オリヴィアと外の世界
これからどうしようかと悩んでいると、オリヴィアが外の世界を見たいと言ってきた。常識を知らないオリヴィアを外に連れ出すのはとても危険だろう。僕はやんわりと断ったが、それで引きさがるような子では無かった。
「もうよい! 其方が案内せぬというのなら一人で行く!」
「常識を知らない君を一人で行かす訳にはいかないさ。わかった。僕も一緒に行くよ」
ため息を吐きながら、支度を済ませると、玄関で靴を履く。そういえば、オリヴィアの靴が無い事に気が付く。彼女は靴下しか履いていなかった。
「オリヴィア、念の為に聞くのだけど、靴って持ってないよね?」
「うむ、忘れてきた。其方、今回だけ特別じゃ。我をおぶる事を許す」
僕はがっくりと項垂れると、オリヴィアを背負って外に出た。裸足のまま歩かせるわけにもいかなった。これで、最初の目的地は靴屋に決まった。靴を買うのなら、隣町へ出なければならない。僕は駅へと向かう事にした。途中、オリヴィアは目に入った物を片っ端から尋ねてきた。自転車、車、飛行機、携帯電話、質問に答えながら気が付いた。どれもあの世界には無さそうな物だった。
そうこう話しているうちに駅に着いた。改札ゲートを潜ろうとした時に、オリヴィアに切符が必要な事に気が付く。いつも、ICカードで改札を潜っているので、切符を買わなければならない。小学生は子供料金でいいんだっけ? そもそもオリヴィアは何歳なのだろう? 僕の気持ちなど知る事も無く、オリヴィアはきょろきょろと楽しいそうに周りを見渡している。
「おお、大きな鉄の塊が走っておる。先ほど見た車よりも大きいぞ? あれは何というのじゃ?」
「あれは電車だよ、あれに乗って、隣町まで行くんだ。ところで、オリヴィアは何歳なのかな?」
「我に年齢という概念は無い。が、しいて言うなら……、八歳になるかのう」
僕は子供料金の切符を買い、改札ゲートを潜った。ホームで電車を待っていると、周りに居た女子高校生はこちらを見ながら、可愛いという声を上げた。周りの人に奇異の目で見られているのは、オリヴィアがはしゃぐからだと思っていたが、彼女の外見が日本人離れして可愛い事を忘れていた。今日の日本では、外国人も珍しくはないが、彼女はお人形のように可愛いのだ。それなりに目立つのだろう。僕は恥ずかしくなりながら、そそくさと電車に乗り込んだ。
電車の座席は運の良い事に空いていた。オリヴィアを椅子に座らし、僕も隣に腰掛ける。ふう、ずっと背負っていたため、背中が凝った。背もたれにもたれ掛かり、ボーっと車内を眺める。電車が走り出すとオリヴィアは窓の外に興味を持ったようだ。窓ガラスに額をぶつけ、目をキラキラと輝かせていた。そういえば、俺も子供の頃は電車の窓から外を眺めるのが好きだった。電車の窓から見える景色はまるで映像を早送りしたようでとてもわくわくした。
いつからだろう。椅子に座って、スマホの画面を見るようになったのは。景色や自然を、空想の世界を楽しめなくなったのは……。
目的の駅で降りると、靴屋へと向かった。この頃には背負う事が恥ずかしいとは思わなくなっていた。靴屋に入り子供コーナーへと向かう。
「我はあの靴が良い! あれを取って参れ!!」
オリヴィアが指す指の先には茶色いムートンブーツがあった。お値段も三千円とそこまで高くない。僕はそれを買って、オリヴィアに履かせてあげた。彼女は履き心地を確認するように数歩、歩くととても楽しそうに笑った。
「うむ。とても歩きやすい! 気に入ったぞ!!」
オリヴィアが喜んでくれるとつられて僕も嬉しくなった。
「良かった。じゃあ、ご飯でも食べに行こうか」
僕はオリヴィアの手を引き、ファミレスへと向かった。新品の靴で楽しそうに歩くオリヴィア。心がポカポカと暖かくなるのがわかった。
ファミレスに入り、メニューを見るオリヴィア、目が輝き、涎が垂れかかっている。
「おお! この中の何を食べても良いのか? どれにしようか悩むのう!」
「どれでも好きな物を食べていいよ。時間はあるから、ゆっくり選んでいいよ」
「決めた! これにする!! ハンバーグセットじゃ!!」
僕は店員を呼び、ハンバーグセットを二つ頼んだ。おまけにオレンジジュースも頼んでおいた。
オリヴィアはとても美味しそうに料理を食べた。ナイフとフォークを上手に操り、ハンバーグや付け合わせのニンジンを解体してゆく。小さな口に入るサイズまで解体すると、専用のデミグラスソースにドボンと落とし、ソースを零さぬように素早く口へと運ぶ。もぐもぐと良く味わうようにお肉を噛みしめていた。こんなに美味しそうに食べてくれるなら、これくらい安いものだ。
「とても美味しそうに食べるけれど、オリヴィアはハンバーグが好きなの?」
「うむ、ハンバーグも美味しいが、何より、人と食べるご飯は美味い! あの館で我はずっと一人だったからな」
そういえば、僕が訪れた時も彼女としか会っていない。まさかとは思ったが、他に誰も住んでいなかったのか……。
「今日からは僕が一緒に食べるよ。大学に行っている間は無理だけど、なるべく時間を作るから」
「我が好きで来たのじゃ。そこまで気を使うでない。だが、嬉しいな。気持ちだけ頂いておくぞ」
オリヴィアは料理を食べ終わると、カトラリーを置き、口元をナプキンで拭き、満足そうに笑った。
家に帰ると、オリヴィアはふらふらとベッドに突っ伏してぐうぐうと寝息を立てた。小さな子には少しハードなスケジュールだったのかもしれない。オリヴィアをベッドに寝かし直すと、布団を掛けた。僕は押し入れから毛布を取り出すと、そのまま包まり、床で眠りについた。
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