91話『妄想の王子様』セリカ編

「あれ…消え…た?」

イングヴェィにキスされるって思って私はぎゅっと目を閉じた

抵抗しても私の非力さではイングヴェィを突き飛ばせるワケはなく、覚悟を決めてそうなると思っていたのに

何故か急に肩が軽くなって、目を開けるとイングヴェィは私の目の前からいなくなっていた

ドアも窓も閉まっている、出て行った様子はない

「イングヴェィ…どうして……」

私は…いつものイングヴェィじゃない様子に恐さを感じてしまった

これは悪い夢じゃないのか

イングヴェィの姿をした悪い幻ではないかと…今になって思う

だって、イングヴェィは私に無理矢理キスしようとなんてしないハズだもの

私のトラウマ、傷、悪夢…嫌なものが蘇る

恐くて苦しくて辛くて悲しくて汚くて気持ち悪い……

イングヴェィは私のこのトラウマをわかっているハズだから

でも、さっきのイングヴェィを恐いと感じても…嫌ではなかった……

イングヴェィはいつも明るくて元気で健気で、私の為ならいつだって…

そんな人が……

私は運命を疑っていたくせに、イングヴェィは信じていたんだ

今日はいつものイングヴェィじゃなかった

いつものイングヴェィなら私が帰り道に寄っただけって言ったら

「寄らなくてもいいのに寄ってくれたってコトは俺の顔が見たかったんだね!」

って超ポジティブに返して来るのに…

そういう所、好きだった…

私は恥ずかしくてイングヴェィみたいに素直に言葉にできないから

貴方が運命の人でよかったって、認めるのが怖かった

だって…それは本当に私の気持ちなのかわからなくて、イングヴェィだって本当に私を愛してくれてるのかわからなかったから…

「イングヴェィ…どうして……どうしてなの…」

さっきのコトを思い出すとやっぱり身体が震える

自分が思ってるより…恐いと思っているんだ…

男の人が…

近くにいても平気と思ってたのに、いざってなるとダメなんだ…

イングヴェィはそんなコトしない…だったら、何か…強く深く思い詰めるコトがあったのかもしれない

私は色々考えたいのとさっきのショックとで誰とも顔を合わせたくなくて、黙ってイングヴェィの城を出て帰った



自分の部屋に帰ると疲れてしまっていてソファの上で寝てしまっていた

夢見が悪かった…

私にとって恐い夢…トラウマの夢は、いつまで経っても私を苦しめる

もう思い出したくないの、解放されたいの

助けて、助けて…助けて、誰か、助けてよ……

ハッと目を覚ますと、悪夢から解放されるけど気持ちも晴れはしないし頭はその記憶で埋め尽くされている

早く忘れたい……いや、久しぶりだなこのトラウマが蘇るのも

「着替えなきゃ…帰ったままの格好だもの」

気を紛らわせる為に私はボーッとせずに動くコトにした

久しぶりに蘇るトラウマ…

前の時は…そう、イングヴェィが傍にいてくれたんだった

