90話『運命の人』イングヴェィ編

セリカちゃんは運命の人を疑っていた

その恋も愛も、全ての気持ちは得体の知れない何かが勝手に決めて押し付けているのだと

そんなものは本物じゃない、ウソの幸せ…だって

俺はウソだなんて偽りだなんて欠片も思わない

ちゃんと運命は本物だよ

好きになったのが君で、君に恋をして、君を愛して、よかったと心底思っている

君以外が運命の人だと言うなら消えてなくなりたい…

そんなの俺は生きていたくない…

何を言ってもしても、君は全てウソだと俺を否定する

「イングヴェィ…私は貴方を嫌いとは思ってないわ…

でも、私はこれが運命だと信じない

私の運命は私が決めたいの…だから、私は貴方を…」

君を愛するコトが俺の幸せ

君の好きな所は全て、過去も未来も現在も愛してる

激しく嫉妬したりするから良いコトばかりじゃないけど

俺は生まれてから数百年、君に出逢うまでは何もなかった

何を見ても聞いてもしても…何も感じない

香月くんのように無感情と言うワケではないけれど、それに近くてとてもつまらない毎日

生きている感覚すらない

俺は生まれた時から何かがないコトに気付いていた

でも、それが何かなんてわからなかった…

君に出逢って、それはすぐにわかった

俺になかったものは運命なんだって、愛なんだって

だから…君に愛してもらえなきゃ俺は死んじゃうんだよ

君と恋をするために生まれてきたから、君を愛するために存在するのだから

俺にとって運命は命そのものだった

得体の知れない何かが勝手に決めたコトでも、そうじゃなくても俺は君を自分で選んだと言い切るよ

俺の命が運命なら、それは俺自身が決めたコトになるから

だから!お願いセリカちゃん!!俺を、否定…しないで……

「イングヴェィ…私……」

ウソじゃないよ、本当に死んじゃうよ

こっちを向いて…俺を見て、消えてしまいそうな手を掴んで引き戻して

もう君を呼ぶ声も出ない……

悪夢だ、こんなの…

邪魔されてるんだ、誰かが俺とセリカちゃんの仲を引き裂こうとしてる

許せない…そんなの絶対…

だって、セリカちゃんは俺を愛してるでしょ

両想いだもん

なのに…俺はこんなに不安になって、セリカちゃんの幻を見てる…嫌な…嫌な…幻

これが現実になるコトを恐れている

「知ってるの…イングヴェィは私の恋人を殺したんだってコト」



生まれてから、俺はとりあえず生きてるだけだった

何をしても楽しいとも嬉しいとも幸せとも感じない

忘れるくらい昔に同族から「プラチナは運命で生きている」と聞いたコトがあるような気がする

その時はそんなもの俺にはないと思って聞き流していた

その人は、どんな運命で生きていたんだろうと今になって思う

あの世界で俺は自分の好きに自由に振る舞っては、世界を恐怖させていたかもしれない

俺より強い者は誰もいなかったし、俺のプラチナの力は最強だった

想像したコトが現実になる能力

それでも、想像できない運命も

楽しいコトも嬉しいコトも幸せも知らない俺にはどうしようもなかった

何も感じ取れない感情の中でもとくに恋愛のコトには何故か強い嫌悪があった

それが自分にないもの、運命だと後で知るけれど

だからこそ無意識にでもないものに嫌悪したのかもしれない

そして、俺は君に出逢った

ユリセリさんの能力で別世界を見に行くのは遊びのひとつだったよ

やっと、たくさんある中でついに君のいる世界へと…その時代へ辿り着く


街では君の噂を聞いた

存在するコトで世界を平和に保つ綺麗な聖女には騎士の恋人がいると言う話

みんなの憧れとなっている

恋人とか恋愛とか、俺にはよくわからないのに街のとくに若い女性の間ではそれが美しいものだと語られるのを聞くと

何故か気になってしまう

騎士と聖女のカップルに素敵と憧れるだけじゃなく、自分に恋人がいるコト好きな人がいて恋をするコトに

それはとてもキラキラして素敵で幸せなコトだと盛り上がっていた

俺は恋人がいるコトはなかったし、好きと思うコトもなかったし、恋人の付き合い方とか、愛すらもわからなかった

何も…

いつもなら話を聞いても興味なんて持つコトなかった

だけど、何故かその素敵なカップルと言われる街のみんなが憧れる聖女様とやらを一目見るのも暇潰しにはなるかと思った

どうせ不老不死の俺には時間なんて永遠にあるのだから、たった少しの時間を使うコトに勿体ないと思うコトはない

そうと決まれば俺はその噂の聖女様がどこにいるのかを教えてもらい聖殿と言う場所へ向かった


聖殿に辿り着くとシンと静まり返って神秘的で神聖な空気が漂っていた

聖殿の周りには数人の警備をしている騎士達がいる

あの中のどれかが聖女の恋人だろうか?

