第20話 こちらの冷凍事情は面倒臭いようです

「……と、いったことがありましたの」


 まあるく抜かれた薄緑のものを一口でパクリ。途端に口の中いっぱいに冷たさと甘さが広がり、余りの多幸感に思わず両手で頬を包む。うーん、これはメロンかな。噛んだ瞬間、果汁がじゅわりと溢れて幸せ気分になる。


「そうか。だとしたら、もう少し姉らしく慎みを持ったほうがいいぞ」


 と、苦言を呈してきたのは、秋になったとはいえ、まだまだ汗ばむ時期だというのに熱いミルクティを啜ってるこの国の王子。クリストフ……ではなく、クリス殿下。

 幸福を満喫してる私をじっとりと苦い顔で見てくるのは、美味しさが半減するのでやめていただきたい。



 さて、私達が現在いるのは、王都にある屋敷や王城ではなく、なんと民が生活を送ってる下町である。平日にも拘らず賑わってるカフェの一角に滞在なうです。

 なんで貴族がそんな所に、しかも王国の頂点にいる王族が一緒にいるかって?

 それはですね、今回のおでかけは、お母さまがお腹に赤ちゃんを宿したお祝いをしようと悩んでた私を、クリス殿下が半ば強引に連れだしたのです! 私は悪くないよ! あ、おでかけはガイナスから許可は得てます。

 ちなみにリオネル兄さまは、「クリスが行くなら警備もカールもいるだろうし、僕行かなくてもいいよね」と言って、そそくさと母と離れない父を引きずって領地視察に出かけてしまった。

 父さま……息子に負けてどうするのですか。

 あとクリス殿下の弟君であらせられるカールフェルド殿下は、隣のテーブルで他の護衛の方々と和気あいあいと楽しそうです。私もクリス殿下の耳に痛い話より、そっちに混ざりたい……。



「大丈夫ですよ! 私にだって高貴な血が流れてるのですもの。立派な姉として、弟妹に見せつけてあげますわ!」


 隣の芝生が羨ましい気持ちになりながらもキリッと宣言し、次の氷菓に手を伸ばす。

 外側だけを凍らせているのか、歯で噛むと抵抗を感じ、しっかりと歯を突き立てていくと、今度はあまりの柔らかさと瑞々しさに驚く。雰囲気は氷菓の実的な?

 正面から「本当か?」ってぼやく声が聞こえたような気がしましたが、反応したら負けです! スイーツを堪能させてください、クリス殿下!

 普通、異世界ものとか読んでると、こういった冷たいお菓子などを作るのに苦心するってエピソードを見かけるけど、この世界はベースが私の妄想だからか、ガスとか電気はないけど代わりに魔石というものがあって、生活するのに困らないのだ。

 で、氷の魔石は火や水の魔石に比べて調節が難しいようだ。つまりは、冷蔵にはむかないけど、冷凍するには最適というか、むしろそっちにのみ特化してるというか。

 だから、うちの屋敷の方には冷蔵する氷室と、冷凍のみの小さな石造りの部屋がある。流石に一般庶民が両方を所持できるほどお家に余裕がないそうで、木箱に氷の魔石と凍っても問題ないものを保存して、その上に野菜などの生鮮食品を入れた籠を乗せる事で冷蔵の代理としているそうである。

 ただ、氷室と比較すると外温に触れる部分が多いから、長期の冷蔵には向かないのが欠点らしいけどね。

 多分、今私が食べてる氷菓は、果物をくり抜いたのを、氷の魔石で瞬間冷凍させたものだと思う。表面はカリっと、中はジューシー。

 うん、美味しいは正義です!


「美味しい……んだけど、かき氷とか食べたいですよねぇ……」

「かき氷? それはなんだ?」


 なんと! こっちの世界にはかき氷がないとは!

 OMGオーマイガッと天を仰ぎながら呟いてると、クリスは「……訊かなきゃ良かった」と虚空を死んだ魚の目で眺めてた。

 それはさておき。かき氷についてはシロップとか準備しないといけないので、必要なものが揃い次第実行を約束させられ、私達は休憩を済ませたのち、母の赤ちゃん祝いのプレゼント購入のため動くことにした。



 私がアデイラとして転生してから、三年の月日が経ちました。

 その間の話を少しかいつまんで説明しようかと思います。


 餅つきとキッシュをきっかけに、長年の冷えた関係を修復した両親は、これまでの疎遠な時間を取り戻すかのごとく、現在も新婚ラブラブなお二人でして、その結果、私とリオネル兄さまの他に弟か妹ができる事が先日発覚。来年の夏前にはお姉ちゃんになるのですよ、私。

 次に同じくお兄ちゃんになるリオネル兄さまですが、小説の設定とは異なり、かなりしっかり者になっちゃいまして、相変わらず優しいし、前世の記憶を持ってる私をサポートしてくれるのですが、なんというか……日を追うごとに扱いが雑になってる気がします。

 そして、次期ドゥーガン家の当主の勉強を頑張りつつ、最近は「クリス殿下の近侍になってもいいかな」とか言い出す始末。兄さま、貴方どこに向かっているのでしょうか……。


 それから、目の前にいるクリス殿下との関係は、変わらず友人止まりです。

 あれだけリオネル兄さまに怒られてるのに、突撃訪問は続いていて、小説では軽薄キャラだったカールフェルド殿下に、首根っこ引っ張られながら帰ってくのがデフォルトになりつつあります。

 まあ、多少変化あるといえば、お互い歯に衣着せぬ関係になってるのではないかな? さっきも言いたい事いってくれたし、私もかなり口調が砕けてる部分もあるし。

 あ、クリス殿下の突撃訪問理由は、私に会って交流を深めるというより、私が作る食べ物目当てが大半を占めてると推測。その情報源はだいたいが兄さまですけどね!

 なんだかんだと日々穏やかに過ごしてます。


(とはいっても、まだ攻略対象が二人ほど残ってるんだけど)


 そうなんですよね。小説だからメインルートしか展開できないんだけど、リオネル兄さまやカールフェルド殿下以外にも、ヒロインに恋するお方があと二名ほど。

 一人は宰相の子息である、ルドルフ・カル・ギリアス。

 堅物を絵に描いたような人で、学園生活に慣れないヒロインをサポートしていく内に恋心を抱いちゃうって人物。

 彼とは一回くらい会うのかな、って戦々恐々だったけど、不思議な事に一度も会ったことがないのだ。やはりお城に行かないとエンカウントしないのかな。

 お城で思い出したのが、もう一人の攻略対象者。いわゆる隠しルートキャラとして考えてたから、なんの設定もしてないのです。

 ただ、攻略対象者達がお城に集まる感じにしていたから、そこに居ても違和感ないキャラにしようと思ってたくらい。なので、私もどの人か知らないから、お城はなるべくなら近寄りたくない場所なんです。


「アデイラ?」

「え? は? はい?」


 ぼんやり思考に傾いてたせいで、ふと聞こえた声に慌てる。


「どうした? もう腹が減ったのか?」


 クリス殿下は下から覗くように私を見上げ尋ねてくる。失敬な。さっき食べたばかりじゃありませんか!

 ぷっくりと頬を膨らませ、無言で抗議する私を、殿下はうっすらと微笑んでから頭を撫でてくる。


「さっさと選んで、昼食にするか。アデイラは何が食べたいんだ?」


 だーかーらー、別に空腹で黙ってた訳ではありません! それから、後ろにいるカールフェルド様! 声を押し殺してても爆笑してるの丸分かりですから!

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