119話『自分を救うためのはじまり』セリカ編

和彦の屋敷の前まで来るともうすっかり夜になっていた

正直眠い

「何処に行くんですか」

そのまま和彦の屋敷へと向かおうとしたらフェイに首根っこを掴まれた

「えっ!?フェイが和彦にもう一度会えって言ったのに止めるって!?」

「何も考えなしですか?本当に貴女って人は」

溜め息をつかれた

いや!?何か考えがあるなら道中で先に話してくれてもよかったのでは!?

「セリカ様、そのままでも…まぁ構いませんが…確かめたい事があるんです」

そう言ってフェイは変装一式を私に渡してきた

「セリカ様ではなく、セリ様になってください」

そしてフェイは私が木の影で隠れながら着替えてる間に試したい事の作戦を話してくれる

…なるほど、確かにそれは試す価値ありね

「いけますか…セリ…」

木の影から出てきた私をみてフェイが言葉を失う

「ん?どうしたのフェイ?」

「あっ…いえ…なんでも」

ふーん…うふふ、ちょっとからかっちゃおっと

「どうしたんだフェイ?」

私は甘えるようにフェイの腕を掴んで身体を寄せてみた

「えっ、気持ち悪いです」

「なんで!?」

思ってた反応と全然違う!?もっと照れて小学生化すると思ったのに

「セリカ様!ふざけないでください!!

セリ様はそんな甘えた感じで私にすり寄ったりしないです!

私をゴミを見るような目で見て避けて、私が近付くと怯えながらも吠えてくる

そんなセリ様を…本当…今すぐ犯したい……!!」

やべー…コイツ…私が関われるレベルじゃねぇ……

「そう!その目ですよ!!

私が抑えつけると、必死に抵抗するんですよ

その非力な腕で、それがまた可愛くてたまらないんです

敵わないと悟った諦めの絶望した顔も悔しくて泣く姿も…何もかも……

私の全てを満たしてくれる…」

帰ろっかな

興奮したフェイの話を聞き流し私はさっさと和彦の屋敷の前へと足を進めた

「って、セリカ様!1人では危ないでしょう」

「今はオマエが1番あぶねーわ、近付くな」

気を取り直して、フェイと私は和彦の部屋へと向かった


和彦の部屋の前まで来てノックをする

「セリ様…怖くないんですか?そんなあっさりと」

「怖いに決まってんだろ、なんでもっかい好きな奴に面と向かって振られなきゃなんねーんだよって思うよ

でもな、オマエが言ったんじゃん」

「…………。」

「あれは和彦じゃないって、信じろって

それに今はオマエが隣にいてくれるから平気だ」

「セリカ様、セリ様はそんな事言いません

私の事はゴミと思ってます」

細かいわね!?

平気なのは半分本当、和彦に振られて、香月を殺してしまって、レイを失って

私には何もないと絶望した

でも私にはユリセリ達がいる

フェイはまだ今日会ったばかりだけど、話しているとわかる

セリくんは嫌な思いが強くてフェイのコトちゃんと見れてなかったけど、フェイは意地悪な奴でもちょっぴり良い奴

だから私はここに立っていられる

半分は怖いよ…

だって、和彦のコト今でも大好きだから…

他の女とイチャついてるとこなんか…見たくない……

部屋の中から和彦の声でどうぞって返ってきて、フェイと私はそのドアを開けた

和彦は私の姿を確認すると、隣に立たせていた女を引き寄せて見せびらかすようにキスを始める

あー……キツい…これはキツい…

「和彦、もう一度話をしに来たんだ」

「ん?よりを戻してほしいって話か?ないと言ったはずだ」

それでも自分を奮い立たせ、和彦を見据える

「いいから、来いよ」

「セリくんが俺に来いなんて、生意気だ」

女から離れて和彦が私に近付く、私も和彦に近付く

「元気か?」

目の前に和彦が立つ

「世間話しに来たのか?」

「そうだよ、たまにはいいだろ」

「いいよ、座りな」

そう言った和彦はソファに移動し、私も向かい側のソファへと腰を下ろす

和彦の隣には美女、私の隣にはフェイ

奇妙な面子となっている

今の和彦を間近で見てみたけど、これと言って変わったところはなかった…

でも…なんだろう……何か、違和感がある

和彦じゃない…って思いがある

それは私が信じたくないだけか?

