ、道案内、お願いだよぅ」
「はい! どんと任せてください」
「私が殿を務める、キンシコウは前を。何が起こるか分からない、気を引き締めていくぞ」
「えぇ。無事でいてください、リカオンさん、ヨダカさん……今、向かいますから」
うきうきと張り切っているスナネコ、対照的におどおどと頼りないミナミコアリクイ、そして、そんな2人を守るため、真剣な面持ちのセルリアンハンター、ヒグマとキンシコウ。
ちょっとへんてこな組み合わせの4人による、遺跡の探索が始まったのでした。
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