103話『勇者の前世』セリ編

香月がセリカを迎えに来た

俺は離れた所からそれを感じていただけで、近付かなかったんだ

次会ったら…殺し合いになるなら…会うワケにはいかない、会えないよ

香月も俺が近くにいたコトは察しているだろうけど、結局こっちには来なかった

俺は香月を殺さないって決めたから

でも、香月は俺を見たらどう出るかわからない…躊躇うコトなく殺して新しい俺を待つかもしれない

レイも和彦も巻き込まれるかもしれない

好きなのに…会いたくても会えない…

こんなのいつまで続くんだろう…ずっと…どちらかが死ぬまで…?

別れたつもりはないけど、もう恋人同士には戻れないのかな……辛いな、そんなの…

いや今はレイのコトが心配だ

でも、俺が行けば火に油でしかないからセリカに任せて香月と一緒に帰るのを待つ

そして…2人が帰ってしまった後のレイは落ち込んでいた

香月に何かを言われたのかもしれない、でもそれよりはセリカと上手くいかないコトに辛いのかもしれない

好きな人と上手くいかない辛い気持ちはよくわかる…

「セリ、今日は遅くなったからこの町に泊まって明日の朝帰ろうか」

なのにレイは俺が傍に来ると無理していつも通りに笑おうとする

それが…見てて辛いんだ…レイはいつも一生懸命だから

「一緒に寝る」

慰めになるのかわからないが、俺はレイに抱き付く

「ははは、いつもの事じゃないか」

だったな

フェスティバル期間中ってコトもあって宿はどこもほとんど満室だったが、高めの料金を出せばそれなりに良い部屋で泊まれなくもなかった

くそー…いつもなら気にしないが、今は手持ちが少ないからできるだけ安い部屋を取りたかったぞ

「ようこそ、当ホテルへ

只今スピリチュアルフェスティバル期間中にこちらをサービスしております

普段は1つ五千円のお品物でございます」

そう言われて紹介されたのは不思議な香りのするお香だった

「なんと、おやすみ前にこちらのお香を炊きますと前世の夢を見る事が出来るのです

当ホテルの大人気アイテムとなっており」

えっなんて?そのお香で前世の夢が見れる?

ここでもスピリチュアルか

セリカなら面白そうって食いついただろうけど、俺はあんまり興味ねぇなぁ

嘘臭くて、本当に前世の夢なんて見れるワケないじゃん

「ウソくせー」

「この機会に疑り深いお客様にもお試し頂いて実感してもらい口コミで広げてもおうとする企画です

是非!貴方の素敵な前世を夢見てください!!」

宣伝しろってか、正直だな

素敵なって…もし前世が虫とかだったらどうすんだよ

ほのぼのして楽しそうだな(ほのぼのイメージてんとう虫)

嘘臭いしどうでもいいな~と思いつつも、タダだからと押し付けられてしまった

隣のお客さんも同じようにその前世の夢が見れるお香をグイグイ押し付けられている

そんなに見てほしいのか!?

前世とかって今生きるのに関係ないと思うけどな~、知らない方が良いってコトもあるだろうし…

知った所で何になるんだ?

