134話『暗殺を企む者』セリ編

えへ…いきなりだけど捕まっちゃった

「楽観的だな…」

隣で一緒に捕まったレイが溜め息つきながらも笑う

セレンの国の様子を見ようと近付いたら女神を盗んだ大罪人ってコトで捕まってしまったのだ

そういやそんな風に言われて指名手配されてたな~一部の地域では

いつの間にか、セレンの国はタキヤの支配下にあり回復魔法も封じられ対策されていた

タキヤは魔法無効の方法を知り得ていたようだ

そして俺がいつかセレンの国に現れるだろうと予測し対策されている

つまり、タキヤのしつこさが俺を上回ったのだ

俺が人質に取られればレイは何も出来なくなり簡単にこうなる(拘束)ってコトだな

「俺ってめっちゃ足手まとい…?」

「いや、オレが油断した

セリの回復魔法に頼り切っていた所がある

それを封じられセリが人質に取られた時の対処法を考えていなかったオレの失態だ

人形の町で一度痛い目を見たと言うのにな」

「そんな自分を卑下にせんでも…」

俺のせいでピンチに陥るコトなんてよくありすぎて、本当に申し訳なさでいっぱいだ

こんな俺が結夢ちゃんを助ける!なんて意気込んで恥ずかしい

返り討ちにあって周りに迷惑かけるだけだよな

「セリは戦闘向きじゃない、才能も能力も身体的にも」

「からっきしで心折れそう」

わかってたけど改めて言われるとヘコむぞ

男じゃないって言われてるようなもん

「魔族や魔物以外にはな」

レイが顔を上げて誰かを見るから俺もそのまま視線を追う

牢にぶち込まれ、その外からいつの間にか1人の魔族が俺達を見ていた

よく見るとこの人どっかで会ったコトあるような……?

「…あっ!?オマエ、ずっと前にロックと一緒になんかあれ!悪魔とのなんかあったじゃん!?あれあれ!あん時に会ったよな!?」

あれあれでわからないだろとレイの冷静なツッコミ

俺も自分で自分ツッコミたいよ!!うろ覚えなんだよ年かな…

「戦って、一緒に脱出したの!覚えてるか!?

って、思い出話してる場合じゃなくてここから出し…!?」

牢の柵に近付こうとするとレイが足で俺の胴体を挟み引き寄せる

「無闇に近付くな、いくら魔族に強いからと言って手が拘束されているセリに何が出来る

おかしいと思わないかい?

タキヤの陣地に、何故この魔族がいるのか」

きょとんとなる

確かに…

「そっか、レイって年下なのにたまに俺より冷静で頭良いのな」

「たまにじゃなくていつもだ」

「いつも感情的だろうがー!最近とくに!!」

暴れようとしたがレイの足がキツく締まって身動きが取れなくなる

「とにかく、あんたが敵か味方か…

助けに来たと言うなら何故すぐにここを開けない?

怪しいんだよ、あんた」

レイが話してくれてるけど、そこに立つ魔族は一言も喋らず助けるコトもせずだった

よく思い出すとこの魔族と話したコトはない気がする

魔王城で一度会って声をかけた時もだ

話せないのか?それとも…

「勇者は魔族の敵」

しゃ…喋ったああああああああ!!!!????

「へぇ王道な魔族ってわけか

それも構わないが、知らないわけじゃないだろう?

勇者が魔王の恋人だって事

危害を加えでもしたら消されるのはあんたの方だ

ここは素直に助けておいた方が損はないと思うが?」

上手い!!レイは交渉の達人か!?いや普通のコトだ!!

「知っている

勇者を殺せば魔王も死ぬ」

えっ…今なんて…?

魔族の予想外の言葉にレイすらも言葉を失う

「そのうち勇者が魔王を倒すと放置していた

一度は殺し、だが復活した

もう倒す気がないなら勇者を殺した方が早い」

「何を言って…

あんたは魔族だろ?魔王が死ぬのを…」

状況がマズい…このままだとやられる

手が使えない、魔法も使えなきゃ

コイツがなんで香月に死んでほしいとかはわかんねぇよ

魔族だから魔物だからって無条件に魔王に従うってのはないのかもしんねぇ

人間だって全ての人間が王様に従うってワケでもないしな

だからって暗殺まで考えるか

それも人間にもあるんだから魔族にあってもおかしくはねぇか

でも、俺は死ぬワケにはいかない

香月を殺すコトになるなら、戦うしかない…!!

