138話『天からの贈り物』セリ編

セリカを怒らせてしまった俺はどうしたらいいかイングヴェィに相談しに部屋を訪ねた

イングヴェィは親身に優しく相談に乗ってくれたけど…

気付いたら、手足を拘束されたまま知らない部屋に閉じ込められていた

部屋と言うよりは物置きみたいな薄暗く窓もない

「また捕まったって展開か、これ」

目を覚ましたらこれだ

これもまたホラーの演出なのか、ガチなのか…

「セリくん、おはよう」

寝転がったまま声の方を見上げるとイングヴェィは笑顔だ

「笑ってる場合か!?」

半身を起こし、イングヴェィに向き直る

イングヴェィは変わらずニコニコしているから緊張感がないと言うか…

「どうなってんだ、まったく」

周りを見渡すとなんだか珍しいものや高そうなものがたくさん置いてあるコトに気付く

「巻き込んでごめんね」

「ん?なんでイングヴェィが謝るんだよ」

巻き込んでって?俺が狙われたかもしれないのに、敵いっぱいいるもん

「ここには珍しいものがたくさんあるでしょ?」

「そうだな、見たコトないのもあればなんか高そうなやつも」

「そこにあるのはユニコーンの角、向こうにあるのは天女の羽衣、ほかにも呪いのアイテムとかも

表には出せないものばかり」

ふーん

「はっ…!?もしかしてこれが噂に聞く闇オークション!?」

そういえば、ラスティンも昔そんな感じで売買されそうになったって

「俺もその1つなんだよ」

イングヴェィは伝説上の存在だもんな…その美しい姿はどんな者も魅了する

ラスティンのコトもだけど生き物まで売買するなんて…

「俺もユリセリさんも、珍しい生き物だからね

手に入れたら永遠の命を得られるとか、幸運が約束されるだとか

よくわからない話があるんだ

そんなワケないのにね」

クスクスとイングヴェィは笑う

「永遠の命って人魚の肝みたいな話だな」

「そうだね、ごっちゃになってるのかも

あっでも」

イングヴェィは俺の顔をのぞき込む

その綺麗で整った顔が近くに来るとドキッとする

「幸運が約束されるのは間違いじゃないかもね、セリカちゃん限定で」

曇りなき愛を囁くその心から零れる言葉に呑まれてしまう

幸運の象徴と呼ばれる伝説上の生き物は、たった1人の私のために存在するのだと

嘘偽りなき、真実だけの恋と愛

その存在に愛されるコトはどれだけの幸運か…

それに気付くのは失った想いを取り戻さないとわからないコトなのだと知る

ナナシから取り戻さなきゃいけない大切な自分の想いを

「イングヴェィは…不思議で、よくわからないよ…」

俺は恥ずかしくなってイングヴェィの近い顔から離れるようにそっぽを向く

素直に自分の気持ちを伝えるためには、ナナシから取り返さなきゃ出来ないんじゃないかって思ってしまう

「この手枷は俺のような存在の力を抑えるためにあってね

セリくんのコトは逃がしてあげられるけど、1人にさせる方が危険で心配だよ」

そう言ってイングヴェィは俺の手足を拘束するものを破壊してくれた

自由になった手足があっても分厚いドアに鍵が掛かってるのは当たり前で俺は何も出来ないのかと自分の弱さを悔やむ

「ダメだ…俺が自由になったところで、何も出来ない

イングヴェィを助けてやれるコトすら…」

「大丈夫だよ、ずっとこのままじゃないから

チャンスは来るからね、今は待つしかないかな

どんな手を使ってでも君のコトは守るから」

イングヴェィは約束してくれる

どんな手には、セリカの身だけじゃなく心まで守るコトを約束する

俺とは…違う……イングヴェィはやっぱり綺麗な存在

俺は…時にはこの身を穢してまで成すコトがある…

それが力のない俺が出来るやり方…

イングヴェィはそんなコトをしない

それをしたらセリカが傷付くってわかってるから

俺は自分を大切には出来なかった

俺が自分を大切に出来ないのに、イングヴェィはセリカを大切にしてくれる

だから…いつも…いつも……

「ありがとう……」

嬉しいんだ…死ぬほど…

心が溶かされるような…心地よさ

