113話『夢の中の世界』セリカ編

レイは…徹底的に私を肉体的にも精神的にも追い詰めた

最初はいつものコトだと私も覚悟していたけれど

やっぱり私は強くなんかない…

無理してる

レイのコトは気持ち悪くて大嫌いだ

でも、初恋だった過去の気持ちが引いて普通の嫌いとは違って言い表せない苦痛だった

ひとときでも好きだった自分が嫌になる、自分が嫌いになる

見る目がなかったのか、運が悪かったのか

出ないと思っていた涙も限界が来ると溢れ出る

この世界とサヨナラしよう…

また生まれ変わって同じような運命を辿るとわかっていても

もう…疲れたよ……

「誰か……助けて……」

そう呟いたのも何回目なんだろう

数え切れないくらい…小さい頃からずっとずっと……

ずっと……叶わないコト

聖殿の椅子の上で私は自分が追い詰められているコトに苦しんでいた

天は明るく、聖殿の天井の隙間にあるガラスから差し込む光はあたたかくやわらかくやさしいのに…

「あ、あの……」

っだ…だれ……!?

急に聞いたコトのない声がして私は声のした方に視線を向ける

………本当に誰!?知らない人なんだけど!?

「だ、誰ですか…」

外国の人…?人間離れした綺麗な人…

ワインレッドの髪が光に当たってキラキラして、ガーネット色の神秘的な瞳

真珠のような肌に、華奢だけどスタイルが良くて…

とても澄んだ美しい声音…

目を奪われて…しまうほどの…美しい人……

お、男の人…?だよね…

こんなに綺麗な人見たコトない

私は生まれてはじめて誰かに目を奪われた

イケメンとかたくさん見て来たけど、それとはまた別ジャンル

そう、王子様が現れたと思った…

すぐに頭を振って現実に引き戻す

ダメよ、人間は、人間は…私の敵!この男も私に酷いコトするんだわ…きっと…

警戒態勢に入る

「あっ、ビックリさせてゴメンね

俺はイングヴェィ、君を一目見に来たんだ」

イングヴェィは太陽のように明るく温かく優しく笑った

………いかんいかんいかん、惑わされるな

詐欺師だ!その笑顔で何億人もの女泣かせてきた奴だ!!

仲良くなって結婚目前で、実は母親が病気でって100万貸してって言う奴だ!!(超偏見)

「私は…セリカ…です」

無視すればいいのに、何故か名乗ってしまう…

「セリカちゃん!!可愛い名前だね」

私が名乗ったコトで心の扉が開いたと勝手に解釈してイングヴェィはさらにこじ開けようと私の傍に寄る

「君が噂の聖女様か~」

えへへとイングヴェィは私の椅子に無理矢理座ってくる

別に椅子は大人2人余裕で座れるくらい大きいからいいけど…

これ聖女しか座っちゃいけない神聖な…まぁいいか

「会えてよかった、見に来てよかった」

めちゃくちゃ横顔見られてる…凄く嬉しそうに

そんなに聖女に会いたかったってコトは治してほしい怪我があるのか?

もしくは治してほしい人がいるのかしら?

「どうして聖女って呼ばれてるの?」

「知らずに来たの?」

わざわざ時間外にまで来るからよっぽどのコトがあるのかと

外国の人なら私のコト知らない人もいるのかな?

じゃあ普通に不法侵入の犯罪者じゃ!?

やっぱりこの人悪い奴だ!!?

「炎は浄化、鎮魂、闇を照らす

回復魔法は生きてさえいれば四肢がもがれていても治すコトが出来るの」

悪い奴って思うのに、炎魔法を見せ、自分の手を切って回復魔法を見せる

どうしてだろう…警戒しようと思えば思うほどそんなコトころっと忘れてしまう

不思議な人……

「素敵な力だね、俺も魔法は使えるけど他人を治す回復魔法はないんだ

回復魔法は高度な魔法だし、それを瞬間なんて俺の知ってる世界の中でもそうはいない」

あっ、この人…凄く良い匂いがするんだ…

その匂いが私の警戒心を解く

「セリカちゃんは立派な聖女様だね」

にこっとイングヴェィに言われて、何故だか私の心は温かく跳ね上がる

この気持ち…

でも、それと同時に冷たく鋭く突き刺さる

言えなかった、言えるワケがない

本当の聖女の役目のコトなんて…

醜く汚く穢れた罪を受けるコトなんて…

世界の人は自分の罪を私の身体で浄化されると信じ切っている

そんな…コト…知られたくない

「……そう…かしら」

どうして私は隠したいんだろう?

