115話『たった1人の』セリ編

息も出来ない苦しい目覚めだった

眠気なんてサッパリなく、ハッキリとする

それが現実なのだと…信じたくないような真実

セリカの前世の記憶が流れ込んでくる

正確には、記憶と言うよりはその記憶の中にあるありとあらゆる感情や想い

憎しみも苦しみも悲しみも…

全て自分のもの、自分の身に起きたコトだった…

「い…嫌だ……レイが…そんな……そんな、コト」

吐き気がする、死ぬほどの気持ち悪さ

心の中がチクリと冷える

信じられない信じたくない、逃げたい…

耐えられない苦しみに自分を心を守ろうとウソをつくのか?

「違う違う…前世のコトは今のレイとは関係ない」

そうだ、俺は勇者の前世の時にそう言ったじゃないか

そう

関係ない

生まれ変わる前世のコトなんて…関係ない

関係ない…

関係ないのに

前世のコトはずっと昔のトラウマと変わらない感覚がある

記憶も想いも感触も…思い出せるんだぞ?

思い出せてるのに、関係ないなんて……言えるのか?

セリカはレイから逃げてしまった

許すコトが出来なかった

セリカの身だけじゃなく、はじめて心を穢した人間だからだ……

「レイは…俺の大親友……大切な人…」

逃げたらダメだろ

俺(セリカ)は一度逃げたかもしれない

でも、俺は…レイとの約束を守らなきゃ

前世は関係ないって

大親友であるコトは変わりないって…言ったもん

今までだって、ずっとレイは命を懸けても俺を守ってきてくれた

どんな俺だって受け入れてくれて、優しくて…

たまには喧嘩するコトだってあったけど…いつも俺の為にしてくれた人だった

だから…大丈夫……大丈夫…



セリカに会った

目の前の自分は生きるコトを諦めてしまっていた

ここで死んだところでまた生まれ変わってしまう

同じようなコトの繰り返しがあるだけってのをわかっているからこそ、ただ息をしているだけにも見える

「セリカ…」

「……わかってる、セリくんはまだ諦めていないのね…」

頭ではわかってる、でも微かな気持ちが残る

まだ希望を捨ててないって

だから俺はまだ生きている

それはやっとのコトで、そっとのコトで消し飛びそうだ

「後は…俺がなんとかする」

セリカには俺が片を付けるまでここから動くなと伝えた

どこが安全かなんて安心かなんてないのかもしれない

とりあえず、誰も知らない小さな村の宿の一室にセリカを隠すコトにした

「このまま、アイツの思い通りになるのは……」

「そうね、タキヤの望みはセリくんが自殺するコト

その為にありとあらゆる手段を使っているわ

どんな手を使っても…私で私を殺したいようね」

俺がなんとか立てているのは、タキヤの思い通りになるのがムカつくからってのもあるだろう

「俺はセリカだ、セリカは俺だ

絶対に殺しはしねぇよ、抗ってやろうぜ?」

セリカは不安そうに微笑む

本当はもうダメなんだって気付いてる…

俺もそう思ってる…自信がねぇよ

香月と敵対して、和彦に振られて、仲間をたくさん失って……

レイまで……

いや…大丈夫、きっとレイはわかってる

ちゃんと俺を…守って、くれる……?