だけど、俺の前世って勇者のコトだよな…

香月が魔王で俺が勇者の世界…今もだけど、今とは違う世界

そう考えると、どうだったんだろ……その時も恋人だったって話だから、気にならないと言ったらウソだ

このフロントのお姉さんの押し付けっぷりに胡散臭ささはあるが、もし本当にその夢が見れるなら……

前世でも魔王と勇者は恋人同士だったって言うなら…めっちゃ見たいかもしれない

夢でもいいもん…香月と仲良くいられるならなんだって……

前世がって言うより、今は香月と仲良い夢が見たい……

「まぁ試しに使ってやってもいいかな、タダだし…なっレイ?」

「しかし、セリ…いや…セリが見たいなら」

レイが戸惑ったコトに俺は気付かなかった

俺は自分のコトしか、香月のコトしか頭になかったから

でも、レイは忘れていなかったんだ

その世界でレイが勇者を、俺を2度も殺したと言う話を…


部屋に付くと高い金を払ったかいはあって広く居心地も良い

食事も風呂も済ませて寝る準備をする

ベッドのサイドテーブルに貰ったお香を炊くと優しく香ってきた

サンダルウッドのような、ラベンダーの香りもするような…イランイランの良い匂いもあったり……よくわからないけど、とにかく良い匂いなのは間違いない

俺はお香が煙ったい感じがしてあまり好みでなかったけど、これはそんなコトがなく不思議と良い香りだ

セリカがアロマ好きだから俺もたまにアロマを使うコトはあるが、お香を焚くのはかなり久しぶりかもしれない

さて、寝る準備も終わったしお香の火も消して

「寝ようぜレイ!良い夢が見れるといいな、おやすみ~」

さっさとベッドに入って寝ようとする俺をレイは引き止める

「そんな軽く…セリは怖くないのかい?」

「えっなんで?別に怖くないけど」

「いや…もし、前世の夢が嫌な事だったら……」

嫌なコトか…そもそもこのお香に前世の夢を見るような力が本当にあるのかどうかも怪しい

どんな夢を見たって、普通は自分の前世なんてわからないから

それがウソか本当かなんて確認のしようがないんだ

嫌な前世を見たら夢だからって信じないだろう、やっぱりインチキだって思う

良い前世なら良い夢を見たってだけの話で、俺はこの程度だと軽く考えていた

「レイが見たくないって言うなら部屋を別々にするか?」

「セリが見たいって言うならオレも見るが…もし、オレが前世でセリを殺す夢を見たら…

このタイミングだと信じてしまいそうで怖いんだ」

「なんだ、そんなコト心配してんのか

香月も光の聖霊もウソは付かないだろうよ

夢とか関係なく、きっとそれは真実だ

でも俺はそうだとしてもレイのコト嫌いになったりしないよ

だってそれに今と何の関係があるんだ?

記憶にもないのに、今のレイと俺にそんなコト関係あるか?」

大切なのは今で、前世にレイが俺を殺していたとしても全然実感がない

今生きている俺が和彦に殺された記憶と事実がしっかりあるのとは違う

和彦のそれは思い出しもするしその殺された時の感覚も感情も何もかも俺の中にある

だけど、レイのコトは何もない

何もないコトを実際にはあったんだと知る人から言われても正直他人事にしか聞こえない

それはレイが俺と出会ってからずっと一緒にいて仲良くなって大親友だから、俺はそれを信じているから前世なんて関係ないんだ

夢でその事実を自分で体験したとしても、今のレイとは違うってわかってるから

夢なんてふわっとしたもんで起きて少ししたら忘れるだろ

だから平気だよ、大切なのは今だもん

それでレイのコト、嫌いになったりしない

さすがに現世でも命狙われたら前世からの因縁が!?とか思っただろうけどな…

「関係ない…セリの言う通りだ、気にする事じゃなかったな」

「でも、レイが見たくないって言うなら無理に見なくていいんだぞ

やっぱりそういうのって気分悪いと思うし」

「大丈夫だ、セリの話を聞いて前世のオレがどうしてセリを殺す事になるのか知らなきゃいけないと思ったんだ

知る事が出来たら、そうならないように注意できるだろう?