隠したところでいつかはわかる話なのに

ずっと心がズキズキ痛むよ…

「ねっセリカちゃん、外へ行こうよ」

椅子から立ち上がったかと思うとイングヴェィは私の前に立ち手を差し出す

「……外…?」

「うん!君とデートがしたいな」

満面の笑顔が私の心をまた熱くする

ドキドキ…ぎゅって…この気持ち

私の知ってる…

いや…いやいやいやいや!!??

そんな、まさか…つい最近この気持ちを踏みにじられて壊れてなくなったばかりなのに

はっ!?もしかして私は病気!?

病気には回復魔法効かないもんな、困ったな~?

「外に出たら怒られる……」

「どうして?そんな奴がいたら俺がやっつけてあげるよ」

「お外は穢れがたくさんあるからって…」

「……そうかな?天は神聖だけど」

イングヴェィは空を指した後、辺りを見回して肩を竦める

「ここは神聖な場所じゃないよ

天の光はとても神聖なものだと感じるけど

この土地は…君に相応しくないな」

胸が苦しくなる…息苦しい

この人は本当に何も知らないんだ

でも、何も知らなくても直感的に肌で感じる人…

いつか…見透かされてしまう

私が…その元凶だってコトに…

掴みかけた手を引っ込めて俯く

関わっちゃダメだ…

悪い人だからって疑ってるんじゃなくて

彼は綺麗だったから、綺麗すぎた

それくらい私にはわかるよ

だから私は触れちゃいけない、汚い私が触れたら貴方まで汚く……

「さあ行こうよ、セリカちゃん」

なのにイングヴェィは私の手を掴み引っ張る

その手を私は引き抜くコトだって出来たのに私は太陽みたいに笑うイングヴェィの手を離せなかった…

ここから…私を連れ去って…

天はキラキラとイングヴェィを照らす

輝く王子様に私は見えて…

そんなまた夢を見ようとする懲りない私に呆れてバカだなって思う私もいるのに

私はそんな自分を押し込んだ

二度とないと思ってたよ

だけど、あるかもしれない…

私…まだ…また…夢を見てもいい?

「うん…」

私が頷くとイングヴェィはさらに笑みを深める

デートってどこ行くんだろう…何するんだろう

タピオカ飲むの?

……それしか思い付かないってヤバくないか私…

正面は目立つから窓からとイングヴェィに言われて覗くとたくさんいる

「あれ?さっきより警備が強化されてるな~…うーん」

イングヴェィが不法侵入した時は休憩でも重なったのだろうか

確かに窓から見ると隙がないくらいの見回りがいる

「無理かも、見つかったらイングヴェィ…」

確実にあの館に監禁されて拷問の末に殺される…

聖殿に不法侵入、聖女誘拐未遂

もう有罪しかなかった

「うん!じゃあ殺そう!死体も消すから大丈夫だよね」

「何が大丈夫なの!?神隠しに遭ったって大騒ぎになるよ!?」

「(殺人はしていいんだ…)ダメかな?」

「ダメだよ、神隠しに遭う見回りの人にだって家族がいるのよ?

可哀想よ、私は嫌だな」

「………ジョークだよ?」

本当にジョークかな?目がマジなんだけど

イングヴェィは今日は仕方ないなと肩を落とす

また私の手を引っ張って2人して椅子に座る

「それじゃあ、セリカちゃんのコトもっと教えてよ

知りたいんだ、君のコトたくさん」

興味津々に近付く

めっちゃ距離近い…

パーソナルスペースがない人なのかな…?

それとも…私だから…?私だけ特別…?

いやいや…そ…んな、コトあるワケないよね

自分の良いように解釈しちゃってる

私はバカだ

バカだ

懲りたハズなのに

それなのに、また同じ不幸に落ちようとしているの?

「私のコトを知って、どうするの…」

突き放してしまう

自分を守る為に

ううん…本当はただ怖いだけのくせに

「君のコトたくさん知ったら、今よりもっと好きになる!

知れば知るほど好きが大きくなるよ

もっともっと、セリカちゃんのコトが知りたいの

何が好きなんだろうとか、嫌いなものはとか」

なんの混じりもない笑顔が私の目に飛び込んで来る

知れば知るほど嫌いになると思うのに…どうしてそんなポジティブに言い切れるんだろう

「そしたら、どうやったらセリカちゃんが俺を好きになってくれるか考えられるでしょ?

