96話『攫われた花嫁』セリ編

結夢ちゃんが俺の前から消えてしまった

置き手紙があるから見えなくなったワケじゃないハズだ

読めなくても、結夢ちゃんは俺に迷惑をかけないようにと気遣って自らタキヤの下へ行ったんだ

「結夢ちゃん…」

俺は置き手紙を握り締める

君が行っても、タキヤは俺から手は引かないだろうよ

アイツはねちっこいからな

「セリ、もう起きていたのかい?

今日くらいはゆっくり寝ていても」

ちょうどレイがセリカを送って帰ってきたようだ

「起きたら結夢ちゃんがいなくなってて…」

「女神結夢が…」

レイは俺の傍へ寄ると肩を抱いて引き寄せてくれた

「助けてやれなくて、すまなかった」

ずっと張り詰めていた緊張状態がレイにもたれるとほどけてくるようだった

「なんで…レイのせいじゃない、俺が…」

ダメで悪くて……

優しくされると、また泣いてしまいそうになる

誰かに優しくされると我慢できなくなるのってなんなんだろう…

「セレンにネクスト達の報告をするのも辛い」

セレンにとって天使族は自分の子供のような存在だ

早く伝えてあげたい気持ちもあるのに、それを知った時のセレンの悲しむ顔を見たくない

「セリが落ち着くまでここにいてもいいから」

「ううん…帰る、帰ってちゃんと言わなきゃ」

「セリが…そういうなら…」

レイに凄く気を使わせちゃってる

俺はいつまでも落ち込んでいられない

心配かけたくないし

「無理しなくていい」

レイは俺の瞼にキスをする

セリカと仲良くなってからレイのスキンシップがレベルアップしたような激しくなったような気がする

別に俺は嫌じゃないけど



そうしてレイと俺はセレンの国へと帰って来た

近く付く度に気が重くなる…

神殿の入口まで来ると

「「「セリ様~~~!!!」」」

懐かしい声とともに3つの影が俺へと突撃してくる

3人にぎゅっと抱きしめられて気付く

「えっ、ネクストとツインメイド…?」

な、なんで、オマエら…

俺が驚いていると珍しくセレンが出迎えてくれる

「おかえりなさいませ、セリ様にレイ様」

セレンは驚いている俺に説明してくれた

ネクストとツインメイドは確かにあの時ラナに殺されて死んだが、女神であるセレンなら天使を蘇らせるコトが出来ると

それを聞いて、現実にコイツらを抱き締めるコトで俺は少しだけ心が軽くなったような気がした

「話は聞きました、セリ様がこうして無事に帰って来たという事はさぞお辛い思いをなされたのでしょう」

全員を殺す、俺以外の全員が死なないと俺は帰って来れない

セレンはそれを察した

「セレン…人間は…」

「生き返らせる事はできません

死んだ者は蘇らないのです

申し訳ございません…セリ様」

「そう…だよな」

俺の悲しむ顔を心配そうに天使3人組みが覗き込む

「別の命に生まれ変わる事はありますから…そのような顔をなさらないでくださいな

セリ様が悲しむと皆が悲しむのですわ」

生まれ変わると言っても…

遺された身内や親しい人達にはそんなコトわからないし関係ない

それはもう他人だ

悲しいコトには変わりない…

「暫くはお休みくださいませ」

セレンは俺に部屋で休むように言った

レイと部屋に帰る途中で俺はさらに胸を締め付けられる思いをした

ラナは生き返らない

セレンと違って香月は魔族の生みの親と言うワケではないからだとセリカ伝いでわかってしまった

苦しい胸を手で抑える

俺が勇者じゃなかったらラナは死ななかったのに

俺がラナを殺したんだ…魔族は勇者にしか殺せないんだから

ラナ…ごめん……本当に



セレンに暫く休んでと言われ、俺は何も考えるコトなくボーッと毎日を過ごしていた

結夢ちゃんのコトも考えなくなった

どうしていいかわからないからだ

ねちっこいタキヤはそのうちまた俺を呼び出すだろうが、そのコトも考えたくなかった

ただタキヤはこの手で殺す、それだけしかない

「セリ、たまには気分転換に行かないかい?」

「んーどこに」

レイは毎日俺を気遣った

美味しいもの買ってきてくれたり、プレゼント買ってきてくれたり、遊びに連れて行ってくれたり、音楽を聴かせてくれたり、優しくしてくれて慰めてくれて

いや、これいつも通りだった

光の聖霊もレイに強く言われたのか暫く俺の前に姿を見せていない

「旅行にでも」

旅行って…それもいつもしてるじゃん

セリカとも旅行の約束してたなレイ

暫くは出来なさそうだけど

だってそんな旅行気分じゃないしな…ぁ

「動物王国」

「行く!!」

すぐ行く!今行く!すぐ準備する!!

「動物とふれあえるやつ?」

「ふれあえる、今なら色んな赤ちゃんも誕生しているらしいぞ(セリを釣る為に適当言う)」

「ヤバい!めっちゃ可愛いやつじゃん!!」

レイは俺が笑顔になれるコトを知っていた

すぐに言っても行かないってなっていただろう、でも暫くした今なら心を動かせると見てレイは提案したんだ

さっそく準備して行くぞって、少しは気が紛れた

全然忘れられないから満足に楽しめるとは思えないけど、それでも少しずつでも自分の調子を取り戻さなきゃいけない

色々と考えなきゃいけないコトも決断しなきゃいけないコトもあるんだから

そうしてレイと俺はちょっとした旅行へ出掛けるコトになった



動物王国はセレンの国からちょっと離れていて1日では着かないから途中で宿を取るコトにした

たまたま立ち寄った小さな村は明日結婚式があるらしく、とても賑わっている

その浮かれた空気の影響はよそ者の俺達にまで及び、宿代をタダにしてくれたんだ

ラッキー!!

「結婚式か、結婚と言えば…」

今日も一日中歩きっぱなしだったから疲れたよ

借りた部屋でくつろぎながらレイと会話する

「レイが意味を知らないで初対面のセリカにウエディングドレスをプレゼントして引かれたコトを思い出すよ」

アハハと俺はその話をセリカから聞いていて思い出し笑う

それが恥ずかしいレイは勘弁してくれと顔を赤くしている

「…それについては忘れてくれないか、今はその意味を知っているから」

レイの反応を楽しんでいたが、ふと自分が結婚に無縁だと言うコトに気付く

まいっか、香月と和彦といれれば俺は幸せだし

俺はセリカが可愛いお嫁さんしてくれたら満足だし、俺自身が結婚式しなくていい

セリカのウエディングドレスが見たい、見れたら幸せだろうな

「そうだレイ、ご飯食べにいこ

そろそろお腹空いてきたもん」

テーブルの上に置いてあった、サンマ村(この村のコト)の歩き方といったパンフレットをレイは見る

「この村はイノシシ料理が有名みたいだ、今の時期なら鍋が美味しいのだろう」

「サンマ村なのにイノシシなの!?魚と肉の違いは大きいんだが!?」

「秋刀魚は…山に囲まれているから川魚くらいかもしれないな」

秋だし秋刀魚食べたくなってくるわ、こんなん

なんでサンマ村になったのか気になりつつ俺達は夕食のために宿を出る

「ちょっと肌寒いな…」

この時期は昼は暑く夜は肌寒い

すぐに冷えてしまった指先を、炎魔法で温めようと思ったけれど

レイが俺の手を掴んで自分のポケットに入れてくれる

温かい…いつもレイの手は温かかった

秋になっても冬になっても、俺の手が冷たくなる時期でもレイはいつも

炎魔法なんていらなかった、これだけで十分に温かくて

何より、魔法にはない嬉しい気持ちが湧き起こるから

そして、レイはいつも爽やかに笑ってくれるから俺も釣られて笑顔になる

「あのぅ、ラブラブでイチャついてる所で悪いんですけれどもねぇ」

俺達の前に初老の男性が顔を出した

「いえ、ラブラブもイチャイチャもしてません」

「おふたりはあの有名な騎士様と勇者様ですよね?」

「そうですけど…」

レイが騎士で俺が勇者と言う自覚はある

「おお!やはりそうでしたか!!噂通りのバカップル振りはこの小さな村まで届いておりますぞ!」

特徴とか雰囲気じゃなくてそっち!?

もう慣れたコトでいちいちツッコミするのもしんどい

俺はだんだんと世間からのレイと俺がバカップルの認識を受け入れはじめていた

他人からどう思われているのかあまり気にしないタイプ

「それで何か用ですか?サインですか?」

「実は明日に息子の結婚式があり、その事で…」

このような寒空の下で立ち話もあれなのでと初老の男性は俺達を家に招待した

断ろうと思ったが、猪鍋を振る舞うのでと言われ即オッケーした

今度はタダ飯だ!!ヤッタぜ!

この村一番の金持ちらしい初老の男性は俺達を屋敷に案内し、美味しい猪鍋をご馳走してくれる

熱々を冷ましながら、ウマウマと食べていると初老の男性が話し始めた

「わしはキングと申します、息子のプリンスが明日に結婚式を控えておりますが」

「あっ油あげが入ってる、これ嫌い、レイにあげる」

箸で掴んでしまった油あげをふーっと冷ましてから「はいあーん」とレイの口の中に放り込む

「息子は幼い頃に母親であるわしの妻

を亡くし寂しい思いをさせた」

「美味しい?」

「セリがくれるものなら何でも美味しくなるよ」

そんなので味変わるワケないだろ!?

「そんな息子に幸せになってほしいと願いながら1年前の事じゃ」

「レイ、ご飯粒が口元に…」

「息子の妻が結婚後1ヶ月で亡くなってしもうたのじゃ」

口元についていたご飯粒を取ってあげると

「セリも鼻の頭についているぞ」

「悲しみの中、それでも息子は何とか立ち直り半年前に再婚をしようとしたのじゃ」

レイも俺の鼻の頭についていたご飯粒に気付き取ってくれた

ふたりして何やってんのと笑い合う

「………聞いておられますか!?」

「えっ?聞いてる聞いてる

キングの息子がプリンスって名前で、どうツッコミしようか考えてたら結局何も思い付かなくて諦めた」

「猪鍋があまりに美味しかったもので夢中になっていました」

俺はなんとなく聞いていたが、レイは珍しくボケたのかガチなのかわからない返事をした

「今は真剣にわしの話聞いて!!イチャつくのは宿に帰ってからで!!」

「宿に帰ったらお風呂入って寝るだけだもん

露天風呂ってあったよな」

「そうだな」

「じゃあ、洗いっこするか~」

レイと一緒にお風呂に入るといつもそうなる

確か!混浴って聞いた気がする!可愛い女の子がいるかもしれないと期待する

「聞け!!バカップルのクソガキども!!

わしも若い女と洗いっこしたいんじゃ!!」

こわっ!?泣かれても…じいさん…若い女好きなんだ…

キングは咳払いをして話を戻す

今度は真剣に聞こうと思った

でも、目の前でお手伝いさんが締めの雑炊作ってくれててそれが楽しみで仕方なかった

胃に優しくて美味しい雑炊が好きだから、とても楽しみだ

「再婚の結婚式当日、豚のような怪物が教会に乗り込み息子の花嫁を連れ去ったのじゃ」

出来上がった雑炊をお椀に入れてもらって、アツアツをスプーンで掬い冷ます

俺、熱いの苦手なんだよな

炎魔法持ってるから熱さに強そうなイメージあるケド、暑い季節と熱い食べ物はダメ

「なんと!可哀想な息子の運命!!これほどまでの不幸続きがありましょうか!!!」

「フーフー、それでそのプリンスがまた立ち直って三度目の結婚式が明日ってコト?あっまだ熱いこれ」

「セリ、火傷するから暫く置いて冷ました方がいい」

回復魔法が得意な俺に火傷が心配ってのもおかしな話だが、熱いもんは熱いし火傷する時はする

早く食べたいのに!!

「その三度目の結婚式にまたあの怪物が現れないか心配で心配で

息子の不運続きを見ても何かしら事が起き無事に終わるとは思えず…

近隣の村にもその怪物の被害が多発しているようで困っておるのじゃ」

大変だね、と他人事に思う

母親が早くに亡くなり、1人目のお嫁さんが1ヶ月で亡くなり、2人目のお嫁さんは怪物に攫われた…そして3人目か

近くで怪物が現れてるから3人目もまた同じコトになる可能性はなくはないか?

「そこでお2人にお願いがありまして、あの豚のような怪物を退治してほしいのじゃ」

他人事に…

「ご馳走して頂いた事ですし、困った人がいれば力になりましょう」

思いたかった…イヤな予感がしたからだ

レイにはいつも、目の前で助けられるコトがあるならそうしろと俺は言っている

今もそれを守ろうとしているんだ

「セリならそう言うだろう?」

「……えっ?」

すっとぼけて目を反らした

「おお!!さすが世界を救う勇者様!!

花嫁の身代わりになり怪物の気を引いてくださるとは!!!」

まだ何も言ってねぇ!?

「なんで身代わりが俺なの!?」

「本物の花嫁に何かあっては」

うっ、それはそうだけど…

こういう展開来る気がして目を合わせなかったのに…!!

いや!まだだ!レイなら、そんな事は危険だと止めてくれるハズだ

「セリが花嫁の身代わりを?」

そうだレイ、めちゃくちゃ危険だろ?やめよ?

「見たいな」

裏切りやがったな!!!

花嫁が危ないから仕方ないとかそういう理由じゃなくて普通に素直に言ったぞ…

「いやいやいや!レイ、花嫁衣装は結婚前に着ると婚期が遅れるんだぞ!?」

って言うジンクスがあったような気がする

「もう遅れた後だ」

ガーン!そうだった…この世界の結婚は16~18歳が普通で23歳のセリカなら遅れてると言われてもおかしくないが…

俺の感覚ではめっちゃ早いと思うんだけど

「もしかしてこの世界じゃ、売れ残りと言われる歳か」

男の俺はそういうの気にしないが、女性は気にするのかな…

と言うか、人は売り物じゃないのだから売れ残りなんて酷い言葉が存在するのはおかしいと思うんだけどな

「売れ残り?何故そうなるのかわからないが…

それに、残り物には福があるなんてことわざがあるじゃないか

セリカはオレが嫁に貰うから心配するな

これ以上のオレにとっての幸福はないよ」

「レイ…」

ことわざあるんだ…この世界にも、そのコトに驚いてるわ

でも、レイがカッコイイ

売れ残りと言うなら、残り物には福がある

なんて、言えちゃうんだから

やっぱりイケメンは発言もイケメンだ

レイは俺をぎゅっと抱き締めてくれる

「ウエディングドレス、着てくれるかい?」

「うん!」

そんなレイが好きと喜んでいると

「セリがやってもいいと言っているので、明日はよろしくお願いします」

「ありがたやありがたや!」

話がまとまった

待て待て待て

もしかして…ハメられた…?

そして、明日の話や準備を今晩中にするからと俺達は宿に帰された

動物王国行く途中なのに!!



翌日、俺は朝から不機嫌だった

「なんで男の俺がウエディングドレス着なきゃならないんだ」

俺はセリカのウエディングドレスを見たい、それが幸せだって夢だったのに!

プンスコプンスコと怒ってももうどうしようもないワケだが

「セリなら似合うから」

「そこは嘘でも、本物の花嫁が危険だからって言えよ!!

レイは見たいだけなんだろ、セリカの姿をした俺のウエディングドレスを

それなら本番で見ればいいだけなのに」

「絶対に綺麗だ」

ダメだ、浮かれててレイの妄想は止められない

今のレイの中では大親友の俺は捨てられてると言ってもいい

まぁいいや、花嫁の姿になるのはヤダけど、俺が身代わりをしないで進めて万が一何かがあってからじゃ遅いし

何事もなければいいが…昨日の話を聞いた限りじゃプリンスの不運は続くかもしれない

キングの屋敷に着くと俺とレイは別々の部屋へと案内された

もちろん俺は花嫁としての準備を

身代わりだからウエディングドレス着るだけかと思ったら、かなり本格的にされてヘアメイクも丁寧にしてもらい準備に3時間もかかった

なんか準備だけでめちゃくちゃ疲れたんですケド…

ウエディングドレス重いし

慣れない高さのあるヒールも歩きにくいし足痛いし

「とーってもお綺麗ですよセリ様」

「どうも…」

と苦笑してしまった

お手伝いさんが準備を終えた俺の前に全身を映す鏡を持ってきてくれる

鏡を見て、言葉が出なかった

本当に綺麗だったから…

自分の姿に、目頭が熱くなる

この姿はセリカが幸せになった日を意味していたから…

今は鏡の中の偽りだ

でも目の前に映るのがセリカになる日が来たら、俺は本当に泣いてしまうだろう

セリカが幸せになるコトが俺の幸せで、やっと救われたんだって実感するだろうから

そして、その隣にいるのは…

目に見えて…その日がやってくるコトを今は未来に祈り願った

で、すぐに我に返った

だってセリカに瓜二つのソックリだからってこれは俺なんだから…!!

「レイ様も如何です?未来のお嫁さんの姿ですよ」

お手伝いさんは外で待っていたレイを部屋の中に入れていた

「誰が未来のお嫁…!」

いつもみたいにツッコミしようと思ったが、確かに未来のお嫁さん(セリカ)の姿かもしれないもんな

「……レイ?」

固まってる…

俺から視線を外すコトなく、瞬きすらしない

「レイってば!!」

これはヤバイぞ、レイが見とれ過ぎてこの調子だと怪物がやってきた時なにもできない!!

「さ、セリ様こちらへ」

「いやレイがいないと…」

時間が来たからとお手伝いさん達に連れて行かれ、レイは置き去りになった

この格好だから武器も持ってない

本当に何かあったらどうするんだ!?レイ戻ってこい!!

そうしてレイなし武器なしの俺は教会の前へとやってきた

プリンスとはここで始めて顔合わせとなる

教会の扉が開き、大勢の列席者がいる中にプリンスらしい男が立っている

ベールのせいで視界が良くなく、プリンスの面がどんなかはわからない

なんで俺が嘘でもこんな奴の嫁役に…

不満しかないこの作戦に、後でレイになんて言ってやろうかと膨れていると後ろから悲鳴が聞こえる

「うわーー!豚の怪物だ!!」

振り向くとキングが言ってた花嫁を奪いに来る豚の姿をした大きな獣人が俺目掛けて走って来る

大きい身体の割に動きが速い、あっという間に目の前まで来ては俺を捕まえようとした

「レイの奴!何やってんだよ!」

武器がないなら炎で戦うしかない

だけど、豚の獣人は俺の炎なんて火の粉のようにあしらう

分厚い皮膚だな

右手で鷲掴みにされた俺はそのまま豚の獣人に連れ去られてしまった

力も圧倒的だった、俺はどうするコトもできなかった

魔族と魔物以外には手も足も出ないってコトを改めて思い知る


豚の獣人は山の奥深くへと俺を連れて帰った

簡易の小屋みたいな前で豚の獣人は足を止める

ここがコイツの家…なのか?

俺は食われるのか、それとも人間の女に自分の子を産んでもらうとか…?

どっちかなら、俺は女じゃないってコトに気付かれて食われる方だな

「食べないでください!きっと俺なんか美味しくないから!」

「ぶひーぶー」

会話はできないか…

相手が俺の言葉を理解しているかどうかもわからないな

豚の獣人は俺をそっと地面に下ろす

……あれ?なんか、優しい

もっと乱暴に放り投げられるのかと思った

さらに豚の獣人は俺の背中をそっと押して小屋の中の一室に案内する

部屋数はあまりなさそうだ、3部屋くらいの

中は外から見るイメージと違って、なかなか過ごしやすそうに整えられている

「あらー、あんたも捕まったの?」

案内された一室には女性がめっちゃくつろいでいた

ゴロゴロしながらお菓子食べながら雑誌読んでる

しかも読んでる雑誌、最新刊だし

「あんたもって…もしかして君は半年前に攫われたプリンスの花嫁か?」

「そうなのよ!せっかく金持ち捕まえたのに、こんな貧乏暮らしを半年も強いられてもー最悪!!」

貧乏暮らし…か…?結構、色々揃えてもらってると思うが…

ベッドにソファにドレッサーに、コスメ、香水、アクセサリー、女性雑誌、お菓子、コーヒー、洋服ダンス、ほかいろいろ

「こんな貧乏で醜い豚男と半年も一緒で気が狂いそうよ!」

「よく殺されなかったな」

「最初は食べられるか子供を産まされるかって恐かったわぁ

でもそんな事なくて、会話は出来ないけどあたしの言った事はわかるみたいで

あたしのほしい物は全部盗んで来るわ」

「近くの村で怪物の被害が多発してるって話はオマエのせいか!」

「あんた…そのウエディングドレス」

毎日が不満と溜め息つくと女は気付いたように鋭い視線で俺を上から下まで眺め見る

「まさかプリンスの新しい婚約者じゃないでしょうね!?」

「えっ!?」

女は俺の胸倉を掴んで強く揺さぶる

「冗談じゃないわ!プリンスの財産はあたしの物!!」

「いや、俺は…プリンスの婚約者じゃなくて……」

落ち着いて~!と宥めようにも熱くなった女を止めるのは簡単じゃなかった

気が済むのはいつまでだと待っていると、ガクガク揺さぶる手が急にピタリと止まった

「やだぁ…いい男…」

玄関の方を見てパッと俺から手を離すからそのまま尻餅ついてしまう

女こわい…怖い…女恐い

「あたし、ケイティって言います

お兄さんのお名前は?」

さっと態度を変えていい男にすり寄るケイティはそのいい男に無視されて肩すかしを食らった

「すまなかったセリ、助けにきた」

「連れ去られてから来ても遅いっての!」

俺がプンプン怒るとレイはすまないと頭を撫でて来る

結果、攫われた花嫁の居場所がわかったから良いけど、この女助けたくねぇなぁ

「なによ、あんたの男なの

プリンスよりイケメンだけど、お金はプリンスの方が持ってそう」

急に冷めたような目で見られる

金か!男の価値は金か!!

「まっいいわ、さぁ一刻も早くあたしを金いえ村まで送って!」

「助けるのかい?」

俺が微妙な顔をしているのに気付いたレイは確認してくる

「…助けるよ」

人の好みはそれぞれだ、金が好きでもいいと思うよ…お金って大事だもんね

お金がないと喧嘩になるだろうし、俺は愛がなきゃイヤだけど

それに今なら逃げるチャンスだ

俺とケイティが話してる間に豚の獣人はどこかに出掛けたみたい

逃げても、また村まで来そうだが…その時になんとかするか

そして、レイと俺とケイティで山を下り村へと帰った

途中で豚の獣人に会うコトもなく順調に


村へ帰ると、俺が身代わりになったコトで本物の花嫁は無事に結婚式を挙げていた

俺が拉致られたコトは無視なの!?と思ったが、お祝いムード一色で花嫁の幸せな顔を見たら俺が拉致られたコトなんてどうでもいいと思った

こんな顔…セリカも結婚したら同じ顔をするのかな

良いな…幸せな笑顔って、セリカにもさせてあげたいよ

新しい花嫁もケイティと同じくらい可愛く同じくらいの年齢で、プリンスはこういう女の子が好みなんだな

「どういう事よ……」

プリンスと新しい花嫁の結婚式を見たケイティは怒りで身体を奮わせている

「プリンス!」

「気持ちはわかるが、今は行くな」

殴り込みに行くような勢いのケイティを引き止めた

「プリンスは半年も経って、もうケイティは生きていないと思ったんだ

新しい花嫁も、ケイティが現れたらあの幸せそうな顔を奪うコトになるから

ケイティには…辛い思いを我慢させるコトになるが…」

「あたしの…あたしのお金なのに…」

目から血を流す勢いで唇を噛んでいる

俺…必死に気を使ったのに……

まぁ愛で傷付くよりはマシか…?

「ふん!あたしはまだ若くて可愛いからプリンスよりお金持ちと結婚して見返してやる!!」

「それでこそケイティだ!」

全然この人のコト知らんけど

でも、そんなに傷付いてはいなさそうだ

これなら立ち直りも早いかもしれない

金しか見ない女だけど、徹底して貫き通し過ぎて逆に憎めねぇよ

「今日は飲みに付き合ってよ!レイちゃんとセリちゃん!

あんた達の幸せな新婚旅行を邪魔してやるんだから!」

だれとだれが新婚旅行だ

「その前に露天風呂に入りたい、山道歩いたから汗かいて気持ち悪いのよねぇ

ほらセリちゃん行くわよ!」

「いや、俺は」

ガシッと腕を掴まれ引っ張られる

この女、それなりに力が強い

待って!俺は男だから女子脱衣場には入れないぞ!?

助けてレイ!と目で訴えるとレイが俺の手を掴んで止めてくれる

「すまないケイティ、先に行っててくれないか」

ケイティは不満そうに俺から手を離して先に露天風呂に入ると行ってくれた

助かったとレイに笑顔を向けるとレイも爽やかな笑顔で俺の頭を撫でてくれる

それからケイティと露天風呂で鉢合わせしないように2時間ズラしてから入るコトにした


2時間後、レイと俺は露天風呂へとやってきた

「いや~、今日もスッゲー疲れた~」

あったかいお湯の中で身体に幸せが染み渡るわ

混浴と聞いていたが、あまり他のお客さんもいないみたいでほぼ貸切みたいになっている

チッ

「遅いじゃない、待ちくたびれたわよ」

湯気が凄くて視界はとても悪かった

ほぼ貸切みたいだが、他に人がいないと言うワケじゃなく背後から聞こえる声にビクッとなる

「セリちゃん!あたしをこれだけ待たせるなんて良い度胸じゃないの!」

「ケイティ!?2時間も風呂に入ってたのか!?のぼせるぞ」

ケイティは後ろから俺に抱き付いてお湯の中に沈めて来る

背中にケイティの胸が当たってるが、全然嬉しくなかった

ケイティ以外の女の子だったら凄く嬉しかった

「後5回!それであたしの気が済むわ」

待たせた罰とか言ってケイティは俺を風呂に沈める息継ぎさせる沈めるを繰り返す

学生の頃、絶対クラスの女子いじめてただろオマエ!?めっちゃ手慣れてるぞ!!

「もういいわよ」

「よくねぇよ!!」

「あら…セリちゃん…」

ケイティからのイジメが終わった俺はケイティの方を向いて怒った

「可哀想なくらいおっぱいないのね…」

「当たり前だ、男なんだから」

「いいの?レイちゃん、貴方の奥さんまな板で」

聞けよ!なんでタイミング良くレイの方向くんだ

ケイティは自分のペースで俺達を巻き込んだ

湯船にお盆をプカプカ浮かせてお酒をついではレイと俺に飲めと言う

「さー!今夜は沢山飲むわよー!」

「どんだけ飲むんだよ」

空になったお酒の瓶が散乱していた

マナー悪すぎだろ

俺は空き瓶をかき集めて邪魔にならない場所にとりあえず固めておいた

出る時に片付けよう

「レイちゃん良い飲みっぷりー!よっイケメン!いい男!」

レイはお酒に強い方だった

普段は俺が飲まないから飲まないけど、飲めば結構飲むし悪酔いもしない

性格が変わったりとかもしないし、顔も赤くなったりとかないんだよな

「で、セリちゃんは?」

「俺はアルコールだめだよ」

二十歳超えてからお酒飲んだら死にかけたんだよ

嘔吐、激しい頭痛、めちゃくちゃ気持ち悪くなって、全身がドクドクと巡って苦しくて、息苦しくて、立つコトも座るコトも出来なくなって、それが2日も続いて

だから二度と飲まないって決めた

他には、日本酒のスキンケアを使ったコトがあって顔が真っ赤になったりしたから元々アルコールがダメってコトなんだろう

アルコール入りのスキンケアは避けるようになった

「あたしの酒が飲めないって!?

だめって言われると無理矢理飲ませたくなるわねぇ

どうだめになるか気になるし…」

ケイティのいじめ心に火がついた!?

「やめてやってくれ

セリがアルコールでどうなるかはオレも知らないが、頑なに一口すらも飲まないからよっぽど身体に合わないのだろう」

俺はレイの後ろに隠れた

俺には無茶言うするケイティもイケメンのレイには弱いみたいで引き下がる

それからまた暫くケイティの話を一方的に聞いていたがのぼせてきたから露天風呂から上がるコトにした

でも、ケイティはまだ話を聞けー!とかで俺達の部屋までついて来る

いまさらだけど、レイは混浴でも女の子の裸を見てもなんとも思わないのか?

俺はケイティを女として見れなかったからだが、レイもそうなんだろうか

「もう眠い……」

いつもは寝ている時間まで起こされてケイティの話を聞かされていたが、限界すぎてレイの膝を枕にして先に寝るコトにした

「セリちゃんはもうリタイア?いいわよ、イケメンのレイちゃんと朝まで飲むからー

もしかしたら、あんたの旦那さん寝取っちゃうかもよぉ?」

イジメ心を燃やすケイティ

絶対ないから安心して眠れるわ

レイとケイティの会話が聞こえる浅い眠りからいつの間にか深い眠りに入って朝を迎える



朝になると自然と目を覚ます

布団の中で隣にはいつものようにレイがいる

レイとケイティの話がいつ終わったのかはわからないが、レイはケイティと話が終わった後に俺を連れて布団に入った

それじゃ夜も遅かっただろうから起こさない方がいいな

そう考えながら布団から出ると、ちょっとこの季節の朝は肌寒いなと羽織るものを探す

「って、ここで寝てんのか!?」

昨日飲んだままのケイティが机に突っ伏して爆睡している

周りには酒、酒、酒、つまみ、酒、つまみ、酒、酒…で溢れていた

なんだこの散らかりようは…

自分の部屋帰れよ!

「風邪引いたらどうすんだよ…まったく」

知らんぞ、俺は怪我は治せても病気は治せないんだからな

俺は押し入れから毛布を引っ張り出してきてケイティにかけてやった

黙っていれば可愛いってまさにこの女のコトだな

見た目だけは可愛い女の子だ、見た目だけは

すっかり目も覚めてしまった俺はケイティが飲み食べ散らかしたものを片付けていく

さて、せっかくだし朝風呂にでも入って来ようかな暇だし

「レイ、俺風呂入って来るから」

黙って行くと絶対後でうるさいから、俺は軽くレイの肩を揺する

「う、うーん…セリ…オレも一緒に……」

「いやいいよ、寝てなよ」

目も開かない生返事でめっちゃ眠そうだから俺はレイに寝てるように言った


朝早くの露天風呂は貸切状態で誰もいない

ひとりになって、辛いコトを思い出すとやっぱり悲しいけれど

こうしてゆっくりしていると心が解放されるようで、少しだけ軽くなるような気がする

ここでも色々あったから来てよかったのかどうか微妙だけど、今この瞬間はよかったかなって思う

あんまり長湯するとのぼせちゃうからそろそろ上がるか

1時間もしなかったと思う

俺が露天風呂から上がって部屋に帰る途中で人集りが出来た騒がしい一室があった

あれ、あそこってレイと俺の部屋の隣…?

ざわざわとした中で一際大声で叫ぶ女、その女がその騒がしい中心のようだ

「なんなのよ、あんた達!」

この声…ケイティか?

「あたしじゃないって言ってるでしょ!?ふざけないで!」

人集りの間を通り抜けるとケイティは2人の屈強な男に抑えつけられている

この男達…どっかで見たような、あっキングの屋敷にいた用心棒のおっさん達じゃ

「セリちゃん!」

俺と目が合ったケイティは助けを求めるような表情をしていた

「ちょっと、おじさん達」

容赦ない取り押さえに、あまりにケイティが可哀想に思えて俺は止めようとする

「あっ?勇者様はこの殺人犯を庇うつもりで?」

「いくら勇者様でも、人殺しを庇うのはどうかと思いますよ」

ん…?ケイティが殺人犯?人を殺したって?

「だからあたしは殺ってないって言ってるじゃない!!」

「連れて行け」

ど、どういうコトなんだ

いきなり殺人事件!?温泉でよく起きるアレ!?

ケイティが誰を?いつ?昨日はずっと一緒にいて…朝まで

「待ってくれ!ケイティは」

「四六時中一緒にいたと言うなら話を聞きますよ?」

ずっと…一緒だったか?

そんなコトはなかった

露天風呂に行く時に2時間は空けた

一晩中愚痴を聞かされていたと思い込んでいるだけで、俺は途中で寝てしまったし

レイもいつ寝たのかはわからないが、寝た後のコトなんてわからない

今朝だって俺が露天風呂に行ってる間は?

ケイティがレイと俺の部屋から出て来たんじゃなく、自分の部屋から出て来たコトから1時間の間に起きて行動した

そもそも、誰が殺されたんだ…?

「セリちゃん、信じてよ!!あたしは人殺しなんてやってないんだから!!」

俺はずっと一緒にいたと言えなかった

ケイティが人殺しなんてすると思っていないけど、昨日今日会ったばかりのケイティのコトを俺は何も知らないから

「ねぇ!セリちゃんってば!!」

目を反らす俺にケイティは必死に訴える

俺には…どうしようもできない

すまんケイティ…

何も答えない俺を見てケイティは口を閉ざして、大人しく用心棒のおっさん達に連れて行かれてしまった

なんだ…このモヤモヤ感は…

少しすると騒ぎに気付いて起きたレイが俺を迎えに来た

「セリ、一体この騒ぎは…」

ケイティはいなくなったが、出来た人集りはそう簡単に捌けず周りはまだ騒がしい

「ケイティが殺人をしたって捕まった」

「ケイティが?」

レイも信じられないと驚いている

とりあえず浴衣のままでは湯冷めするからってレイは俺を部屋に連れ戻した

すぐにレイは着替えて出発の準備をする

ここに泊まったのは動物王国へ行く途中でたまたまだったから、もう用はないと言わんばかりに

レイはケイティのコト少しも心配じゃない

だけど俺は

「レイは俺が寝た後はケイティといつまで喋ってたんだ?」

「そうだな、あの女は話が長かったから3時くらいだろうか」

俺が寝たのはたぶん1時前頃、時計を見て確認していないから正確ではないが

レイが3時まで、そして俺が朝起きたのが6時頃だった

その間も空白の時間はあるか

「寝取られた?」

「誓ってない」

冗談っぽく言ったのにレイは不機嫌になって否定した

「ケイティって黙ってれば可愛いし、同じ部屋で、しかも深夜!男女が2人っきりでいたらそりゃやるコトもひとつしか…いたいいたいいたい」

レイに両頬をつねられて引っ張られる

結構痛いし!?セリカの時はもっと手加減してくれたのに!?

「下ネタは構わないが、オレが他の女とどうのこうのとネタにするのは気分が悪いじゃないか」

「すみません…」

セリカの時は下ネタすら許さなかったのに!?

「ごめんなさい…許して、なんでもするから」

でもさっきのは俺が悪かった

悪ふざけが過ぎた

レイの好きな人が誰かわかっているのに、自分が同じコトされても怒る

最低って思う…

「…なんでも?」

「うん…」

なんか…疑ってしまった

ヤキモチ妬いたのかも

レイは絶対そんなコトしないって信じてても、レイだって男だし…もしかしたらって…不安になって笑い飛ばしてしまった

疑う癖…直ってないなぁ…

自分が傷付きたくないからって、相手を傷付けちゃったらもっと自分が傷付くコトになるのに

「…それじゃあ」

「あっ!こんなコトしてる場合じゃねぇわ」

俺は思い出したかのように着替えをはじめて出掛ける準備をする

「行くのかい」

「あぁ、ケイティを助けにな」

動物王国はその後だ

こんなモヤモヤ残したまま行けるかっての

助けられるかどうかはわからない、でもハッキリもしてねぇんだ

それを確かめたいだけ

なんでもするって言った俺に何かを言いかけたレイだったけど、仕方ないなって苦笑してついて来てくれる

なんでもするってのは覚えてたらするよ


そして、レイと俺はキングの屋敷を訪ねた

ケイティを連れて行った用心棒がキングの所の奴らだから、殺害されたのはキングに関係のある誰かだと思った

「勇者様と騎士様、ええそうでございます

殺害されたのはわしの息子プリンスの妻でございまして…」

キングは目と鼻を赤くして泣きながら話してくれる

可哀想な我が息子…とグズグズ泣いて…

プリンスの妻…?おいおい、そりゃ…ケイティが嫉妬して殺したってなってもおかしくない

動機はある、むしろケイティ以外いないか?

「ああああ!可哀想なプリンス!!母を亡くし、最初の妻を亡くし…次の妻を怪物に攫われかと思えば生きて帰り新しい妻を殺害する

なんと!不運な!哀れ我が可愛い息子よぉぉぉ…」

「お辛いですね…」

「憎い!!わしの可愛い息子を苦しめたあの女が!!

処刑してやるぞ!今夜にでも村人達の前で女を張り付けにして火炙りにしてやるぞぉお!!」

キングは悲しんだ次は怒りを爆発させる

「ちょっと、待ってください!

ケイティが殺したって証拠はあるんですか?

そんないきなり今夜処刑だなんて…」

それはあんまりだ、早すぎる

俺が止めるとキングはキッと睨みつけてきた

「勇者様はあの殺人犯を庇うおつもりかの?」

「殺人犯って…それが真実なら…」

「ところで勇者様は兄弟はおるかの?」

兄弟?なんでここで兄弟のありなしの質問が?

