114話『もっと私が強かったら』セリカ編

イングヴェィに送ってもらって、また明日と約束してくれた

ちゃんと笑顔でバイバイできた

イングヴェィには…知られたくないから、私の後ろにある邪悪なもの全てに…

現実へと戻る時が来た

「ささセリカ様、今宵も私共の深い罪を浄化してくださいませ」

振り向くと私の現実が目の当たりになる

諦めていた、これが私の人生なのだと、自分の運命なのだと

なのに、死ぬほど嫌だと抗う気持ちが生まれた

これ以上穢れたくないと思う

どうしてだろう、もうどうしようもないくらい穢れているのに

イングヴェィの隣に立つ資格なんて少しもないのに…

「……嫌よ」

「……またまたセリカ様、ご冗談を」

幹部連中が私に掴みかかろうとして、私をいつもの部屋に連れて行こうとする

「触ったら殺すわ」

炎を見せて連中を引き下がらせる

何度だって、吐きそうだ

気持ちが悪いの…私に触れる全ての邪悪が

逃げたい…ここから、今は強くそう思う!!

「私は聖女をやめる」

「運命に逆らうと?」

私の炎を警戒しつつも、連中の表情は変わらない

それは私が逃げられないと思っているからだ

「まさか?」

イングヴェィが言ってた

私が運命の人だって…だから私は運命に逆らうワケじゃない

イングヴェィと一緒に遠くへ行くの!

イングヴェィなら、あの人なら…私を助けてくれる

ここから連れ出してくれる…救ってくれる…

だから

「私は運命に生きるの、だからもう終わり…」

追って来れないように炎で足止めをする

幹部連中と私の間に炎の壁を作ったけど、その隙間から見える彼らの顔はいつもと変わらない

あのいやらしい笑いが消えない

何も対策をしない、炎に飛び込んで追いかけようともしない

どうして?私がいなくなってもどっちでもいいってコト?

それがただただ不吉に感じてならなかった

気になりながらも私は聖殿に戻り急いで自分の部屋の荷物を纏める

その間に私はまた不安に襲われる

イングヴェィは…本当に私を助けてくれる王子様……?

もし…裏切られたら……全部…ウソだったら……

窓に映る空が真っ暗に不穏に覆われていく

「セリカ、おかえり」

背から聞こえる声にピクリと反応する

この声…

「内緒で出掛けるのは駄目じゃないか」

「レイ…」

振り向くとドアを塞ぐように立つレイの姿が見える

「知らない人に着いて行ったら危ないだろう、あの男は誰だい?」

「関係ないでしょ、どきなさい」

って言ってもレイが出入口から離れるワケがない

窓から…いや、レイが私を逃がすワケ……ううん逃げてみせる

炎を使えば…一瞬でも隙が出来ればいい

出来るか?相手はあのレイよ…無理かも……

「セリカだって本当はわかってるだろ?」

迷ってる間にレイに距離を詰められてしまった

手首を掴まれ捻り上げられる

いや、まだ私には炎が…

「相手の男はセリカの事を何も知らないんだろうな」

どくっと心臓が跳ねる

「知っても好きでいてくれるだろうか?」

私の…過去…現在、イングヴェィが受け入れてくれるなんて……

ありえない

わかってる、わかってるから…私は手に力が抜ける

イングヴェィはどんな私でも愛してるって言ってたけど、そんなの知らないから言えるだけ

本当のコトを知ったら、気持ち悪いって嫌われるわ……汚いでしょ、私…

「無理だと思うぞ?どれだけの穢れがあるか、自分がよく知ってる事だろ」

そう言ってレイは無理矢理私にキスをする

キスをしながら私のネックレスを掴み引きちぎる

「思い出せ、自分の事

そしてオレからは逃げられないって事をな」

夢から現実へと墜ちていく

何度も何度も、私は運命に引きずり込まれる

私を逃がしはしない

レイに押し付けられて身動きが取れない

また私は現実から救われない

我慢して耐えて、過ぎるのを待つ毎日

同じコト、繰り返し

これが私の現実だってわかってる

でも…引きちぎられてバラバラになったネックレスが目に入った私は

いつもとは違うってコトだけは信じたかった

レイに気付かれないように、バラバラになったネックレスの花の形をした石を握り締める

大丈夫……?私は……きっと、たぶん……



大丈夫って、思ってた

自分が我慢すれば耐えれば

いつものコトだから

でも、もう大丈夫

私には王子様がいる

助けてくれるって信じてる

救ってくれる…守ってくれる……

……本当に?

