104話『何百年の関係に変化の訪れ』セリ編

何度生まれ変わったとしても運命は変わらない

時だけは過ぎても、似たような運命はずっと…永遠に俺にまとわりつく

物心ついた時からもう自分の世界は地獄だって気付いた

小さい時から大人になってもここからは抜け出せない

この小さな村の中のどこに逃げればいいと言う

外は魔物がうろうろしていて人間が外に出るのは自殺行為でしかなかった

いつまで…いつまで、苦しめばいいのか

わからない未来だけに期待して、いつかは幸せになれるって信じて生きるしかなかった

生きてる意味を期待しなくなったら…死ぬしかないのだから


家にもいたくない、外にも出たくない…

それじゃあ俺はどこにいればいいんだろう

そんなコトを毎日考えていてもどうしようもない

買い物に行かされると高確率で金を巻き上げられる

返せと言った所で返すワケないし、絶対に金を取られるとわかっていて俺を買い物に行かせるおっさんも、ただ俺を殴りたい理由を作りたいだけ

いつものコト過ぎて、やっぱりいつもみたいに我慢して耐える

「あんたが生きててくれて、おれたちゃ嬉しいのよ?

金はくれるし、おもちゃにもなってくれるしよぉ」

やっぱり…今日もだ

悪人面を並べて数人の男が俺を囲む

そう言いながら金を奪い取られ、ついでと言わんばかりに容赦なく腹へと拳をねじり込まれる

「ぐ…ぅっ……」

痛い…手加減がない

俺がいくら怪我しようが回復魔法で何もなかったかのようになるってわかってる分まったく容赦がなかった

楽しくて遠慮のいらない壊れないおもちゃはこういう奴らの格好の餌食だ

「面白い顔すんね~、ちぃっとばかし綺麗過ぎねえか?その顔よ、今日は男らしく変えてやんか」

両腕を男達に抑え付けられ、重いパンチがモロに顔目掛けて飛んでくる

死ぬほど…痛い…っ

ポタポタと自分の鼻から血が流れ落ちるのが見える

いつものコトだけど、絶対に慣れたりなんかしない

痛みはずっと変わらず痛い……

その後も死なない程度に俺はコイツらのサンドバックでしかなかった

笑い声が耳障りで、俺は何が楽しいのかわからないのにコイツらはみんな楽しんでる

早く終われ…早く…終わって、それだけを祈って耐えた

長いコト耐えた気がするけど、いつの間にか俺は気を失っていたのか目を覚ますとアイツらはいなくなっていた

「うぅ…いた…い……」

身体中が痛みで熱い…

今日はこれだけで済んでよかったのかも…

気を失ってからあまり時間は経ってないみたいだが、帰りが遅くなるとまた怒られる

金もないし買い物も出来てないからどうせ変わらないんだろうけど…

「酷い怪我…大丈夫?」

立ち上がろうとした時、頭の上で女の子の声がした

大丈夫…?そんなコトははじめて言われて、俺は動きが止まってしまう

「痛くない?」

見上げると、その女の子は花屋の娘のユーミちゃんだった

話したコトはないけど、確か俺と同い年だった気がする…

女の子と話したコトがないから…なんだ、凄く緊張する

痛くない?と言われてユーミちゃんは俺の腫れた腕に触れる

正直痛い、痛いけど…痛いより恥ずかしいって気持ちが勝って痛くなかった

「だ、大丈夫!だって、俺はほら…」

すぐに回復魔法で自分の怪我を治してみせる

アハハと笑ってみせたけど、さっきまでの酷い怪我が一瞬でなくなったのを目の当たりにして彼女は驚いた様子だった

俺が回復魔法を使える変な奴ってのは知ってるだろうけど、それを見るのははじめてなんだろう

「ええっと……じゃあ俺は帰るから、バイバイ」

何を話していいかわからなくて、それに凄く緊張して恥ずかしくて…俺は逃げるように彼女の前から離れてしまった

本当はもっと話したかったのに…意気地なし

女の子と話すコトはあまりなくて…ビックリした

なんだろう…ドキドキした…ちょっと心が苦しい…けど、この苦しさは嫌じゃない

変な感じ…

ユーミちゃんか……可愛いかったな、間近で見ると、可愛いよ

大丈夫?って…声をはじめてかけてもらえて…嬉しかったな


それから俺は外に出た時は自然とユーミちゃんを目で追ってしまう

偶然いた時は彼女から目が逸らせなかった

でも、声をかけるコトなんてできない

ヘタレな俺だった…

「聞いてくれ、親友よ」

たまに山から降りてくるウサギさんに野菜や果物をあげていると懐いてくれて、いつの間にかたったひとりの友達になっていた

ウサギを抱き上げ膝に置き、遠くにいるユーミちゃんを指す

「俺、最近あの女の子のコトばかり考えちゃって」

村一番の美人ってワケではないけど、物静かな優しくて可愛いらしい女の子だった

「いつか…恋人になって、結婚して…

そんな日がいつか俺にも来たらいいなって思うんだ」

ウサギは俺の方へと向きをかえて背伸びして顔と一緒にその小さな手を俺の顔へと伸ばす

なんて可愛いんだ、この生き物

「その時はオマエも一緒に住むか?」

撫でてやるとウサギは気持ちよさそうにする

こんな遠くから見てるだけじゃ仲良くなれるワケないし、恋人なんて結婚なんて出来ないってわかる

けど…俺は自信がなかった、彼女を幸せにする自信が

彼女を守れる自信がないんだ

弱者な俺には高望みでしかない

自分すら守れる力がないのに、誰かを守れるワケないだろ

だから…いいんだ、こうして遠くから見ているだけで

そのうち彼女は誰か素敵な人と結婚して幸せになるだろう…それでいい

俺は情けない男だった、自分の手で好きな人を幸せに出来ないんだから……

ただの逃げかな、諦めて我慢して現実を耐えるだけの…そんな俺なんて生きてる意味あるのか


それからウサギと暫く遊んでから家に帰った

日が暮れるとすぐに夜の真っ暗闇に包まれる

「ただいま…」

家に帰ると母さんはいなかった

弟達も…いないのか…

おっさんは?誰もいない?珍しいな…

あのクソおっさんは無職だから家にいるコトの方が多いのに

「おいセリ!帰って来たんなら地下へ来ぉ!!」

うっ…わ……最悪、やっぱいるんじゃん

普段から人目を気にしない男だが、母さんや弟達がいないともっと酷い目に合う

嫌だな…嫌だと思うのに、身体は言うコトを聞くように小さい頃から叩き込まれ染み付いている

俺の身体は心とは反対に地下へと向かった

「えっ…なんで……」

地下の部屋に行くといつもと違う光景がある

おっさんはニヤニヤ嫌な笑みを浮かべ、その隣には椅子に縛られたユーミちゃんがいた

口を塞がられ、目からは涙が溢れ完全に怯えきっている

「な、何してんだよ!?ユーミちゃんを誘拐したってのか!?」

バカなのかコイツ?この小さな村で他の人間に手を出したら、タダじゃすまねぇぞ

俺みたいに弱者と決められ虐げられる人間は何があっても誰も気にしないが、ユーミちゃんのようにそうじゃない人間に何かあれば報復も怖いもんだ

家族を巻き込むコトにもなるぞ

「彼女を攫って一体何するって言うんだ…」

ろくでもないコトしか想像できない

この男はそういう奴だ、ユーミちゃんに手を出したら……

「お前、この娘が好きなのかー?」

ニタニタした顔が不快感を煽る

好きと聞かれドキッとする…なんで、バレたんだ

誰にも言ってないのに(ウサギ以外)

