116話『はじめて会った時から』セリ編

レイから…逃げてしまった

絶対にしてはいけないってコトはわかっていたのに

どうしよう、どうしたらいい?

俺は…だんだんわからなくなる

生きてるコトも……

深い森を抜けた先に広がるのは和彦の館だった

俺は無意識に和彦のところへ来てしまっていたようだ

「……最悪…」

そのひとことだ

バッサリ振られて別れを告げられた相手のところに足が向いてしまうなんて

帰ろ…って、俺はどこに帰るつもりだよ

とりあえずここにはいたくない

余計辛い、今の俺に余裕なんてないんだから

そう思って背を向けた時、後ろから声をかけられる

「また悪夢を見たからって、和彦様に慰めてもらおうと来たのですか?」

この声、この意地の悪い言い方

ムカつくなっていつもなら思うのに今はこのくらいじゃなんとも感じない

「フェイ…」

振り返るとそこには俺の嫌いで苦手な男がいる

「と言いたい所ですが、違うんでしょうね」

「そうだよ」

今はオマエに構ってる暇はないと無視して行こうとするとフェイの手が伸びる

「待ってください」

反射的にびくついてフェイから距離を取ってしまう

「あぁ…そうですか、安心してください

和彦様と別れた貴方を無理矢理どうこうしようなんて思っていません」

恋人のいない貴方には何の魅力も感じないと溜め息までつかれた

しんどいわコイツ!?その寝取りフェチ!?オマエの性癖に付き合ってられるか!!

「近々こちらからセリさんを伺うつもりでした」

「何の用だよ」

確かにフェイは寝取るのが好きな奴ってわかってるけど、なんとなく警戒心が解けなく距離を取りながら話を聞いてしまう

誰かと話したいって気分でもないのに…

「単刀直入に申します

和彦様と寄りを戻してください」

「………はっ?」

そういう話…スゲーストレスなんだけど

もう和彦と俺は終わってるんだよ…

なんで周りからそういうコト言われなきゃなんねんだって

「もう一度和彦様と話してほしいんです

セリさんもおかしいと思いませんか?

あの和彦様がセリさんと別れるなんて絶対にありえません

手放すなんてありえない事です

それが急に人が変わったように…」

聞きたくない聞きたくない聞きたくない

俺はフェイを思いっきり突き飛ばした

倒れはしなかったけど、その俺の言葉にフェイは黙り込む

「もう一度話して俺にもう一度傷付けって言うのか?

なんなんだよ!?余計なお世話だ!!

自分のコトじゃないからなんとだって言えるんだろ!?

俺の気持ちなんて…わかんねぇくせに……」

「わかりませんよ」

いらっ…マジで死ぬほどムカつく

敵だ、オマエなんて敵

「セリさんの気持ちはわからなくて当たり前です

私はセリさんじゃないですから、仕えてる訳でもなければ友人でも何でもないのです

でも、私は主人の…和彦様のその気持ちだけはわかっているつもりです」

「だから…なんだよ…和彦は今でも俺を好きでいてくれてるって言いたいのか?

じゃああの強烈な別れ話はなんなんだよ

オマエは寝取れりゃ誰でもいいんだろ

俺を引き止めてないで和彦の新しい女でも寝取って勝手に満足してろよ」

あぁこんなコト言いたいワケじゃない

全然余裕がねぇ、余裕がないとどんどん自分が嫌な奴になる

もう……自分が大嫌いだ

「あんな女に価値などありません

和彦様の本当の女じゃないのに

主人の事がわからないほど私は間抜けではない

甘くみないでください」

「………オマエは何も……」

わかってないのは俺の方なのか?

フェイのコトはよく知らないが、和彦は俺に手を出した時に片腕一本で見逃すほど認めてる男だ

普通なら殺されているのに

でも…俺はもう傷付きたくない…

自然と俯いていた俺の腕をフェイは掴み引っ張るとそのまま抱き締めた

「和彦様が愛してるのは貴方だけです」

「……なっ、何す……」

離せとフェイの身体を押しのけようとするが俺が力を入れるほどにフェイは力強く抑え込んでくる

「セリさんはまだ和彦様の事が好きなんでしょう?