「…いつもと違うな」

レイからの汚いもの気持ち悪いもの恐いもの痛いもの

終わった後にレイは首を傾げる

いつもの私と違う様子を感じたレイはすぐに結びつく

「そうか、あの男がいるからだ」

そう言われて私の心当たりが震える

私は大丈夫、自分なら、耐えられる

だけど

私は気付いていなかった

「セリカに希望を与えるあの男は始末しなければ」

今まで何も守るものがなかった

大切なものが私にはなかったのだ

はじめて気付いた

それがいかに危険なものなのか…

自分の弱点なのか

「だ、ダメ!!イングヴェィにっ」

「へぇあの男はイングヴェィって言うのかい

セリカが取り乱すほどあの男が好きか?

どんな目に遭ってもわかってたかのように諦めて、いまいちダメージが少ないと思っていたさ」

どうして私はイングヴェィのコトを隠さなかったのだろう

レイは強い…

イングヴェィが殺されてしまう…

コイツは私のコトなら、どんなコトだってやる男……

「わかった

簡単に殺すよりもっと良い方法を思い付いた

これならセリカがもっと壊れてくれるだろうし」

「なんで…そこまでして、私を……」

レイは私を嫌いなんじゃない、憎しみもない

ただ

「セリカがオレを好きにならないからだろう?

オレは君が他の男のモノになるのが耐えられないんだ

オレのモノにならないなら他の男のモノにもならないように壊したいんだ

わかるだろ?」

歪んでいるだけ

理解できない

そんなの、愛じゃない

全然違う

恋は愛は、相手を幸せにするコト

オマエのそれは何ものでもない!!

「わからないわ」 

「セリカも知りたくないかい?

本当にあの男が自分を心から愛してるかどうか…

好きならどんな事があっても、変わらないな?

もちろんオレは今でもセリカが好きだ

他の男達に穢されて世界の絶望の根源でも

オレはセリカを愛してるのに、本物の愛と言えるのに」

そこは…立派だと言えるのかもしれない

ってか、やっぱりレイは私のコトをよく知っている

それでも愛してくれるのは凄いとは思う

けどね、私にとっては恋も愛もたった1つだけ

だから他にも好きな人、女子供がいるオマエはダメなんだよ

何もわかっちゃいねぇのな

誰かを傷付ける愛は本物じゃない

好きな人を幸せにできない愛を恋と呼ぶな

貴様と一緒にするな!!

私はレイの触れる手を振り払う

「セリカはわかっていないだけだ

そのイングヴェィって男にセリカの真実を見せたらどうなるだろうな」

レイは嫌な笑みを見せる

私は…自信がなかった

こんな私をイングヴェィが愛してくれるとは…

どんな言葉を貰っても、実際に知るのとでは違う…

「その後、殺すよ…邪魔な男は」

呟くとレイは部屋を出て行く

イングヴェィに…知られたくないと思うより先に私のせいでイングヴェィが嫌な目に遭って殺されるのは死ぬほど嫌だった

好きな人を幸せにするのが本当の愛

私が…私があの人を守る!!

レイを止めなきゃ…!そう思って追い掛けようとした時、レイと入れ違いで仲間の男達が入って来る

「行かせませんよ~」

「今夜もおれらと遊びましょ」

足止め…か、くっ…

すぐに私は囲まれ腕を掴まれる

焦りが強くなる

このままじゃイングヴェィが…

私が…私が、好きになったからイングヴェィが不幸に……

「心配しなくてもすぐに好きな男と会えるから、おとなしくな?」

「会えてもその後お別れになるのに?かわいそー!」

殺させない…

私の過去や全てがバレて嫌われようと、イングヴェィが殺される方が嫌だ!!

どんなコトをしても、守るのが正しいのだろうか

私はきっと間違ってると思う

もう絶対に救われない

これだけはしないって決めてた

だって、してしまったら

私はもう私でなくなるって線引きしてたコトだから…

「聖女さんのせいで1人の男が死…」

神聖な炎は、浄化、鎮魂、闇を照らす

でも…私の炎は

「オマエ達がイングヴェィを殺すって言うなら、私がオマエ達を殺すよ」

はじめて人を殺した

炎は私の周りにいた男達を焼き殺す

決意はあった、覚悟も

でも勇気はなかった

これを受け止める強さも…

人が焼ける臭いが部屋に充満する

さっきまで普通の人間として生きていた男達が動かなくなって足元に崩れているのを見て私は…

自分が気持ち悪くなった……

イングヴェィの為なら、好きな人の為ならどんなコトだって……

「うっ……なに…これ……」

でも…これは間違ったコトなんだって後悔する

じゃあ、どうしたらよかったんだ?