名無しの魔族が剣を抜く

牢ごと俺を斬ろうするのが読める

それより一歩前にフェレートが手枷の鍵を持ってきてくれて外してくれた

間一髪、俺は勇者の剣を抜き名無しの剣が牢を壊し向かってきたところをはじき返した

「助かったよフェレート」

捕まって楽観視できたのは落ち着いたところでフェレートに鍵を持ってきてもらうって考えていたから

レイが落ち着いてる今はフェレートも前と同じように俺に懐いて言うコトを聞いてくれる

レイと険悪のままフェレートが敵対してたら死んでたかな

俺に攻撃をはじき返された名無しは舌打ちをして逃げていく

追うのは後だ、振り返りレイへと手を差し伸ばす

レイもフェレートに手枷を外してもらって俺の手を取る

「冷や冷やしたな」

「レイが時間稼ぎしてくれたから」

「まさかセリに敵対する魔族がいるなんて」

「少なくはないぜ、元々勇者は敵なんだし

嫌われてるなって感じる時はあるもん」

レイは牢の外にある自分の弓を回収する

俺の勇者の剣は俺にしか触れないから没収はできない

「それでも俺に何かする奴はいなかったよ、みんな香月が恐いからな

それより香月のコト殺そうとする魔族がいるコトにビックリしたぜ

そんなの今までいなかったような気がする…アイツの顔もはじめて見るから名前も知らねぇしな」

前世の話だ

まぁ魔族や魔物でも全て知り合いってワケじゃないから

でも、さっきの奴はかなり強いし魔王暗殺を狙ってるならどこかで衝突しててもおかしくない

新しい魔族や魔物が増えたりはするから、新入りか?

そもそも勇者を殺すと魔王も消滅する話を知る者は少ない

魔族や魔物ですら一部しか知らないのに

………心当たりしかねぇな、あの3バカなら言いふらしてそうだ

「セリを殺す方が早いとか言っていたが、そう簡単に魔族が勇者に勝てはしない」

「うん…それより魔王を殺す方が不可能だから俺を選んだんだろう

魔王は俺にしか殺す力がないから…」

「奴には気を付けろと言いたい所だが、このまま見逃す方が後々厄介になりそうだ

追ってとどめを刺す」

レイは外に続く階段を駆け上がる

それに俺も続く

このまま外に出たらまた捕まるだけのような気もするが、レイには何か策があるんだろうか

薄暗い地下牢から出た外の太陽の光が眩しい

目が慣れない隙に俺の左腕がないコトに気付く

「うっ…くぅ……」

回復魔法が使えない、痛みに膝が地面につく

「セリ!?どうし…腕を持っていかれた…?」

レイが振り返り駆け寄って辺りを警戒する

人の気配を感じない…魔の気配もない

だけど、何かがいるコトだけはわかる

「やっぱりセリカが1番美味い」

俺をセリカと呼ぶ声…?

姿を現したのは俺の腕を食う獣のような人の姿をした…

「あんたがセリの腕を…!」

レイが怪しい奴に弓を向けるのを俺は止めた

俺とはあまり関わりがないから確信はないが、セリカの腕をご馳走と思ってる奴は1人しかいない

いや1匹か?セリカのペットの白虎

「ラスティン…」

「久しぶりにセリカに会えてラス嬉しい!

あれ?いつもみたいに治さない?血がたくさん出て痛そう…」

相変わらず間の抜けた…

この白虎、前に和彦に怒られたコトがあって恐怖して逃げ出したんだっけ

俺とセリカの区別が付かないのはご馳走としてしか見てないからだろう

食える食えない美味い不味いなんだと思う

レイは俺の腕の止血をしてくれる

「ラスティン…バカ、今は回復魔法が使えねぇんだよ

急にがっつくなんて…躾がなってねぇな」

やべぇ、死ぬほど痛ぇ…マジ泣きそう大泣きしたいホンマに

しかも血を流しすぎて意識が吹っ飛びそうだ

「ごめんセリカ…」

しゅんとするラスティンを見てしまったら死ぬほど痛くてぶん殴りたいけど、なんか許せそう

いやたぶんこれ意識吹っ飛びそうでどうでもよくなってるだけじゃないか

「どうしたらセリカ助かる?」

ラスティンには色々聞きたいところだが、今は回復魔法が使えるようになりたい

「魔法無効化を無効にしてほしい、出来るか?」

「うーん…難しそう」

ダメか…誰が魔法無効化を行ってるかも俺にはわからないし

「セリ、この白虎に頼るより外に出た方が早い」

「そうかも…でも、ここから外は距離があるしまた捕まったら」

指先が冷たくなっていく

血が足りないんだ…死にはしないだろうが、かなり辛いなコレ

レイは俺の右手を握る、それが凄く温かく感じた

「何をしておる」

渋い声とともに獣の匂いがするとラスティンが反応する

「パパ!?」

「師匠と呼べと言ってるだろう!

