133話『災いの人形』セリ編

ソファで寝てしまった俺は自分の身体が浮くのを感じて少し意識を取り戻す

「あっ…ごめん香月…寝ちゃって」

ベッドまで運んでくれるんだって思ったから甘えて抱き付く

「香月さんと間違えるんだな」

……一瞬にして眠気が引く

やべぇ、完全に寝ぼけてた

目の前にある顔は香月でも和彦でもない

当たり前だけど、さっきまで一緒にいたレイだ

「まぁ…いいか、香月さんの殺し方もわかっている事だし

楊蝉と同じようにセリの手で殺せばいいんだ」

「レイ…」

レイは楊蝉が生きているコトは知らない

楊蝉が魔族じゃないコトも

でも、魔族の…魔王の殺し方はわかっている

つまり、レイは俺の大切な人達を殺せる術をわかっているってコトだ

俺の手で香月を殺そうなんて、酷いコト考えるな

俺にしか殺せないからって

…いや、レイが怒るのもわかる

「悪かった…寝ぼけてて」

「それはセリの心にオレ以外の男がいるから、オレしかいなければ他の名前が出る事もない」

怖いコト言うな

レイは抱き上げた俺の唇へとキスをする

俺が失敗した、もうこうなったレイは止められない

そのままベッドにおろして、もう一度キスしようとするから止めた

「ちょっと待って」

「待てない」

両腕を掴まれ抑えつけられるが、それどころじゃない

「いや待て待て!聞こえてねぇの!?」

静かな夜に、不自然な音が外で聞こえる

「聞こえているが、オレ達には関係ない」

「そうかもだが気になるわ!!

このザッザッザッてなんかがやって来るような音!?」

「あぁ、セリの声が外に漏れるのが気になるなら窓を閉めようか

他の奴に聞かせたくないし」

「聞け!!俺と会話のキャッチボールしろ!!??」

窓ははじめる前から閉めててほしいわ

絶対外に漏れたくない

レイを押しのけて俺は外の様子を見に行くコトにした

不満そうにレイがついてくる

外に出ると、古い人形やらぬいぐるみやらが町のはずれからやってきていた

えっ…人形とかぬいぐるみとかが動いてる!?何あれホラー!?!?

町人の大人達は人形やらぬいぐるみやらを壊せるようなハンマーなどを手に待ち構えていた

変な町に泊まっちゃったよ…通りで他のお客さんがいないと思った

「はっ!勇者様がいらしていたとは」

「はっ!?勇者様なら炎魔法であれらを祓って頂けるのでは!?」

俺の姿を見た町人達は期待の眼差しを向け囲む

「話が見えないんですけど…」

なんとなくはわかる

あのホラーな軍団が町を襲いに来てる

それを迎え撃つのに町人が武装している

って言う感じの図だよな?

「あれらは呪われた人形やぬいぐるみなのです

このまま町に入られますと災いがこの町に降りかかります」

「勇者様の炎魔法で浄化頂ければと」

う、うーん…まぁ泊めてもらってるしそれくらいは

でも、古く薄汚いとは言えぬいぐるみとか人形とか可愛いからやりにくいって言うか…

「オレの氷魔法よりセリの炎魔法の方が有効そうだな」

「そうだけど…なんか、可愛いからまずは話し合いから」

「セリは身体も甘ければ考えも甘いな」

「セクハラだぞ」

レイはセクハラするような奴じゃなかっただろ!!悲しいわ!

人形軍団の中から一体が素早い動きでこちらへとやってくる

俺が躊躇していると町人の1人がその一体をハンマーで叩き壊した

ハンマーで潰れた人形は壊れてしまい微かに動こうとはするが立ち上がるコトは出来ない

「さぁ勇者様!早く!!」

どうして俺は躊躇してしまったのか、すぐにこのモヤモヤは晴れなかった

だけど、町のみんなも怖がってるし

俺は遠慮がちに人形軍団の目の前に炎の壁を走らせる

すると、人形達は炎に恐れ来た道を逃げ帰っていった

あっさりと…解決…??

