118話『2つの寄り道』セリカ編

目が覚めた私は、憎しみも苦しみも悲しみも…辛い感情は何もかも綺麗になくなっていた

記憶がなくなったワケじゃない

思い出しても、辛い気持ちにならなくなった感じでとても不思議な感覚

どうしてなのかはすぐにわかった

私の憎しみも苦しみも悲しみも、全てセリくんが背負ったんだってコトに

自分なのに…どうして全てを2倍も背負うんだってしんどいコトなのにって責めたいところだけど

それもわかってるわ…だって、セリくんは私だもの

最後の希望を私に託したのよ

大丈夫…私は死なないわ

諦めない、今度こそ運命に抗って変えてみせる

もう同じ運命の繰り返しなんて、絶対に嫌

それじゃ、さっそく…動きますか


出掛ける準備をして、自分の部屋を出ると何やらエントランスが大量のダンボールでスゲー狭くなっていた

どうした…これ

「セリカ様!セリカ様!!大変ですわ!!」

ドタドタと珍しく慌てているセレンが私にすがりつく

この大量のダンボールのコトかと思いきや

「どうしたの?萌え要素がなくなって枯れそうとか?」

「それは大丈夫ですの!相思相愛のレイ様とセリ様が裏切りからのなんやらかんやらと言った最高の萌えシチュエーションで、お肌の調子は過去最高ですわ!!」

コイツ、自分が萌え腐れれば私の苦しみとかどうでもいいんだろうな…本当に女神か?

まぁいいか、他人の趣味を否定する気はないけど…

ちょっとは配慮してくんねぇかな!?本人目の前なんだよ!?それ今スゲータブー

ってか、まだ誰にも話してないのになんでその事情知ってるんだ?こえーよ

「大変なのは、お金がありませんのよ…」

「えぇ…!?暫くはやっていけるお金があったハズなのに」

「次のイベントに出す新刊の印刷代に全部……」

笑いながら目を逸らしたわね…

「もう、セレンはいつまでもセレブが抜けなくて困るわ

仕方ない…ユリセリに甘えてお金を貸してもらいましょう

私が稼いで返すわ」

「そう思って使った部分もあるのですが」

最悪だよこのニート!?!?!?

「ユリセリ様もお金が尽きてしまったと…」

「はぁ!?あのユリセリが!?捨てるほどの財産持ってたのに」

セレンと騒いでいると聞こえていたみたいでユリセリがダンボールの迷路から私達の下へとやってくる

「すまないセリカ、つい調子に乗り買い物をしてしまい財産を失ってしまったのだ」

買い物ってこのダンボールの山??一体なんの買い物を…

「しかしだ!セリカ!!聞いてくれ!」

「はいはい、一体どんな言い訳を聞かせてくれるのかしら」

ユリセリは近くにあったダンボールの中から瓶を取り出して私に持ってきた

「これは魔法の水だと、訪問販売の人が言っていたのだ」

あっ、騙されてる人だ

どう見ても普通の水、開けて少し飲んでみたら無味無臭

完全にその辺の水を汲んできただけだなこれ

「ユリセリ…これはね」

そもそもユリセリは調合が得意で好きなハズだ

こんなもの買わなくても、魔法の水なんて作れるのに

「どうだ?セリカ、元気出たか?」

「えっ?」

ユリセリは私が飲んだのを見て目を輝かせて笑う

クールなユリセリが笑顔を見せるのは珍しい…美人だな

「大切な友…とも…ともだちが…元気ないと話したのだ…」

照れながら言うユリセリが死ぬほど可愛い

守りたいこの生き物

「そしたら訪問販売の人がこの魔法の水を飲めば凄く元気になると言っていた

ずっと私は心配する事しか出来なかったが、この水を飲んでセリとセリカが元気になってくれたら

………凄く…嬉しいぞ……」

はい可愛い!!!!