私はその時のコトを思い出す



またこのトラウマだ…

世界が変わっても私を何度も何度も苦しめる

嫌だな…いつまで経っても、私は男達に酷く乱暴されたコトを忘れられない

もう終わったコトなのに、いつまでもこの悲しみも苦しみも憎しみも消えはしない

助けて助けて助けて…どんなに祈っても、助かりはしないんだって私はわかっていた

「助けて…」

呟く度に心に重いものがのしかかって、辛い気持ちが大きくなる

叫びたくなるほどの…大きくなった悪夢が私を襲ってくるんだ

「セリカちゃん…!」

うっすらと夢と現実の境で私は自分の名前を呼ばれて目を覚ました

「あっ……」

身体を起こすと私はいつの間にかソファで居眠りをしていたようだ

「セリカちゃん…やっと起きてくれた」

私を心配そうに覗き込むイングヴェィの顔を見て、悪夢から解放されたんだと気付く

「イングヴェィ…」

イングヴェィはよく会いに来てくれるから、いるコトにはとくに驚かない

「ごめんなさい…今日はちょっと疲れてて…」

ひとりになりたいとかじゃない

でも、今のこの沈んだ暗い気持ちのままイングヴェィとは話せない

迷惑をかけてしまうから、心配させたくないから

イングヴェィじゃなくてもレイだって香月だって、みんなもだよ

あっ香月は心配する感情がないか

「また今度でいいかな」

帰ってと言うとイングヴェィは辛そうにした

「隠しても…俺にはセリカちゃんのコトならなんでもわかっちゃうんだ

いつも言ってるからセリカちゃんはわかってると思うけど、ウソじゃないよ」

「知ってるわ、前にも話したコトあるし」

イングヴェィは何もかもわかっていて私を愛してくれる

「だから…」

私の手を掴んで引っ張るとイングヴェィはそのまま私を優しく強く抱き締めてくれた

「大丈夫、もう大丈夫…もう大丈夫だからね、セリカちゃん…」

優しい声が…あれ…なんだろう

体温のないイングヴェィに抱き締められているのに、どうしてか凄く温かく感じた

いつもは恥ずかしいからって突き放すか、ハグはイングヴェィにとって挨拶みたいなもんだからって心を無にしたりしてたのに

わからない、わからないけど…

ただ…大丈夫って抱き締められるコトに、私は涙が溢れる

苦しみが和らぐみたいだ、悲しい気持ちも辛い気持ちも…何もかも、なくなるような消えていくような

「もう…大丈夫…?本当に?」

そう言いながらも私はトラウマの記憶を無理に思い出そうとしても、何も思い出せなくなっていた

忘れたワケじゃない、過去がなかったコトになったワケでもない

嫌な記憶は確かに私の中にはあるのに、イングヴェィに抱き締められて

なんだか…救われたような気がした……

苦しくない辛くない悲しくない…

なんでだろう…どうして

イングヴェィって不思議な人

こうして私の心が軽くなるのは貴方が運命の人だから?