笑顔が自然と零れ落ちるから

イングヴェィといると幸せだって感じる

セリカにもいつか…わかるよ

「…………。」

イングヴェィは言葉を詰まらせ少し顔を赤くする

そして

「いつか……セリカちゃんも、そんな風に笑ってくれるかな…」

いつかを夢見て、はにかむ

「セリカちゃんが笑ってくれると嬉しい、セリカちゃんが幸せだと俺も幸せなんだ

だから、俺が幸せにするの」

そんなコトを言ってくれる人なんていなかった

大切にして幸せにすると誓ってくれる貴方がいるから、私は…

「チャンスが来るのはわかってるんだけど、俺とセリくんが離れ離れにされたら困るな

俺がいない間にセリくんも売り飛ばされたりしちゃったら…」

セリカの心をさらっていくから、イングヴェィは俺を引き戻してくれる

たまに自分がどっちかわからなくなる時がある

それは良くないコトなんだと言われているから俺は俺でいなきゃいけない

そうしないと俺とセリカは存在しなくなる

本当の意味での1つの、1人の存在になってしまう

しかし、イングヴェィは本当に

「そうなっても助けに行くから、待っててね」

セリカのコトが大好きなんだな

どこにいても駆けつけるから…か

カッコいいな…

「売り飛ばされるのは嫌だなぁ…昔を思い出して、もうあんな生活は嫌だもん」

毎回ではないにしろ、そういうコトも多々あったと前世の記憶が蘇る

「昔を思い出す…」

イングヴェィの表情が暗くなる

「それはセリカちゃんにとって辛いコト?」

俺の方を向いて聞く

「えっ?それは…まぁ」

トラウマだしな…

このタイミングで夢のような空間から現実の重たいドアが開く

姿を全身黒い布で隠した人が、イングヴェィを掴み連れて行こうとする

「イングヴェィ…!」

俺が名前を呼ぶとイングヴェィは目で大丈夫と伝えてくれる

でも、心配だった俺はイングヴェィについて行こうとしたけど、黒い布の人に阻まれ、1人この物置きに取り残されてしまった

静かになったコトで俺はやっぱり無力だと痛感する

何も出来ない…自分1人じゃ、助けられない

いつも誰かが助けてくれるのを待つコトしか出来ない

だから、いつも…最悪な結末にしかならない

出来るなら…やってるよ

頑張れば出来るコトじゃないから

いつも…いつも……


暫くすると、また黒い布の人がやって来た

もう一度手足を拘束され目隠しまでされてしまった

この後、どうなるかなんて経験からして最悪なコトしかない

恐怖と一緒にイングヴェィは大丈夫なんだろうかと言う心配が折り混ざる

見えないし動けないけど、音だけは聞こえて大勢の人の中にいるコトはわかる

時間が過ぎるのを待っていると、俺の買い手が決まったようだ

引き渡しがされたのか大勢の人がいた場所から個室へと移される

そして、俺の買い手である人の声を聞いた

「新しい天使が手に入った

これでまた楽しく遊べるよぉ、よろしくねぇ」

声からして男か、野太くじめっとねっとりとした声に鳥肌が立つ

俺を連れて帰る間、買い手はずっと俺に話し掛けるように1人で喋っていた

「今の天使はもうぼろぼろでねぇ、君にそっくりなんだ

勇者の君をはじめて見た時、僕の天使かと思ったよ

どれだけ大金を積んでも手に入れたかった」

俺にそっくり…?セリカのコト…じゃないよな

「僕の天使はもう魔法力も弱くなっていてねぇ

もう遊べないんだぁ」

とりあえず、コイツがやべぇ奴だってコトはわかった

そんな話をずっと聞かされて俺はその天使と呼ばれる人のコトが気になった

魔力じゃなくて魔法力?はじめて聞いたな

この世界は様々な世界から来ているから、俺の知らないわからないコトも次々出ては来るんだろうけど

「本当は聖女の方がよかったんだけど、まぁどっちでもいっかあアハアハアハアハ」

セリカのコトも狙ってたのか…

どうにかして逃げたいが…今はどうしようもない

そして俺はその男の家に連れて行かれる

「ただいまぁ、僕の天使は良い子にしてたかなぁ」

