『僕と不思議な彼ら』
『僕と稲荷神社』
『僕と稲荷神社』
「千羽山には狸が居ってさ、それを猟師が鉄砲で撃ってさ〜♪」
「それ、お稲荷様のコンちゃんが
「
「コンちゃんはコンちゃんでしょ?」
目を眩むような日差しに照らされる、夏の日。僕は散歩がてら、近所にある小さくとも立派な
出迎えてくれたのはお稲荷様こと、狐神のコンちゃん。
見た目は精々小学校五、六年生。下手を打てばそれより低く見られそうな見た目だ。
つまり、小学生にしか見えない、ッてこと。そんなコンちゃんでも、狐神たる証はある。狐の耳と尻尾だ。
そんなコンちゃんをおじいちゃんみたいにのんびりと眺めつつ、僕は疑問を口にする。
「ところでコンちゃん、僕は今疑問なんだけどね?」
「んー? なァに?」
「なァに? じゃ、ないよ。なんで夏休みなのに暑い中、僕はコンちゃんに呼び出されたのかな? 課題は終わっているけどもさ?」
「んんー? あぁそうだった。るーくんにね、神舞を頼もうと思って呼んだんだったー。」
「…神舞? それ、巫女さんがするんじゃ……。」
「もちろん、この
「形だけ…ッてことは、本来の神舞を僕にやれ、ッて言ってるのかな?」
コンちゃんの話を聞いて嫌な予感が背中を走り抜け、ゆっくり言葉を吐き出して、確認するように問うと、コンちゃんはにんまりと八重歯を見せ、『不思議の国のアリス』に登場するチェシャ猫みたく笑みを浮かべた。
(……嫌な予感、的中…。)
僕の嫌な予感が的中した事を、その笑みは教えてくれた。
分かっておりつつ、最後の抵抗を言い訳がましくしてみる。
「いや、無理でしょ…。第一僕は君の守護家『御子神』の血筋じゃないし、そもそも僕は男だよ?」
「そうなんだけどさ、今回だけは例外なんだよ。
「…神が視える人間が代々、神舞を担当していた、か。だから毎年、舞う人が違ったんだね? 神に見初められたり、視る事が困難になったりしたから…。」
「そういう事。ボクも彼女が成長すればいずれ視えるだろうと思っていたのだけれど…無理のようだ。彼女には視る為の霊力、妖力、神力…それが酷く微小でね、無理に視ようとすれば死んでしまう。」
「だから…だからコンちゃんは僕を選んだんだ。」
じっと僕は鞠を抱えたコンちゃんを視る。ちゃんと側に付いている二匹の白狐も視える。
これが本来の神舞を舞う、最低限のルール。
「コンちゃん、考える時間…まだあるかな? この問題の答えは僕だけで出して良いものじゃ、ないと思うんだ。」
「大丈夫、あと
『じゃないとボクは君を
僕は冷や汗を流しつつ、ゆったりとした動きで立ち上がる。
喉が渇いてひりついている。その状態でなんとか言葉を絞り出し、コンちゃんの元を去る。
(一瞬……。)
一瞬、コンちゃんが別のモノに視えた気がした。コンちゃんは動物を神として祀ったものだ。きっと、あの時のコンちゃんは獣のそれが垣間見えていたのだろう。
(危ない所、だった。そうだ。何で…。)
何で、忘れていたのだろう。
彼らは僕が忘れていた部分も、あるのだ。とても…そう、とても危うい境界を。
河童だってそうだ。コンちゃんだってそうだ。『妖怪』の彼らも『人間』の僕らと似た、ほの暗い欲望があるのだ。
(僕はそれを忘れていた。あまりにも…彼らが優しかったから。温かったから。その穏やかさに…忘れていた。)
僕はさっきその境界を踏み越えてしまう所だった。コンちゃんが言ってくれなければ、僕はあの時みたく、向こうの世界に落ちていた。
向こうの世界は酷く賑やかで、華やかで、煌びやかだった。違ったのは『人間』は僕一人だったということ。
あとで聞いた話では僕は妖怪たちの住まう世界『
『自分を忘れるな。』と。
そうだった。忘れては、いけなかった。
(そう、僕は『夜灯』から還ってくる時、何かを失った。)
見慣れた古道。鳥の鳴き声。蝉の音。
どれもが懐かしいようで、どこか初めて見たような、聞いたような感覚。
全てが自分の事のようで、そしてまるで他人事のようで。
あの日、『夜灯』から還ってきた日から、僕は『僕』を失ったのかも、しれない。
(『自分を忘れるな。自分を、自性を、自我を、自己を忘れるな。』。忘れる事は落ちること。忘れる事は捨てること。まだ、忘れない。忘れてはいけない。)
僕はざりッと石を踏み、がらりッと戸を開ける。
「僕の居場所はまだこの世界だ。」
僕の決意を灯した声音は、蝉と風が掻き消した。
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます