そのさん

それからしばらく、二人が並んでサバンナを歩いていった所です。


「……さて、と。あそこがカバさんの池なら、もうすぐ、平たいのの所かな」


「質問、平たいのとは?」


「えっと、なんていうのかな、こういう感じで、縦に、平べったくってぇ……不思議な形でぇ」


「確認。もしかして、あれ?」


「え? あっ、うわぁ! これかぁ〜っ」


ヨダカの指差した先にあったのは、ミナミコアリクイの言った通りの、平べったくて、うすくて、四角い、大きな何かです。

ミナミコアリクイは、走ってそばまで寄って、それが木のように地面に立っている様子をしげしげと観察します。


「これが、『平たいの』?」


「うんっ、そうだよぅ。 これが見えれば、ゲートもすぐそこなんだよぅ。えーと、それとぅ……確か、『地図』っていうのが、このへんに……」


「……JAPARI PARK。サバンナチホー」


「え、き、急に何言い出すんだよぅ。びっくりしたよぅ」


「回答。ここに、書いてある」


「書いて、ってぇ……読めるのぅ!?」


その、平たいのに描かれていたへんてこな模様のことを、ヨダカがわかると知って、ミナミコアリクイはたいそう驚きました。

それもこのジャパリパークではなんの不思議もない話で、ミナミコアリクイが知っている中では、島の長であるアフリカオオコノハズク博士とその助手のミミちゃん、そして、かばんちゃんくらいしかいません。

文字が読めるというのは、それだけかしこくてすごいことなのです。


「す、すごいなぁ……じゃあ、もしかして地図も読めるのかなぁ。あっ、あった、ここに浮いてるのが多分……あれ、あれれぇ」


「質問。何、しているの?」


「これ……ここにある、地図、っていうのを取りたいんだよぅ。でも触れなくってぇ」


ミナミコアリクイは、話しながらも、平たいのの端っこに浮いている地図を取ろうととして、カリカリと何もない場所を引っ掻きます。

実は、地図は浮いているのではなく、透明な箱の中に入っていて、ミナミコアリクイの手がそれにはばまれているという事は、その様子を見たヨダカには、すぐにわかりました。


「……はい」


「うわぁっ! あ、ありがとう。ど、どうやって触ったのぅ、すごい、すごいよぅ、ヨダカ……」


「そう?」


「うん。あたし、全然わからなかったもん。きっと、ヨダカはすごく賢い動物だったんだよぅ。いいなぁ……空も飛べるし、頭もいいなんて」


今も、あっさりと透明なフタを開けて、中の地図を取り出してくれたのを見て、ミナミコアリクイは、すっかりヨダカが羨ましくなりました。

記憶はなくっても、得意な事が次から次へと、見つかってくるのですから。

思い切って旅に出てみようと思うくらいに、上手くできない事だらけの自分とは、大違いです。


「あたしも、きみみたいに、色んなことができたらなぁ……」


「……ャーッ!?」


「……今っ!? ねぇ、聞こえた? 誰かの悲鳴だよぅっ!」


「肯定。向こうの方から」


「い、行こう! きっとセルリアンに襲われてるんだよぅ、行かなくっちゃ!」


「しかし、カバが…」


「早くぅ!」


突然辺りに響いた叫び声を聞いて、ミナミコアリクイは、一も二もなく、ヨダカの手を引いて駆け出しました。


カバの忠告も、頭からすっぽり抜け落ちているようで、慌ててすっ飛んでいった先は、さばんなちほーとじゃんぐるちほーを繋ぐゲートの前。

二つのちほーの境目に渡された橋の上で、大きなぶよぶよとした塊が、だいたいミナミコアリクイと同じくらいの大きさに見えるフレンズへ向け、襲いかかっている所でした。


「や、やっぱりセルリアンだぁ、誰か襲われてるよぅ! なんとか、なんとかしなきゃあ……」


「セル……リアン。セルリアン」


近くの茂みの裏から、様子を伺う二人。

わかっていても、ミナミコアリクイは足がすくんでしまっているようで、ヨダカはといえば、じっとセルリアンを見つめたまま、固まってしまっています。

このまま、どうにかうまくあの子が逃げてくれないかな……と、ミナミコアリクイは思うのですが、そんなに都合よくはいきません。


あわあわと見守っている間にも、その子はどんどんと追い詰められて、ついに逃げ場もなくなり、食べられてしまう……そんな時でした。


「こっ、このぅ! こ、こっち向けよぅっ!!」


「……!」


ついに、居ても立っても堪らなくなって、ミナミコアリクイは、気付けば、茂みから飛び出して、セルリアンに向けて無我夢中で威嚇のポーズを取っていたのです。

すると、セルリアンはミナミコアリクイの方にぐるりと振り向いて、その、なんの考えも読めないような、気味の悪い一つ目で、じぃ、と、ミナミコアリクイを見据えたのでした。


