95話『狭い箱の中で』セリ編
帰りは和彦に送ってもらった
部屋まで送ると言ってもらったけど、買い物がしたかったから街の中で別れる
ここまで送ってもらえばもう危険もないだろうし
さてと、お店に向かおうとしたら
「セリ様、お手紙です」
いつもの郵便屋さんから一通の手紙を渡された
スゴイ、いつも思うけど俺がいる所までちゃんと配達してくれる
「ありがとうございます、いつもご苦労様です」
俺が受け取ると郵便屋さんは営業スマイルで元気に去って行った
郵便屋さんの制服カッコいい、オシャレ
手紙か…俺に直接届くってコトは急ぎだってコトだ
それ以外はセレンの所へ届く
こういうのって、だいたいよくないコトなんだよなぁ…嫌な予感しかしねぇ
手紙の中を読む前から開けたくない感が強い
読もう、覚悟を決めて封を切って中を読む
「え~っと…女神結夢は預かった
返してほしくば、ひとりで下記の場所まで来い…タキヤ」
ほらっ!!嫌な予感当たったぞ!?
ローズの次は結夢ちゃんを拉致されたってコトかよ!
聖剣がなくなってからは俺の周りに何らかの危害や迷惑はなくなったと思っていたが、タキヤは違う
コイツとの因縁は深い
しかも、俺の考えは甘すぎた
セレンの所に、レイもロックもいるから大丈夫だって安心しきっていたが
結夢ちゃんの姿は俺とタキヤにしか見えない
だから結夢ちゃんが拉致されても誰も気付けないんだ
ひとりで来いだと?ナメやがって…
行ってやるよ!ひとりで!!
正直、カッとなってすぐにでも向かいたい所だがここで俺が黙って行ったら後でレイにめちゃくちゃ怒られて心配されるから
「すみません、郵便屋さん」
俺はタキヤの手紙に自分がここに向かって結夢ちゃんを助けるってコトを書き足した
「これをセレンの所にいるレイに届けてください」
通りすがりのさっきとは別の郵便屋さんに渡した
さっきの人は男の人だったけど、目の前の郵便屋さんは女の人だった
女の人の制服は可愛かった
「かしこまりました!」
郵便屋さんは快く引き受けてくれる
うん、これで大丈夫
ひとりで来いって言われてるから俺はひとりで行く
手紙を見たレイは心配して来てくれるだろうけど、ひとりで来いの意味も考えて行動してくれるから最悪なコトにはならないハズ
それじゃ…行こう、タキヤの指定した場所へ、結夢ちゃんを返してもらう!
タキヤが指定した場所は街から北西へ行った所にある砂丘だった
ちょっとした観光スポットになっていて、砂丘の入口付近で「兄ちゃん!ラクダレンタルあるよ!」「これ買ってって!お土産に!」なんて賑やかだった
遊びに来たんじゃねぇのに、ラクダさん可愛い!とかお土産のお菓子見てこれ口の中の水分持っていかれるやつや!とか寄り道しちゃった
後でまた、結夢ちゃんを取り返してからと決めて俺は先を急いだ
観光スポットと言っても入口付近だけで、奥へ行けば行くほど人はいなくなり植物も動物もいない生命を感じさせない静かな空気が流れる
どこまで歩いても歩いても
「何もねぇじゃねぇか!!」
嫌がらせか!?嘘の場所書いたんじゃないだろうな
あのタキヤが素直に結夢ちゃんを返すとは思えない
最初から返す気がない…
それだ、俺はなんでタキヤの書いた内容を鵜呑みにした?
バカだ、騙されたんだ
ここに結夢ちゃんはいない
自分のアホさに腹を立てて何もないこの同じ光景を見るのを諦めて引き返すコトにする
来た道を戻ろうと振り返ると目の前に砦が姿を現した
「はっ!?」
なんだこれ、さっきまでこんなのなかった
それに俺はまっすぐ歩いて来たんだぞ
ぶつからずにすり抜けたって言うのか?
