第三話 前前前世

そのいち

十分に、いかだを楽しんだ後、ジャガーとコツメカワウソは交代して、また、みんなはいかだで川を渡り始めます。

いかだが変わって、始めのうちは少し慣れないようでしたが、すぐにジャガーは上手く使いこなすようになりました。


「よいしょっと……どうだい? 乗り心地は」


「たーのしーっ! やっぱり乗るのが一番面白いね〜っ、あははっ」


「なんだか、しっくりくるよねぇ」


「うんうん。コツメカワウソの時より、揺れないし、なんだか安心するな」


「私は、コツメカワウソが引いてくれるのも、結構好きだよ」


「本当!? じゃあ、今度またやってあげるね、ジャガーちゃんっ」


「うん、楽しみだよ……ん」


振り返りながら、みんなと話していたジャガーでしたが、少し上を飛んでいるヨダカが、じっとこちらのほうを、見つめていることに気づきました。


「どうかな。ヨダカも、乗ってみる?」


「……ノー。わたしは、重すぎる」


「まぁまぁ、そう言わずにさ。そっと乗れば、大丈夫だよ」


「……了解」


ジャガーに誘われて、ヨダカは、かなり、おそるおそる、といった感じで、そうっと、いかだの上に着地します。

ずん、と、大きく、沈み込みましたが、いかだが壊れる様子は、ありません。


「ほら、大丈夫だったろう?」


「……うん」


「良かったな、ヨダカっ!」


「それじゃ、行くよ……おっとと、流石にちょっと重たいな」


「……わたしは」


ジャガーは、いかだを引っ張ろうとしましたが、どうやら、重すぎるようで、なかなか動きません。

それを見て、やっぱりヨダカは飛び立とうとしますが、その前に、コツメカワウソが、川に飛び込みました。


「それなら、私も一緒にやるやるーっ!」


「お、ありがとう、コツメカワウソ。それじゃ、行くよ。せーのっ」


息を合わせて、二人がいかだを引くと、ヨダカを乗せたまま、ゆっくりと、前へと動き始めました。

それに、ミナミコアリクイも顔をほころばせます。


「ふへへ。よかったねぇ、ヨダカ」


「……うん。ありがとう、ジャガー、コツメカワウソ」


「どういたしまして。いかだのお返しだよ」


「あっははっ、楽しいねーっ」


ちょっとはにかみながら、ヨダカがお礼を言えば、ジャガーは丁寧に返事をするし、コツメカワウソはいつも通りに楽しそうに笑っています。

そんな、みんなの、当たり前に優しくしてくれるところに、どうしたらいいか、分からなくなって、ヨダカは、気付けば、いかだからの景色に、目をさ迷わせていました。

川から見える景色は、飛んで見下ろしたのとは、また違った風に、横へ横へと流れていきますが、そんな中で、遠くの、険しい山の上のほうで、何かが、キラッと光ったのを、見た気がしました。


「……あそこ。何か、見えた。ような」


「ん、あの山が気になるのぅ? あそこはね、こうざんだよ。アルパカの、カフェがあるの。行ってみる?」


「あぁ、今度、ちょうどPPPのライブがある、って話を聞いたよ。タイミングが良ければ、観れるかもね」


「ほんとかっ! い、いや、べつに興味、あるわけじゃないけど」


「ふへへ、見れたらいいね」


ジャガーの話を聞いて、嬉しそうなのを隠しきれないタスマニアデビルと、それを見て笑うミナミコアリクイ。

とても楽しそうですが、ヨダカには、何が何やら、さっぱりです。


「……質問。PPP、とは」


「あ、そっか。ヨダカは知らないよね、アイドル? っていうので、ペンギンの子達が、歌ったり、踊ったりして、凄いらしいよぅ」


「お前が興味ある、っていうなら、仕方ないから、こうざんまで連れてってやっても、いいぞ〜」


「わかった、お願いする」


「それじゃあ、決まりだね。こうざんの近くにいく道まで、送ってあげるよ」


「うん、ありがとぅ、ジャガー、コツメカワウソ!」


「よーし、いっくよー! 出発しんこーっ!」


こうして、ミナミコアリクイたちは、ジャガーたちといかだ乗りを楽しんだ後、こうざんへと向かうことにしたのでした。


ジャガー、コツメカワウソの二人とお別れして、三人が暫く道を行けば、こうざんのふもとの、木や岩とはちょっと違う、まっすぐな柱が、長い紐で繋がれたような、へんてこなものが見えてきます。


