166話『揺れる両想い』セリ編

フェイと一緒に帰ってきて、俺達はすぐに和彦の所へとやってきていた

何か言う前から和彦は俺の様子である程度は察している

勘の良い和彦が気付かないワケもなく

何て言えばいいのか迷っていると、フェイはありのままを包み隠さず全部話した

うわー!?コイツ言いやがった!?もう終わりだ…

俺が浮気したコトまで言うなんて…

「そんな事が…オレがセリくんを置いて帰ったのが悪かったな」

………えっ、そこ?

違うよ…もっと怒ってよ……俺が弱いから自分に負けたんだ

和彦が責任感じるコトない、運が悪かっただけ

「違います和彦様!!私が…私が悪いのです

もっと早くに助ける事が出来たはずなのに、私が……嘘でも言いたくなかったんです

私は自分の事しか考えていませんでした…

後悔しております

咎はいくらでも受けます」

フェイの覚悟ある姿に、口を挟めなかった

なんでフェイが悪いってなるんだ?

あんなの…不運な出来事だったじゃん

それに俺は巻き込まれたのかもしれないが、フェイのせいなんて思ってない

「フェイ、もう気にするな

セリくんはそう望んでいない」

「ですが…」

「フェイ、セリくんを部屋まで送ってやれ

オレは夜に会いに行く」

和彦はフェイにこれ以上は言うなと止めた

フェイもそれ以上は何も言わないけど、よかったと言う顔はしなかった

「ちょ…ちょっと待ってくれよ

話はそれだけ?

俺のコトは…怒らないの?和彦…」

怒られたいワケじゃない…でも、自分の恋人が部下と関係があったなんてスルーできないだろ

「なんで?」

なのに和彦は怒りはしないし、不機嫌になるコトもなく、いつもと変わりない笑みで俺の傍に寄ると頭を撫でてくれた

「だ…だって…」

「フェイに寝取られた事か?そんなのよくやったとしか言わないな

フェイを咎める事は何1つない

王女とその場にいた奴らを1人でも生かしていたら、話は別だ

もし1人でも生かしていたら、オレはフェイを殺していたよ

当然その小国も皆殺しでね」

和彦の怒りが一瞬だけ感じてゾッとする

和彦にとって怒りがあるのは王女とその取り巻きの男達だけ…

俺に酷いコトをした人間だけに怒りを持って許さなかった

でも、寝取られてよくやったってどういうコトなんだよ

和彦は寝取られフェチだけど、俺は理解できねぇ

「今夜会いに行くから、今はフェイに送ってもらうといい」

和彦に送ってもらいたいのに…なんでフェイとまだ一緒にいなきゃいけないのか

「わかった…今夜待ってるから」

フェイと一緒に部屋を出ようとした時、和彦が思い出したように引き止めた

「そうだフェイ、お前に土産がある」

ほらと和彦はフェイに旅行で買ったお土産を渡す

「私に…和彦様がお土産を」

フェイの顔がみるみる嬉しそうに緩む

「ありがとうございます!!」

めっちゃ嬉しそうにしてるのに、和彦は興味ないのかフェイの顔を見てはいない

そしてフェイと俺は部屋を出てからもフェイはご機嫌だった

こんなフェイの表情見たコトないな

和彦のコト、めっちゃ慕ってるんだな

「見てください!!和彦様からお土産を頂きました!!はじめてですよ!!」

和彦から貰ったお土産の包みを歩きながら開ける

めっちゃテンション高いじゃん、凄く嬉しかったんだろうな

「よかったな」

お土産の中身はカエルの木彫りだった

それを目にしたフェイは俺の方を見る

「和彦様は何故これを私のお土産にしたか知っていますか?」

何?気に入らなかったのか?

まぁカエル好きならともかく普通はこれ貰ってどうリアクションしたらいいかわかんねぇよな

俺だって困る

とりあえず、そのお土産を買う時の話をフェイにする

色んなお土産を見ている時に、和彦より先に俺がこのカエルの木彫りが目に入った

なんとも言えない絶妙な可愛いのか可愛くないのかわからない表情をしたカエルのキャラクターのような木彫り

一瞬見たら、可愛いか…?って思うのに、ずっと見てたら可愛く見えてくるそんなカエルの木彫りの話を和彦としてたんだ

「めっちゃコイツ気になる」

「買ってやろうか?」

って和彦は言ってくれたんだけど、なんでもかんでも買ってたら物が多くなるから断った

そしたら和彦は急に言い出す

「それじゃフェイの土産に買うか」

「フェイってカエルのキャラクターが好きなのか?」

「さぁ?」

めっちゃ適当に決めてる!?って思ったね

冗談かと思ってたのに本当に買ってお土産として渡してるし

しかもフェイは和彦からのお土産ってだけでめっちゃ喜んでるし、この喜びようならその辺の石ころプレゼントしても喜ぶ勢いだろ

「って感じでフェイのお土産決めてたぞ」

俺が正直に話すと、フェイは一層笑みを深めて嬉しそうだった

「さすがですね和彦様」

「いやいや、適当に決めたのにさすがってどんだけ和彦様なんだよオマエは」

「和彦様は意味のない事はなさりません

このカエルの木彫り良いでしょう?」

「まぁ俺はその木彫り気になってたけど」

正直、土産で貰っても困るやつ

俺が気になるからセリカは好きでほしがりそうだけどこういうの

フェイがあまりに和彦のお土産にご機嫌だったから、ふと気になって俺はなんとなく聞いてみた

「そういやフェイっていつから和彦の部下になったんだ?」

こんなコトを聞く日が来るなんて思ってもいなかった

ついこの間までフェイのコトは思い出したくもない奴だったから、和彦とフェイがいつからなのかとか気にもしなかったのに

別に…!!昨日のコトがあったからとか…じゃ…ない…

今でもコイツのコトは嫌いだしムカつく

………まぁ…少しは…………

「私の事が気になるんですか?」

「ならんけど、和彦のコトだから気になっただけだし」

フェイの意地悪そうな笑みがやっぱムカつく

「私が13歳の時に和彦様に拾って貰ったので、8年ほど経ちますね」

俺より和彦との年月長いんだ…

俺は和彦と中学の時が同級生で3年と言っても、同じクラスってだけで関わりはなかった

そこから大人になって再会したから、ちゃんと関わりがあると言ったら1年か2年くらい…?

って考えると…そんなに付き合い長くないじゃん!?

えっ!?和彦とはもう10年くらい一緒にいる気持ちだったけど!?

なんかショック……

まぁ…それだけ濃いって話だよな…

その1年の間に、コイツに襲われ弱味握られ脅されで散々……思い出したらやっぱフェイが憎い

「ふーん……そんな長いんだ……ふーん…」

「私は孤児で異国のスラム街で育ちました

あの頃の私はまだ子供で」

聞いてないのに身の上話はじまったぞ…

話を聞くと(フェイのコト興味ないのに聞かされた)