目に見えて急に出てきた砦の壁に触れると、幻じゃない本物だとわかる
どういう仕掛けなんだ…
たぶん、タキヤの指定した場所はここだろう
危険な匂いしかしないな
さっきまで見えなかった…見えない砦
そうなると入るのは危険でしかない
レイが手紙を見てここへ来ても何もないってコトになる
どうする、どうする…
ひとりで来いって言われてるんだ、助けが来なくても心配されてめちゃくちゃ怒られても…俺はここの砦に入るしかない
結夢ちゃんを見捨てるワケには、見捨てたくないから
殺されるかも、そんな未来も過る
タキヤにしたら俺は邪魔なだけ
タキヤにとって勇者の力は必要としない
女神結夢の力は魔族を倒すコトはできないが、守るコトはできる
だから…自分達さえ守られていれば魔族を倒せる勇者の力を必要とはしていないんだ
躊躇わずに俺を殺す、タキヤは厄介な敵
でも、アイツを敵に回したのは俺が決めたコト
いまさら逃げたりなんかするもんか
こう見えて、俺だって男なんだからな!!
意を決して砦の中へ入ると出入り口は完全に頑丈に閉められ中は真っ暗だ
真っ暗な中で人の気配を感じる
何人かいる…声も聞こえるし、その中で気配は感じてもそれが人間か天使族か悪魔族か何の種族かは俺はわからん
俺が気配を感じて種族がわかるのは魔族だけ
つまり、この中でひとりだけ魔族がいるってコトなんだよ
炎で灯りをつけたい所だが、暗闇で誰かわからないような今は躊躇ってしまう
自分の場所を示して急に攻撃されたら嫌だし
だってタキヤが用意した場所なんだ、悪いコトしか起きないだろ
「ようこそ、勇者の小僧」
真っ暗な中でタキヤの声だけが大きく響く
声が聞こえると暗闇の中にいる人達はさらにざわつく
上の方から声が響くように聞こえるこの感じ、タキヤ自身はこの暗闇にいないってコトか
「女神結夢を返してほしいかね?
返してほしいなら条件がありますよぉ」
楽しそうだな、ムカつくわ
「条件はそこにいる全員を殺す事」
ピクリと嫌な気持ちが反応する
ひとりは魔族の気配を感じているが、俺は魔族以外にはどうしようもないくらい弱い
何人いるかわからないが勝てるワケねぇだろ
そもそも殺すなんてコトがいきなりできるか
魔族も勝てたって殺したくない
それにタキヤが約束を守るなんて
「疑っていますね?女神結夢に誓って約束は守りましょう」
読まれてる、疑り深い俺の思考を
腐っても聖職者、女神に誓うってコトは命と同じ
後で嘘でしたはないってコトか
「制限時間はないですが、そこには水も食糧もありません
よく考えて頑張ってください、開始!!」
タキヤの開始宣言とともに部屋がパッと明るくなる
どんな屈強な猛者たちが現れるのかと思えば…
「「「セリ様~!!」」
俺の姿を視認するとネクストとツインメイドが泣きながら飛び込んで来た
「お、オマエら…」
ウソだ…なんで、こんな
膝立ちの天使3人組みを抱き支えながら見渡す限りここにいるのは天使族がこの3人と他は人間の女子供が10人近く
人間は誰ひとりと面識はない
武器も持っていそうにない、魔法も使えない普通の人間達だった
「セリ様!」
そして魔族とはラナのコトだった
ラナが俺に声をかけて近付くと天使3人組みは立ち上がり俺を隠す
天使族はあまり魔族をよく思っていない、敵対関係にあったからだ
「ちょっ!おめーら邪魔だって!セリ様埋もれてんでしょーが」
ラナはどけよと言うが天使達はツーンとして目を合わせない
周りの人間達は完全に怯えてしまっている
この状況にもだが、魔族のラナにとくに恐怖していた
「ラナがいてくれてよかった」
俺は天使達の前に回り込む
見た感じだと戦力になるのはラナしかいない、次に俺ってくらい
つまり、タキヤは俺でも簡単に殺せるような相手ばかりを集めて、俺の嫌がる方法だとわかって仕掛けてきた
聖職者じゃないのか?とんだクソ野郎だ
最初からクズってわかってたが、怒りしかない
「ラナなら全力を出せば、この砦の壁に穴くらい空けられないか?」
「やってもいっすけど、死人出ますよ?これだけ狭い場所なら」
バカバカしい、俺が全員を殺すなんて絶対したくない
タキヤの条件なんか呑まねぇ
ここから出てみんなを解放して、直接殴り込みに行って結夢ちゃんを助ける
それしかない
「大丈夫、ラナがこの砦を全壊するくらい暴れても全員を無傷で守ってみせる」