みんな同じ顔に見えるけど(モブだから)

まっ、こんな手薄な警備じゃ侵入するのは簡単

守る気あるのかなって思う、俺が悪い奴だったらどうするんだろう?

うっかりみんなの聖女様を殺してしまうかもしれないのに、アハハ

そんなコトを思いながら俺は簡単に聖殿への侵入に成功する

「余裕、余裕っと」

聖殿の中は外よりさらに神聖さを感じた

白で統一された真っ白な内装はとても綺麗に掃除されていて、最近建てられたかのように錯覚するほど清潔さが維持されている

高い天井の所々から差し込む太陽の光が言葉に出来ないほど美しく幻想的

静かに優しく水の流れる音にも癒される

それほど大きくはない聖殿の中を少し歩くと、たったひとりの女の子を見つける

外には数人の警備員がうろついているのに、ここにはその女の子以外誰もいない

天の光が彼女に当たって……

「綺麗…」

言葉が勝手に口からこぼれ落ちる

とても綺麗だと思った

たくさんのものを見てきた俺が生まれてはじめて綺麗だと思った

綺麗が何なのかもよくわからなかったのに、君を一目見ただけでその言葉以外出て来ない

一歩一歩近付くと俺に気付いた君は顔を上げる

目が合った瞬間、俺の心臓が跳ね上がる

ど、どういうコト…?なんなのこの感じ?

顔も熱い、耳まで真っ赤になっているのが自分でわかるくらい全身の隅から隅まで何かが走り抜ける

ドキドキする…バクバクする…

とても恥ずかしいから静まってほしい、でも静まってほしくない

これって、とてつもなく大切な感情だとわかるから

「あ…あの……」

何故かちゃんと喋れない、頭の中が全部吹っ飛んで君しかいない

知らない君で頭の中が一瞬でいっぱいだから、何を話していいかわからなくなったの

「だ、誰ですか……」

君は突然現れた俺を警戒するように少しだけ身を引いた

でも、その顔は少し赤いような気もする

色の白い君の肌がほんのりとピンク色に染まって、さらに可愛くなる

「驚かせてごめんね、俺はイングヴェィ

イングヴェィ・ラモスト・マックフィールド」

「イングヴェィ…」

君に名前を呼ばれて心がきゅっとなってこれ以上ないくらいに熱が上がる

ひょっとして俺は未知の病にかかってこのまま死ぬんじゃないかってくらいだよ

意識して自分を保っていないと倒れてしまいそう

「私は…セリカ、セリカ・カーニバルです」

「セリカちゃん…」

セリカちゃん、セリカちゃん、セリカちゃん…なんて良い響きなんだろう

なんて…嬉しいんだろうね

たったひとりの女の子の名前を知っただけで、どうしてかわからないくらいとても嬉しかった

「そっちに行ってもいい?」

「ど…どうぞ……私の椅子は大きいから」

一歩近付くとセリカちゃんはビクッと身体を震わせたが、俺が座れるほどの幅を開けて横にズレてくれた

近付く度に俺の心臓は激しくドキドキする

これ以上は死んじゃう!って思うのに、限界なんてないみたいに

そして俺は死んだりしないし…ううん死ねないよ

だって…俺は君に、セリカちゃんに一目で恋に落ちたんだから

ハッキリとこの気持ちがそうなんだって、誰に教わるコトもなくわかった

この感情が今まで俺になかったとっても大切なもの

恋と愛だよ

俺は一瞬でセリカちゃんに恋をして愛してしまった

「お邪魔するね」

「はい…」

ぎこちなく隣へと座る

………どうしようかな、沈黙が…辛い

聞きたいコトも話したいコトもたくさんあるハズなのに、緊張して…

この俺が緊張するなんて…はじめてだ

まだ何もはじまってないのに嫌われるコトを恐れている

恐れるコトもはじめてだった…

まだ5分も経っていないのに、俺はいくつもの感情を巡らせていた

もし嫌だったら大声をあげて外の騎士達に助けを呼ぶよね…しないってコトは嫌じゃないってコト…でいいよね?

「あっ、さっき街で聖女の話を聞いたんだけどそれって君のコト?」

何か何か話さないと!話さないと!!

「うん…でも私なんて本当に聖女と呼べるかどうか……」

君は苦笑する

謙遜してるのかな?俺はその綺麗な容姿に聖女はピッタリだと思うけど

長い黒髪にスベスベの白い肌、華奢で小柄で中性的な顔立ち

俺は大好きだよ!!