なら、また和彦様の恋人になってください

そして…その時に私はもう片方の腕を懸けて貴方を寝取りに行きます」

力が抜けていく

フェイは頭おかしい

でも、なんか…嬉しかった

寝取りに来るコトがじゃなくて(来るな)

和彦と寄りを戻せって本気で応援してくれてるような気がして

「………無理だって……そんなの」

また和彦の恋人になれるなら嬉しいよ

でも、無理だ

だって恐いから

どんなにフェイが嬉しいコト言ってくれても、和彦の言葉じゃないし本当の気持ちなんてわからないじゃん

これ以上は傷付きたくない

フェイの力が緩んで俺はその身体から離れる

「無理じゃありません」

必死に説得しようとするフェイの言葉を聞きながらも俺は背を向けて離れる

どんどん声が小さく遠くなって

「私は諦めませんから」

消えてしまうまで俺はまた夜の道をさ迷う



夜風で涼み暫くすると冷静になる

和彦とまた恋人同士にはなりたいって願望はある…が!そうなったらフェイにまた俺は寝取られるってコト!?

ぜっっっっったい嫌なんですけど!?

好きでもない人は嫌ってのも当然だが、ホントにアイツはヤバいんだよ

ド変態が過ぎる

うう思い出したくもない…

だけど…フェイは嫌味だし意地悪だしムカつくけど

良いところもあるんだな…はじめて知った

そりゃそうか、人間だれにでも良いところはあるんだろうな

…いや待て、本当に良い奴か?

自分の性癖(寝取る)を満たしたいが為に俺に寄り戻せって言ってるんじゃ?