悪いコトはなんでもやってきて、その頃から強かったからその小さな裏の世界ではなんでも思い通りにしてきたらしい

正直調子に乗ってたクソガキだったと恥ずかしながら話してくれる

自分最強って中二病だったと、顔を真っ赤にして恥じている

だ、大丈夫だぞ…誰もが中二病の時代があって歴史の内容は違えど黒歴史の1つや2つあるもんだって…

「和彦様はお強いだけではなく厳しい中にも優しさもあります

どうしようもなかったクソガキの私をこのように立派に育ててくれました」

フェイは今の自分は和彦様のおかげと誇りすら持っていると自信満々だ

立派…か?かなり歪んでる異常者だと思いますけど

むしろ、和彦に育てられたから歪んだ性癖も持っちゃったんだろうな

和彦は寝取られフェチだから、育てるなら臆さず寝取ってくるようなヤベェ奴に仕上げるだろ

それに俺を巻き込むなよ

昔の和彦って丸くなった今と違ってもっと自分勝手だったし俺様の最低野郎って俺は嫌いだったな

優しいと思ったコトねぇし

でも、フェイが言うように今ならわかりづらかったけど優しかったのかなってのわかるかも

あの頃は和彦のコト嫌いだったからわかってなかった…本当は守られていたってコトに

俺は和彦に無理矢理恋人にされたけど、そんなの身体だけの関係で愛されてると思ってなかったから和彦が女遊びしまくってたのも別に

それも、俺が勝手に気楽な関係って逃げられないし割り切ってただけで

和彦も言わないから、その頃からずっと本命でちゃんと愛してくれていたなんて…わからなかった

俺もいつの間にか好きになってたのに、俺が和彦に本気で向き合ってなかっただけなんだ

こっちの世界に来てからやっと…本当の恋人同士になれたような気がする

「和彦様からの恩は忘れません

和彦様のためなら死ねます、何でもします」

フェイがどれだけ和彦を慕っているかなんて知らなかった…

部下だからそれなりに忠誠心はあるんだろうなくらいには思ってたけど、何でもする死ねるまで言えるなんて…

「ふーん、そんなに和彦のコト慕ってるんだ……もしかして、寝た?」

「あるわけないでしょう、ゲロ吐きます」

馬鹿ですか?って呆れた冷たい目で見下ろされた

後日、和彦に同じコトを聞いたら死んでも無理って返ってきたのは言うまでもない

いやなんかあまりにも和彦が好き過ぎるように見えて…そういう感情もあんのかなって

俺がおかしいのか、普通は違うよな

「いくら和彦様でもそれは無理ですよ気持ち悪いです

私に男を抱く趣味はありません」

ズキッと心に痛みが走った

フェイの言葉に…嫌なコトを思い出した

それが顔に出ていたのか、フェイは気付く

「セリ様は特別です」

「あっ…それは…うん…わかってる……

和彦が女好きだってのは…でも、俺は特別だって……わかってるから……」

違う…そこじゃないんだよ、フェイ

俺は………昔、言われたんだよ

幼なじみで友達だった男に…

和彦と付き合ってるのが知られた時に……

気持ち悪い

って

「セリ様?どうされました?顔色が悪いですが…」

勝手に思い出して勝手に傷付いて、気にしちゃダメだ…忘れなきゃ過去のコトなんて

「えっ…悪い…ちょっと、昔のコト思い出して」

大丈夫…もうずっと昔のコト

なのに、ひやりとする……あの時の言葉が頭に胸に響く

「昔の事?」

「うん……まぁもう気にしてない」

「その顔は気にしています、何があったんですか?」

「大したコトじゃないよ…

友達に、男が恋人なの知られて……

気持ち悪いって……普通のコト、言われただけ……

いや…いや…別に、それはいいんだよ…」

なんで…フェイに話してるんだろう……

少し言葉が出たら止まらなくなる

やっぱ…俺って弱い人間だな

そんな昔のコト…まだ引きずってる

本当は……嫌なんだよ

他人なら何言われても構わない

そう思う人もいるんだから仕方ない

だけど、また仲良い奴に……気持ち悪いって言われたら……それが怖い

「だって、そういうの思う人もいるワケだし

俺は全ての人に理解してほしいとか、それは絶対思ってない

人それぞれ考え方とか価値観とかあるだろ

それにどうこう言わんよ

でも……幼なじみに言われたのは…キツいって言うか………

俺も人間だから、傷付くし辛いし悲しかったよ

それで友達の縁切れたのは…キツい……

キツかった……」

フェイの顔が見れなかった…

フェイだって、男同士は気持ち悪いって思う側なんだ…

和彦だって…本当は普通に女の子が好きで……俺だけが違う

「私は」

フェイの声にビクつく

だけど、フェイは俺の顔を掴んで上を、自分の方へ向けさせる

「セリ様の事は気持ち悪いと思った事はありません

そう思ってたら、触れたりしないです」

フェイの顔が近付いてくる

「その幼なじみの事も、私が忘れさせてあげます」

フェイ……オマエ…ズルい

俺はフェイの胸を押し返して身を引いた

「近付くな…!忘れるも何も…オマエには関係ないコト」

グッと手首を掴まれ壁に押し付けられた

「関係ないですよ、私はその幼なじみではありませんし顔も名前も知らない他人です

ですが、貴方だけは関係があります

私の前でそんな顔をされたら…」

逃げられない壁を背に、フェイの顔が近付いて唇が触れる

どんな顔…してた……?