また俺はユリセリの洋館へと帰る

セリカの前世の記憶の復活までずっと部屋に引きこもっていた俺は久しぶりに外の空気を吸いながらレイの帰りを待つコトにした

ユリセリは勘の鋭い人だった

「何かあったのか?」と心配して声をかけてくれたが、俺は「もう大丈夫」と答えた

後から思えば、何かあったのか?は和彦のコトで塞ぎ込んでいた俺じゃなく『また』何かあったのかと聞いたんだとわかる

それなのに俺の『もう』大丈夫って返事はおかしいよな

でも、今の俺には少しの余裕もなかった

レイだけは…失うワケにはいかなかったから

俺が立ち直れるのは、もうレイの支えしかなかった

洋館の外で待っているのは苦じゃなかった

夏になって夜でも暑いのに、そんなのもなんとも思わない

炎魔法が得意と言っても暑さに強いワケじゃなかった

むしろ人より暑さには弱い、自分の炎は熱さとか感じないしな

時間が過ぎるのが早くて、時間が経てば経つほどレイに会うコトが恐くなった

それでもその時はいつか来る

レイが帰ってきた

いつもの爽やかな笑顔を失って

「セリ…」

なんて、声をかければいいかわからなかった

レイ自身も弱っているのが目に見えてわかったから

レイも…色々悩んで苦しんでるんだな…って

「オレは、最低な男だな…」

……そんなコトはないと言えない自分がいる

「守るって誓ったのに…守れていない…どころか、オレがセリカを酷く傷付けたなんて」

「…うん」

なんて言えばいいんだ…レイが傍にいると息苦しくなる

恐いって思うし、吐き気もする

気持ちが悪い…

レイは何か言いかけたが、俺を見てその口を閉じる

きっと俺がセリカとの前世のレイがどんな気持ちだったのかを聞きたくないってのを察したんだと思う

言い訳もしないってコトは…俺が想像するレイとは多少の違いはあっても

悪いコトには変わりないんだなって察してしまうから

言わなくてもわかるようで胸が痛む…

何も言わずその変わりに俺へと手を伸ばす

レイは俺を抱きしめたかったんだ

確かめたかったんだ…

まだ俺が大親友だって信じてくれてるコトをさ

「セリ」

「っ…」

受け入れようとも拒絶しようとも考えていないのに、身体が勝手に反応して気付いたらレイの手から身を引いて避けていた

その時のレイの表情は…この世の絶望を思わせるような悲しみに染まる

「あっ…いや、まだ…俺は和彦のコトで立ち直れてなくて……ごめん…」

もう遅いかもしれないが、咄嗟にレイを傷付けないように言葉を出す

大丈夫って自分に言い聞かせただけで全然大丈夫じゃない…

やっぱりレイは恐い

吐き気がするほど気持ち悪い…

なんで…なんで…

俺(セリカ)の初恋を踏みにじったの……

弄んで、楽しかったか?

一生懸命に健気な俺を、オマエはどんな目で見てたんだ?

どんな気持ちで……

ダメだ……考えれば考えるほど

無理になる、憎くなる苦しくなる

大切な宝物が壊されたような気分だ

悲しい、ただただ悲しい

怒りと悲しみが交互にやって来る

「………でも、今日は……」

考えるコトをやめなきゃ…

レイは俺の大親友…俺の大切な人

もうたった1人しか残されていない、俺を支えてくれる人……?

抑えて、我慢して、耐えて、無理して

レイの服を掴む

「久しぶりに、レイと……一緒に…寝るよ……」

いつも通りにしなきゃ、いつもと同じように過ごさなきゃ

言葉が詰まりそうになりながらも俺はしがみつく

まだ自分が生きる為に…

「セリ…ありがとう」

いつものようにレイは俺を抱きしめた

いつもと同じ、でもやっぱり違う

いつもと一緒じゃない

恐い、恐い、恐い…

でも…自分が嫌になる

自分が気持ち悪い

セリカは本気でレイに初恋をした

俺は恋を知ってるつもりだった

香月と和彦のコトを愛しているよ、変わらず

でも、違うんだ

これが本当の恋、本物の愛

綺麗な……素敵な

だから

どんなに最低なクズ野郎だったとしても

すぐには吹っ切れなくて忘れられない

心のどこかでまだ好きが残っている

だから苦しいんだ、辛いんだ

好きなのに、拒絶しなきゃいけないから

好きになってはいけない人だから…

現世では関係なくても、前世はそういうコトだったんだ

「もう…部屋に入ろう、レイは疲れただろうし

暫くはゆっくり休んだ方がいいよ」

抱きしめられるのが長く感じた

今までよりずっと短い時間のハズなのに、俺は耐えられそうになくて離れてしまう

「…正直に言ってくれないかい?オレを嫌いになったか?」

ヤバい、レイのメンヘラスイッチが入ったぞ

「いや?嫌いになってないけど?」

レイのメンヘラスイッチが入ったと感じると殺されかけた過去がフラッシュバックして防衛本能が働きサラッと嘘が付ける

レイのメンヘラは手に負えないから、マジで

「…そうだな、セリはオレを嫌いになったりしない

それに…そうだ!そうじゃないか!