セリを守る為ならオレは嫌な事にも目を反らさない、向き合ってみせる」

えっ凄い、俺なんて面白そうって理由だけなのに

香月の夢見れたらいいなみたいな

レイはしっかりと考えてくれてるんだ…

本当に見れるかどうかもわからないのに、いつも真面目で真剣に考えてくれて……それがちょっと怖いけど

でも、嬉しい…かも

どんな前世でも受け入れて前を向く

本当に凄いな…強いんだなレイは

「うん…」

「さぁ寝ようか」

レイがベッドに入って俺を寝かせると、いつもと変わらず頭を撫でてくれる

心地良くてだんだんと眠たくなっては瞼が下がってきた

本当に…俺は後悔しないんだろうか

前世を知るコトに

胡散臭いとか気軽にとか面白そうだからと言っておきながら、本当は怖いのかもしれない

怖くても…レイの強さを見習って、俺も受け入れなきゃいけない時なのかも

どんな前世でも、俺なんだから…それが真実なら…

いつの間にか意識がなくなり眠りへとつく、深く深く…そしてリアルな前世の世界を思い出すんだ




この世界はとても美しいとは言えなかった

魔族と人間の世界、圧倒的な強さを誇る魔族はこの世界を支配する

人間は彼らから見れば弱く小さな村や町に分かれて隠れるように細々と生きるしかなかった

誰も強い者(魔族)には逆らおうとはしない

媚びへつらい、機嫌を取り、上手く付き合っていく

正しい生き方だと思う

だけど、人間達は欲深かった

いつかは魔族を滅ぼし世界の頂点へと君臨したい

その欲はすでに大昔から別の形で表れては続けられているコト

狭い人間の世界でさらに弱者を探し出し虐げるコトで欲求を満たしている

不幸な人間は、さらに不幸な人間を作るコトで人間らしさを保ち続けた

そんな人間世界では、俺は格好の餌食だった

物心ついた時から絶望しかない

この人間世界で唯一、俺は不思議な力を持っていた

どんな怪我も治すコトが出来る回復の魔法

それが周りから、世界から、気味悪がられ避けられてきたんだ

魔法が使えるのは魔族だけだったから…人と違った不思議な力は人間の本能から気味が悪いと感じるのだろう

避けられるだけならまだよかったのかもしれない

力もなく気も弱かった俺は弱者として周りのストレスの捌け口とされる

回復の魔法もあるからと手加減はなかった

どんなに俺に酷いコトをしても目に見える身体の傷や怪我はなかったかのように消えてしまうから

それが余計に人々から罪悪感や良心なども消し去る

差別され虐げられ餌食となる

俺の見えている世界だけが俺には全てだったから、こんなに小さく狭い世界が…

なんのために生きているのか…なんのために…俺はここに存在するのか

そればかり考えて答えは何も出ない

世界が絶望と言うなら、いつかこの世界が平和になるコトを祈って

毎日それだけを願っていた

いつか幸せになりたい

生きている人間の当たり前の願いだ


俺の両親は俺が物心付く前に離婚して母親に引き取られる

それからいつの間にか母親には恋人が出来ていた

本当の父親が好きなワケではなかったが、新しい義理の父を父さんとは呼びたくなかった…

ほぼ毎日、俺と弟達を棒で殴るから

寒い冬の日には外に放り出されるコトもあった

ただの気持ち悪いおっさんだ

俺には弟が2人いた

小さい頃は一緒に遊んでいたが、おっさんが家にいる時はいつも怯えているしかなかった

俺は立派な兄とは言えなかった…

殴られれば当たり前のように痛い…泣き叫ぶほど痛いんだ…

苦しくて…怖くて…たまらない

弟が殴られてる時、俺は目を塞いで

心の中で…自分じゃなくてよかった……って最低にも助かった気になる

そんなのすぐに自分の順番が来るのに……

弟達を守れない不甲斐ない兄である自分が情けなくて大嫌いだった

大人になれば、子供が大人の男に勝てるワケないってわかるコトなのに

それでも子供ながらに兄として失格だと自分を責めた

何年も続く毎日毎日終わらない毎日が苦しめられ続ける