「どうして聖女と呼ばれてるの?」

街では存在するだけで平和を保つとかなんとかウソくさい迷信みたいな噂を聞いたけど

俺が聞くとセリカちゃんは手の中に炎を見せてくれた

なんて綺麗な色をした炎魔法なんだろう

見惚れてしまう…炎じゃなくて君の横顔を……俺ってキモイね

「炎は浄化、鎮魂、闇を照らす…

そして」

セリカちゃんは近くに置いてあった短剣を取り出し自分の指を切った

「セリカちゃん!?」

君の綺麗な指から血が!?どうしてこんなコトを!?

セリカちゃんが傷付くコトに胸を締め付けられるほど苦しくなった

俺には自己回復能力があるけど、人間はそんなコトできないよ

その変わり人間は怪我したら舐めとけば治るって誰かが言ってたのを思い出して、俺はセリカちゃんの手を掴んで血が溢れる傷口を自分の口元に運ぼうとしたら

「大丈夫、ほら治ったよ」

慌てふためく俺に笑顔を向けるから君の怪我をした指をよく見ると血は止まり傷は綺麗に消えていた

まだ舐めてないのに傷が治ってる…舐めたかったのに残念……俺って変態だよね

「瞬間回復魔法、この2つで私は聖女って呼ばれるみたいね」

瞬間回復魔法!?信じられないけど……それってとっても凄いコトだよ

回復魔法ってだけでも難しい魔法で人間じゃなかなか使える人は少ない

神族ですら瞬間はありえなくて回復魔法の発動までに時間がかかる

あっ…さっきまで舞い上がり過ぎて気付かなかった

瞬間回復魔法に驚いて少し冷静になる

よく見るとこの子は人間だけど、神が創った人間じゃない…

天が創った人間なんだ…そうか、だから…特別な力があるんだ

天はたったひとりの人間を創ったと言う伝説があった

それはどこの世界の話なのか、どこの世界の誰かはわからなかった

ここで…無数にある世界から出逢えるなんて……運命だよ

「素敵な力だね、間違いなく君は立派な聖女様だよ」

まっ俺は君に特別な力がなくても恋に落ちたね、絶対

ニッコリ笑う俺とは反対に君は複雑そうに微笑む

どうしてそんな顔をするんだろう…

君の満開の笑顔が見たい…な…

チクリと心が痛む、君の笑顔は

「ねぇ、外に行かない?」

話し始める前は緊張で臆病だったのに、話し出すともっとと欲深くなっていく

俺が手を差し出すと君はその手をじっと見つめる

「……お外…出たらダメだって言われてるから、勝手に出たら怒られちゃうよ」

怒る奴、全員殺してあげるから誰も怒らないよ…って言えなかった

殺すコトは簡単に出来るけど、その言葉で人間の君には嫌われるかもって思ったら恐くて

「出たら怒られるってコトは外に出たコトないの!?そんなのつまらないと思うけど…」

「うん、特別な時しか…退屈よ

でもこれがあるから私は大丈夫」

椅子の下からペンとノートを取り出して見せてくれる

その時の君の笑顔はとても幸せそうだった

「これは、私が創って書いた物語り

12歳くらいから書いてるから10年ちょっとかな、たくさん書いても全然飽きないから楽しいのよ」

「セリカちゃんが書いた物語り?読んでみたいな」

「恥ずかしいから嫌」

照れてすぐに椅子の下へと隠されてしまった

「残念だけど、セリカちゃんが恥ずかしいなら仕方ないなぁ

セリカちゃんが俺に読んでほしいって思ったら、その時に」

「うん!」

それから俺は色んな話をした

自分の世界のコトとか、色んな世界のコトとか、セリカちゃんのコトもまだまだ知らないからたくさん聞いた

でも、その中で俺は噂の恋人…騎士の話は聞けなかった

避けるように会話した

相思相愛で誰もが憧れる恋人同士の2人…

聞きたくなかったんだ……

恐かった…君が他の男を愛しているって、その唇から聞くのが…

認めたくないから、君が他の男のものだってコトを

真っ黒でドロドロして醜い感情が溢れ出るのを…気付かれたくなかった

君を幸せに出来るのは俺だけなのに

君を守るのも助けるのも救うのも俺だけなのに

君の運命の永遠の恋人は俺以外ありえないのに…

俺が君の恋も愛も独占したいんだ

「すっかり暗くなっちゃったね」

セリカちゃんが眠そうになったのを見ていつの間にか聖殿の中が暗くなっているコトに気付く

セリカちゃんの炎が夜の闇を照らして、昼間と違う幻想的で美しい聖殿の顔を見せてくれる

………なんだろう…夜になると…昼間とはまた別の感情が…

セリカちゃんが体温を感じるほど近くにいると……ムラムラすると言うか…変な気分に…

「俺…!帰るね!また明日来るよ」

このままいたら俺は君を傷付けてしまうんじゃないかって自分を抑え込む

「あっ…そうだね、もう暗くなったから」

触れたくなる…髪も頬も唇も肩も手も…君の肌に、ぬくもりを感じたくなる

大好きだって思うから…

この腕に閉じ込めてしまいたい、抱きしめたいと思う

これが…誰かを愛してるってコトなんだね

嫌われたくないからダメだよ…

でも

「今日はセリカちゃんと出逢えてよかった」

「楽しかったよイングヴェィ、ありがとう」

君の笑顔にキュンってなる

やっぱりずっと顔が熱い…胸が苦しい

苦しいのにそれが心地よくてずっとこのままで良いって思う

「あの…握手してもいいかな?」

「えっ?」

「挨拶だよ挨拶!まだしてないなって…」

君に触れたいがために見苦しい言い訳…

くっそ~!なんでこの世界はハグが挨拶の文化じゃないんだよ!?