炎を消すと人形達の姿はなかった

「ちょっとちょっと勇者様!何故燃やし尽くさないのです!?」

「これではまたやってきますよ!」

町人達の声に困ってしまう

「え、えっと…」

俺だってなんでだろうって思ってるよ

いくら見た目が可愛くても悪い奴は悪い

でも、何故か…そんな気になれなくて

モヤモヤするんだ

町人達に囲まれ困ってるとレイが手を引っ張ってくれる

「疲れてるんだ、休ませてくれないか」

町人達は勇者の俺に無理をさせるわけにはいかないと渋々引いてくれた

そのまま部屋に戻るコトになった


部屋に戻るとレイは窓とカーテンを閉めたどうしても気になる…

いつも引っかかるコトがあると何かあるんだ

そしていつも、そうか!ってなるから…

気付くとレイの顔が近付いていたからビックリして避けた

「さっきの続き」

「っしないぞ!?」

「何故だ?」

「逆になんでってこっちが聞きたいわ!!」

町人達には疲れてるから休ませてとか言っといて!?

本当に精神的に疲れてるっての

「同じ部屋にいて我慢しろと言うのかい?」

「だから別々の部屋にするって言ったんじゃん!!?」

両手を掴み指を絡ませてくるから押し返す

けど、力で負けそうになる

やめてください、ここでレイにやられるワケにはいかねぇ

力では勝てない、そのままベッドの上へと押し倒されて、その時に視界の隅に見えたものに気付く

「んっ…ぁっ…ま、待っ、後で!後でにしてくれ!」

しないって言ったら力付くで来るので、後でって言葉に変えるとレイは一旦力を緩めてくれた

レイとの付き合いも長いからな、なんとなく扱いがわかってきたのかも

まぁこんなの長引かせるだけで解決にはなってないんだが

「…さっきの事が気になるのか」

「うん、あれ見てくれよ」

それに今の俺はさっきのコトがモヤモヤしていてな

俺が指差す先にあるのは、小綺麗なぬいぐるみが飾ってあった

その両隣には桃の花がある

「ぬいぐるみがどうかしたかい」

「さっきの人形やぬいぐるみ達も元々はこの町にいたんじゃないかと思って

それに桃の花」

ぬいぐるみに近付き桃の花を手に取ると、ひらりと花びらが落ちる

「桃の花は厄除け、人形は持ち主の厄を身代わりしてくれる」

「一体何の話だ?」

「俺の前の世界にあった行事だよ

桃の節句って女の子だけのイベントなんだけど

男の俺はあんまりよくわからないんだけど、セリカはお雛様も持ってたみたいだな」

セリカと買い物に行った時に雛人形を見て、懐かしいって教えてくれたっけ

この世界に雛人形ってものはないみたいだから雛人形に似た人形だっただけだが

世界が違うから、俺の考えは違うかもしれないけど

もし同じような感じなら、さっきの古い人形やぬいぐるみ達は身代わりになった子達なのか?