アイツならありえる……

フェイと会って少しだけ気が紛れたような感じもしたが、すぐに現実の苦しみが襲って来る

落ち込みに落ち込み、頭の中には死の文字が浮かんで来るようだ

苦しいのは嫌だ…辛いのは嫌、悲しいのは…

「ダメ…だ……こんなコトで負けてたまるか…!!」

おもいっきり首を横に振ってネガティブな思考から逃れようとする

俺が死ぬってコトはセリカを殺すと言うコト

だから…絶対に死ぬワケにはいかねぇ

セリカのコトは俺が守るって誓っただろ

今度こそ、俺は俺を、自分を守ってみせる…

それに

まだ…まだあるじゃないか

ふと俺は心の奥底、頭の片隅にある記憶が過り引っ張り出す

俺が、セリカが救われる方法が、ひとつだけ

セリカは自分の妄想と思い込もうとしているが、セリカの前世の記憶が復活してから

俺は本当にイングヴェィは存在するんじゃないかって考えるようになった

前はセリカの妄想の王子様だと笑っていたが、前世のあの感覚は…妄想と思い込むには無理がある……

いや、前世のセリカはかなり追い込まれて壊れかけていたんだ

感覚すら現実と区別が付かないほどの思い込みってのはありえない話じゃない…

それでも、俺は自分が生きる為に何かすがれるものを作りたかった

イングヴェィ…本当に存在するなら、セリカを…守ってくれよ

じゃないと…

暫く歩いて疲労が溜まった俺は近くの町で宿を取るコトにした

静かな町で、宿の部屋に入るとひと息つく

本当に静かだ……

俺はいつもレイと一緒だったから…こうしてひとりの静けさはこの世界に来てからは珍しい

ベッドで横になるとスッと瞼が重くなる

疲れてるんだ、疲れすぎて眠気が…身体が重くて動かない……



自然と目が覚めるとカーテンが開いたままの窓から太陽の光が射し込む

「朝か…」

少し寝ると、ちょっとだけ頭がスッキリしたような気がする

考えるとまた滅入るから暫くは1人で心を落ち着かせ頭を整理しようと考えた

ゆっくりしたいこの静かな町は今の俺には合っているような気がする

レイのコトだから追い掛けて来るかと心配ではあったが、レイはレイで必死に前世の記憶に抗ってるのかもしれない

レイが前世を受け入れて勝った時、俺もまたレイに向き合おうと思う

そしたらまた大親友に戻れるって信じてるから

セリカの為にも俺は生きなきゃいけない

死にそうになっても死にたくなっても、絶対に…生きる

セリカを死なせはしない……

それから町でちょっとした仕事をしながら1日1日をなんとか生きる

自分が元気になったら色々考えよう



数日が経つ

仕事と言っても俺が出来るコトと言えば、この回復の力

町の人達の怪我を治すコトで少しばかりだが気持ちとしてお礼を貰っては毎日を穏やか過ごしていた

「セリ様、いつもすみません」

今日も怪我をした人の付き添いが頭を下げる

頭を下げているのは妹のマリー、いつも怪我をしてくるのは兄のジョイ

「兄は昔からムチャをする人なんですが、セリ様がこの町にいるのを良い事に羽目を外して毎日のように」

常連と言ってもいいくらい毎日来る兄妹だ

俺の回復魔法はメリットばかりじゃない、彼女の言う通り怪我をしてもすぐに治るって思ってしまうからムチャをしてしまう

この兄のコトは言えないくらい俺自身も自分の力に頼り切ってムチャをしては周りに心配されたりするんだ

「と言いながら、マリーは嬉しそうじゃないか?」

ハハハとホラー並みの血まみれの兄貴はマリーを指差して笑う

慣れたけど、やっぱこえーよ

回復魔法は怪我を治すだけで出た血を消せるワケじゃないもんな

「へっ!?」

「前はおれが怪我する度に怒ってたくせに、今は嬉しそうにするんですよ」

「わー!わー!わー!お兄ちゃん!!」

「おれが怪我すれば、こうしてセリ様に会えるからって

付き添いなんているような年齢でもないでしょおれ?」

「やめてよ~~もーー!セリ様に誤解されるじゃない!!」

血まみれで真っ赤な兄貴と照れているのか顔を真っ赤にする妹

えっ?もしかして俺生まれてはじめての女の子からのモテ期来てる?

夢かな、いや現実逃避かもしれないな

えっ…ヤバい…嬉しい、テンション上がる…!!

俺だって女の子に好意を寄せられるコトがあるなんて……!?

「こんな弟なんですけど、セリ様よかったら」

「やめてってば!!お兄ちゃんのバカ!!」

ちょっと待て、今弟って言わなかったか?

俺が勝手に妹と思ってただけで、男の娘なのか?

「わ、私は…セリ様の大ファンなだけで…恋人になりたいなんて……思って……る」

最後めっちゃ小さい声なのに聞き取ってしまったわ

信じられないくらい見た目は美少女が可愛く照れてるのに…

あっ俺の聞き間違いか、妹だよな妹

男の恋人しかいない俺が卑屈だった

「可愛い妹さんだとは思うけど」

「いえ弟です」

兄貴黙れよ!?俺を夢から覚ますな!!

「わかっていますよ、セリ様にはもう素敵な恋人がいらっしゃるって事…」

少し残念そうに微笑むマリー

「ごめん…」

「いえいえ、私はセリ様をお慕いしておりますからセリ様が幸せならそれでいいのです」

胸が突き刺さるように痛い

本当はもう別れてしまっているのに、それでも俺はまだ好きなんだ

「ありがとう…」

俺の無理な笑顔にマリーは目一杯笑顔を返してくれる

本当に美少女にしか見えないからちょっと照れるな

なんだか、彼女(彼?)の気持ちが嬉しかった

勇気を貰えたって言うか、元気になれたような気がした

暫くこうして誰かと仲良く過ごすってコトがなくて忘れかけていたよ

「振られたなマリー」

「べ、別に私はセリ様の恋人になりたいわけじゃないから……振られてなんか……」

うっ…そういうマリーは悲しげに微笑む

他人のコトながらつい最近失恋した俺の心にズッシリと重いものが来る

よそう、今はそういうコトを考えたくない

「それではセリ様、また明日」

マリーは持ち直して笑顔で俺に頭を下げる

「また明日おれが怪我する前提!?」

「いつもの事じゃない、怪我しないお兄ちゃんの方が不安になるわ」

「そこは安心してくれないの!?」

2人の仲の良さに俺は思わず笑みをこぼす

ここに来てからたった数日しかないけど、なんだか少し昔のコトを思い出す

ロックとローズのコトとか、みんなと仲良く楽しかった日々

悪くない、この感じ

この町に来てよかった

元気を貰えるって言うか…少し調子を取り戻せそうだ

そしてその晩、俺は決意をする

こんな所で躓くワケにはいかない

もう一度フェイに会おう

和彦のコト…やっぱりこのまま終わりには出来ない

香月と会わなきゃ、俺は香月と殺し合うなんて嫌だ

香月は魔王に戻るコトに執着してるけど、俺は香月と戦いたくない

ユリセリに迷惑をかけるワケにはいかないよな

セレンも光の聖霊も最近はグータラ癖がついちまってるけど、セレンの国も取り戻さないと

結夢ちゃんを必ず助け出す

約束したんだ、最初に首を突っ込んだ責任は最後まで果たしてみせるよ

そして、タキヤをぶっ倒す

レイ、俺はオマエと永遠の大親友でいたい

どんなコトがあったって俺はレイのコト大親友として大好きなんだ

俺は絶対にセリカを殺しはしない

何があったとしても俺は自分を殺したりしない

もう弱い自分から目を逸らしたりしないから、セリカを守ってみせる

また立ち上がるんだ

……明日から

絶対やらん奴の決意みたいになってるな、明日からとか

でも、少しずつ立ち直れてる気がする

天は俺を愛してくれてるって信じてるから

未来は絶対明るくなるって思いたい

今までの前世の記憶があってもそう信じたいのは、そうしなきゃ俺は生きていける気がしないから

それに今までとはちょっと運命が変わってる気がして

それに賭けたいんだ

だから諦められない

大丈夫…きっと……


ベットに入って色々考えているといつの間にか眠ってしまっていた

久しぶりにスッと寝れたような気がする

暫くあまり眠れていなかったから

でも、そんな一時の安らかさも前向きな決意も長くは続かない

ドンドン!と激しく叩かれるドアの音で目が覚める

「勇者様!勇者様!!」

ん…んん?この声は宿屋のおじさん…?

「はい…はい…どうしました?」

こんな夜中に、眠い目をこすりながらドアを開けるとおじさんは顔色を悪くして俺にあるものを差し出した

「これが…届けられまして、セリ様に渡せと……」

受け取った小さめの箱はベタベタしていて、よく見ると血がベッタリとついている

完全に眠気が吹き飛ぶ

「これを誰から?」

「わかりません、先程訪れた若い男が名乗らず…」

若い男…?ざっくりしすぎているし、心当たりがありすぎて誰かわからねぇ

誰!?って知らん奴の可能性もなくはねぇだろうし

「わかりました、ありがとう」

なんだか嫌な予感がして箱を開ける前におじさんに帰ってもらう

心配そうに俺を見ていたが、巻き込みたくないし

ドアを閉めて静まった部屋の中で箱を開ける

そこには人間の親指が1本と血塗れのメモが入っていた

親指…?誰のだ?指や爪の形からして男っぽいが…

切り口もまだ新しい、なんて酷いコトを

メモを見ると見慣れた字で書かれている

「村外れの廃墟の館にいる…か、そうか…」

この字は…レイのものだった

俺の読める字を書ける男は和彦が同じ世界だったから当然の他に、香月とレイしかいない

他の知らん奴で元同じ世界でレイに似た字を書くマジでだれだ!?ってパターンもあるかもしれないが…

でも……レイしかいないよ……

見つけたんだな、俺の居場所

そして……こういうやり方をして来るってコトは、レイに余裕がなく正気じゃない

嫌な予感しかしない…

それでも行かなきゃならない

だって、これがレイの仕業ならこの指は俺の親しい人以外はありえないのだから

ジョイか、マリーも一緒だと思う

俺は複雑な気持ちでメモを握り締める

レイのバカ野郎……

こんなコトして、俺に嫌われるだけってわかってるくせに……

急いで俺はメモの言う村外れの廃墟へと走った


廃墟へ辿り着くと完全に閉まり切らない玄関のドアから微かに声が漏れているのが聞こえる

「ぃ…いや……」

女の子の声…?小さくて分かりづらいがマリーだろう

様子を伺ってる暇はない

すぐにレイを止めないと!!