ハグか頬にキス……

「はい」

セリカちゃんは差し出した俺の手を掴み握手してくれた

もう死んでもいい…倒れそう、嬉しすぎて

あ、あったかいな……人間って俺と違って体温があるコトは知ってたけど、こんなに温かくて優しいものなんて知らなかった…

小さな手…簡単に潰れてしまいそう

力の加減ができないくらい胸が高鳴るけど、俺はセリカちゃんの手を握り潰さないように優しく弱く握った

瞬間回復魔法があるから万が一潰してしまっても大丈夫とかそういうコトじゃないんだよね

俺はセリカちゃんを傷付けたくないから…

「イングヴェィの所も挨拶は握手なの?」

「ん?」

「私の世界はいくつか国があってこの国では握手が挨拶だけど、西の方じゃハグが挨拶だったりするの」

「そうな…」

あぁ…俺はなんて卑怯な考えが浮かぶんだろう

君のその問いに俺は自分のズルイ部分に迷った

俺の世界ではハグが挨拶だったかな

俺は挨拶は言葉(こんにちはとか)だけだったからハグで挨拶したコトなんかなかったけど

他の世界だと男性は女性への挨拶が手の甲にキス

頬にキスの世界も……

迷った挙げ句、俺は嘘をついた

「…俺の世界では……頬に…キスするんだよ」

うわー!!俺最低!!知らないからって君を騙して……

自分が君にキスしたいからって…こんな嘘…マジでホントに俺ってクズ、死にたいよ…

「頬にキス……」

嘘をついたコトへの罪悪感で君と目が合わせられなかった

「ごめんなさい!!嘘です!!」

最悪最悪、君を傷付けたくないって思っておきながらこんなの君の心を傷付けてしまうコトだった

どうしてこんなコト……最低だ、俺

すぐに自分の過ちを消し去りたかった

だからって一度出てしまった言葉は消えてはくれない

「嘘でよかった」

「えっ…?」

「その世界の文化ならおかしいコトじゃないから受け入れないといけない

でも私の世界でキスはとっても大切な意味があるの

だから、頬へのキスでもたくさんの人にするのは私は出来ないって思っちゃうから…

挨拶だからってキスされたら…頭ではそれが文化だってわかってても、そういうコトに慣れていないから…」

セリカちゃんは数ヶ月前くらいに西から来た異邦人の男の人にいきなりハグされてビックリしたらしい

西の人間は挨拶がハグってのは前から知ってて頭ではわかってても実際にはそういうコトに慣れてなくて身体も心も驚いて、無意識でも相手に失礼な態度を取ってしまったと申し訳なさそうにした

突き飛ばしたワケではないけど、身体がビクッとなって避けてしまったみたい

この国ではハグも特別な意味を持っていて、なかなかするコトじゃないと言う

なんとなくわかる気がする

俺もハグとかキスってしたコトがない

でも、セリカちゃんにはじめて会って自然とハグとキスがしたいって思った

ハグもキスも親愛なる友人達へと言う意味がありながら、もっと深くて…大切なたったひとりの愛する人への愛情表現でもあるんだね

「それじゃあ…挨拶じゃなかったらいい?」

返事を聞く前に俺はセリカちゃんの頬へとキスしていた

はじめてのキス…見よう見まねで震える自分を必死に保って君の頬に

「ッまた明日!バイバイ!!」

恥ずかしくて君の顔も見ずに君の声も聞かずに俺は聖殿から飛び出した

ごめんねセリカちゃん、卑怯な俺で

嫌がるコトしちゃったかも

さっきキスは大切なものって話を聞いておいて、これだもん

幻滅されちゃったかも、嫌われちゃったかも……

でも…止められなかった、自分の気持ちを

君のコトが大好きすぎて…君に触れたくて……どうしようもなくて

俺の運命の人…俺の全て、やっと見つけたんだね

あぁ…ずっと…ずっと……顔が熱いよ…

もう秋なのに…少しも涼しくない



次の日、俺は朝からセリカちゃんに会いに行った

昨日のキスのコトで顔を合わせ辛いハズなのに俺のメンタルはとても強く、何故か超ポジティブだった

セリカちゃんが嫌がるハズないよ

だって俺の運命の人だもん!!