家の中に入ると俺は目隠しを外される

普通の…家?高値で買われたにしては、とくに金持ちって感じの家じゃないな

でも凄く散らかってて汚いし臭い…

買い手の男は小太りの変態を絵に描いたような姿をしていた

人を見た目で判断したくないが、コイツは見た目通りと言ったところなのか

天使がいる部屋へと俺は連れて行かれて、男が天使の姿を確認すると1人満足して俺をその部屋に閉じ込めた

「後で遊んであげるよぉー」

そう言って男は一旦別の部屋へと行ってしまった

部屋に閉じ込められる前に拘束は解かれたが…

「セリカ…ちゃん…?」

暗くてよく見えないが、天使が床を這いずって俺へと近付いてくる

「うっ…会い、たかった…会いたかったよ、セリカちゃん…」

だんだんと薄暗い中で目が慣れて、天使が抱き付くように俺の腕を掴む

その姿はなんとも酷い有り様だった

目は潰され、耳は削がれ、片腕と両足は切断されている

酷い拷問を受けた跡が直視出来ない

「見えないけど、この匂いはセリカちゃんだよね

またこんな地獄の日を送るなんて思ってなかった……

もう…こんなの…」

天使には羽根があった

あの男が言ってたのは可愛い意味の天使じゃなく、本物の天使だってコトだった

その真っ白で綺麗だったろう羽根も折られむしり取られては真っ赤な血で染まってしまっている

「……すまん、俺はセリカじゃない」

セリカにこんな天使の知り合いがいたなんて初耳だぞ

しかもかなり懐かれている感じだし

「ウソ!声がセリカちゃんだもん!!」

あれ…?なんかこの天使の声…誰かに似てるような…

天使の酷い姿に圧倒されていたが、やっと俺はここでこの天使の身体を回復魔法で治してやった

「マ、マジかよ…」

声でまさかとは思ったが、この天使…俺にそっくりだ!?

「あれ…?怪我が治った…??

あれ?セリカちゃん?と言うより、俺にそっくり??」

見た目は俺と変わらない成人男性、まぁ天使みたいな羽根がついてるけど

でも、ちょっと…大人にしてはかなり幼さを感じるような

これも天使だからなのか?

俺が暗黒レベルで穢れてるのに対して目の前の俺は穢れを知らない真っ白な存在で

触れたらいけないとすら思える神聖さを感じる

「あっ、もしかして世界には自分とそっくりな人が3人いるってやつ?」

んなアホな

でも、セリカは俺自身だって認識なのに

俺そっくりの性別も一緒の目の前の天使は他人だと認識出来る

スゲー変な感じだけど

「そっかー、じゃあ君はセリカちゃんじゃない別人なんだね

そうだよね、セリカちゃんは女の子だもん

君は男の子だから

でも、匂いまで一緒なのは笑っちゃうね」

笑顔がピュア、眩しすぎて俺は生まれてきて申し訳ない気持ちになる全力で謝りたい

なんか一緒の姿で申し訳ないんだが

「自己紹介がまだだったね

よく天使に間違われるけど、天使じゃないんだよ

それに近い存在かな

俺はセリ、セリカちゃんのクリスマスプレゼントで家族になったんだ

一応、これでもセリカちゃんのお兄ちゃんやってます」

ふふんって自慢げに言う

名前まで一緒なのか、ややこしいな

クリスマスプレゼントってどういうコトだ??

そういう世界の人なんだってコトで深く考えなくていいか

「あー俺もセリって名前なんだ

ややこしいから、オマエはせり

オマエのセリカちゃんって人はせりかちゃんでいいか?」

「うん!いいよ!」

可愛いなんかこの子可愛い

ナデナデしたくなる可愛さ

見た目俺なのに

「それで、聞きたいんだがここに俺達を閉じ込めたあの男はなんなんだ?」

「俺をいじめる悪い奴」

まぁそれ以上でも以下でもねぇか

「この世界に来てからせりかちゃんと離れ離れになっちゃって

そしたらあの悪い奴に捕まったんだ

アイツ嫌い、怖い、痛いのはもう…嫌…

セリカちゃんに会えないのはもっと嫌」

怖い…痛いのは…もう嫌、か…

俺にはその気持ちはよくわかる…

「そうだよな…痛いのも気持ち悪いのも犯されるのも嫌だよな」

「おかされる…?って何?