どうして手じゃなく棒で殴るのか、おっさんは言っていた

手で殴ったら自分の手が痛いだろ、と…

そのうち幼いながらにも、俺は媚びを売るコトを覚えた

殴られて痛い思いをしないで済むなら、嫌なコトはなんだって我慢した

死ぬほど嫌いなのに、好意的なフリをして懐いている風にも演じて機嫌を取る

そんな自分に反吐が出るが、そんな自分の尊厳を守る余裕もなかった

それでも殴られる頻度は少ししか変わらず、相変わらず暴力は受け続けるしかなかった…

この幼い頃からの、痛みから逃れる為に自分にウソをついて言われたコトは嫌でも従うコトが身に染み付き

何歳になっても断れない人間になってしまっていた

嫌なコトを我慢して耐える癖が付いたんだ…

そして、俺が10歳くらいになるとおっさんは暴力ともう1つを俺だけに加えるようになる

最初は自分が何をされているのかわからなかった

だけど、はじまりのそれが気持ち悪いって感情はすぐに強く押し寄せて水で何度も何度も自分の口を洗った

洗って綺麗にした所で汚い記憶も感触もなくなるコトはない

そこからが始まりだった

殴られて痛い思いをするのが嫌だった俺はただただ耐えて我慢するしかなかった

母親の見ていない所でパンツに手を入れられたり、おっさんのオ○ニーを見せられたり、子供だからと言うていで一緒にお風呂に入らされたり

それはだんだんと過激になってエスカレートしていく

俺がいつの間にか、嫌がるコト、逃げるコト、声に出すコトが出来ないと気付かれたから

暴力に加え、俺は母親の恋人から性的虐待を受けるようになった

幸い弟達にはそのようなコトはなく、

こんな思いは俺だけで留められているならよかったと自分に言い聞かせ押し込める

子供の頭では、何も知らないわからない俺は、逃げるコトも助けを求めるコトさえできない

毎日救いを祈ったのは神様だけだった

当然、そんなものはいないから助けてなんかはくれない

寝る前はいつも声を殺して…泣いていた

弟達に兄の俺が泣いているのを知られるのが恥ずかしくて…隠れて泣くんだよ

悔しくて辛くて気持ち悪くて怖くて…

やめて…その簡単な一言を俺は一度も言えなかった……

心の中では、何度も何度も…何度も…言えるのに

それから暫くして、薄々母親もおっさんが俺にやっているコトに気付きはじめていた

俺はやっとこれで助かるんだ、終わりなんだと、はじめて明るい未来が見えたような気がした

でも、俺の自分を守る言動(機嫌取り)が災いして

母親は俺が自分の恋人をたぶらかして横取りしたと嫉妬した

子供ながらにそれを察した時は、悲しいとか辛いとか…そういうのは思わなかった

あぁ…俺が悪いんだな…って、それだけだった

ただの絶望、考えたくなかったこのコトを

彼女は俺にとっての母親じゃなくておっさんの女だったんだ

こんな気持ち悪いおっさん…死んでも好きにならねぇよ

終わりなんかない

母親にも嫌われて、この地獄が続くだけ

いつまで…いつまで…我慢すれば、助かる?いつまで…耐えれば……

死ぬコトすら思い付かないんだよ

バカだから…何歳になっても、我慢して耐えるって染み付いた癖はなくならない

毎日毎日、嫌でも気持ち悪くても苦しくても辛くても悲しくても怖くても…

俺は我慢して耐えるコトしかできなかった……

怪我が治る回復の魔法なんて、なんの役に立つ!?

見た目をどんなに傷ひとつない綺麗な身体に出来ても、俺はちっとも綺麗なんかじゃない!!

何もなくならない!何も綺麗じゃない!!

頭のてっぺんから足のつま先まで、汚れて穢れて、醜い!!

心だって、ボロボロだ…記憶も感覚と感触も感情も……穢れは、死ぬまで俺を捕らえ苦しめて消えない

そこにいなくても、最中じゃなくても、触れられてなくても

ずっと汚い…ずっと俺は大きな穴が空いてるような気がする……気持ち悪い

誰か…助けて……死んじゃいたいよ、消えたいよ……誰か…

いつか、幸せに……なりたい

こんな願いは俺にとって、贅沢とでも言うのか?