「どうぞ、世間話を」

「魔王を殺したよ」

「さすが勇者様、簡単に魔王を倒せる力が羨ましい」

「人事だな、魔王とオマエと俺で3Pした仲じゃないか」

「……羨ましいー…私もその中に入れてくれませんか、今度」

小声で願望を漏らすフェイの足を踏んだ

オマエは香月と和彦の2人から攻められる恐ろしさをわかってないからそんな呑気なコトが言えるんだ

そこにオマエが加った俺の身にもなってみろ

壊れて死ぬわ

「もうオレには魔王もセリくんも関係ない

世間話ってのはそんな昔話?」

「いや、もう世間話は終わりだ

俺を見てなんとも思わないのか、和彦?」

ふっと私の口元から笑みが漏れる

「何が?」

よかった…あぁ、よかった

「オマエが和彦じゃなくて」

「はい?現実が辛くて壊れたか?」

ソファから立ち上がり私は高笑いする

「知らなかった?偽者さん

和彦はね、セリくんと私の違いを一発で見分けられるのよ

それから、和彦は魔王のコトを魔王なんて言わないの

香月って呼ぶの、それも知らなかったみたいね?」

「なっ…」

フェイの作戦が成功した

なんとなくあった違和感も、これでスッキリした

セリくんは気が動転してこんな簡単なコトに気付かず見抜けなかったけど

私にはすぐわかったわ、だって最初からコイツ変なんだもん

和彦じゃないわ…こんな奴

「ふざけるな!もうセリくんと話す事はない!出て行っ」

目の前の偽者の胸倉を掴み引っ張る

「ふざけるなってのはこっちの台詞なんだよ、おい」

死ぬほど腹立ったぜ、オメーによ

自分でもどっからこんな力が出るのかと思わんばかりの拳で偽者の顔を殴る

「ひっいぃ…ご勘弁をを」

すると、和彦の姿をした偽者は本来の姿に戻る

全身真っ黒な弱々しい姿の低級悪魔…か

こんな雑魚に俺は騙されて、まんまと踊らされてたってのか…クソ

こんな…こんな…くだらない騙され方して…傷付いて……

バカだ、俺…和彦のコト愛してるならなんで見抜けなかったんだ……

こんな簡単なコトに…それで自暴自棄になってめちゃくちゃになったら本当にただのバカじゃねぇか…

バレたコトにビビった美女も姿を悪魔に変えて窓から逃げようとした所をフェイに捕まった

「おい!誰の差し金だ!?答えねーと殺す」

この低級悪魔が個人的に動いたとは思えねぇ

「白状します!しますぅ!!人間ですぅ

大神官タキヤって奴がうちのボスと手を組んでその関係で

勇者を自殺に追い込むとかなんとかで、わしはただ言われただけの事を、ぐおっ!」

もっかい殴って黙らせる

タキヤ…あのクソ粘着野郎……やりやがったな

「そうか、じゃあ次の質問だ

本物の和彦はどこにやった?

