99話『バイバイ、愛してる』セリ編

セレンの国に到着するとセリカが待っていた

ペガサスから下りて、俺はセリカの前まで歩み寄る

自分のコトだ、言わなくてもなんでもわかる

「セリくんに、返すわ」

セリカから勇者の剣を渡される

受け取るとその姿は少しだけ変化した

ずっと一緒だった…なのに、この手にするととても久しぶりなような気がする

そして、どんな武器を手にするより安心する

自分の一部のような、なくてはならない存在みたいに

「私が持っていてはダメ

私はセリくんだけどセリくんじゃないもの、本当の持ち主に返さなきゃね

私は貴方の勇者じゃないもの…バイバイ」

セリカはそう言って手を振ると俺のポケットから呪術の小瓶を取り出した

勇者の剣が少し寂しそうにしているのがわかる…

でも、もうセリカがこの剣を持つコトはないのかもしれない

香月次第で…ずっと俺が持つコトになるかもしれない…勇者として

「セリカ…レイのコト、頼んだぞ」

「助けるわレイのコト…終わったら、すぐに会いに来てあげてね」

「もちろんだ、今でも死ぬほどレイが心配なんだからさ」

「頑張ってね」

頑張れ俺、負けるなって自分で自分を励ます

香月を目の前にしたら心が折れてしまうかもしれない

そんなコトにならないように自分をしっかり保つ

リズムはチンピーに頼んで避難を手伝ってもらったみたい

ロックとローズのコトは、セリカは何も言わなかった…

「セリ」

ユリセリに名前を呼ばれてハッとする

こんな入口で考えたって仕方がない

行かなきゃ、この目で確かめなきゃ

「うん、待たせたな…行こうか、ユリセリ」

セレンの国に入ると、そこには知っている景色はなく崩れていた

壊された街、人間も天使族もほとんど…生きていないと思う

かなり暴れたな、魔族も魔物も…

どうして…ここを

街中で立っているのは魔族か魔物のみ

俺が姿を現すと魔族と魔物が注目する

顔パスで見逃してもらえるかなって思ったけど、どうもそうはいかないようだ

魔族も魔物も、俺を見たら襲ってくる

「遊んでる暇はない、勇者の俺に向かって来るってんなら死んでも文句言うなよ!」

見えてるだけで二十、三十いた所でこの程度のレベルなら余裕で倒せる

5分もかからなかった

俺に向かってくる魔族も魔物もあっという間に地面に倒れ込む

「ほう、やはり勇者…強いな

私の出番がないくらいだ」

「勇者の剣のおかげもあるよ

スゲー戦いやすい、他のどんな武器より俺にとって1番相性が良いね」

どんな戦い方をしても付いてきてくれる

勇者の力にも絶対負けず、魔力は無限に与えてくれる

羽根のように軽く刃の長さもちょうど良い

「この調子でセレンの所まで走るぞ

香月もそこにいるハズだから」

ユリセリにそう告げると後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる

「させませんわよ、セリ様」

楊蝉の声…!振り向くとその姿とともに百の魔族を従えている

男ばっかり…もしかして全員彼氏かな?

「申し訳ありませんが足止めさせて頂きますわ

セリ様と戦うのは気が引けますの、大人しくして頂ければ…」

まずい、楊蝉はキルラやポップと比べたら戦闘能力は可愛いもんだ

でも俺は楊蝉には勝てない…仲が良いから剣を向けられないからとかそんなしょーもない理由じゃねぇ

「いや…俺はその先へ行かせてもらうぜ!

楊蝉が戦うって言うなら相手になってやる

女だから手加減はしてやるよ」

手加減なんてしたら絶対勝てないのに何カッコ付けて言ってんだ俺!?