そんな生活から何年経っただろうか

気付いた時には母親はおっさんと別れて、俺と弟達はいつの間にかあの地獄から解放されていた

それがいつ終わったのか、大人になった今では思い出せない

だけど、あのおっさんにされたコトは何年経っても鮮明に…感覚すらも一緒に思い出せてしまう

逃げられない…忘れられない、深く染み付いてる

とりあえず現実の地獄は終わった……いいや、そうでもない

この世界はそんな甘いものじゃない、ずっと弱者だった人間はずっと弱者なんだ

人から見た俺は綺麗な人だった

人と違う不思議な力に気味の悪さを感じながらも、この容姿と雰囲気は男であっても誰もが穢したくなるほどの魅力を感じるんだと

外に出たら出たで、他の男達に犯されるだけ

何人も…何人も…数え切れない

幼い頃から植え付けられた恐怖と癖で抵抗をしない俺は人間の男達にとって手間のかからない慰み者

抵抗しないからと言って、殴られないワケじゃない

回復が出来るこの力のせいか、試しにから目覚める奴もいれば、元から暴力が好きな奴もいる

怪我や傷が治るなら何も問題ないだろと罪悪感の欠片も感じず、自分達を満たす為だけに俺を使う

俺からしたら、身体の痛みは感じるんだよ

心だって痛いよ…

俺が酷い目に合っても見てみぬフリ、関わらない人達はたくさんいる

遠くから見てるだけ、わざと視界から消す、でも…それはいいや

助けてもらわなくたって…いい

子供の頃はどうして誰も助けてくれないんだって思ったけど、今は…仕方ないコトなんだってわかる

それに下手に俺を助けて巻き込まれるのも、俺の代わりに誰かがこれを受けると言うのも俺が耐えられない

助けてくれた人がこうなる方が辛い

もし助けてもらってその恩人が酷い目に合ったら…俺はその人を守る力がないから

力があるなら俺がこんな目に合ってないよ…

自分のコトだけでいっぱいいっぱいで余裕なんかないけど

自分の中にある正しいと思う心だけは失いたくない

他の人がこんな目に合わないならそれでいい、それなら自分が我慢する

苦しいのが終わってほしいけど、この終わりに他の誰かが犠牲になるなら、俺はそんなコトは望まない

俺は……子供の頃に、弟が殴られている時に

自分じゃなくてよかった…

って最低にも思ってしまったから

そんな気持ちになっておいて、見て見ぬフリする人達を責める資格なんてないよ

そして、殴られている弟を見て

死ぬほど悔しかった

何も出来ない無力で愚かな自分を呪った

もっと強かったら…俺に勇気があったら……って、いつだって思ってた

俺は見て見ぬフリをして自分の弱さを悔やむくらいなら…この地獄を自分が受け止める方がずっとマシだって……

思うようにした

そうでもして自分に言い訳していなきゃ、自分を保つコトができそうにないから

いつか、自分に限界が来てしまう前に…

助かりたい…早く、早く…救われたい

早く……死んでしまいたい

なんで人間って死ぬコトに恐怖を感じるんだろう

怖ささえなければ、俺はとっくの昔に解放されているのに…


そんな生活の中である日のコト、遠くの国から使者がやってきた

その国の女王様が俺に話があると言うのだ

世界を平和にする話だそうで、ほとんど強制に近い形で連れて行かれる

でも俺は世界を平和にする話と聞いて、少し未来に光が見えたような気がした

「そなたは勇者じゃ」

女王様は俺を見るとそう言い放ち

「裏にある神殿から勇者の剣を持って、それで魔王を倒せ」

さっさと言って来いとあしらうように手短に用件だけを述べられた

ちょ…ちょっと待てよ…いきなりそんな、オマエは勇者だから魔王倒して来いとか

意味わかんないし、混乱するんだけど!?

「でも…俺は」

弱いからと言う前に言葉を被せられる

「この私の言う事が信じられぬと申すか?

おぬしは間違いなく勇者セリであるぞ

その容姿に回復魔法、勇者の剣を手にするには勇者以外出来ぬ事

疑うのであれば勇者の剣を手に取ってみせよ」

女王様は勇者は何度も生まれ変わり魔王を倒す運命にあると言う

今までもそうやって何度も生まれ変わり魔王と戦ってきたって

いや…でも、全然頭が追い付いて来ない…

それでも行けと言われたら、俺は行くしかなかった

断れない癖もあったけど…それより俺が大きく心を動かしたのは

「勇者よ、世界を平和にするのはおぬしのみ」

魔王を倒して世界を平和にするって言葉だった

絶望だった世界…それが…平和になる?

俺はやっと救われるってコトなのか?

魔王を倒せば…もう、痛いのも気持ち悪いのも苦しいのも辛いのも悲しいのも怖いのも…全部ぜんぶ悪いコトから、解放される?