「ユリセリ……」

普通に感動した

ユリセリの気持ちが凄く嬉しかった…

「ありがとう…ユリセリ、元気出たよ

ユリセリ、大好き」

思わず勢いよくユリセリに抱きつく

私、昨日まで全然周りのコト見えてなかった

ユリセリがこんなに心配してくれていたなんて、胸がいっぱいであったかいよ

しっかりしなきゃ私…大好きな友達に恥じないような生き方をしなきゃ……

「よかったぞ…セリカ」

自分の財産を全て差し出しても私の為に…本当に感謝しかない

だから私は、そのユリセリの純粋で一生懸命な気持ちを利用した詐欺師をしばきに行くわ

「それじゃあ元気になったコトだし、出掛けるわ

ユリセリ、セレンと光の聖霊を引き続きヨロシクね」

「セリカ、1人で出掛けるのは…」

また何かあったらとユリセリは心配してくれる

でもね、ユリセリがここから離れるワケにはいかないの

セレンと光の聖霊を守れるのは貴女しかいないから

「大丈夫、もう私は何があっても心だけは負けないから」

「セリカ様、お土産楽しみにしておりますわ♪」

「オマエはまず現実を直視しろ!!」

ユリセリに見送られ、いつものセレンをかわして玄関のドアを開けるとバッタリと会う

ちょうどベルを鳴らそうとしていたフェイに……

「うわーーー!?!?」

反射的にドアを閉めて鍵をかける

「どうなさいました?セリカ様?」

「やべー奴がいた…」

私はセリくんからよく聞かされていた

フェイがどんな男かを…

前の世界でフェイに何をされたかとか、だからアイツには近付くな気をつけろって強く言われたわ

「人の顔を見るなり悲鳴と拒絶とは傷付きますね、セリカさん」

鍵を壊して無理矢理入ってきた

「何当たり前のように壊して入ってきてるのよ!?悲鳴も拒絶も自業自得でしょ!?」

「まぁ落ち着いてくださいよ、私は恋人のいない今の貴女には興味ありませんから」

「はぁ???」

「知ってるでしょう、私は寝取りフェチなんですよ」

私の周りには頭のおかしい人しかいないのかなぁ……

フェイはニッコリと笑った後、私の前に跪き真剣な表情で見上げる

こんな表情…はじめて見た

セリくんの目を通して、わかる…フェイは本気だ

「この腕を治してください」

右手で左肩へと触れる、その先は前の世界で和彦に切り落とされてなくなったと聞いている

「貴方を寝取るなら残りの腕を失っても構いません

ですが、貴方を助ける為なら失った腕が必要なんです」

「フェイ……」

「セリ様…まだ終わってはいないのです

和彦様のところへ行きましょう」

和彦の名前……聞くのは辛い

セリくんの悲しみに突き刺さる、苦しみに向き合わないといけない時

目を逸らしたい、耳を塞ぎたい

でも……それじゃダメだ

運命を変えるなら、諦めるワケにはいかない

「わかっ………た……

フェイ、和彦のところへ連れて行って」

私がフェイの左肩に触れるとユリセリに止められる

「セリカ、その男を信じると言うのか?

その男はお前を……」

心配してくれてるのが伝わってくる

でもね…大丈夫、大丈夫よユリセリ

「フェイは酷い男よ、でも和彦と同じで嘘を付かない……知らんけど

ううん、信じるわ

だって和彦が殺さなかった男だもの

それだけで信じるに値する

私はフェイじゃなくて和彦を信じたのよ」

ユリセリは少し驚いた顔をしたけど、私の自信に満ちた笑顔に頬を緩めて何も言わないでいてくれた

「セリカがそこまで言うなら…

気をつけて、行ってくるのだぞ

いつでもお前が帰ってくるのを待っているから」

「セリカ様、いってらっしゃいませ

セリカ様が帰ってくるまでに光の聖霊様をボーイズラブに入信させますわ

この女神セレンの名にかけて!!

女子でホモ嫌いな人はいませんものね!」

「せんでいい!!やめてやれ!」

セレンがいつも通りなのは、それも心配の表れなんだと思う

セレンがボケ(ガチ)ると私もいつも通りツッコミせざるおえないものね

結構、気が紛れてありがたいのよ

ユリセリもセレンもありがとう

私、ちゃんと帰ってくるね

「さぁ、行くわよフェイ」

もう一度フェイの左肩を叩き、回復魔法で左腕を再生する

「セリカ様…いつか寝取ってみせます!

早く恋人作ってくださいね」

「ありがとうございます!って言えや!?」

今恋人いない自分にめっちゃ感謝

ユリセリの屋敷を出るとフェイは不思議そうに私の隣を歩き眺める

「不思議ですね、セリカ様とはほとんど関わりがなかったのにずっと昔からの仲を感じます」

昔からも今も仲良くないけど

「本当に貴女はセリ様なのですね……」 

じろじろとまじまじと私を上から下まで見るフェイ

私はピタリと足を止めてフェイに向き直る

「フェイって…本当はセリくんのコト好きなのね」

「………。」

見上げる私からの思わぬ言葉にフェイはまばたきも忘れて固まってしまう

だけど、徐々に私の言葉の意味を理解したのか顔がだんだんと赤くなっていく

「はっ!?!?な、なんでオレがあんなザコすすす好きとか!?ありえないし!!!??」

反応が小学生か!?予想外でこっちがビビるわ!!

