第28話 プリンのように甘い熱に包まれました

 プリンは焼きプリンも好きなんだけど、時折無性に食べたくなるのは、あの凝固剤で固めたゼリーとの中間のようなプルプルとした食感の、ぷっちーんなアレ。


 お尻の爪を折ってお皿へとひっくり返せば、トゥルンと震えて出てきて、プルプル揺れながら「早く食べよう」と誘ってくる。


 前世では、何度か仲良かった看護師さんに買いに行ってもらったりしたなぁ。


 たまーに、あのチープな味が蘇ってくるけどいかんせん、この世界には凝固剤なんて科学的なものはなくてですね、やっとのこと最近ドゥーガン家でも周知されつつあるプリンも、本当は甘くないのが普通みたいで、プルプルしたアレが口にできるのは夢また夢なんですよね。


 と、遠い目をして現実逃避している私、アデイラです。


 目の前ではベッドに半身を起こした我が国の次期王様が、吸い込む勢いで器の中のプリンを胃の中に収めている所です


「うまいな、これ」

「……お気に召していただけたようで良かったです」


 思わずチベットスナギツネのような眼差しで、棒読みになってしまったのは否めませんが仕方ない。


 あっという間に彼の手に持っていたプリンは、カラメルのこげ茶を薄く残すだけとなり、その病人なのかこの人と問い質したいもの欲しげな目は、私の全く減っていないプリンを持つ手に注がれていたのですから。


「……」

「そんなに欲しいのでしたら、こちら口を付けてませんからどうぞ」

「そうか! 悪いな、アデイラ」


 嬉々として私の持っていた器を奪ったクリスが、パクパクとプリンを口に運ぶのを見て、本当に病人だったのか、とこんこんと問い質したい気持ちで一杯だった。


(それにしても、この人はちまきの時にも思ったけど、私が作った食べ物について、毒見をする意識はあるのだろうか)


 私はちらりと隅に控えていたメイドさんに『いいんですか?』と視線で問えば、メイドさんは『ダメですダメです』と言葉にしなくても、ふるふると首を振る様子で訴えてくる。


(ですよねー)


 前世の記憶が戻ってから初めて出会うきっかけとなった、なんちゃってちまきの時も、毒見という日常の行為をぶっちぎっていきなり食べていたのを思い出した。


 それからの数え切れない程クリスに手料理を奉じてきたが、そのどれもが毒見なしで実食に入っていて、最初は兄共々毒見の重要さを訴えたのだが。


『お前達が俺に害なすとかありえないからな。だって、放っておいてもリオネルは俺の為に動いてくれるし、アデイラもゆくゆくは王妃になるんだからな。それをわざわざ馬鹿な真似をして不理になる事をするとかないだろ?』


 あの時はミートパイだったか。キリッと王子然して語っていた彼の口の周りは、パイの屑とトマトソースで煮込まれたひき肉の欠片が、色々台無しにしてたな、と記憶がよぎった。


 正直、クリスが嫌いか好きかで言えば、彼は好ましい部類に入る。ただ、だからといって、それはラブかと問われればライクとしか言いようがなく、現実私より年上だけども、前世年齢と合わせたらアラサーな私の脳内では、可愛い弟の位置にいたりするから、余計に訳がわからなくなっているのだ。


 結局、根っからの我が儘王子に説教しても暖簾に腕押しと悟ったのか、兄もクリスを咎める回数が減っていき、諦観へと移っていったのだった。


 と、兄と言えば。


「ところで、リオネル兄さまはどちらへ?」


 私は二個目のプリンを食べ終え、名残惜しそうに器を舐めるように見つめるクリスへと質問を転がした。


 途中迷子になってしまい、ジル様という全身真っ黒で赤い瞳の自称親衛隊(と、言ってたけど、あれは騎士の佇まいではないと直感)の美丈夫に案内されて、クリスの部屋の前で再会した後、兄から強烈なアイアンクローを戴き、部屋に通されたまでは一緒だったんだけど……。


「ああ、リオネルはルドルフの所にプリンを自慢するって言ってたが」


 と、やっと諦めたのか、メイドを呼び出しすっかり空になった器を下げるよう渡しながら説明してくれた。


「あ、はぁ……」


 いつの間にそんなやり取りしてたのか。もう驚きしかありませんが?


 それにしても、ルドルフ。何か憶えあるんだけど。


「えーとクリス。ルドルフ様って兄のご友人か何かですか?」

「え?」


 私からの質問に、クリスはキョトンと目も口もパカリと開いたまま、私を凝視していた。


「あれ? ルドルフ知らないのか?」

「ええ。どちらの御子息でいらっしゃるのでしょうか」

「アデイラは会ったことないのか? ……じゃあ、スイートポテトは……」


 クリスが何かブツブツ言ってるけど、私の脳内は唐突に出現した、見知らぬような記憶の淵にしがみついているようなその名前を、必死に掘り起こしていた。


 兄が気軽に訪ねる相手だから、それなりの名家の子息とは思うのだけど、ルドルフ……ルドルフ……るど……るふ?