愛の力って言うのかもしれない

「うん大丈夫、俺がいるから大丈夫だよ

ねっセリカちゃん……」

抱き締めてくれていたイングヴェィの腕が緩むと私の顔を覗いて、いつもみたいに太陽みたいに笑ってくれた

「…イングヴェィがいてくれて、不思議と心が軽くなったよ」

私の流れなかった目元に残った涙をイングヴェィは指で拭ってくれる

さっきまで苦しかったのに、自然と笑顔が零れる

今日だけじゃないイングヴェィはいつも私を……救ってくれる



イングヴェィが私の目の前で幻のように消えてしまってから数日が経った

私は気にしながらも気にしなかった

イングヴェィのコトは本当に好きなんじゃなくて、運命に縛られていたからと疑っていたから…

なのに、日が経つ毎にあの日のコトが…心をざわつかせる

あの日のコトは悪い夢か、イングヴェィの姿をした偽者だと思うようにして私は待っていた

いつもなら定期的にストーカーしては私の前に現れて、あの太陽のような笑顔を見せてくれるのに

なんで来ないんだ…

気にしてないハズなのに、どんどん気になっていく

「なんか…モヤモヤする…!!」

部屋で考えながらゴロゴロと過ごしていたけれど、気になってしまったらすぐにスッキリしないと嫌な性格だった私は一瞬暴れてから起き上がる

じゃあ、イングヴェィの城にでも行くか

私から行くコトなんて…あまりなかったけど…

イングヴェィはずっと私が帰って来るのを待っていた

私はずっと帰らなかった

もちろん今行くのだって帰るワケじゃない

イングヴェィの様子を見に行くだけよ

だって……あの日のイングヴェィの表情が私は忘れられない

悪夢か偽者かもしれないのに…でも忘れられないの

悲しそうで辛そうで…苦しそうだった…

私は自分のコトばっかりで、イングヴェィの気持ちを考えていなかった…

きっと傷付けちゃったんだ…私が気付かないうちに

だって、来てくれなくなったから…

いくら超ポジティブなイングヴェィだって…傷付くコトだってあるでしょう

私…最低だな、やっぱり私は愛される資格も愛する資格もないよ…可愛くない女だな

「あれ?セリカ様こんな夜中に出掛けるんです?」

いつも23時には寝んねしてる私を廊下で見かけたラナは不思議そうに声をかけてきた

いつもなら眠い時間だ、でも眠くないんだよ気になりすぎて

「えぇ、ちょっとね」

出掛ける準備万全な私の姿にラナは考え込んでは私から目を離さない

「…んー、セリカ様をひとりにして万が一何かあると香月様に殺されるのはオレらっすから

出掛けるなら出掛けるって声かけてくださいよ」

「それはわかってるわ、でも私のワガママにラナ達を付き合わせるコトに遠慮しちゃってね」

「いつもそう言いますけど」

困りますとラナは眉を下げて苦笑する

私…まだ誰かに頼るってコト、出来ないんだ…

自分が死んだらどれだけの人に迷惑をかけて悲しませるか、わかっていても…

それでも誰かの今を自分の都合で迷惑かけるコトに遠慮してしまう

「わかりました、今夜はオレも予定がありますからいつも暇で暇で仕方ない野郎をセリカ様に同行させるんでエントランスで待っててくださいね~」

いつもならラナは自分の予定を変更してでも私について来てくれていた

だけど、今回は私の遠慮の気持ちを汲み取って提案してくれる

ちょっと嬉しかった

それなら私は申し訳ない気持ちにならなくて済むから

しかし、暇で暇で仕方ないってどんな奴よ…

魔族って世界征服の最中で結構忙しいんじゃ…

私は言われるまま素直にエントランスでその暇人を待った

5分くらいするとその暇人が現れる

「お待たせしましたセリカ様、ぐふふふふふ」

「お、…おぉ……」

私は思わず後退りをしてしまう

ラナの奴、わざとか?よくこの魔物を私の護衛に付けたな

暇人の風貌は常にモザイク処理をしていないといけないような完全に18禁のエロゲに出て来る感じの魔物だった

「おふおふ、綺麗な女の子…

ラナ様はぼくにこんなご褒美をくださって、うまそぉ」

ご褒美ってなんだよ!?ラナの奴なんて話しやがった!?

どういうコトなのこの魔物…私を見る目がもう完全に性犯罪者

無事でいられる気がしないのよ、大丈夫?

エロゲによくある展開にならない?

いや良い方に考えよう

こんな大人のおもちゃ(生きてる)みたいなん連れてたら、他の危険は近付いてこない

まずヤバイって思うもん、目も合わせないよ

つまり適任ってコトだよね!?

「さっそく味見を」

謎の卑猥な触手を出して来たから

「先っちょだけでも触れたら殺す」

引きつった笑顔で釘を刺して、とりあえず私はこの暇人とイングヴェィの城へと向かうのだった

むしろ行きたくなくなってきた



数日かけてイングヴェィの城へと私達はたどり着いた

途中何度か敵に襲われそうになったが、連れの魔物を見ただけでみんな裸足で逃げ出した

私に実害があったかと言うと、なかった

空気は読めるようで魔物にしては意外に善悪もわかっている

道中は3割セクハラトークを受けていた

「セリカ様でも欲求不満になる事あるんですか~?」

「たまにはあるわよ、人間だもん

半分は男だしね、まったくないとは言わないわ」

「ぼくでよければいつでも解消させてあげますよ!!ふーふー!」

「ご心配なく、私には香月も和彦もいるから(セリくんを通じて)間に合ってるの」

と、こんな感じだった

どの辺が空気読めて善悪が付いてるんだコイツに!?

隙あらば私を食おうとする

まぁ風貌はアレだけど良い奴で話も面白い

見た目で判断した自分の疎かさに気付きました

ゴメンねチンピー(暇人の名前)

「セリカ様、ここですかー?」

「のハズなんだけど…」

私はチンピーにイングヴェィの城はとても美しい場所にあって芸術的だと話していた

だけど、私達が目の前にしている城は美しいとはかけ離れていてまるで悪魔でも住んでそうな邪悪で恐ろしい感じに変わっていた

「リフォームでもしたのかな…」

イングヴェィの城の美しさに私は気に入っていると話したコトがある

だからリフォームなんてするとは思えなかった…なんだか嫌な予感がする

やけに静かだし…

いつもは楽しい音楽とともにたくさんいる仲間達の明るい声が漏れていたもの

「とにかく、行ってみよう…」

私達はその不気味にリフォームされた城へと足を踏み入れた

すると、カトルに出迎えられる

「珍しい、この森深くにある僕の城に客人」

喋り方や雰囲気はいつも通りなのに…何かが違うと違和感があった

客人?私のコトか?

「綺麗なお嬢さん、迷子?」

胸に刺していた枯れた薔薇の花を私に差し出した

「何かのギャグ?カトルは面白いコトに影響されやすいものね

それよりイングヴェィはいる?」

「イングヴェィ?待って、僕と君は初対面

何故僕の名を知っている?」

怪しいと視線を鋭くして私を睨み付けてきた

えっ…?

「ふざけないで、今はカトルのジョークに付き合える気分じゃないの

イングヴェィを呼んで」

「イングヴェィ?誰?僕は知らない」

……ジョークが長いわね…

呆れると同時にさらに嫌な予感が深まって私の心と身体を冷たいものが流れるようだ

「……この男は嘘を言ってるように見えませんねぇ、セリカ様お城を間違えたのでは?」

チンピーがイラッとしている私にそう言った

嘘をついていない?いや、私はカトルを知っている

それにカトルは嘘が上手い、面白いコトなら簡単に嘘もつくような男だ

「僕は、人間が嫌い

君は魔物と仲良しのようだから普通の人間とは違う」

「なに?私が勇者だってコトすら知」らないって言うの?