「わかりました…世界が平和になるなら、戦います」

俺は一礼して下がろうとした時に、女王様の呟きを聞き拾ってしまう

「……怪我を治す力だけでも気味が悪いと言うに…あの村で慰み者だったとは、虫酸が走る穢らわしさじゃな」

女王様は一度も俺と目を合わせなかった

別に、なんと言われようが今更すぎて気になんかしない

でも…こんな遠く離れた世界でも、あの小さな村と…何も変わりはしない

知らないだけなんだ、俺の憎しみも苦しみも悲しみも…

女王様には程遠い現実なのだから、穢らわしく感じるのが人間として当たり前なのかも…

俺だって自分をそう思う、自分が穢れていると

好きでそうなったんじゃない…

こんなコト知らない人生がよかった…汚いものを知らない真っ白な人間でいたかった…


王宮の後ろにある静かな神殿は神聖な空気と神秘的な場所で、足を踏み入れるのを躊躇ってしまう

こんなに綺麗な場所に俺なんかが入っていいのかって…

でも、さっきは久しぶりに涙が出たな

子供の頃は毎日寝る前に誰にも聞こえないように泣いていたけど

大人になってからは諦め癖もついて、涙なんか出ないよ

なのに新しい場所、こんな遠くまで来てあれだと嫌でも思い出して

どこに行っても絶望しかないんだって思うと、またいつ救われるんだって悲しくなったんだ

でも…泣くのはもうお終いかもしれない

だって魔王を倒せば世界は平和になる

そしたら俺はもう虐げられるコトも差別されるコトもなく、慰み者にもならない

やっと……解放される

苦しみから…やっと…救われる

それは誰かにしてもらうコトじゃないんだな

俺自身の手で俺を救うんだ

「うんっ!頑張るぞ!!」

明るい未来を信じて、俺は一歩を踏み出す

心の中で神聖な空気に謝りながら神殿の中へ入り勇者の剣の前までたどり着く

なんだか緊張する…

ううん、これを手にしなきゃ始まらないんだ

「…はじめまし……えっ?」

勇者の剣を手に取ると、羽根のように軽くて持ちやすく…何より、はじめましてって感じがしなかった

「久しぶり…?」

そう、その感じだ

久しぶりがしっくりと来る

俺はこの剣を知らないのに…なのに、凄く…懐かしくて安心するんだ

君がいてくれると無敵だって俺は思ってしまう

戦ったコトなんかないのに、剣なんて持ったコトもないのにな

「ふふ」

俺が自然と微笑むと勇者の剣も微笑んでくれたような気がした

生きてるみたいだな、そしてずっと俺が来るのを待ってくれていた

「頼むよ、俺と君で世界を平和にしに行こう」

この懐かしい感覚は…俺が自分は勇者だと信じるには十分だった

ここから俺は1人と1匹?(勇者の剣)で魔王と魔族との戦いがはじまった



ある程度の装備や金銭は女王様が用意してくれて、俺は魔王と魔族を倒すコトに集中できた

戦っていくうちにわかったコトや気付いたコトはたくさんあった

人間で非力な俺でも魔族や魔物にはありえない力を発揮して、倒すコトに苦労はしない

これが勇者の力なんだとすぐにわかった

回復魔法も意識していると痛みを感じないようにするコトもできて、敵に攻撃され痛みで怯むコトなく戦える

回復魔法以外に炎魔法と天魔法が使えて、俺は魔王城に近付く度に強くなっていく

それでも人間相手には弱いままで何も変わらない

途中で人間の町に立ち寄るコトもあった

でも、どこへ行っても同じだった

生まれ育った村と何も変わらない…何も…何も……

そのうち俺は人間の住む場所には近寄らなくなった

魔王を倒して世界を平和にするまでは…

「よぉよぉ勇者さんよぉ!ここまで来た事は褒めてやんよ!

けどよぉ、ここからはこのオレ様ら四天王が通さねぇからよ!」

やっと魔王城までたどり着くコトが出来た

途中までは余裕もあったけど、ここに近付くとだんだんと魔族も強くなってくる

それでも俺はなんとかここまでやってきたんだ

「1、2、3……3人しかいなくね?」

目の前に現れた自称四天王はどう見ても鳥蛇羊の3人しかいない

3バカの間違いなんじゃ…

「ここにいんだろが!ボケ!!」

鳥野郎はキレながら自分の首にぶら下がる金魚を見せてきた

それって、祭りとかの露店にいる金魚すくいの金魚じゃ……

「金魚さんじゃん!?早く広い水槽に入れてやれ!可哀想だろ!!

ってか、オマエら3バカの漫才に付き合うほど俺は暇じゃねぇんだよ」

無視して横を通り過ぎようとしたけど、スッと蛇女に道を塞がれる

「あのね~、またなのぉ~?

何度も何度も魔王様を倒しに来て、そーいうのもう飽きたんだよぉ?」

はっ?なんだこの巨乳の蛇女は

飽きたって言われても、俺は今までの勇者の記憶なんて知らねぇ

女王様も俺は何度も勇者として生まれ変わって何度も魔王と戦ってきたって言ってたけど…魔族はその記憶があるって言うのか?

「まっ!まっ!まっ!キルラもポップも落ち着いて!!」

いるだけでうるさい鳥野郎と巨乳蛇女に囲まれた俺をナルシスト羊男が2人を割って入ってくる

鳥と蛇が暴走なら羊はそれを止める役割でバランスが取れた3バカなのかもしれない

「ラナてめぇ!?なぁに良い子ぶってんだよ!!」

ラナと呼ばれた羊男の後頭部を思いっきり叩く鳥野郎のキルラ

「きゃはははは!!」

それを見て笑い飛ばす蛇女のポップ

「いてぇ!?何も良い子ぶってなんかいねーべ、これだからすぐ忘れる鳥頭と話し聞いてないクソビッチの世話は苦労すっわー」

「はっ?何がよ、おいこら」

「だーかーら!今回は勇者と話しがしたいって魔王様言ってたっしょ?