一人称も口調も変わって顔にまで書いてたらもう正解言ってるようなもんだわ

「セリくんってモテモテよね~(男ばっかとか嬉しくない)うんうん」

「勘違いすんなよな!あんたみたいなのを自意識過剰って言うんだよ!?嫌いだし!あんたみたいなザコ!!」

クス、いつもやられっぱなしだからたまには私が優位に立って仕返ししちゃおっと

「寝取るなら誰でも良いとか言ってるけど、それなら今は恋人のいないセリくんに興味なくなるハズなのに

和彦とより戻せって言ったり、私に会いに来てまでどうにかしたいって

めっちゃ好きじゃん?好きすぎて仕方ないのね~

もっと優しくしてあげないと本当に嫌われちゃうよ?」

「くっ……うっ……別に…オレは…セリ様の事なんて、嫌いだって……言ってる……」

私から目を逸らして最後の方は消えそうな声になってしまっている

面白いけど、あんまりやり過ぎると泣きそう

今にも恥ずかしさと照れさマックスで気持ちが爆発してしまいそうに見える

「はいはい、わかりましたよ

フェイはセリくんのコト嫌いなのね、ちゃんと伝わったわ」

「ち、ちが…嫌いじゃなくて…普通……いえ普通よりは………」

「聞こえないな~??」

「……嫌い…だ…」

嘘つき、顔に大好きって書いてるのに

困るよ…好きなんて…

その気持ちに頼って助けてもらおうなんて、よくないじゃん……応えられないのに

やっぱり一緒には行けないな…これからきっと大変なコトに巻き込んでしまう

危ない目だって…

「嫌いですよ、セリ様の事なんて…

だから私は貴方に酷い事をする、傷付けもする

それでしか…私は満たされないのです

好かれようなんて思っていません

和彦様とよりを戻したらまた寝取りますよ

沢山苦しい事も悲しい事も辛い事も痛い事もするでしょう

私は私の為に、貴女に協力するんです

自分の欲望を満たしたいだけの為に、今貴女を助け守る」

私は顔に出ていたのかもしれない

それに気付いたフェイは私の手を掴み逃がさないように引き寄せる

「だから、貴女も私を心配したりしないでください

利用してください、この最低で最悪な男を」

………バカね…そんな酷いコトを言っても、本当はちょっとだけ良い人だってわかるよ

きっとフェイはこれからだって言った通りのコトをするだろう

それでも…なんて言うか……悪い奴じゃないって感じる……

だからフェイのコトは大嫌いだけど、憎くはないんだ……

……いや、思い出したらやっぱスゲー嫌いでムカつくかも

「ふん、そうね

私はオマエのコト嫌いだもの、心配するなんて無駄だったわね」

「言っててください、また泣かせてみせますから」

言葉では突き放して、でも受け入れたコトにフェイは今日会って1番の笑顔を見せた

「それじゃあ、行くわよ」

また私が歩みはじめるとフェイは私の腕を掴んで引き止める

「そっちの道は違いますよ」

和彦の屋敷はあっちとフェイは反対方向を指すが、私は掴まれていない方の手で名刺を取り出す

「あっちの道へ行く前に、2つ寄り道したいの」

ひとつは、この名刺の行き先

ユリセリを騙した詐欺師からお金を返してもらうのよ、返品するわ

この名刺が正しく書かれてるとは限らないけど、何か手掛かりはあるかもしれない

ユリセリの気持ちを利用して騙し取るなんて許せないわ

まぁ…あれはただの水だったけど

ユリセリの気持ちで私は元気を貰えたから、全てを否定はできないかも

でも、全財産は困るから返品させてもらうわね

フェイと一緒に私は名刺の書かれてある住所へと向かう

それほど遠くはなかったけれど、町外れにある人気のない場所にあった

「すみませーん!!」

勢いよく入っていくと数人の男女が大量の札束や金貨など金目のものに埋もれながらそれらをやらしい顔で数えていた

「えっセリカ様!?何の作戦もなしにですか!?」

あら、そうよ?単刀直入に

「返品したいのでお金返してください」

しかないでしょ?