「それもそっすね、セリ様なら可能ですわ」
天使達は魔族に力を借りるコトに不満だったが、自分達にはどうするコトもできないとわかっているから俺の言う通り他の人間達を一カ所に集めてラナから離れた
「頼んだぞ!ラナ!オマエだけが頼りだ!」
「どうせなら女のセリカ様に応援された方がやる気の出方も違うんすけどねー」
「黙ってやれ!」
どっちも一緒だろ!気持ちはわかるが…女の子いるだけでやる気が違うの
ぶつくさ言いながらラナは魔力と力を奥底から引き出すコトに集中する
1秒単位でラナの力が増大していくのを肌で感じる
さすが魔族だ…しかも自称四天王と名乗るだけはある
いつも三馬鹿だとバカにして来たが、それなりにラナも強い
勇者の俺でも冷や汗をかく
これでもまだ本気じゃない、香月が魔王に戻ったら勇者の俺は殺す力を持ってるだけで勝てるかどうか…
少しするとドドドン!と大きな音とともに重い風圧を感じた
俺がいなきゃここにいる全員が死んだくらいの衝撃があったのに、砦は傷ひとつつかなかった
「あら…?」
いつもふざけてる奴だが、こんな時にふざけたりはしない
キルラならまだしも
ラナは申し訳ない表情で俺の方を見る
「セリ様、駄目っすね」
そして笑い飛ばした
「ダメって…ラナがダメだったら」
この砦を破壊して逃げるってコトはできないってコトか
わかった、降参する
みんなが絶望に気付く前に俺は上に向かって叫ぶ
「タキヤ!!結夢ちゃんのコトは返してもらわなくていい!だからここからみんなを出してくれ!」
結夢ちゃんは自分が助かるコトよりみんなが助かるコトを望んでいるだろうし祈ってる
俺が全員を殺して彼女を返して貰っても、結夢ちゃんはそんな俺の所へはもう戻って来ないと思う
タキヤはどっちに転んでもいいようにこの状況を作った
ここは一度結夢ちゃんのコトは諦めて、みんなを助ける方を選ぶ
聞こえてるのか聞こえていないのかわからない
いくら待っても返事はないし、扉が開く様子もない
見てない聞いてないってコトはないと思うが
タキヤは俺の苦しむ姿を見たいハズだから…苦しめて苦しめて…簡単には殺さない
女神が自分より俺を選んだコトが許せないんだ、プライドが傷付き妬みと僻みで
「セリ様…返事がありませんね」
ツインメイドの片方が心配そうに俺の顔を覗き込む
ここから出るには…俺が全員を殺すか、俺が死ぬかのどっちかと言うのか?
条件の中にここから出るコトは入っていなかった
どっちになっても、もしかしたら出るコトは出来ないのかもしれない
どうすれば…
俺が全員を殺すって選択肢はない
「勇者さん元気出して」
小さな女の子は俺の傍に寄って見上げる
俯く俺の足元には小さな女の子の笑顔が見えた
こんな状況なのに…わかってないのか、それとも
女の子の笑顔の理由はすぐにわかった
「勇者さんは悪い奴をやっつけてくれる!あたし知ってるよ」
信じてるって女の子は無邪気に笑う
この状況がわかっていないワケじゃなかった
ちゃんとわかった上で俺を信じてくれているんだ
俺の口元は緩んで、しゃがみ込む
「そうだな、俺が悪い奴をやっつけてやるよ」
悪い奴=タキヤ、しばきに行く
悪い奴をやっつけるのは勇者じゃなくて正義のヒーローだな~って思いながらも、なんだか元気をもらえた
「早くママのところに帰りたいな~」
スゲー辛いコトを聞いた
みんなそうだ、ここにいる女子供はお互いに面識がないようでよそよそしい
ひとりでこんなワケわからん場所に閉じ込められて巻き込まれて…不安でいっぱいに決まってる
なんとかしなきゃ、なんとか…俺が、なんとかする
「早く帰りたいよな…」
だけど、大丈夫とは言えなかった
自信がなかった
ここから出る自信が…何も思い付かないから
あれから何時間経っただろうか、もしかしたら1日を過ぎたかもしれない
そろそろみんなの空腹が辛くなってきた
タキヤの奴、水も食糧もないからよく考えろって言ってたけど
考えても
「おなか…すいたよ…勇者さん」
俺の膝を枕にして疲れ切った女の子の頭を優しく撫でながら考える
「皆さん、限界のようですわ」
ツインメイドの片割れが人間達を見て心配に心を痛める
天使に空腹はない、魔族は腹は減るが死なない、人間は食べなきゃ死ぬ…
そして、俺はセリカと繋がっているから空腹も喉の渇きもない