全力でいきたいところだが…やっぱり女相手だと弱くなるな

女に手を上げるな泣かすな傷付けるなって育ってきたもんな~…

どう戦えば…

「セリ様、そんな甘さで何が助けられるんですの?」

楊蝉の言葉とともに真っ白な霧が発生する

これは…困ったぞ、楊蝉の幻術に呑まれてしまう

楊蝉は俺を足止めしたいだけ、殺そうとしたり怪我をさせたりはしないだろうが

「私を忘れているのか、セリ」

右も左も見えない霧の中でユリセリの声が近くで聞こえる

その声は少し怒っているような気がした

「ここは私に任せて行け、このような相手すぐに片付けて追い付くぞ」

見えない強い力に遠くまで飛ばされる

俺は気付いたら霧の外へと転がされていた

ユリセリの魔力で俺を楊蝉の幻術の外側へと追い出す、人間大砲みたいに勢いよく

「いたた…痛くないけど、ユリセリの奴

俺の扱い雑じゃねぇか」

勢いよく地面に転がされて擦り傷切り傷だらけだ

すぐに回復魔法で自分の傷を治す

でも、ユリセリの助けは凄くありがたかった…

俺はユリセリに助けてってなんでもする代わりに着いて来てもらったくせに

少しも頼ろうとしなかった

ユリセリはそれが嫌だったんだ…友達なら頼れって…言う

でも、俺やっぱり女の子に守ってもらうのは嫌だって変にカッコ付けてた

そんなコト今は気にしてる場合じゃないし、俺よりユリセリの方がめちゃくちゃ強いのに

ユリセリからしたら弱いくせにナメてるのか?って感じだよな

それでも俺はカッコ付けたいんだよ、男だから変なプライド持ってんだよ

「ありがとうユリセリ、ここはお願いするよ」

ユリセリに任せられるのは信頼しているから、ユリセリは誰よりも強いから負けない

ユリセリは世界一強いんだ!!

迷うな、俺は香月を止めてレイに会いに行く

1分でも早く!!

俺は後ろを振り返らない、ユリセリはすぐに俺に追い付いてくるから、進んでなかったらモタモタするなって怒られる


道中の魔族も簡単に蹴散らして街の中心までやってくる

そろそろまた中ボス出そうと思ってたら

「や~っぱり、セリは強いね~

ポップの彼氏達一瞬で倒しちゃった」

また女か…今度はポップ

手こずるだろうが楊蝉よりは勝てるな

って、道中の奴らオマエの彼氏なの!?

手加減はしたから殺してないけど、打ち所悪かったら何人か死んでるかもしれんぞ

逃げる奴は追わないし向かって来ない奴はスルー、襲って来る奴は倒した

「ポップ…そこ通してくれねぇか、今はオマエと遊んでる暇はないんだよ」

「きゃっは!無理無理~、香月様にセリは通すなって言われてるからねー」

やっぱり…香月が…

心が揺らぐ…悲しくなってくる

「この国が終わるまでポップと遊んでよ!」

ポップは巨大な蛇を召喚すると俺を丸飲みにさせた

蛇は苦手だって…言ってんだろ!

蛇への苦手意識で動きが鈍ってしまった

でも、すぐに腹を剣で裂き脱出する

「その子のお腹は刃も通さないくらい分厚くて頑丈なのに、やっぱりセリは強いねぇ」

「ナメてんのか」

「香月様の恋人のセリは好きだけどぉ、敵になると勇者は嫌いだな♪」

すぐに間合いを詰めてポップへ剣を振り上げる

勝てるハズだった…なのにポップは簡単に俺の手を掴み捻り上げてくる

「でもぉ、セリは女の子に甘いから勇者でもやっぱりだ~いすきっ☆」

痛みはないのにねじ上げられて勝手に手から勇者の剣が離れる

カツンと勇者の剣が地面に落ちる音が聞こえた

「ポップ…離せ」

「やだよー」

ポップの言う通りだ、楊蝉の言葉を思い出す

女だからって手加減して勝てる相手じゃねぇだろ

ポップなんてこう見えたってトップ4のひとり

自分の甘さで足は止まってしまう

俺が足を止めたら、セレンは…殺されるのに

香月を止められなかったら俺は死ぬほど後悔する

「この機会に蛇を克服しよ!たっぷり遊んであげるぅ♪」

だから…ごめん、ポップ

俺はオマエを倒すわ

と思ったけど、後ろからポップに抱きつかれるような形でポップのもう片方の手が俺の胸の辺りに来ると

その手の中から無限に蛇が溢れ出した

こ、これは…あかん……

意識がぶっ飛びそうになるほどの衝撃を受ける

苦手なものが目の前に溢れて、俺の身体に巻き付いてくる

「動いたら噛むからねー!動かないで~

毒を持ってる子もたくさんいるけど、セリは毒は平気だから大丈夫だねぇ」 

毒が平気だから大丈夫とか言う問題じゃねぇんだよ

動かなくても噛んでる蛇いるけど!?