フェイは予期せぬ私の言動に少し驚いているようだが仕方ないなと隣にいてくれる

私の声に全員がこちらへと鋭い視線を向けた中から、1番奥にいた仮面を貼り付けたかのような笑顔の男が出てきた

「よくいらしてくれました、お客様」

「へー、これはまた綺麗なお嬢さんを騙したもんだ」

仮面笑顔の男に続いてフェイと私を囲むように数人の男がやってくる

その後ろで女は金目をかき集めて遠くから私達を見ている

「当然でしょ、見目麗しい女じゃなきゃ高値にならないじゃない」

なるほど…こうしてユリセリを罠にはめるつもりだったのね……金だけじゃなく身も狙っていたとは

「察しの良い娘ですね

その顔、自分がこれからどうなるかわかってらっしゃる」

仮面笑顔の男は一歩前に近付き私をじっとりと見つめる

「返品には応じないってコトですか?」

「お金返した所で使えないでしょう?

泣き寝入りしていればそれ以上の不幸にはならなかったのに

たまにこうしてのこのこ返品に来て帰れなくなった莫迦な娘はたくさんいましたよ!

騙される方が悪いんですよ!?」

仮面が割れるかのように男の顔は少しずつ崩れていく

「違うわ、騙す方が悪いに決まってるじゃない」

完全に仮面が割れて悪党の顔を剥き出しにして合図をかける

「女は生け捕りにしろ、男は殺してバラせ!!」

一筋縄ではいかないと思ってたけど、そっか…そっちがその気ならこっちもその気でいくわ

私が手の中に魔法で炎を作ったと同時にフェイと私を囲んでいた男達の上半身の服が弾け飛ぶ

人間の平均的な体格だったハズなのに、姿は一変私の腰よりも太い腕とフェイの何周りもある身体が私達を囲んでいた

私の中の炎が吹き消し飛んだ

笑顔が引きつり、すぐに本能が叫ぶ

やべぇ!?逃げろ!!勝てる気がまったくしねぇ!!!

「フェイ!一旦逃げるわよ!?」

ちょっと強いくらいの人間相手なら2人でなんとかなるかと思ってたけど、これは厳しいわ

囲まれてはいるが、その間を狙って案外外へとは簡単に抜けられる

でも、追い掛けられたら逃げ切れるかどうか……

「フェイ、これからど…」

ちらっと視線を横にやるとフェイの姿がない

おかしいと思った私は足を止めて振り返ると物音ひとつしない静かな光景が広がっていた

「ウソ……」

フェイの足元には仮面笑顔野郎をはじめ私達を囲んでいた悪党達が倒れている

たった、たったの数秒私が見ていない間に全員やっつけたって言うの?

フェイの持つ槍には倒れている悪党達の血がベッタリとついていて、誰が勝って誰が負けたか、誰がやって誰がやられたかは一目瞭然だった

離れていた悪党の仲間の女は呆然となった後徐々に身体を恐怖で奮わせる

「つ、強かったのねフェイ…」

フェイの傍まで戻って私はまだ信じられなかった

敵は見かけ倒しの筋肉だったのかしら?

ううん…本当に…普通に、フェイが強いんだ…

「当然です、これくらい軽くこなせないと貴女のお供はできないでしょう

セリカ様はいつもどんな強敵を相手にされてるか、自覚はおありなんですか」

うっ、まぁそう言われればそうか

ここでやられる私達じゃこの先は乗り越えられない…

「そ、そうだね、でも本当に強いのね

和彦くらい強いんじゃない?」

「それじゃセリカ様は和彦様の本気を知らないんですね

私もまだ本気ではありませんが、和彦様の足元にも及びませんよ

あの方は人間を辞めてますからね」

自分の主人を人間辞めてるとか、いいのかそれで

フェイは奥で怯えてる女に近付き槍を突き立てる

「返品してくれます?」

「はっ、は、…はいぃぃ…もちろんでございます!!」

「お願いします」

女は地面に頭をこすりつけてそれから私達がいなくなるまで頭を上げるコトはなかった


一件落着…なのかな?

