第2話 白蛇の呪い(1)

 次の日の火曜日、クラスメイトの遠野涼子とおのりょうこの逝去が担任の先生からクラス全員に告げられた。

 死因については言明されなかったが、自殺の可能性を含めて調査中だということだ。

 藤崎美玲ふじさきみれいは何故そのことについて知っていたのだろうか? 疑問は沸々と湧いてくるが、敢えて聞かないでおこうと思う。

 僕は平穏を愛する平凡な高校生なのだ。触らぬ神に祟りなし。


 昼休みになると、チンピラ風の原田徹夫はらだてつおが二人の取り巻きを連れて、クールビューティの坂上祥子さかがみしょうこにちょっかいをかけ始めた。


「祥子、昨日の返事を聞かせてくれよ」

「返事はもうしたでしょ。私に構わないでちょうだい」

「お前達、聞いたか?」

「いや、聞いてないな」


 自分の都合のいいことしか聞こえない人達らしい。でも、よくある話だ。


「だそうだ。今日の放課後、裏庭で待つ。いい返事を期待しているぞ」

「私、行かないからね」

「お前は絶対に来るさ」


 原田達は徒党を組んで教室を出ていった。

 坂上さんは可哀想に、涙目で原田達の後ろ姿を睨んでいる。


「神夜君、クラスメートが困っているのに助けようとしないなんて、男の子として恥ずかしくないの?」


 またしても藤崎さんだ……。


「原田も同じ男の子なんだけどね」

「あなたとは生きている世界が違うでしょ!」


 余計なことを言うなよ……。


「あれっ? 男の子の話じゃなかったっけ?」

「あなた達、何の話をしてるの? 私のことならほっといてよ!」


 坂上さんの首に巻き付いた蛇がうごめいている。彼女の感情に反応しているのかも? もしかしたらこれって……。


「神夜君! 聞いてるの?」

「怒られた……。藤崎さんのせいだ」

「あなたね~」

「坂上さん、ちょっといいかしら?」


 いつの間にか二人組の女子が坂上さんの横に立っていた。

 声をかけてきたのは茶髪で活動的な雰囲気の女子だ。名前は確か大野さんだったと思う。そしてもう一人は黒髪が綺麗な女子で、少し切れ長の目が印象的な……、名前は忘れた。まあいいさ、どうせこの女子も僕の名前なんか知らない筈だ。


「坂上さん、あなた最近調子に乗ってるみたいね」

「何のことよ」


 坂上さんって人気あるんだな、悪い意味で……。


「原田君だけじゃ物足りなくて、今度は神夜君まで……」

「えっ? よしてよ。神夜君には興味ないし。それに神夜君は藤崎さんと付き合ってるんじゃないの?」


 おいおい、僕かよ? そんな訳ないだろ。


「止めてくれないかしら。私にも選ぶ権利くらいあるわよ」


 藤崎さん、あからさまに嫌な顔をすることないだろ。

 それにしても女子の恋ばな好きには困ったものだ。


「それなら私が神夜君をもらうわ」

「「「「えっ?」」」」

「い、一条さん! 本気なの? 私、聞いてないわよ」


 大野さんが何故か慌てている。それはどうでもいいが、この子の名前は覚えておこう。一条さんか。


「神夜君って可愛いし、謎めいているし、私は好きよ」


 一条さん、本気まじですか? 本気と書いてマジ……。


「それって、告白なんじゃないの?」

「そうともいうわね」

「神夜君、どうするの?」

「え~と……」

「はい、解散!」


 藤崎さんが強引に女子会+ワンを終了させた。

 藤崎さんめ……。


 昨日、藤崎さんから遠野涼子の不幸を知ることになった。そして、僕の秘密の一端が知られた。だからといって、何が変わるわけでもないと思うが、彼女は普通の子と明らかに視点が違うと思う。注意しなければ……。


 その後、僕は理科準備室に連れて行かれた。ここはいつも鍵がかかっている筈なんだけどな。


「今度はこんなところに僕を連れ込んで……」

「茶化さないで、大事な話なんだから」

「それって、昨日の続きだよね」

「もう少し詳しく聞きたくて」

「あまり話すことは無いんだけど、僕なりに考えたことがあってね」

「話して……」


 共感覚という特殊な知覚現象がある。例えば文字に色を感じたり、形に味を感じたりすることだ。

 つまり、僕は共感覚を持っていて、僕からは人の感情が形になって感じる。それは坂上の首に巻き付いている白い蛇を見て率直に感じたことだ。彼女が動揺すると白い蛇も動く。あの白い蛇は僕が創り出した幻影に違いない。

 藤崎さんが納得するとは思わないけれど、一応僕の考えを話してみた。ただし、白い蛇という言葉を使わずに。


「共感覚か~。でも、坂上さん以外の人はどうなの? 首輪が同じように見えなければ説明できないんじゃない?」

「それもそうだな、確かに説明できない……」


 あっさりと藤崎さんに論破された……。

 もし、特殊な知覚を持っているとしても、選択的に使い分けることなどできないはずだし、僕は今のとこ坂上さんの白い蛇しかみたことがない。藤崎さんの指摘は正しいと思う。


「振り出しに戻った。ノーアイデアだよ」

「私にはそれが何か分かるよ」

「心霊的な能力だとでも言うの?」

「それ以外何があるというの」

「どうやって証明できる?」

「私にも見えるから……」


 その可能性についてまったく考えていなかった。

 今思えば、僕が首輪のことを口にしただけで、藤崎さんは食いついてきた。それは藤崎さんにも見えていたからなのか。


 彼女には僕の首輪も見えているのだろうか? 試してみよう。

 僕は自分の首に嵌っている銀の首輪を触って見せる。なるべく自然に――


「何してるの? 首でも痒いの?」

「いや、何でもない。首を触るのは小さい頃からの癖なんだよ。考え事をしている時に、無意識にやってしまうんだ」


 彼女には僕の首輪は見えていないようだ。この首輪は心霊的な現象とは別物なのかもしれない。

 そしてもう一つ確かめなければならないことがある。


「坂上さんのは、どんな風に見えてるの?」

「白い蛇よ」

「僕と同じだ……」


 もちろんこれは共感覚ではない。やはり心霊とか超感覚のカテゴリーに属する現象だ。


「坂上さん、大丈夫かな?」


 白い蛇にまつわる伝承は日本中にたくさんある。白蛇神社とか、白蛇を祀っている神社が沢山有ることからも分かる。

 それはいい話だったり、悪い話だったりと、様々だ。だから、白い蛇が首に巻き付いているからといって、悪いことが起こるとは限らない。


「大丈夫じゃないと思うの」

「何で? その理由は?」

「遠野さんの首にも白い蛇が巻き付いていたから」

「なるほど、そういう事だったのか!」


 まだ公式発表ではないけれど、遠野涼子は自殺したらしい。そして、彼女の首には白い蛇が絡まっていた。藤崎さんが坂上さんとの関連性を疑うのは当然のことだろう。


「藤崎さんは遠野さんの友人なんだよね? だから彼女の自殺を知ることができた」

「友人といえばそうかもしれない。あれを見てから遠野さんとは連絡を取り合ってたし。だからこそ遠野さんの様子がおかしいことに気づいたの」

「もしその事件と白い蛇が繋がるのなら、今度は坂上さんが危ないということ?」

「そうかもしれないわね」


 今日の放課後、坂上さんは原田に呼び出されている。確か裏庭だったな。まさかそれも白い蛇と関係があるのだろうか?

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