「…関係ないだろ、いいからその子を離せ」

「見りゃーわかんだよ、好きなんだろ?」

おっさんは服を脱ぎ捨ててユーミちゃんの隣から離れない

もう彼女は恐怖で震えて泣き叫んでいる

口を塞がれているからその声は籠もっているけど、俺には耐え難いコトだった

「な、何する気だよ…ユーミちゃんに……やめろよ、絶対やめ」

「お前がこの娘の目の前でおれのをしゃぶるんだよ」

はっ…?な、なんて……

言われたコトに理解が追い付かない

こんなコトだっていつものコトだ

でも、いつもとは違う

そこにユーミちゃんがいるから、俺は躊躇う

好きな人の前で…そんな汚いモノ……

いつも嫌だ、でも今日はいつもよりめちゃくちゃ嫌だ……

「早くしろ!この娘の口に突っ込むぞ!?」

「待って!やるから…それだけはやめてください」

嫌だけど…ユーミちゃんを守る為なら…

言われた通り…しなきゃ…

吐きそうだ…だけど、耐えなきゃ…

好きな女の子に見られながらってのは…いつもより耐えるのが辛かった…

「次は服を脱げ」

暫くしていると、おっさんは俺を立たせ命令する

上を脱いで手が止まると

「下もだ、早くしろ…この娘が」

すぐに脅し急かされる

全ての服を脱いで、自分の裸が好きな女の子に見られているコトに強い羞恥心を抱く

「これでいいですか…」

「娘の両肩に手を置け」

従うしかなかった…

何か言えばすぐにユーミちゃんを盾に脅されるし、言う通りにしなければこのクソ野郎なら本当にユーミちゃんに酷いコトをするだろう

ユーミちゃんの両肩に手を置くと、距離がぐっと近くなって目が合う

さっきからユーミちゃんの視線を意識して…こんな俺を見られて惨めでたまらない

「よーしよし」

おっさんは俺の後ろに回る

ま、まさか…

そんな…ユーミちゃんの目の前で…き、気持ち悪い……嫌だ、やめて

こんな…犯されてる所…見られたくない

「お前、その娘が好きだと告白しろ」

この状況で…言えるワケがなかった、言いたくなかった

でも、逆らえない…嫌だと言いたいのに、ユーミちゃんを人質に取られていなくても…もう俺はずっと昔から逆らえない

この生活は長すぎた…長く、俺を苦しめ続けては俺の日常にしてしまったから

「っ俺は……ゆ…ユーミ…ちゃん…が、好き…です……」

声が震える…見ないで、お願いだから見ないでくれよ

悔しいほどの屈辱と羞恥

いつもの日常と違うのは、俺に好きな女の子が出来たコト…

そして、それを今踏みにじられ荒らされる…無惨に……

暫く経っておっさんはユーミちゃんの拘束を解いた

彼女は俺を見下ろしていたが、俺は顔を上げられなかった…

「無理…気持ち悪い……」

吐き捨てるように言葉を残してユーミちゃんは出て行く

告白の返事なんて…求めていなかったよ

当たり前だよな

俺だって自分が気持ち悪いって思う…

おっさんは彼女を拘束しただけで彼女の体には何もしなかった

されたのは俺で、それは目の前の彼女に強く酷いトラウマを与えたんだ

俺が嫌な思いをするのには慣れていたかもしれない

我慢するコトも、何もかもを諦めて…

でも、ユーミちゃんは違う

俺が好きにならなければ…こんな怖い思いをしなかったのに…!!

付き合いたいとか恋人になりたいなんて現実に思ってなんかいなかった

どうして、俺には夢を見るコトすら許されないって言うのかよ……

「お前あの娘と付き合えると思ってた?

そんな訳あるか!お前は一生慰み者の人生、人と同じような幸せがあると思うな!!」

髪を掴まれ無理矢理俯く顔を上げられる

徹底的に…どこまでも…この男は俺を不幸にする

普通に恋をしたかった…普通に誰かを好きになりたかった…

ただ…それだけなのに……

恋も愛もズタズタにされて、俺はもう二度と誰かを好きになるコトはできないんだ

なれるワケがないよ…こんなコト…もう二度と…怖くて…惨めで…悔しくて……辛い気持ち



それからも毎日のように変わらず虐待は続く

いつまで我慢すればいいんだろう

いつまで諦めていればいいんだろう

終わりが見えない日々で…もしかしたらやっと終わりが来るんじゃないかって…その日は思ったんだ…

ある日のコト、おっさんはいつものように俺に性的な虐待を与えていた時だった

偶然にもそれが母さんにバレてしまう

おっさんはしまったと言った顔をして俺から手を離した

「セリ…こっちに来なさい」

母さんが部屋の外へと手招きしてくれて、俺は助かったと思った

ずっと言えなかった…ずっと気付いてほしかった…

子供だった俺は、やっと助けてもらえるんだって安堵したさ

急いで服を着て母さんが手招きする部屋の外へと走る

もう…怖いコトも、汚いコトも、苦しいコトも…嫌なコト全部全部……なくなる?

「あんたは何してんの?」

力いっぱい頬をひっぱたかれて、俺の身体も思考も止まる

なんで……叩かれたの?俺…?

じわじわと左頬が熱くなる…痛みの感覚が遅れてやってくる

「母さんの目を盗んで何してんのって聞いてんのよ!!」

「な、なにって…俺は……」

「今まで隠れてあたしの彼氏を奪って、平気な顔してあたしの前で笑ってたのかと思うと気持ち悪い!!」

ち、違うもん…全然平気なんかじゃない

笑ってたのは母さんに心配かけたくなくて、傷付けたくなくて……

彼氏を自分の子供に奪われたと勘違いした母さんは怒りと嫉妬で俺を殴り続けた

女の力だとしても棒で力いっぱい殴られればそれなりに痛い

それに、俺は気付いてしまった

「あんたなんて!あんたなんて生まなければよかった!!本当に気持ち悪い!!汚らわしい!!」

母さんは手加減なんて一切しなかった

殴り殺すつもりで憎悪とともに腕を振り下ろす

ついに目に見える形で突き放されてしまった

あぁ…そっか…俺が…悪いんだ

俺が弱くて…嫌なコトも嫌だって言えず、抵抗できず…

我慢して諦めて…だから、ずっとこの生活が続いた

俺がそんなんだから、こうなった……

母さんからしたら彼氏を取られたって、俺が憎くてたまらないだろう

「出ていけ!二度と帰って来るな!!」

顔を見たくないと家の外へと放り出される

鍵を閉められ、もう二度と家には入れない

母親に突き放されて帰る場所がなくなってしまった

嫌なコトなんて…なくならない、嫌なコトしかない

母さんは俺の母親を選んでくれなかった

あのおっさんの女であるコトを選んだ

まだ…俺は子供だよ…

だから頭じゃまだわからないんだ

それでも、たった1人しかいない母さんのコト…大好きだよ

子供だから…お母さん大好きなのに

嫌われたくないのに…嫌われたく…ないから……

我慢してたのに……

言うのが怖かった、こうして怒るコトがわかっていたから?