黙ってここ通せって事よ」

「ポップ、そんな話聞いてなーい~」

「おめぇーはどんな話も右から左だろーがよ!!」

やっぱ3バカのコントを見せられてるような気分になる

ってか、話の流れからして素直に通してくれるってんなら今まで襲ってきた魔族や魔物も大人しくさせとけよ

仮にコイツらが本当に四天王で、その下にいる魔族や魔物は話聞いてないか関係ないとかで戦ってたってコトか

「わかったよー、魔王様がそう言うならポップは黙って勇者を通すぅ」

「はぁ?オレ様は今回こそ勇者をぼっこぼこにしてオレ様が最強!!ってやりたかったのによ」

ブツブツ言いながらもキルラとポップは俺に背を向けて手を出さないとしてくれた

「ささ、あちらの部屋に魔王様がお待ちですからね~迷わないように!」

魔王城に入ってその広さと大きさにキョロキョロしながら歩いているとラナに迷うからと釘を刺される

ラナはどうぞどうぞと玉座の間へと案内してくれる

ついに…ここまでやって来たのか……

ラナに案内されて玉座の間に向かう間には誰ともすれ違うコトがなかった

攻撃されるコトもなく、トラップがあるワケでもない

魔族の王様が俺に話なんて……なんだろ

俺ははじめてここに来た、魔王にだってはじめて会う……

だけど、魔族は俺のコトを知っているから魔王だって俺を知っている…?

前世とかよくわかんないけど…自分が知らない自分を他人が知ってるって変な感じだな…

そして、ラナの言葉から今までは戦ってきたけれど今回ははじめて話をするって…どういう心境の変化だ?

魔王と勇者って永遠の宿敵だと思うのに……


ラナの案内はここまでと俺は1人残される

玉座の間に足を踏み入れるとシーンと静まり返って、たった1人しかいなかった

俺が姿を現すとその1人は椅子から立ち上がり、俺へと歩み寄る

すぐにこの男が魔王だと俺にはわかった

何故って、この男は他の魔族とは桁違いだったからだ

強さなんて戦わなくてもわかる…そこにいるだけで恐怖に飲み込まれるような気になって、勇者の俺でも震えてくる…

恐い……シンプルに恐い

「来ましたか…勇者」

一歩も動けない俺の前に魔王は立ち見下ろした

顔を上げるのが怖かった…だけど、近くに来られて恐怖が強いのに

こんな時に何を考えてるんだって思うけど…とても自然な良い匂いがした……これが魔王の匂い?

その匂いが俺の恐怖を和らげてくれる

「貴方の名前を聞きたい」

そっと伸ばされた手にビクッとしたけど、そのまま魔王に頬をすくい上げられてはじめて顔を間近で見るコトになる

今度は何故かドキッとした…

うっ……うぅ…スゲー美形…こんなに美形の男を見たコトがない

魔族って美形が多いって思ってたけど、魔王となるとその美形も王様級なのか

「セリ…です…」

「セリ、こうして近くで見るとやはり貴方は綺麗なのですね」

めっちゃ近くで見られて変に緊張する

目が合わせられない…なんか、変だ俺

初対面なのに…しかも相手男なのに…(それが1番悲しい)

「それは…どうも」

綺麗だとはよく言われる…綺麗だから汚したいんだって……

それは俺にとっての褒め言葉ではなかった

それなのに、魔王に言われると褒められたような気分になる嫌な気分にならない

それはこの人がとてつもない美形だから?そんな人に褒められて素直に嬉しいってコトかな

「最近は貴方が綺麗な事に気付き目を奪われ、私はいつも倒されてしまいます」

ただのマヌケじゃん、それ

「セリを殺す事に躊躇いその隙を突かれる」

魔王は俺から手を離す

なにも…しないの?珍しいと言うか……

なんか……よくわからない

この人は他の人とは違う…それしかわからない

何が違うのか、何がなんなのか…何もわからないのに

「私はもっと貴方を見ていたい」

「へっ…?」

なに、どういうコト?どういう意味?

つまり殺すなってコト?戦う気はないってコトか?