「なるほど」

「ちょっと気になるから出て来るよ」

俺は確かめたくてさっき町人に壊されてしまった人形の様子を見に行こうとした

するとレイに手を掴まれて

「それならオレも行こう、セリ1人で行かせるのは心配だ」

その言葉に俺は思わず振り返った

「心配…?レイが俺を」

何を…心配するって言うんだ…

最近の言動と矛盾してるじゃん…

本当に俺のコト考えてくれてるなら

「…早く行こう」

レイは俺から手を離すと先に部屋を出た

変に気まずくなってしまった俺達はそれから会話をするコトなく、さっきの人形がいた場所まで行くコトになった


さっきの場所に戻ると人形は動こうとするが、身体が壊れてしまい立つコトも出来ない

物に回復魔法は効かないが、その姿に思わず治したくなってしまう

「何か思うコトがあるのかもしれない」

ダメ元で回復魔法をかけてやると壊れた人形が元に戻る

奇跡!?意味ないと思ってやったコトだから驚いたが、もしかしたらこの子達は人形やぬいぐるみの姿をした生き物となったのかもしれない

元に戻った人形の様子を見ていると、とくに襲ってきたりや危害を加えるコトはなかった

喋れないのもあるのか、それでも何かを伝えようとする素振りがある

「言葉が通じないなら話にならないな」

レイは冷たいな、前から他人に冷たい部分はあったけど

しかし確かにこれじゃこの子の言いたいコトが俺にもわからないし困ったぞ

少し様子を見ていると、くしゃみが出る

うっちょっと寒いかも

暖まろうと炎魔法を出したが、人形が恐れて距離を取られてしまった

それは…我慢するしかないな、炎魔法を消して寒さを我慢する

思い付きで出て来たから上着も忘れてきたし

「…すぐ戻る」

後ろからレイの声が聞こえて気配が去っていくのを感じる

きっと、レイのコトだから上着を取りに行ってくれたんだろうけど

前とは違って今はどう受け取ったらいいかわからなくなる

本当のレイはどうなのか…って

「ん?それ…」

目の前の人形は地面に何やら文字を書き始めた

『さいごにあいたい』

俺の読める字を書いてる…?

「さいごにあいたい…?」

声に出すと人形は驚き、さらに文字を書き続ける

『これをよめるにんげんはじめて』

そっか、この世界の文字と俺のいた世界の文字とは違うもんな

この子達が人間に伝える唯一の手段が文字なら、それを読めなきゃ伝えられない

俺が読めると知った人形は一生懸命自分のコトを文字で伝えてくれた

自分達は町に災いをもたらす存在じゃないコト、呪いでもないコト

この町の人達に降りかかる災いを代わりに受ける役目であるコト

「そうなんだ…」

たまたまだ、俺の知ってる風習と似ていた

この人形達を見てモヤモヤしてスッキリしない感じはやっぱり悪いものではなかったから

人形達は代わりに災いを受けるコトを恨んだりはしていないと教えてくれた

ただ、最期に持ち主に会いたい

そして抱きしめてほしいだけなんだと

そしたら、災いとともに炎で浄化されるから…と

「わかった、俺がみんなに伝えるよ」

人形を抱き上げてそのまま抱き締める

みんな大好きな持ち主にこうしてもらいたかったんだ

話せない伝えられない、でもちゃんと心がある

それはいつも俺と一緒にいてくれる勇者の剣と同じものを感じて放っておけなかった

勇者の剣は話せないし動かないけど、いつも俺のために泣いてくれたり心配してくれているって

わかるから

「明日の夜、仲間と一緒にまた来て

次は俺がいるから大丈夫だ」

人形を地面に下ろすと、人形は文字で『ありがとう』と伝えて仲間の下へと帰っていった

きっと大丈夫、ここの町の人達だってあの子達に守られて来たんだ

話せばわかってくれるハズ…

人形を見送った後、後ろから何者かに口を塞がれた

えっ…何!?

急なコトに思考が停止している間に路地裏へと連れ込まれる

「夜の1人歩きは危険ですよ~常識常識」

複数の男達が俺を抑えつけてきた

ま、マジか…!?ふざけんな!!

「昼間から狙ってたんだよなぁ、綺麗な人が彼氏と旅行に来たって」

観光地かここ!?何もないけど!?

ってか、コイツらは俺が勇者ってわかんねぇのか

いや待て、彼氏がいるのに狙うってイカれてるだろ!?