最初はみんななんとかなるって空気も穏やかだったが、丸1日は経ったような時間が過ぎれば口数も減り空気は不穏にもなる
「それは…大丈夫、俺の肉を食べればいいから
いつもしてるコトだし…大丈夫」
セリカがラスティンに自分の肉を食べさせてるのと同じコトだ
食糧はそうすればいい、けど普通は人間が人間の肉を食べるコトに抵抗がある
「人間の肉なんて嫌かもしれないけど、みんな我慢してくれるか」
我慢して待っていれば助けが来るハズ
レイには伝えているし、セリカなら俺の居場所がわかるから…ここへ来てくれるハズ
だけど…全然来ない、来れないんだ
セリカを通じてそれがわかっているから知らないみんなより先に絶望してしまう
「だめっすよ、もう限界じゃないですか」
ラナが俺の発言を遮る
「何がだよ」
「セリ様、気付いてっしょ?ここは特殊な場所で外から助けに来れない
時間稼ぎしても無駄って事」
シーンと静まり返る
ラナの発言で絶望の空気が流れ込む
その空気は小さな子供にだって感じ取れてしまい、不安で俺の服をぎゅっと掴む
「ここから出るにはセリ様が全員を殺すか、セリ様が死ぬかの二択」
「タキヤはそんな条件を出してねぇ
どっちの選択をしてもタキヤがここから出す保証はない」
ピリッとしたものをラナから感じる
ラナもこんな狭い場所に閉じ込められてストレスを感じているんだ
空腹を逃れても…精神の方は誰もが長くは持たない
「まぁまぁ落ち着いてください
きっと助かります、神様はいつだって見ていますよ」
ネクストはラナと俺の間に入り宥めようとする
「それならその神って奴が助けに来いよ!!」
ラナはネクストに噛み付くように吠える
「ふぇ?!」
ネクストは恐怖で石化して黙り込む
天使は精神がおかしくなるコトはなさそうか…でも
時間が経てば経つほど…魔族と人間は限界を超えて辛くなる
それでも俺はラナを止めなきゃ
「ラナ、やめろ」
「やめませんよ」
イライラした感情をラナはネクストへとぶつける
この場で数少ない武器を持っているラナは自分の槍をネクストの心臓へと突き刺す
「きゃーー!!」
静かだった部屋の中がラナの行動でパニックを起こす
みんな我慢していたギリギリの所で、それが切れてしまった瞬間だ
「ラナ!!」
ラナの武器がネクストの身体を貫く前に俺は剣を抜き受け止める
「止められるんですかー?そんなになって」
ラナが俺を見下ろす先は一撃で折れてしまった剣が受けきれず俺の腹を槍が突き刺す
勇者の剣でもない、聖剣でもない、いくら高い金を払った武器でも勇者の力に耐えられるものは少ない
それだけ魔族の力は強いってコトでもある
「セリ様!僕を守って…」
ネクストは顔を青ざめて心配する
「武器がないとラナを止めるには骨が折れそうだ」
「でしょ」
ラナが槍を引き抜くと俺はすぐに自分の空いた腹の傷を治す
「だから、我慢してほしい
イライラする気持ちもしんどいのもわかるから…今は…」
「我慢してどうなるんすか?どうにもなんないんすよ」
これは遅かれ早かれ起きるパニックだった
それにラナが言うコトはもっともだ
我慢したからどうなる?どうにもならない
でもだからって周りに当たり散らしてもそれこそどうにもならない
「…オレはセリ様を殺してここを出ますわ…」
ラナの冷たい発言に天使3人が俺を守るように前に立つ
「セリ様を殺した所でここから出られる保証はないんですよ!」
「魔族って野蛮ね!すぐに殺すだのなんだの!」
ツインメイドがラナを睨み上げるが、天使3人じゃラナに勝つには奇跡でもありえない
いつもラナはセリカの護衛役をしてくれていた
三馬鹿の中でもラナが1番まともで俺もセリカも何かあった時はラナだって思ってた
今も
だけど、ラナは天使3人を殺す気で槍を振るう
俺は3人を押しのけて素手でラナに飛びかかる
「素手のセリ様じゃ、オレの足止めすらできねーからよ!!」
言われた通り全然ダメだ
ラナは俺の身体を掴み地面に叩きつけると肩に槍を突き刺し地面へと縫い付けた
肩を突き抜けるズッシリと重い槍は引き抜こうとしても動かない
なんて重い槍なんだ…押しても横に倒すコトすらできない
痛みは感じないと言っても血を大量に失うのは避けたい
どんどん力が入らなくなって意識も薄らいでしまうから
「ラナ…俺を殺してここから出たいんだな…」
上からラナが覗き込む
すぐに殺さないのは魔族であっても俺相手は気が引けるか?