違うよ…怖くて言えなかったんだ

言っても、守ってもらえないって現実を突き付けられるのが怖かったんだ

母さんは息子の俺より他人のおっさんの方が大切なんだって…最初からわかっていたから

それが…今じゃないか

俺は……嫌なのに…あれも、これも、それも……全部…嫌だったのに



家を追い出されてから数日が経つ

何も食べれてない…お腹が空いたな

ひとりで生きていけないよ……

どうやって生きたらいいのかわからない

村の端っこで横になってからもう起き上がるコトすらできないほど弱っていた

このままお腹が空きすぎて死ぬんだと思った

でもそれでもいいや…どうでもいい……どうでも……

目を閉じると少ししてお肉の良い匂いがする

余計に腹が減るだろ、やめろ、どうせ食えやしねぇんだから

「食えよ」

目を開けると目の前に焼きたての肉を差し出す若い男が座り込んで俺を見下ろしていた

「いいの…?」

「そこで死なれたら迷惑なんだよ、ガキ」

押し付けるように肉を顔に近づけられ、俺は身体を起こして受け取る

言葉遣いは悪いけど、食べ物をくれるってコトは優しい人なのか?

それに肉なんて高級食材なのに…お金持ちなんだろうか

確かにここで死んだら迷惑かもしれない

俺は男の様子を見ながら遠慮がちに肉を口に含む

「おいしい……」

「だろ?いっぱい食えよ」

男の笑顔に俺も釣られて笑顔になって、貰った肉を食べる

空腹にいっぱいは無理があったから少ししか食べられなかったが、食べたコトで少しだけ元気を取り戻す

美味しいし…なんの肉なんだろ?食べたコトないけど

「ごちそうさま…あっ、あの俺お金持ってなくて…」

何も考えずに食べちゃったけど、後払いとかで高額請求されたりして…

「まけとくぜ?だってこれおめーの友達だろ?」

そう言って男は鞄からグレー色のウサギの首だけを引っ張り出して俺の顔へと突き付ける

「うっ…あっ……」

このウサギは…俺の友達の……ウソだ……

「大切なたった1人の友達の味は上手くてよかったな!!もう二度と味わえねーな!!」

血の気が引いて身体が震える

気持ち悪くなって、胃が逆流して食べたものが……

「おいおい吐き出すなんて失礼だろー?せっかくおめーの友達の命よ?しっかり飲み込め!」

口にウサギの頭を突っ込まれて、涙でも喉が詰まる

なんとか胃から逆流したものは飲み込んだが、ショックが大きくて頭が回らない

「知ってるか?ウサギって最高級食材なんだよ、払えるか?払えねぇよな、ガキ?」

どうして…俺の友達ってわかってて、こんな酷いコトを……

こんなコトなら…空腹のまま死んだ方がマシだった…

何も知らずに美味しいって食べてた俺はなんなんだ…最低だ

友達に気付かず…自分の空腹を満たしていたなんて…最悪だ

男は俺の腕を掴み立たせて連れて行こうとする

「お金は…ありません……」

「だったら、その体でしっかり稼げよ

10年は働いてもらわないとおめーの借金はなくならねーから頑張んな」

何も考えられない…言ってる意味もわからない

「働くって…」

「売春よ売春、おめーならいくらでも出す金持ちが寄ってくんよ」

「売春…?」

「きめーおっさんらの相手する仕事」

よく…わからないけど、なんとなくわかったような気がする

嫌だ…また…逆戻りじゃないか

今度は何人も……?ずっと…ずっと…これから毎日毎日、昼も夜も……!?

そんなの…嫌だ…!!

そう思うのに、身体を震えさせるだけで

嫌と言う言葉すら出ず、足を止めるコトも出来ず…

俺は逃げられなかった……

どこにいても…こうなる運命だって、諦めてしまっているから

また…地獄が始まる…何年も…また……

なんで生きてるんだろう、俺は…

いつまで苦しんでいればいいのか、我慢しなきゃいけないのか

もう…終わりにしたいのに…

誰か…助けて……



それから10年近く経って、今までの人生とサヨナラする転機が訪れる

俺は勇者として魔王を倒せとどっかの凄い偉い王様に言われた

世界を平和にするのは俺だけだと言われて、その望みに賭けるコトにする

勇者の剣を手に取ると、自分が勇者なんだって自覚が沸き起こる

数日前まで、俺は自分の人生を我慢して諦めていたのに…

魔王を倒すコトが出来たらそれも良い方に変わるかもしれないって、ありえない希望が頭を過る

人生はそんなに甘くないって知っているクセに…

どこにいたって…俺は…

それでもこれまでの人生より全然マシだった

魔王退治の途中で死んでもいいと思っていた

だけど…

俺ははじめて……違う世界を見たんだ

はじめて…魔王と出逢ったら、俺が捨てた感情が蘇ったのかと思う

「やっと会えましたね…セリ」

初対面のハズなのに名前を呼ばれてドキッとする

魔王は聞いていた話と違って、どこか違った…

冷酷で残酷で…人間の命を簡単に散らして世界を征服する悪い奴…

だけど、魔王は宿敵の勇者の俺を目の前にしても攻撃すらして来なかった

「やっと…?」

俺はこの人とはじめて会うのに…彼は俺がはじめてではないように話すから、変な感じがする

さっきの3バカもそうだったけど

「私は気付いたんです」

魔王は俺の傍まで来ると、その手で俺の顎をすくい上げてよく顔を見る

「セリから目を離せない、いつも奪われるのは私がセリを愛してるからだと」

「んっ…?」

えっ?何言ってんのこの人?初対面でいきなり愛してるとか……

「あっ…いや、俺こう見えて男なんだけど」

いきなりそんな…無理だよ……

落ち着かない気持ちが沸き起こって俺は魔王から少し距離を取る

「気にしませんよ」

でも…なんでかな、はじめて会った人なのに…近くにいると身体が熱くなる…ドキドキする

魔王が美形すぎて…見惚れてしまうのか

この気持ちを俺は知ってる気がする…子供の時の……あの思い出したくない初恋の……

「俺は…気にする……そういう趣味はねぇし……」

つまり、魔王は俺に恋人になれって言うのか?