乗り込むと薄暗い中でレイがマリーに覆い被さっている

「やめろ!!いくらオマエでもこんなコトして許せねぇ!?」

レイの肩を掴み引っ張り振り向かせる

「えっ…?」

「………いや、誰だオマエええええええ!!!!????」

薄暗い中で振り向いた男はレイには似ても似つかない全然見たコトない誰って知らない男だった

その下には知らない女の子が組み敷かれている

「はっ?あんたこそ誰??」

「あっ…人違いで…すみま…いや!?待て!?こんな廃墟で女の子連れ込んで襲ってるなんて最低野郎じゃねぇか!!?」

「ちょっとなんなんですか貴方?うちの彼氏が何したって言うんです?」

………あ…そう、なんだ……

「邪魔すんなよ」

お楽しみ前に邪魔されたコトに不機嫌な視線を目の前のカップルから向けられる

「すみません…」

消えろと厳しい視線から逃げるように俺は申し訳なさそうに廃墟から出たが

いや、いやいやいやいや!?紛らわしいわ!!

ホテルか自分らの家でやれよ!?

普通にレイプかと思ったわ!!!!!

本当に誰!?こっちは遊んでる暇ないんだよ!!!

……はぁ…気を取り直して

俺は一呼吸して心を落ち着かせ、覚悟を決める

少し…ホッとした

さっきは誰!?とかやってたけど、俺は早く助けなきゃって気持ちとレイと向き合うのが怖くて逃げたい気持ちもあった

もう戻れないような気がして…レイに俺の言葉が届く自信がない

だからさっきから自分の手が冷たく震えている

それでも…俺はレイと向き合いたい

レイは俺の大好きな大親友、永遠に

そうあってほしいから

ぎゅっと手を握り締めて自分を奮い立たせる

隣の廃墟の館へと足を踏み入れた

中へ入ると真新しい血の匂いが鼻をつく

人の気配が…2人……

警戒しながら近付いていたけれど

「…待っていたよ、セリ」

まだ姿が見えないうちからレイに気付かれ声だけが聞こえる

やっぱり……レイだ…わかってたけど、レイなんだな…

「来てくれると信じていた」

出来れば違っていてほしかった、そしたらこんなにも胸が痛くはならないのに

「レイ、相変わらずやり方が卑怯なんだな」

「そうさせたのはセリじゃないか、こういうやり方でもしなければ来てくれないだろう?」

確かに…

レイの前に姿を現し、そこではじめてジョイとマリーの姿を確認する

地面に伏せていてすでに息絶えているのはジョイだった…

思わず目を反らしてしまう

間に合わなかったとかじゃない

ジョイはすぐに殺されている

複雑な絶望や怒りのようなものがふつふつと湧いてくる

マリーは手足を縛られ恐怖で声も出ず泣き震えていた

「知っていたかい?この女はセリの事が好きなんだって」

見た目はそうでも男だけどなって突っ込まないようにした

「なのに、すぐに諦めるって言うんだ

どう思う?セリ」

レイが少し動く度にマリーの身体はビクついてしまう

目の前で兄を殺されたら、自分も殺されるかもしれない恐怖も当たり前のコトだ

「…何が言いたい?」

回りくどい

レイは自分の質問に俺の回答がほしいワケじゃない

言いたいんだ、自分の話を

「前の世界にだが、オレには姉がいるんだ

仲は良い方だと思うよ、姉さんの事は好きだしな」

それならマリーの気持ちもわかると思うが、そうじゃないんだろうな

レイの言いたい事は

「だけどさ、オレは姉さんを人質に取られて殺されてもセリの事を諦めたりしない

セリを手に入れられるなら、姉さんを失っても構わない

喜んで、くれてやる……」

何も言えなかった

俺には理解できないコトだったから

俺は弟を守れた立派な兄貴ではなかったし、自分が助かる為に見捨てたコトもあった……怖くて…

だからと言って、喜んでなんてありえないし、自分が大嫌いになるし、怒りだって悔しさだってあって、ずっと後悔しかない

「自分が拷問されたって諦めはしないさ

なのにこの女はたった1枚の爪を剥がしただけで、セリを諦めるって言うんだ

そんなの、好きでもなんでもないと思わないかい?」

何も…言えなかった

暗くてよく見えないだけでマリーは生爪を剥がされた痛みにも震えていたってワケか

すぐに回復魔法でマリーの爪を治す

マリーへ視線を向けている一瞬のうちにレイは俺の目の前へと近付き頬に触れる

「つまり何が言いたいかって、それだけオレはセリの事を想っているんだ

なのに…」

頬がぬるって生温かくて血の匂いが強くなる

レイは自分の右手全ての爪を剥がしたみたいだ

俺に見せ付ける為に…口だけじゃないってコト、マリーの好意より遥かに上だと言うコト

異常な歪んだ愛情を…

「どうして、オレから逃げるんだ?拒絶するんだ?

