『僕』と『不思議』な物語

壱闇 噤

『僕と始まり』

『僕と非日常』

 ゆらゆら、ゆらゆら

 水面みなもに浮かんだ波紋はもんを僕は静かに眺める。

 特に理由はない。

 そこに何か居る気がして、何となく見ている。

 だから、が声をかけてきても驚かなかった。

 を待っていたようなものだから。


「よぉ、元気かい。」

「うん、元気だよ。河童かっぱはどう?」

何時いつでも元気さぁ。今日は一緒にはどうだい?」

「明日は体育だから今日も出来ないな。見ているから頑張って。」

「そうかい、そうかい。じゃあ、またな。」

「うん、またな。」


 ぽちゃんッと水から顔を出したのは、頭に皿の乗った、黄色いくちばしを持つ、緑の肌の生物、いわゆる『河童』。いわゆる『妖怪』。いわゆる『アヤカシ』。

 は僕と旧知の仲だ。でいう『幼なじみ』というやつに他ならない。


『人間』と『妖怪』。

『ヒト』も『モノ』。


 混じわりそうで交わらない。自らと別種、別個体の、生き物。

 水の中に沈んだ彼は、僕の『幼なじみ』で、『友人』で、『相談相手』。お礼は胡瓜きゅうり一本だからだ。

 昔、人間の方の『幼なじみ』に「お前、変わってんなぁ…『非日常』が『日常』なんだな、お前は。」と言われた。

 その時僕は「そうかもしれない。」と返したように思う。

 その言葉で僕は納得しようと思わず納得した。納得していたのだ。


『ヒト』には『非日常』でも、『僕』には『日常』で。

『僕』にとっての『日常』が、『ヒト』にとっての『非日常』だった。

 たったそれだけの──単純な話、だったのだ。

 気づいたら至極簡単だった。


「おーい、何してんだ?」

「何もしてないよ。部活は?」

「ねーよ。…帰るか。」

「そうだね、帰ろうか。」


 河童が沈んで五分後。今度は『人間』の方の幼なじみが手を振って近付いてくる。

 彼の「帰るか。」に僕も呼応するように「帰ろうか。」と言葉を返す。彼が僕をこの世界に留めている。に、僕が行ってしまわないように。

 彼は僕の隣を石を蹴りながら歩いて言った。


「お前、今日来なかったな。」

「うん。行かなかった。」

「今日は何か見つけたか?」

「ううん、見つけてない。けど今日も河童と話したよ。」

「そうか。河童はなんて?」

「今日はをやらないか、ッて訊かれたよ。」

「河童は、好きだなぁ…。」


 何でもない会話のように、河童の話をする。

 彼は言外に心配していた。僕が学校に来たり、来なかったりするから。今日、彼が早かったのは部活を休んだからかもしれない。彼が嘘をつくと眉がぴくッと持ち上がる。彼は気付いていないだろうけど。

 彼はいつも、心配している。僕が一度だけ、そう、たった一度だけ彼の手を離してしまったから。離して、に逝ってしまったから──。


柳玖るく、今日は泊まるのか?」

「うん? …んー……泊まろうかな、緋紗ひさのご飯は美味しいから。」

「…そうか。」


 なんてことのない日常が、今日が、今が過ぎていく。平凡で幸せな一日が、今日もまた過ぎる。









 これは僕の『非日常』な『日常』の、話…──。

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