和彦さんの方が酷い、いつも浮気をして

でも、セリはそれを許し受け入れている

だから…オレの事も受け入れてくれるだろう?」

………何コイツ…?何言ってるんだ?

和彦の浮気とオマエのアレが一緒だと?

全然違う、一緒なんかじゃねぇ、ふざけるな

確かに和彦は昔から女好きで浮気だってたくさんして来た

でも、浮気する相手は絶対に和彦に本気にはならない女の子のみ

遊びと割り切れる女の子だけなんだ

本気になるような女の子には和彦は手を出さない

俺にはそういう割り切りとか理解できないけど

前に一度そういう話をしたコトがある

浮気した相手の女の子が本気だったらオマエは最低だって、軽蔑したよ

人の気持ちを踏みにじる奴は嫌いだって

でも和彦はそれはないって言った

和彦にとってそういう女の子は面倒なのもあるんだろうが、やっぱりアイツはなんやかんや優しいんだよ

誰も傷付けない(俺以外)やり方

だから和彦は女の子から恨みを買うコトはないし、俺が危害を加えられるコトもなかった

「和彦は…レイとは違う

オマエなんか全然和彦と違うんだよ…!」

レイが言うコトも間違ってはいないのかもしれない

俺のコトは傷付けてるワケだし

でも、それでも違うんだよ

和彦は俺に隠し事をしない、嘘を付かない、何より俺だけを愛してる

今は……愛されてないし…別れてるけど…

オマエに和彦との思い出を汚させはしない

「そうか…残念だ、セリはオレを嫌いなんだな」

「……嫌いってワケじゃ…」

ついカッとなって否定してしまったが、すぐにレイのメンヘラに呑まれ後退る

ここでレイを刺激しちゃいけないってわかってるから、俺が抑えて

「ほら、前世は関係ないだろ?そんなコト気にしなくていいじゃん」

「セリカはオレから逃げたのに」

「に、逃げたんじゃなくて……ちょっと1人になりたくて」

何を言えばいいのか、きっとレイには好きって言って抱きつきでもさえすりゃ機嫌を直してくれるってのはわかってる

でも、それが出来なかった…

やっぱり…

「わかっているさ、オレはセリの嫌いな男だ……

そして、セリカに拒絶されてオレのモノにならないならってオレは」

「やめろ」

やっぱり何も思い出したくないのに、頭に身に染み付いてまともに会話できない

「………。」

「そんな話…聞きたくねぇ」

何が言いたい?何を言うつもりだ?

謝るのか?許してほしいのか?

「うっ…!?」

気付けば俺の頭は地面に押し付けられていた

な、何が…起きた?

一瞬だった、誰かが俺の頭を抑えつけている

「君が手に入らないなら…」

頭上からレイの冷たい声が聞こえる

ゾッとした

セリカの前世のレイそのものだったから…

前に殺されかけた時のメンヘラスイッチが入ったレイとは違うぞ

これはそれ以上に厄介だ

「壊すまで」

前世のレイはセリカに強く執着していた

それが愛と呼んでいいのか微妙なくらい歪んだ愛情

セリカを手に入れたい、愛されたい自分の欲求が満たされなかった時

他の男の手に入らないように徹底的に穢し壊す

それが…レイの本性か?

バカだ…バカだな

自分勝手だ、自業自得だ

自分が悪いくせに………八つ当たりすんなよ!!?

だんだんムカついてきたぞ!?

女のセリカは悲しくても、男の俺はオマエに怒りしかねぇんだよ!?ボケ!!!

「こっちが…下手に出てたら、調子に乗りやがって」

下手には出てないな、ウソついた

でも俺はレイに歩み寄ろうとしたんだよ

なのに、こんなコトするか?