いつもの俺はこういう時、恐怖しか感じない

今だって恐いと言えば恐い

でも…どいつもこいつもって感じで怒りが沸いて来る

こっちはレイのコトで死ぬほど悩んでるって言うのに、だんだん腹が立ってきた

それにコイツらかなり手慣れている

今までも何人も被害に遭ったんだと思うと…許せねぇ

俺の口を塞ぐ手に噛み付くとその痛みに手が離れる

でも手足が抑えつけられて逃げるコトも何も出来ない

ただ相手の頭に血を上らせただけで、カッとなった男は俺の顔を力いっぱい殴ってきた

「この女!!!」

女…そう、今までもこうやって女に手を上げてたんだ

俺はそういうのが死ぬほどムカつく

抵抗したところで敵わないってわかってる

恐いし痛いし気持ち悪いし

でも、その弱い自分が些細な抵抗でも出来たらまだ負けてないって思えるようになった…

俺も成長したってコトだ

セリカに逢って、自分を守るのは自分しかいないんだって

女の子のセリカを守りたい

だから、俺はオマエらには屈しない

男の影を顔に感じる

今度は俺の顔を踏み潰そうとした

抑えつけられた手は顔を庇うコトも出来ない

傷は回復魔法で治るとは言っても、キツイんだよ

こういうの…いつも…

痛くないのに、痛いんだよ…辛いから

まけ…たく……な

「セリに汚い手で触った男は生かしておかない」

影がふっと消えたと思ったら、レイが俺から男を引き剥がしてくれた

「レイ…」

助けに…来てくれるんだ…今でも

それとも、助けた気持ちはなくて他の男に触られるのが嫌なだけ?

俺はレイの行動を今は素直に受け取れず全て疑ってしまうよ

レイの短剣が男の喉元に突き刺さった

なのに、短剣はパキンと割れてしまう

「運が悪いなぁ、彼氏さんよ」

男は本当に運がよかったのか…?

レイの短剣が簡単に割れるなんてありえない

いつもちゃんとメンテナンスはしているのに、戦闘中に壊れるなんてそんなミスをレイはしない

ふと視界の隅に見える

人形の存在が…

まさか人形が…守ってる…?

それじゃ、コイツらにありとあらゆる攻撃は無効?

そんなの……結夢ちゃんみたいな能力…

いや、俺が噛み付いた時はちゃんと痛みがあった

それは俺がこの男にとって脅威ではなかったから?

でも、レイは確実にコイツらを殺せるってコトだから…

「レイ、逃げて」

「セリを置いて逃げるなんて出来るわけないだろ」

レイは使い物にならなくなった短剣を捨てる

この狭い場所で弓は使えない

でも、エルフになったレイは人間の何倍も力が強い

ただの人間なら素手でも殺せる

負ける相手じゃない

「な、身体が…」

「大人しく転んでろ!!馬鹿な彼氏さんよぉ!」

だけど、レイが殺気を向けた瞬間、身体が金縛りのように動けなくなったように見えて男からの強烈なパンチをもろに腹に食らう

どうして…レイが無抵抗なまま…?

これも人形のせいなのか?