「わからない?……消えろ」

カトルの本物の殺気を感じた私は言葉を飲み込む

そして、私はやっと違和感に気付いた

あのカトルが…甘いものを食べていないコトに

いつも何かお菓子を食べてないと死ぬような人がだ

それにイングヴェィとは友達みたいだが、イングヴェィの能力に恐れている部分があった

私の扱いにも十分気を使っていたのに、今はそれが一切ない

もし私がひとりでここに来ていたら会話するコトも出来ず殺されていたかもしれない

魔物であるチンピーと一緒にいたから助かったようなもの…

人間が嫌い…

私の知っているカトルはそんなコトなかった

一体何があったのか…この城のリフォームと言い、他の仲間も見当たらない

わからない…でも、もうここで粘ってもダメだ

私は殺されるワケにはいかないのだから

「……訪ねる場所を間違えたわ、ごめんなさい」

カトルはふんっと鼻を鳴らして城の中へと帰っていった

「何ですか?あの男、セリカ様に随分失礼な態度でしたけどぉ」

「いいのよ、知らない人に知り合いみたいな顔されたら恐いもの

警戒するのも自然なコトよ」

「…でもセリカ様は……」

心配してくれるチンピーに大丈夫と笑うとチンピーはそれ以上何も言わないように気遣ってくれた

「さっ帰りましょ、付き合わせてゴメンね」

「セリカ様の護衛ならいつでも、ぼくは暇人なんで、ぐふふ」

イングヴェィのいない城に背を向けると、急に寂しさが込み上げてきた

カトルのあの言動はイングヴェィの心が私から離れたからなのかもしれないと思うと…

今までさんざんイングヴェィに冷たくしてきて…いまさら愛想尽かされて焦ってももう遅いって感じだよね…

バカだな、私…昔も今も…

「……そのイングヴェィって人、仲間に話して捜しましょうか!?」

「えっ…?」

俯いて暗い表情をしていた私にチンピーは優しい提案をしてくれた

顔をあげて見上げたチンピーの表情は完全に性的興奮マックスで今から女の子を襲いそうな危ない顔をしていたが、チンピーは心から私に優しくしてくれているとわかった

「ありがとう…チンピー、とっても優しいのね」

誰かに親切にしてもらえるコトを、私はイングヴェィを失って思い知ったからなのか素直に受け止めるコトができていた

いつもなら借りは作りたくないとか言って、はねのけていた私がね…

そうして私達は魔王城へと戻った



帰ってからすぐにチンピーは魔族と魔物を集められるだけ集めてくれた

私はみんなに捜してほしい人のコトを話す

「キルラ達は知っているイングヴェィって人をみんなに捜して…」

話の途中でキルラは口を挟む

「えっ?イングヴェィ?誰っ?」

「聞いた事ない名前だよねぇ~?」

ポップも首を傾げては、ラナも楊蝉も不思議な顔をしていた

軽く面食らっている私を隣でチンピーが心配してくれている

「いや、何言ってんの?イングヴェィだよ?

ワインレッドの髪色でガーネット色の瞳で肌が白くて美形で華奢なのに怪力で

いつも私のコトが大好きで一途で健気で優しくて純粋でヤンデレで…」

話していて…どんどん不安が大きくなる、何かわからない恐怖が私を襲う

「声が綺麗で歌が上手で明るくて元気で…みんなの……人気者で…めっちゃモテるのに、私をたったひとりの永遠の運命の恋人って言って……

いつも私のコトを守ってくれる、助けてくれる、救ってくれる…素敵な…」

「ぷっ…!!」

聞いていて我慢できなくなったキルラが吹き出すのを合図に集まった全員が大声で笑い出す

「ぶっは!!ぎゃははははは!!なんすかそれ!?セリカ様の妄想の王子様!?」

「ウケます!セリカ様!いつも話が面白いですけど、今日のは最高!!」

ヒヤッとする、みんな爆笑してる中で私だけが笑わない笑えない

「ご、ごめんなさいな…セリカ様、私も…面白くて…」

あの楊蝉ですら…私を…笑う

これは現実?どうなってるの?

まるで…私以外誰もイングヴェィを知らないみたいな……

「そんなセリカ様の妄想の理想の王子様を捜すのは無理っす、だってそんな完璧みたいな男が現実にいるわけないっしょ」

「セリカはドリーマーだもんね~、だからいつまで経っても彼氏が出来ないんだよー」

キルラとポップはもう床で転げ回ってまで爆笑している

「王子様はいませんけれど、騎士様ならいらっしゃいますわ

いつも守ってくれて優しいお方ではありませんか、ねぇセリカ様?」

楊蝉は爆笑されてる私をフォローするように言う

確かに…レイもさっき私の言ったコトの9割は当てはまる

でも…違う、違うのよ

「レイならセリ様の所ですよね?いつでもオレが連れていってあげますよ~」

「いやほんと!ウケる!!セリカ様って夢見がちな所が前からあるなーって思ってたけど

ついに現実と夢の違いがわからなくなるって、やばいっしょ!?笑う!!