目を潰されたり手足を切断されたり火傷させられたりするコト?」

…………。

穢れを知らない無垢な天使は俺には眩しすぎるぞ…

「いいや、オマエは知らなくていい

とりあえずよく耐えたな

もう大丈夫だ、ここから出てオマエのせりかちゃんも捜してやる」

「本当!?ありがとうセリくん!!」

屈託のない笑顔が直視出来ない

あまりに身も心も綺麗すぎて…

俺も別の人生を歩んでたらこんな風になれたかもしれない

いや…そんな運命は無理か

でも、だからこそほっとけない

自分にそっくりだからなのもあるが、そっくりなのに自分にはない羨ましいものを持っているから

守りたいこの笑顔

少し時間が経ち落ち着いて来ると、お腹の鳴る音が聞こえる

「あ~ぁ、お腹空いたな~」

「ご飯は貰えてないのか?」

「うーん…食べたく…ないかな」

アハハと苦笑するのは、なんとなくだが与えられる食事は普通に食べられたものじゃないんだろう

本人には食欲がないワケではなさそうだし

「人間じゃないから食べなくても死なないけど、お腹は空くからそれも辛いんだよね」

空腹が辛い気持ちもよくわかる…

俺は食べられるものを持っていないし、この部屋に食べるものは当然ないし、困ったな

「睡眠もあんまりじゃないのか?クマが出来てるし肌が荒れてる」

1番のスキンケアは睡眠だってセリカが言ってた

いつも綺麗な肌してるが、ちょっと気を抜くと肌が荒れる超敏感肌とかなんとか

女の子って大変だよな

(セリカが綺麗でいてくれるから俺も綺麗でいられるワケなんだが)

「眠いけど、寝れなくて…

不安で心配で寂しくて怖くて…」

食事も睡眠も十分に取れないで、毎日監禁で拷問って!?

そんな生活でよくすれないな…

同じ見た目なのに…俺とは違う

俺は人間だから?コイツは天使(みたいなもん)だから?

まっすぐに見れなくなる

俺はなんでダメな奴なんだって思い知らされるみたいで

「それにしても、セリくんは怖くないの?」

「…ん?」

「落ち着いてるって言うか?」

あぁ、言われてみれば

こういうのはよくあるコトだ

でも、よくあるコトだからって慣れるコトはない

誰かがいても本当なら怖いハズなんだけど

なんだろ…あっ、そうか

絶対大丈夫って俺は信じてるからだ

必ず、イングヴェィが助けに来てくれるって

約束だから、俺は信じてるんだな

「ふっ」

俺はそれに気付くと思わず笑みを零す

「心配するな、もうすぐここから出してやるから」

まぁ…イングヴェィは必ず助けには来てくれるけど、それが間に合うかどうかはわからない

もし間に合わなくて俺が最悪死んでも

その後でもイングヴェィが駆け付けてくれたなら、俺はそれだけでも十分幸せだ

当然、俺は殺されるワケにはいかない

何があっても生き抜いてやるって決めたから

今度こそ幸せに…不幸な運命に決着をつける

「本当?セリくんは良い人なんだね」

ニコニコと曇りのない笑顔に拍子抜けしてしまう

今までにいなかったタイプだ

本物の天使とかにも会ったコトあるが、こんな感じではなかった

(セレンの天使だから毒されていた可能性はあるが)

この状況でこれだけ冷静な奴が目の前にいたら逆に怪しむところだと思うが…

どうやらこの子は思ってたより色んな意味で危ういんじゃ

よくこれで今まで生きてこれたと言うか

この子の世界はよっぽど平和だったのか?