痛くなくても噛まれてるって感覚はある

こわい…苦手なものだから凄く耐えるのが辛い

「ポッ…プんっ!?」

口を開くと少し大きめの蛇が入ってきた

「あーだめだめ口開けちゃ、すぐ穴に入りたがるんだから~めっ!セリにそんな事したら香月様に怒られちゃうぞ♪」

ビックリしたけど、すぐにポップが引っこ抜いてくれた

こぇえよ

うぅ…もう嫌だ…気持ちが死んじゃう

蛇が口の中に入って来た感触を思い出したらゾワワってする…変な味、匂いも変

喋るコトもできない、動くコトもできない、だったら…どうする俺

ポップと遊んでる暇はないのに

違うだろ、動くコトはできる

動けないを勘違いしてるのは俺が蛇を苦手として恐怖しているだけだ

俺がモタモタしてる間だって時間は過ぎてるんだぞ

レイやセレンが死ぬかもしれないってコトに比べれば、こんなのどってコトない!!

俺の胸辺りにあるポップの手を掴み、力いっぱい引っ張った

「わっとっと!?」

すると背中に抱き付いていたポップを目の前まで引きずり出せる

俺が動いたコトで身体のあちこちに絡みつく蛇達は俺の腕足腰首あらゆる所を締め付け噛み付いた

手膝肩頬唇、噛まれてる感覚も全て耐えてみせる

「セリが蛇を克服したー!?」

違ぇよ!!

目の前にポップを引っ張り倒し、勘違い克服に感動している間に勇者の剣を拾い立ち上がる

自分の身体がくそほど重い、一体何匹の蛇がまとわりついてんだ

ポップ!悪いが、寝ててくれ!!

勇者の剣を振り上げながらポップを見下ろす

だけど…ここまで来ても俺は振り下ろす手に迷いがあり震えていた

迷うな…迷うんじゃねぇ俺…

「セリ、お前の信条をねじ曲げる事はないだろう」

後ろからユリセリの声がすると俺にまとわりついていた蛇達がポロポロと地面へ落ちていく

蛇はみんな痙攣して口から泡を吐いている

「ユリセリ…」

「女の相手は私がする

なんの為に私が同行していると思うのだ?

セリを助ける為だぞ、私に任せよ」

俺の横を通るユリセリからふわりと薔薇の香りがした

めっちゃ良い匂い…思わず深呼吸してしまった、変態か俺は

匂いフェチなんだよ

レイも和彦も香月もみんな良い匂いする

「楊蝉の事…」

「安心せよ殺してはおらぬ、この女にも痛い悪夢を見せよう」

「うん…ありがとうユリセリ」

ユリセリは殺そうと思えば楊蝉を殺せた

なのに、それをしなかったのはちゃんと俺のコトをわかってくれているからだ

本当に感謝しかない、ユリセリの助けはとっても嬉しいよ

「なになに~、まーたユリセリぃ?

