そのに
「はっ、はっ、はぁ……わぁ、水だぁ~!」
なかなかに長くてきつめの坂を上り切って、ようやくついた丘の上で、ミナミコアリクイは歓声をあげました。
出迎えてくれた水場が、きれいで、とても水が美味しそうだったからです。
「も、もうあたし、喉カラカラだよぅ。休憩しよ、んぐ、んぐ……」
「水……これが、水」
水面に口をつけてごくごくするミナミコアリクイの隣で、黒いフレンズの子は、じっと見つめてみたり、掬ってみたりと、興味しんしんで、まるで、水を初めて見るといったふうでした。
たっぷり水を飲んで喉をうるおせたところで、ミナミコアリクイも、そんなその子の様子に気が付きます。
「飲んでみてよぅ、大丈夫。美味しいよ」
「……了解。んっ、こくん」
眼を瞑り、おっかなびっくりといった風にしながらも、その子は両手で掬った水を、口に含んで飲み込みました。
ミナミコアリクイが見守る前で、二度、三度と、それを繰り返して、ついにはごくごくと、手の中の水を飲み干します。
「……美味しい」
「美味しいよね、だよねっ!」
「感謝。ありがとう、ミナミコアリクイ。教えてくれて」
「そ、そこまで言われると、なんだか照れるよぅ……えへへ」
ミナミコアリクイは、自分の顔が緩むのを止められません。
今まで他の友達に助けられ、自分が感謝することはあっても、される側になる、というのは、なかなかない経験だったからです。
それがとっても照れ臭くって、なんとか、だらしなく緩んだ顔を戻そう、と思って、ミナミコアリクイは別の話をすることにしました。
「そ、そういえば、今日は他のフレンズを、あんまり見ないねぇ。このくらいの時間なら、他にも、水を飲みに来てる子、いそうなのに」
「疑問、そうなの?」
「うん、そうなんだよぅ。でも、朝からなんだか静かだし、こ、こわい誰かが、来たのかなぁ……?」
「だぁ〜れぇ〜!?」
「う、うひゃあああああああああっ!?」
ざっぱーんっ、と、声と一緒に池の水が盛り上がって、ミナミコアリクイはびっくりして、尻餅をついて叫んでしまいました。
水しぶきがおさまった中に立っているのは、ぴっちりとした毛皮を着た、おっとりした様子のフレンズです。
「失礼、水浴びをしてましたの」
「びびびびっくりしたよぅ! 脅かさないでよぅっ……て、あ、あなた、もしかして……カバさんっ!?」
「あら、私のこと知ってるなんて、嬉しいですわ。あなたたちはどなた? 見慣れない顔ですわね……」
「あ……あたし 、ミナミコアリクイっ、その、カバさんのことは、かばんさんとサーバルさんのお話で……あっ、それは、タイリクオオカミさんから聞かせて貰った話でっ! それで、私、旅をっ、してて……だから、全然、怪しいものとかじゃないよぅ、ですっ!」
「……記憶。あなたはカバ、覚えた」
「ふふっ、面白い子たちですのね。どうやらおしおきの必要な、悪い子たちじゃなさそうですわ」
ひどく慌てて、取り乱してしまっているミナミコアリクイと、落ち着いた様子の黒いフレンズの子、二人の反応があまりにも対象的だったものですから、カバは思わずくすりと笑ってしまいました。
それを見て、ミナミコアリクイもようやく、ほっと安心します。
「あ、あの。カバさんって、かばんさんとサーバルさんのお友達の、あのカバさん……?」
「えぇ、そうですわよ」
「す、すごいぃ……あ、会えて嬉しいよぅ、ですっ! ちょっと厳しいけど、かばんさんやサーバルさんのこと、助けてくれる、優しい、お姉さんみたいなフレンズ、って聞いてて、本当に、その通りな感じ、というか……」
「うふふ、お姉さん、だなんて。褒めても何も出ないですわよ」
「かばん……サーバル?」
「あっ。ごめんね、キミ、知らないよね。えっと、あたしの大好きなお話に出てくる子たちで、今も何処かで旅をしてるんだよぅ。二人とも、とっても、すごいんだぞぅ!」
「覚えた。かばんと、サーバルは、すごい」
「そういえば、そちらのあなたはなんていいますの?」
「不明。究明のため、ミナミコアリクイに同行し、目標施設『としょかん』へ向かっている所」
「あら……そうなのですわね。まるで、本当にかばんとサーバルみたいね、あなたたち」
「えへへぇ……それほどでもぅ」
カバの指摘に、特にこれといってすごいことをしたのを褒められたわけでもないのですが、ミナミコアリクイは照れて顔を緩めました。
なんだか本当に、かばんちゃんやサーバルちゃんのような冒険をしているような気持ちに、なっているのです。
そんなミナミコアリクイをよそに、カバは黒いフレンズの子に、問いかけます。