みんなが助かるなら…俺が死ぬのが1番いいのかな…
ひとつの命か大勢の命か…
死にたくないけど…他の命を犠牲にしたくない
俺も死にたくないし!誰も死なせたくない!!
だって俺はワガママだから!
「その前に…生意気な天使共をぶっ殺してくっからよ」
「待て!ラナ!なんで他の奴を殺す必要がある!?
ムカつくからとかは俺に免じて…」
ラナは俺の言葉なんて聞かなかった
天使3人の方へ向かう
それを止めようと俺は炎魔法を使うがラナの大きな魔力に打ち消される
炎魔法は対魔族以外、魔族以外から自分の身を守るための魔法だ
それでもあんまり強力な方じゃなくお守り程度のものだが
だからラナクラスの魔族には俺の炎魔法は効かないのか…
勇者の炎だから無傷と言うワケではなくでも、足止めにもならない
地面に縫い付けられた身体は動かない
何を言ってもラナは聞いてくれない
俺は遠くから、近くで…
ネクストが踏み潰されて殺されるのを見た
「ラナ…ウソだろ、オマエはそんなコトする奴じゃ」
はじめての死者が出た
簡単にあっけなく数秒で…この場所でひとつの命が失われる
「なに言ってんすか勘違いしてない?
オレが魔族って事、忘れてんじゃん」
ラナはネクストの身体を乱暴に掴み俺によく見えるようにと投げつけて来た
夢じゃない、ウソでもない
現実を突きつけられる
悪い奴は勇者がやっつけるから…
この言葉を思い出すと涙が溢れる
俺…ラナを倒さなきゃいけなくなったから
それが正義のヒーローの役目
タキヤだけじゃない、ラナも…俺が…倒すべき相手へと変わる
「ラナ…バカ野郎が…」
なんとかこの槍から逃れようと身体を動かす
肩を引きちぎってもいい、それしかない
多少無茶しても治せるから
「はい2人、3人」
ツインメイドの悲鳴が聞こえたかと思うとラナは片割れの首を引きちぎり俺の方へと頭を投げる
もう片割れは身体を半分に引き裂かれ上半身を放り投げられる
「あ、ぁ…3人とも…俺のせいで」
巻き込まれて殺されて…俺のせいなのに、俺は守るコトも出来なかった
いつも毎日じゃなくても顔を合わせるのが多かった3人
いるのが当たり前だった…
常識なくて馴れ馴れしくてセクハラもいっぱいされたけど、嫌いじゃないし良い奴らだった
「いやー!離して!お願いします!命だけは」
新しい悲鳴にハッと視線をやるとラナは人間の女性を掴んでいた
「おいっラナ!何をする気だ!恐がってるだろ!」
生意気な天使共を殺すとは言っていた
なのに、人間の女子供も次々と殺し始めた
俺の言葉に返事はない
ラナは血の匂いで理性を失ったとでも言うのか!?