ポップはユリセリ嫌いなんだよねぇ

セリカの1番の友達はポップなのに、自分が1番みたいな顔するから~…

強いからってポップを見下すのも気に入らないしねぇ…」

ポップの片思いを聞かされるのは何度目だろう

ポップが蛇だからというワケじゃなく、性格的に合わないから友達と思えなかったりする

好きでいてくれるのはありがたいが…

「早く行け、セリ」

ユリセリの足元でプチッと音がした

視線を音の方へ向けると蛇の頭がユリセリの足で踏みつぶされている

「あれ~?バレちゃったぁ?」

ポップは喋りながらも俺を足止めするコトを忘れていなかった

俺に気付かないように蛇を仕掛けてきたが、寸前でユリセリに阻止される

楊蝉と違って、ポップは私情が強い

ユリセリへの嫉妬心に、俺は女同士の戦いが心配にも感じてしまっていた

「すまない…ユリセリ、ここも頼みます」

「あぁ、またすぐに追い付く」

だけど俺は止まってちゃいけない、そんな暇はないから

またユリセリに任せて俺は振り返らずに走った


道中は省略、余裕で蹴散らしてきた

セレンの神殿の前までやってくるコトが出来た

まだここか…ちょっと時間がかかっちまったな

「いよー!セリ様、来ると思ってたぜ~」

俺もいると思ったよ、キルラ

声のする方を見上げると神殿の上で偉そうなポーズを取っていた

めっちゃムカついたからその辺に落ちていた石を拾って投げつける

「いて!」

よぉっし!見事命中してガッツポーズ

キルラは石が当たった所をさすりながら俺の足元にボールを投げ落とした

「ほらセリ様」

うっ…なんかすごい…臭う…

ボールと錯覚していたものをよく見ると人間の生首?しかもかなり腐っているから殺してから結構な時間が経っている

これだけどろどろだと誰の顔かわかんねぇぞ、大きさからして大人か?

「ルチアの生首っすよ」

そう言いながらキルラは俺と同じ地上へと降りてきた

「なんだ、褒めろとでも言うのか?」

キルラはマヌケなコトをして香月に殺されかけた

免れる為にルチアと大悪魔シンの首を約束したが…

ルチアはこんなあっさり殺されていたのか…

「それとも…好きな女を殺した可哀想なオレ様を慰めろとでも言うか?」

「いんや~、ルチアは良い女だったっすけど、女なんていくらでもいるっしょ?

他人の命よりオレ様の命の方が大事なんで」

それは前に聞いた

でも殺す前に迷いはなかったのか?殺して後悔しなかったか?

キルラは…そんなコトを感じるような種族じゃなかった

「ルチアは簡単に殺せたけどよぉ、シンは何処に隠れてるかわかんねんだわ

このままじゃオレ様は香月様に殺されますね~

で!も!ここでセリ様を足止めすれば見逃してくれるってよー!」

いきなり攻撃してくるキルラを寸前で避ける

「ガチといきましょーや!セリ様ならセリカ様と違って女じゃねぇから思いっきりやれんよ!!」

「いや、キルラ何回かセリカにガチの勝負仕掛けてボロ負けしてただろ

オマエは男とか女とか関係ない奴じゃん」

「これでも女には気を使ってるっつーの!!」

キルラは勇者の剣を警戒しながら攻撃を何度も繰り出して来るが、毎回のように簡単に交わせる

遊んでる暇なんてねぇしな、すぐに終わらせてやる

逃げ続ける俺をキルラは必死に追い掛けてきていた

俺はキルラに背を向けていたが、くるりとキルラの方を向き地面を強く蹴る

その勢いでキルラの腹へと蹴りをかます

いつもセリカもこのやり方で勝つ

キルラは勇者の剣にしか目をやらないか…ら?