まさか…そんな…そもそも種族も違うし……

だけど…はじめて愛してるって言われた…恥ずかしい

嬉しいのかな、俺…自分の頬に手を当てると熱いくらいだった

「今日からここに住んでください」

「はっ!?何勝手に言って」

「貴方は私のものです」

「いやいや俺は俺自身のもんだから、何言ってんの……」

でも…正直俺はあの村に帰りたくなかった

魔王を倒したら世界は平和になる

それはそうかもしれない

だけど…俺の世界が良い方に変わるとは思わなかった……

もし変わったとしても、俺は人間世界の過去を忘れて笑顔でいられるか?割り切れるか?そんなの…ありえない…絶対無理だ

「えっ…と……」

どう答えていいかわからなくて後ずさりすると、すぐに背中に壁が当たってさらに魔王に追い詰められる

俺を逃がさないようにと壁に手を当てて囲む

沈黙のまま見つめ合うと、さらに緊張感が増す

殺さないのか?俺を…

魔王は一体何を考えて…

いや…この沈黙キツイし…

「わかった…ここに……住みます……」

むしろ住まわせてください、帰りたくないから

妙に緊張しすぎて…顔も身体も変に熱くなって……

この気持ち…感情…俺は…知ってるけど

でも!違う!!だって魔王とははじめて会って…それに、魔王は男だろ

俺も男だから…絶対違う……たぶん

「はい、よろしくお願いします」

よろしくってなにを!?

熱くなった顔を俯けて、でも俺は笑顔が零れているコトに気付いた

今まで自然に笑うってコト…なかったけど…

笑顔って作らなくても勝手になるもんなんだな、知らなかったな…

 

そうして俺は魔王の城に住むコトになった

面と向かって愛してるって言われて、魔王を倒す気がなくなって

だけど、帰りたくないけど帰ろうとすると阻止されるから俺は仕方なくここにいるコトになった(そう、仕方なくだ)

魔族の仲間は癖の強い奴らが多く価値観が合わないコトも多くあったが、俺の力を恐れるコトはあっても気味悪がったりしない

無神経でデリカシーがないけど、なんやかんや魔王のお気に入りの俺は受け入れてもらえて、俺は生まれてはじめて友達が出来たような気になった

いつの間にか自分が笑ってるんだってコトにも気付いて日に日に心が軽くなっていく

「それでキルラがさぁ、ホントあいつって面白れぇの」

魔王とは俺が一方的に喋る壁打ちスタイルで会話をするコトが多かった

何ヶ月か経ってすっかり魔族の世界にも慣れて来た俺は人間世界のコトを少しずつ思い出さなくなった

あんな嫌な思い出はいらない、戻りたくもない

「あっ、そういえば魔王の名前って聞いてなかったような

いつまでも魔王って呼ぶのも他人行儀だし」

教えてと言うと魔王は相変わらず表情を変えず

「私に名前はありません」

何百年と生きているが、ないと言う

「名前ないの!?」

「生まれた時からずっと魔王なので、わざわざ別の名前は必要ないかと」

「んー、魔王って名前じゃないような……」

俺はなんか嫌だな、魔王って呼び方

だって人間世界では魔王は悪い奴の呼び名みたいになってたから悪口にも近い意味を持っていて、俺自身がそう呼ぶのが嫌かな

「じゃあ、俺が魔王の名前考えてやる」

「どうぞ」

「いいんかい!」

冗談だったのに、魔王は真面目に返してきた

まぁ…じゃあ…この機会に良い名前を

んー…どうしよう、名前なんて悩む

「あっ、じゃあ香月ってのはどう?

良い匂いがするから香る、月は俺が知ってる中で最も美しいと思ったものだよ

香月でかづき、どう?」

自分が知る限り、少ない中だろうけど最も美しいと思ったものの名前を加える…なんとなく月のイメージがあるし

…それって特別な感情がある証拠なのかな…

「香月…良い名ですね、わかりました

今日から私は香月と名乗ります」

「えーいいの?」

「えぇ、セリが付けてくれた名前ですから気に入ってますよ」

香月の顔が近くにあって、めちゃくちゃ見られてる……

緊張する…ドキドキもする…

いつもはそのドキドキに耐えきれなくなって逃げるように言い訳して離れるのに

なんか…顔も、耳まで真っ赤になるし…

だけど、もうそろそろいいんじゃないかって

もうこの数ヶ月で距離は触れるほど縮まってる

緊張して震えてしまう、ドキドキを抑えて香月の方へと顔を向ける

目を閉じると少しずつだけど香月から触れるような優しいキスをもらう

やば…死ぬ…めっちゃ恥ずかしい……

帰りたい、いや帰りたくないけど帰りたい

「っ……その…」

緊張しすぎてあんまり覚えてないけど、香月ははじめてだったのか?なんとなくキスがぎこちなかった気がする

魔王ともなればたくさんの嫁を囲んでいると思ったけど、ラナのハーレムやポップの彼氏50人と違って香月には嫁も愛人も恋人もいなくて…

しかもそれがずっとだって話だよ

つまり…ずっと俺だけを好きでいてくれたってコトに……凄く嬉しかった

「香月……」

名前を呼ぶとまた香月にキスされる

1回で慣れたのか、今度のキスは優しくて甘い

嫌じゃない……

いつの間にか…ううん、はじめて会った時から香月に惹かれていたのかもしれない

他の人と違う…俺を愛してるって言ってくれて…

俺は単純なのかもしれない、騙されやすいのかもしれない

好きだと言われれば誰でもいいのかって思うけど、きっと違うよ

香月だからだよ、香月だから俺は嬉しかったんだ

「んっ」

ま、待って…!?舌が入って絡め取られる

いや待ってホント!人間じゃないからなの!?香月、上達が早すぎないか!?

1回でもう掴めるの!?ついていけないんだけど!?

俺は経験は嫌なくらいあるけど、恋愛は初心者しかも赤ちゃん過ぎて気持ちにスゲー足引っ張られてついていけないよ!?