君のコトを知ったら、君に愛されるように俺はなんだってするもん」

なのに、突き放すなんて出来ない…

万が一悪い人だったら、その時に考えればいい

自分に嘘付いちゃダメだよ、そんなコトしたらイングヴェィまで傷付けちゃう

「変なの、さっき会ったばっかりなのに好きなんて」

ふふっと私も笑顔がこぼれてしまう

真っ直ぐすぎて、嘘をつくような顔をしないから

優しい気持ちになる…

「そうだね、セリカちゃんには妙な魅力があるからたくさんの人を惹き寄せるんだろうけど」

……忘れてたわ、思い出したくもない

レイも私に一目惚れしてだった…

最初から私に…

もしかして、やっぱり…同じ道を辿ってる…?

また…

同じコトに…

不安が大きくなる、怖い…

「でもね、オレはそんなんじゃないよ

ハッキリわかるんだ

セリカちゃんは俺の運命の人だって、永遠の恋人になるの」

あっこれヤバい奴だ

レイ以上の思い込みが激しいストーカーだ

「だから、君がいないと俺は死んじゃうの

セリカちゃんがいないと生きられない」

私のコト好きになる人ってヤンデレかメンヘラしか、いないのかなぁ……恐いなぁ…

「はじめてなんだもん!」

イングヴェィは私の両手を掴んで自分の口元へと持っていく

「恋をしたのは、愛したのは…

セリカちゃんだけ…」

そっと私の指先にキスをする

指先から熱が伝わる、凄く凄く…照れる

恥ずかしい

私は耳まで真っ赤だ

でも、指先に柔らかい唇が当たった感触はあったけど

その唇は冷たく体温を感じられなかった

緊張と恥ずかしさで気付かなかったけど、イングヴェィの手は冷たい……?

少しすると私の体温が伝わって冷たさを感じはしないけど

体温…が恐ろしいほど低いとか…?それ死ぬんじゃ!?

そういう体質?病気?なんだか…心配だな

イングヴェィを見ていると凄く元気そうだから大丈夫なの…かな?

「それって…私が貴方の初恋ってコト?」

「うん!」

嘘を言ってるようには見えなかった

初恋…初恋か…私もそんな時があった

イングヴェィの押しに負けた私は自分のコトを話した

質問されたコトに答えながら、趣味の話や好きな動物の話、ほかにも色々

イングヴェィは私が嫌がるようなコトや答えにくいコトは聞かなかった

過去の恋愛のコトや私の小さい頃の話や聖女の役割とか…

私のコトはなんでも知りたいと言っていたのに、話すコトがたくさんありすぎてたまたま聞かれなかったんだろうか

とにかく私はイングヴェィと話していると嫌な気持ちになるコトなんてなくて、とても…楽しかった

「すっかり暗くなっちゃったね、夢中で誰かとお喋りしたのはじめてかも」

「私も」

炎魔法で夜を静かに照らす

イングヴェィと私のこの2人っきりの空間だけを、誰にも邪魔されないように

「もっと一緒にいたいけど…」

イングヴェィは名残惜しそうにするけど、私が男のイングヴェィを警戒しないように気遣ってくれる

「今日は帰るね、また明日会いに来るよ」

そう言って椅子から立ち上がったイングヴェィは私に顔を近付けて

「またねセリカちゃん、おやすみ」

私の頬に軽くキスをする

キスの後に見せたイングヴェィの頬は微かに赤らんでも見えたけれど、それは私の炎の色がイングヴェィの白い肌を染めているだけかもしれない

頬にキスなんて、ただの挨拶なのかもしれないのに

私は変に意識する

触れた頬に手で触れて私は何も言えなくなって、イングヴェィが帰る姿をずっと見ているだけになってしまった

イングヴェィは何度も私に振り返って笑顔で手を振ってくれる

息が止まりそうだ、私は…

「夢を見ていたのかな…」

イングヴェィの姿が見えなくなって私は息をつく

幸せだと…思ってしまった

幸せな…夢、ううん…妄想だ

限界が来ていた私の理想の妄想の王子様

現実と区別が付かなくなるくらい私はダメになっているのか

それなら体温を感じなかったのにも納得がいく

相手は存在しないのだから……

頬へのキスも…

レイにキスされた過去の、あれ以来トラウマのように嫌になってしまった記憶を塗り潰そうと、私がしているだけなのかもしれない

汚い…穢い…邪悪が私にまとわりついてる

身体の隅々全て…私は邪悪にまみれてる

レイには、私の心も身体もめちゃくちゃに犯されて……

嫌だ…嫌だ、嫌よ!思い出したくない!!気持ち悪い!!