「くっそ…ぃってぇ…けど!それを待ってたんだよぉ!!」

いつもならキルラは情けなくぶっ飛ぶのに俺の蹴りを耐え、その足をしっかり掴んで引き寄せる

「鳥なのに考えたな」

宙吊りにされながらも俺は冷静だった

「3回も同じ事したら誰だって気付くだろ!馬鹿にしてんのか」

1回で気付けよ…まっ3回目もいけると思った俺がバカだったな、キルラをナメてた

「殺したら香月様に叱られますからね

死なない程度に痛めつけてやるよぉ!!」

俺を持ち上げた手を振り下ろし地面へと叩きつける

地面が壊れるほどのキルラの力は強い

「そーらもう一丁!!」

また振り上げられる瞬間にキルラに掴まれた足を俺は切り落として抜け出す

「それ…それな!セリ様って自分の腕や足なら簡単に切り捨てる」

キルラの手に残った俺の足を空に投げると炎に包まれ消える

「だって、遊んでる暇ねぇもん

時間がある時なら構ってやれるんだけど」

「うるせぇな!!」

またキルラが俺へと突っ込んで来る

本気で来てる、空気でわかる

だから俺も手加減はしねぇ

俺を掴み掛かろうとするキルラの手を避けキルラの身体を真っ二つに切った

「ぐっ……ああああああ!!!また負けたああああああんんん!!う゛わあああああああ母ちゃんーーー!!100年前くらいに死んだけどぉ!!寿命でぇ!!」

泣き叫び方がめっちゃガキじゃないか…

母ちゃんって…魔族は永遠に近い年月を生きるが、寿命はある者もいるみたいだ

寿命で亡くなった魔族はかなり少ないが、なくはない

キルラが俺を掴み掛かってくるのはわかった

攻撃は効かない、手や足だけなら逃げられる

だったら身体を抑え付けるしかない

そうされたら俺は力の差で身動きが取れなくなるからだ

勇者の力は魔族を殺す、魔族に対して強くなるってだけで、腕力は関係ない

腕力勝負になると圧倒的に不利だ

だから俺は魔族と戦う時にひとつだけ気を付けている

決して、捕まらないコト

「香月が人間である限り、魔族の強さはこんなものさ

まっ香月が魔族に戻ってもキルラじゃ俺には勝てねぇよ」

「腹立つなぁ!!香月様が魔族に戻ったらセリ様泣かす!」

「無理だよ、そこで寝てな」

キルラが酷い暴言を吐いてきたが振り返らずに神殿の中へと入る


早くみんなを見つけないと、香月はセレンの所にいるとわかっているが俺は真っ先にローズの部屋に向かった

「ローズ!ロッ……く…」

ローズの部屋のドアを開くと嫌な予感は当たってしまっていた

ローズはベッドの上で首を絞められて殺されていて、ロックは背中から心臓に向かってナイフを突き刺されて床に倒れている

「ダメだ…2人とも…死ん……ぅっ」

ひっ…く……あぁ…泣いてる暇もないのに悲しみに強く襲われて涙が止まらない

こんな何も見えない視界じゃ動けないだろ

なんで…なんでロックとローズまで殺した!?俺の仲間だって知ってるくせに……!!なんでだよ!!