吐き気がする

もう戻れない、やり直せない

頭の中がぐちゃぐちゃになって、私は部屋を出て聖殿を飛び出す

真っ暗な真夜中の森を駆け抜けて、私は…もう

全てから逃げ出すしかなかった


好きな人の為に、幸せにするコトが愛

って偉そうに言ってて

なにもできてない

イングヴェィは人殺しをしてほしいなんて私に言ってない

殺したのは私自身が自分の日常が嫌だったからじゃないのか

イングヴェィは私に死んでほしいなんて言ってない

私が…この世界から消えたいだけなんだ

また生まれ変わって同じコトの繰り返しだってわかっているのに

本当は本当は、イングヴェィに私のコトを知られたくないんだ

嫌われるのが恐いんだ

イングヴェィの中ではいつまでも綺麗な私のままでいてほしい

私は結局自分のコトしか考えてなかった

イングヴェィの本当の気持ちを知るのが恐くて、自信がなくて…

この身体でイングヴェィに会える?

会えない、会えないよ…

もうダメなんだね、もう…疲れた…

「ここから落ちたら…終わり」

森の中を駆けていると底が見えない崖へと出くわす

手の中に握り締めていた花の石を眺めては楽しい思い出しかないのに、とても悲しい気持ちになった

イングヴェィ…ごめんなさい……こんな私で

こんな私は貴方に愛される資格ないよ…

なにもかもぐちゃぐちゃだ

死ぬのは怖い…でも、迷ってる時間はない

私が抜け出したコトはすぐにバレて追っ手がたくさん来ている

捕まったらまたいつもの日常…いや、人を殺しているからもっと最悪だろう

「さよなら…」

早く、いかなきゃ……

一歩を踏み出して落ちると先に足を取られ転けて全身を打つ

いた…いけど、死なない高さだった……

真っ暗で見えなかっただけで全然崖でもなく普通の段差で恥ずかしい思いをしただけだった

遠くから私を捜す声が聞こえる

………逃げなきゃ…!!

また私は森の中を走るコトになる

どこに…私は…向かってるんだろう

少しすると目の前に、真っ暗な世界に光が射すように見える

「セリカ…ちゃん…っ!」

すぐにその姿と声にイングヴェィだってわかる

一目見て、すがりたかった

助けてって言いたかった

守ってほしかった、救ってほしかった

イングヴェィは偶然私に会ったコトに驚いていたけれど、おいでと言わんばかりに腕を広げていてくれる

そのまま何も考えずに飛び込めばいいのに

私の足は石のように固まって動けない

いいんだ

最後に一目会えただけで

それだけで私は幸せなんだ…

「イングヴェィ…逃げて……」

泣いて笑って、そこで私の意識は途切れた




目が覚めたのは、飛び起きるような悪夢を見たのと同じように

眠気を感じない激しく息苦しい心臓と熱くなる身体

「あれは……」

すぐにわかった

寝ていたハズなのに、私がさっき見た夢の全てはただの私の前世の記憶……

これがセリくんが言っていた前世の記憶を復活させるもの…

辺りを見回すと眠りに落ちる前に私を囲んでいたタキヤ一味は姿を消している

まんまとやられた…

どんなコトをされたって耐える覚悟で来たのに

「ダメ……もう」

タキヤはわかっていたのだ

私に前世を突き付けるとどうなるのか

オマエの思惑通りだよ

もう…ダメだね……って思うの

隣でまだ眠りから覚めないレイを見て私は立ち上がる

そのまま私は静かにレイの前から去った

私には無理だった

強くならなきゃ、強いつもりだった

でも、そんなの全部全部…ただの無理だったんだよ

全然強くない

私は1人で立ち上がるコトも、立ち向かうコトも…できないんだ

『どんな前世だったとしても今とは関係ない』

私はね……

レイを受け入れるコト…やっぱりできないよ

こわいの

何もかも、全部…なんにも……なんにもないから

イングヴェィは、結局私の妄想だったのか現実だったのかわからないまま終わってしまった

きっと今と同じで前世の私が救われたかっただけの、強い妄想だったんだ

イングヴェィが、私がいないと生きていられないって言葉は

私そのものなんだ…

私は強くないから、支えてくれる人がいないと生きていけない

その想いが妄想として現れたようなもの

わかってしまった、気付いてしまった

だから、私はもうここから立ち上がれないんだ

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