また人間を襲って食ったのか、馬鹿息子よ」

霞む視界で見えるのは大きな白虎

神獣の白虎…めっちゃカッコいい、モフモフしたい

「パパ誤解!セリカは唯一死なないご馳走!」

「死にかけとるがな…」

パパめっちゃ呆れている…苦労してそう

「ふう…お前が人を食わないと生きていけない体になったと聞いた時

人間を守るべき神獣でありながら、息子可愛さに目を瞑ってきた」

そうだった、ラスティンは人間を食わないと生きていけないからセリカが面倒見るしかなくて

セリカから離れたら生きるために他の人間を殺して食べるしかない

「人間の女たくさん食った」

言い方、言い方

「男より女の方が美味い」

「そう、娘さんよすまぬが…息子の為に死んでくれ」

待て待て待て!?まさかここで神獣と戦うって言うのか!?

魔法が使えない瀕死のこの状態でそれは無理な話ぶち込んでくるなオイ!!

「息子の為に死ねか…それならオレはセリの為にあんた達親子を殺す」

「小僧、神獣に喧嘩を売るか

娘を差し出せば見逃すと言っているのに」

これはまたヤバい展開だ

俺はレイの服を掴んで止める

「セリ、すぐに終わらせる」

逃げようぜ?わざわざ喧嘩買うコトないからな!?

不穏な空気をやっと感じ取ったラスティンはレイとパパの間に入る

「えっえっえっ?喧嘩駄目!」

「何を言う、お前はあの娘の肉が食いたいのだろう」

「セリカの肉はご馳走!だから死ぬのは嫌」

「食べたら死ぬぞ、というかなくなる」

「セリカは特別!食べても増える!」

その表現ヤダな~、腕が3本にも4本にもなるみたいな感じで

「パーパー!!!」

ラスティンが止めていると遠くから甲高い声が近付いてくる

その頃だ、何故か魔法が使えるようになってるとわかった俺はすぐに腕を再生させる「セリ!回復魔法が使えるようになったのか…」

「あぁ…でも、血を流しすぎて立ってるのがやっとかも」

いつも血を大量に流す前に回復していたから平気だったけど、元々貧血持ちだしキツいな今の体調

「無理はするな」

レイに支えられていると甲高い声がやってきた

「パパ!パパ!」

えっなにこれ…めっちゃ可愛い!!

白虎の子供!?めちゃくちゃかわえ~~~ぞ~~~

「お前達!師匠と呼べと何度言ったらわかるのだ!!」

俺は思わず白虎の子供を抱っこする

「ラスティンの弟か?妹か?めっちゃ可愛いな~」

「弟達だ、セリカ

妹達はママと一緒」

人懐っこいのか、俺が抱っこしても大人しくしている

みんな抱っこしたいけど、両手に2匹が限界だ

「この人間のお兄ちゃん?お姉ちゃん?美味しそうな匂いがする」

「人間を食い物として見るなと何度言ったらわかる!!お尻ペンペンだぞ!!」

白虎がお尻ペンペンってどうやってやるんだろう

パパもお茶目だな、神獣だけどなんとなくラスティンの親兄弟って感じがする

「はっ!?それよりパパ!にーに!大変!