「あ、ろおぷうぇいだ! もう着くよ、ヨダカ」


「ろおぷ……?」


「あれだよ、あのへんな奴。山を登るのが苦手だったり、飛べなかったりするフレンズも、あれを使えば、楽に山を登れるんだ。あれも、ヒトが作ったらしいぞ〜?」


「……記憶。ろおぷうぇい」


ヒトが作った、と、タスマニアデビルから教えられて、じぃ、っと、ヨダカは、ろおぷうぇいを見つめます。

じゃんぐるちほーの橋を見た時にも、少し感じたのですが、なんだか、ヨダカにとっては、フレンズの子よりも、自分に近い仲間を見ているような、不思議な気持ちが湧いてくるのです。

そんな、よくわからないむず痒さを感じるヨダカの耳に、キコキコと何か妙な音が、山の上の方から届いてきます。

そちらに目をやると、フレンズの乗った、緑色の、籠のようなものが、ろおぷうぇいの紐を伝って、こちらへと向かってくるところでした。


「……だれか、来た」


「ほんとだ。誰かなぁ。おーいっ!」


「ぜっ、はっ……あ、どうも! こんにちは!」


「誰かと思えば、マーゲイじゃん。やっぱ、PPPのライブがあるって、本当なんだな」


「えぇ! ミナミコアリクイさんに、タスマニアデビルさん、もしかして見に来てくださったんですか!? わぁ、ありがとうございますっ!」


「マーゲイ。この子が、PPPのメンバー?」


「違うよぅ。マーゲイは、PPPのマネージャーさんなの」


「マネージャー……」


ヨダカは、マーゲイと呼ばれたフレンズが、籠から降りてこちらに来るのを、じっと見つめます。

明るい色合いの毛並みに、ぴんと立った二つの大きな耳。そして、何よりも、黒ぶちの、大きな丸眼鏡をかけているのが、とても印象的です。


「どうも! ご紹介のとおり、恥ずかしながら、PPPの専属マネージャーを務めさせていただいてます、マーゲイです! お初にお目にかかりますが、あなたは?」


「わたし……わたしは、ヨダカ」


「ヨダカさんですか! あ、よく見たら大きな羽根、鳥のフレンズさんなんですね!」


「ウェー……わからない。知る為に、としょかんへ移動中」


「そうだったんですか……大丈夫ですよ、きっと素敵な動物ですっ」


「ねぇ、ところでマーゲイは何してるのぅ? なんだか、疲れてるみたいだけど」


「あぁ、実はですね、ライブ用の機材を運んでる最中なんです。トキさん達や、有志の方にも手伝っていただいているんですが、なにぶん重いし、落としたりしたら危ないので、籠で少しずつ運ぶ必要があって」


「なるほど、この辺のよくわかんないのは、ライブに使うものだったのか」


タスマニアデビルが見ているのは、ろおぷうぇいの近くにたくさん置かれた、形や大きさも色々な、道具たちです。

たしかに、苔がついたり、錆びたりしていなくって、ろおぷうぇいの一部であるという風には、見えません。


「えぇ、まだこんなにたくさんあるのぅ!? 後何回往復したら、終わりそう?」


「そうですね……あと、50回くらいでしょうか」


「50回? あと何回、朝と夜が来たら終わるんだよ! その前にマーゲイが倒れちゃうぞ、そんなのっ」


「大丈夫ですよ! ライブでみんなが笑顔になれる様子を思えば、これくらい……! カフェで、美味しい紅茶も飲めますし!」


マーゲイは、みんなの前で、力強く拳を握りながら、そう言って見せますが、そのあと、機材を持ち上げて、籠に積み込もうとする足取りは、ややふらふらとしていて、怪しくって、危なげです。