人間は簡単に死ぬ…絶対大丈夫なんてないんだ

死ぬ時は突然…お別れも…急に来るんだ

「ローズ…ごめん……俺がずっとここにいれば…よかったのに…」

真っ白なタオルをローズの顔にかける

可哀想に…こんなに小さな子供も殺すなんて

ローズの細く小さな首についた指と爪の痕を綺麗に消す

「ロック…いつもローズのコト、見守ってくれてて…ロリコンの変態だったけど

俺はロックも大切な仲間だと思ってたよ」

ロックに刺さったナイフを抜き傷を治す

治した所で死んだ者は生き返らない…いつものコトだ

誰であっても同じ…

ロックを仰向けにしてローズと同じようにタオルを顔に被せる

もっと傍にいてやりたいけど、ごめん2人とも…俺は行くよ、行かなきゃいけないから

ロックとローズの部屋のドアを静かに閉めて俺は涙をしっかり拭いて、セレンのいる神殿の中心へと走った


足元がふわふわする

ショックが大きすぎてこれは夢なんじゃないかって錯覚するくらい

みんな…みんないなくなる……もうそんなの嫌だ

ここを曲がって真っ直ぐ行ったらすぐだと俺は廊下の曲がり角を曲がると誰かにぶつかってしまって尻餅をつく

いたた…ケツが痛いんじゃなくて、ぶつかった時にぶつかった人の唇におもいっきりぶつけて…なんでこんな時に他人とキスなんて、事故だけど

「悪い、急いでて…あっ」

「はぁ…セリ……くん…」

か、和彦!?見上げるとぶつかった相手は重傷の和彦が立っていた

えっ…なに…どういうコト

すごい怪我してる…アザも傷も…頭から血も流してるし、あの和彦が鼻血まで出すなんて

肩で息をするくらい和彦は限界まで…

信じられない

あの世界最強の和彦をここまでボコボコにできる奴なんて…

しかも和彦は右肘から下がなく、利き腕じゃない左手で武器を持っていた

重く身の丈まである斧を持つ力もないのか引きずるようにしている

「か、和彦!?」

すぐに回復魔法で和彦の怪我と腕を治す

「助かったよセリくん」

だけど、怪我は治したのに和彦は肩で息をするほどの疲労とストレスは相当なものだった

「セリ様…」

和彦の後ろからセレンがぶわわと涙を溢れさせていた

さらにその後ろには頬を膨らませた光の聖霊がいる

「えっ和彦…セレンとおまけを助けてくれたのか?」

「おまけですって!?」

光の聖霊はキー!っと怒った

「詳しい話は後だ、早くここから逃げないとあいつが来る」

和彦は俺に来た道を戻るよう手を掴んで走った

「あいつって…」

走りながらセレンは俺に教えてくれる

「魔王ですわ…和彦様は騒ぎに気付いて私と光の聖霊を助けてくれたのですわ

残念ながら…他の多くの方は助けられなかったですが……」

和彦が…それって俺の為?だよね…?

和彦に正義心とかまったくないし

俺がセレンを助けに来るってわかっていたから遠く離れた俺より先に和彦は助けに来てくれた

俺が悲しまないように…そう思っていい?和彦

それって、凄く嬉しいコトだから

「だ~か~ら、さっきから言ってるでしょ」

光の聖霊は和彦の前に回り込み、俺達の足を止めさせた

「逃げたって無駄よ、そんな事より簡単な方法があるって教えてあげたわよね

勇者を殺せば全て解決するって」

光の聖霊は俺を指差す

そして俺を殺すのは和彦に言ってるんだ

セレンは女神族だから人間を殺せない

ここで俺を殺せるのは和彦だけ

「うるさい女だな、セリくんの事なら一度殺してる」

「えっ…」

意外な返事に光の聖霊は自分で言っておきながら引いている

俺は和彦の言葉に心臓がえぐられるような思いがあった

記憶…嫌な記憶……思い出したくない、和彦に殺されたコトなんて

「もうセリくんは殺せない

一回殺したら死んだらそれで終わり、もうセリくんはオレの中では死んでるんだよ

あまりうるせーと女、殺すぞ」

「ヒエッ」

和彦の睨みに光の聖霊は石のように固まった

たぶん心の中でコイツはダメだって思ってそう、光の聖霊はもう和彦に逆らえない

「俺…死んでるコトになってんだ、和彦の中で」

それはそれで…複雑なような

じゃあ今いる俺は何?和彦の中では死んでる俺は…存在しないの?終わりってなに…?