俺の頭を掴んでるレイの手を掴み強く引っ張る

レイの力に俺が勝てるとは思ってない

でも俺はレイの手を掴み炎を一瞬の高温でレイの反射的に出来る隙を狙う

レイは強いけど、俺には甘々でさらに弱いって思い込みがある

そして、俺がレイには攻撃しないってのもあっての隙だ

ガチでぶつかったらこんな小細工は通用しない

「目ぇ覚ませ!!何前世の記憶に呑まれてんだよ!?俺を命を懸けて守るって言葉はウソか!?」

身体をひねりレイの方を向きビンタを食らわす

……当たらなかった

ってか、すんでの所で手首を掴まれて阻止された

うわなんか俺ダサッ

「オレのモノにならない君に命を懸ける意味があるかい?」

目を…覚まして…レイ……

俺を見下ろすレイの目は大親友のものじゃなかった…

それは…悲しいって……

そんな簡単に前世に呑まれて……ホントに、バカだ

呪いを…解くには、いつものこれしかないのかな…

掴まれてない方の手でレイの胸倉を掴んで引っ張り寄せる

そのままレイにキスをする

魔王の力を使った時もこうして助けていた

前世の記憶からもこれから逃れるコトが出来たら…

俺はレイを助けたかったんじゃなかった

自分がこれから大親友のレイの支えが必要だからって、自分の為に…やったコトだった

俺も最低だよな

レイのコト大親友なんて、もう思ってないんだ

自分が助かりたいだけ

その為に…なんでも…してる

「ぁっ…セリ!?…オレは…また」

目の前のレイは俺の大親友に戻っていた

でも

「すまない!どうかしていた…セリにこんな事をするなんて」

地面に押し付けた時に顔についた土をレイが払ってくれる

いつもの優しいレイだ、なんだかホッとする

「痛かったかい?もう二度としないから…許してくれ」

かすり傷になっていたみたいでレイは申し訳なく撫でている

こんなの回復魔法で治るのに

いや、ダメだこれ

DV彼氏みたいになってる

「部屋に帰って休もう…オレもセリも疲れたな」

もう…レイとは戻れないのかな……

大親友に…もう…ダメなのかな

何もかも……

俺の手を引くレイの優しくて温かい手も、いつもと同じなのに

爽やかな笑顔も声も雰囲気も

全部全部…ぜんぶ、ぜんぶ…ぜーんぶ…

もうなんか違うんだよ……

レイとキスしたくない

この先またレイがおかしくなったら?

俺は嫌なのにそれをしなきゃいけないの?

俺はレイのなんなの?

もう、なんだったのか、思い出せない……


部屋に帰ると、レイは俺に何か食べるか?と聞いたけど

食欲がなくて何も食べたくないと言った

夜も遅いし、ユリセリ達は寝てるし

お風呂に入って寝る準備をして、約束通り今日はレイと一緒のベッドで寝る

いつもどんな風に寝ていたか思い出せないな

俺はレイに背中を向けていた

レイはきっと気付いているから何も言わなかった

ベッドで横になって眠れないまま時間だけが過ぎていく

いつの間にか、俺はどうしてこの人と一緒にいるのか疑問を抱いてしまう

恋人じゃないのに一緒のベッドに寝るのはおかしくないか?

この男はセリカの心を弄び踏みにじった…

そうだ、コイツは…

静かにレイの様子を伺うと寝入っているのがわかる

今なら逃げられる

そんなコトが頭を過る

気付かれないようにベッドから抜け出してユリセリの洋館から外へと出た

レイのコトだから俺がいなくなったコトにはすぐに気付いただろう

でも追っては来なかった

そしたら…

俺は

「あれ……俺、ひとりぼっちだ……?」

夏の夜風が生暖かく感じた時、意識せずに涙がこぼれ落ちた

悲しいとかそんなの考えてないのに

いなくなっていく

みんな…みんな…みんな……

俺の周りから大切な人達が消えていく

どこに行けば…いいの

目的もなく足が勝手に深い森へと向いて止まらなくなる

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