魔族と魔物が町で暴れて大変なの!!」

「何!?ここ最近大人しかった魔族がまた暴れ出しおったか!」

白虎弟の報告に、さっきの名無しの魔族が頭を過る

血が足りないせいか、気付かなかったが集中すると名無しの強い魔力を感じる

「行くぞ!お前達!パパ…じゃなかった師匠の戦いを見て学べ!!」

「「「はーいパパ!!」」」

パパと素直な弟達は先に魔族や魔物達が暴れる町へと向かった

「俺も…行かなきゃ」

「無茶だセリ、いくら勇者の力があっても今のセリがまともに戦えるとは思えない」

「香月が不完全な今、ちょうど良いハンデだ

こんな状態の俺でも勝てるって」

ここに香月はいない感じだし、大丈夫

「セリカには手を借りたい

パパは神獣だけど出来て少しの足止め程度

あの不死身の種族を倒せるのセリカだけ」

「あんたは黙っててくれないか

誰のせいでこうなってると思ってるんだ」

レイはラスティンに怒りの視線を向ける

昔のラスティンなら凄く怖がって怯えてたハズだけど、今のラスティンはレイの睨みに臆さなかった

「ラスもセリカのサポートする」

「でも、ラスティンは戦えないんじゃ」

「ダイジョブ!パパに鍛えてもらったラスはもうセリカを守れるくらいにはなった!」

自信満々にピースまでして、俺が聞いて知ってるラスティンとは違う感じがする

セリカから聞いていたラスティンは臆病で牙と爪を失った自分は戦えないと思っているような子だって

「それじゃあどうしてセリカの所へ戻らなかった」

セリカの所に戻れば人間を殺して食べずに生きていけるのに

「……あの恐い人がいるから…」

思い出しただけでも身体の震えが止まらないとラスは昔のような臆病な姿を見せる

あ…和彦のコトか

どんだけトラウマ与えてんだアイツ…

「和彦は…ラスティンが努力して強くなったなら認めてくれるよ」

「…ほんと?」

泣きそうになってる

「早くセリカの所に戻りたい

もう…生きるためでも、人間を殺して食べるのは嫌」

うん…セリカなら早く帰っておいでって受け入れてくれるから

「じゃーまずは魔族と魔物退治!」

そう言ってラスティンはパパと弟達が向かった方へと駆けつけて行った

「そういうコトだから、俺も行かなきゃ」

「言い出したら聞かないなセリは」

「レイは俺の決めたコトにいつも付き合ってくれる」

「よくわかってる」

「レイも」

本調子ではないとは言えこのまま見過ごせはしないから、俺はレイと一緒にラスティンを追い掛けた

町へ出るとたくさんの魔物達が人々を襲っていた

今はタキヤの支配下にあるハズなのに、この国には戦える者がほとんどいなかった

元々はセレンの国、セレンの守って来ていた住人達が次々と襲われていく

「パパ!味方の人数が少な過ぎでは?」

パパと合流した俺は圧倒的に不利な状況に険しい表情になる

もっと戦える者がいると思っていた

それに魔物の数が思ったより多い

今の俺の体力が持つかどうか不安になってきたぞ

「誰がパパと呼べと!むっ…娘さんと思っていたが、お前は勇者か?

ラスティンが人間のメスを好むから娘だと思ったが、通りで他の人間とは違うと感じていたぞ」

嘘付けよ!!?俺を息子のご飯にして殺すつもりだったろ!?

「勇者様ー!?だから美味しそうな匂いがしたんだね~」

弟達、俺をご馳走としか見れなくなっている

可愛いけど俺を食べないでね

「味方の数が少ないのは我も不思議に思うとった

どうやら攻め入った相手が魔物とわかって逃げ出したようだ」

逃げ出したって…何もわからずにいる住人を残してか?