でも…これまで気持ち悪いだけで不快でしかなかったものが、好きな人とだと恥ずかしくて死にそうになるけど…嬉しい…こんなにも幸せだなんて、心が満たされていく

キスだけで精一杯になる…いつももっとエグいコトまでされていたのに

「セリ…愛してる」

「俺も…香月のコト…愛してる……」

愛を囁かれると心に重たくのし掛かって染み渡る

もっともっと好きって思って高ぶるよ

「あっ…待って、香月…」

唇から首筋へと香月の唇が移動する

服を脱がされかけて、俺は香月の手を掴んで押し退ける

「いや…嫌じゃないんだけど……その、俺…怖くて」

「怖い?私が?」

そうじゃないと首を横に振る

好きならこの先だってして当たり前だ…

俺だって、ここで止めたくない…香月のコト好きだから、もっと愛されたい、愛してもらいたい

だけど、俺は…

「違う、香月がじゃない…俺は…その……ずっと…」

目を逸らして、ぎゅっと目を閉じる

話すのが怖かった…思い出すのが嫌だった

でも、絶対に思い出してしまう

無理だよ、俺は…無理……

今さら好きな人と幸せになれるなんて、ありえない

ずっと過去のコトが付きまとうのに…

なくならないんだよ、消えないんだよ

怖い…死ぬほど……

「いや、俺…香月が触れても大丈夫なくらい綺麗じゃないし…

穢いよ…やめといた方がいいよ

俺なんかより、もっと香月には良い人が……」

あは…あはは、そうだ、だって香月は魔族の王様だぞ?

俺みたいな穢い人間がどうして恋人になれると思った?勘違いもいい所…バカなのか俺は…やめとけよ

「セリより良い人?」

「えっわかんないけど…いくらでもいると思うし」

「私はセリが良いのです、貴方以外は愛せない、興味もありません」

………。

もしかして怒らせちゃった?失礼だったのかも

香月は喜怒哀楽がないから怒ってるのかどうかは見ただけじゃわからない

「俺が良いなんて…いつか後悔するかも?」

本当は嬉しいくせに、なんでこんなコト言うんだろ

なんで……素直になるのが怖いのか

「私の言葉が信じられないとでも言いますか?」

いやこれ怒ってるわ…

香月に手を掴まれ指を絡められる

うっ…これは…ドキッとする…

こんな風にしてもらえるコトはなかった

手を繋ぐなんて……香月は俺を離しそうにないな

この手から想いが伝わってくるような気がする

いいの?本当に?こんな俺でも?

「ううん…信じる、また言ってよ」

愛してくれる?