早く、早く、早く…明日になって

また私を妄想の世界へと連れ出して

イングヴェィ…私のイングヴェィ…私の理想の王子様

私が創り出した妄想の……



次の日、目が覚めると…

……いる!?

寝ぼける暇もなく眠気が吹き飛ぶ

私の寝室にあるソファにイングヴェィが座ってる

不法侵入しか出来ない人なの?

「あっ、おはようセリカちゃん」

昨日と変わらない笑顔が私を見る

「早く会いたくて来ちゃった」

イングヴェィは…私の妄想…

イングヴェィは私に近付き手を差し出す

昨日と同じようにして

「今日も良い天気だよ、デートしようセリカちゃん」

妄想…

恐る恐るイングヴェィの手を取る

やっぱり冷たい手をしている

でもね…私が手を置くとちゃんとしっかり掴んで引っ張ってくれるの

妄想なんかじゃない

イングヴェィは…イングヴェィは確かに存在する

夢なんかじゃない

夢と現実の違いくらいわかるよ

手が冷たくても、そこから私は熱を持って全身に駆け巡る

嬉しいの、あたたかい気持ちになるの…満たされるの…

「デートしてもいいけど、レディの部屋に勝手に入っちゃダメだよ」

恥ずかしいから苦笑いして

「あっ!ごめんね!セリカちゃん

そうだよね、着替えとか準備もあるし

女の子の寝室に黙って入るなんて、よく考えたら……

俺って失礼なコトしちゃったよね

本当にごめん!外で待ってるから!!」

申し訳なさそうにイングヴェィは頭を下げて全力で謝ってはすぐに部屋を出て行ってくれる

確かに恥ずかしかった…

でも、イングヴェィが部屋からいなくなってシンと静まり返ったら

夢から覚めてしまうように私は引きずり戻される

嫌な現実のトラウマが私を襲う…

私を…私を…1人にしないで

「いつまでも待ってるから、ゆっくり支度してくれて大丈夫」

ドア越しからイングヴェィの声が聞こえる

不安に、苦しみに…捕らわれていた私は

一瞬で心が軽くなる

全ての不幸から解放されるようだ…

イングヴェィの声は…私の心をあたたたかくしてくれる

眉間に出来ていたシワも緩む…もう何も怖がって力を入れなくていいんだって…思わせてくれるのね…

本当に不思議な人…

私の心を見透かしてるようだ

なんでも私のコトわかるようだ

「ありがとう…イングヴェィ…」

私はすぐに出掛ける準備をする

早くしなきゃって気持ちとイングヴェィに可愛いって思ってもらいたくていつもより気合いを入れて支度をする

メイク変じゃないかな、ネイルはこの前綺麗にしたばっかだしオッケーね、髪型これでいいかな、お洋服は、靴はバッグは…

完璧!とは言えないけど、最高に可愛くしてみた

うん、行こう

なんだか…ドキドキする…

昨日の今日の人に…こんなに緊張するのははじめてかもしれない

「お待たせ、イングヴェィ」

「あっセリカちゃん……」

ドアを開けるとイングヴェィはすぐに私の方に向いて笑顔で固まった

あれ…もしかして私なんか変!?

や、やばい…気合いを入れたのが裏目に出た?

男の好みと女の好みは違うって言うし、もしかして失敗…?

「いい…」

「えっ…?」

元気いっぱいの明るい声が聞こえないほど小さい

「可愛い!!昨日のセリカちゃんは綺麗で可愛かったけど、今日のセリカちゃんも綺麗で可愛い!!」

それって一緒じゃ?