いるわけないじゃん!!そんな男!!?」

キルラのイングヴェィを否定する言葉に私はキッと睨み付けて右手を振り上げる

「ひっ…!」

殴られると思ったキルラは翼で頭を守るように姿勢を低くした

でも…私は…静かに手を下ろしてキルラを殴らなかった

そして黙ってみんなに背を向けて自分の部屋へと帰る

「セリカ様…お可哀想に」

「ちょっとキルラさん!言い過ぎですわ!」

チンピーと楊蝉の心配してくれる声も耳に届かず、私はみんなに見えない所で涙をひとつ零した


部屋に帰って考えるコトも悩むコトも何もかも放棄してベッドの上でボーッとしていた

いつの間にか夜になって部屋が暗くなっても…

すると、パッと部屋が明るくなって香月が私を訪ねてきたのだ

「セリカ、話は」

「香月…!!」

私は香月の姿を見ると思わず抱き付いてしまっていた

悲しかったから寂しかったから恐かったからそんな色々な感情が溢れ出して止まらない

香月はセリくんの恋人だから私にもその影響が強くあって、香月や和彦には心の弱さを見せてしまうコトがある

耐えていた涙も止まらなくなって流れ続けた

これが…この感情が……私は今まで知ろうとも気付こうともしないで、目を反らしていたものなんだ

「香月…香月はイングヴェィのコト知ってるよね?私の妄想なんかじゃないよね?」

私の頭を優しく撫でてくれる香月

「……セリカが捜してほしいなら、その人を皆に捜させましょう」

…ああ、香月…私に現実を突きつける人

香月は嘘なんて付いたりしないから、香月の口から聞いたら、もうそれは真実なんだ

私の涙は止まった

だからと言って心が晴れたワケでも吹っ切れたワケでもない

私だけはイングヴェィを信じてる

「…ううん…いい…」

セリくんに会いに行こう

自分だけはイングヴェィが本当にいたんだって証明してくれる

すぐ行かなきゃ!と思い立ったら即行動の私だけど香月が疲れてるだろうからって無理矢理休むようにベッドに押し込まれた

まぁ…そうか、最近あんま眠れてないし

とりあえず寝よう、明日セリくんの所へ行くんだ

私は香月の手を掴んで私が寝るまで傍にいてと頼んだ

「…香月はセリくんが運命の人なんだよね?」

「はい」

言い切れる所がスゴイ…!!

だって、本当に運命かどうかなんて証明のしようがないのに…

和彦だってセリくんの恋人なんだよ?それじゃ運命の人は2人いたってコト?それとも和彦は運命の人じゃないけど恋人なの?わかんない…

けど、3人が幸せならそれでいいんだよ

私は自分が羨ましいと思った

「…私にも…運命の人っているのかな」

「います」

「誰?」

「それは私にはわかりませんが、前世の恋人だったレイならその可能性も高いでしょう」

「前世の恋人って噂でしょ?香月だって実際にそれは見たコトないし知らないもん」

あっ…私また否定しちゃってる…この私の悪い癖…ダメだな

前世の恋人か…本当にレイが私の恋人なら、私を好きになるのはおかしいコトじゃない…

セリくんがやたらレイに懐いてるのも信頼してるのも大好きなのもその影響があったのかもしれない

私もレイのコトは嫌いじゃないわ

イケメンだし、いつも大切にしてくれるし…一生懸命で命を懸けてまで私を守ってくれる

良い人だ、レイは良い人

ここまで良い男に恋しない女はいない…私は半分男(セリくん)だから!!

「運命の人…か、私の運命は…」

眠くなってきた…寝よっと……



そうして私はイングヴェィのコトをセリくんに確かめたくてチンピーと一緒にセレンの国へとやってきた

キルラ達は私をバカにして笑ったから暫く同行させない!!

「セリカ……そのモザイクかかったチン○みたいな奴は…」

はじめてチンピーを見るセリくんは私と同じ反応をしていた

「えっ?最近仲良い魔物の友達」

仲良しアピールとしてチンピーと肩(かどうかわからんが)を組むとチンピーの触手がいやらしく私の身体に巻き付いては服だけ溶けていく

「本当に友達!?服溶けてるけど!?なんか凄くエロいけど!?」

セリくんが慌ててチンピーと私を引き離す

あれなんか服溶けてる

「アイツあの触手でセリカにエッチなコトするつもりなんだ!ダメダメ!」

私からチンピーは悪い奴じゃないってコトをわかっていてもセリくんは心配らしい

私を守るように抱き締めて頭を撫でてくれた

「ではではぼくはその辺で待ってますので」

チンピーが離れたのを見届けるとセリくんは私を離してくれる

「良い奴だってのはわかるけど…俺とセリカは同じなのに男と女ってだけで見る目が違ったからさ」

セリくんはやっぱり心配だと苦笑する

「それでセリカ、今日は何しに来たんだ?レイに会いに来たのか?

