136話『ホラータウン』セリ編

……………。

…全然来ないな……

適当にうろついていれば、あっちから来ると思ってたんだが

来ねぇな

香月とレイと気まずい雰囲気の中、1週間が経つ

名無しの魔族がどこにいるかなんて検討もつかないもん

「敵も馬鹿ではないんだろう

魔王がいて勇者がいる状態なら様子見になる」

「確かに」

レイの言葉に俺は頷くしか出来ない

そこに世界一強い弓使いもいるし

弓使いで言ったらレイの右に出る奴いないぞ

「普通ならそうかもしれませんね

ですが、私のこの不完全な姿と勇者の力が通らないなら

姿を現す可能性もなくはないでしょう」

「確かに」

香月の言葉に俺は頷くしか出来ない

「それじゃあ、敵は勝ち目があると思っている事になる

オレ達が敵に勝つ策はあるのかい?

勇者の力が通らないセリ、オレは魔族を殺せない

香月さんがその姿であいつに勝てるのか」

「確かに」

やべぇ…口を挟むタイミングを逃した

相槌しかしてねぇ

「試してみない限りはわからない」

「危険じゃないか

敵はセリの命を狙っているんだぞ

無策でただ歩き回っていたと言うのかい」

正確には香月の命なんだけど…

「勝てるかどうかはわかりません

まずは確かめなくては、勇者の剣を折ったのは何なのか」

香月にとっても名無しが別の力を手に入れてるなら、それが何かを突き止めないとどうしていいかわからないんだろう

勇者の剣が名無しを倒すコトを拒絶した

下手に手を出せる相手じゃないと香月は考えてるのかも

「オレはセリを守る為なら命は懸けられるが、香月さんがどうなっても助けないからな」

むしろ香月さんだけ殺されればいいのに、とかレイは呟く

魔族は魔王を殺せないのにと俺は思った

「えっと…その時は俺が香月のコト守るから大丈夫だよ香月!!」

レイが冷たいコト言うからフォローするように香月へと向く

やっと相槌から抜け出せたぞ!!

「セリには無理かと」

香月は素直だからそれが冷たく感じる時あるんだ…

人の気持ちがわからないから、そこは無理ってわかってても嬉しいとかありがとうとかの言葉の方が正解なんだぞ!

「私がセリを守る」

でも、素直だから

「……嬉しい…ありがとう」

俺は面食らって照れながらと自然と正解の言葉を心から零す

香月しか見えない雰囲気になってしまうとレイが香月と俺の間に割って入る

「気に入らないな」

「気にしなくても、そのうちあちらから現れますよ」

香月は何か考えがあるのか俺に目を向ける

まぁ名無しは俺狙いだし、いつかは現れるだろ

ハッ!?そうか!必死に捜さなくてものんびり過ごせばいいんだ

何して過ごそうかな~

「そうじゃない、香月さんが気に入らないと言ってるんだ」

香月はまったく相手にしないといった態度に対してレイは何がなんでも食いつくような姿勢だ

仲良くしろとは言わないが……う~ん、やっぱりレイに香月と一緒は無理か

和彦もだけど

ってか、俺が悪いのか

「俺が悪いよレイ、香月は悪くないから」

俺が選んだコトなんだから

それが香月に向くのは嫌だ

かと言ってレイに我慢させるってのも、俺はそんな辛さや窮屈なのを強いるのは望んでいない

でも、香月ともそれなりにバランス取ってくれないとこれから長い目で見るとやっていけないだろうし

って言う悩みの抜け出せないループ!?

「気に入らないなら香月じゃなくて、俺に来い

悪いのは俺だってコトを履き違えるな」

「悪いなんて…」

レイは俺の言葉に身を引いてくれる

レイを受け入れるって覚悟を決めたんだ

だったら俺はどんなコトだって受け止めてみせるよ

「セリを困らせると言うなら私も黙ってはいません」

「待て待て待て!!収集着かなくなるから待って!?」

俺が言うと、今度は香月が守ろうとしてくれる

それは凄く嬉しいが、待って!?そこは俺に任せて!?

「そっちがその気ならこっちもやりやすいってもんだ」

レイが乗っかった!?