それとも、どんな逆境も折れない心を持っているのか…

なんにしろ

「すぐ他人を信じるのはよくないぞ、もしかしたら俺は悪い奴かもしれないだろ」

危険に巻き込まれないためにも、もっと警戒心を持つように教えるが

「悪い人じゃないよ、俺にはわかるもん」

何を根拠に…全然わかってないな

「悪い人じゃなくても近付いたらダメなタイプとかもいるんだぞ」

和彦とかレイとか、俺とそっくりと知ったら何をするか

悪影響だ

とりあえず、イングヴェィが助けに来てくれるって信じてはいるが

イングヴェィだって今大変なんだ

ここで何もしないで待ってるワケにはいかない

逆に俺がイングヴェィを助けに行くくらいの行動をしないと

だって、俺は守られるだけで良いお姫様(セリカ)じゃないんだからな

「なんとかアイツを倒してここから出よう、いざって時は殺るしかねぇな」

部屋の中を物色して何か武器になるものがないか…

まぁあるワケないか

仕方ない、殺傷能力は低いがないよりはマシだ

俺は皿を床に叩きつけ、割れた中で1番大きな破片を手に取る

「えっダメだよ!?人殺しなんていけないコトなんだもん」

天使は慌てて俺から破片を奪い取る

「はっ?」

何言ってんだコイツ?

「返せ」

「嫌!!」

「いいから渡せ」

「無理!!」

イラッ

なんなんだコイツ…この状況わかって言ってんのか

「悪いコトはしちゃいけないって」

話してても拉致があかない

俺は無理矢理奪い返そうとして手を伸ばすと、天使はさらに力を込めて離そうとしない

力を入れて握っているから手は裂けて血がにじみ流れる

その痛みに我慢しながらも俺をしっかりと見ては目を逸らさない

「………治してやるから、怪我してるところ見せろ」

信念は違えど、言うコト聞かない頑固な部分は俺に似てるのかも

だから厄介なんだけどな

天使は床に座り込み破片を後ろに隠し、俺に手を出した

めっちゃ信用ないじゃん俺…

回復魔法で怪我を治してやると、痛みがなくなった表情はまたさっきのような柔らかい笑顔へと戻る

「殺すなって反対するくせに、ここから逃げるのには何も考えがないんだろ」

「うっ…それは……」

そんなコトだろうとは思ったよ

なんかコイツ幼いんだよな…大人の考えがないって言うか

見た目は同じでも、精神年齢的なもんの違いは人間じゃないからなのか?まぁいいかそれは

「オマエ、アホだろ

いいか、殺すか殺されるかのどっちかだ

オマエは一生ここで痛い思いをしてたいのか?