それとも俺に会いに来てくれたのか?可愛いな」

またセリくんは私をぎゅっと抱き締めるとチューまでする

自分大好きなセリくんは私が大好き過ぎてどうしようもない

聞かなくてもわかるくせに、私の口からウソでもいいからセリくんに会いに来たって言葉が聞きたいみたい

「えっと、イングヴェィのコトだけど

セリくんはどんな人か知ってるよね?」

「ん?知ってるぜ、なんでそんなコト聞くんだよ」

私はホッとした、やっと不安から救われたような気がして嬉しくなった

やっぱり自分だけは本当のコトを知っていた

イングヴェィは私の妄想じゃない、夢でも幻でもないんだ

「よかった…」

一安心してから、とりあえず外で立ち話もなんだからってコトで私はセリくんの部屋でお茶とお菓子を出してもらった

「この前、美味しいケーキ屋さん見つけたんだ」

そう言って出されたのは見ただけで美味いとわかるレモンタルト

ブレンドされた紅茶はお砂糖なしなのは私達の中ではいつも通り

美味しいケーキと紅茶に私達は幸せな一時を過ごす

「あのね、みんながイングヴェィは私の妄想の王子様だってバカにして笑うんだよ

酷くない?」

「酷いな」

「でしょ!!?腹立って殴ろうとしたけど、もしかしてそうなのかもって不安になって

でもよかった、セリくんが知ってるって言ってくれたから安心できたよ」

「………。」

……あれ?なんか…おかしい

「…えっ?」

セリくんは私を真っ直ぐに見ては何かを考えるようにフォークを持つ手を止めた

「いや…うん、セリカのそういう女の子っぽい所は俺は大好きだぜ」

「はっ?何が?」

はじめて自分がわからないと思った

私の考えも気持ちも何もかもセリくん自身であるハズなのに

私が…私は自分を……

「セリカには理想の王子様がいつも頭の中にいるってコトは知ってるよ

セリカだって夢と現実の違いくらいわかってるだろ?

俺はそれでも良いと思うし止めろなんて言わねぇけど…少しは現実を…レイのコトも考えてほしいってのは……ある」

セリくんは言いにくそうに私から視線を反らす

大親友のレイの恋を応援しているセリくんにとって、自分のコトは自分が1番わかっててもそれでも大親友のコトだって気遣いたい…

だけど…言ってるコトはわかるのに

「なんで…そんなコト…言うの」

私の言葉が漏れるとセリくんの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる

それは私の涙だった

自分に自分が否定された瞬間だった

私がイングヴェィは自分の妄想だと認めたんだ

嘘じゃない、今は自分を偽る時じゃないんだから

イングヴェィは…私の妄想で、夢や幻と同じなんだ

「セリカ…!?」

「もういいよ!!」

辛い、苦しい、悲しい、寂しい…

ずっと傍にいてくれた人は、本当は全て私の妄想だったなんて

全部…?私は信じたくないのに、私がそう言ってる!!

イングヴェィが助けてくれたコト、守ってくれたコト、私の全てをわかっているのにそれでも好きって言ってくれたコト、どれもこれも全て私の妄想なんだね

当たり前だ、そんな完璧で自分の都合の良い人がドコにいる?