やめろ!落ち着け!?なんて言うか、俺が何か発言すれば火に油を注いでるようだ

そうこうしていると、少し離れた所から悲鳴が聞こえる

遠くに見えるのは馬車が野盗に襲われているようだ

放っておいたら殺されそうな勢いだ

「まずいな、助けに行くぞ!」

俺がそう言って駆けつけようとしたらレイに手を掴まれ引き止められる

振り返ると2人に、なんで?って顔をされた

「いや、なんで!?こっちがなんで!?」

香月は関係ないって顔をして

「あいつらが殺されようがどうでもいい」

レイはハッキリと言う

「目の前で無抵抗の人達が殺されるなんて見てられないだろ!?」

香月はいつも通り、気にも止めないって感じが知ってた

「自分に助ける力があるなら、助けたい

俺だって強くなった

もう昔の弱い自分じゃない、目を背けるような自分じゃ…ない

野盗くらいなら追っ払える

2人は最初から強いから…何も出来ない悔しさも苦しさも悲しみも…」

わからないんだろうな…

それだけ言って俺はレイの手を振り払って襲われている馬車へと走った

寂しさを感じる、距離を感じる

だって、最初から強いなら弱さをわからないってコトなんだろ?

羨ましいとも思うが、弱さに寄り添えないなら最初から強くなくていい

最底辺を知っているから気付けるコトもたくさんあるって思ってる

こんな感じで合わないコトもあるけど…

「セリならそう言うか、仕方ないな」

「軽率な行動とは思いますが、控えないのでしょうね」

自ら危険に飛び込むなんて、と2人は呆れているのだ

それでもなんやかんや言っても俺を心配してついてきてくれる

だから、俺は2人が大好きなんだよな

さっきはムッとしたけど、今は笑みさえ零れる

馬車に近付くと1人だけ魔族の気配を感じた

この気配は…

野盗達が俺達に気付くと、馬車の人達を襲うのをやめ

まずは邪魔する奴から始末するかのように向かってくるが

「やべえええ!!!??皆逃げろーーー!?!!!」

野盗の仲間になったのか?その1人の魔族が叫んだ

そりゃそうだ、魔族なら魔王と勇者のセットが現れて腰抜かさない奴はそういない

死ぬしかないからな

「なんだなんだ?」

ざわざわと野盗らは仲間の魔族に注目する

そして俺はそんな野盗らの間を歩いて、魔族が深く被るフードを掴んだ

顔を見せろ、見なくても誰かわかるが

「やめろ!!!!!」

フードに触れた瞬間その魔族はこの世の終わりかのように俺を睨み付けた

ビックリした俺はとりあえずフードからは手を離したが、その姿に突っ込む

「いや何してんだオマエは、キルラ」

「いえ…あの…その…」

なんだ、キルラらしくないな

そんな時、物凄い強い風が吹き抜ける

馬車に乗っていた女性達が咄嗟にスカートを抑えたが、目の前のキルラのフードがめくれるのが見えた

「ひぃいいいい!!!この風ぶっ殺す!!!!」

悲鳴の次に怒り爆発のキルラは、頭が……無惨な姿になっていた

「えっ…なに…どゆコト…?」

キルラは大きな自分の手(翼)で頭を隠す

いや、この姿…ハゲと言うかハゲ散らかしていると言うか、むしり取られたかのような…

その姿が披露されると野盗、襲われた人達は笑いをこらえ切れていなかった

爆笑の嵐が起きる

あのキルラが縮こまって顔を真っ赤にしている

あの…キルラが!?

「……笑わないんすか?セリ様」

「笑えるけど笑えねぇよ、将来自分もハゲるかもしれんって考えるとよ…」

前世の記憶からして若くしていつも死んでるから年取った自分を想像し難いが、もし長生き出来たらって考えると他人事じゃねぇかもだろ

「かー!こんなオレ様を笑わないでいてくれるセリ様はさすが香月様の嫁!!!」

「おいやめろ」

キルラの発言にレイの眉が動く、刺激するな

キルラがフードを被り直すと笑いが収まる

「珍しい組み合わせっすね、香月様と金髪野郎と一緒なんて」

「それより、キルラはなんでこんなコトを」

キルラと話していると後ろで野盗の悲鳴が聞こえる

笑いが収まったのをタイミングに香月とレイが野盗を始末し出したようだ

どうせ最後には片付けるなら今やるみたいな感覚で

すかさずキルラが香月の前に跪いた

「香月様!!お許しを!!こいつらは悪い奴じゃないんですよ!!!」

馬車襲って殺そうとして金品奪おうとしてるのに、悪い奴じゃないとは…

もしかして馬車側が悪人だったとかなのか?