「セリ…愛しています…」

「ありがとう、俺も香月のコト大好き…愛してる」

また香月がキスしてくれる

抱きしめてくれる…

立っていられないくらいの気持ちが溢れて来る

こんなコトでも俺は凄く幸せだった

こうして愛しいと誰かに抱きしめてもらったコトはなかったから

どんなに緊張して恥ずかしく逃げたくても…もう止めたりしない、香月の想いを受け止めてちゃんと愛し合うから

あれだけ気持ち悪くて痛いだけのコトが、俺ははじめて幸せだと思った

こういうコトは心から愛してる人とだけするもの

最高の愛情表現…なんだな


それから数時間経ったワケだが……

で…でも…香月ってはじめてのハズなのに、上達が早くて途中から俺の体力が付いていけなかった

魔族と人間の差なんだろうか?…とにかくすごかった…

何がってよくわからないけど、香月は凄いわ

あとなんか怖い

途中から記憶保てないくらいだったから、覚えてないんだけど

でも、幸せだった…それは本当

こんなに幸せだって思うコトなかった

いつも…怖くて痛くて気持ち悪くて

早く終われって我慢して耐えるだけだったから

はじめてだった…身も心も満たされてこんなに気持ち良いと思ったのは……あーなんか恥ずかしい、もう死にたい

「怖かったですか」

ベッドの中で香月は気遣って聞いてくれる

「ちょっとね、でも幸せだったよ」あと別の意味でも怖かった…意識飛ぶし

二度と恋なんてできないと思ってたのに…

まさか、二度目の恋が男なんてな…

でも…いいんだ

香月を好きで俺は幸せだから…本当に…

今までの人生なんて忘れられるくらい

「俺はなんか数ヶ月前にはじめて会ってすぐ香月のコト気になって好きになった感じだけど、香月はずっと何十年も前から俺を待っていてくれたんだよな

ずーっとそれだけ片想いしてるのも辛いなって…思うから…」

ずっと待っていたんだ…香月は…

勇者は何度も生まれ変わるか…

そして魔王と戦ってきた…

記憶のない俺には実感なんて何もないけど

またこれまでと同じような辛い思いをするなら生まれ変わりたくない

香月に会うコトもなく死ぬ時もあるなんて……不幸だ

なんで、俺は何度生まれ変わってもそうなんだろう……

俺が幸せに…なりたいっていけないコトなんだろうか

「辛くはありません

勇者のセリは魔王の私を倒しに来る

それはいつか必ず出逢ると言う事です

どれだけの長い年月も待てますよ」

「倒しに来るって…それ喜べねぇぞ…」

俺の説得に失敗したらどっちかが死ぬまで戦うんだし…

この気持ちも最初からなんて…俺だけ香月を忘れて……

「何度生まれ変わっても、私はセリを口説き落とす」

……なにそれ…めっちゃ恥ずかしい……

なのに、めっちゃ嬉しいとか思って

そっか…それならまた生まれ変わっても安心だなって思ってはにやけてしまう

俺が1番恥ずかしいんじゃん、これ

「よくそんな恥ずかしい台詞言えるな…俺には無理だわ」

好きとか愛してるって言葉だって、めっちゃ恥ずかしいし…

でも恥ずかしくても、緊張してヤバくても

自分の気持ちはちゃんと伝えたい

隠したり目を逸らしたら…ダメなような気がするから…

もし俺が香月とはじめて会った時に、まだよくわからなかったと言っても少しは気になった自分の気持ちを否定したり抑え付けて

香月を殺してしまっていたら…

今となってはその結末を考えるコトが怖い

「セリ…」

「香月…おやすみ」

会話が途切れて眠くなってしまって、眠る前に香月がおやすみのキスをしてくれる

間違ったりしない

あの時、自分にウソをついたり、我慢したり、諦めたら…

きっと俺は今こうして香月の傍にはいられなかった

幸せなんだ、やっと幸せになれた…

もう過去には戻りたくない

二度とあの人生を歩みたくないのに…

生まれ変わったら最初から…同じような運命がまた待ち構えているんだろうな…

ずっと、こうしていられればいいのに……



俺はずっと不思議に思っていたコトをラナに聞いたんだ

俺が住んでいた村は一歩外に出れば魔物がウロウロしていたが、村の中には魔族も魔物もいなかった

この魔族や魔物が人間の住んでいる所だからって遠慮するとは思えなかったし

実際に村の外に出ると襲いかかってくる魔物もいたんだ

そしたらラナは

「オレら魔族や魔物はこの世界の中でも入れない場所があるんすよ」

って言ったんだ

数も面積も少ないが、そこに人間達は住んで絶滅を免れている

人間しか入れない土地…なるほど、それで村の中には魔族や魔物がいなかったのか

しかもその入れない土地はたまに増えるのだと言う

「増える!?なんで!?」

「…勇者が死んだ土地がそうなるみたいで、以前使っていた城にももう立ち入れないんすよね」

ラナは少し言いにくそうに、でも暗くならないように少し笑って答えてくれた

「俺が死んだ場所が…?」

なんだか…複雑で……モヤモヤってする

俺が死ぬコトでそこは魔族や魔物が立ち入れない安全な場所となる

人間にとって…安全に住める場所…

だけど、その場所で俺は何度生まれ変わっても……いつも弱者で虐げられ…めちゃくちゃに壊される

「だから、生まれ変わってもすぐにセリ様を連れ出せないんですよ…

セリ様が勇者と知らされてその場所から離れない限り…オレらは何も……」

申し訳ないとラナは肩を落とす

生まれ変われば記憶のない俺は外は危険だと教えられるから、絶対に外に出るコトはない

よく出来てるよ……俺の運命は…人生は残酷に

「ま、まぁ!もう戻る事ないし!この話はやめましょーよ!!」

ラナがスゲー気を使ってくれる…オマエ良い奴だよな

戻るコト…うん、俺は絶対に村に戻りたくなんかない

でも、ふと弟達のコトが頭をよぎって…心配になる

もうアイツらだって大きくなったから大丈夫だと信じたいが……

わからない、俺が家を追い出されてから会っていないし

ガキの頃から洗脳のように育って来ているから大人になっても抜け出せないかもしれない

俺だって大人になってもずっと逃げられなかった

勇者として呼び出されるまで…

もし俺が勇者じゃなかったら、ずっと……あそこで体売って働かされていただろう

……思い出したくない…やめよう、深く思い出す必要はない

魔王を倒したら村に戻るだろうからって、弟達にはお別れも言ってない

そうだ…俺はもう二度と村には戻らないから…弟達にお別れだけでも、様子も見たい…心配だしな

「なぁラナ、香月知らねぇか?」

そう思った俺は香月に伝えてから村に行くコトを覚悟した

「香月様ですか?今日は夜まで帰って来ないっすよ」

「そっか、ありがとう

じゃあ俺はちょっと出掛けるから、夜までに帰るつもりだけど

もし香月の方が早かったら伝えておいてくれるか」

なんだよ今日出掛けるなんて、聞いてねぇし

まぁいいか、香月って自分の予定とかいちいち俺に話したりしないし聞かなかった俺が悪いわ

聞けば答えてくれるし

「出掛けるってどこによ?」

「ちょっと実家に行って弟」

「香月様と喧嘩でも!?」

この世の終わりと言わんばかりの顔をしながらラナは引き止めてくる

「だめですよ!ちょっと喧嘩したくらいですぐ実家に帰るとか!?一緒にいればそりゃ喧嘩になる事だってあるっしょ?

香月様はずっと昔からセリ様の事が好きなんですから、ちょっと喧嘩したくらい許してやってくださいよ!

浮気でも疑ってるんですか!?大丈夫ですって!香月様は浮気するような男じゃねっすから!!」

「なんの妄想だよ!?人の話遮って勝手なコト言ってんじゃねぇ!別に喧嘩なんかしてねぇよ!?

浮気なんてちっとも疑ってねぇよ!!」

「香月様は女にモテますからね~、セリ様は女にモテないからってそういうの嫉妬して僻むとか恥ずかしくないんですか?」

「殺すぞ!?オマエの中で俺はなんなんだよ!?嫌いなんか!?勝手に俺を作り上げるな!」

確かに香月は女にモテる…魔族の女性達から香月とどうなんだってあれやこれやしつこく聞かれるコトも多い(これはただ恋バナが好きなだけか?)

失恋したーって目の前で泣く女も多数いた…

嫌がらせを受けたり陰口を叩かれるコトはないかな

女にモテるなんて正直羨ましいって気持ちはなくはない

でも、俺は香月さえいてくれればいい

香月が俺を愛してくれるならそれだけでいいし、それが良い

嫉妬も僻みもないよ

「セリ様の事は好きっすよ、香月様が選んだ人に文句あるわけないっしょ」

「あっそう」

「出掛けるなら同行しますよ」

ラナはすぐ準備するからと言ってくれるがその好意は受け取れない

「いや、ありがたいけど大丈夫だよ」

迷惑をかけるコトになるし、何より人間の村へ行くのに魔族を連れて行けるワケがない

村の外までとは言えすぐ近くに魔族がいればみんなビックリするだろ

「オレは香月様にセリ様の面倒任されてますから、守る義務があるわけでね」

「香月は過保護だな、俺は回復魔法があるんだから何かあっても大丈夫だって

それにラナ、俺は人間でこれから行くのは人間の村なんだよ

ラナを連れて行ったらみんなビックリするから、わかるだろ?」

「えっ?わかんないっす」

「はっ?」

俺の断る理由を丁寧に説明したつもりだったが、ラナにとってはそれが気に入らなかったようで不快感を示す

「人間の村には入れなくても、そこからはみ出している人間は殺してやんだよ

最近はオレらが近寄れねーからって守られた土地からはみ出して広がってんじゃん?

そろそろそういうの目に付くから、ついでにセリ様の村も整えてやろーってね」

いきなり人間を殺すだなんて…

人間って言葉を聞いて魔族の本能が高まったのか?

「やめろ!!ふざけるな!人間を殺すなんて…」

勇者の剣に手を当てると、ラナは冷たい視線で俺を見下ろす

「どうしてセリ様は人間にそんなに気を使って守るんですか?」

「なんでって…それは俺が人間だから……」

なんで…?俺が勇者だから?人間を守らなきゃいけないって使命がある…?

ラナの問い掛けに強い迷いが生じる

何が正しくて…何が望みで…俺は正しいコトと望んでるコトが正反対なんだって……認めたくない

「あのさー、セリ様は言わないようにしてるだけでオレ達は何度も貴方と会ってて、なんでも知ってるわけよ?

セリ様の運命がどんなものかなんて、香月様もオレもキルラもポップも」

ラナの言葉で蓋をしていた過去が隙間を覗かせる

それ以上言うな…俺は何も思い出したくない

本当は行くのも嫌なんだ…怖いんだよ

でも、俺があの村に行けるのは帰る場所がちゃんとここにあるから…

香月がいてくれるから頑張れて…まだ耐えれるんだよ

「義理の親父から性的虐待受けて、村の男どもから暴力もレ○プも受けて、挙げ句の果てに売春に沈められてやんの!?

人間世界で差別され虐げられ、23年もそんな人生やっといてぜんっぜん意味わかんねぇ!!

23年もそんな生き方してたら、そりゃ男にしか感じなくなるわな!

本当は香月様が好きなんじゃなくて、男なら誰でもよかったんだろ!?」

「ち…がう……そんなコト……」

思い出したくない、突きつけられたくない

自分がどんな人間として生きてきたのかってコトを…

香月のコトは本当に好きだもん!ウソじゃない!!ウソなんかじゃ……

それじゃあ…俺はまともに生きていたら、香月を好きになったか?

他のみんなと同じように普通に生活できていたら、普通に人間の女性を好きになって、結婚して…普通に…普通の幸せな人生を送るんだろ?