持ち主を殺させないようにレイの動きを封じる

すぐに俺はレイに回復魔法をかけるが、それに気付いた仲間の1人が俺に目隠しする

「この女、男だ、勇者だよ」

気付かれた!?しかも俺の回復魔法は視界によるものだってコトも…

俺の回復魔法は目に見える範囲しか使えない

それはあまりに有名だ、瞬間回復は視界全てに有効

弱点は眠らされるコトとこうして視界を隠されるコトだ

「は~?勇者ねぇ、男でもその妙な色気」

布で視界を塞がれ両手も縛られる

何も見えない代わりに音がよく聞こえる

レイが殴られ蹴られ傷付く音が大きく響く

「その前に殺されそうになったんだ

こっちの男を半殺しにでもしなけりゃ腹の虫が収まらねぇ」

他の男も加わり嫌な音しか聞こえない

骨の折れる音、内臓が破裂するような音、とにかく痛い音が響いていく

「レイ!逃げろ!ソイツらのコトを考えなきゃ金縛りは解ける!!」

聞こえてるのか聞こえてないのか、わからないけど叫ぶコトしか出来ない

「嫌なんだよ…もう自分のせいで誰かを巻き込むのは

俺なら大丈夫、誰かが自分の嫌なコトを引き受けるくらいなら自分が受ける方がずっとマシだ

だから……」

なんで俺はレイが助かるコトを願ってるんだろう

もう仲のよかった2人じゃないのに

「セリは…酷いな……」

暗闇の中で俺の膝に頭1つの重さを感じる

そこから滲む血の匂いとともに感触が足に伝う

それだけで見えなくても酷い怪我だってコトはわかる

レイの息もとても小さく感じた

なんだよ…酷いって…逃げろって、オマエの為に言ってるのに

「逃げたら…後悔、する

セリが言ったように、オレもそうだ

最近は傷付けてばかりだけど

本当は傷付けたいわけじゃない……」

……いまさら…何を

死ぬみたいな台詞…そんなの…

「自分の気持ちが抑えられなくなって」

レイは俺の肩を掴み目の前まで顔を近付ける

それはレイの吐息が顔にかかってわかった

動けないハズなのに、意志の強さなのか執念か…

「死にたくない…ずっと傍にいたい

でも…このまま生きてたらずっと傷付ける」

そしてレイは俺にキスをする

「こうしてさ…」

力が抜けていくようにレイがまた俺の膝へと頭を乗せる

………俺は何が正しいのかよくわからない

きっと間違ってる

でも、間違っててもいい…

あの病の村で、俺は周りを見捨ててまでレイだけを助けた

自分勝手でワガママで自分だけが良ければ良いって結果だった

今度は…自分すらも良いとは言えない結果かもしれない

許せないコトだってたくさんある

それでも…俺、ずっとずっと……レイのコト忘れられなかった

良いところばっかり見てて、それにばっかすがりついていた

人なのだから悪いところだってあるのに

それを受け入れなきゃ、何が大親友と言える

レイがそんな関係を望んでいないと知っている

それなら…それなら…俺達だけの関係を考えればよかったんだ……

俺がしっかりしていればレイが暴走するコトもない…たぶん、自信はないけど

「レイの気持ちには応えられないけど、でも…受け入れられるように頑張るよ

だから…生きてほしい」

レイは俺に自分の生死を託したんだ

受け入れないなら死を、受け入れるなら生を

究極の選択をさせるなんて…本当に最近のレイは……

俺は炎魔法で人形を燃やした

持ち主だったコイツらの守りはなくなったコトでレイの身体は自由に動くようになった

でも瀕死の状態で戦えるワケじゃない

レイは俺の目隠しをずらし、俺はすぐに回復魔法を使いレイを復活させる

「嘘…だろぉ…」

そこからはあっという間だった

レイは男達を殺害

いや、やり過ぎでは…と思うけど、まぁレイは殺されかけたし

両手の縄をレイに解いてもらって俺はすぐに灰になった人形の下へ

「…ごめん……君達は持ち主を守るコトに一生懸命だったんだろうけど」

俺も…大切な、人を…守りたかったから

どうしようもない複雑な思いに胸が痛くなった

そうしてレイと俺はとくに会話もなくまた気まずい雰囲気のまま宿へと戻った


「セリ」

部屋についた瞬間レイに名前を呼ばれて身体が強張る

「はい…」

なんとなく身構えてしまい

だけどレイは俺に背を向けたまま話す

「これからも傷付けるって言ったのに」

死ぬって言われたら、なぁ…そっちの方が嫌って言うか…

冷静になった今、本当に俺はさっきの選択でよかったのか不安になってきた

「こんなオレになってまでも、セリは見捨てないでいてくれるんだ」

振り返ったレイの表情は、久しぶりに見たあの爽やかな笑顔

俺はその笑顔にすっと不安が抜けていくような気がした

ずっと…この笑顔が見たかったのかもしれない

レイらしい…レイの笑顔が

「それは…でも、これだけは約束してほしい

俺の周りの人達を傷付けるのはやめてほしいってコト」

少しずつレイが近付いてくる

「それはセリが止めてくれないと無理な話だ

もうオレはオレでも止められない

セリの心も身体も手に入れたくてたまらないから、その為ならどんな事でもするさ」

レイにぎゅっと強く抱きしめられる

やっぱり不安しかない!!