いつもと違うから、こんなに優しいキスなのか…

フェイは昨日から…卑怯だ

弱った所をつけ込んで抑えつけてくる

震える手が、また力が抜けてくる

フェイの手が重なる、絡める指に俺も握り返してしまう

舌が熱く絡んで激しくなる

嫌だな…こんな自分、弱くて情けなくて…流されて………

ホント、クソビッチの尻軽

「……私はセリ様の事は気持ち悪いと思いません」

フェイの唇が離れると熱い息がかかる

……俺も…オマエのコト…は嫌いだけど、気持ち悪いと思ってないよ…

わかってる…和彦もフェイも、俺が男って性別で見てるんじゃなくて

ちゃんと俺って人間を見てくれてるんだって

「…………。」

何も言えなかった

何も……

「嫌ですか?嫌いですか?私が」

「……嫌…だね……嫌いだよ…オマエのコトなんて…酷い奴…」

フェイの両手に包まれたまま顔を上げて俺は、涙を溜めて…でも少し…心が揺れる

「私に弱った姿を見せる貴方が悪いです

私は酷い男なのでずっと嫌っていてください

その方が犯しがいがありますから」

最低だな…俺も……

「二度と…近付くな…」

「それは聞けません

……人が来そうなので私はこれで、それではまた」

フェイの手が離れて、俺の前から消えて行っても暫くは手のぬくもりが残っているような気がした

本当に…最悪…最悪……俺って最低だ…

フェイのコトなんて……


その場でぼーっとしていた俺は、少しするとレイに声をかけられた

人が来そうって言ってたのはレイのコトだったのか

レイは俺が帰って来たのを知ってこの階段を通る途中で俺を見つけた

「セリ、おかえり

どうしたんだい?元気がないように見えるが

旅行中に和彦さんと喧嘩でもしたかい?」

「レイ…ただいま」

レイの顔がまともに見れない

どうしよう……かと言ってレイにフェイのコトは言えない

レイはフェイのコトを良く思っていないし、レイとの約束より先にフェイと関係持ってしまったコトとか

もう本当に…何も言えないくらい俺が最低最悪

「和彦とは喧嘩してないよ、大丈夫

心配してくれてありがとう」

こんな俺なんて、レイが好きになるコトないよ

ダメだよ…レイ…

ちゃんと選ばないと

「疲れてるみたいだ、部屋に帰って休もう」

優しいな…レイはいつも

俺の大親友だもん…当然だよな

でもね…本物の大親友ならよかったんだよ

いつからか、変わっただろ俺達の関係

大親友と言いながら、恋人に近い関係を目指してたもん

だから…

「レイ…大事な話があるんだ」

「それは良い話か?…悪い話か?」

レイの表情が不安の色に染まる

そんな顔、見たくないのに…

レイと一緒に部屋へと帰る

久しぶりの自分の部屋が懐かしい

と言っても、死者の国の自分の部屋だからそれほど長くはないが帰ってきたなって落ち着く

ハズなのに、今はそんな気分じゃなかった


「あの…レイ」

なんて言えば、なんて切り出せばいいのか

今の自分が冷静じゃないってのもわかってる

色々あって今の感情に振り回されてるコトも

だけど…レイのコトを考えると、俺はやっぱり……

「さっき、誰と一緒だったんだ?」

「えっ…?」

なかなか言い出せない俺にレイはなんとなく察してるんだとは思う

「セリが帰る予定の日に和彦さんだけが帰ってきていた

あの和彦さんがセリを1人置いて帰るなんてありえないだろう

他の誰かといたんじゃないか

その誰かと、何かあったと顔に書いてあるぞ」

「レイって…俺のコトならなんでもわかるんだな」

それがいつも嬉しかった

わかってくれて、理解してくれて味方でいてくれた

なのに、俺はレイのコト裏切ってしまった

フェイを受け入れてしまったコトなんて、レイにとったら最悪の裏切り

「ごめん…レイ…」

黙って隠せばよかったのかもしれない

わざわざ話してレイを傷つけるコトなんてないのに、でも黙ってるのが辛かった

それは自分だけが楽になりたいだけのあまりに自己中な話

嫌われたくないのに、嫌われる方が楽と思ってしまうほどに

「……フェイと……」

レイの顔が見れない…

少しの沈黙の後、レイからの言葉を待つ

「それはオレじゃなくてフェイを選んだって事かい?」

「選んだとか、そうじゃない

レイを嫌いになったワケでもない、今でも大好きだよ

レイとはずっと一緒にいたい

でも、俺と一緒にいてレイは幸せ?

いっぱい傷付けるよ

クソビッチの尻軽の最低最悪な俺なんだから」

離れた方が

「オレは離れたくない」

怒りもしないの?まだ…こんな俺でも受け入れてくれるのか?

それって俺は甘えすぎてないか

「俺がしんどいんだ、辛くなる

レイのコト傷付けてるって、そんな自分が許せないんだよ」

「離れるって言うならセリを殺してオレも死ぬから

セリはまだオレの事をわかってくれないんだな

確かに、オレは嫉妬もする、独占欲だってある

でも、セリがいなくなる事の方が死ぬより辛いんだ」

俺はレイにそこまで想ってもらうような人間じゃないよ…

「嫌いになってくれたらいいのに、俺のコトなんて

そしたらレイは辛い思いをしないのに」

「嫌いにならない

ずっと…100年前から君が好きだった

その間の方がずっと辛かった…君にオレを知っても貰えなくて

やっとオレを見てくれたのに…

セリがオレを気遣って泣く顔なんて見たくない

セリがフェイを好きなら、正直殺してやりたいくらい腹立たしいが構わないさ

今更セリに恋人の1人や2人増えたところで、何も変わらない

オレはセリの事を愛してる

何も変わらない…だろ?」

ん…?なんで俺がフェイのコト好きになってんの?

そこは否定させてもらうぞ

「いや別にフェイのコト好きとかじゃないから、アイツが恋人とか絶対ありえないよ

なんで…レイは…嫉妬もするし独占欲もあるのに、俺に執着するんだ

俺より良い人はいっぱいいるし

わざわざ最低最悪な俺を選ばないでも、イケメンなんだからいくらでも良い人寄って来るだろ」

突き放してもレイは俺を離しはしない

レイが目の前に立つのを感じて、俺の顔を上げさせようと触れるけど

俺はその手を払ってしまった

「それでも、オレはセリの事しか好きになれなかった

最低最悪じゃない、セリの事は理解している

軽い気持ちじゃない皆に真剣で本気なんだって事も

オレの事も真面目に向き合ってくれているからそんな事を言うんだろうが、オレは嫌だぞ

もうオレを突き放すような事を言うな、聞きたくない」

払いのけた手はもう一度俺の頬に触れる

俺だって…レイのコト好きだよ…

いいのかな…この手をまた…取っても

俺は自分の手をレイの手に重ねると、レイの声が安心したように柔らかくなった

「しかし、フェイとの過去の話は聞いているから何もないのにフェイとそうなるとは考えられない

一体何があったんだ?」

あの日のコトはなるべく話したくはなかったが、聞かれたらレイには話さないといけない

思い出したくもないコト…だけど、俺はその日にあったコトを話した

「そんな事が…

……セリが傷付いていた事に気付かなかったオレの方が最悪だ

大丈夫なのか…?」

「まぁ…あの時のコトは、フェイは俺のコト嫌いなのに慰めてくれたから

なんとか気にしないようにはしてるよ

思い出すとキツいけど…」

こんなコトがあったからフェイに甘えてしまったってのは言い訳にしかならない

それでもレイは悪くないのに気付けなかった守れなかった自分を責める

レイは何も悪くないのに、俺が弱かっただけ…

「ん……?フェイがセリを嫌い?」

「気付けなかったけど、フェイはセリカが好きみたいだ」

「ん………んー…?これは女神結夢と同じパターン来たな

フェイの事は嫌いだが…同情する…」

レイがフェイに同情?なんで?

むしろ、セリカを狙ってるフェイにブチ切れてもおかしくないと思うんだが

「なんで急に結夢ちゃんの名前が出るんだよ?」

「いや……とにかく、一度フェイと話をしてくる」

そう言ってレイは部屋を出ようとするから俺は引き止めた

「待って!?話をするって何を…俺も一緒に」

「駄目だ、セリがいると話にならない」

いやでも、2人で話なんて…マズいしヤバいだろ…

この前だって衝突しかけて、仲はかなり悪い

レイの性格からしてどっちかが死ぬかもしれない

そんなの心配だ…たぶん、きっとレイの方が強いとは…思うから…レイは大丈夫かもしれないけど……

そしたらフェイが殺されるかもしれない

そんなの…………

「……とにかく、セリはここで待っていてくれないか

別にオレはフェイを殺そうとか今は思っていない

普通に話がしたいだけだ」

文句の1つや2つは言うかもしれないが…とレイはらしからぬコトを言った

今は…?確かに俺の知ってるレイはフェイに煽られたコトがあってムカついて殺したいくらい嫌ってる所はあったよ

だけど、今はってなんでだ?