オマエの大好きなせりかちゃんと会えなくてもいいのか?」

せりかの名前を出すと天使は強く首を横に振る

「それは絶対に嫌だ」

「それじゃあ何がなんでも生きてここから出ないと話にならないだろ

会いたいならどんな手を使ってでも」

「でも!!……悪いコトは、出来ないよ」

「悪いのはアイツなんだから俺達は悪くねぇよ

俺は嫌だね、こんな所で一生を過ごすなんて

俺は会いたい奴らがいる、帰りたい場所がある

そのためならなんだってやるよ…」

どんなコトだって…

自分の嫌なコトだって……

そうでもしなきゃ、生きていけないなら

それしか俺には出来ない

俺とはやっぱり違う

どんなに姿形、名前までも同じでも…

目の前のそれは…やっぱり他人だ

「誰かを傷付けるくらいなら…自分が我慢する方が、俺はいい」

どこまでも合わない奴だ

こんな奴とは話すだけ無駄だな

どっちかの意見を押し通すしかないなら、強い方が通る

「オマエは知らないだけ…現実を」

それから俺は一言も話さなくなった

天使は俺を気にして話し掛けてはくれるが、俺は話す気にならなかった

何言ってるかもわかんねぇ…世界が違いすぎる


それから暫くするとドアが開く音が聞こえた

ついに来たか…

このバカな天使に現実を教えてやるよ

何がなんでも俺はここから出るんだって

こうしないと出れないってコトをアンタに見せてやるから

「じゃ遊ぼうかー!」

俺達をここに監禁した男は新しいおもちゃが手に入ってかなりテンションが上がってるようだ

男は俺の腕を掴み部屋から引っ張り出そうとした

「新しい天使は、古い天使と違った遊びがしたいなぁ

君を見てるとそんな気になる、ムラムラしてへへへへ」

気持ち悪い…でも、それなら都合が良い

俺をそういう目で見るってコトはそのうち隙ができる

その油断を利用させてもらうよ

「待って!その人を連れて行かないで!俺が代わりに遊び相手になるから!」

本物の天使は俺を庇ってくれる

意味も…わかってないくせに……

俺は天使のそういう所もいけ好かなかった…

……怖くて、嫌で、体が震えてるだけで、何も出来なかった自分と違う姿が

見たくなかった……

もっと俺に勇気があっなら、強さがあったなら…何度嘆いたコトか

まぁ…この天使の場合ただの無謀なだけなんだろうけど

とにかくオマエにそんなコトはさせられない、絶対にな

男に掴まれて力が入っていた腕を緩める

片方の手で天使を突き飛ばす

「俺がコイツと遊ぶんだよ、オマエはここで待ってろ」

「遊ぶって…何されるかわかってないくせに!!」

それはオマエの方だよ、バカ…

今までの拷問とは違う、オマエは知らなくていいコトだ

「素直な天使は可愛いなぁ」

「待って!シン!その人を連れて行か」

男と一緒に部屋を出てドアを閉める前に天使が叫んだ名前に聞き覚えがある

シン…?さっき、天使はこの男のコトをシンと呼んだか?

シンって……あのタキヤんとこの大悪魔シンか?

ハッと男の顔を見上げるも、あの大悪魔シンとは似ても似つかないし悪魔の気配は感じない…?

コイツはただの人間?

たまたま名前が一緒だったってコトなのか?

いや…それにしてはその名前がしっくり来る

天使を自殺に追い込むようなコトをしているのだから

あの天使のコトだから自殺とか頭にないだけだろうが

俺を追い詰める大悪魔のシンとやってるコトは同じだ

コイツ…いや、とにかく今はこの男シンの油断を誘って天使と一緒にこの家から脱出するコトだけを考えよう

「君は古い天使と違って欲情する」

別の部屋に連れて来られ、シンはいやらしい手付きで俺の身体へと触れる

「あの天使は幼いから無理もない」

その手を掴みベッドまで誘い引っ張り倒れ込む

俺の上にのし掛かるシンを見上げた

そう…これが俺のやり方

天使には決して出来ないコト…

シンは俺の服をめくりその肌へと舌を這わせる

身体が嫌だと微かに反応するのを抑え込み目をつむりながら耐える

この後に隙が出来るから、それまでは…

急にシンの体重を感じて目を開けると、シンの背後に立つ人影が見える

「これ……死んでないよね?」

不安な表情で天使はシンと自分の手に持っている木彫りの置物を交互に見る

天使はその置物でシンの後頭部を殴ったようだ

すぐに置物を手放しシンの身体を俺の上からどけてくれた

助けに…来てくれたのか?

あの何も出来ない天使が…

「セリくん大丈夫?痛いコトされなかった?」

「えっ…ま、ぁ…俺は、大丈夫…だけど」

意外すぎて俺は驚きが長引いてしまう

「人を傷付けるのは嫌だって、あんなにだだこねていたのに」

シンをどかして天使は俺へと手を差し出した

「セリくんを助けるにはこの方法しかなかったんだもん

それに殺してないし、これは正当防衛です!」

ふふん、と天使の中では天使としての正義があるみたいだ

そうか…なるほどな

天使は自分のコトは我慢するが、誰かがそうなってしまったら助けたいんだ

俺が傷付くのが嫌だから代わりになろうとした

なれないなら助けるって考えになる

もちろん、自分の決めた人殺しはしないって範囲で

俺をこの子は助けたんだ…

俺とは違うやり方で…

俺は…自分が助かるために自分を傷付けようとした

なんか…やっぱり…ダメだ

「…なんかオマエのコト、誤解してた

オマエもオマエで…一生懸命なんだな」

俺はこの天使が苦手だ

その一生懸命さが、俺にはないもの

俺は諦めた人間だから…

現実では通用しないハズなのに、この天使を見てるとそれで上手く運命が回るんじゃないかって思えて来る

それでも俺はその手を払いのけるコトは出来ないから天使の手を取って立ち上がる

しかし、ここは天使の世界じゃない

俺の不運の方が強く引き寄せられたみたいだ

天使の背後に悪魔がゆっくりと立ち上がる

その手にはさっき天使が手にしていた置物を掴み振り上げていた

咄嗟に俺は天使を突き放す

「よくも…よくも僕を殴っったなああああああああ!!!!?????