槍からずらし続けた俺の肩は離れてやっと自由になる
すぐに回復してラナの後ろに立つ
「遅いじゃないですかー?もう1人しか残ってないっすよ?」
ラナにとったら何の力もない人間の女子供は数人いたとしても数秒で殺せる
俺がラナの槍から抜け出してる間に…あっという間に……
辛い…苦しい…こんな状況、考えるコトすら放棄して逃げ出したい
ラナの前には勇者さんと慕ってくれていた女の子がいた
ラナと俺以外で最後の生きた人間
「こわい…助けて、誰か助けて…勇者さん、ママ…パパ…たすけて」
目を閉じて耳を塞ぎ必死に恐怖に耐えてうずくまる
この子だけでも助けないと…
「武器もないのにどうするんです?大人しくこのガキんちょの次に殺されます?」
「殺させない…ラナを倒して、その子を助ける」
「助けてそれから?ここから出られないのにその事に何の意味が?」
ラナの武器である槍は遠くにある
だからラナも素手で女の子を捕まえようとするが、スピードなら俺の方が上だ
ラナに捕まる前に俺は回り込んで女の子を抱き上げる
「勇者さん!生きてる!」
まぁあんなん見たら死んでると思うよな
「勇者さんがいるからもう大丈夫ね
信じてる、勇者さんなら悪い奴をやっつけて助けてくれるって」
この世界では勇者は世界を救う存在として信じられている
子供がヒーローもののアニメを見てその正義を信じているのと一緒だ
悪い奴をやっつけてみんなを守ってくれる…
「うん…」
俺は力ない返事をした
ラナを倒したくないって気持ちと、ここから出る方法が何も思い付かなくて
自信がないから
「あぁ!!身軽で小さいセリ様は戦いにくいって!!」
なかなか捕まえられないラナは足で地面を蹴る
三馬鹿の中でもラナは突進タイプだから俺相手は自分の戦闘スタイルと相性が悪いと言われていた
だからと言って逃げるだけで何も出来ない
武器を…武器が何でもいい、あれば
そしてそれが一撃でも耐えてくれたら勝機もある
「あっ」
見つけた!武器を、護身用のナイフ程度だがないよりはマシだ
きっと誰かが護身用のナイフを隠し持っていて取り出したが、ラナには歯が立たなかったのだろう
落ちているナイフに気付いたのはラナも一緒で俺と同時にそれを目指す
瞬時の差で俺がナイフを掴み取ったがラナはそれが目的じゃなかった
「セリ様ってたまに抜けてて可愛いから好きっすよ!!」
ナイフに気を取られたその一瞬、ラナは思いっきり俺を蹴り飛ばした
確かに俺は間抜けだった
俺はラナから逃げていたのに武器ほしさに自らラナに近付いた
ラナの茶化しに答える余裕はない
正面から壁に叩きつけられたから抱いてる女の子を守る為に頭と足を壁に強くぶつけてしまった
痛くはない、痛くはないが頭を強くぶつけてすぐに頭が回らない
俺は腕から女の子を下ろして頭を抱える
早く体制を整えないと、立ち上がるだけで精一杯
「血がたくさん!勇者さん大丈夫!?」
血が流れ落ちるのを見た女の子が心配そうに俺の服をぎゅっと掴む
大丈夫と言葉が出ない代わりに片方の手で女の子の肩を掴む
早く…早くしないと、ラナは待ってくれはしない
「もう無理しないで…あたし、勇者さんがこんな目に合うなら助からなくていい!!」
回る頭と視界の中で女の子の涙いっぱいに覚悟を決めた顔を見ると、俺は……
「あっ…」
自分の後ろから腰へと突き抜けた槍は女の子の顔を突き刺す
ラナは躊躇うコトなく、女の子を俺ごと突き刺して殺した
槍が引き抜かれると目の前の女の子の身体は地面へと崩れ落ちる
「もう……もぅ…ぃゃ……」
小さな女の子ですら、わかっていた
タキヤは全員を殺すって条件を出した時、この女の子はその意味がわかっていたんだ
それだけが俺が助かる唯一の方法だって
こわいハズだ、寂しいハズだ、辛いハズだ
大好きなパパとママがいない所で死ぬのも、帰れないのも
それなのに…それなのに!俺のコトを気遣ってくれていた
こんな状況になっても誰ひとり取り乱さず我慢してくれていた
勇者が助けてくれるって、みんな信じて……
でもきっと誰もが俺の自信のなさに気付いていたのかも
どうしようもできないコトに、なのに誰もそれを責めるコトはなかった
いっそ責めてくれれば俺は楽だったかもしれない