レイの良いところも悪いところも全て…

受け入れられるように頑張る…か…

大丈夫かなぁ…無理かもしんないなぁ…

でも…

「考えとくよ、レイのコト…」

恋人にはなれない、だってレイのコトは大切な大親友

俺に恋愛感情はないもん

だけど、拒もうとしてもレイは俺にこうしてキスをするようになったし求められるようにもなった

「これ以上はまた今度」

肌に触れようとするレイにストップをかける

和彦の名前とか出せないけど、今はレイと体の関係は無理

すでにあるけど今はダメだ

でも、キスはもう慣れたと言うか受け入れてもいいかなくらいに思ってる

これでレイの機嫌が良くなって暴走しないなら安いもんだ

死ぬほど嫌とかじゃないし

少しずつレイのこういうとこも受け入れられる自分がいるのかもしれない

最初はショックすぎてなんか色々…気持ち悪くて……

「もしかして…俺ってビッチ…」

「何をいまさら」

「待て待て!!?今までそういう目で見てたのかよ!?

違う!俺は恋人2人いるけどちゃんと真剣に」

い、いや~…もしかしなくても俺って尻軽なのかも…嫌だあああああ

「香月さんと和彦さんに嫉妬の気持ちはあるが、セリの真剣さも誠実さも理解しているさ

オレが許せないのはあのフェイとか言うセリにちょっかいかけてる奴」

うわ…凄い怒ってる…セリカと一緒の時に衝突したんだっけ

フェイに煽られてめっちゃキレてたって…

「いや!俺はアイツのコトめっちゃ嫌いだよ!?」

恩があるから今回助けたいって気持ちはあるけど、基本はめっちゃ嫌いだよ

ムカつくし意地悪だし、無理矢理犯されたコトもあるし

恐いよアイツ

「セリが嫌っててもセリの事好きな男は沢山いるんだ」

男って言うのやめてくれない?

人って言ってくれたら女も含まれてなんか嬉しい感じするのに、女って選択なくす感じやめよ?

嬉しくないんだけど男にモテても

「後誰だよ!?」

「その辺歩いてるだけで、さっきみたいな」

「あれはモテてるとかじゃなくて犯罪だから!!あれに俺への好意とか一切ないから!!!」

「ふっ」

急にレイは笑みを零す

前みたいな優しい笑みを

「な…何…」

「またこうして話してくれるのが嬉しいんだ」

レイは…卑怯になった

前と変わらない笑顔を見せるから…

やべー典型的なDV男の行動じゃん

でも、俺も…前みたいにレイと話せるのは嬉しいから口元が緩む

「バカだな、レイは」

「馬鹿はセリの方じゃないか、そんな無防備な笑顔見せて誘ってるのか」

なんでだ!?

レイは俺の首筋にキスをするとそのまま吸って跡を残す

「今日はこれで我慢しておくよ」

「ガキかてめぇ!?やめろアホ!!」

この世界の人間でよかったわー

回復魔法使えて跡が消せるのは助かる

こんな目立つとこ外出られねぇもん

まぁこういうのって気付かないコトがたまにあって(気付かないと言うか忘れる)