これで僕をよくも殴ったなあああああああ!!!!!!」

男は怒り心頭で俺を押し倒し置物を力いっぱい頭へと振り下ろしてきた

回復魔法で痛くはねぇけど、普通の人なら大怪我してんぞ

「セリくん!?や、やめてシン!?」

天使がシンを止めようとしたが、シンは俺と天使の見分けもついていないようで天使を強く突き飛ばした

「ああああああ!!!」

「っ…」

突き飛ばした先には運悪くテーブルの角で頭を打った天使は気を失ってしまう

大丈夫かって様子を見に行くコトもできねぇ

シンをなんとかしないと…

俺はシンの手を掴み振り下ろされる力に抵抗したが、全然敵いやしない

躊躇もなしに何度も何度も殴りに来る

いや普通の人ならこれ死んでるだろ

天使が死ななかったからって人間相手への攻撃は麻痺してるのか

気が済むまで殴られ続け、落ち着いた時には辺りは血の海だった

傷はその都度回復していたが、出てしまった血は戻らない

結構な出血はキツいな…俺の弱点の1つだ

動かなくなって虫の息になった俺を見てシンはやっと落ち着く

「わかったかぁ!?僕を怒らせたらこうだぞ!!」

目に入りそうな血を服で拭く

クラクラするな…意識が朦朧とする

このままじゃマズい

俺が倒れたら、天使にどんな危害を加えられるか

逃げなきゃ…2人で

「さっきの続きを」

シンは俺へと手を伸ばす

嫌だ…やめろ、触るな…

本当は嫌に決まってる

助かるためだとか、油断を誘うためだとか、それしか出来ない俺の生きる術だとしても

やっぱり嫌なものは嫌だ、気持ち悪いのは嫌だ!