香月はとりあえず止められてもレイは関係ないしって顔で始末しようとしたからとりあえず俺が止める

「こいつらは生粋の悪人で馬車を襲っては金品と女を奪い男は殺すような奴らっすけど」

めちゃくちゃ悪人じゃねぇか

ダメだろ野放しにしちゃ

「オレがこの姿になって人々に笑われ面白おかしく石を投げられた所を助けてくれたんですよ!!

この姿には笑うけど助けてはくれたんです!!

オレはこの姿にショックを受け石を投げられ傷付いても何も出来なかったオレを…」

うわー、生粋の悪人を聞いてなかったらめちゃくちゃ良い奴らじゃん

「セリに任せます、私は逃がすも殺すもどちらでも構わないので」

待って!?そんな難しい判断を俺に委ねないでくれよ!?

まぁ香月に任せたら殺す一択になるのか

とりあえず、馬車の人達は逃がすコトにした

さてこの野盗達をどうすべきか

「ってか、キルラはなんでそんな頭になったんだ?」

魔王の香月が中途半端に復活して中学生くらいの姿、だから魔族達も幼い姿にはなってもハゲるコトはないような…

「ああああああああ!!!!!!!思い出すだけで腹立つ!!!!」

急にキルラは顔を真っ赤にして叫び怒りを爆発させる

「あのナナシのクソ野郎が!オレ様の髪の毛を根こそぎむしり取りやがったのよ!!」

「ナナシ…?」

「はっ!?気を付けてくださいよ香月様、あのナナシが香月様の命を狙ってんすから」

香月の命を狙うナナシ…あの名無しの魔族のコトか!?

名無し名無しって呼んでたが、本当にナナシって名前なんかよ!?

キルラの話を聞くと、たまたまナナシに会った時に何かのきっかけで香月の暗殺を企んでいるコトを知ったみたいだ

そんなコトはさせないと揉めた時にナナシにやられたのがこの頭だそう

「このハゲタカみたいな頭にされた恨みはイイイイイイイイイ!!!!!」

めっちゃキレてるじゃん…

それもそうだ、髪って大事なもんだし

俺に何かあったらセリカが…髪は女の命って言うし、絶対に死守したいところだ

しかし何故に揉めて相手をハゲ散らかすって行動に出たんだナナシは…発想が怖すぎだろ

身体的な半殺しとかより嫌だわ、心を殺しに来てる

「オレ様は自称四天王を名乗ってっけど」

自称って認めた!?

「四天王だからって魔族の中で2番目に強いとかじゃないんすよねー(1番は香月様)

前々から野郎は胡散臭かったっすけど、あいつ…香月様を殺してナンバーワンの座を狙ってんだぜ!?