俺が最初に言ってたコト?死んだら恋人じゃないって

俯き和彦から手を離そうとしたら、和彦は俺の手を強く身体ごと引き寄せてキスした

「っは!?何すんだよ!みんな見てんのに!」

セレンは手で自分の視界を隠したフリをしてちゃっかり指の隙からがっつり見てキャーと呟いている

変態女におかずを与えるな

光の聖霊は開いた口が塞がっていない

「オレも死んでるだろ?セリくんを追い掛けてきたのに、文句ある?」

顔を真っ赤にしながら自分の口元を手で隠す

またキスされたら…もう、おかしくなるから

和彦の言葉が嬉しかった

終わりなのは向こうでの話、死んだら終わりなのは関係のコトじゃない

こんな時なのに…俺はバカだな

「今はそれどころじゃねぇの!状況考えろ!こっちは色々あって…辛いのに…」

ウソ…和彦はそれをわかってた

だから俺がさらに辛い気持ちにならないようにって誤解を放置しないで言ってくれた

キスしてくれた…だから、和彦は間違ったコトなんて何もしてない

「文句なんて…あるワケないだろ、浮気以外」

「それは…」

「二度としませんっていつになったら言えるんだよオマエは!?」

和彦はウソをつかないからこそ、浮気は二度としないなんて言わないんだ

やっぱムカつく

その笑顔も…今はムカつくけど…好きだな

「ほらほら~いちゃついてないで、あれ来たよ~?」

光の聖霊が俺達のやり取りに冷めたように言い後ろを指差す

そこには…香月の姿があった

香月も和彦と同じくらいのダメージを受けている

香月か…そりゃそうだ、和彦をあそこまでやれるのは香月くらい

逆も同じく

でも和彦の方が強さでは上なのかもしれない

香月は足を引きずっているから簡単に追って来れなかったんだ

「和彦、セレンと光の聖霊を連れてユリセリと合流してくれ

ここは俺に任せて、先に逃げろ」

「セリくんに任せたくない所だが、香月を相手にするのはオレよりセリくんの方がいいんだろう」

珍しく和彦はわかってくれた

俺に危険なコトはさせない和彦だけど、魔王の相手は人間の和彦がするより勇者の俺が適任だとわかっている

「セリ様…無事をお祈り致しますわ」

「あたしは勇者に死んでほしいけど、レイが悲しむから適当に頑張ってよ」

セレンの女神みたいな言葉と腹立つ光の聖霊の言葉を受けて

「夜までにはオレの下へ帰って来い」

バシッとお尻を叩かれるという和彦からセクハラを受ける

「やめろ!ふざけてる暇あるなら早く行け!」

セレンと光の聖霊の背中を手で押し、和彦の背中を足で押す

そして3人が神殿を出るのを見届けて静かになった


香月…俺は足を引きずって近付く香月に向き直る

「その身体じゃもう戦えないだろ

人間なんだから…もう」

もうすぐ目の前まで来る

俺はその時、どんな顔をすればいい?なんて言えばいい?なんて…想えばいい?

「香月…」

近くまで来て目が合った

なのに、香月は俺の横を通り過ぎていく

なんで…どうして……

「私はあの3人も殺します」

後ろから香月の言葉がハッキリと聞こえた

3人…も?もってコトは…ロックとローズを殺したのも香月だって言うのかよ

頭の中も心の中もぐちゃぐちゃになっていく、それでも俺の中に香月を止めなきゃいけないって思いだけはハッキリしている

香月の前に回り込み、行かせないと香月の両腕を掴んでその足を止める

「やめて……やめてくれよ…

嫌だよ!ロックとローズを殺して、みんなを殺して…

まだ足りねぇの?和彦も殺すの?セレンも殺すの?光の聖霊(はいいか)

やめて…お願いだから…もうやめろよ」

必死に訴えかける

香月は感情はなくてもわからなくても頭は良い

俺の言ってるコトも気持ちも頭ではわかるんだ

だから…説得できると思った

「何を言われても私は止めません」

俺の掴む手を振り払って香月は完全にへし折られて動かない足を引きずってでも進んだ

右手も手首から切り落とされてる

和彦と同じように身体中のあちこちに痛々しいダメージを負っていた

香月の傷付いた姿だって俺は見たくない

すぐに回復してやりたいけど、3人を殺す気がある香月を回復なんて出来ない

なんで…止まってくれないの……

止まってくれないと、俺は…俺は香月を……殺…いやだ、そんなの絶対にしたくない

「なんで!わかんないんだよ!?なんでそこまでするんだよ!!」

後ろから抱き付いて香月を止める

わかって…俺がこんなの嫌だってコト

それとも……最初から生きる世界が違う魔族と人間じゃ、一緒に生きていけないってコトなのか?

「こんなの…嫌いになっちゃうよ…

いいのかよ…香月、俺がオマエを嫌いになっても」

セレンを殺されたら…和彦を殺されたら……香月のコト大嫌いになって酷く憎むよ

ロックとローズを殺されたコトだって、本当は許せない

死ぬほど許せないって思うのに…それでも俺はまだバカみたいに香月が好きって思うから……あぁ俺って自分のコトしか考えてない

大切な仲間が殺されたのに、自分の好きな人のコトしか…

悲しいコトがたくさん溢れて来る

その度に涙は尽きるコトなく溢れ出る

泣いてもお願いしても…祈っても

「嫌われたら…殺して、また生まれて来るセリを待てばいい」

無理なんだ…

「私の都合の良い貴方になるまで何度も殺して、殺して…殺します」

力が…抜けていく

香月を抱き締めていた腕が…手が…離れてしまう

「都合がいいって…なに……それ」

足が勝手に香月から離れていく、後ろに一歩二歩と俺は下がる

香月の都合の良い俺ってどんなの?そんなのに俺なれるの?

