第27話 王城騎士と某家メイドの小さなお茶会(ジル視点)
「~~♪」
小さなレディが僕にくれた小さな包みをゆるゆると振りながら、王宮庭園へと足を向ける。
城門を抜けてすぐに広がる手入れの行き届いた庭園は、貴族だけでなく庶民にも幅広く受け入れ、丁度秋薔薇の時期だからか、いつもより人の出入りも多いようだ。
これなら、多少紛れ込んでも問題ないだろう。
僕はあまり人目に触れない一角にあるテーブルに備えられた椅子に腰を下ろし、先ほど王太子殿下の婚約者から貰ったものをテーブルに広げる。
「これは……」
「懐かしいでしょう?
薄い桃色や水色、白色と形は見慣れないものの、このちょっとした衝撃で脆く崩れるだろうソレは、とても見覚えがあって瞠目していた僕の背後から、これまた聴き慣れた声が僕の言葉に続く。
「ねえさん」
振り返ると、王城のメイドが着ているものとは違う仕着せをまとった黒髪の女性が微笑んで佇んでいた。
「久しぶり。元気そうで安心したわ」
「ねえさんも相変わらずだね。それにしても今日はどうしたの? さっき、公爵家の兄妹は見たけど、一緒じゃなかったよね」
黒髪をきっちりと纏めたねえさんは、今にも折れそうな細い首をコテリと倒して、
「今日は
ふわりと花が綻ぶように微笑む姿を見て、「ああ、なるほど」と納得した。
「陛下への定例報告……ね」
ぼつりと呟いた僕に、ドゥーガン公爵家でメイドをしているリナねえさんは、苦笑して言葉なく僕の独り言に無言で応えたのだった。
僕とリナねえさんは、王家直属の『夜』と呼ばれる暗躍部隊の者だ。
基本は諜報だけど、どちらかといえばそちらはねえさんの得意分野で、僕が得意としているのは暗殺。
僕らは五年ほど前から、王太子殿下の婚約者となったアデイラ・マリカ・ドゥーガン嬢について暗躍していた。
彼女を初めて見たのは、僕らが殿下の護衛として影から見守っていた、王家主催の婚約式。
本当の婚約式は教会で行われるものらしいけど、まだ二人は事情を把握できる程の年齢じゃなくて、ある意味形式上のもののようだった。
僕がアデイラ嬢を見た感想は「まるで威嚇しか知らない猫」だった。銀の髪を逆立てて、紫の目を釣り上げ立つ姿は、まさにそれで、正直この子が大人になっても守るの嫌だなって憂鬱な気持ちになったものだ。
一応仕事だから、命令されれば個人的感情は別にして守護する事はできるものの、それでも僕も人間だから、うっかり優先順位が変わったりしちゃう訳で。
ま、他にも公爵家は何家かあるし、最悪そっちから娶ればいいんじゃない、とか安易に考えてたんだけど……。
「ねえ、ねえさん」
「なに?」
どこから出してきたのか、僕らの国で作られた
あんまり人目がないとはいえ、ここは王城。
ドゥーガン家の使用人と懇意にしている光景を、誰かの目に留められるのは得策じゃない。
だからと言って、僕がドゥーガン家に訪ねるのも、余計人の噂として口にのぼる可能性もあるしなぁ。
「さっき、ドゥーガン家のアデイラ嬢に会ったんだ」
「そうね。あなたが落雁を持ってるから、それには気づいたわ」
「というか、これの作り方教えたの、リナねえさんなの?」
テーブルの上にある白い布に包まれた懐かしさを憶える菓子を指で摘みつつ、僕は質問を口にする。
「ええ。アデイラ様が、屋敷の文献で見つけて気になったそうなの。それで、リオネル様を通じて私の故郷の事を知ったらしく、直接指導を懇願してきたわ」
「え? 直接? まさか、こう……上から目線的な感じで『わたくしに教えなさい』って?」
僕の知ってるアデイラ嬢は、婚約式の印象が強かったから、想像するに高圧的な命令口調でリナねえさんに詰め寄った感じがするんだけど。
「ふふっ……まさか。お嬢様はそんな方じゃないわよ。ちゃんと人に教えを乞う謙虚な姿勢でお願いにあがってきたわ。使用人である私に、ね」
「うそ」
「私が嘘を言うとでも?」
「いや……。そう言う訳じゃなくて……」
普段は、十七という年齢相応の『子供らしさ』を見せるねえさんだけど、時折暗躍部隊の長の子である威厳が滲んで、僕よりも華奢で、体力的にも僕の方が鍛えた分だけ上にも拘らず、背筋に冷たいものが走る。つまりは、起こったねえさんは怖い。
「はあ……。別にねえさんが嘘を言ってるなんて思ってないから。僕もさっきアデイラ嬢と会話をして戸惑ってる事もあるし、それに、昔の方がインパクトが強すぎて……」
「そうね。昔のお嬢様は苛烈だったもの。あのまま成長していたら、
リナねえさんが、ポツリと囁くように呟いた声は、庭園を駆ける風に攫われ、僕の耳に届くことはなかった。
「それにしても、ジル。あなた、どうやってアデイラお嬢様とお話するに至ったの?」
「ああ、それはね──」
今日は表の活動だった騎士の仕事がお休みで、のんびりと場内を散歩していたら、迷子になったというアデイラ嬢と出会ってしまい、多少の興味と必死に懇願してきた事による驚きで、なし崩し的にクリストフ殿下の部屋まで案内したのだと、落雁の素朴な甘さと、緑茶の仄かな苦味を楽しみつつ、そう説明したのだった。
「……」
が、何故か説明し終えた途端、リナねえさんは突然時が止まったかのように、直立不動で目線もどこか遠くに馳せていた。
「リナねえさん?」
「……ふ」
ねえさん? と、再び同じ言葉をもって彼女に問えば、リナねえさんは、堰を切ったように「ふふふふふ」と抑えたものではあったものの、きっとここが王城の庭でなく、東の故郷の彼女の自室ならば、冷静な彼女の普段からは想像できないほど、畳敷の部屋の中でお腹を抱えて笑ってただろう。そんな推測が脳裏に浮かんだ笑みを浮かべていた。
リナねえさんは僕を放置し、ひとしきり笑って、目尻に浮かんだ涙を細い指でぬぐい去ると、
「昔から
ふ、と空を仰ぎ見ながら遠い記憶を馳せるように、そっと呟いた姉の姿は、とてもとても大人びて見えたのだった。
姉がここまで人に固執するのを、僕はこれまでの人生の中見たことがない。
そのせいかもしれない。僕の心臓が先ほど僕に見せたアデイラ嬢の笑顔が蘇った途端、ドクリとさざめくのを感じた。
「ジル? どうしたの。顔、真っ赤よ」
「……え?」
指摘されて、思わず頬に手を当てる。
熱い──
実感したら、頬の熱が全身に広がっていく感じがした。僕はどうしたんだろう。これまで幾度となく城勤めの人達や、謁見に付いてきた令嬢達から秋波を送られても、こんなに心が乱されるなんてなかったのに……。
「あら。ジルもアデイラ様に陥落されちゃったみたいね」
ホント、あの子ったら人たらしなんだから。
リナねえさんがポツリと呟いた言葉は、ドクドクと高鳴る自分の鼓動の音に消されて、僕の耳に届く事はなかった。
感情が動く事がなかった僕の中に突然現れた小さなレディ。
未来の主の婚約者である彼女を奪う事は許されないだろうけど、影から命をかけて僕が守ってあげたいと、願うのはワガママだろうか──ねえ、リナねえさん。
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