おこがましいんだよ!!!!」

そういえばナナシが香月を殺そうとする理由は知らなかったな

本人じゃないキルラの話を鵜呑みにするワケじゃないが、香月を殺して自分が魔族の頂点に立ちたいか…

魔族の中で頂点になれるかもしれないが、魔王は別格だろうし特別な存在だ

比べられる話じゃねぇんだがな

「ナナシのコトなら、すでに香月は狙われているからちょうど俺達が捜してるんだよ」

「なんだと!?」

「だから、ナナシのコトは俺達に任せてくれていい

オマエの頭の仇もとる」

「そりゃあ、香月様とセリ様がタッグを組むってなるとそれ以上にヤバい事はねぇからありがてぇっすけど」

オレ様も一発殴りたかったぁ…でも次はどんな精神攻撃をされるかたまったもんじゃないとキルラは悔しがっていては怒りを抑えられない様子だ

「でだ、コイツら野盗の処分だが…

もう二度と人を襲わないと誓うなら見逃すが?」

どうだ?とキルラの顔を立てて野盗に聞く

「真っ当に生きろと言うなら無理な話だ」

野盗達は一斉に武器を俺に向ける

「やめろやめろやめろ!!!殺されんぞ!!!!????」

顔面蒼白にしながらキルラが止めるも聞かない

「こんな女(俺)子供(香月)に負けるか!!」

男なんだけどってツッコミたいけど、毎回面倒だからいいか、どうせ死ぬんだし

「こっちの兄ちゃん(レイ)もこの人数相手にどうしようもねぇだろぉ?」

「女以外殺せ

キルラの顔見知りのようだが、邪魔する奴は誰だろうが殺」

レイが先に手を出して目の前の野盗を殺してしまった

「話がわかるじゃないか

こちらもセリに手を出すなら殺すだけだ」

女子供は後回しだと野盗達はレイに襲いかかる

でも、ただの人間にレイが手こずるワケもなく…一瞬にして全員を始末してしまった…

「あちゃ~、だから言ったのに」

キルラは頭を抱えて首を横に振る

「悪いキルラ、殺しちゃった」

俺がレイを止めれば殺されなかっただけに、俺も悪いみたいなもんだ

とりあえず謝ったけど、キルラはなんとも気にしていない様子

「別にセリ様が謝る事じゃないっしょ

オレ様が止めるのも聞かずに襲い掛かった訳だし、香月様に攻撃しようもんならオレ様が殺してましたよ」

まぁそうか、キルラにとっては恩人だと思ったから気にしてないなら別にな

「髪はまた生えてくるし、香月様とセリ様が仇はとってくれるし、オレ様はこの辺で」

「一緒に行かないのか?」

俺が聞くとキルラは俺を来い来いして近付くと小声で言う

「香月様と金髪野郎の空気の中に平気でいられるのはセリ様だけでは…

いつも以上に妙なピリついた空気流れてるじゃねぇかよ」

「う、うーん…まぁ…」

いつも以上にって、キルラは薄々レイのコトに気付いていたのかもしれない

俺にはそんな素振りを一切出していなかった前の時も、内の底に秘めたもの

レイは最初に会ったその時からって言ってたし

キルラがレイを気に入らないのもそういうのを感じ取っていたから

意外にもキルラは自称四天王を名乗るだけはあるのか、人を見抜く力はあるのかもしれない

俺の買いかぶりかもしれないが…

「そんじゃ、またなセリ様!」

キルラはそう言って空高く飛び立つ

見上げて手を振っていると、空が薄暗くなっていくのに気付く

「あっ、そろそろ泊まれる場所を探さないと」

野宿は嫌だ

お風呂入れないし、ベッドもない場所で寝ると身体痛いし

「近くに…大きな街はあるが」

レイはその先へ指を差すが、怪訝な顔をする

「どこだっていいよ、野宿よりはマシ!!」

セリが言うなら…とレイはその街へ連れて行ってくれる

ここまで香月の発言なしだけど、ちゃんと横にいるから!!



レイに案内してもらってついた街とは…

「何…ここ……」

目の前まで来たのに足が止まる

「世界一の本格最凶ホラータウン」

「お化け屋敷か!!!??」

夜になったコトで余計に怖さが勝っている

レイは有名なホラータウンがここにあったコトは知らなかったみたいだが

あまりに有名なので説明してくれた

世界一の本格最凶ホラータウン

リアルでグロテスクなホラー演出に熱烈なファンがたくさんいて観光地にもなっているが

一般人は怖すぎて失神レベル

「やべぇだろそれ!?」

俺、ホラーとかめっちゃ苦手なんだぜ!?

映画とかゲームとかは全然平気なんだが、お化け屋敷は無理なタイプ

だって怖いもん、失神レベルとか何

街人は全員脅かし役なんだとか、やめろや

「宿に泊まろうもんなら1人ずつ姿を消すって噂もあって」

「別に怖くはねぇんだけどよ…今夜は3人で一緒に寝よっかな~なんて」

俺は2人の腕を掴む、心なしか力が強く入ってるかもしれないがそれどころじゃない

「街のホラー演出に雲隠れしてガチな犯罪も横行しているとか」

よりリアルだと人々は過激化する一方で街は潰れながらも永眠出来ないゾンビタウンとなっている

いやいやいやいやいや!?失神してる場合じゃないだろ!?そんなホラー的犯罪に巻き込まれるとかどっちの意味でも怖すぎてやべぇよ!?

「怖いなら怖いと言えばいいのに」

「香月何言ってんの!?怖いとかないから!!全然平気だし!?」

2人の手をしっかり握ってるくせにイキる俺、めっちゃダサいのに怖くてそれに気付けていない

怖がってるってバレないように必死だ

「野宿かここに泊まるか」

「怖くないって言ってるんだから野宿なワケないだろ!?レイまでそんなコト言うのか」

「こうしっかり手を握られたら怖いのかなって」

レイの言葉に俺は2人の手を叩き払うように離す

「全然怖くねぇもん!!2人とも意地悪言うから嫌いだ!!」

そのまま俺は1人突っ走って街の中へ入ると瞬時で拉致られる

これが人が消えるってコトか!?