すぐに首を横に振って否定する

どんな人生だって、香月に会えば…香月を好きになる

いや…そんなコト考えるだけ無駄だな

俺は何度生まれ変わっても勇者だ

だから…何度だって俺には香月しかいないんだよ

「そんなアンタを作り上げた村だろ!?

なのに、人間を庇うアンタがオレはわかんねぇんですよ!?」

「ほんっと…無神経でデリカシーねぇよな……っ!!」

「いってぇえええ!!!??」

思わず俺はラナを殴ってしまった

ムカついて本気で殴ったから勇者の力に吹っ飛ばされラナは激痛に床をのた打ちまわってる

「うるせぇ!黙れよッ!!俺を勝手に語ってんじゃねぇよ!!!」

カッとなって怒りが収まらないまま勢いで魔王城を飛び出した

息が切れるまで走って、息苦しくなったらスピードを落として歩く

「うぅっ…く…」

視界が悪いと思ったら涙が止まらないんだ

怒りなんかじゃない…これは…怒りじゃない

思い出したくなかった

いや…違う、誰かから面と向かって言われたくなかったんだ

はじめて誰かに俺はそういう人生だったって言われたんだな

事実だし何も違ってなんかいない

でも、それを誰かに口にされなかったら

そうじゃないって自分に無理な言い訳をして目を逸らしたかった…忘れたかった

俺は人間なんだ…

自分がされて嫌なコトを誰かにしたいとか思わない

仕返しも復讐もしたいなんて思わない…

それをしたら俺はもう救いようがなくなってしまうから

勇者は人間を守って世界を平和にするのが運命だ

自分が勇者だと言われた時にそう言われて、俺は自分が生まれ変わったような気になった

何もない…嫌な人生が、新しくなるかのように…全部忘れて……今までの自分を捨てて何もない勇者として生きようって前を向いた

正直、魔族や魔物と戦うのは怖かった

怖いけどそうしなきゃ俺の人生は死ぬまで変わらないから、この道しかないんだよ

香月と出逢って、幸せになれた

3バカはバカだし無神経だけどなんかやかんや良い奴らの魔族の世界は悪くなかった

本当はラナの言ったコトだって、ちゃんとわかってる

ラナは何も間違ったコトなんて言ってない

煽ってきたのはムカつくけど

少なくとも俺を仲間と思ってくれたから、ラナは俺を酷い目に合わせた人間達を庇う俺にムカついたんだと思う

香月から守るように言われて、俺に酷いコトをする人間はまとめて敵だと思い込んでる

だから殺してやるって、過激だけど…アイツなりに俺を守りたかったのかもしれない

あぁ…俺アホだ、振り返りたくない捨てた人生より今を大事にすべきだった

ラナ…殴って、ごめん……

ガチで殴っちまったからラナは暫く立てないかもしれない

帰ったらラナに謝らなきゃな

俺だって、友達がそうだったら怒るよ

オマエはなんでそんなヘラヘラしてられんだバカかって

行くなって言うよ…行かせたくないよ

まぁ…俺だったらわざわざこんな人生のくせにって無神経なコトは知っててもわざわざ言わねぇけど

やっぱりラナも悪い!!

でも、帰ったらちゃんと仲直りしよう

そして夜には帰って、いっぱい香月に甘えて嫌なコト全部忘れるぞ!!