「ひ、いぃ……に、逃げてぇ、今のうちにっ、早くぅ!」


「あ、ありがとう!」


ミナミコアリクイが気をそらしたおかけで、襲われていた子は咄嗟に逃げおおせる事が出来ました。

しかし、問題はこれからです。

この後のことなど何も考えていなかったミナミコアリクイが、そのままセルリアンに狙われてしまったのですから。


「ど、どうしよぅ、どうしよぅっ! こっ、来ないでよぅ、あっち行ってよぅ!」


「……」


当然のことながら、セルリアンは聞く耳など持ってはくれません。

近寄り、覆いかぶさるように襲いかかろうとするのを前に、がたがたと震えることしか出来ず。


「……警告。下がって」


「ほぁ……?」


後ろから真横を飛び抜けていく、大きな黒い影を見て、呆気にとられるのでした。

それは、セルリアンもおんなじようで、足を止めて、ぎょろりとその影……ヨダカの姿を追います。

そのまま、高く高く……ヨダカは風を切って舞い上がり、そして、胸元にサンドスターの、虹色の光を集め始めました。


「ヨダカ。目標、殲滅する……“Pave way”、投下!」


「!?!?」


「う、わあぁぁぁあああああああっ!?」


掛け声と一緒に、ヨダカが撃ち放った虹色の光は、尾びれのついた、筒のような形になって、大きなセルリアンの頭に突き刺さります。

それと同時に、その筒が光り輝いて、弾けて、ものすごい強さの光と風が、辺り一帯を駆け巡ったのでした。

その力があまりに強かったものですから、踏ん張りきれず、ミナミコアリクイの身体が、まるで木の葉のように吹き飛ばされ……そして、何か柔らかいものに、優しく受け止められました。