オマエなんかに負けるとは思えねぇ」

この俺が一方的に殴れるほど弱い悪魔に和彦がやられるワケがない

それなら本物の和彦は……

「穴ですぅ…穴」

「穴?わかるか!わかるように喋れ!!」

また手に力を込めると悪魔はヒッと声を上げて縮こまる

でも、俺の腕はフェイに掴まれ止められる

「セリカ様、お止めください」

「あっ……」

あっ…そうだ、私は…セリカだ…

セリくんだけど、私はセリカなんだ……

「怖いです…セリ様に見えて、セリカ様が消えてしまいそうで」

そう言われて、私はふと思い出した

妄想かもしれないけど…イングヴェィの言葉を

セリくんは私、私はセリくん、自分だけど

別々に存在するのには意味があるからって

一緒になってはいけないって……

「やめましょう、自分の真似をするのは」

そう言ってフェイは私のウィッグを外して私の長い髪を整えてくれる

「ご、ごめん…」

「いえ、私がさせてしまった事です

申し訳ありませんでした」

フェイが私を落ち着かせている隙を見て低級悪魔は逃げ出そうとするのを私は見逃さず尻尾を掴み引きずり戻した

「何処行くねん?まだ終わってないぞ?」

「すみません!すみません!!すみません!!!」

尻尾を持ち上げ逆さずりにしてもう一度聞く

「穴ってなんのコトかしら?」

「やめてーー!!これ以上ダーリンをいじめないで~~!!穴と言うのは鬼神の牢獄と言われる穴の事よーーー!!」

殴るつもりはないけど、脅しによく効くから殴るフリをするとフェイの捕まえていた女の低級悪魔が泣き叫ぶ

「ハニー!!わしは大丈夫じゃ~!ハニーを残して死にはせんからな!!」

「ダーリン!熱い男!愛してるわ!!」

イラッとして私はダーリンの尻尾を持ったまま思いっきりテーブルに叩きつけた

「あのさ、愛をわかってるなら

どうしてセリくんにこんな酷いコトができたの?」

それが凄くムカついた…

愛を語るなら…愛を踏みにじってほしくはなかった

「ダーーーーーリーーーーン!!!???」

「ボ、ボスに逆らえなくて…逆らったらわしら殺され……」

尻尾を投げ捨てた

「確かに、納得した

オマエ達は自分達の愛を守るために必死だった

なら、許すわ」

「セリカ様、甘いですね…」

呆れながらも笑ってくれるフェイ

私はダーリンの怪我を回復魔法で治してあげた

「ははははー女神様~~…」

「女神様~」

ダーリンとハニーは私を崇める

悪魔がそんなコトしていいのか……

「で、話を戻すけど

鬼神の牢獄って穴って何かしら?」

正座はしているが、2人はお互いの顔を見合わせながら迷っている

「話したらボスに殺され…」

「今私に殺されるか、この後ボスから逃げて生き延びるか、どっちがいい?」

ダーリンの頬を真顔でペチペチと叩く

「ボスから逃げてハニーと2人で田舎で静かに暮らしたいと思いまーーーす!!」

「そうよね?幸せになりたいわよね?」

偉い偉いとダーリンの頭を撫でてあげる

「鬼神の牢獄、ですか…」

「知ってるの?フェイ」

「いえ…聞いた事があるくらいで詳しくは

ただ…名前からもわかるようにかなりヤバい場所みたいですね…」

確かに…

少し沈黙が続くとハニーが得意気に話し出す

「鬼神の牢獄の話、知ってるから話してあげる!」

「ハニー!?博識!!惚れ直した!!」

「やーんダーリン!今夜は寝かせないで(はぁと」

「もちろんだよ、ハニー(はぁと」

早く話せよって睨み付けると2人は離れてハニーは咳払いする

「鬼神の牢獄、この世の果てにある大きな穴の事

この世界にはじめて神がやってきた時の話よ

その前からこの世界には鬼神がいたとされているの

でも、はじめてやってきた神が自分達以外に神が存在する事を許せなかったの

元々好戦的な鬼神は売られた神の喧嘩を買って決着をつけようって話になったのだけど

神はまともに戦う事はせず、鬼神を誘き出し這い上がる事の出来ない大きな穴へと突き落とした

それが鬼神の牢獄と言われる場所」

ずっと昔のおとぎ話みたいなものだから、実際にその穴に鬼神がいるかどうかはわからないけどとハニーは語ってくれた

悪魔の間ではそう伝えられているけど、人間や他の種族にはどう伝わってるかわからないと言う

共通する話は、鬼神が穴の中にいる、それが鬼神の牢獄と言われる場所らしい

「底の見えない穴よ、落ちたらまず生きていられないでしょうし

運良く生きていたとしても鬼神に食い殺されてるでしょうから、どっちみちあんたの男はもう死んでるって事に違いない」

「どんまい!」

和彦が死んでいるとハニーの言葉に合いの手を入れるダーリンをまた掴み持ち上げる

「そんな場所に和彦を突き落としたって言うの!?」

「こ、殺される……」

ダーリンの首が締まってどんどん顔色を悪くしていくが、私はそんなコトより和彦が死んでるかもしれないコトに気が気じゃなかった

「ダーリンを離しなさいよー!この女ぁ!!」

でも、私の腕を下ろさせたのはフェイだった

「セリカ様、殺してはなりません

その悪魔に鬼神の牢獄を案内させるのです」

「行って…どうするの……和彦は…もう」

とりあえずダーリンを離すと地面を転がりながらハニーの傍まで避難している

香月も失って…和彦まで失うなんて……そんなの…もう……立ち直れ…な

「セリカ様!!何を弱気になっているのですか?」

俯きそうになる私の顔を無理矢理引き上げる

「和彦様がそんな事で死ぬなんて、本気で思っているんですか?」

「フェイは和彦のコト…なんだと思ってるの…

いくら和彦でも、人間なのよ?

底も見えない穴に落ちたら死ぬのが当たり前!それが人間!

万が一助かったとしても、鬼神のいる場所に逃げるコトも出来ないのに……

生きてると思う方が、おかしいでしょ!?」

「生きていますよ、和彦様は」

………なんで、フェイはわかってくれないのよ…

「わからない人ですね、本当に和彦様の事が好きなんですか?