「正直、セリに手を出したフェイの事は許せないし殺してやりたい

でも……オレはセリのために殺しはしない

だから、信じて待っていてくれるかい?」

レイのまっすぐに見る瞳に、今のレイが嘘をつくなんて思えなかった

信じて…待つしかない

「……わかった…待ってるから、早く帰ってきてね」

「あぁ、すぐに帰るさ」

レイは俺を優しく抱き締めてくれる

いつもレイは俺のために、俺を1番に想ってくれるのに……

俺はそんなレイをいつも傷付けてるような気がする…

こうして抱き締めてもらえる資格なんてないのに……


レイが部屋を出て行ってから、1時間2時間と時間だけが過ぎていく

落ち着かずにただ待っているだけのこの時間

大丈夫だろうか…心配だ

レイのコトは信じてるからフェイに危害は加えないだろうけど、フェイはレイに対してどう思ってるとかはよくわからない

2人が対面した時はレイがふっかけるとそれに乗っかるって感じだったし

暫く待っていると、ドアがノックされて開く

「あっ!レイ!おかえ……」

入ってきたのはレイじゃなくて、和彦だった

「せっかく会いに来たのに、他の男の名前を呼ばれて出迎えられるなんてな」

和彦は言葉とは違ってアハハと笑っている

いつの間にか、夜になっていたんだ

和彦は夜になったら会いに来てくれるって言ってたから

でもそれじゃあレイはすぐ帰って来るって言ってたのに、全然帰って来ないじゃん…

そんなに長く話すコトなんて…あるのか…な

「悪い…和彦

レイがフェイと話をするって帰って来なくて」

和彦が俺の顔に触れて上を向かせる

自分でも気付いていなかった

下を向いていたコトに、それも全部和彦はお見通し

「レイが訪ねて来た事は知っているよ

あの様子じゃセリくんが心配するような事はない

それより」

和彦の顔が近付いてきて、俺は和彦の顔を押しのけた

「今はそんな気分じゃない…」

「知ってる」

じゃあすんなよ

「くだらない事で落ち込んでるんだって」

「はっ?くだらない?」

「そう、フェイとの事があってレイを気にしてるんだろ?」

「そうだよ、レイはオマエと違ってまともな感情を持ってる

俺を理解して受け入れてくれるから、俺だって出来るだけレイのコトを傷付けたくない

なのに………フェイと関係持ってしまうなんて……最悪、俺は最低なんだよ」

どれだけ仕方ないと言われたって、結局は俺の弱さの結果

それでレイを傷付けるなんて…

また和彦に顔を無理矢理上に向かされる

「オレはセリくんの小悪魔な所も好きなんだけど」

「……は?」

急に何言って…

「あっちも好き、こっちも好き、明日はオレか、香月か、それとも

オレ達はセリくんに好かれるために気を引くだけ、明日選んでもらいたいから」

「どういう意味だよ…」

「セリくんがまともに恋愛なんて無理だって言ってるんだ

レイを傷付けたくないと勝手に思ってるだけで、レイはセリくんがどういう男かわかっているって事

わかってて好きなんだよ

皆好きでいてくれなきゃ困る

オレにセリくんの大切な人達を殺させる気か?香月もレイもフェイも

セリくんがオレ達との関係をやめると言ったらオレは他の男を殺してでも手に入れる」

和彦の雰囲気が変わる

俺には決して向けられない鋭く冷たい刺さるような空気

そんな和彦に睨まれたら首を横には触れない

「言っただろ?セリくんの気持ちは関係ないって

だから、全員受け入れろ」

レイとフェイのコトなのに、話が若干すり替えられてるような気もするのに、わかったとしか頷けなくなった

「それにセリくんが気に病む事じゃない

セリくんをそうさせたのはオレのせいでもある

オレがいなければセリくんは香月だけ、レイだって受け入れる事はなかった

本来誰も、2人の間には入れない」

和彦は運命を変える力があるって香月とイングヴェィも言っていたコトがある

確かに、いくつもある前世を思い出しても俺の恋人はたった1人香月だけだ

他に付き合った人とかは誰もいない

それが今回の人生(前の世界から含め)では、和彦が香月以外のはじめての恋人だった

和彦は寝取られフェチだから俺に男がいればいるほど良いとか理解できないイカれた性癖がある

そんなこんなで今のビッチで尻軽な俺になったって……コトなのか?

「えっ……じゃあ、オマエと付き合わない方いいんじゃ……」

俺にとって和彦の恋人はマイナスでしかないんじゃ!?

「駄目、何があってもオレはセリくんを離さないって言っただろ」

和彦は嫌がる俺に力付くで唇を奪う

「…それに、オレと別れられる?そんな顔して」

自信過剰だって言い返せなかった…

だって、俺は和彦が好きだから…キスされたら顔が火照る真っ赤になる

「……オマエなんか…嫌い…俺をめちゃくちゃにして…」

「好きって顔に書いてある」

ムカつくなコイツ

「レイがどうしてフェイと話をしに行ったか、セリくんと離れたくないから俯かせたくないから

帰って来たら、いっぱい甘えてやれ」

言われなくても…めっちゃ甘える

レイだってずっと気にして距離を取ろうとする俺は嫌だろうな

俺に出来るコトは、1番良いのはみんな平等に愛するコト…

みんながそれを望んで求めているなら、俺は精一杯応えないといけない

もう最低でも最悪でもない

それが俺達の関係なんだから

小悪魔なら小悪魔らしく振る舞って全員を全力で愛するだけ

自信しかない和彦といると、おかしいのに間違ってない正しいと思わされて前向きになるよ

「ところでフェイはどうだ?」

俺の表情が変わったコトに気付いた和彦はまたいつもの調子で聞いてきた

「どうって?」

「オレが育てたんだ、おすすめ」

「だから?」

「フェイもセリくんの恋人に」

「オマエ、アホ?」

前からそうだが、やたらフェイをすすめて来るの何?ないから!!

「おかしいだろ!?そもそもオマエが俺に手を出したフェイの腕を切り落としたの忘れたのか!?」

前の世界で、フェイに襲われた後に和彦がフェイを許さなかった

あの時は目の前ではじめて人が斬られる所を見て震えたな

「えっ?あの時はセリくんを傷付けたから咎めただけだけど?」

なんでそんなに怒ってるんだ?って和彦は首を傾げてる

あーコイツ、ズレてる頭おかしい奴だった!!

和彦の感覚を理解するのは難しい

長い付き合いだからなんとなくこんな奴だってのはわかるが

「今回はセリくんが最終的に受け入れたからね

あいつは過激な所もあるが、セリくんと相性は良いと思ってる」

「誰が誰を受け入れて相性が良いって?」

「セリくんがフェイを受け入れて2人の相性が良い」

わざと聞いて言うなって威圧したのに、きちっと返してくる辺り和彦は良い性格してるよな

「アホか!?オマエ知らんだろ!?フェイはマジやべぇからな!?

この前だって生爪剥がされたんだぞ!?

それ知ってるだろ!?

あんなSMの域越えてるリョナ野郎とか無理だから!!」

「確かに、フェイはやりすぎな部分がある

より過激になる可能性もなくはないが

ほらセリくんは回復魔法があるからフェイと相性ばっちし」

ハハハと人事のように笑う和彦に怒りを抱く

「オマエのせいでその回復魔法もそういう時は使えなくなってんだよ!?

だから生爪剥がされた時の傷も治せなかっただろ!?」

フェイが怖いのは、いつかマジでやりそうだって思わせるからだ

アイツにとって生爪剥がすくらいじゃ少しの満足しか得られない

首絞めは当たり前のようにしてくるし

普通に、指折っていいですか?とか聞いてくるんだぞ

いくら俺が頭おかしいヤバい奴を好きになるからって限度がある

香月も和彦もレイもまともではない

全員ヤベーのに、そのヤベー奴らが好きな俺が1番頭おかしくて狂ってるヤバい奴と気付いた

「あー…じゃあ、セリくん死ぬかもしれない

フェイは本当の意味で壊しそうだ

育て方間違えたか、残念」

今から育て直せ!!責任持って!!!

フェイの奴、自分は立派に育ててもらったとかぬかしてたがどこがだよ!?

でも殴ったりはしないんだよな

アイツにも変態なりのこだわりがあるのかもしれない

「やっぱ無理、フェイだけは無理」

あれと付き合うとか命がいくつあっても足りないだろ

痛いのも嫌だし…

昨日と今日のコトは……たまたま優しくされただけ

不良が良いコトすると好感度が上がるみたいな感覚

それならずっと優しいレイの方が当たり前だけど良いもん(メンヘラだけど)

「………そんなに、フェイの事が嫌いか?」

「嫌いだね、嫌い嫌い大嫌い」

しつこく聞いてくる和彦にプイッとそっぽ向いてツンとする

「なら、フェイを咎めるとしよう」

「はっ!?なんで!?……急に」

和彦は嘘を言わない

俺はその言葉にハッと和彦の顔を見る

「オレはフェイを許してない」

「許してないって、矛盾してないか?