どうしていつも………オレ以外の男に…」

レイは俺の頬から首へと手を滑らせ掴み睨む

「レイ…待って落ち着いて…前世の記憶なんかに負けないで…」

レイがおかしくなったのは前世の記憶の影響が強い

元から異常な部分はあったけど、ここまで酷くなかった

あれさえなければ…レイはこんなコトには

でも俺は前世は関係ないって言ったじゃないか

過去の自分の発言に責任を持とうとする気持ちと、今の前世に負けて変わり果てたレイを見てどうしたらいいかわからなくなる

俺の親しい人(ジョイ)を殺し、親しい人(マリー)を拷問して追い詰めるような奴にどんな感情を抱けばいい?

大親友でいられるか…?

それにセリカの前世のコトを忘れられない

恐い…気持ちが悪くなる

喉の奥が熱くなって息苦しい

この感情だって自分の前世の影響が強くて…レイのコト、嫌いだ……

「落ち着けるか?

何度生まれ変わっても、いつだって君は他の男を愛するじゃないか

もう誰にも渡さない…セリもセリカも」

泣きたいワケじゃなかった

でも涙が溢れて零れる

前世のレイは嫌いだけど、この世界で会ったレイは大好きだった…

複雑な気持ちが混ざりながらも、いつも優しくて頼りになるレイのコトも忘れられない

この涙はレイが恐いんじゃない、気持ち悪いワケじゃない

いつもの優しいレイじゃなくなったコトに凄く悲しかったんだ

もう俺の知ってる大親友じゃないってコトに…凄く悔しくて…

今のレイじゃ…ダメだ

支えてほしかった

いつものように

俺を守ってほしかった

大親友のレイは、もういないってわかってしまった

前世の記憶は強力に今に影響をもたらす

だって、俺が泣いてるのにレイは俺を傷付けるコトしかしないんだから

「レ…イ……」

渡さないと言ってレイは俺の手を掴み2階へ続く階段へと連れ出す

マリーは俺を見ていたが、俺はマリーに何も言うなと目で訴える

今のレイはマリーが一言でも何か言えば容赦なく殺すだろう

用済みと言わんばかりに、何も言わなければ俺のコトしか見えていないレイはマリーのコトを忘れている

マリーを助けるにはマリーが何も言わずにこのまま過ぎるコト

……うん、良い子だ

2階へ行ってマリーが見えなくなって俺は一安心する

ずっと黙っていてくれたから

だけど…ここからどうしようか

レイはきっと何を言っても…もう

2階の一室に連れて来られたその部屋は廃墟にしては数日前から人が生活してるように整えられている

もしかして、レイはこの村に来てすぐにじゃなく暫くここにいて俺の様子を見ていた?