イングヴェィの…私が大好きだったあの笑顔は……現実に存在しないんだよ

「セ…リカ……」

セリくんの手が私へと伸びてくる

この手を払いのけたら、私はまだイングヴェィを現実にいると信じるだろう

「……そうだね…セリくんの言う通り、レイのコトを真剣に考えてみるよ」

私はセリくんの手を取った

泣きながら笑って…

この気持ちはセリくんに伝わっているからセリくんは苦しそうに私を見下ろして手を握った

バチが当たったんだ

私を愛してくれる人にちゃんと向き合わなかった私への罰

イングヴェィは最初から存在しない

いなくなった時にその人の大切さに気付くってよく聞くけど、私はそうならなくても大切なものくらいわかると思ってた

全部…今までのコトは…私の妄想…

はじめてイングヴェィに貰ったウサギのキーホルダーだって、ないんだから……

何も、何も残っていない、何もないのだ

だって彼は私の妄想なのだから…

救われたかった私の都合の良い妄想の王子様



暫く私はここに滞在するコトにした

セリくんの言う通りにレイに向き合うつもり

チンピーには香月にそう伝えてと帰らせた

「セリカが暫く一緒にいてくれるなんて」

部屋に帰って来たレイが私を見て驚きながらも喜んでくれた

「嫌なの?」

また私は可愛くない言い方をしてしまった…

「嬉しいよ」

可愛くない言い方をしても、レイはいつもの爽やかな笑顔で私を見てくれる

……やっぱイケメンはイケメンだった

「元気がないようだが、何かあったのかい?」

「失恋した」

失恋かどうかも微妙な所だけど…これは大切なものをなくした気持ちだと思う

「…セリカに好きな男がいたなんてな」

「そうね、妄想のね」

「あぁ」

納得した!?もしかしていつもそう言う女だと思われてた!?あっドリーマーなんだ~…みたいな!?

「セリカは理想が高いから、オレはセリカの理想に近付けるように頑張るよ」

でも、レイはキルラ達と違ってバカにして笑ったりしなかった

「セリカに好きになってもらいたいからな」

「レイって…イケメンだよね…」

ちょっと…意識すると、レイのたくさん知っていた良い所を認めるようになる

認めると…なんか心が温かくなる

愛されてるってこういうコトなんだ…

なんで今までレイの素敵な所を見ようとせずに目を反らしてきたんだろ…

「ってか、年下の癖に生意気!」

恥ずかしくなって照れ隠しにツンとしちゃった

「明日はセリカが元気になる所へ遊びに行こう」

レイはセリくんにするのと同じように私の頭を撫でた

違うのは、そこに恋があるかないかだけ

「デートするなんて言ってない!」

「オレもデートとは言ってないぞ?」

うっ…

「生意気だ!!」

「ハハハ」

レイの笑顔を見てると現実も悪くないのかもしれない

私は今まで何もちゃんと見てなかった

「…俺、お邪魔なら別の部屋で寝るけど」

「それはダメ!!」

セリくんが出て行くのを私は必死に引き止めた

「襲われちゃう!!男は危険!!」

「別にレイならいいだろ?

あっでもレイははじめてだから優しくは出来ねぇかもな、アハハ」

「オマエなんか私じゃない!!!」

絶対楽しんでる…いくらセリくんが私だと言っても恋愛は別々だ

つまり他人の恋路は面白いってやつだ…

「俺はセリカだぜ?レイとそういう関係になったら俺にも全て伝わるって覚悟はしてんだからよ」

セリくんには余裕があった

和彦と香月が恋人で、和彦とは前の世界からの付き合い

私よりも経験値も高いから…

私はと言うと恋人も好きな人もいなかった…から、正直どうしていいかわからない

よくわからない感情や考えがグルグルと頭の中を回っているとレイがセリくんと私を片腕ずつ一緒に抱き上げた

「3人で一緒に寝ればいいさ、セリも遠慮する事はない」

「レイ…いいの?セリカと2人っきりじゃなくても」

「セリが嫌でなければ」

そして、私達はレイを真ん中に挟んで3人で寝るコトにした

私はなんだか落ち着かなかった

レイに襲われるかも!なんてコトに怯えてるワケじゃなくて…

男の人とこうして一緒のベッドで寝るってコトがなかったからだと思う…

妄想から現実へ…私はそれが慣れていないだけなんだよね…

まだ付き合ってないのに一緒に寝るって変なのに、セリくんがいつも大親友と一緒に寝てるから変に感じない不思議

…ってか、好きな女が隣で寝てるのに何もしないって健全な男子としてどうなのレイ!?

でも、そういう所もレイの良い所だよね

安心できるよ…



-続く-

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