ヨダカの星
@binzokomegane
第一話 ようこそジャパリパークへ
そのいち
ミナミコアリクイが、旅のタイリクオオカミからかばんとサーバルの冒険のお話を聞いてから『冒険に出よう』と決意を固めるまでに、意外にもそう時間はかかりませんでした。
足元の虫にもびっくりして動けなくなるような、びびりでおとなしいこの子がそう言い始めた時、これには大層じゃんぐるちほーの友達たちは驚いて、一番の親友であるタスマニアデビルでさえ、これを信じませんでした。
彼女は一際ミナミコアリクイと仲が良く、ずっと前から自分のその臆病な所をどうにかしたい、と語っていた事を知っていたのですが、そんな相手が、冗談だと思って、流してしまったのが、余計にミナミコアリクイの心に、火をつけたのです。
そんな訳で、じゃんぐるちほーを一人旅立ち、まずはかばんとサーバルの、あの素晴らしい旅の、出発地点である、さばんなちほーまでやってきたのですが、そこからが問題で、かばんと違って地図を読むことのできないミナミコアリクイは、見慣れない土地であっというまに、右も左も分からない迷子になってしまったのでした。
「どうしよう……ここは一体どこなんだよぅ……」
ただっぴろい荒野の真ん中で、途方にくれた様子で呟いてみますが、吹きすさぶ風に飛ばされて、より一層に、独りの心細さが際立って、身震いしてしまいます。
こんなに身の隠せる木の少ない、日陰のない場所というのも、鬱蒼としたじゃんぐるちほーが故郷のミナミコアリクイにとっては落ち着かないもので、早くも、たくさんの友達に止められても揺らがなかった、固かったはずの決意までも、風に乗って飛んで行ってしまったような気がしていました。
「そ、そうだ、こういうときは高いとこから周りを見るといいんだったっけ……や、やるぞぅ、わたしだって」
かばんとサーバルのお話を思い出して、ミナミコアリクイは近くの木に登って、辺りを見回してみることにしました。
高いところに登ると、遠くまで景色が見渡せて、自分のいる場所がどの辺りかわかるかもしれないからです。
点々と辺りに生えている木……バオバブ、というのですが、まっすぐに太い幹が柱のように伸びていて、てっぺんの辺りにだけ、緑の葉を茂らせた枝がでている、不思議な形の木です……のうちの一つにしがみつき、ミナミコアリクイは尻尾を器用に使って、するすると登っていきます。
こう見えて、木を登ることはミナミコアリクイにとっては得意分野でした。
「うわぁ、本当に、じゃんぐるちほーと違って、遠くまでよくみえるぞぅ……ん? あれ、なんだろう」
木の上からの見晴らしの良さに歓声を上げてすぐ、ミナミコアリクイは青空の真ん中に小さな黒い点があることに気づきました。
それは動いていて、どうやらこちらの方に近づいているようで、みるみるうちに大きくなって、鳥のような、そうでないような、真っ黒い三角みたいな形になってゆきます。
「フレンズなのかな……って、ちょっ、ぶつかっ、わああぁ〜っ!?」
そのままその不思議な影は、ぐんぐんとこちらの方へと迫って、ついにはどーんっ! とぶつかって、ミナミコアリクイを巻き込んで、バオバブの木から落ちてしまいました。
ぼてっ、ぼてっ、と、二つの身体が、サバンナの乾いた大地に転がります。
「ぶはっ!? 危ないなぁっ、何するんだよぅ、気をつけてよぅっ!」
「ウェー……」
ミナミコアリクイはすぐに起き上がって、バンザイをするように両腕を頭の上に上げ、威嚇のポーズをとりつつ、突っ込んで来た相手の方へと文句を言ってせました。
その相手は、どうやらミナミコアリクイと同じフレンズのようで、なんだかぼーっとした様子ですが、怪我とかはなさそうだったので、怒りながらもミナミコアリクイはちょこっと安心していました。
というのも、さっきまで登っていたバオバブの木は結構な高さだったので、フレンズがいくら丈夫でも、かすり傷くらいはできてしまうかもしれない、と、少しだけ不安になっていたからです。
そんなミナミコアリクイのおせっかいな気持ちをよそに、そのフレンズらしき子は、何を考えてるのか、何も考えていないのか、ちっともわからない、なんともいえない表情で、ぼんやりと辺りを見回しているのでした。