だからジョイのコトもマリーのコトも詳しかったのか

数日前から見られていたと考えるとゾッとするな

「久しぶりに2人っきりになれたな」

部屋に入るとレイの表情が和らいだように見えた

あれ…これならレイは話せばわかってくれるんじゃ…

レイの微笑みに釣られて俺の頬も緩むような気がした

俺は…レイに甘いのかもしれない

さっきのコト、ジョイを殺したコト、マリーにしたコト

それを見て見ぬフリになってしまう

嫌なコト考えないように…逃げてしまう

香月と一緒だ…

香月は魔族と魔物の王様で、俺が倒さない限り世界は平和にならない

アイツらのやるコトに目をつむっている

考えるコトさえ放棄して

俺はなんでもかんでも自分の良いように見ないように見ているんだろう

それって…凄く最低だ、自己中にもほどがある

それでも………大好きな人達には甘くなる

と言うか、自分が傷付きたくないから結局は自分に甘いんだ

好きな人を倒したくないから、嫌いになりたくないから、離れたくないから

ずっと一緒にいたいから…こんなの俺のワガママだよ

「こっちにおいで」

いつもの優しい声で、爽やかな笑顔で、手招きされると自然と足が前に出る

レイは…俺の大切な大好きな大親友

俺がレイから離れさえしなければ、レイは前世なんかに負けない

ずっと今まで通り変わらずにいてくれる

レイが悪い風に変わるのは俺が悪いんだ

ジョイが殺されたのもマリーのコトも、俺のせいで……

「もうセリを離さないよ」

レイの前に立つとそのまま抱き締められる

ちょっと怖いけど…いつもと変わらないスキンシップの1つだって自分に言い聞かせる

俺がシッカリしないと…じゃないとレイは…

「ちょうど邪魔な2人もいないしな

別れてくれて嬉しいよ

オレは和彦さんと香月さんには勝てないからさ」

………えっ…?

その言葉に俺は抱きしめ返そうとした手を反射的にレイを押し返して離れる

なに…それ…どういうコト…だ?

なんの話だよ?

「どうして…俺が和彦と香月を好きなコト、ずっと応援してくれたじゃん」

男の俺が男の恋人でも、2人の恋人と付き合うのも、引かずに理解してくれて認めてくれていたのは…

本心じゃないのか?

「あの2人からセリを奪うには無理があるだろ?

オレはあの人達と違って、一人占めしたいからその中には入らなかっただけ

何よりセリはオレに大親友を求めた

大親友になったらセリはオレを大好きになってくれただろ?」

なに…これ……

前世の記憶が復活したのは関係ない…?

レイはずっと、最初から…そう思ってたってコトなのか…?

「そうして少しずつ距離を縮めて、最終的には誰よりも1番になってから…

この瞬間を待っていたんだ

もうセリにはオレ以外に誰もいない」

「……なに…言ってるか…わかんない……」

「わかるだろ…?」

考えが追い付いて来なくて目の前が真っ白になるかのように陥っている俺の顔をレイは掴みキスをする

「…オレはセリの事を死ぬほど愛してる

どんな痛みだって、あんた以外何を失っても、この命を懸けても」

キスをされた後にレイは俺の口の中に自分の親指を突っ込む

爪の剥がれた指から血の味が口の中に広がる

何も考えられないのに、悲しいってのは全身から感じる

「いつかはオレを受け入れてくれるんじゃないかって期待していたよ

1番懐いてくれていたのに…信頼してくれていたのに…

それなのに、他の男にばかり気持ちを向けて

いい加減にしろ」

そのままベッドへと押し倒される

頭ではわかってる…でも身体が動かない

ショックが大きすぎて…

思いもしなかったから…

ウソだろ、夢だろ

今までの…全部…が、ウソ?

目の前で起きてる今が本当?

「でもまぁ…いいか

ここまで来たらもう後戻りは出来ないだろう」

レイの手が俺の服の下へと伸びる

あぁ…俺は…本物のバカだ

いくら大親友だからって、無条件で命を懸けるほどだなんておかしかったんだ

最初から…最初から、レイは俺を大親友だなんて思っていなかった

ずっと…ずっと……

「ずっと触れたかった…この綺麗な肌に」

目を覚まして…レイ…

それでも俺は信じてないから、今のレイが本当のレイなんて

「……嫌だ…これ以上は友達に戻れなくなるんだぞ?レイは…それでいいのか?

俺は、嫌だよ」

ずっと友達で、大親友でいたい…

そう言うとレイの手が一瞬止まる

「何を言ってるんだい?友達のままだとこういう事は出来ないじゃないか?」

止まった手を俺の口元に寄せて当たるとその指で無理に俺の口を開ける

そのままキスをして開いた隙間から舌を入れて絡ませて来る

よくわかったよ、レイは俺と友達は嫌なんだな…

そして俺の気持ちなんてレイにとってはどうでもいいコトも

「オレはずっとこうしたいって思っていたんだ

ほらもっと口を開けてくれないと、入らないぞ」

わかってるよ、今の状況もこれからされるコトも

でも動けないんだよ、さっきから全然

言葉すら詰まって

抵抗できない

絶望が大きすぎて、もう…どうでもよくなる

何もかも

こんな現実受け止め切れない…

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