「あああああああああああ!!」


 突然絶叫した私の奇行に、クリスだけでなく隅に控えていたメイドさんも全身をビックンと跳ねていたのだった。しかし、私は周囲の状況に気づけない程混乱の極みに陥っていた。


(待って! 待って、待って! ルドルフって、あの・・ルドルフ!? なんでここでその名前が出てくるのよ! ぎゃあぁぁぁぁ!)


 ルドルフ・ギリアスは、私が前世で書いていたヒロインに想い寄せる攻略対象の一人である。だけど、潔癖な性格が故にドゥーガン家の爛れた環境が嫌いで、殆ど接触なんてなかった筈なのに、プリンを自慢する程の仲とか知らないし、謎すぎる。


 というか、これまでその名前一回も出たことなかったから、すっかり失念してた!


 ちなみに、まだ脳内でのお話なんだけど、悪役令嬢アデイラは、クリスの臣下であるルドルフを次期王妃だからとチクチクとイジメ、結局はクリスとヒロインが結ばれた後、ルドルフは想いを秘めたまま、結ばれた二人を祝福し、これまでの恨みを晴らすべくアデイラを執拗に断罪する──といったある意味ざまぁ展開となっております。


『貴女は公爵令嬢でもなければ、次期王妃でもありません。よくもまあ、砂上のお山であれほどの高慢さを仕出かしてたものです。ああ、市井の者と話していると気分が悪くなります。衛兵、この愚かな娘を城から放り出しなさい!』

『放しなさい! わたくしをドゥーガン公爵家の令嬢と知っての狼藉ですか!』

『もう貴女はドゥーガン家とは関係ない存在です。さあ、いつまでも殿下達にこのような醜聞をお見せする訳にはいきません。一刻も早く追い出してしまいなさい!』


 背中にツンドラ背負って、見下す冷徹な視線でもって、ルドルフはアデイラを城外へ放逐するシーン。物語としてはまだ書いてなかったけど、脳内では既にざまぁシーンまで決まってたんだよね。


 嫌だ……そんなん嫌や……。


 あまりのショックに前世知識における関西弁が出たとしても、私は許される。ええ、許されないと困ります。


 ぶっちゃけてもいいですか。絶対、どのような状況になろうとも、ルドルフには会いたくありません……。破滅フラグいやぁ……っ。


「ク、クリス様!」

「ッ!?」


 動揺しすぎた私はクリスのベッドに上り、がっしりと彼の肩を掴みます。もうなりふり構ってられません!


「その、ルドルフ様とクリス様はそこまで親密というご関係ではありませんよね!?」

「いや? あいつはリオネル同様、将来ギリアス公を継いで宰相になるのが決まってるから、幼い頃から一緒に時間を過ごしてきた奴だが? アデイラ?」


 ガン、と頭上に幻の大岩が乗った気がして、私はずるずるとクリスのベッドにて打ちひしがれます。


「……もう、終わった……私の、人生……」


 私の知るルドルフなら、今の私であったとしても、クリス第一主義の彼ならば、愛らしいヒロインが似合うと信じて、あれやこれやと手を尽くしてくる可能性大!


 あんな腹黒に勝てる訳ないじゃない、私!


「……ふっ、く。うぅ……ぐすっ」

「アデイラ!?」


 レディにあるまじき行為と言われども、もう起き上がれない程力尽きた私は、クリスの布団に伏してたら、涙がポロポロと零れて止まらない。


 家族と円満になり、リオネル兄さまが変わり、物語にはなかった新しい家族を迎えようとしている今。

 クリスともまだ婚約解消はできてないけど友人関係は良好だし、カールフェルド様もチャラいのは一緒だけど、なんだかんだで交流できてたから、慢心の気持ちがどこかにあったのかもしれない。



 ──アデイラはもう、大丈夫なんだ──って。



 幾ら自作小説を書いていた本人だからって、運命力は覆せなかったのかと、悔しくて、哀しくて、涙が止まらない。


 私、自分の罪を雪ぐ為に、アデイラに生まれ変わったっていうのに……。


「ア……アデイラ、一体どうしたというのだ」


 ぐすぐす泣き続ける私を、クリスはまだ万全ではないというのに、オロオロしつつも優しく背中を撫でてくれる。うぅ、その優しさに涙が止まらないんですよぅ。


「うっ、うぅ、クリスが、やさしいぃ」


 ふえーん、と背中の温もりに涙が更に溢れ、幼子のように声を張り上げる。


「泣くな、アデイラ。お前に泣かれると、俺も悲しくなる」


 だから早く泣き止んで、笑顔を見せてくれ、頼むから。


 ダンゴムシのように丸くなって嗚咽を繰り返す私の体が、いつもより少しだけ高いクリスの熱と囁きに包まれ、今までに感じたことのない安堵で、いつの間にか眠りの世界に落ちていった──

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