こんなに苦しくなるコトなんてなかったかもしれないのに…
どうしてそこまで…人を信じて命を預けられるんだろう…
俺は何もできなかった弱い人間なのに
自分の空いた身体の穴を治してナイフを強く握り締めて振り返った
「………。」
ラナは何も言わずに俺を見下ろしている
「どうして…俺を殺せばここから出られるって思うなら、他の人を殺すコトなんてなかっただろ」
俺が睨み上げるとラナは自分の槍を遠くへ投げ捨てた
その行動が意味不明すぎて俺はなんて言えばいいかわからなくて…
ラナはさらに自分の手で自分の胸を開く
皮と肉と血が飛び散る
骨が開き折れる音も聞こえる
「はっ…?何やって……」
痛くないハズがない、ラナは自分で自分の身体をこじ開けて苦痛の表情を浮かべる
人の何倍も大きい心臓が見えるまで
「そんな、オマエ…」
ラナは何も言わず、俺のナイフを持つ手を掴んで引っ張る
嫌な予感がした、嫌な未来しか見えない
俺は首を横に振って手を引っ込めようとするが、ラナの引っ張る強さに敵わなかった
拒絶する勇者の力でラナの掴む手が溶けてただれようと、ラナは俺の掴むナイフを自分の心臓へと近付ける
「もう…やめて…ぇ……」
何も言わなくてもここまででわかってしまった
ラナははじめから俺を助けるためだったってコトに気付いてしまった
俺は誰も殺せないから、だからラナは自ら憎まれ役を買って出た
なんやかんや言い訳して俺を殺さないように生かして、気付かれないように適度に半殺しにして
俺の持ってるおもちゃみたいなナイフじゃラナの硬い皮膚は貫けないから自分で命をさらけ出した
「もう、やめろ!俺はオマエを殺したくない!!」
泣いたってお願いしたって無理だった
ナイフがラナの心臓に突き刺さる感触に手が震える
なのに、ラナに掴まれてるから嫌でも感じ続けなくちゃいけない
見たくなかった…目をつむって逸らす
「セリ様は…何も悪くない」
ラナの言葉にハッと顔を上げてその顔を見る
ずっと何も言わなかった、ずっと悪役をやってくれていた
最期の最期までそれを貫き通したかったのにとラナは情けなく笑った
最期はちゃんと俺に見てほしかった
ラナは不満そうに苦笑する、最期に俺が笑ってくれないコトに、いつまでも悲しんで泣くばかりの俺の顔を見て息絶えてしまった
「ラナ…なんでだよ、オマエこんなコトする奴じゃないじゃん…俺のコト助けるためなんて……」
俺の手を掴んでいたラナの手の力が弱まった
すぐにナイフを引き抜くが、ラナは動かない
話しかけても揺すっても…息してないから…
「バカ…ラナの…」
恨めねぇじゃん…ここにいるみんなを殺したコトだって
許せないって思ったのに、全部全部俺のせいだって押し付けて死ぬのかよ…アホ
聖剣と同じだ
俺のせいだ、俺が結夢ちゃんをタキヤの所から連れ出したから
俺の周りの大切な人達から、名前も顔も知らない見ず知らずの人達さえも巻き込んで…
俺は…弱いくせに、何も守れないくせに…なんとかなるなんて
こんなコトになるなら……
「ラナ…ごめん…」
せめて綺麗な姿のままにと俺はラナの傷を綺麗に回復した
見た目は眠っているように見えても…死んだ者を生き返らせる力は俺にはなかった
涙は枯れるコトなんてないのかもしれない
俺は他の人達も同じように綺麗な姿に戻そうとひとりひとり回る
ネクスト、ツインメイド、人間のみんなも誰ひとり忘れずに
そして、最後に俺は小さな女の子の前へとやってきた
「悪い奴…やっつけられないダメな勇者だね、俺は」
名前も知らない女の子の顔を綺麗に治す
こんなに小さな女の子の願いすら叶えてやれない
夢を壊すだけ壊して…カッコ悪い所だけ見せた
勇者失格だ…
俺がみんなを助けるハズだったのに、俺がみんなに助けられたんだ
みんな…眠ってるだけみたい…
視界がハッキリしない中でいつまでも悲しみが消えないでいると、不愉快でしかない声が聞こえる
「おめでとーございます!!」
どういう仕掛けか知らないが、タキヤが結夢ちゃんと一緒にここへ姿を現す
「約束通り、女神結夢は返しましょう」
その言葉と同時に頑丈に閉まっていた出入口の扉が開く
「タキヤ…てめぇ…ッ」
タキヤの姿を見ただけで怒りが湧き出て止められない
悪い奴をやっつけるのが勇者の宿命ならコイツをここで今殺す!
