第21話 サツマイモと公爵が突然やってきました

 こちらの世界の勤務状態は、前世と同じく五日勤務二日お休みの、週休二日制が基本です。

 とはいっても、治療院や父さまが勤務する騎士団、食を提供する場所は、流石に難しいのですよね。

 と、この世界での職業事情も、前世と然程変わらない感じかな。


「つまりは、本日はお父様のお仕事はお休みなんですの?」

「ああ。とは言っても、リオネルと共に領地の視察には行かなければいけないが……」


 朝食の席で、渋面で話すお父様は、チラリとお兄様を横目で見てますね。


「領地の管理は、普段叔父上にお任せですが、領主としての義務は果たさないといけませんよね。父様?」

「と、当然だろう。リオネル!」


 にーっこり笑うリオネル兄様。黒い! 黒いのがダダ漏れだよ、お兄様! お父様の腰が引けてるじゃないですか。

 ビクビクしながら返事をしてるお父様を、食事を終えた途端、兄が引きずるようにして出かけようとしたので、私は慌てて少し時間を貰い、急いで昼食用のサンドイッチを作って渡した。

 中身は茹でる時間がなかったのもあり、ほんのり半熟気味の目玉焼きとチーズとレタスのと、燻製肉とトマトとレタス──所謂BLTサンドを作ってみましたよ。


「おお、美味そうだ」

「アデイラの作るご飯は美味しいのは、実績で分かってるからね。僕らを気遣ってくれてありがとう」


 兄は笑顔で、私の頭を撫でながら褒めてくれました。

 思わぬ差し入れに、二人共とても喜んでくれたので良かった。


 残った私と母様は、レイやミゼアと一緒に刺繍をすることに。

 生まれてくる赤ちゃんの為に、できあがった産着へと刺繍を施すのだ。

 正直、淑女の嗜みって言われても、前世からそんなに器用じゃない私では、細かな物なんてできる筈もなく、基本中の基本であるランニングステッチと、ちょっとだけ進化したスレッデッドランニングステッチのみで端を飾ることにした。

 これだけでも可愛いもん! うん! 緻密で可憐な模様は、全部母に任せちゃうのです。でも、愛情はたっぷりだよ!


「それにしても、白の生地に白糸で刺繍って、何か意味があるのかしら?」


 確かに前世では、ウエディングドレスの白い生地に白の糸で刺繍ってあったけどさ、あれって意味があるのか、デザインなのか分からなかったんだよね。


「あら。アデイラ様はご存知ありませんでしたか?」

「白地に白の糸で刺繍するのは、それを身につけられる方の幸せを願っての事なんですよ」


 そう、物凄い速度で、しかも精緻な刺繍をするミゼアとレイが教えてくれる。


「幸せを願って……」


 歪な自分の刺繍に視線を落としつつ、ポツリと言葉が零れた。


 小説の世界では、とっくに父も母も亡くなっていて、兄も心が壊れてしまっていた。そして、アデイラも少なからず影響を受けてたんじゃないかな。

 だからこそ、新しい命には、これから末永く幸せでいて欲しい。真っ白な運命に、自らの糸で思うように未来を描いてもらいたい。


「じゃあ、沢山幸せが訪れるように頑張らなくちゃ!」


 ふんっ、と鼻息を荒くした私は、周囲の微笑ましい視線のなか、一刺し、一刺し、丁寧に模様を刻んだのだった。




 昼食は私が朝作ったサンドイッチと、厨房長ジョシュア謹製の野菜スープ。

 最近、新しく厨房に入った男の子がなんと、簡単な空間系の魔法を使えるそうで、このサンドイッチも彼が時間停止の魔法を使ってくれたおかげで、野菜もシャキシャキ、燻製肉も肉汁じゅわわ、で出来立てのようです。ああ……おいしい!


 空間魔法って便利だよね。ああ、でも、攻撃系の魔法や治癒系魔法もいいなぁ。

 なんというか、THE・RPGって感じがするんだよね。家庭用ゲーム機は病室に持ち込めなかったから、携帯ゲーム機が出るようになってすぐ、初めてプレイしたのは有名なRPGゲーム。テイルズオブなんちゃらとか、ほにゃららファンタジーとか、ドラゴンかんとかとか。


 多分、自作小説のファンタジー部分って、こういったゲームが基礎となってるのかもって、今頃気づいちゃったり。

 剣と魔法の世界ってロマンだよね……って、今居る世界って、そのまんまじゃん。


 サンドイッチを咀嚼しながら、そんな事を考えていると、


「奥様、来客がお見えなのですが、いかがいたしましょうか」


 ガイナスがいつ入室したのか、静かに告げたのでした。お前は忍者か!