テンション高いイングヴェィはそのまま私を抱き締める

わわっちょっと…身体が緊張して固まる

嫌じゃ…ない…

イングヴェィは男なのに、私は嫌と感じない

身体…も冷たいんだ、イングヴェィの体温をやっぱり感じない

それが不安になる…やっぱり私の妄想なんじゃないかって、本当は存在しない人なんじゃないかって

それでも貴方に抱き締められると私の身体は熱くなる…

恥ずかしくてたまらないのに、幸せな気持ちになってずっとこうしていたいって思うの

夢でもいいって、妄想でもいいって、思った

イングヴェィはこうして存在している

私に恋をしてくれる私に愛をくれる

それだけで…いい


デートと言われて私はイングヴェィに城下町へと連れて来てもらった

朝早かったから警備も手薄だったのと金に弱い奴がちょうど当番だったからチョロかった

城下町は賑やかで華やか、朝早いのにそれなりに盛んだなと感じたが

イングヴェィが言うには昼くらいになるともっと人が増えて元気で明るい街だよと教えてくれる

「これは…音楽?」

さっきから耳が幸せになると思ったらたくさんの楽器がたくさんの人によって街を盛り上げていた

「そういえば、セリカちゃんは音楽が大好きだったね」

「うん…」

音楽があったから私は今まで生きて来れたってのもある

音楽は私を支えてくれる、慰めてくれる

ずっと小さい頃から…

それだけ音楽に助けてもらって大好きだけど、私には音楽の才能がなかった

絶望的に…歌はダメ、楽器もダメ、楽譜は読めない、作曲なんてまったくできない無能

「俺ね、実は歌には自信があるんだ」

「えっ!?イングヴェィ歌えるの?凄い!!」

ふふふとイングヴェィは演奏している団体に声をかけて、歌の許可を取った

飛び入り参加は大歓迎だったようで団体さんは最高に盛り上げっている

「セリカちゃんにピッタリの曲、贈らせてもらうよ

君の為に歌うから…」

私は特等席だった

イングヴェィは目立つ容姿をしていたからすぐに人は集まって、たくさんの人に囲まれたけど

私はイングヴェィしか見えなかった…

音楽が静かに流れて…イングヴェィの歌声がこの一帯に響く

澄んだ声が高く綺麗に、今まで聴いたコトのない優しく柔らかく心に突き刺さる素敵な歌声

誰もがイングヴェィの歌唱力に耳と心を奪われる

でも、私が1番…奪われてる……

音に音を重ね、終盤に迎えば迎うほど心を高ぶらせるような盛り上がりを魅せる

凄い…凄い…こんなに……素敵な…音…はじめた聴いた…

イングヴェィの歌声は…どこまでも天にまで昇るほどに

周りから拍手と歓声が聞こえる

いつの間にか音楽が終わっていたみたいだ

感動しすぎて私は時が止まっていたのか、ハッとしてすぐに拍手を送る

「えへへ、人前で歌うのははじめてだからちょっと恥ずかしかったな」

イングヴェィは私の前に戻ってきて照れくさそうにした

「セリカちゃん…どうして泣いてるの?」

そっとイングヴェィが頬に触れるから…その指には雫が乗っている

私…泣いてたの…?嘘?