いいから、来てください

貴方の好きな人は、貴方の恋人は、こういう人なんだって知ってください」

フェイは私の腕を引っ張り連れ出す

ダーリンとハニーを従えて

私は…そういえば、和彦のコト…あまり知らないのかもしれない

知らないコトの方が多い

付き合いは長いと言っても、和彦は自分のコトをまったく話さないし

正直、何してる奴とか…フェイ達のコトとか、仕事とか、生活とか、なんにも…なんにも知らないや…

なんとなく真っ当な人間じゃない危ない奴だなって感じるだけで

和彦のコト知らない…

知りたいと思ったコトもないから、知らなくて当たり前なんだ

ただ、愛されてる、それだけで満足で

他に何もいらなかったから

好きなら、ちゃんと知らなきゃいけないか?

違う…そういう話じゃない……

好きだから、生きててほしいって…思うんだ

無事でいてほしいって祈るんだ

心配なんだ、何も知らなくても、和彦が好きって気持ちだけはここにちゃんとあるから

それだけで、いいんだ

それが和彦と俺の関係なんだから



ダーリンとハニーに案内されて、フェイと私は鬼神の牢獄と呼ばれる巨大な穴へとやってきた

世界中の全てを知っているワケじゃないから、いつも想像以上のコトに出くわすとただただ驚いてしまう

先も底も見えない、暗闇だけが続くこれをもう穴と呼べるのかどうかもわからなくなるほどの真っ暗さ

「オマエちょっと様子見て来なさい」

「えっ!!!??」

ダーリンに言うとマジ!?って顔をされる

「だって、オマエは飛べるんでしょう?なら行って帰って来れるでしょ」

「行ったら帰って来れませんよ!?鬼神に食われて終わりですから!?」

「今私に殺されるか、必死に鬼神から逃げて生きて帰って来るか…どっちがいい?」

「いってきまーす!!」

ちょっと脅すとダーリンはすぐに素直になってくれる

勢いよく返事をしたダーリンの身体が真っ二つに割れて地面へと崩れ落ちた

「はっ……」

すぐに理解が追い付かずダーリンから目が離せない

「っっいやーーーー!!!ダーリン!!」

ハニーの悲鳴が聞こえて顔を上げると、悲鳴が途絶えハニーの身体が真っ二つになる瞬間を目の当たりにする

「セリカ様!?」

すぐに反応するフェイが私を守るように背にやる

遅れて私は自分達が敵に囲まれているコトにようやく気付いた

「裏切り者の悪魔共は始末しましたかね」

敵の中心にいるのは、粘着体質の大神官タキヤ

そしてその隣には…大悪魔シンの姿があった

タキヤの言葉にシンが頷く

ダーリンとハニーを追って私を見つけたか

「これはこれは小娘、まだしぶとく生きてるんですねぇ」

「神に仕える人間が、どうして悪魔と一緒にいるのかしら?」

最初からそんなの信じていないわ…

コイツは自分の目的の為なら手段は選ばない

神に逆らってでもありとあらゆる罪に手を染めてでも自分の欲望を叶えるような男だって知ってた

それでも自分は神の僕と言うのだから、何も言えないわ

「貴方を追い詰める為なら、何でもしますよぉ?

悪魔に騙された気分はどうですか?早く死にたくなりませんか?」

わかってた答えが返ってきただけね

「あの小僧がしぶとく生きていられるのも、この小娘の存在が邪魔ですねぇ…

そうですねぇ…どうしたら立ち上がれないほどの絶望に陥って……」

タキヤは考える素振りを見せながら気付いたようにフェイへと視線をやる

「また新しい男といるようですね、この尻軽は」

なんでそうなる!?オマエに異性の友達はいないんか!?

「……そうだぁ!!」

何かを思い付いたようにタキヤが叫ぶとフェイと私の立っている地面が突然大きく割れた

「あっ…」

ふわりと身体が浮かぶ感覚と私の名前を呼び手を伸ばすフェイの姿が目に映る

「セリカ様!?」

タキヤとシンの声が少しだけ聞こえる

「何をしてるんですか貴様は!?馬鹿ですか!?」

「小娘にさっさと死んでほしそうだったから鬼神の牢獄に落としてやった、感謝しろ」

「バカたれ!!?僕はあの小僧の死に方にこだわってるんですよ!?何度説明すればわかるんですか!?」

急に仲間割れがはじまったけれど、その会話を最後までは聞けなかった

フェイと私は2人して深い深い谷へと落ちていく

鬼神の牢獄…和彦のいる場所

どうなるかわからない、何があるかわからない

そもそもこの高さから落ちたら即死?

それが頭に過るだけで、私は死の恐怖を感じる

まだ、まだ…私は、死ねないのに

この希望がある限りは…

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