鏡に見えない部分を和彦にたまに指摘されるんだよな

香月のが残ってるって

あれもめっちゃ恥ずかしくて死ぬレベル

「おやすみ、セリ」

「うんおやすみ…レイ」

そんなこんなで夜が終わる

疲れた1日だったけど、進展はあった

それが良いか悪いかは今は答えが出なくても…



そして、次の夜

俺は人形達の願いを叶えるため町の人達を集め昨日の人形の話をした

「すると、勇者様は持ち主だったわしらに人形を抱き締めてやれと申すや」

「そうです、そしたら人形達は災いとともに炎で浄化されるコトを約束すると」

もうすぐ人形達がやってくる時間だ

町人達は昨日と同じように武装している

来る人形達を壊すためにと

「勇者様や、主は騙されております」

快く受け入れてくれると思っていたら、町人達はみながみな首を横に振った

「騙されている…?」

「抱き締めたら最後、わしらは人形に食われてしまいますぞ」

「俺は昨日人形を抱き締めたけれど食われはしませんでしたよ」

嫌な感じもしなかった

純粋に持ち主に人形として抱き締められたい

その一心だった

「とにかく無理なもんは無理なんだよ!!勇者様はどっちの味方なんだ!!」

「勇者なら人間の味方をしろ!!」

説得は失敗だった

俺は町人達の怒りを増幅させただけで、町外れからはまたあの人形達の足音が聞こえる

「どけ!勇者様がやらないなら自分達でなんとかするしかない!!」

押しのけられ、それに続いて町人達は人形軍団を迎え撃とうとする

よろける俺をレイが支えてくれた

「どうしようもない、もうオレ達部外者がどうにか出来る話じゃないな」

「で、でも…それじゃあの子達は」

俺が人形達の方へ向かおうとするとレイは支えてくれたままの腕を引き行かせてはくれなかった

「セリは優しすぎる

そのせいで自分が傷付くだけだって事をもうわかるだろう

オレを受け入れる選択をするくらいだ

セリはいつも自分を無意識に不幸にしている」

不幸…?俺の選択が…

確かに、これでいいんだろうか?って選択もあったさ

でも、俺は自分が不幸になるって選択をした覚えはない

レイのコトだって、不幸になるなんてそんなの未来のコトなんて自分にだってわからないんだ

「俺は…レイに対しての選択は不幸なんて思ってない

これからだって俺は不幸にならない

オマエのコトだって…不幸にさせないから

、間違ってないっていつか思う時のために頑張るんだ」

レイの力が緩み俺はそのまま人形達の下へと走った

「オレだって…セリを幸せにしたい…さ」

出遅れたコトで人形達と町人達の激突は避けられなかった

次々と壊されていく人形やぬいぐるみ達

俺は昨日話した人形を見つけ、壊される前に庇い拾い上げた

町人は寸前では止まれない

振り上げ下ろしたハンマーは俺の肩を壊した

回復魔法あるから全然平気だよ

自分の回復と他に壊された人形やぬいぐるみ達を治す

「勇者様!?何故邪魔をなさる!!」

「ほら!俺が抱いても何もない!!みんな誤解してるんだ!!