女は騙した全ての人の家に回りお金を返すと約束してくれた

「さて、次はどちらへ?ワガママお姫様」

悪党のアジトから出てフェイは私へと向き直る

急に終わったコトについて行けなくて戸惑う時間をちょっとほしい

「次へ行く前に約束してほしいコトがあるの」

「はい」

見上げる私を真剣に返してくれる

「さっきので私がどんな人間か、フェイもわかったハズ

私は感情的で無謀で、さっきみたいにフェイを危険な目に合わせるコトがこれからもたくさんあると思うの

そうして…迷惑かけた人達もいるわ……」

「知っていますよ

まさか、いまさら同行するのを止めろと言わないでしょうね」

フェイの言葉に私は首を横に振る

それはフェイが望んでいないコトだってわかってる

私の行動でたくさん迷惑かけた人達はいるのは確か、でもそれでもみんな迷惑をも受け入れて私と一緒にいてくれた

だから、だからね…

「絶対に死なないで、無茶しないで」

「そんな事…」

フェイの目の前に小指を出す

「それだけ、約束?」

ちょっと強引だけど、フェイはふっと笑って私の小指に自分の小指を絡ませる

「心配しなくても、死にませんよ

私が死んだら誰が貴女を守るんですか」

その笑顔、その言葉に、私はドキッとして頭の中に記憶に過る

「……わかってくれて、ありがと…」

さっと小指を引っ込めて背中を向ける

命を懸けても守ってくれた人…

その人との良い思い出だけが、心を掠めていく

まだ…まだ諦めない

いつか、取り戻せると信じてる

「次はこっち」

次の目的地へと指差して私とフェイはその道へと進む



2つめの寄り道はこの町だ

セリくんが最後にいたのどかで争いと無縁な小さな小さな静かな場所

「こんな何もない町に一体何の用事が?」

「今の私にとって1番大事な用事よ」

迷わずに真っ直ぐに私が向かう場所は町外れにある廃墟

薄暗い廃墟の中も真っ青な空の太陽の光が隙間から明るく照らしてくれる

その天の光の下に、1人待っててくれる

「お待たせ…ごめんね……」

傍に寄って屈むと、その人は一粒の涙を零す

「それは…勇者の…剣、ですか?」

私はその言葉に頷き、勇者の剣が流す涙を指で拭う

「勇者の剣がどうしてここに?

セリ様はその剣で魔王を倒したのでは?」

道中で、私が…セリくんが香月を殺したコトを話していた

私の憎しみも苦しみも悲しみも全てセリくんが背負ってくれてるコトも

だから、私は自分を助ける為にこうして歩いているんだって

「ううん、セリくんは勇者の剣を使ってないの

魔王とは言っても、人間の香月なら適当な武器でもまだ倒せるからね

勇者の力に耐えれなくてすぐ壊れるけど心臓一突きくらいは耐えれるわ」

勇者の剣は使いたくなかった…

本当は殺したくなかったから

自暴自棄になっても、心の奥ではそんなコト願っていないから

「あの魔王を倒せる勇者の力が恐ろしいです

後悔されてるでしょうね…セリ様は和彦様に殺された過去がありますし

それを凄く気になさっていたのに、自分も同じ事をしてしまったら…」

「後悔しかないよ…後悔しか……

でも、過去のコトを振り返っても仕方がないから」

私は勇者の剣を引き抜き手に取る

「前を向くしかない」

また、私に力を貸してね

勇者の剣は私が手に取ると涙を止めて嬉しそうな感情が伝わってくる

話せなくても気持ちが伝わってくる

私の大切なもののひとつ

「セリ様……」

フェイの声が聞こえたかと思うとそれに被せるように大きな声が響いた

「セリ様~~~!!!」

何事!?と身体がびくつくとそのまま誰かが私の後ろからタックルのように抱きしめてくる

「な、何!?こわっ!?えっ誰!?!?」

「セリ様ーーー!!お会いしたかったです!!マリーです!!忘れたんですかあああ??」

腰に抱き付かれたまま振り向くと見知らぬ女の子が…?

セリ様…あぁセリくんの知り合いか

「私…あれから…たくさん、たくさん、考えたんですう…」

とりあえず離れてもらって女の子はガン泣きしたかと思うと手に持っていたナイフを自分の髪に当てる

「セリ様の為なら男に戻ってもいいって」

へっ?

マリーはナイフで自分の髪をバッサリと切ってみせた

泣き面は少女のように愛らしかったのに、涙を止めたマリーの顔は決意を強く持った男の顔になっていた

えっ?どういうコト!?女の子じゃないの!?