ホラーでやってはいけないコト、1人になるコト

最初に死ぬ奴が俺なの!?

この拉致集団もガチなホラーな見た目してて怖すぎて声も出なければ泣きそうだ

だけど、すぐに香月とレイが助けてくれる

ホラー人攫いを殺して…だからやりすぎなんだっていつも

ホラーなこの世界観の街にはリアルな死体が増えて違和感がないのがまた怖い

リアルな作り物もあれば本物の死体も混じっている

「怖くなくても私の手を離してはいけません」

香月は俺の手を握る

不意の言動にドキッと心を持っていかれる

香月だけを見ていたらホラーなんて怖くないくらいに

「お化けで泣くセリは可愛いな」

レイは俺の頬に残る涙を拭ってくれる

ときめきはしないものの、恋愛ゲームのヒロインになった気分だ

複数の男から好かれるって…男なのに、全然嬉しくないんだが

いきなりホラーに巻き込まれたが、俺達は泊まれる場所を探す

どこもかしこもお化けの出るホテルしかないのか

当たり前だ、ホラータウンなんだぞ

とりあえずその中でも禍々しいいかにもホラーってホテルじゃなく、そこそこ綺麗で照明も明るいホテルを選ぶ

ホラー初心者向けのホテルって書いてたから、脅かし要素もまだ可愛いもんだと祈る

「これホラー初心者ってウソだろ!?うわー!もう怖い!!やだやだ!!」

部屋に着くまでが恐怖の連続だった

本当に失神するかと思うくらいの怖さ

俺はこんなに怖いのに、香月もレイも普通なのがまたムカつく

部屋の中は安全かどうかもわからないけど、見たところ変わったものはない…?

ホラーを見すぎて何が普通かもわからなくなってきた

香月が頭を撫でてくれて少しは落ち着いてきたところでレイがシャワールームから出てくる

「セリ、先に入るかい

変なものはなかったしお湯も出るから安心していいと思うぞ」

うう…部屋は安全地帯ってコトでいいのか?

「入る…」

いつもなら香月かレイと一緒に風呂に入るが、この2人がいてどっちかと一緒に入るのは気持ち的に無理だし

この3人一緒とか絶対無理だし、和彦と香月とならまだしも

こんな怖い時に1人で入るとかやだなぁ

でもお風呂は入りたいし

とりあえず俺は怖いけど仕方なく1人で風呂に入るコトにした

「はぁ…今日は一段と疲れたな、風呂から上がったらすぐ寝てしまいそうだ

怖すぎて食欲もないし」

髪と体を洗って湯船に浸かる

入浴剤がジャスミンの香りがするから癒やされながら目を閉じる

「朝になったらすぐに出てい…ん?なんだこの匂い…?」

ゆっくりしていると匂いが変わって目を開ける

すると、乳白色だった湯船が真っ赤に染まって血なまぐさい匂いに変わっている

目の前の湯船の中から人の頭が少しずつ出て来るのが見える

「ひっ…!」

立ち上がろうとすると湯船から手が出てきて両肩を強く抑えられた

逃げられず恐怖が迫ってくる

この後めっちゃ怖いんだろうなってストレスがピークに達してその湯船から何かが出てくる顔が見える寸前で俺の意識は吹き飛んでしまった

散々恐怖を植え付けられ限界を超えてしまった俺はこの街名物の一般人は失神するを見事に体験してしまったのだ


意識を取り戻すと俺は部屋のベッドの上にいた

着替えもしてある…夢か!?と思ったが、あのリアルな感触が夢なワケないとすぐにわかる

「気がついたな」

俺が目を覚ましたコトに気付いたレイはベッドへと腰掛けた

「あ…めっちゃ怖かったんだけど!?」

「ホテルに問い合わせたら演出なんだと

一度だけ経験して後は普通に使えると言っていたから今は香月さんが入っているよ」

早く言えやそれ!!?だったら俺最初に入らんかったわ!!!