自分で自分を助けるコトも出来ない

いつもいつも、待っているだけ

何も出来ない自分が嫌になりながら

「大人しく…」

「お待たせ」

聞き覚えのある声とともに俺の身体にのしかかっていた重いものがなくなる

霞む視界の中には、横たわって動かない男の姿と

ずっと…待っていた…イングヴェィの姿があった

「遅くなったね、ごめんねセリくん」

それでも…昔とは違う

いつも…ピンチになったら、必ず助けてくれる

弱いままの自分でもいいんだって、言ってくれる

自分との想いとは違って、そのままでいいんだって言ってくれる人がいるから

俺は今を生きていられる

それなら甘えに甘えればいいんじゃないか

それが俺なんだから…

イングヴェィを目の前にして安堵する

「…イングヴェィ……」

いつもイングヴェィは安心させてくれる

きっといつかセリカにもわかる日が来る

心から…この気持ちをわかる日が

「さぁ、逃げようセリくん」

イングヴェィに手を引かれる

本物の王子様

いつもお姫様(セリカ)を助けに来てくれる守ってくれる救ってくれる…

そう、イングヴェィはセリカの王子様だから

俺はイングヴェィにはそうあればいいんだ

でも、俺は男だから

イングヴェィのお姫様にはならないんだけど

俺には俺の好きな人がいるからな

「あぁ…可哀想に、こんなに血がたくさん出ちゃって…あの男の汚い手が君に触れたかと思うと」

イングヴェィは俺の頭を撫でてくれる

その表情は悲しみと怒りが混じっていて、イングヴェィの怒る顔も雰囲気もとても恐かった…

「大丈夫、未遂だから

貧血はヤバいけど逃げるくらいの体力は残ってるよ」

イングヴェィから怒りを取り除くには俺が平気でいないといけない

イングヴェィのコトだからそれも見透かされてるんだろうけど、だから話題を変える

「この子も一緒に連れて行く」

倒れてる天使の傍に寄って抱き起こす

「その子は…セリくんにそっくりだね」

「名前も一緒なんだ、性格は似たようなとこもあるけど考え方はまったく合わないな

セリカと同じ顔だけど」

「とても可愛い見た目だとは思うけど、それ以外は何もないかな

セリくんはセリカちゃんだけど、そこの天使のせりくんはセリくんにそっくりなだけで他人だからね」

イングヴェィはセリカに一目惚れしたとは言え、そっくりさんや似たようなタイプが好みとかそういうのじゃなくて

本当にセリカって存在だけが好きなんだな…

不思議な人…

セリカなんて、香月に似てる漫画のキャラにも恋してたぞ

見た目が好きってのはあると思うんだが、イングヴェィにはそれがないみたいだ

セリカは一途に想われて幸せだな

「セリくんがその天使を助けたいって言うなら手伝うよ」

そしてセリカ(俺)のお願いや頼み事はなんでも聞いてくれる

心強くもあり頼もしくもあるが、ワガママまで聞いてもらってる時もあるから複雑だ

俺は天使の頬を叩いて起こそうとする

「おい起きろ、ここから逃げるぞ」

が、天使は息はあるが目を覚まさない

頭を打った所を触ると、かなり大きなたんこぶが出来ていてスゲー痛そうだ

「いいよ、俺が背負っていくからそのまま寝かせてあげて」

「悪いイングヴェィ」

イングヴェィは快く笑顔で任せてと言って天使を背負ってくれた

そして俺達はシンを置いて部屋を出るが、俺は部屋を出た後にイングヴェィに聞いた

「イングヴェィ…シンって…殺してないよな」

「うん、殺してないよ

本当は殺したいんだけどね、セリくんがそれを望んでいないから殺さなかったんだよ」

前のイングヴェィならセリカ(俺)に手を出した奴を必ず殺すような男だったのに

再会してからのイングヴェィはずっとセリカ(俺)の為に行動してくれてる…

俺だってシンは殺したいくらいだけど…天使がダメだって言うから、シンを殺す選択肢を取りたくなかった…

俺達は無事にこの家から逃げるコトが出来たが、あの大悪魔シンとの関係があるのかないのかわからないままになってしまった

「そういえば、イングヴェィはどうやってあの手枷から抜け出せたんだ?」

安全なところまで来て、俺はイングヴェィに聞いた

イングヴェィだってここまで助けに来るのは大変だったろうに

「俺を買った人から鍵を奪うのは簡単なコトなんだよ

売る側の人達は俺を警戒するけど、買う側は俺を幸運の物としか見てないから

ふふ、売る側はお金さえ貰えれば後はどうなろうと知らないからね

狙い目はいつもそこ」

さすがと言うか慣れてると言うか、だから笑っていられたのか

「売る側からセリくんの居場所も聞けたしね

でも…ちょっと間に合わなかったかな

もっと早く駆け付けられたら…」

「そんな、イングヴェィが気に病むコトねぇよ

ちゃんと助けてもらったから、それはセリカにもちゃんと届いてる」

「結果としては助けてあげられたけど…」

イングヴェィの笑顔が曇り

何か思うコトがあるんだろうけど、俺は…来てくれただけでも十分嬉しいのに

イングヴェィにはイングヴェィなりの守り方があるのかもしれない

「い、いいや!とにかく今はセリカ達と合流しよう

心配してるだろうし、ナナシのコトもあるし

セリカを怒らせたまま離れ離れなんて嫌だからな!」

イングヴェィにセリカの名前を聞かせていつもの笑顔を取り戻してやる

「そうだね、香月くんと一緒だから無事だろうけど

俺はセリカちゃんの傍にいてあげたいから早く帰らなくちゃね」

レイも一緒だけど…そこはスルーなんだ…

心配だな、セリカは俺と違ってレイのコト受け入れてないから…

それはつまり…俺はレイを完全には受け入れてないってコトを意味する

レイのコトを切れなかっただけで…受け入れるって言葉では約束したけど

心は…複雑すぎて自分でもよくわからない



-続く-

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