なんだか無視されているみたいで、ミナミコアリクイは悲しくなってきて、強気な態度がどんどんと崩れていってしまいます。
「ちょっと、無視するなよぅ! こっち向いてよぅ……お願いだよぅ!」
「……了承」
「え……な、なんだよぅ、やっぱり向こう向いてよぅ!」
「了承」
ようやくこちらを見てくれたと思えば、じぃーっ、と、二つの赤い目で、ひたすらに見つめられたものですから、恥ずかしがりなミナミコアリクイはたまらなくなって、自分から顔をそらしてしまいます。
その様子に、首を傾げながらも、相手の子は言われた通りに、向こうのほうを向いてみせました。
あんまりにも素直にこちらのしっちゃかめっちゃかなお願いを聞き入れてくれるので、ミナミコアリクイはちょこっとばつの悪い気持ちになりながらも、どうやらこの子はあんまり怖い子じゃなさそうだぞ、と、少しほっとして、落ちついてきました。
「え、えっと。あたしが言いたかったのは、そのぅ、いきなり飛び込んできたら危ないよぅ、って事で……怪我とかないみたいで、良かったけど、びっくりしたよぅ」
「……謝罪、驚かせてしまってごめんなさい。質問、あなたは誰?」
「あ、そういえばまだだったっけ……私はミナミコアリクイだよぅ。こう見えて結構やるんだぞぅ!」
「学習。ミナミコアリクイ、結構やる」
「か、変わった喋り方するなぁ……ところで、おまえはなんなんだよぅ。鳥のフレンズみたいだけど、そんな大きくて固そうな羽根、見た事ないぞぅ」
「回答……わたし、わたしは」
ちょっと見栄を張った自己紹介をして、ミナミコアリクイは質問しながら、この不思議なフレンズの様子を改めてまじまじと観察しました。
髪の色から靴の先まで、全身が真っ黒い羽毛に覆われていて、赤い目だけが夜空の星のように、明るく光っているように見えます。
特に頭の後ろからは、飛んでくる時にも見えた、とても大きくて、まっすぐが沢山集まった、三角みたいな形の、板のような、不思議な羽根が生えていて、しかも、普通は左右に分かれて二枚生えているところ、大きな一枚に繋がってしまっているのです。
あれでは羽ばたいたりできないんじゃないのかな、というのは、あまり鳥のフレンズの知り合いのいないミナミコアリクイにだって、ちょっと考えてみればわかることでした。
そんな、見たこともない珍しい羽根を持つそのフレンズが一体なんの動物なのか、ちょっとわくわくしながらミナミコアリクイが待っていると、その子は、またもや小首を傾げてこう言ったのです。
「疑問。わたしは、何?」
「き、聞かれてもわからないよぅ! もしかして、わからないの? 何か、覚えてない?」
「肯定。わからない、何も」
「そうだったんだ……もしかして、昨日の噴火で生まれたのかなぁ」
「疑問、噴火?」
「うん。あたしたちフレンズは、あの火山からでるサンドスターに当たって生まれるんだよぅ。でもどうしよう、自分がなんの動物かわからないなんて、困ったぞぅ……」
「疑問、困るの?」
「そりゃ困るよぅ! とゆうか、きみが一番困るはずだよぅ!?」
その子は相変わらず、何が何だかよく分かっていなさそうで、まるでミナミコアリクイが代わりに困っているみたいになってしまっていました。
ミナミコアリクイは、サンドスターがぶつかってフレンズ化する前の記憶もあって、その辺あまり困ったことはありませんでしたが、じゃんぐるちほーの友達の中には、たまに何人か、昔の記憶のない、自分がなんの動物かわからない子もいて、そうゆう子が、困ったり、悩んだりしている所を見たことはありました。
だから、もしも、自分が何も思い出せなくて、名前もわからなかったら、と、考えたことがあって、その時まるで、足のつかない、底なし沼に沈み込んでいくような、とっても怖い気持ちになったので、きっと、目の前のこの子も、そんな風に困っているのだろう、と思ったのに、これでは拍子抜けです。
ミナミコアリクイの大好きな、かばんとサーバルのお話だって、サーバルと会う前のかばんは、たった一人で、何もわからないままサバンナに放り出されて、とても寂しくて、怖い思いをしていたのですから。
(……そうだ、そうだよ!)