「う、ぅ……」


「大丈夫ですの? なんて力……これをあの子が」


ミナミコアリクイを受け止めたのは、さっき水場で出会ったカバでした。

ああは口では言っていたものの、やっぱり心配で、こっそりついてきていたのです。


光と風が止んだ後には、バラバラになったセルリアンのかけらと、爆発でできたクレーターが遺されているばかり。

これにはさしものカバでさえも、背骨の所に、冷たいものを感じずにはいられませんでした。


「ヨダカ、あなた……」


「ミナミコアリクイ、大丈夫? ミナミコアリクイ……」


「……守ろうとしたのね」


舞い降りてきたヨダカが、自分にはわき目も振らずに、目を回しているミナミコアリクイを気にする様子を見て、カバは落ち着いて、少し笑いました。

あまりに強い力を持ってはいますが、自分たちと変わらない、友達思いの優しいフレンズなのが、伝わったからです。


「怪我はないわ。爆発に驚いて、少し伸びているだけ」


「爆発……わたしの、せい?」


「えぇ……あなたの力は、少し強すぎる。これから、使い方を覚えていきなさいな。わたくしが助けるのも、これっきりよ」


「……了解。感謝、カバ」


ミナミコアリクイを預けて、釘を刺して去っていくカバの背中を、ヨダカは見送ります。

その顔は、今までよりも真剣そうで、もっとちゃんと、友達を守れるようになりたい、という、決意に満ちているようでした。


そして、ちょうどカバと入れ替わるように、ヨダカの腕の中でミナミコアリクイが目を覚まします。


「うぅん……あれ、あたし」


「ミナミコアリクイ! 起きた、良かった」


「ヨダカ……そうだっ! セルリアンは?」


「大丈夫。倒した」


「たっ、倒した!? あ、あんなおっかないのを……やっぱりヨダカはすごいなぁ。助けてくれたんだよね、ありがとぅ」


「……ノー。わたしじゃなくて」


「あぁっ!? そ、そういえばあの子っ! 無事かな、ほらっ、セルリアンに襲われてたぁっ!」


ミナミコアリクイは、急に思い出して、慌ててあたりをきょろきょろとしました。

すると、若干ためらいがちな様子で、二人の前に進み出てくるフレンズの姿があります。

なんとそれは、ミナミコアリクイには見覚えのある相手でした。


「み、ミナミコアリクイ……さっきはその、ありがとう」


「タスマニアデビル!? な、なんでこんなとこにいるんだよぅっ!」


そう、その、小柄な黒いフレンズの正体は、じゃんぐるちほーに棲んでいるはずのミナミコアリクイの友達、タスマニアデビルだったのです。

驚くミナミコアリクイに向けて、タスマニアデビルは口を尖らせます。


「お、お前がほんとに旅に出たりするから、心配して、様子を見に来てやったんだよっ! そしたらセルリアンに襲われるわ、なんだかすごい爆発で吹っ飛びかけるわで……なんだよそいつ、ちょっと怖いぞっ!」


「……わたしは」


「怖くないよぅ! ヨダカはあたしの友達だよっ! さっきだって、セルリアンを倒してあたしたちを助けてくれたんだよぅっ!」


「う……」


ヨダカが責められそうになるなり、すごい剣幕でミナミコアリクイが庇います。

その言っていることの正しさもあって、タスマニアデビルは、すっかりしおらしい様子になって、謝ってきました。


「ご、ごめん。ほんとは、助けてくれてありがとう、って、思ってる。ただ、びっくりしちゃって……」


「……大丈夫。驚くのも、無理ない。気にしないで」


タスマニアデビルに怒ったりせずに、ヨダカは思った通りの事を伝えました。

爆発の近くにいたミナミコアリクイなど、吹き飛んでしまいかけた程だったのですから、タスマニアデビルが怯えるのも、当然とも言えることです。

ヨダカのそんな言葉に、タスマニアデビルはぱっと顔を明るくしました。


「あ、ありがとう!優しいんだな、意外と」


「そうだよぅ! あたしの友達だもんっ。タスマニアデビルも、わざわざ心配して来てくれるなんて、嬉しいよぅ」


「そ、そっか。それなら良かった。それで、これからどうするんだよ? じゃんぐるちほーに行くのか?」


「うん。とりあえずは、さばくちほーを通って、こはんちほー、しんりんちほーを抜けて、としょかんまで。この子がなんの動物か、調べに行くんだよぅ」


「そ、それなら……ついてってやってもいいぞ? 実は、会いたいフレンズがいて、ずっと探しに行きたかったんだよ」


タスマニアデビルは、ためらいを振り切るようにして、二人へ向けてそう提案しました。

実のところ、ミナミコアリクイの事を笑ってしまった手前、中々言い出せなかったのですが、タスマニアデビルも、ずっと旅に出たいと思っていたのです。

それを聞いたミナミコアリクイはといえば、すっかりそんなことがあったのも忘れているのか、気にした風もなく頷きました。


「そうだったんだ。なら、最初からそう言ってくれれば良かったのにぃ。あたしはいいよぅ、ヨダカは?」


「無問題。わたしは、ミナミコアリクイがいいなら、構わない」


「うん。じゃあ、一緒に行こうよぅ、タスマニアデビル」


「……う、うんっ! あ、ありがとな」


「いいよぅ、友達だもん。ヨダカもね」


「友達……了解」


「へへっ……それにしても、なんか、ヨダカってかたっ苦しい話し方だなぁ。もっと楽にすればいいのに」


「楽……質問。どのように。わからない。基準は?」


「あたしもそうおもうんだけどぉ。この調子なんだよぅ」


「基準、基準かぁ〜。とりあえず、その、『了解』とか、『質問』とか、いちいち言うことないんじゃないの?」


「了解。善処してみる」


「もう言ってるよぅ!」


「……難しい」


「ま、そうゆうとこが、ある意味ヨダカ『らしい』のかもなっ! あははっ」


むむむ、と、少しばかり眉を寄せているヨダカを真ん中に、タスマニアデビルとミナミコアリクイは、和気あいあいといった様子で歩いて行きます。


こうして、さばんなちほーで出会ったミナミコアリクイとヨダカの二人は、すっかり仲良しになって、タスマニアデビルと一緒に、じゃんぐるちほーへ向かうことにしたのでした。

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