演出眺めてからゆっくり入りたかったわ

レイも風呂上がりの匂いがするってコトは俺はそのくらい気を失っていたのか

「もう嫌だぁ…怖いの嫌」

情けなくも、グスグスと泣いてしまう

これからも思わぬところで驚かされると思うと、もう怖くないとか意地張ってる余裕はない

レイは涙を拭う俺の手首を掴み離すと唐突にキスをする

「紛らわしてやる」

そのまま押し倒されてレイは耳元で囁き噛む

ピクッと身体が反応してゾクゾクする

「いや…それとこれとは…」

確かに怖いのは紛れそうだが

「香月さんが気になるかい?」

「そうだ、香月に見られたくはない

香月自身だってそんなの気にしないとしても、俺が見られたくないんだよ」

香月も和彦も俺が誰に抱かれようが、別にいいって考えだ(色々と条件はあるが)

だから2人が恋人でいられるんだけど

俺はそれでも嫌だ…

好きな人には見られたくない…他の男にキスされたり抱かれたりする姿なんて

「それなら香月さんが出て来るまでにしよう

香月さんが長風呂だったら、最後までしてしまうかもな」

「おい!キスまでは許したが、今はそれ以上はダメだぞ!?」

「セリが我慢出来れば、あの副作用の時みたいにそっちから求めて来られたら話は変わるだろう?」

レイはあの時は最高によかったと楽しそうに笑う

俺が思い出したくないコトを…

あの時の俺は本当にどうかしていた…あんなにも自分が最低だなんて…

自分の爆発する性欲を抑えられずレイとヤッてしまった

レイが俺を好きなコトを利用したようなもんだ

レイが卑怯なのもあったが、やっぱり俺が悪い

「そんなの卑怯だぞ……」

「その後、2人とよりを戻すんだから酷い話じゃないか

オレはやっとセリを手に入れたと思ったのに」

「……それは…」

何も言えなくなる…

「いっそ香月さんに見せてやりたいさ」

「…性格悪くなったな」

「元からこうだ

…最初からオレを受け入れてくれていたなら…オレはセリの理想のオレでいれたよ」

あぁレイは理想の大親友だった

ウソみたいに理想そのもの…

爽やかな笑顔も過保護すぎる優しさも、何もかも

俺はレイへと手を伸ばし引き寄せては自分からキスをする

「…今は受け入れてんじゃん、何が不満なんだ

時がくればいくらだって抱かせてやるとも言ってるのに」

「ふっ、そうだったな

不満は大ありだ、香月さんの前では特別な顔を見せるから」

そう言ったレイの表情は前に見た和彦と同じに感じて頭を過る

俺にとって、香月が特別なのは当然で

だけど、和彦もレイもそれぞれ別の特別なのに

本人達はそれに気付けてない

ちゃんと伝えてるつもりなのに、彼らは香月と自分を比較して違うと言う

違って当たり前じゃん…同じなワケないよ

香月は香月だけ、レイはレイだけ

和彦は和彦だから、俺はそれが良いんだ

確かに…香月だけ飛び抜けて好きって気持ちはあるかもしれないが

平等に愛せるように俺だって頑張ってる…つもり

元々、モテたい願望もないしハーレムとか興味ないから

俺は1人を愛するのが好きだから、目移りとか出来ない

平等に何人も好きになるって難しいよな

ハーレムの主人公とかスゲーよ

俺には無理だ

それでもこうなったからには、出来ない無理なんて言えない

レイは俺から離れた

「おやすみセリ、寝たら怖いのも気にならないだろう」

そのままレイはベッドからも離れようとしたから俺はレイの腕を掴んで縋る

「ちょ、ちょっと待って!!1人で寝れねぇよ!!絶対怖い夢見るもん!!

一緒に寝て、傍にいて」

むしろここなら怖い夢を見る仕掛けとかしてそうじゃん

寝なくても寝ても怖いとか死ぬ

半泣きでレイにしがみつく

もうカッコ悪いとか気にしてる場合じゃない

「怖さを紛らわせるなら、誰でもいいんだ?」

「バカにしてんのか!?いくら怖くてもそこまで落ちぶれてねぇぞ!?」

ここにキルラがいたら怖いのは1人で我慢する、意地でも1人で耐える

ここに楊蝉がいたら怖くても無理して怖くないフリをする

女にカッコ悪いとこは見せたくないからな

楊蝉が怖がるかどうかは別として、もし女の子が怖がるなら俺がなんとか怖くないように意地でも守ってあげたい

ここにセリカがいたら、一緒に怖がるかもしれねぇけど

セリカが女の子だから意地でも死ぬ気で守る

「はっ…!?そう考えたら、何も怖くないような気がしてきた…」

死ぬほどの意地ってもしかしたら自分を強くするのかもしれない

つまりその意地を張れないのは、無意識の甘え……心の緩み?