オマエがフェイを俺にすすめといて寝取られたら許さないってどういうコトなんだよ」

「そこじゃない、フェイはセリくんを助けなかった」

「えっ?いや、助けてくれたから俺はこうして生きて和彦の所へ帰って来れたって話は」

した…のに……和彦の表情は険しかった

和彦の言葉は絶対だ

だから俺は、どうしてか

「フェイならもっと早くに、セリくんが酷い目に遭う前に助ける事が出来た」

「それは……そうかもしれないが

でも、あの状況じゃ…

俺は……やめて、フェイのコト許してやってくれよ…」

フェイを庇うような発言をしてる

どうにか和彦の許しを得ようと…

なんで…嫌いなハズなのに

和彦の言う通り、フェイなら…

でも、それは状況が…だけど、それは言えない

フェイは自分の気持ちは和彦にも内緒だって言ってた…勘の鋭い和彦なら気付いてそうだが俺が言うワケにはいかない

強い力に自分をねじ曲げられる惨めで悔しい気持ち…和彦にはないコトだろうけど

俺はあの時のフェイを見るのが辛かった…

「フェイはまだガキだって事

オレならすぐにセリくんを助けられる」

「だろうな」

相手女だし、和彦ならすぐにキスできてあっという間に逆転させる

そもそも和彦ならあの状況にすらならないかもしれん

「とにかく、もう終わったコトだから

和彦が変にフェイに何かしたら俺はそれを見て酷い目に遭ったコトを思い出すからやめろ

あんなの…早く忘れたいんだよ…」

「わかった、セリくんが言うなら」

和彦が優しく抱き寄せてくれる

なんとかフェイを許してくれたみたいでホッとした…なんでホッとなんかするんだ?

別にフェイがどんな目に遭っても俺の知ったこっちゃないのに

嫌いだし…最悪な気分だ

「はぁ~疲れた、眠くなってきた」

和彦から離れてソファにゴロンと横になる

夜だから眠気も自然と誘われてるな

「そんな所で寝たら風邪引くぞ」

「ううん、まだ寝ない…レイ待ってるもん…」

「眠そうな声してる、そのまま寝るだろ」

和彦の言う通りウトウトしてるからたぶん寝る気がする

動こうとしない俺を和彦は抱き上げてベッドまで連れて来て寝かせてくれた

「レイの帰りが遅い、フェイと何時間話すコトがあるんだ?

まさか……浮気してるんじゃ…?」

「誰と?」

「実はフェイと話しするってのはウソで、知らない女と…」

光の聖霊とは仲良いが、レイがきっぱりと振ってるし光の聖霊も吹っ切れてるから、2人の疑いはない

だから知らない女が…

「レイに嫌われた方が楽って言っておきながら、気にするのか?

誰にも渡したくない言い方してる」

さっきまでのメンタルの俺ならかなり傷付いたな

でも、和彦はわかってる

「当たり前だろ、俺のコト好きなら俺だけ見てくれなきゃ」

「それオレに言ってる?」

和彦は俺にキスをして、頭を撫でてくれる

眠気が誘って、気付いたら意識が途切れて眠りにつく



自然と目を覚ますと、朝になっていた

隣で寝ているのは和彦

部屋を見渡すがレイが帰ってきた様子はない

「和彦…レイ帰ってな」

起こそうと思ったがやめた

和彦はよく寝てよく食べる奴だ

生死の神になってからさらに多忙になってるし、寝れる時に寝かせてやろう

それにしても…和彦って本当に可愛い顔してるよな…

なのに、どうしても可愛いと思えない

寝てる時ですら気を張りつめてるような気がする

和彦の前髪に触れる、さらさらした綺麗な髪が指の間を流れた

ぱちっと和彦の目が開く

うわっ!?急に起きるじゃん!?ビックリした

思わず手を引っ込める

もう少し和彦の髪に触れて寝顔見ていたかったな、なんて

「おはようセリくん、もうすぐレイが帰って来るな」

寝ぼけるってコトがない和彦は、レイの気配を近くで感じたのかわざわざ起きて教えてくれる

「朝帰り…?朝帰り…ですけど!?一体どういうコトなのか問い詰めてやる!!」

「レイに限ってセリくんが疑うような事はないと思うが…」

「うるさい!オマエのせいで男は浮気するもんなんだってわかってんだよ!?俺もだけど!?」

「相当フェイの事気にしてるな…フェイに本気になればそれはもう浮気じゃないのに」

和彦は欠伸をしながらゆっくり起きてくるけど、俺はちゃちゃっと用意してレイを迎えに部屋を出た

廊下を出ると少し離れた先にレイを見つける

俺に気付いたレイは足元が軽くなって早足になるが、俺は怒っていた

早く帰ってきてねって約束したのに、朝帰りなんて……

「おいレイ!早く帰るって約束したのに、朝帰りなんてどんな…言い訳…が…あっ…て」

近付くとレイへの違和感がハッキリする

目の前まで来て、それは確信した

「ただいまセリ、遅くなってすまなかった」

レイはいつもと変わらず爽やかな笑顔を見せてくれるのに、その笑顔には似合わない服の汚れ…

その服に浴びたのは…大量の血?

見た目だけじゃない、血の匂いもする

「色々とあって」

レイの話が頭に入って来ない…

その血……もしかして……

「フェイを………殺したの…?」

そう思ってしまった

フェイが殺されたと思ったら何故か視界が曇る

なんで…目頭が熱い、涙が溜まる、胸が……痛くなって苦しい

「セリ」

「ウソ…だ…そんなの」

悲しみに染まった俺は後ろから抱き締められるようにして口を塞がれた

耳元で和彦の言葉を聞く

「セリくん落ち着いて、レイはフェイを殺していない

もし殺し合いになったのならレイが勝つとしてもあのフェイ相手に無傷はありえないだろう

レイお得意の弓で遠距離ならともかく、返り血を浴びるほど近距離ならなおさらな」

和彦の言葉で少しずつ落ち着きを取り戻す

その間に引きずられるようにして部屋へと戻った

そうだ…和彦の言う通り、レイの話を聞かずに決めつけるなんてダメだ

「セリ、聞いてくれ

オレはフェイを殺していない

以前オレは楊蝉を殺した事があるからオレを信用出来ないのはわかっている

疑われてもおかしくはない」

レイが優しいのは俺にだけ

邪魔な奴は俺の友達だろうが仲間だろうが殺す

そういうレイだってわかっていたから早とちりした

楊蝉のコトは結果殺せていなかっただけで、もし本当にそうだったら

俺はレイを許せてない

これからだってそう…俺の周りの人を殺さないが約束なんだから……

「ちゃんと話すよ、フェイと話してその後何があったか

……セリはもうフェイの事、好きなんだな…

フェイが今会ったら落ちそうだから会わないって言ってたが、本当にそうみたいだ…」

レイの表情がとても複雑に曇る

その時の呟きは聞き取れなくて、レイにとって…そこは俺が触れちゃいけないような聞き返してはいけないような気がした

「オレは席を外そうか?」

和彦が気を使って言うと、レイはそれに答えなかった

どっちでもいいとわかって和彦は席を外すコトを選んだ

和彦が部屋を出てレイと2人っきりになる

「フェイと話を」

「先に着替えたら?」

レイは1秒でも早く誤解を解きたい気持ちがあるんだろうけど、その誰のかもわからない返り血を浴びたまま話されても気になって仕方ない

俺の言うコトを素直に聞いてレイはシャワーを浴びて着替えに行く

フェイの血じゃないなら…一体誰の、何があったんだろう

暫くして身綺麗になったレイがまた俺の前にソファへと腰掛ける

そして話してくれる

フェイとのコトを

「オレはフェイがどんな男か知りたかった

まともに話した事はなかったからな」

「フェイに興味が?」

「いやフェイと言うよりは…」

俺の顔色を伺ってレイはその先の言葉は飲み込む

「とにかくだ、フェイはオレが訪ねても嫌な顔をしなかったから話をする事は出来たよ」

「フェイは相手の土俵に入っちまうガキっぽいとこがあるな

煽られたら煽り返すし、やられたらやり返す

だから、レイが敵意を持っていなきゃ聞く耳くらいは持つよ

まぁなんでかわからんが、俺にだけは意地悪して来るから嫌いだけど」

和彦は大人の対応で上手く受け流したりもするが、それも相手や状況次第で容赦ないとこもある

和彦は滅多に怒らない冷静なタイプ、フェイは感情的でカッとなりやすいくせに和彦の冷静さを真似してクールぶってるガキなんだよ

そんな和彦が育てたフェイだが、なんやかんや我が強すぎて歪んだ性格で大人になった感じがするな

「最初に文句の1つや2つを言ったら3つ煽って返してきたからちょっとした喧嘩にはなったぞ」

相性最悪だ!?どっちも引かないタイプ!?