「セリカちゃん!おは…よ」

あっまだ寝てる…静かにしなきゃ!!

朝の5時に聖殿に来るとセリカちゃんはまだベッドの中で静かに眠っていた

会いたくて早く来すぎちゃった

まいっか、セリカちゃんの寝顔眺めてるから

もういっそここに住む?セリカちゃんとずっと一緒にいたい

けど…ユリセリさんの力でこの世界に来ている俺はそんなに長くいられない

残り数日…帰りたくない…帰りたくないな…

傍にいてほしい…ずっと永遠に俺の隣に


数時間後、セリカちゃんが目を覚ますと凄く驚かれた

「おはよう、セリカちゃん」

「イングヴェィ!?いつからそこに…」

「3時間くらい前から、早く会いたくて」

起きたのにセリカちゃんは恥ずかしがってベッドの中にまた潜り込んでしまった

「く、来るのはいいけど…レディの部屋へ勝手に入っちゃダメ、失礼だよ!」

失礼…そんなマナーを知らなかった俺は急に自分の無知さと無礼さでセリカちゃんに恥ずかしい思いをさせたコトに後悔した

自分の気持ちばっかり大きくなって押し付けて満たそうとして、セリカちゃんのコト気遣えてなかった…

もう俺ってば何やって…昨日今日と失敗ばかりだ!

昨日は聖殿の誰でも入れる所だったけど、今日は聖殿の中にあるセリカちゃんの寝室に入ってしまっていた

「ご、ごめんね!すぐ出て行くから!!」

急いで寝室から出てドアの前で落ち込んでしまう

うぅ…どうして失敗ばかりしちゃうんだろ、上手くいかないな…

暫くして着替えたセリカちゃんが寝室から出てきた

「セリカちゃん!さっきは!」

「許します」

頭を下げようとしたらセリカちゃんに制されて笑われた

「許して…くれるの?」

「私は聖女様だからね」

ふふふってセリカちゃんは冗談っぽく可愛く笑う

「セリカちゃん…」好き!!

君が笑顔を向けてくれると自然と口から愛がこぼれ落ちてしまいそうになる

伝えたい…けど、それを言ってしまったら「恋人がいるから」って拒絶されるのがこわいから

知ってほしいのに、聞いてほしいのに…ね

「あのね!今日はセリカちゃんとお外に行きたいと思って」

「外は怒られちゃ…」

「大丈夫、大丈夫!怒られたら俺がなんとかしてあげるからね」

君を怒る奴なんて殺して黙らせてあげるよ

戸惑う君の手を掴み強引に連れ出す

見張りに見つからないように

セリカちゃんは少しの間は心配をしていたけれど、すぐに外の世界の楽しさに夢中になってくれる


「わっ…スゴイ…」

近くの城下町は賑やかでいつもお祭りムードのように楽しい雰囲気が流れている

「この素敵な音は…はじめて聴いた…」

「ケルト音楽だね」

セリカちゃんは音楽に凄く感動していた

「ケルト…音楽…」

暫く聴いていたセリカちゃんは遠くで別の音楽が聴こえて来るのに気付き、次はあっちと俺の手を引っ張った

セリカちゃんから手を繋いでくれるなんて…嬉しい!!

とくに俺のコトなんて何も思ってないだろうし、音楽に夢中なんだろうけど…

嬉しいのに悲しい

「この曲も綺麗…懐かしい感じがする」

「クラシック音楽だよ」

「クラシック!スゴイ!!あっ、あっちは!?」

自分の好みの音の方へ方へとセリカちゃんは嬉しそうに進む

「アイリッシュ音楽」

「うぅぅっ、あれもこれもそれも全部私好き!!」

カントリー音楽、ブルーグラス音楽、セリカちゃんは夢のようだと感動しっぱなしだった

好きって言われる音楽達に嫉妬しちゃう

俺は楽器は全然ダメだもん…音楽は歌を唄うコトしか…俺はできない

でもセリカちゃんが好きなのは楽器だけの音楽ばかりで歌の方には少しも興味を示さなかった

「私の耳を幸せにする音、これ全部持って帰りたいわ

いいな、私の所にはこんな素敵な音は聴こえて来ないもの」

「外には出れないの?許可を貰ったりして」

「お祭りやパレードに出るコトはあるけど、こうして遊び歩くコトはなかったかな

外に出ると穢れが~とか言って、お偉いさんは頭が固いのよ」

お祭りもパレードも神聖な行事の時のみでいつもじゃないとセリカちゃんは不満そうにする

「聖女様だもんね…信じてる人は何処の世界にもいるね」

「……外に出たくらいで…閉じこもってる方がよっぽど毒だ」

外へ出る前は怒られるコトを気にしていたけれど、今はすっかり吹っ切れて全力で楽しもうとしている

「次!あっちが見てみたいわ、可愛いものや綺麗なものがたくさんチラチラ見えてるの」

マーケットの方を指差してセリカちゃんは笑う

それじゃ行こうかって今度は俺から手を繋いで連れて行く

たくさんあるお店を順番に回って、何もかも新鮮だと喜ぶ

「これ…可愛い…フワフワでモコモコで、全体的にめちゃくちゃ可愛い」

セリカちゃんは商品を抱き上げる

「ウサギのぬいぐるみだね、可愛いね」

「えっ!?ウサギってあの動物の?