頼れる相手がいるから…素直に怖がれると言うか

いや難しく考えても、怖いもんは怖いだろ

「いや……だから…怖いのは…

レイに傍にいてほしい…」

レイから手を離して視線を落とす

すると、俺の手をレイは掴んだ

「香月さんの方が良いくせに…

本当に…セリはズルいな

そんな顔されたら離せなくなる」

「いや、どっちが良いとかじゃなくて

香月とレイが良いんだよ

どっちもほしいんだよ

だって俺って欲張りでワガママでズルい奴だからな」

ふふっと笑うとレイは俺の首に手を回して抱き寄せる

「嫉妬して意地悪言った…

セリがオレだけを好きになってくれたらって願望は今もこれからもなくならないだろう

それでも、そんなセリを好きになったオレの負けだって事くらいわかっている」

「何度だって受け止めるよ

レイの気持ちも、意地悪されても

それは俺のせいだってわかっているから

平等に愛せたらいいんだけど…頑張るから」

俺もまだまだガキだからそれで喧嘩するコトもあるだろうけど

レイが俺を好きでいてくれる限りは全て受け入れてみせる

そう決めたから

雰囲気に流されてまたキスをする寸前で

「セリ」

香月の声が聞こえた俺は反射的に目の前にあったレイの頬を叩いて引き離した

バチンってとても良い音がしたな

「香月!寝るの待ってた!一緒に寝よ」

すぐに香月へと駆け寄る

お風呂上がりの良い匂いがする香月に抱き付いて幸せを噛みしめる

「平等に愛せるように頑張るって話は何処へ…」

後ろでレイが叩かれた頬を抑えながら複雑な気持ちを抱えていた

いやーそれは理想の話で、現実は難しいよねって話だよな

「そういう小悪魔なところも好きなんだよな…」

俺は香月とレイに挟まれながら安心して眠れるコトになった

何も怖くないぞ!と思っていたが、このホテル…やはり怖い夢を必ず見る仕掛けがあって

俺はほとんど眠れなかった



朝になって2人に聞くと

香月は魔族は夢をあまり見ないか見ないタイプに分かれ、自分は見ないタイプだからと夢を見なかったらしい

人間の時は多少見ていたような気もするが忘れたと

レイは怖い夢を見たとか言って落ち込んでしまっていた

「だ、大丈夫か…?相当怖い夢だったのか?」

あまりのレイの落ち込み振りに自分の見た怖い夢を忘れるくらいだ

起きてから時間も立ちもうほぼ忘れかけてるし

「セリが」

ふんふん、ホラーの定番俺が殺されるとかお化けになるとか?

「オレを嫌うと言うより、無関心になる夢

他人かのように扱われ、オレが何をしても他人を一貫する

オレを空気かのように目に入らないあの感じが怖くてたまらなかった…」

そこ!?ホラーって言うか精神的な夢!?

何をしてもって何したんだ夢の中で…聞きたくないな

「まだ嫌われる方が良い

どんな形でもセリの頭の中にオレがあってほしい」

「俺からしたらオマエが1番怖くてホラーなんだわ…」

とりあえずめちゃくちゃ落ち込んでベッドから起き上がれないほどのレイをなんとか機嫌取らないと

「まぁまぁ夢は所詮夢なんだし、気にするコトねぇだろ」

「正夢になったらどうするんだ!?」

「現実的に考えろ!!こんだけ色々されて、他人みたいな無関心になるには記憶喪失以外無理だぞ!?」

「記憶喪失になったらどうする!?」

「そしたらまた1から始めればいいだろ

むしろ、今まで散々嫌なコトされて来たのもリセットになって逆にレイにとったらラッキーなコトなんじゃないか?」

「それだ!!!!!」

急に元気になる

よかったのかよくなかったのか

「記憶喪失になろうセリ!!」

「なるかボケ!!」

とりあえずは元気になった?レイを放置して窓際にいる香月の傍へと寄る

「昼前だって言うのに薄暗くて夜と変わらないな」

「そうですね、この街は広いですから

向こうの方は昼間のホラー体験が出来るそうですよ」

香月に言われると、向こうはちゃんと昼間の明かりが射していてその下ではまた最凶なホラーがあるんだろうなと想像しただけで身が震える

「体験したくねぇな…」

「セリ、何か感じませんか」

「えっ?」

「怖さで鈍っているようです」

「えっ!?なんの話!?」

香月は向こうの方を指差す

「セリカもこの街に来ています」

マジか?なんでこんな怖い所に…イングヴェィと一緒か?