魔物は倒せないから逃げるしかないのはわかる

でも、ある程度の足止めは可能だろうし

その間にみんなを避難させるとかはやろうと思えば…

元セレンの国の人々を見捨てたと言うのか

いや…それは俺が魔物に強いから考え付くコト

下手したら死ぬかもしれないこの状況に人のために命を懸けろと言う方があんまりだ

「味方の数が少な過ぎる…それに俺の体力もそんなに長くは持たない

今回の親玉を早急に叩く」

魔力の感じ方からして一際デカく目立つのはさっきの名無しだ

そして、魔物が俺の姿を見て反応しないってコトはあの名無しの手下ってところだろうか

名無しを倒せば魔物は去っていく可能性が高い、それに賭けるしかない

「ここはパパとラスティンに任せる」

「任された、勇者よ無理するでないぞ」

「任せてセリカ!ラス頑張る!!」

パパとラスティンでなんとか抑えられるだろうけど、気掛かりなのは背後だ

後ろを取られると今の俺じゃ負けるだろう

でも、大丈夫

「レイは反対側を頼む、レイ1人なら十分」

レイの強さは信頼している

「嫌だ」

そう…レイの強さは信頼しているけど、言うコト聞いてくれるかはまた別

「セリがまともに戦えないと言うのに傍を離れる事はしたくない

オレにとって、この国の奴らがどうなろうと構わないさ」

この通り、レイは昔からそうだったけど

最近はそれがとくに強い

前はまだ協力的だった

そして、いつもこうなると喧嘩になって余計に意地になってみたいな展開だったが

俺も学んでるぞ

「レイ…お願い」

たまにセリカが使うお願い!セリカにお願いされたら断れない

なんて言うか、セリカだけじゃないけど

男からしたら女の子の頼み事ってなんか断れないよな

仕方ねぇなデレデレ…みたいな、きっと俺は単純でアホなだけだろうが

俺は男だけど、セリカの魅力も持ち合わせ

さらに自分に好意的な相手だと確実にお願いを聞いてもらえるコトもわかっている

「レイが1人で魔物を足止めしてくれたら、惚れ直すかも」

いや惚れてないから直すもなんもないけど

レイの様子からして後もう一押し

「ねっ…レイ?」

レイの手をぎゅっと握る

これで落ちない男はいない

「……色仕掛けなんて…はしたないぞ

でも、セリが言うなら聞いてやらない事は(惚れ直してくれるなら)」

レイは耳まで真っ赤になって俺から視線を逸らす

ふふ、大成功

たまにはこの顔を有効活用しねぇとな、まったまにやるんだけど

……俺ってスゲー最低だな

自分に好意がある相手を良いように使うなんて

すまんレイ、でもオマエこうでもしないとやってくんねぇんだもん

「と、とにかく、オレが離れて守ってやれないんだ

無理だと思ったらこの国の奴らは見捨てろ

それだけは約束してほしい」

「約束も何も、俺が負けるわけないだろ

それじゃ体力があるうちに」

行くぞ!って気合いを入れたのに、なかなかレイが手を離してくれない

「レイ…手が…」

名残惜しそうに手を離して、レイは何も言わずに俺の頼みを聞いてここから離れた反対側へと向かってくれた

……やっぱり…俺、最低だ

レイの気持ちわかってて利用した…

これまでとは違う

大親友としてワガママ言って甘えてた時とは違う

俺の一言ひとことでレイは喜ぶだろうし傷付いて苦しんで、期待する…

そんな気がないならハッキリとした態度をって俺はいつも思っていたのに

わからなくなる

レイを不幸にしない、俺も不幸にならないって

決めたのに、それはどんな形なんだろうって…

「セリカ!早く行かないとこの数にパパもラスも長くは持たない」

「あっ悪い、すぐ行く」

ラスティンに言われて俺は名無しの魔力が感じる方に走る

今は考えてる場合じゃない、やるべきコトをしなきゃ


名無しが近くになればなるほど魔力の感じ方も強くなる

やっと見つけた

街の中心の広場で俺が来るのをわかっていたかのように待ち構えていた

周りに人の気配はない

お喋りしてる暇はないと俺は真正面から名無しへと斬りかかる

「いきなり来る」

当たり前だけどガードされて押し返された

「時間がないんでな、オマエの話なんか聞いてる暇はねぇんだよ

香月を殺すために俺を殺そうとする

それだけでオマエを倒す理由は十分だろ」

今度は名無しから俺に向かってくる

魔族の動きが読める俺は簡単にそれをかわせるし、動きも俺の方が速い

香月が不完全な今、その影響がよく出ていつもより遅く見える

これで負けるコトはない

突き刺す剣を避けその腕を斬るように勇者の剣を振り上げる

が、勇者の剣が名無しの腕に入るコトはなくそのまますれ違う

「傷ひとつつかない…?」

振り返りもう一度確認するが、やはり手応えがないのは気のせいじゃない

「勇者を相手に対策なしは」

何かがコイツを守っている

俺にはわからないが、とにかく俺の力が通用しないのはそれがあるから

「ふん、対策か

オマエの魔力に隠れるくらいだ

大したもんじゃねぇ

それにオマエはどんなに身を何かで固めようと魔族は魔族

俺の剣がその身に触れれば掠り傷ではすまないってコトだ」

「やってみろ」

言われなくても!!

コイツの動きは見える

つまり戦ってるのはコイツ自身

それじゃ俺には勝てないだろうな

なら、俺がそのよくわからんもんを貫けば勝ち

勢いよく名無しに向かって走る

名無しも俺の動きに合わせて向かってきた

今度は俺を掴もうとする動きが見える

それはさせない

名無しの脇下を通り抜け背後を取る

一か八か…俺は名無しの首目掛けて勇者の剣を振り下ろす

すると、勇者の剣は真っ二つに刃を折ったのだ……

「なっ……」

目の前で起きた出来事に頭が追い付かない

勇者の剣が…折れた…?