「あなた、お名前は?」
「名前?」
「えぇ。私はカバ、その子はミナミコアリクイ。フレンズはみんな、名前で呼びあっているんですの。その方が、便利ですのよ」
「そうなんだよぅ。ここまで来て、何かわかったり、思い出したりしなかった? 自分のこととか、名前とか」
「……ノー。何も」
「うーん、そっかぁ……なら、私がつけてあげないと……でも、変なのはやだよねぇ」
ミナミコアリクイは、難しい顔でうなってしまいます。
というのも、ミナミコアリクイは、自分に全然ぽっちも自信というものがないので、へんちくりんな名前をつけてしまいそうで、嫌だったのです。
そこでカバが、黒いフレンズの子に、問いかけるのでした。
「ねぇ、名前も知らないフレンズさん。あなた、泳げまして?」
「……ノー」
「なら、速く走れまして?」
「……ノー」
「うーん……なら、空は飛べまして?」
「ウェー……」
「と、飛べる、飛べるよぅ! あたしと初めて会った時だって、すぅーっと、羽ばたきもしないで、綺麗に飛んでたんだよぅ!」
困っているようなその子の様子をみて、堪らずにミナミコアリクイはかばいに入りました。
かばんとサーバルの旅でも、かばんがカバにこう問いかけられて、困ってしまう話があって、泳げないし、足も速くない、飛ぶこともできないミナミコアリクイは、ひどくつらい気持ちになったのです。
だから、そんな、何もできない子じゃないよ、と、黒いフレンズの子を励ましたかったのでした。
そんなミナミコアリクイを見て、ちょっと微笑むと、カバは、二人に向けて、優しい声で、話しかけてみせます。
「もしかしたら、タカの仲間だったりするのかも、しれませんわね。あなたのその羽根は……とっても、へんてこな形ですけれど……タカのように立派で、大きいんですもの」
「な、なら……ヨダカ! ヨダカは、どうかな、って……ほ、ほら、夜みたいに、真っ黒だから、キミ……」
「ヨダカ……ヨダカ、ヨダカ」
カバが助け船を出して、ミナミコアリクイが形にしたその名前を、転がすように、その子は何度もくちずさみ、味わいます。
やがて、不安げに見守るミナミコアリクイの前で、ほんのすこしだけ、ほっぺたの端っこを、あげてみせるのでした。
「登録。ヨダカ。わたしは、ヨダカ」
「気に入ってくれたみたいだね……っ! よかったよぅっ!」
「感謝。ありがとう、ミナミコアリクイ、カバ」
「うふふ、大した事はしてませんわ……ところで」
そこで急に、それまでは穏やかだったカバが、まじめな顔になってみせます。
辺りの空気が、きゅっと引き締まった気がしました。
「いい? ジャパリパークの掟は、自分の力で生きる事。ミナミコアリクイに頼りきりじゃ駄目よ」
「……了解」
「ミナミコアリクイ、あなたもね。あまり戦いの得意なフレンズじゃないのでしょう? 無茶をしては駄目よ。セルリアンと会ったら、絶対逃げるのよ」
「わ、わかってるよぅ」
「セル……リアン」
「あっ、セルリアン、っていうのはねぇ、フレンズを食べちゃう、すっごく怖い奴らで……だ、大丈夫? ヨダカ」
「ウェー……問題、ない」
急に、ヨダカが頭を抑えたので、ミナミコアリクイは心配になって、様子を伺いました。
口とは裏腹に、その指先が震えているのが見て取れます。
「無理しちゃ、駄目だよぅ。辛いなら辛いって、言っていいんだよ」
「……わかった。大丈夫、今度こそ、平気」
出会った時のように、ミナミコアリクイに手を繋いで貰って、だんだんヨダカの震えは収まりました。
もしかしたら、セルリアンに記憶とかを食べられて、何も分からなくなってしまったのかな……と、その様子を見て、ミナミコアリクイは、ひっそりと思いました。
「もうちょっと、休憩してく……? ヨダカ」
「……ノー。十分、休んだから」
「わかった。それじゃ、カバさん、そろそろあたしたちは、これで……そのっ、ありがとぅ、色々」
「感謝。ありがとう、名前、大切にする」
「セルリアンには気をつけるんですのよ! 今日も、大きいのが出てるみたいですから。必ず無理して挑んだりせず、逃げるんですのよ! それと、サバンナは暑いから、日差しには気をつけて! それから……」
「心配性だなぁ、お話の通りだよぅ。ふへへっ」
「了解、気をつけるね。カバ」
水場を離れていく二人へ向けて、ずっとカバが呼びかけているのが、ミナミコアリクイはおかしくって、つい噴き出してしまい、ヨダカも、こころなしか楽しそうに、返事を返したのでした。
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