「見たいって…俺は見せ物じゃないんだぞ」

し、視線が…降り注ぐのを感じる

凄く恥ずかしい…なんで、なんだよこれ本当に

「私の傍にいろと言っているのです」

「ど、どういうコト!?そ、それって……ペット?愛人になれと?それとも性奴隷ってか俺、男だからな!?」

そ、そういう意味だよな?魔王なんて嫁いっぱい囲んでそうだし

気に入った女は自分のものとか無茶やってそうな…イメージです……

「そのままの意味です」

愛人とかの話スルーされた

そのままの意味って……マジでわかんないんだけど……

「傍にいるって…なに

無理だよ…そんなん…俺は魔王を倒して世界を平和にする、勇者だから」

わからない…恐い……

「私をいつも倒しに来る理由はそれですか?」

いつもはわからない、俺は前世の記憶なんてないから

でもたぶんいつだってそうだったろうな

世界を平和にする…

「そうだよ!魔王を倒せば世界は平和になる!!

絶望からも解放される!やっと来るんだ、そんな世界が

未来は明るくなきゃ、生まれて来た意味も生きる意味だってねぇだろ!?

それ以外に何かあるか!?

俺は自分の世界を……救いたいんだ」

魔王を倒せば……終わる…辛い毎日が……俺は、そう信じて……る

世界を征服する悪い奴を倒せば……世界は平和になる

「私を倒したら世界は平和になると本気で信じているのですか?」

魔王の言葉に心が反応する

視線を下げて、魔王の顔を見るコトができない

「本当に救われると信じていますか?」

なんで…そんなコト聞くんだよ

「信じてるに……決まってるだろ、じゃなきゃ俺はなんでここにいるんだよ」

俺にはこれしかないんだよ

やっと見つけた…自分が救われる方法を

その為に俺は今日まで我慢して耐えてきた

もうすぐなんだ…絶望の終わりが…もうすぐ……

勇者の剣を引き抜いて魔王へと向ける

「…そもそも、オマエと俺は魔王と勇者じゃん

戦う以外のコトってないだろ?」

迷うコトなんて何もない、そもそもはそうだって話

勇者は魔王を倒す…世界を平和にする

当たり前の話

「わかりました…セリ、次に会う時は…」

魔王はそう言って、何もせずに俺に倒されるコトを選んだ

本気で戦ったらきっと俺は魔王には勝てなかったと思う

なのに、俺の勇者の剣は魔王の心臓を貫いて……簡単に殺してしまった

温かい血が手を伝い腕や顔や服を濡らす

勇者の剣から手を離して、魔王の力のない身体が俺へと覆い被さる

こんな呆気なく…簡単に……終わった…?

今までたくさんの魔族と戦って、たくさんの血や死体を見てきた

世界を平和にする為だって思って…

だけど……なんで、こんなに心がスッキリしないんだ

人間世界は魔族に征服され虐げられて来た

それがこれで解放され、世界は平和になる

喜んで良いコトじゃないか?

そうだよ……そうなのに


やっと長い旅も終わったハズなのに、俺は魔王の城を出るコトはなく1番高い塔の階段を上っていく

その天辺から開けた世界はとても…美しかった……

「これが俺の生きてる世界…」

冷たいけど心地いい風が俺を撫でていく

太陽が沈む時間の景色は幻想的で、ただただ美しさに溢れてる……

魔王を倒した、世界は平和になる

俺の世界もこの美しい世界と同じに変わる……

「ないよ…俺には、なぁんにも……」

涙がこぼれ落ちて止まらないのに、俺は何かが切れたかのように笑った

この笑顔はなんなんだろう、自分でもわからない

わからないけど…言えるコトはひとつだけ

「さよなら……」

塔の天辺から俺は身を投げた

高い高い所から下へと引き寄せられる

本当はわかってたんだ

俺の世界は魔王を倒したからって、何も変わらない

救われるコトなんてないって…気付いてた

本当に?世界が優しくなるコトの変化にどうしたらいいかわからないからか

それとも…世界が平和になるって希望を失うのが恐いから?

村に帰って何も変わらなかったら、俺はもう俺じゃなくなるってわかっているから

それなら俺は俺のままでいたい

魔王を殺したコトを後悔しているのか?

自分のありもしない明るい未来に必死にしがみついて、魔王から見たら俺はスゲー滑稽だったろうな

「次…会えた…ら……」

呟いたと同時に地面に叩きつけられた俺の短く長かった人生は終わる…23年の命だった


わからなくて、恐かったんだ

でも、その気持ちは…本当は嬉しかったんだ

傍にいろって言われたのがはじめてだったから

……嬉しかった…目を奪われるほど綺麗だって褒めてもらえて……

それだけで俺はよかったのに



-続く-

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