刃が半分なくなって軽さを感じる手に握る勇者の剣を見つめながら

ショックのあまり膝から地面に崩れる

ウソだ…勇者の剣が…折れるなんて…

現実が見えていない俺は名無しが振り返り俺へと剣を振り下ろす

でも、その剣は寸前のところで止まる

「………。」

何かに気付いた名無しは俺にトドメを刺すコトなく、逃げるように去って行った

俺は何が起きたかより、勇者の剣がはじめて折れたコトに……

どんな前世の時でも勇者の剣が壊れるコトはなかった

錆びて朽ち果てる寸前のような姿ってのはあったけど、それは俺が触れさえすれば元通りになる

なのに…これは…元通りには…ならない

「セリ」

勇者の剣を握り締め立ち上がれない俺の肩を掴む声

すぐに振り返った

「……香月…」

何も言えない

色んな気持ちが溢れて、それが涙に変わる

どうして香月がここにいるのとかよりもうわけがわからなくて

「勇者の剣は壊れないものです」

「でも…壊れて」

半分になって離れてしまった刃のかけらを手に取る

くっつけようと近付けても戻らない

「壊れてはいませんよ」

「何言ってるの」

「勇者の剣は貴方の事は絶対に傷付けません」

それは…よくわかってる

俺がいつかの前世で勇者の剣で自殺しようとした時、切れなかった

「貴方を守った

つまりその意味に、勇者の剣が伝えたい事に気付かない限り元には戻らないでしょう」

どういう意味…

それに香月は勇者の剣のコト、俺と同じくらい知ってるみたいだ

それもそうか…長い長い生まれ変わりを繰り返しているのだから、詳しくもなる

確かに香月の言う通り、勇者の剣が折れたのには意味があるハズだ

永遠の生まれ変わりのある俺と共にするのに、いきなり寿命が来たとは考えにくい

「ありがとう香月…勇者の剣が伝えたいコト考えてみる」

涙を拭いて立ち上がる

またここで挫けちゃダメだ

俺はもう大丈夫だって決意したんだから

「香月が…ここにいるなんて気付かなかった」

「この近くにはいました

勝手をする魔族がいると聞いてここへ

そしてセリに会ったと言うわけです」

「香月も…苦労してるんだね…勝手に人間の街で暴れられたら困るよな」

立ち上がるとやっぱり香月と視線が近くて変な感じだ

なかなか完全復活までには時間がかかるのかな

「いえ、それは別に」

それも止めてくれよ!!?

「勝手にセリを殺そうとする魔族がいると

私を殺したいそうですね

それでセリに目を付け狙う」

「香月も知っていたのか、そうなんだよアイツ

謀反だ謀反!」

「私は貴方がいない世界なら殺されても構いません」

香月はすっと俺の頬へと触れる

「それは…矛盾していると言うか…」

俺がいなきゃ香月はいないって話で…

触れられると…照れます

「そうです、セリがいるから死ねない

セリは殺させない

予定は変更します

あの魔族を殺す事を優先するとしましょう」

魔王なら魔族も殺せるか

香月なら俺より上手くやってくれそうだ

香月の触れた手に緊張していると顔の距離が近付き高く意識してしまう

そっと優しく触れるだけのキスをされて

「それではまた」

香月は俺から離れて背を向ける

あれ…なんでだろう……

無理して蓋して抑えつけている色んなものが押し返してきて、溢れこぼれていく

不安も心配も我慢も色んなものが落ちる

香月に会ってからおかしい

自分が弱くなった?

香月が後ろ向いててくれてよかった

こんな自分の弱さを見られたら……

「ここから攫ってあげましょうか」

香月は振り返り俺の手を掴み引っ張って連れて行く

「えっ…か、香月…」

「何もかも投げ出せばいい、捨ててしまえばいいんです」

それは無理…

頭では出来ないってわかってるのに

簡単にこの手を振り払えるコトが出来るのに俺は香月の掴む手を離すどころか

ぎゅっと握り返してしまう

何もかも…無理だけど、少しの間…少しだけ…逃げてもいいか…

少しだけ…でいい、香月に攫われたい



-続く-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る