怖さでお互いの存在すら鈍くなっているなんて、どんだけ俺はビビってんだ

セリカの名前を聞いたレイが反応する

「セリカが?来ているのかい」

何処に?と窓の外を眺めては満面の笑みだ

絶対に会わせたくない、何をするかわかったもんじゃないぞ

とは言ってもずっと会わせないってのも無理だろうから、俺がしっかりとレイを掴んでいないとな

セリカには触れさせない

「それと、ナナシの気配も感じます」

「マジ!?アイツもここにいんの!?」

「セリカを狙っているのでしょう」

そういうコトか…俺が香月と一緒にいて手を出せないから、セリカに目を付けた

セリカが死ねばセリカである俺も死ぬからな

セリカは勇者の力を持っていて魔族に強いが勇者の剣もなく、むしろ勇者の剣を折った謎の力があるナナシ相手はかなり危険だ

イングヴェィが一緒だとしてもイングヴェィじゃ魔族は殺せない

今、ナナシを殺せるのは魔王の香月だけ…

「セリカと合流しよう香月」

「はい」

「レイはここで大人しくしてろ」

「どうしてだ!?」

「セリカに会わせたくないから」

「オレはセリカに会いたいぞ」

「ナナシよりオマエの方が危険だ」

「セリはわかっていないな…」

レイは深い溜め息をつく

俺はセリカだぞ?自分のコトは自分が1番よくわかってるんだよ

でも、レイはそういうコトじゃないと首を横に振る

「セリカは手厳しいんだ

男嫌いなのも相まって、心を開いていないと氷のように冷たい

さすがのオレもセリカのあの鋭く冷たい態度には身が震え心まで折れる

セリとの違いは男好きか男嫌いか」

「待て待て待て待てコラ、大きな語弊があるだろうがやめろ」

誰が男好きだ、好きじゃないわバカ

確かに、セリカは女として男相手に警戒心が強く

過去のコトも含め、男嫌いなところがある

俺は男だから、女のデリケートな部分とかはいくら自分であっても完璧には理解できていない

俺もセリカも、男と女

相容れない部分はお互いわからないコトも多少ある

自分のコトなのにな

不思議な気分だ

かと言って、セリカは恋愛経験が皆無みたいなもんで

心を開くのも意外に簡単で、そして無防備になりやすい

自分はそんなつもりじゃなかったのにって、言動が無意識に男のツボをつく可愛さ

そこが心配だ!!

だが、敵に回すとかなり恐い

心開いてからの心を閉じた嫌いに変わった時はかなりやべぇ

自分から仕掛けるコトはないが、近付くと心を殺されるレベル

「まぁ…確かに…セリカに冷たくされると息が止まるよな

俺だって見ててそんな風にされたらショックで倒れるとか思うもん」

特別な感情がなくても、女の子に冷たくされるとなんか軽いショック受けるよな

それが好意のある相手ならなおさら

「セリカはいつも優しいと思いますが」

香月がさらっと言うと、レイの中で何かがキレたような音が聞こえる

俺は咄嗟にフォローを入れるが

「それは香月のコトが大好きだからだぞ!?(俺の影響)

アイツ、好きな相手にはめっちゃ尽くすタイプだから!!

香月からしたらセリカは優しくて可愛い女になるって!!」

全然フォローになっていなかった

余計にレイの中で妬みが増しただけだった

セリカは香月にはよく懐いている

今のところ1番心を開いてると言ってもいい

恋愛感情とはまた違うみたいだが

「やっぱり香月さんは気に入らないな…」

レイが恨み言を呟くのをかき消すように俺は口を挟む

「とにかく!ナナシがセリカを狙ってるなら心配だ

合流しよう、レイもついて来ていいから!」

さっきの様子ならセリカと会わせても心配はないかもしれない

セリカより、イングヴェィと会わせて大丈夫かが心配だ…

セリカの傍にはイングヴェィがいるハズだから

それにイングヴェィとは最後に別れたのはレイが俺を人質に取って逃げた時だから

大丈夫かなぁ…イングヴェィには説明すればわかってくれるとは思うけど

イングヴェィもセリカである俺には甘々だからな

それで俺が好き勝手するコトに叱られる時もあるんだが

そんなこんなで俺達はセリカの気配を追って合流するコトに決めたのだ

俺達が先か、ナナシが先か…



-続く-

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