そんなんで大丈夫だったのか…よくその後話が出来たな……

「最後は言い負かしたからオレが勝ったんだ

フェイの弱みはオレと同じだからな

オレにとっては弱みではないが、フェイはそれを誰かにバレたりするのが嫌みたいだ

和彦さんにも秘密だと、和彦さんなら絶対に気付いていると思うが」

「フェイの弱味?…ちょっと待て!?何それ!!??

知りてぇんだけど!!!フェイの弱みを握ってもう二度と俺に近付かないようにしたい!!

教えてくれよ、レイ!!」

まさかレイがフェイの弱みを見つけたなんて、スゲー!?

俺なんてアイツの弱み握っていつか黙らせたいって思ってたのに、全然それらしいのわかんなかったし

そんなに面識ないレイが簡単にフェイの弱点を発見するなんて

俺はレイの隣へと移動して座り直すと、レイの手を握った

「フェイの弱みは教えてやれないぞ」

「なんで!?レイはいつから俺じゃなくてフェイの味方になったんだよ!?」

「いや…セリには意味ないと言うか…」

レイは俺の顔を見ないようにあっちの方を向いてしまう

だけど、重ねた手はしっかりと握り返してくれる

なんか隠してんのか…?もしかしてレイもフェイに何か弱みを握られてお互い言えない状況だとか?

でも、レイに弱みなんてないのに

俺は知らないもん

「それで話の内容も…セリには言えないが、フェイと話してみて…まぁ悪い奴ではないと」

レイは俺の顔を見て複雑に笑う

認めたくないが、そうだったと言った

「いや悪い奴だろ、レイにまだ言ってないけど

旅行前の船でフェイに生爪剥がされたんだぞ

それ十分悪い奴だろ」

「そんな事が、可哀想に痛かっただろう

あの男はそういう一面もあるからな」

レイは優しく俺の頬を撫でるように手で包んでくれる

いや……いやいやいや!?いつものレイならブチ切れてフェイを殺しに行く勢いだろ!?

それで俺がもう終わったコトだからって引き止める流れ!?

フェイの猟奇的な一面は個性だから仕方ないなみたいな言い方じゃん!?

誰だコイツ!?偽者か!?また悪魔かなんかに騙されてんのか俺は!?

「あまりセリに酷い事はするなと言っておくよ」

友達みたいな感覚で言うじゃん!?何があった!マジで!?1日で別人になって帰ってきたぞ

「なんだか……レイじゃないみたい……」

「心の底じゃ、誰もセリに触れさせたくはないぞ

出来る事なら殺してやりたいくらいだ

でも、そうはいかない

セリと一緒にいるためなら、オレが変わらないと無理だってわかっているから

フェイがどんな男か知りたかったのは、セリに相応しいかどうか判断したかったんだ

まぁ、それでフェイなら大丈夫かって」

レイは俺の頭を優しく撫でてくれる

その撫で方は他の誰でもないレイだった

悪魔が成り変わってるとかじゃない…

目の前の人は、ちゃんと俺の好きなレイ

だけど、言ってるコトはおかしい

「レイが俺に気を使ってくれるのは申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちがあるけど…

フェイが俺に相応しいかどうかってなんの関係が……

しかも大丈夫って何を聞いて見て判断できるそれ」

レイが洗脳されてる!?

あんな危険な猟奇的イカレサディストに相応しいとかないだろ!?

俺もおかしいだろ!?

んー…まぁ……香月と和彦の恋人な時点で俺はまともではない自覚はあるけどさ…

さすがにアイツらだってフェイほど俺に酷いコトはしねぇよ

俺は認めないぞ!!!

「……好きなんだろ、フェイの事」

「………へっ……?」

レイの言葉に心臓がドキッと跳ねる

えっ…なんで……

「誰が、あんな奴……好きじゃない、俺は嫌い」

ま、まぁ…前よりは…良いところもあるなって思ったけど…

でも、これからも酷いコトされるのは変わりないだろうし

………また…優しくされたら……それは…困る…

だからフェイのコト嫌いでいたいから、アイツはずっと酷い嫌な男なんだよ

「ダメ…フェイのコト好きなんて、ありえねぇ……

アイツ最中に首絞めてきたりもするんだぞ

下手したら俺は死ぬ

レイは俺が死んでもいいのか?」

「フェイなら上手くやるだろ、失敗はしない

殺したい願望はないみたいだし」

そういう問題か…生きてればいいみたいな

よくないぞ!