「あら。どなたかしら」

「ギリアス公爵様でございます」

「まあ。旦那様がいらっしゃらないのに、どうしましょう」


 母が頬に手を添え、こてんと首を傾げます。今日も可愛いよ、母!


 それにしてもギリアス公爵って、どっかで聞いた事あるんだけど……どこでだったかな。ううん。


「お母様、ギリアス公爵様というのは?」


 分からなかったら尋ねればいいと、早速私は言葉にしましたよ。もやもやするのは、精神衛生上よろしくないし。


「アデイラは面識なかったかしら……? ギリアス公爵様は、旦那様の古くからのご友人で、我が国の宰相をお勤めされてる方よ。確か、リオネルと同じ歳のお子様がいらっしゃったと思うわ」

「そうなのですか。でも、先触れもなく突然というのは、何か急用なのでしょうか」


 普通は、事前に手紙などで前もって報せてから、訪問って感じなんですよ。この世界、メールも電話もありませんからね。ま、火急の報せがある場合は、魔法鳥で先触れを出す方法もあるんだけど、これも一般的じゃないのよね。かなりの魔力保持者でないと難しいし。


「どうなの? ガイナス」

「……特には急いでいらっしゃるといった雰囲気ではございませんでしたが……」


 なんとも歯切れの悪い言い回しをするガイナスに、私と母は思わず顔を合わせてしまいました。彼がこのような様子になるのは珍しいのです。


「ただ……」

「ただ?」

「何故か、大量のサツマイモをご持参されてまして……」

「「サツマイモ?」」


 困ったように零れたガイナスの言葉に、私と母は声を揃えたのでした。

 なんでサツマイモ?




「いやぁ、突然の訪問申し訳ないね」


 頭を掻きながら謝罪するのは、ガルニエ王国の宰相であるギリアス公爵。宰相──つまり、この国の中で二番目に偉い人なんだけど。現在の姿を見るからに、そんな大層な肩書きがあるようには見えない。

 だって、白シャツとジャケット、それからパンツの至るところに、うっすらと土が付いてるし、顔にも同様に乾いた土がついちゃってるのですもん。というか、そんな小汚い格好で我が家に来ないでくださいませ、と説教したい。


「いえ、ギリアス公爵。相変わらず健勝のようで良かったですわ」


 流石元皇女。優雅かつ可憐に微笑みながら返す母。どう見ても二児(プラスお腹に一人)の子供がいるなんて思えないくらい、可愛いよ母! でも、ちゃんと威厳もあるのだから不思議だ。

 で、その母の隣に私が座ってますが、さっきから黙ってます。

 いやね、ギリアス公爵という名がずっと気になってて、思い出せなくてモヤモヤしちゃってるんですよね。

 兄様に訊けばいいんだけど、その当人は現在ドゥーガン家の領地にいるので、早馬で呼び寄せたとしても、すぐには解決できないからパス。

 じゃあ、次に色んな事を知ってそうなガイナスに、って思うけども、私の前世の事とか教えてないから、一から話さなきゃならないし、物理的に離れた場所にいるから無理。

 母はギリアス公爵と話に花咲かせちゃってるので、こちらも駄目っぽい。

 あー! もやもやするぅ!


「それで、本日のご訪問の理由をお訊きしても?」


 ああだ、こうだ、と悩んでいる内に、貴族的な前置き話が済んだのか、母が本題に取り掛かったようですね。


「ああ、そうだ。実は、我が領地の特産であるサツマイモが、今年豊作でね。どうにもこうにも領内で消化しきれない量なのもあって、友人であるヴァンにも食べてもらおうと来た次第なのだ」


 なるほど。俗に言う『おすそ分け』ですか。

 サツマイモ美味しいですよね。蒸してもいいし、焼いても揚げてもいい。天ぷらもサクサクホクホクで、芋けんぴのカリ甘なのも最高。生クリームと混ぜてパンケーキのトッピングにしてもいいなぁ。

 あとで、ジョシュアと相談しようっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る