それを見て、ミナミコアリクイが、みんなに向けて言うのでした。


「ねぇ、ヨダカ、タスマニアデビル、あたし達も、手伝ってあげようよぅ」


「おれたちが? ヨダカはともかく、おれとお前は、なんの役に立つんだよ」


「いい事、思いついたんだよぅ。ジャガーへのプレゼントも、うまくいったし! ねぇ、マーゲイ、あたし達にも、やらせてよぅ!」


「えぇ、手伝ってくれるんですか!? かたじけないです……」


こうして、ミナミコアリクイの提案で、みんなはマーゲイのお手伝いをすることにしました。


そして、その、ミナミコアリクイの思いつきが、どんなものだったかといえば。


「どぅかな? マーゲイ。漕ぎづらい?」


「えっほ、えっほ……少し、重いような感じもありますけど、これくらいなら、全然へっちゃらですよ!」


「今のところ、機材が落ちたりもしなさそうだな……やるな、ミナミコアリクイ、見直したぞ」


「そうかな?ふへへ……」


マーゲイと一緒に籠に乗る二人が、見下ろしているのは、籠と、蔓のロープで、ぐるぐる巻きにされて、結びつけられたライブ機材です。

いかだ作りの経験を生かして、籠の底に括り付けて、一度にたくさん運べるようにしたのです。

その横を、ヨダカと、赤白の羽根と、真っ赤な羽根を持つフレンズの三人が、手に持ったロープで機材を吊り下げて運んでゆきます。


「こっちも、とっても楽になったわ。素敵なこと思いつくのね、アナタ」


「運びやすいんですけど! 肩が凝りそうで辛かったから、助かったんですけど!」


「ふへへ……あたし、力とかはあんまりないから、こういう事で、役に立てればなぁ、って。みんなもすごいよぅ、こんなに重いもの、運べて。特に、ヨダカなんて」


ミナミコアリクイが、照れつつも、目をやった先では、トキ、ショウジョウトキと比べて、二倍、三倍くらいの荷物を一度に運んでいる、ヨダカの姿が見えます。

それで、疲れているかといえば、そんなこともない様子で、涼しい顔で、すいーと、空を飛んでいるのでした。


「ほんとに平気なの? アナタ。そんなに沢山」


「無問題。まだ積載量に余裕がある」


「もっと持てるってこと!? 力持ちってレベルじゃないんですけど!」


「すごいですね……本当に助かります、皆さん。お礼と言ってはなんですが、PPPのコラボライブ、特等席を用意させていただきますので!」


「ほんとか! う、嬉しくなんて、ないぞ〜」


「ふへへっ、顔がにやけてるよ、タスマニアデビル」


そうして、和気あいあいと話してるうちに、やがて、山の頂上に着きました。

そこそこの広さの、広場のようになっている草っ原の中で、いかにも作りかけといったふうな、大きな舞台の骨組みと、木とか、よくわかんないものとかでできた、こぢんまりとしたお家が目を引きますが、それぞれから、黒と白の、二人のフレンズが出てきて、荷物を降ろしているみんなを迎えます。


「お疲れ様です、マーゲイさん、トキさん、ショウジョウトキさん。機材、お預かりします……あれ、なんだか、見慣れない方が」


「おんやまぁ! もしかして、うちのお客さん ? そゆ事なら、どうぞどうぞ、ゆっくりしてってぇ」


「あ、お二人とも! 実は、ふもとでお会いしまして、そのまま手伝って頂くことになったんです。皆さん、こちら、カフェのマスターのアルパカ・スリさん、私の手伝いをしてくれてる、オーストラリアデビルさんですっ」


「あ、こんにちは、よろしくぅ。あたし、ミナミコアリクイ」


「わたしは、ヨダカ。よろしく……ん」


「な、なんでしょう……これ、気になりますか……?」


ヨダカが、じっと顔を見つめているのに気付いて、オーストラリアデビルは、おどおどと、自分の片目を覆う、眼帯を抑えます。

整った顔立ちの中で、どうにもその白さがアンバランスで、目立って見えるのですが、しかし、そうではない、と、ヨダカは首を振りました。


「ノー……ただ、どこかで、見たような」


「どこかで……ヨダカさんとは、初めてお会いしたと、思うんですが」


「あれ、言われてみれば、あたしも、なんだが、見覚えがあるような……ねぇ、きみはどぅ、タスマニ……っ」


「お、オーストラリアデビルゥッ!!」


「わっ……そ、その、あわわっ」


「お、おれ、会いたかった、会いたかったよぉ!」


「き、急にどうしたんですか、タスマニアデビルさん!」


それまで、珍しくじっと静かだった、タスマニアデビルが、急にばっと飛び出して、オーストラリアデビルに飛びついたものですから、オーストラリアデビル本人のみならず、周りも、ひどくびっくりしてしまいます。

そこで、ふと、ミナミコアリクイが、その理由に、気づきました。


「ね、ねぇ。もしかして、タスマニアデビルが、会いたかった、探してる子って」


「うん! オーストラリアデビル! どこにいたんだよ、ずっと探してたんだぞ!!」


「え……えぇっ、えええ〜っ!?」


しっかりと抱きついて離れないタスマニアデビルに、慌てふためく、オーストラリアデビルの声が、あたり一帯に、響き渡ったのでした。

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