「俺は3人兄弟、男ばっかりの長男ですが」

「いいですのぉ」

キングは俺の答えにニコニコとしている

「知らなかった、兄弟は似ているのかい?」

確かセリカも弟が2人って言ってたから俺と同じだな

レイは俺が3人兄弟だったコトに意外だけどなんとなく長男っぽいと納得する

「んー、見た目は上の弟はちょっと似てるかな下の弟は全然似てない

性格は全員似てなくて違うよ、好みとかもな」

「へー、オレは兄弟がいないから良いな」

良い…かなぁ?仲良くも悪くもないし、ガキの頃は一緒に遊んだけど

思春期に入ってからは会話もろくにしなくなった

……まぁ…色々あったし…

「セリカと結婚したら、1番下の弟よりレイの方が年下でもお義兄さんって呼ばれるぜ」

って、この世界に俺の兄弟なんていないけど

「…悪くないな」

レイの奴、口元が緩んでるな

何が嬉しいんだか…でも、俺も嬉しいかも

レイが旦那さんかぁ…俺は良い思うんだけどなセリカ

「勇者様は良いではありませんか

3人兄弟、そしてイケメン騎士のフィアンセ

プリンスには兄弟がおりませぬ

母もおらず、わしも仕事で忙しく寂しい思いをさせた

だからプリンスに良い嫁を、そして子沢山の大家族になってほしいとわしの願いなのじゃ」

イケメン騎士とはフィアンセじゃないから

なんで、俺はいつもレイとカップルか夫婦なんだよ

「わしの夢、プリンスの幸せを壊す者は処刑が妥当!今夜、わしはやる…勇者様がお止めになってもわしは止められぬぞ」

くっ…これ以上話しても意味がない

何故なら俺にはケイティが無実だって証拠がない

いまさらこの熱くなったキングにケイティが犯人だと言う証拠を出せと言ってももうそれは関係ないだろう

とにかくその怒りや憎しみを何かにぶつけたい、それだけだ

ケイティの処刑を止めさせるには無実の証拠がないとダメそうだな

「わかりました…それなら、遺体を見せてください」

疑うならとことん疑え

まず本当に殺人が起きたのか、そこからこの目で確かめてやる

「よろしい、ついてきなさい」

席から立ち上がりキングに連れられてレイと俺は地下の部屋へと案内された

ベッドの上にプリンスの嫁と思われる人に布を被せた状態で横たわっている

部屋の隅にはプリンスが座り込んでいた

ショックだよな…結婚式のその夜にお嫁さんが殺されたりしたら…

プリンスは俺達が部屋に入って来ても目も合わせなかった

「こちらがプリンスの嫁じゃ」

被せてあった布をキングがめくると、レイも俺も眉をひそめる

ひとりの女性が亡くなっているのは確かだった

だけど、俺達が眉をひそめたのはその姿にだった

服を着ていない状態で、身体のありとあらゆる場所に切り傷もあれば殴られた痕がある

手足は縄で縛られたような痕もあれば、首は手で絞められただろうくっきりとした痕が残っている

火傷、注射の痕…ありとあらゆる暴力を彼女に与えたかのような惨い姿で息絶えていた

「酷い…ここまでするなんて」

「そうじゃろう!」

目を背けたくなるようなものだった

だけど、俺は反らすワケにはいかない

すぐにおかしなコトに気付く、むしろおかしなコトだらけしかない

この首を絞めた手の痕、俺の手と比べてかなり大きい

俺は手が小さい方だが、たぶんケイティもこれほど大きな手をしてると思えない

どう見てもこの手のサイズは男だと思う

それにこの殴られた感じ、普通の女性に顔が歪むほどの腕力があるか?

ケイティは力が強い方だがここまでの腕力はないと思う

「おかしいですよ、こんなの」

俺はキングに普通の女性の犯行にしては厳しいと指摘してみたが、キングは頑なにケイティが犯人だと決め付ける

「勇者様、犯人はあの女でございます

他に犯人がいる事はありえませぬ

探す事も許しませぬ…」

鋭い視線でキングは俺に引けと言う

何故だ?それが納得できない

キングが他の犯人を探すなって言うなら…探されてマズいと言うなら?

「プリンスや、また新しい嫁を貰えばいいだけじゃ」

自分の息子の傍へ行き言葉をかけるキングを目で追うと、プリンスの指先を二度見してしまった

プリンスの爪の中には赤黒く何かが詰まっている

手や身体、服は綺麗にしても爪の間は気にならなかったのか

ただの汚れかもしれないが、俺は嫌な予感がしてたまらなかった

その嫌な感じがした俺の表情を読まれたのか、キングは用心棒のおっさん達に俺達を捕らえろと命じた

「勇者と騎士を逃すな!捕まえよ!!」

数人の屈強な男達が俺へと飛びかかる

バカか?ただの疑いだったのに、アンタ達がそんな反応をするから確信にしかならないだろ

上手い演技してケイティに罪を被せようとしたか!

「セリには指一本触れさせない」

でも、レイは用心棒のおっさんが何人向かって来ても余裕で倒してしまう

さすが俺の騎士!強い!カッコイイ!男前!素敵!抱いて!!は言い過ぎた

言葉通り用心棒は俺に指一本触れるコトなく地面に伏せた

「キング、逃げられないのはアンタ達だ

殺人犯はプリンスなんだな

ケイティに罪をなすりつけるなんて汚い真似しやがって」

「ぐぅ…まだ終わったと思うでない若造共」

キングがそう言うと部屋が汚い色の煙で充満していく

「毒ガスか」

レイは反射的に俺の肩を引き寄せ守ろうとしてくれる

キングとプリンスはちゃっかりガスマスク付けてるし

俺達を簡単にここへ通したのは、その疑いごと俺達をこの毒ガスで消すつもりだったのか

用心棒を道連れにしてな…

そうはさせねぇ、用心棒のおっさんどもも死なせねぇよ

「ハッハッハ!残念だったなキング!

俺には毒ガスは効かねぇんだよ」

笑い方が自分で悪役とか思った

俺の回復魔法は毒も無効に出来る

「俺を殺したかったら、即死させるか睡眠魔法に頼るんだったな」

ガスマスクでわかんないけど、身体が震えてるコトからしてキングは悔しがっていそうだ

「何が悪い!!!」

毒ガスが俺達に効かないとわかったキングは毒ガスの放出をやめ、抜けた所でずっと黙り込んでいたプリンスがはじめて言葉を発した

急に大声を出されたらビックリするだろ!俺は大きい音がダメなんだよ

「自分の嫁に何しようが他人に関係ない!!

あれは僕のものなんだ、前の嫁も、半年前に嫁になる予定だったケイティも」

お、おぉ…聞いてないのに、なんか話してくれて

ん?つまり前の嫁もオマエが殺したってコト?こんな酷いコトして?

「いや、悪いからオマエのお父ちゃん(キング)が必死に隠して他人に罪被せて、疑う俺達まで消そうとしてんだぞ?」

「関係ない!!僕は知らない!!僕は悪くない!!世の中が悪い!!お前達が全部悪いいいいいい!!!」

思い通りにいかないと喚き暴れ出すプリンスに俺は何も言えなくなった

どんな育て方をしたんだキング…ちょっと間違ったってレベルじゃねぇぞ

「そうじゃの、お前はな~んも悪くないの

世の中が全部悪いのぉ」

「オマエのその甘やかしが悪いんだろ!?ちゃんと調教しろ!!

お嫁さんは…どんな気持ちで…」

遠くから見てた彼女の姿は、とても綺麗で可愛かった

幸せな結婚ができたと人生で最高の笑顔をしていた

「これから待ってる幸せの期待も願いも踏みにじられて…酷い殺され方をした彼女は

オマエのなんなんだよ!!?ムカつくんだよ!!」

全然知らないお姉さんだけど、それでもあの時の笑顔は忘れられない

それで十分、この手で殴らなきゃ気がすまねぇくらい胸糞悪い!

ここで怒れる俺は…まだ人なんだなって、安心できる

「悪いのは全部世の中、悪いのは全部そこにいる勇者共じゃぞ」

キングが俺達を指差すとプリンスのがたいが三回りほどでかくなる

えっなに急に!?めっちゃ強そうな姿になって!?

「わしらの家系は人間とバケモンの血が混じってるのじゃよ

この姿になると暫く人間の姿に戻れないので、あまり使いたくない手段じゃが」

それを隠して暮らしてきたのか!?