自分で目をこすると涙で指が濡れた

「あっ…いや、感動しちゃって」

あの素敵な歌を私の為に…私に贈ってくれた曲なんて…

普通に…嬉しい…凄く…めちゃくちゃ

こんな気持ちになったコトない

愛を貰うってこんなに…嬉しいコトだったんだ…

幸せだと感じる…幸せをもらってるんだ私

「ありがとう」

イングヴェィに頭を撫でられるとまた私の視界が滲む

「セリカちゃんのコト、泣かせたいワケじゃないんだけどな」

「ご、ごめん…」

「ううん…嬉しいよ、セリカちゃんが俺の歌を受け取ってくれて

嬉しいんだよ俺は、大好きなセリカちゃんが幸せを感じてくれたら」

余計…涙が出るコト、言わないでよ…

大好きなんて…

私が幸せだったら嬉しいなんて

そういうの…慣れてないから…どうしていいか、わからないじゃない…

涙が静かに流れる

泣き喚くんじゃない

嬉しくて、嬉しすぎて

こんな些細な小さなコトでも

私は生まれてはじめて幸せと思ったんだよ

もう泣かないでってイングヴェィは笑って抱き締める

だからそれが泣くんだって

ああ迷惑だ、イングヴェィを困らせてる

いつから私は泣き虫になったんだ

こんなのイングヴェィが困るだけなのに

私は、イングヴェィを困らせたいんじゃないのに

ふとお世話になった楽器を持った団体さんが私達を見て笑みを浮かべているコトに気付く

急に恥ずかしくなった私はピタリと涙を止めて冷静さを取り戻す

そ、そうだった…ここはお外なのよ、人目があるのよ

「あっ…えっと、素敵な音楽でした

ありがとうございました」

私がお礼を言うと団体さんはニコニコして

「初々しいね~、まだ付き合って1ヶ月立ってない頃?」

「若い頃を思い出すわ~」

「いいな~」

恥ずかしいコトを言われた

「べ、別に付き合ってないです!まだ!!」

「まだ?」

ニヤニヤされた

私は死ぬほど顔が真っ赤になる

「えっ?付き合ってないの?俺はもうセリカちゃんのコト恋人だと思ってるよ

いつプロポーズしようかな~?」

ふふふとイングヴェィは満足そうにしている

えっもう結婚まで考えてるの?昨日会ったばっかなのに?

愛が重い、わかってたけど

「お幸せに~」

アハハハと団体さんに笑われて私は恥ずかしくなってその場を早足で離れる

離れて冷静になると思い出す

私が聖女だって気付かない人もいるのね…

街では騎士と聖女が恋人同士だって噂が流れていたハズ…

まだ朝は人が少ないとは言え、これから人が増えればその噂を知ってる人もいて

私が聖女だって気付かれたら…

イングヴェィに…その噂が耳に入るかもしれない

そんなの嫌だ

噂は噂、実際に恋人同士になった期間は1ミリもない…

身体は…アイツの汚いものが染み付いてはいるが……

イングヴェィには知られたくない…嫌われたくない……

もしかして…私……ズルい?

私はイングヴェィを騙しているんじゃ?

イングヴェィは何も知らない

私を理想な人と思っている

きっと理想の私は穢れ1つない真っ白な存在……

現実はそうじゃないのに…

私は…私は、大好きな人を、自分が愛されたい為に騙すの?

私は、私さえ良ければいいの?

やっぱりイングヴェィには私は相応しくない…

貴方の初恋が私によって汚されるのは……

また苦しみに押し潰されそうになる

俯く視線の先に綺麗な花の束が映る

すっと視線を上げるとイングヴェィが太陽のように私を照らす

「あげる」

「お花…」

「セリカちゃんお花も好きだったよね

さっき、男の人が女の人に花束を買って渡していてとっても喜んでいたから

俺もセリカちゃんにお花を渡したら、喜んでくれるかなって」

震える手で差し出された花束を掴むか迷った挙げ句、見つめるコトしか出来なかった

全部…私の好きな色の花だ

淡い色で統一されて繊細で可愛くて綺麗で…

ダメだ…また泣きそう

イングヴェィは私を幸せな気持ちにしてくれる

こんなに素敵な人…私なんかが……ダメだ

「セリカちゃん…」

私が笑顔にならないからイングヴェィは心配そうに名前を呼ぶ

イングヴェィはさっきのカップルのようなのを期待していたんだ

なのに、私は…なんで笑顔でありがとうが言えないんだろう

「イングヴェィ…私……イングヴェィの理想の女じゃない……の」

「そんなコトないよ」

「私は…綺麗じゃない……」

話したくない…言いたくない…

でも、イングヴェィを騙してるみたいで嫌なんだ

貴方だけは傷付けたくない

だったら…最初に言うべきだ

自分のコト、私の…コト

嫌われても構わない、気持ち悪がられったって…本当のコトだ

私はイングヴェィに愛されるほど立派な人間じゃない

「私は…聖女の本当の役目は、私の過去は……っ」

イングヴェィは私の口を手で塞ぐ

「セリカちゃんが話したいなら俺はどんな話だって聞くよ

何かあったらなんでも言って、いつでも

でも、話したくないなら無理に言わなくていいんだよ」

でも、と言いたかったが口を塞がれていたから首を横に振る

「どんなセリカちゃんだって俺は嫌いになったりしない

例え、君が世界の絶望を持っていたとしても…全部全部…ひっくるめて愛してる」

なんで…イングヴェィは…そこまでして私のコト……

本当は私のコト知ってるの?って目を向けると、本当に私の心を見透かしているかのように

「君のコトは君から聞いたコト以外は何も知らないけど、君のコトならなんでもわかるよ

それに俺は500年は生きているから、人間がどんなものかなんて知ってる

その最悪を考えても、俺はセリカちゃんのコト大好きだよ」

嘘じゃない…?無理してない…?

言葉だけ聞いたら疑ってしまった

でも、イングヴェィは私の大好きないつもの笑顔で…言うから…笑うから…

信じたいと思ってしまった…

こんな私でも…本当に…本当に…

「受け取ってくれる?」

いいの?