村に行くのは怖いけど…香月のコトを想うと頑張れる…香月が好きって気持ちがあれば俺は大丈夫なんだ

うん…楽しみ、ちゃんと楽しみにできる

香月の所に帰る、早く帰ろっと



村の近くまで着いたのはいいが…なるべく誰にも見つかりたくない

俺が勇者として魔王退治に行ってるってのはみんな知ってるだろうけど

うぅ…やっぱり人目は怖い

夜には香月の所に帰りたかったけど、やっぱ無理だ

夜になるまで待って暗くなってから村に入ろう

そしたら目立つコトなく行動しやすくなるかもしれねぇ

そうして俺は数時間待って、暗くなってから村の中へと入った

家には近付きたくないが…大丈夫、旅の途中で戦いが面倒くさくて隠れて移動するってコトはそれなりに身に付けた

うん…とりあえず家まで誰とも会わなかった、ここまでは大丈夫だな

家に近付くと漏れてきた怒号に身体がビクッと反応して固まる

この…声は……恐怖とトラウマが一気に甦っていく

何かで人を強く叩く音が聞こえると身体が勝手に反射して頭を抱えたまま座り込む

俺は…震えてるのか…怖いって…

悲鳴からして弟の声だ……

あぁ…俺は忘れてたんだ

俺は勇者になってその地獄から解放されたって勝手に思い込んでいたけど

弟達を残して、自分だけ助かって……何それ…

自分だけ逃げて、情けなくて恥知らずのくせに

この声と叩く音に震えて助けるコトもできない

俺は何一つ成長していない…子供のまま…ずっとずっと…縛り付けられている

怖い…トラウマが俺の身体を重くする

嫌だ嫌だ、こんな自分……

何が勇者になって世界を平和にする、人間を守るだ

家族すら助けるコトができない男が何を偉そうに

勇気を出せ…今勇気を出して助けないと後悔するぞ

後悔するのに……逃げたい…関わりたくない…こわい……

俺はなんて…クズでズルいんだ……

暫くすると怒号も叩く音も止み静かになる

少し落ち着いてから恐る恐る窓を覗き込むと弟が血塗れになって床に倒れていた

じょ、冗談じゃねぇぞ……どう見ても手加減なしの人を殺すレベルじゃないか

俺がいた時はここまで酷くなかった……

いや、違う…おっさんは俺を相手にする時間が長いから弟にいく被害を抑えられていたんだ

俺がいなくなって抑えられていないだけで

「シア…!シア!しっかりせーよ!」

窓から部屋に入ってすぐに弟の怪我を回復する

「セリちゃん…帰ってきたん?無事でよかったわ」

「すまん…助けられへんくて……」

俺はどこまで自分が可愛いんだ

弟を助けるのも俺はおっさんがいないコトを確認してから部屋に入った

ガキの頃から何にも変わっちゃいねぇ…

怖くて逃げてる…

こんなに…許せないって気持ちがあるのに

「ロキは?」

上の弟の姿が見えない

顔を見るまで安心できない…なんだか嫌な予感がする

「お兄ちゃんは、この前…死んだで」

えっ…ウソだ……何言ってんだよ

死んだ…?なんで……ウソだ……

目頭が熱くなる…何も考えられない

「セリちゃんがいーへんくなってから、おっさんの当たりが強なって…この前の朝には…もうあかんかった……」

「あかんかったって…なにゆーてんの……ウソやろ」

ウソなんかつくワケないじゃん、こんな時に…俺達兄弟の中で

そっか…殺されたのか……

「シア、この家から出て行くんや」

弟の背中を叩いて窓を指差す

「どこに行ってもこの狭い村じゃ意味ないやろ!?逃げられへんで!」

「えーからはよ行けアホ!」

兄弟の中で1番非力で小柄で華奢でも、1番上ってだけで弟は逆らえない

弟は俺に強く言われて渋々窓から外へ出て家から離れてくれた

…なんも…なんも出来ない頼りなくて情けなくて弱っちぃ兄ちゃんだけど……

もう、覚悟を決めたよ

自分だけ助かったって意味がない、ここで何もしないで帰ったら後悔する

俺は…あのクソ野郎を殺す

真正面から向かって勝てるとは思ってねぇ、卑怯だろうがなんだろうがそんなの気にしない

後ろから叩き斬ってやる

勇者の剣を引き抜き、しっかりと手に握って部屋のドアの壁に張り付き奴が入って来るのを静かに待った

この村は広くはない、外に出れば凶暴な魔物がうろついている

この小さな人間の世界からは誰も逃げられないんだ

だったら…殺すしかない

弟には人殺しさせられないし巻き込むコトはしたくない

弱かった俺が…何も出来なかった俺が、やっと行動する

覚悟を持って…終わらせてやる

もう逃げないから…兄ちゃんとしての役目を果たすよ

暫く待っていると部屋へと近付く足音が聞こえる

この足音は母さんじゃないな、あの男のもので間違いない

だから間違って殺すなんてコトはないし、間違えても死ぬ前に回復すれば問題ない

そんな心配より…殺せなかった時だ…失敗は許されないぞ…

部屋のドアが開き、おっさんが入ってくる

何年か振りの俺の大きなトラウマのひとつが後ろ姿とは言え、気持ち悪くなって身体が震える

でも…殺るしかない…勇者の剣を振り上げると、後は振り下ろすだけなのに

俺の身体は固まったまま動かなくなった

覚悟を決めたハズなのに、想像以上に人殺しをするコトに怖くなったんだ

こんな奴、人間じゃない…殺されて当然だ…弟を1人殺されてるんだぞ?

殺したコトさえ隠してのうのうと生きている…許されるか?許されないだろ

そう自分に言い聞かせても…結局、俺に人を殺す勇気なんて…ないんだ……

「帰ってたのか~?」

俺の気配に気付き振り返るおっさんは体当たりして俺の身体を壁へと押し付ける

しまった…!迷ったせいで失敗した

しかも体当たりされた時に勇者の剣を落としてしまう

「帰って来たならオレの相手しろ、何年振りだ?

すっかり大人になって、色っぽくなったなぁセリ…一体何人の男に抱かれたらそんなフェロモン出せるようになるんだ?」

「い、嫌だ…」

なんとか逃れようとしてみるが、やっぱり力じゃまったく敵わないか

はじめて拒否して抵抗したかもしれない

「逆らう気か!?」

バチンと大きなビンタを食らう

あれ…なんで……めっちゃ痛い

魔族や魔物と戦うようになってから、回復魔法は痛みも感じないように出来るって気付いて、もうどんな怪我だって痛みを感じて来なかったのに…

たった…一発のビンタ程度で、人間に叩かれただけで、怖くて痛い…なんで

「もうお前のババアじゃたたなくてよ、お前はどんどん綺麗になって、男のくせにその妙なフェロモン醸して犯したくてたまらなく待ってたぜー」

血の気が引く

思い出してしまう…どんなコトをされるのかだってわかってる

「やめて…」

「生意気になったなぁセリ…親に逆らうと躾直さないとなー?」

おっさんは部屋の端に立てかけてあった棒を取り俺目掛けて振り上げる

ゾッとする、その棒はトラウマの塊なのだから

力の限り振り下ろされると、激しい痛みが全身を駆け巡る

何度も何度もぶたれ蹴られ、俺が口答えしなくなるまで続けられた

死ぬほど痛い…なんで…どうしてだよ、もう痛みなんて感じないハズなのに

なんで、こんなに痛いんだよ……

目に入る腕が酷く腫れて肌の色を変える、鼻血もたくさん流れ落ちて息苦しい

「ごめんなさい、もう口答えしないから許してください…」

自分が折れた……屈辱も悔しさも…全て受け入れて、また昔のように耐えて我慢するコトを選ぶ

「おーそれ治せ、見た目が綺麗じゃないお前には価値ないからよ」

言われるまま怪我を治すと痛みもなくなる

だけど、怖くてたまらない……ずっと身体が震えてる

何も変わらない…昔と同じように、情けなく言いなりだ

怪我を治すと、さっきとは違う目つきになり俺を掴みキスをしてくる

うっ…くっ…気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……

嫌なのに、死ぬほど嫌なのに、俺は心を殺してこの後も耐えた

懐かしい痛みが全身を巡ってまた汚されていく…

気持ち悪い手が俺の肌を乱暴に扱う

痛いだけ、気持ち悪いだけ…

でも我慢してたらいつか終わるから……

こんな姿、香月に知られたくないな

嫌だな…嫌だ

昔と一緒じゃなかった…

今は香月がいるから、自分が気持ち悪くて大嫌いになる

逆らえない弱さが……嫌い

香月にも嫌われるかもしれない…

そんなの…嫌だ、生きていけない

唇を噛み締めて涙も我慢して、ただ耐えるだけ

「おい魔王退治終わって帰ってきたんだろ?」

「…んん…ま、だ…」

「さっさと倒して帰ってこい、またこの生活に戻るんだよ…ババアに隠れてな…」

背筋が凍る…そんなの絶対に嫌だ

二度と戻って来るもんか

俺は香月の所へ帰る

弟ももう守れない…

自分のコトだけでいっぱいいっぱいで…今は自分さえ助かればいいなんて思ってる

もう我慢したくない耐えたくない…

こんな気持ち悪いコトも痛いコトも…全部全部…嫌だ……

「た、倒さない…ぁ…俺は……魔王と…香月と…ずっと一緒に」

ぐっと首を強く締め付けられる

な、なに…?

「魔王を倒さないだ?おいこら、セリ

お前がいつまでも倒さないから身内ってだけで色んな奴からどんな差別受けてるかわかってっか!?迷惑してるんだよ!!」

ぐぐっ…と力が強くなっていく

苦しい…息が……もしかして…殺される…?

「不甲斐ない息子のせいで、親としての責任取ってやる!!」

おっさんの手を引き離そうと手に力を込めるがまったく敵わない…

こんな最期は嫌だ…おっさんに犯されながら首を絞められて死ぬなんて

嫌だ…助けて…助けて、香月……

死にたくない、香月と離れたくない

今を我慢すれば帰れると思ってたのに……

ずっと…幸せになりたかった……それだけだったのに

力が抜けていく、意識がなくなっていく…

何も感じない、考えられない…もう…ダメだ

バイバイ…香月……また会いたいな…

息絶えて、俺の人生はまた終わりを迎えた



-続く-

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