じゃなくて!なんでレイはフェイの方を庇うんだよ

俺がどうなってもいいのかよ…

「さっきから……レイは俺じゃなくてフェイの肩持ってばっかりだ

そんなにフェイの方が好きなら、フェイとずっと一緒にいればいいじゃん

俺なんて…もうほっといて」

寂しいも悲しいも湧いてくる

そしたら自然と表情も暗く涙目になって、レイの顔が見れない

だけど、すぐにレイは強い愛を示して安心させてくれる

レイは俺の顔を両手で上げると、そのまま唇を奪うように押し付けた

久しぶりのレイとのキスは激しくて深くて、何日分をも取り返すようだった

レイの舌を受け入れると、腰が疼く

まだ…レイのコトちゃんと受け入れてないから…早く、そうなればいいのにって思う

レイがほしくなる、繋がりたいのは大好きだから

抱きしめられて、全身でぬくもりを感じる

これが安心する…久しぶりのレイの腕の中で嬉しい

「……オレはセリだけが好きだ

フェイがどんな男か知りたかったのも、全てセリのため

セリがフェイを好きじゃなかったら会っ」

俺はレイの唇を塞いで言葉を止めた

「…好きじゃないって…言ってんじゃん…

フェイだって思ってないよ

俺には嫌われたいってずっと言ってるもん」

ぎゅっとレイを抱きしめ返して胸に顔を埋める

「レイ…疑ってごめん

フェイを殺したんだって思って……本当に悪い…すまん…」

過去のコトがあるからってレイを信じなかった俺が悪い…

信じられなかったレイは凄く傷付いただろうに

そんな俺をレイはさらに強く抱きしめてくれた

「いや、オレの過去の行いで疑われても仕方ないんだ

今はわかってくれて嬉しいよ」

「うん……レイ…今夜……する?」

レイが来てくれないなら自分から誘ってみる

恥ずかしいけど…レイとも……したい…

言葉にすると顔が熱くなってドキドキが止まらないよ

「………セリからの誘いは……凄く嬉しいんだが」

急にレイの時間が止まったかのようになって、そっと突き放される

ん?様子が…

「それは……」

「やっぱり…俺なんて、嫌になるよな」

いつまでも愛されてるなんて自惚れだ

愛想つかされてもおかしくないよ、俺なんて

「違う!そうじゃない!本当は!!」

ガッと強くレイに両手首を掴まれソファへと押し倒される

「すぐに…抱きたい

いつもセリの事を考えて、毎日今夜こそはって…思うのに

もう……オレは、過去の行いが…君を愛する資格なんて…ないのは、オレの方だ……」

過去のコトか…辛かったよ、たくさん傷付いたよ

この俺の今の想いだって大悪魔の契約のせいだってコトもわかってる

でも

「そんなコトないよ

俺はレイへの気持ちが大悪魔シンのせいでも、良いって思ってる

過去のコトだって、もういい

どんなレイだって受け入れてみせるって決めたもん

だから…いつでも待ってるよ」

もし大悪魔シンを倒して、俺に掛けられた契約が切れたとしても

俺はレイを変わらず好きでいたい、いやいる

だから、大丈夫…きっと

「……そうやって他の男の心も掴んでるんだろ」

「えっ!?…そうだけど?」

ふふっと小悪魔っぽく笑う

「でも、今のその気持ちも言葉もオレだけに向けてくれてる

そんなセリも好きだよ、ちゃんとオレを見て受け入れてくれる」

レイの顔が近付いて、また唇が重なる

今度は短いキス

あっお腹空いた


今日の朝ご飯は薬膳にしてみた

わざわざ近くの街までやってきたぞ

ここのお店美味しいんだよな

楊蝉の薬膳料理が好きなんだけど、遠いからなかなか食べられないし

色々と疲れた身体にお粥が美味しく沁みる…

食べ終わって温かいお茶を飲みながらゆっくりする

「そういえば、さっき話が逸れて聞き忘れてたけど

結局あの返り血はなんだったんだ?」

テーブルを挟んだ目の前のレイに聞く

「あぁ、あの話はまだしていなかったな」

気になって仕方がないくらい早く話してほしいって気持ちになってる時に、嫌な奴の声が…

「お隣よろしいですか」

ドキッとする

良いと言ってないのに、勝手に座ってくる

そもそも席は他にも空いてるのにわざわざ…

声からして視線をそっちに向けたくなかったが、確認のために視線を向けると

やっぱりフェイが…俺の隣に座っている

………あれ?さっき、ドキッてした…?

「はっ?良いなんて言ってないんだが?」

近くの街で会うなんて…会いたくない時に限って偶然ってあるよな

まぁ珍しいコトじゃないか

この街は結構買い物にも来るし、死者の国は生きてる人間に関係するものはまだまだ少なく限られている

死者しか入れない国ってワケじゃないが、前の生死の神が生者の立ち入りは厳しく禁止していた

和彦が生死の神になったコトで、その辺はどうするかってところだが

神族のフィオーラやセレン、結夢ちゃんの意見も聞きながら慎重みたいだ

まずは和彦自身が神族のコトをまだ詳しくわかっていないし、その中でも生死の神は他の神族が知るコトじゃない

自分はどんな神なのかを理解するところから手探りでとかなんとか難しい話になってる

それで和彦はやっぱり忙しいからなかなか会えないし会えても一緒にいられる時間は短い

恋人の俺からすると寂しいけど、仕方ないよなぁ…神様が恋人なんだもん

「昨日のお話ですか、私も混ぜてください」

俺は帰れと言ってるのに、フェイは俺のお茶の器を奪い口を付けた

間接…キス……!?小学生レベルの反応してる俺が嫌すぎ…フェイのコト意識しすぎじゃ……

「帰れって言ってんだよ!?」

「どうしてセリ様に私の行動を決められなければいけないんです?」

「それ俺のお茶だから!!」

「お金払えばいいんでしょう?言われなくても出しますよ」

「お金とかいらないからお願いします帰ってくださいって言ってんだよ」

「セリ様のお願いですか……うーん………

地面に頭こすりつけてお願いした後に私の靴を舐めたら帰ってあげます」

「何様だテメェ!?ふざけんな!!俺を誰だと思ってんだ!?和彦の恋人だぞ!!」

「偉いのは和彦様であって貴方ではありません」

「確かに!!……うわーレイ、フェイが意地悪言う…」

いつも口で負けるとわかってる俺はレイの隣に移動して泣きつく

レイは優しく頭を撫でて慰めてくれるのに、フェイはなんでムカつくコトしか言って来ないんだよ

「ほらセリ」

レイが自分のお茶の器を貸してくれる

やっぱレイは優しい、フェイと違って

俺がレイの器でお茶を飲むとフェイが呟く

「…間接…キス……」

いつもの呟きは聞き取れないけど、今のは微かに聞き取れた

「ん?普通のコトだろ?友達とかと回し飲みしないか?」

「私は潔癖なので…そういう事はしません」

「俺も昔はそうだったよ、潔癖だったんだけど

いつだったか友達に一口味見する?って聞かれた時に、それを断るってコトは相手を汚いって思ってるコトになるんじゃ…ってなって

そう考えると、別に友達のコト汚くないしってなったら平気になった

さすがに仲良くない奴の飲みかけとか無理だけどな

フェイの潔癖な気持ちもわかるし無理なもんは無理だよな」

俺はレイの器で温かいお茶を飲んで気分が落ち着く

フェイは見た目からして潔癖そうって思ってたけど、やっぱそうなのか

「……潔癖と聞いて、貴方の器でお茶を飲む私の気持ちにも気付かないなんて…

鈍すぎる所も可愛い…」

またフェイがにやつきながら呟く

それを俺はレイに耳打ちする

「フェイの奴、たまになんかブツブツ独り言言ってんだけど怖くない?」

「嬉しいんだろ」

「急に!?なんで!?レイはフェイの独り言聞き取れてるのか?」

「まぁ…エルフは耳が良いから…」

「いつもなんて言ってんの?」

「セリには教えられない」

またレイは教えてくれない…フェイの味方ばっかするとヤキモチ妬くぞ!!

それからフェイはお茶の器を握り締め、その温かさを感じながら話す

「昨日はレイに協力して貰ったんですよ

簡単に上手く事が運びました

ありがとうございます」

さっきの話の続き?って俺がレイの顔を見る

「ならよかった、また何かあったら協力しよう

気が向いたらだが」

「助かります、レイは優秀なので

私の事も何かあれば呼び出してください」

2人のやり取りに俺は交互に顔を見る

なにこれ…?この友人みたいな空気

どうした?こんなコトあるのか?

あのレイとフェイが仲良くテーブルを囲んでるなんて……信じられないけど、夢ではないコトは確か

本当に昨日何があったんだ

「昨日、私はレイの協力あってあの小国を一晩で手に入れました」

レイが…フェイに協力……?一晩で国をどうにかして…?

さっきから信じられないコトばかり目にして聞いて混乱する

「今は和彦様の管轄です

安全ですので、いつでも遊びに行ってください」

いくら和彦の管轄になったと言っても、あの小国はなるべく近付きたくないな

嫌なコト思い出すもん……それだけは消えない

「オレは皆殺しで国諸共潰したかったが、フェイに止められて仕方なく」

「いや皆殺しはやりすぎだろレイ、国の人達は関係ないからな」

「セリがそう言うのわかってた」

ちょっと前のレイなら我慢出来なかったコトも、最近は少しずつわかってくれてるように感じる

メンヘラこじらせすぎて暴走して一度は関係が崩れた時期を取り戻すかのように、レイは良い方に変わっていってくれてるのかな

とにかく、あの返り血は2人が衝突してじゃないコトがわかってホッとした

レイなら本当にフェイを殺してもおかしくないから

2人を見てると、普通に友達っぽく話してるのが意外すぎて信じられないが

あのレイにも俺以外の友達が出来たってんなら、めちゃくちゃ良いコトだよな

まぁその相手がフェイってのはマジで驚きしかないけど

「では、私はそろそろ」

そう言ってフェイは椅子から立ち上がる

「セリ様と違って忙しいので」

「いちいち突っかからんと死ぬ病気かオマエは」

フェイの手が伸びて乱暴に俺の顎を掴み自分の方へと向けさせられる

「私の一言一言に反応してくれて、本当に可愛い人ですね

だから、次会った時にたっぷり可愛がってあげます」

…………。

やっぱり…ドキッと……する…

フェイの指が俺の唇を撫でて、何も言い返せない

でも

「私を嫌いになるくらい」

やっぱりフェイは俺のコトが嫌いみたいだ

優しくはしてくれない

今まで通りの痛い思いをさせられる

だから…俺だって、フェイが嫌いだ

………あの時みたいに、優しくしてくれたら……嬉しいのに……

フェイは俺から手を離すと律儀にお金を置いて帰っていった

「悪い奴ではないよな」

「レイ!?!?!?!?」

どうしたんだオマエ!?目の前で俺を寝取る発言してる男をレイが黙って見てるなんて!?