全然ウサギさんに似てないよ!?顔の形も尻尾も身体も違うもん、似てるのは耳が長い所だけ」

「ん~そうだね、その隣にあるのはクマのぬいぐるみだから」

「ウソでしょ!?本物のクマさんはこんなに可愛くないぞ!?人殺して食うし!!

私の所にクマに襲われて重傷を負った人が来るコトだってたまに…」

「リアルに作るより、セリカちゃんが可愛いと抱き締めたくなるような癒やしを目的に作ってると思うよ」

「なるほどね、本物のウサギさんも可愛いけどぬいぐるみのウサギさんも可愛くて好き」

可愛い可愛いとウサギのぬいぐるみを撫でている

「セリカちゃんが気に入ったならプレゼントするよ」

俺がそう言うとその手を止めてセリカちゃんはそっと元あった場所に戻した

「ううんいいの、次いこ次」

遠慮してるんだろうけど、その遠慮がなんだか他人行儀っぽく感じて俺は複雑な気持ちになる

そんなに高価なものじゃないし気にしないで、喜んで受け取ってくれたら…

俺は君が喜ぶ顔が、嬉しい顔が、見たくて

自己満足なんだよ、俺のね…

いくつか先にあったお店でセリカちゃんはまた興味を持って足を止める

今度はアクセサリーショップだ

キラキラした可愛いアクセサリーを真剣に見ているセリカちゃんを見て、やっぱり女の子なんだなって思うのとその姿がまた可愛いんだってにやけてしまう

「あっこれセリカちゃんに似合いそうだよ」「あっこれ可愛い」

俺とセリカちゃんは一緒に同じアクセサリーを手に取った

パステルカラーのふんわりした色のビーズと天然石を繋げ合わせていて真ん中にはピンク色の花の形をしたネックレスだ

2人で同じものを選んでしまってお互いの顔を見ては笑ってしまう

「セリカちゃんが気に入ったなら今度こそプレゼントさせてね」

「そんな悪いよ」

また遠慮なんかしないでよ、そんなコトされると俺からの愛は受け取りたくないって…深読みしちゃうから

俺は君が喜ぶ顔が見たいの、ダメかな?