私の口から手を離してもう一度花束を差し出す

「はい」

迷わない、泣くのを我慢して

今度は笑って受け取る

それがイングヴェィにとって、1番のお返しだ

でもやっぱり視界が滲むな…ありがとうイングヴェィ…

「うん、セリカちゃん」

「って、500歳!?私と変わらない見た目なのに!?」

「21歳の時に成長が止まって、それから500年以上生きてるよ」

「人間じゃない!?」

「そうだね、人間じゃないね」

驚きのあまり涙が出て来ない

イングヴェィはさらりと自分が人間じゃないと告白する

さ、さすがに私を笑わす冗談だよね…?

いや…人間じゃないなら体温がなく冷たい理由にも納得いくけど…

私は確かめるようにイングヴェィの手を繋ぐように触れる

やっぱり…冷たい…

冷え性なら手が冷たい人もいるだろう、私も冬にはそうなる

でも、イングヴェィのはそれとは違う

冷たいと感じるのはそこに体温がないから

そして、抱き締められた時に心臓の音が聞こえない

私はイングヴェィの胸に耳を当てる

人間じゃなくても生き物なら体温があって心臓の音がしてもいいハズなのに

イングヴェィは私の知ってる人外とはまた別の…

「あれイングヴェィ?さっきから静かだけど…」

ふと私はさっきからイングヴェィが動かず喋らずなのに気付いて見上げると、今までにないくらい顔が耳まで真っ赤になって固まっていた

私が声をかけるとイングヴェィはハッとして目を逸らす

「お、おかしいな…セリカちゃんから触れられると……凄く…緊張しちゃって…

なんだか、よくわからない…嫌じゃないのに

どうしていいか、わからなくて…めちゃくちゃ……恥ずかしい……」

頭から湯気でも出そうなくらいイングヴェィはだんだんと声を小さくしていく

なんで!?初対面からスキンシップ激しくてハグも頭撫で撫でも恥ずかし気もなくやって、昨日いきなり頬にキスまでしといて……

私が触ったら……なんだ、安心した

本当に初恋の恋愛初心者なんだ

ホッとする、その反応を見て

照れてくれて、本当に私のコト好きなんだね

嬉しいな

「500年以上生きてて私が初恋…?

信じられない…女性経験もないってコト……?」

いつもイングヴェィのペースに振り回されてるから皮肉ってみたけど

「うん…」

恥ずかしがるだけ、ダメージはまったく受けてなさそうだ

この世界じゃ成人してて女性経験ない男はバカにされるって言うのに…

別にいいだろ!?悪いか!!?