そこで、どうしたものかと悩んでいた眉がはたと釣り上がり、瞳がキラキラと輝き始めます。
何故なら、とっても素敵な思いつきが、ぱっと頭の中に閃いたのです……少なくとも、今のミナミコアリクイにとっては。
「ね、ねぇ、自分がなんの動物か、知りたくない……?」
「……肯定。知る必要がある、私のこと」
「なら、あ、あたしとね、一緒に行く……とか、ど、どう? あっ、その、実は旅をしててぇ、としょかんなら、きみのことも、わかると思ってぇ……だから、そこまで……な、なんて、えへっ、えへへへっ」
ミナミコアリクイは、勇気を出してこのフレンズの子を誘ってみましたが、なんだか途中で恥ずかしくなってしまって、最後は笑ってごまかしてしまいました。
友達と遊ぶ時なんかは、もっぱら誘ってもらう側だったので、あんまり慣れていないのです。
変だと思われちゃったかな、と、ミナミコアリクイは不安になりましたが、相手のフレンズの子は、そこを気にした様子もなく、少しの間考えてから、また問いかけてきました。
「……確認。施設『としょかん』に行けば、私のことが、わかるの?」
「う、うん。博士たち、すっごい物知りだから、きみのこともわかる、と、思う……多分。きっと」
「了解……回答。わたしは、あなたに同行したい」
「ほ、ほんとう? やったぁっ!」
ミナミコアリクイは、その子が頷いたのをみて、嬉しくて軽く飛び跳ねました。
ひとりぼっちでの旅が心細かったのもありますし、それ以上に、さばんなちほーで、名前もわからないフレンズに出会って、一緒に旅をする、というのが、まるで自分が、憧れた、タイリクオオカミのお話の、かばんを案内するサーバルになったかのような気がしてきて、なんだかたまらなくドキドキしたのです。
「そ、それじゃさぁ、まず、あそこの丘のところまで行こうよ! さっき、木の上から水場が見えたんだよぅ」
「了解。あなたの提案に従う」
「 むむぅ、なんだかかたっ苦しいなぁ……もっと柔らかい話し方でいいよぅ」
「柔らかい……解らない。具体的には?」
「ぐ、具体的に、って言われてもなぁ。こう、普通な感じというか……」
「普通な感じ。疑問、普通、とは? 基準は」
「う、ううぅ……わかったよぅ、もう、そのままでいいよぅ」
ミナミコアリクイは、自分でも『普通』というのがなんだかはっきりとは言い表せなかったので、そのフレンズの問いかけに答えられず、けっきょく諦めてしまいました。
なかなか、サーバルちゃんのようにはうまくいかなくて、そんな自分が嫌で旅に出たのに、と、ミナミコアリクイの心に、もやもやしたものが積もっていきます。
すると、それを見たそのフレンズの子が、ミナミコアリクイをじっと見つめるのでした。
「……」
「え、えっと」
(そっか。生まれたばかりで、まだ何も分からないんだ……しっかりしなくちゃ)
ミナミコアリクイは、はっとしました。
その子はやっぱり無愛想で、考えてることの分からない顔をしていましたが……確かにその中に、不安で、戸惑っているような気持ちが、混ざっているように感じられたのです。
あんまり見た目に出ていないだけで、本当はかばんちゃんのように、この子だって怯えて、寂しい思いでいるのかもしれない、そう思ったのです。
だから、ミナミコアリクイは、その真っ黒な毛皮に包まれた黒い手を、そっと繋いで、腕を引いてあげました。
「だ、大丈夫! 水を飲めば、きっと落ち着いて、色々思い出せるかも!」
「……指摘。わたしより、あなたの方が落ち着きが必要そう」
「うぅっ! なんでそんなに冷静なんだよぅ!」
すぐに言い返され、ちょっと涙目になりつつも、少しだけその子の顔が明るくなった気がして、ミナミコアリクイは、ちょっとだけさっきよりいい気分で、丘の上の水場に向かうのでした。
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