「お兄さん、それは子供向けの商品ですから彼女にプレゼントしたいならこちらの方が」

店番のおじさんに言われてみると、子供向けの値段が貼られている

「本当だね、それじゃそっちの中からセリカちゃんに似合うアクセサリーを」

ゼロが2つ増えた商品の一覧の中からまた選ぶようにセリカちゃんに言うと首を横に振られてしまう

「そんな高いものいらないです…私はこれが気に入ってるからこれがいい」

「遠慮しなくていいよ、そんなに高くないし」

セリカちゃんは頑なに首を横に振る

……それって、恋人以外からはプレゼントされたくないってコトなのかな

高価な物を貰ったら返せないもんね…好きでもない人には…愛を返せないもんね…

また嫌な感情が渦巻く

「セリカちゃんがそれを気に入ったなら…」

「あっ!買ってほしいとかじゃなくて」

セリカちゃんが止めるのも聞かず俺は店番のおじさんにお金を渡す

店番のおじさんは年頃の女の子がそっちの商品を選ぶのは珍しいと苦笑しながらも売ってくれた

「ありがとうイングヴェィ、ごめんね

でも凄く嬉しい…」

ちょっと強引だったかもしれないけど、セリカちゃんはネックレスをとても喜んでくれた

その君の笑顔を見ると俺の真っ黒な感情は消え去っていくかのように晴れてしまう

「喜んでもらえてよかったよ、それ付けてあげるね」

「お願いします」

セリカちゃんからネックレスを預かって後ろに立ち首へと回す

留め具を付けたらネックレスの内側に入ってしまった髪をまとめて外側に出してあげようとした時、またドキッとしてしまう

綺麗な黒色の髪…サラサラでツヤツヤ、ネックレスの外側へとまとめた髪から手を離すと微かに良い香りがする…

俺は何もかもセリカちゃんの虜だよ、本当にね

「可愛い?」

ネックレスを付けるとセリカちゃんは俺の方へ向いて首元のネックレスを指差した

子供向けと店番のおじさんは言ってたけど、セリカちゃんにはパステルカラーがよく似合ってネックレスがおもちゃっぽくなく何もおかしくはなかった

むしろゼロが2つ増える大層なキラキラした大きな宝石たちより、セリカちゃんにはずっとずっと…このネックレスが似合っている

高価なものが似合わないんじゃなくて、デザインがとてもセリカちゃんに似合っているの

このネックレスがゼロ3つ増えて高価になっても君に似合うから迷わずプレゼントするよ

「可愛い…とっても…」セリカちゃんが…

いつも見惚れてるけど釘付けだよ

「うん…そうだ!イングヴェィにお返ししなきゃ、何かほしいものある?」

セリカちゃんの言葉にピクリとまた嫌な気持ちが反応してしまう

借りは作りたくないってコトかな…

「セリカちゃん、お金は持ってるの?」

「………はっ、なかった…何もお返しできない…申し訳ない」

お金がなければ何も買えないってコトを思い出したらしく落ち込む

何も…お返しできないか

俺がほしいものはお金では買えないものだよ、物なんかいらない…

セリカちゃんがほしいから、俺は君の愛がほしい

だから謝らないで……

そんなに…君はあの騎士の恋人が好きなの?

「いつか!お返しするね!」

「気にしなくていいよ」

真っ黒な気持ち、抑え込んでいつも通りに笑う

物なんていらないよ…お返しされたら…君は俺のコトを忘れちゃうでしょ?

忘れて…好きな人と……

そのネックレスだって明日には付けていないかもしれない

「なんだか…さっきから私ばっかり楽しんで

イングヴェィは何か見たいものとかしたいコトはある?」

「んーそうだね…」

見たいものはセリカちゃんの全てだし、したいコトもセリカちゃんだし

それ以外は何も思い付かないな~

セリカちゃん以外興味ないもん

「うん、行きたい所ならあるよ」

気に入るかどうかわからないけど、今日色んなものを見てセリカちゃんの好みがなんとなくわかった気がする

セリカちゃんは可愛いものは自分から手に取るけれど、綺麗なものは遠くから見つめているだけで…


俺はセリカちゃんを連れて城下町から少し離れた湖へと連れて行く

遠くまで続く周りには何もない鏡のような湖は真っ白な雲も真っ青な空も写している

セリカちゃんに出逢うまではこの景色が綺麗とは感じなかったのに、君と出逢ったらこの景色が君の好きな綺麗なものだとわかった

「……綺麗だね…」

さっきまでのはしゃぎようとは違って、セリカちゃんはゆっくりと湖の中を歩く

「私、綺麗なものって大好き…」

大好きって言葉なのに、その表情はどこか切なく儚げだった

「夜はまた違った綺麗な景色が見られるよ」

「うん…

ふふ、ここに私が喜ぶと思って連れて来てくれたんだよね?」

俺が行きたい所って聞かれていたのに、セリカちゃんにはバレバレのようで笑われてしまった

ウソは言ってないよ!?セリカちゃんが喜ぶ所が俺の行きたい所、間違ってないでしょ?

「セリカちゃんが喜んでくれるなら、ここ以外にも世界には綺麗なものがたくさんあってね」

また一緒に…遠くへだって君を連れて行きたい

もっともっと長い時間を君と過ごしたいのに

真っ青だった景色が少しずつ赤く染まっていくと

「…そろそろ帰らなくちゃ」

君は名残惜しそうに空へと顔を向ける

夜までは一緒にいられないか…

「セリカちゃんと過ごせて幸せだったよ

聖殿まで送るね」

「ありがとねイングヴェィ、今日も楽しかった!」

帰り道くらい手を繋ぎたいって思った

けれど、手を出そうとしたのと同じくらいのタイミングでセリカちゃんが帰り道を歩き出す

俺の……意気地なし……

何も掴めなかった手を痛いくらい握り締めて俺はセリカちゃんの隣へと駆け寄った



聖殿にセリカちゃんを送ってバイバイする

最後まで楽しかったよってセリカちゃんは俺に笑いかけてくれた

とても名残惜しくて離れたくなかったけど、また明日会いに来ればいい

まだ明日は大丈夫、まだこの世界にいられるから

自分にそう言い聞かせて納得して俺はまた城下町へと戻った

泊まりの宿でひと息つくと、自分が嫌になる

「うわあああああああ!!!