しかも、それを悪い奴じゃないとか言えるんだ!?

「おいおい、あれはどっからどう見ても悪人だろうが

わかってねぇのか?嫌いになるくらいってのは、俺に酷いコトも痛いコトもするって意味だぞ」

「それは良くないが、フェイには同情する部分もある」

「俺には同情してくれないんかい…

一体フェイのどこに同情する部分があるんだか」

今日のレイはずっとフェイの味方するから、俺は拗ねて膨れる

もういいってレイを見ない

「セリ、オレはフェイよりセリの方が大切だ

こっちを向いてくれないか」

知らない

「和彦さんとの旅行後に香月さんがセリを迎えに来るって報せがあったんだが」

「えっ香月が?」

嬉しくなってパッと顔を明るくしながら、レイの方を振り向いた

「………香月さんの時だけ、特別な顔をするんだな」

俺とは反対にレイの表情が曇る

自分から振っといてそんな、急だったし

……もう仕方ねぇな、この嫉妬深いメンヘラ野郎は

「イケメンに甘えたい」

周りに見えないようにテーブルの下でレイの手に自分の手を重ねる

「……そのうち香月さんが来るんだ、好きに甘えるといい」

「香月はイケメンじゃないよ、超美形で俺の理想の好みのタイプだけど

イケメンとは思ってない

可愛い顔の和彦だって、俺の中じゃイケメンじゃないから

中身は全然可愛くねぇけど」

何が言いたいか、レイならわかるハズ

レイの手が俺の手を握り返す

「俺の中でイケメンはレイだけ

だから、早く部屋に帰ってレイに甘えたいって話」

ふふって笑うと

「………だから…そうやって……他の人にも言ってるくせに」

ズルいとレイは顔を赤くして目を逸らすのに、俺と繋いだ手は離さない

その手の温かさからレイの好きが伝わってくる

いつも、どんな時も、俺を好きでいてくれるから

俺もレイが大好き

そうして俺達は帰ろうってコトで街を出るが……


その道の途中のコトだ

微かに魔物の気配を感じたが、ちょっとした違和感がある……

「セリ…?どうかしたかい?」

俺の様子が変わると、レイはいつも気付いてくれた

「いや…ちょっと」

この違和感…が凄く気になって、俺は気にせずに帰るってコトが出来ない

魔物なんてその辺でウロウロしていて珍しいコトじゃないのに、なんだこの感じ…

「寄り道していいか?」

「構わないが」

とは言っても、そんなに遠くはない

レイと一緒に俺は微かに感じる魔物の気配を追いかける

少し道を外れた先に、数匹の魔物が横たわっているのが見えた

目に入って慌てて駆け寄り、小型犬のような魔物を1匹抱き起こす

「レベルの低い魔物か、そこそこ強い人なら撃退くらいは出来るだろう

人も魔物に襲われれば抵抗する

仕方のない事だな」

レイの言う通り魔物は人を襲う

レベルの低い魔物は強い人に負けるコトもあるから、大怪我をして転がっているコトだって珍しくはない

でも……これは…違う

「そうじゃないよ……レイ

魔物はどんなにレベルが低くても、勇者の俺にしか殺すコトは出来ない」

「ん?それはわかっているが」

レイは俺の腕の中にいる魔物を覗き込む

そこでハッキリと、レイも気付いた

「……魔物が…殺されている、のか?」

息がない、身体は冷たくなってる

回復魔法も……効かない……

ここにいる魔物達は…みんな殺されていた

なんで…?どうしてだ?

当たり前だが、俺は殺していない

俺自身であるセリカも殺してないってのは自分だから当然わかってる

「セリ…これは一体」

おかしい…信じられねぇ……

勇者の俺以外に…同じ力を持ってる奴が…?

それはありえないコトだ

天はたった1人の人間しか創っていない

勇者の力を持ってるのは俺以外ありえねぇのに……

「俺の他に…魔物を殺せるのは、魔物の王である香月だけ…

でも、香月が魔物を殺すなんてのも考えられないし

何より、こんな近くに香月がいたら俺は気付いてる」

「そうだな…」

答えがわからない…

なんだか、凄く嫌な予感がする……

俺以外の勇者が……他にいる…?

天が俺以外の人間を創ったと言うのか?

そんな………それは、色んな意味でマズいぞ…

「香月さんが来るのを待とう

もしかしたら何か知っているかもしれないぞ」

「うん……でも、もし俺以外に勇者が存在するって……コトになったら……」

レイが俺の肩を優しく叩く

心配するなと言って

「万が一、セリの他に勇者がいたとしても香月さんがセリ以外を好きになる事はないだろ」

「待て待て、そっちの心配!?

違うだろ!?俺の他に勇者がいたら香月が殺されるかもしれないって心配だよ!!

いや……まぁ……その心配がないワケでもないけど……

香月がビッチで尻軽の俺に愛想尽かして、他の人と恋仲になるかもなんて……」

考えただけで死にそう

そんな日が来たら死んで二度と生まれ変わりたくない、無になりたい

無理……絶対に嫌……

香月に愛されなくなったら………本当に死ぬ……

香月は……ずっと…何度生まれ変わっても、絶望の運命の中にあったたった1つの幸せだったんだから…

失ったら、二度と立ち上がれない……

香月がいてくれたから、今の俺がある

何度生まれ変わっても生きていられる

香月を失うってコトは、俺の運命が終わるってコトだ

俺が勇者の使命を果たさないから…?

他の勇者を創って使命を果たさせようとしてる…?

そんなの……

「セリ、まだそうと決まったわけじゃないんだ

そんなに思い詰める事はないだろう

それに…」

レイは血の気が引いて震えてる俺の両肩を掴む

「もし、セリの他に勇者がいるって話になったら

オレが殺してやるから大丈夫だ」

「……殺す…?」

それは…ダメ……殺すなんて

声に出なかった……

「邪魔な奴は殺す

セリの気持ちはオレが1番わかっている」

いつも…レイには過激なコトするなって言ってるのに

俺は自分のコトになると…香月を誰にも渡したくないからって、邪魔な奴は殺してしまってもいいと思ってしまった

最悪…最低……俺はレイに偉そうに言えるような奴じゃない……

だけど、そうなってはじめてレイの気持ちが痛いほどわかった

「ダメ……レイ…まだそうと決まったワケじゃないんだ」

自分の肩にあるレイの両手を掴み降ろす

「もし、俺の他に勇者がいたとしても…殺すなんてダメだ

俺は香月を信じてる

絶対そんなコトないって、だから最悪なコトにはならない」

「それだけじゃない

セリと同じ勇者の力を持っていたら、香月さんが殺されてしまうかもしれないんだろ

どっちにしろセリ以外の勇者がいるなら殺すしかないぞ」

レイの言う通り…この勇者の力は危険すぎる

唯一の力を自分が持っているから安心だったが、そうじゃないと言うなら…香月を殺せる力……

俺にとってこれ以上に厄介な力はない

まずは、香月と話をしようってコトでレイと俺は香月が来るのを死者の国で待つコトにした

予定では2、3日もすれば会える

顔を見るまで安心出来ない

心配で心配でたまらないから…早く、香月に会いたい

会って、安心したい

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