人間の俺が魔族の魔王の都合の良い勇者ってどんなんだよ!!

香月は俺のコト好きなんじゃない!

全然俺のコト…愛してなんかいなかった……

アホみたい、俺…香月にとって…俺は…

愛なんてないんだ

恋人に殺されてトラウマだったって、嫌だって話だってしたのに!

なんで俺の嫌がるコトするんだよ!なんで俺を傷付けるの…

「俺は…香月のコト…大好きだった

今だって愛してる、だからこんなに悲しい…

でも、香月は俺を本当には愛していなかったんだな

わかった…わかった……次会った時は香月は俺を殺しに来るんだね

だったら俺も戦う」

俺は死ねない、こんなに悲しくて辛くても…死にたいくらいの気持ちでも

俺が死んだらセリカも死んでしまうから

勇者の剣に手をかける

今度会ったら…これを香月に向けなきゃいけないのか…

「セリ…今を逃すと貴方は私には勝てないかもしれない」

「それは…卑怯だから、いいんだよ」

時間は稼いだと思う

和彦達はユリセリと合流してここから脱出してるだろうし、香月はこの身体じゃもう追えない

俺に背を向けていた香月が俺の方を振り返った

……やっぱり…顔を見ると辛いな…色んな感情が混ざり合って…どれだけ涙を流せばいいんだろう

苦しいよ

「セリ…」

「別れないから…」

「……………。」

なんか言ってくれよ…辛いだろ

さっきは一瞬、別れようって言葉もよぎったけど…無理だ

好きなのに別れるなんて口にできない

自分が都合の良い人間にされても、愛されてないって…気付いても

そうだよ、当たり前じゃん

香月は感情がないんだから愛だって本当はなかったんだ

俺だけ特別、その愛だけはあったなんてそれこそ都合が良すぎだっての

でも…別れたくなかった

次会った時は殺し合いでも

「香月………キス、して…最後に」

死ぬほど悲しいのに、死ぬほど恥ずかしい

やっぱやめとけばよかったかな、なんか余計に辛くなりそう…苦しくなるだけなのに

「セリ」

香月は俺の名前を呼んで抱き寄せてくれる

「香月…」

そのまま顔が近付いて、お互いの唇が触れ合う

なんだろう…いつもしてるコトなのに

今日の香月のキスは1番嬉しくて…1番…切ない……

「めっちゃ…血の味が…」する

息が続かなくなって少し顔を離すとさっきより強く抱き締められてまた唇を塞がれる

1回だけだと思ってたからちょっと驚いた

けど、死ぬほど嬉しかった…

こんなコトされたらまた勘違いしてしまう

香月は…俺のコトなんて……

それでも…それでも、いいと思ってしまう

俺は香月が好きだから…いつの間にか、凄く…たくさん、めっちゃ好きになってたんだな

ぎゅっと抱き締め返す

この温かさも後少しだけ…ずっとこうしていたいけど

これ以上続くと、全てがどうでもよくなりそうだ

だから…おしまい

自分から離れたくなかったけど、自分から離れなきゃ…自分を見失いそうになる

香月の両腕を掴んで軽く押し返すと距離が出来て、長かったキスも終わる

「香月…バイバイ、愛してる」

離れた唇から愛の言葉を、溢れる涙の中に最高の笑顔を

香月の目の前で、1番近くで見せる

口元を抑えると…凄く寂しさを感じた

「じゃあ…ね…」

俺は逃げるように香月の前から離れた

こわかった、何か言われるのが

どんな言葉でもこわかったんだ

引き止められるのも突き放されるのも聞きたくない

色んな感情が複雑に俺の心を溢れさせるから、振り返らない…香月の姿を見たらもう本当に…壊れてしまいそうだから

いつまで泣き続ければいいのか

いつまで苦しい気持ちと一緒にいればいいのか

どこまで走れば…いいのか、立ち止まれない

早く…早く…気が紛ればいいのに



-続く-

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