この子達は何も」

俺が抱いていた人形は俺の腕をすり抜け目の前の町人へと飛びかかる

そして小さな体に似合わない大きな口を広げ町人の身体半分を食い千切った

「えっ……」

町人の残った身体半分はその場に崩れ落ち、真っ赤に染まった人形は俺の腕へと戻って抱き付く

なに…なんで…この人は食われて…?俺は…

「ぎゃあああああああ」

「いやーー!!」

他のところからも次々と悲鳴が起きる

見回すと、身体の一部を食われた者、身体の欠片も残らず食われた者、まったく食われずに人形やぬいぐるみが抱き付いてるだけの者

様々の違う様子に俺は戸惑い周りはパニックになっていた

抱き付いてるだけの町人ですら周りが悲惨な目に遭ってるのを見れば恐怖しかない

「どういうコト…」

俺は腕の中にいる人形へと視線を落とす

人形は俺から飛び降りると地面へ文字を書く

持ち主の自業自得の災いは食われる事で返って来る

昨日の貴方を襲った男達も生きていたら食われる対象

「い、えっ…でも、オマエ達は持ち主が大好きで災いを代わりに受けて…」

大好きだから災いを身代わりした

最期くらい大好きな人に抱き締めてもらいたいと思うのが僕達

災いは僕達の意思とは違う

「大好きな人が食われるとわかってて」

人形達は心優しかった

でも、人間と同じ感情や感覚ではない

それは人間以外の種族にも言える同じではない

どっちが正しいも間違いもないけど

ズレてしまうとそれが狂気に感じてしまう

同じ人間でも、他種族であってもありえる

それは君達から見ても俺がおかしいってコトだ

最期は抱き締めてもらいたい

それが例え大好きな人が悲惨な末路になっても

見返りがほしい

「いや…そうだな、愛したら愛されたいと思う

俺も同じだもん」

今の俺はもしこの子達の立場なら大好きな人のために1人で死ぬコトを選ぶかもって考えるけど

実際そうなったらわからない

最期まで…愛されたいってワガママになってしまうかもしれない

最期だからこそ…思うコトなのかもな

それに食われるってコトは悪事を働いたってコトだから自業自得でもあるか

その時に受けなかった罰が今返ってきただけ

人形は最後にメッセージを残した

『これでこころのこりはないあなたのほのおでねむります

ありがとう』

と書き終えた人形は俺に飛び付いて抱き付くから俺は最後にぎゅっと抱き締めた

気付くと目の前には人形やぬいぐるみ達の行列が出来ていた

みんな大人しく最期を迎える覚悟だと言う

災いとともに、大好きな持ち主を守れて満足そうにして

「勇者様…僕達は間違っていたんですね」

一部を食われてしまった人達を回復魔法で治すと反省の色を見せた

「僕は万引きをした事が何度かあって、手を食われた時に自分の罪に気付きました」

「私も食われた事で心当たりが…」

「これからはいつも守ってくれる人形やぬいぐるみ達の最期にちゃんと抱き締めてやれる人間になれるよう心を入れ替えます」

残った人々はみんな過去の行いの痛い思いを持ちながらも前を向いていくコトを誓ってくれた

「大丈夫、人は良い方に変わるコトが出来るから

みんな失敗や悪いコトだってしてしまったりする、俺もそうだから

でも明日は今日より良い自分になれたら

それでいいんじゃないかな

人間だから生まれてからずっと完璧に良い人間ではいられないよ」

俺も良い人間とは言えないから

過去は変えられないし、それならこれから変わればいい

まぁ…それでも出来ない時もあるんだけど

何度だって乗り越えて成長していかなきゃならないんだろうな

「勇者様…」

俺の作り出した炎の中に人形やぬいぐるみ達が次々と飛び込み眠りへとつく

最後に俺の腕の中にいた人形が、とんっと飛び込む

その光景に町人達は人形達に感謝をする

これからもこの町は続いていく

食われる奴も出て来るだろう

でも変わったコトは、壊されてしまうんじゃなくて最期は抱き締めてもらえてサヨナラが出来るコト

人形達にとって幸せな最期を迎えられるように町人達は努力するだろう

町人達は俺の炎は消さずにずっとこの町に置いてほしいとお願いされた

人形達が俺の炎で眠るコトを望んでいると言うのだ

もちろんいいよ



そんなこんなで町とお別れするコトになり、俺達は町人と町人が抱く人形やぬいぐるみ達に見送られながら去ったんだが…

「何処に行くつもりなんだ」

「……へっ!?何も考えてなかった!?」

レイの質問に俺の足はどこに向かうのか

このまま町に引き返すのも恥ずかしいし

「光の聖霊からはまだ何も連絡がねぇしな」

「セレンの国でも見に行くかい」

「それ!いいね!セレンには女神としてまたシャキッとしてもらわないとだもんな」

「あの頃からシャキッとしてたかは…」

出会った頃から腐ってたような気がするな

まずは偵察と行くか

セレンの国には少し前までは魔族に支配されてたけど、今は弱体化した魔族から別の勢力に奪われてんだっけ?

「またセリと2人で旅が出来るなんて嬉しいよ」

「おいおい、忘れたのか

オマエは俺を人質にとってイングヴェィから逃げてるって形だろこれ」

しかし、イングヴェィならすぐに俺を助けに来てくれると思ったんだけど…放置?

「イングヴェィさんは邪魔な存在だけど、セリが隣にいるなら今は見逃してやるさ」

こえーコト言ってんぞ…

でも…よかったのかもしれない

レイと少しずつだけどまた前みたいに戻れるかもって期待してる

もうレイには俺の大切な人達を傷付けさせたりはしない

そしたらまた…嫌だから

俺はどっちなんて選べない

それならどっちも選ぶ俺がなんとかしなきゃダメなんだ

大丈夫…きっと

きっとバランスが取れる良い関係が見つかるハズ

そのためには今はレイと一緒にいるのがいいんだろう

大丈夫…大丈夫…きっと



-続く-

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