「セリカちゃんと運命の出逢いをする為だったんだって今なら思うから」

「っ…」

逆に私がやられてしまった…

凄く恥ずかしいけど、素敵ねそういう考えって…さすがイングヴェィ

恥ずかしくて少し顔を逸らしてしまったけど、イングヴェィが好きだから私は貴方の顔を見て微笑むコトにする

「やっぱりセリカちゃんは俺の運命の人だね」

「どうしたの急に?」

「俺が人間じゃないって知った人間は、俺を恐がったりするんだ

まぁ俺が悪かったってのもあるけど…俺が同じ人間じゃないと知っても普通に接してくれるんだね」

「私にとってイングヴェィはイングヴェィだもん」

人間より…むしろ同じ人間でいてほしくなかった

私の憎しみと苦しみと悲しみでなくて、よかったとすら思う

「他の人は…わからないけど

私だって、怖いって思う人はいるわ

それは種族が違うからってだけじゃなく同じ人間でも、だから」

「ありがとうセリカちゃん」

イングヴェィは私の言葉を遮る

「他の人のコトはいいんだ

もしセリカちゃんも他の人達と同じように俺を恐がったりしたら…って、心配したよ

他の誰がなんと思っても、セリカちゃんさえ好きになってくれたらいいの」

私以外見えていない、眼中にない

イングヴェィのコト恐いって思う人はいるんだろう

でも、こうして街を歩いていると誰もがイングヴェィに振り向き視線を向けてしまう

目を奪われてしまう

人間離れしたその美しい容姿と、人を魅了する不思議な雰囲気

私は…それが少し気掛かりだった

イングヴェィに惹かれるのは、私の本心じゃなく心からではなく

この人の不思議な魅力か何かに、他の人と同じように心を惑わされているだけじゃないかと

疑うのだ

それでも良いと思った

イングヴェィは…私の幸せだったから

自然と簡単に私を笑顔にしてくれる

その後もあっという間に時間が過ぎてしまう

なんやかんやで夕方になって、日が暮れるコトに気付くともう帰らなきゃいけないと頭に過る現実に憂鬱さを抱く

「これ、とってもセリカちゃんに似合うね」

アクセサリーのお店でイングヴェィは淡い色の石を繋げたネックレスを私の首元へ試着してくれる

パステル色のキラキラした天然石とビーズが繋がって中心にはお花の形をした石がとても可愛かった

でも、お店の人にこれは子供向けの商品だからと言われてしまい

「そうなんだ、じゃあこっちの方でセリカちゃんに似合うものを…」

「えっ、いやそんな高いのは…」

大人の女性にはこちらと紹介されたアクセサリーは高価で私には手が出ない

「俺がセリカちゃんにプレゼントするんだよ

遠慮しないで、好きなの選んでね」

「で、でも…」

アクセサリーとか綺麗だなって思うけど、高いし…

それに私は高価なアクセサリーよりイングヴェィと一緒にいられるならそれでいいんだけどな

「プレゼントしたいの!俺がセリカちゃんに」

強く押し切られるように言われてしまうと断れなくなってしまう

イングヴェィはそうしたいから頷くべき…だよね?

その好意を断る方が失礼だ

私が相手にプレゼントする時に、悪いからって断られたら傷付くもん

でも…あっ、じゃあ

「それじゃあ…これ!これが良い」

私は試着でつけていたネックレスを指した

「それはセリカちゃんにとっても似合ってるけど…子供向けだって」

「でもイングヴェィはこれが私に似合うって言ったでしょ?

私もこのネックレスが1番気に入ったんだもん、ダメ?」

「ううん、ダメじゃないよ

わかったセリカちゃんが喜んでくれるならそれをプレゼントするね」

「ありがとうイングヴェィ!」

イングヴェィの笑顔に私は嬉しいと微笑む

近くにあった鏡を見て私はネックレスを飽きもせす眺めてしまう

誰かにプレゼントを貰ったのははじめてかもしれない

嬉しい…イングヴェィといると嬉しいコトしかない

こんなにしてもらって、私はイングヴェィに何をお返しできるんだろう…

お金もない、なんの才能もない、何が出来る?

イングヴェィは何かほしいものとかしてほしいコトとか…あるのかな

「もうそろそろセリカちゃんを帰さなきゃいけないか、もっと一緒にいたいけど」

嬉しい気持ちドキドキする気持ち幸せな気持ち、ときめきが夢のように覚めていく

ああ帰るんだ…あそこに…現実に…

「帰る前に、もう一カ所だけ付き合ってくれる?」

暗く苦しみの現実に戻されそうになった私はイングヴェィに手を掴まれ引っ張られると、また夢の続きを見ているかのようなふわふわした気持ちになる

どこに連れて行ってくれるんだろうってそんなコトより、私はこのまま帰りたくなかった

ずっとずっと…夢を見ていたい

どこか…遠くへ、私を連れて行ってほしかった

もう二度と戻れないくらい遠くへ

何もかも忘れて…幸せになりたい

今日の最後に、帰る前にイングヴェィが私を連れて来てくれたのは大きな湖がある場所

鏡のように綺麗な湖は空を写して夕焼けの真っ赤な空間はこの世界のウソみたいは場所

私の汚くて気持ち悪い穢れた世界とは違う…

私にとったら、こんな世界はウソっぱちだ

でも、イングヴェィが隣にいるとこれが本当の世界なんだって信じられる…

イングヴェィは私と違って……穢れのない綺麗な……人…

「どこにだって連れて行くよ、セリカちゃんが望むなら…どこへだって」

幸せに…なりたい……

それが私の願いだった、ずっと…ずっと…昔から

もう諦めていた願いも…祈りも

イングヴェィの顔が見れなかった

自分の視界がこの綺麗な世界を映せなかったから、涙が邪魔するのよ

ずっと私の手を握ってくれるイングヴェィの手を握り返す

精一杯、私の気持ちが伝わるといいなって想いながら

どこへだって…連れて行ってよ

行けるなら、私はどこだっていい

イングヴェィと一緒なら、例え死んでも…構わない

もう…疲れた……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る