俺は護身用のナイフを持ち直しタキヤに向かって走った
が、タキヤは簡単に俺の手を掴み地面に突き倒した
無様に倒れた俺の頭をタキヤが足で踏みつける
死ぬっほど腹立つ!悔しいのと怒りと恨みで俺は冷静さを失っていた
タキヤは前に戦った時より遥かに強くなっている
「やめたまえ、せっかくクリアしたこのゲームを素直に喜びたまえよ小僧」
「何がゲームだ、ふざけやがって」
頭を上げて起き上がろうとしてもビクともしない
勝てない…少しも、それがさらに俺に屈辱を与える
「僕はここで君と殺り合うつもりはないんですよ、君にはこれからも僕のデスゲームに参加して貰いますからねぇ!」
今流行りのってタキヤは爆笑している
「簡単には殺さないですよ?小僧が苦しんで悲しんで辛い思いを散々して全てが嫌になって、自分で自分を殺すまで続けますよ」
タキヤは楽しいでしょう?楽しいでしょう?と俺の頭を足でガンガン蹴る
「宗教では自殺はタブーとしています
神のものである人が自ら命を絶つのは許されない行為
小僧が自殺してくれれば、女神結夢は小僧に興味をなくすでしょう
早く!自分で死ね!追い詰めてやる!ありとあらゆる手を使って!」
暫くしてタキヤは気が済んだのか俺の上からどいた
わかった…タキヤの言いたいコトも求めているコトも
「ではまた会う日まで、さよーなら~」
起き上がるとタキヤは俺から背を向けて砦から出て行く所だった
結夢ちゃんはたくさんの涙を流して辛そうに心を痛めている
そして、俺に一礼するとタキヤの後を追おうとするから、俺は結夢ちゃんの手を掴んで止めた
「自分がタキヤの下に帰ればもうこんなコトは起きないって思ったのか?
結夢ちゃんが行っても行かなくても変わらない
もうアイツは俺をいたぶるコトしか考えてねぇよ」
結夢ちゃんは俺の右手を両手で掴み額に押し付けてワッと泣いた
さっきよりもっともっと強い気持ちで…
それを見て、俺は慰めるコトができなかった
そんな資格がないんだ
だって、この状況を生んだのは?結夢ちゃんを泣かせてるのは?どっちも俺だろ
俺のせいなのに、俺が慰めるなんておかしいだろ
心配するな…大丈夫だ…
前は言えていた言葉も今は出なかった
泣きたい気持ちも押し殺して、悔しんだ
悔しくて悔しくて…自分が死ぬほど嫌になった
自分を嫌になるってコトはタキヤの思惑通りなのに…でも
何もできなかった、誰も助けられなかった
自分の無力さを再確認した
結夢ちゃんのコトだって…
最初にあんな偉そうなコト言っといて、できそうにない…守れないかもしれない
何が…なんかあっても俺がなんとかする…だよ
何もできねぇーじゃん、マジ…バカ
誰も巻き込みたくない…タキヤのゲームにも参加したくない
なら、タキヤを殺すしか…ない
砦から出るとレイとセリカが待っていてくれた
「セリ!心配したぞ…」
レイは俺の両肩を掴み凄く心配してくれる
セリカは…俺に声をかけなかった
俺が目を合わせなかったからだ…今の俺は自分が嫌になっている
だから俺は自分を見たくない
俺もセリカも複雑な気持ちで距離が出来てしまう
後ろを振り向くと砦はなくなっている
だけど、さっきのコトは夢じゃないって思い知らされる
動かないみんなの姿はそこにあるから
「ラナ…ネクスト…メイドちゃんたち…みなさん…」
セリカはみんなの傍に寄って膝を付くと涙を流す
ラナといた時間はセリカの方が長かったのを知っている
まさかあのラナがこうなるなんて思いもしなかっただろう
「セリ…」
レイも深くは聞いて来ない
「セリ、今日はもう遅いから近くの村で休もう」
レイの言葉に俺は頷く
「あっ私は帰るね」
「そうかい…それなら送るよセリカ」
いつもならレイも引き止めるが今日は流れる空気を読んでセリカが帰るコトに付き添った
俺と結夢ちゃんはレイが取ってくれた宿で一晩休むコトにする
すぐには寝れないけど…
明け方まで起きていた気がする
でも、俺は疲れていたのもあるから気付いたら眠ってしまっていた
『結夢ちゃんが行っても行かなくても何も変わらない』
それなのに結夢ちゃんはいなくなっていた
目が覚めたら、どこを探してもいなくて
部屋のテーブルの上に結夢ちゃんの読めない文字で書かれた手紙だけが置いてある
-続く-
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