「もう私、いえ僕は逃げたりしません

セリ様を守りたいんです」

私の両手を掴みマリーは強い眼差しで覗き込んでくる

何があったかわかんないけど、セリくんまた男にモテててるな

「別に俺は男が好きってワケじゃ…ないんですが」

セリくんの名誉の為にとりあえず否定しとこう、無理だろうけど

「悔しいんです、僕」

無視!?

「あの後、セリ様があの男に連れ去られて…僕は何も出来なかった

恐くて震えてるだけの自分が情けなくて…」

あ、あぁ…この男の子は私と同じだ

本当は私も…そうだから…胸が苦しくなる

「でも!もう逃げたくないんです!情けない自分は嫌なんです!!

好きな人を、貴方を守りたいんです!!」

「却下」

スッと私とマリーの目の前に槍が突き立てられる

「守りたい?」

マリーはビビりながらも槍を追ってフェイへと顔を上げる

「は、はい!!」

「何から?どうやって?」

「えっ…」

「お前には魔力もなければ、武器の扱いも知らないわからない素人に見える

身体を見ても戦いには不向き、そんな口だけの男は足手まといと言ってるんです」

フェイの見下しでマリーの顔色は悪くなっていくばかり、それでも必死にすがりつこうとする

「い、今は弱いかもですが…これから強くなります!」

「セリカ様だけでも足手まといなのに」

何も言えない

「これ以上、足手まといが増えても邪魔なだけなんですよ」

怯えながらもマリーは立ち上がりフェイと目線を合わせる

「いざって時はこの身体を盾にしてお守りします

僕にはたった1人の身内だった兄も亡くなって、もう何もないんです」

「自殺したいだけなら今そっちの崖から飛び降りればいい」

キツいフェイの言葉にそれでもマリーは引かなかった

私はフェイとマリーの間に入って2人を引き離す

「フェイ、そんな意地悪言わないで!」

私の言葉にフェイはふんっとあっちを向いて少し離れる

「マリー」

そして私はマリーの手を掴む

「セリ様…」

「気持ちは凄く嬉しい

でも、俺の為に死んでほしくないんだ

盾になるなんて俺が良いって言うと思うのか?」

「思いません…セリ様はそんな酷いコト言う人ではないです」

このままマリーの気持ちを汲んで連れて行っても無駄に死なせてしまうだけだってわかってる

フェイは意地悪だけど、言ってるコトは正しい

マリーがピンチになったら私は助けようとする

そしたらフェイもそれを考えて行動してしまう

フェイの言う通り、そうなってしまったら足手まといだ…

私1人でもフェイの足手まといなのに

これ以上フェイに負担かけるワケにはいかない

「うん、だから…マリーには待っててほしいんだ

落ち着いたら、また俺と友達になってくれる?」

マリーは私が掴んだ手をぎゅっと握り返して

「恋人にはなれないんですか!?」

凄い食いついてきた

「うん、無理ごめんな」

「僕よりこっちの意地悪なお兄さんの方がいいんですか!?」

「どっちも無理」

「さっきから断り方がストレート過ぎて全然優しくないんですけど、セリ様!?」

「えっ、だってその気がないのに期待持たせるような言葉の方が残酷じゃないか?」

「やっぱりセリ様は優しくて…好き…」

惚れ直したと言ってマリーは私に抱き付いてきた

大変な子だな…

「わかりました、セリ様の足手まといにはなりたくありません

僕はここで貴方の無事を祈っています

ずっと…想っています…片想いでも…いいです……!!」

「ありがとう、早く良い人見つけてね」

「冷たく突き放すセリ様も良い…!」

どうしたら諦めてくれんの!?

とりあえずマリーからのハート攻撃を避けてフェイの傍まで逃げてきた

「へぇ、意外ですね」

一安心かなと思ったらフェイが不思議そうな顔をして私を見る

「セリ様って、男なら誰にでも抱かれるのかと思いました」

「酷くね!?!?!?!?」

「押しに弱い部分あるじゃないですか、力負けすると諦めるって言うか

ほら私の時もそんな感じで…」

「オマエのは完璧犯罪だ、バーカ!!」

「泣きます?泣いた顔が見たいです」

「泣くか!!!変態!!」

昔のコトを思い出して若干涙目になったのをグッと我慢する

気を取り直して

「和彦のとこ…行くわよ」

「はい」

「頑張ってくださいね!落ち着いたら会いに来てくださいね!!」

見送ってくれるマリーに手を振って私達は町を出て、和彦の屋敷へと向かった

凄く緊張するけど……逃げない

私は、私を諦めない為に…まだ生きたいから…前を向く

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