「セリ!危ない!」

レイに突き飛ばされたと思ったらプリンスはレイを掴み首を絞め上げる

な、速かったぞ…見えなかった、反応できなかった

バケモンのハーフでこの力?ふざけてる

「レイ!」

弓を落としてしまったレイは何もできない

力で振り解こうにも圧倒的な差で少しもどうこうできるワケはなく、俺は剣を抜きプリンスに向かおうとしたが

「い……弓を…」

俺の判断は間違っていた

最初からこんな力の差で俺が立ち向かった所でなんとかなるワケないのに、すぐにレイの弓を拾って渡していたら

そっちの方が勝ち目はあったかもしれない

「勇者様、わしの事も忘れないでくださいのぉ」

キングに後ろから羽交い締めにされて身動きがまったく取れなくなってしまった

「勇者と騎士のどっちが先に死ぬか、賭けますかの?ふぉふぉふぉ」

どんどん首が絞まっていく、苦しみを感じるコトはなくてもこのままじゃ死ぬだけだ

炎は全然効かない、皮膚が分厚いのか耐性があるのか…

息が持つまでになんとかしないと…なんとか……

でも、もうダメかも…レイより俺の方が先に力尽きる

意識がなくなる寸前に何かを壊す大きな音が聞こえたような気がした

それも俺の中では小さくて遠くに聞こえる音だった


でも、俺が意識を失っていたのは数分のコトで目を覚ますとまだ遠くで大きな音が聞こえている

「よかったセリ、意識を取り戻してくれて」

「死んだかと思った…!!」

「オレも…また焦ったよ」

レイも無事な姿を確認できて俺はそれで満足だったのに、レイは自分が俺を助けられなかったコトを気にしていた

「ラッキーだった!なんで助かったのかわかんねぇけど」

さっきから大きな音が気になって、そっちの方に視線を向けると少し離れたキングの屋敷がぶっ潰れていてキングとプリンスとあの豚の獣人が激闘を繰り広げていた

レイは豚の獣人が自分達を助けてくれたコトを知っていて教えてくれる

「あの豚さんが…」

ケイティを助けたコトに怒って来たんじゃなくて…

もう俺達が立ち入れるような戦いじゃなかった

「あの豚野郎…あたしを助けに来たわ…」

「ケイティ!?いたのかよ!?」

俺が気絶している間に俺達とケイティを助けてくれたんだ

安全なここまで避難させて、そして彼は俺達の方に気を使って戦っていた

それは見ていればわかるコト

「会話が出来なくてもわかってた

あの豚野郎はキングとプリンスの悪事を最初から知っていたのよねぇ

だから、あたしを攫ってセリちゃんも攫って来たのね

優しい奴なのよ、豚のくせに」

半年も一緒にいれば、どんな人かわかるようになるとケイティは呟く

全部がわからなくても、たったひとつ優しいってわかれば十分だった…

「あたしは知らなかった、キングとプリンスの悪事なんてね

でも…やっとわかったわ…これで」

ケイティはそれから豚の獣人が勝つまで黙り込む

レイと俺も彼の戦いを見守った

俺はケイティがどんな気持ちでこの戦いを見ているのか気になった

口では豚野郎なんて言ってるけど、自分を二度も助けてくれた人

今も命懸けで戦ってくれてる…そんな姿を見てケイティは…

暫くして決着がつく

地面に倒れたのはキングとプリンスだった

豚の獣人はかなりのダメージを受けていたがなんとか最後まで立っていた

動かなくなったキングとプリンスを見て、終わったと豚の獣人は安心したように地面に座り込む

それじゃ俺が行ってその怪我を治してやらないと、それより先にケイティは豚の獣人に向かって走り出す

「やった!やったわ!あたしの…あたしの……!」

豚の獣人はそんなケイティを見て少し頬を赤らめたような気がして、俺はもしかして豚の獣人は攫ってからケイティのコトを大好きになったんじゃないかなって思った

だってケイティの為に盗みまでしちゃうんだし

種族を超えての恋愛か~、良いと思う!

だって俺も魔族の王様と恋人だし(今は人間だけど)

愛に種族の違いなんて関係ねぇよな!!

「あたしのお金ちゃん達ーーー!!」

ずっこけた

ケイティは豚の獣人をガン無視で潰れたキングの屋敷から顔を見せる大量の札束へと勢いよくダイブする

えっ、わかってた知ってた

ケイティってこんな女だったわ

「キングとプリンスはくたばったんでしょう?

それならこのお金ちゃん達はあたしの物よね!」

「なんでだよ!?結婚してねぇから関係ないだろ!!」

俺は一瞬で豚の獣人を回復魔法で治して、ケイティに心底呆れる

「所有者のいないお金は拾ったもん勝ちでしょ!?何言ってるのよセリちゃん!」

「オマエが何ボケたコト言ってんだよ!!」

「一束だって誰にも渡さないんだから」

ケイティは必死になって埋まっている札やコインを掻き出している

最後の最後まで金に執着する姿を見て俺は複雑に思う

心配で見捨てられなかったのかもしれないが、まぁいいよケイティはそうじゃなきゃな

人間色々いるよな!

でもイジメはダメだぞ!

「な、なに?」

豚の獣人は近くにあったカーテンを引っ張り出して、その上にお金を置いていく

「ちょっと豚野郎!勝手にあたしのお金ちゃんに触らないでくれる!?」

命の恩人にその態度!?

最後にケイティをそのお金の山の上に置き、カーテンの端をつまみ持ち上げる

「本当、豚野郎ってあたしの事好きねぇ!

いいわよ、またあたしのほしい物なんでも盗んで来てくれるなら傍にいさせてあげる」

自分と同じ目線になった豚の獣人にうふふとケイティは笑ってみせた

その言葉の意味を理解しているかのように豚の獣人は頷く

「じゃーねー!セリちゃんとレイちゃん、またどこかであったら奢ってあげてもいいわー

新婚旅行楽しんでね~、初夜は邪魔してごめんね~、きゃはははは」

上から俺達を見下ろして上機嫌なケイティは手を振っていた

俺が嘘でウエディングドレス着てたからって勝手に新婚で昨日が初夜とか勘違いされてる!!

「待ってくれ!」

豚の獣人がケイティと一緒に金を持って行こうとするのを俺は一度引き止めた

豚の獣人と会話はできなくても、人間側の言葉はわかるようだ

それなら

「別に俺は金もケイティも持って行くコトは止めるつもりはない」

豚の獣人は振り返って俺を見下ろす

「だけど、ケイティの言うコトを聞いて金や物を盗み続けていたら…いつか君は退治される

人間側、もしかしたらそれ以外の種族も退治しに来るかもしれない

それでも…いいのか?」

俺は助けてもらった恩がある

だから俺はこの人に不幸になってほしくない

それでも…俺の心配は余計だったみたいだ

豚の獣人は頷いて俺に背を向けた

自分の家へとケイティと一緒に金を持ち帰る姿を俺達は見送った

退治されても構わない…か、スゴいな

金にしか目がないケイティでも彼にとっては愛する人なんだ

何が良いのかわからん、顔か?

ケイティは黙ってればアイドル級だもんな

俺はタイプじゃないけど

まっ、もしかしたらあの女が真実の愛に目覚める日がいつか来るのかも

って最後は良い話で終わっておきたいが、現実はどうだろうな

豚の獣人とケイティが幸せであればいいかな

盗賊宣言はちょっとどうかと思うが

俺は退治したくねぇな

「はぁ…なんかスッゲー疲れたってこれ何回目?」

「今日もここで泊まっていく事になるな」

レイも苦笑している

明日に動物王国行くから今日は早めに寝ないといけないな

楽しみだ!!



-続く-

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