どうして俺は何も出来ないの!?いつもなんでも自分の思い通りに出来て生きて来たのに!!!」

部屋の中で叫んで自分の何とも言えない気持ちに何かが湧き起こる

「ドンッ!!」

隣の部屋から壁を強く叩かれた

「すみません…」

生まれてはじめて他人に謝ったような気がする…

いつもの俺ならドンッ!!って返してそのまま壁ごと人間も吹き飛んで殺してるね

そう…いつもの俺ならこうやって宿を取るコトもなかった

適当な洋館か城を手に入れてその世界にいる間の拠点にしていた

今回はたまたまだった、たまには人間の街の中に紛れてみようかなって

いつもと違うコトをしたかった

だから聖女の話を聞いて暇だから一目見るくらいいいか、この世界を観光しに来たんだもん

名物なら見るべきだよねって…

人間なんてみんな一緒、ううん人間以外の生き物も俺からしたらみんな同じだよ

なのに…セリカちゃんを一目見てしまったら…もう戻れなくなった

みんな同じじゃなかった、セリカちゃんは違った

今ならこれは運命が俺を君へと導いたんだってハッキリとわかる

俺の運命の人……永遠の…

「…やっぱり!会いたい!!1秒も離れたくないもん!!」

「ドンッ!ドンッ!!」

「うっ…すみません…」

そうだよ!!明日まで待てない!!

なんでも思い通りに出来る俺の人生!運命だって思い通りに出来るハズだよ

セリカちゃんに好きって告白して、セリカちゃんにも俺を好きになってもらって恋人になりたい!!

そうと決まったら今行かなくちゃ!

俺は止められない気持ちを熱く燃やしながらまた聖殿へと向かった


聖殿に着いたのはいいけど…勢いで来ちゃって、冷静になると結構もう夜遅い時間だと言うコトに気付く

んー、もうセリカちゃん寝てるかな?それなら明日また出直すけど…

中の様子を覗いて確認する為に俺は窓に近付く

それにしても、昼間は数人の騎士がいたけど夜はまったくいないんだね

変なの、休憩かな?まぁいいや

窓を見つけると明かりが洩れているコトに気付き、まだ起きているかもって俺は窓を覗く

そしたら……

「っ……」

言葉が出なくなった……

セリカちゃんと一緒にいる男の人……だれ?

昼間いた騎士の人達と似たような服を着てる、この人も…騎士で……

もしかして、俺は騎士と言う言葉でハッキリと思い出す

考えたくなかった、何も気にしたくなかった、頭の片隅に追いやって消したい話

金髪蒼瞳の青年…この騎士がセリカちゃんの恋人…?

そう思いたくないよ…でも、この2人を見てると…そうだって思ってしまう

だって、だって…

恋人同士がするようなコト…してるんだから……

ザザッと大粒の雨が地を叩きつける

雷と共に冷たく強く悲しい雨が…

どうしてこういう時って急に雨降るんだろうね

ドラマじゃないんだから…タイミング良すぎだよ…

余計、悲しくて辛いな


これ以上は見たくなかった俺はいつの間にか宿へと戻っていた

気付いた時には心が死ぬほど苦しかった

「うぅ…セリカちゃん……大好きなのに……」

今まで感じたコトのない強く痛い気持ち

あの噂は本当だったんだ…

数秒しか見なかったけど、あれは絶対にそうだ

そうじゃなきゃなんだって言うの?

俺は他の男にとられて悔しいの?自分の好きな人と両想いになれなくて悲しいの?

「なんでも……思い通りに出来るのに……うぅ……」

「コンコン…」

隣の人に俺の泣く音が漏れているのか、心配してくれるように壁を叩かれた

「運命の人…運命の人……間違いないのに」

だんだんと俺はどうして自分が泣いているのかわからなくなってきた

そうだよ、セリカちゃんは俺の運命の人

セリカちゃんは俺の永遠の恋人なの

セリカちゃんを幸せにするのは俺だけ

守るのも助けるのも救うのも俺なんだから…

…そうだ、関係ないんだよ…あの騎士のコトなんて

邪魔なら消せばいい、殺せばいい

アイツがいなくなればセリカちゃんは俺のコトを愛してくれる…恋人になってくれる

そうでしょ?だって、俺の能力は想像したコトはなんでも現実になるもの

ここで泣いてるだけなんてありえないよ

だって運命の人だもん、諦めるとかないから

セリカちゃんに愛してもらわなきゃ…俺は死んじゃうもん

「うん!頑張るぞ!!俺!!」

気合いを入れ直して拳を高く上げる

「コン・コン・コン・コン!!」

壁の音が、が・ん・ば・れ!!って応援してるように聞こえた

「ありがとう!お隣さん」

俺が笑うと壁の向こうにいる見えないお隣さんがゴソゴソと音を立てた後に寝息が聞こえてきたから、俺の話を聞いてくれて応援してくれたんだなってちょっと温かい気持ちになった

セリカちゃんに出逢ってからわかるようになったこの気持ち…素敵だな

短い時間だと思っていたのに、いつの間にか早朝になっていてこんな時間まで起きてくれたお隣さんに優しさを感じた

セリカちゃんとの結婚式の招待状送るからね!!(迷惑)

それじゃ、またセリカちゃんに会いに行こう!!

もう迷ったりしないから、君を攫っていくよ

俺がこの世界にいられる時間も残り少ないし、最初から君を連れて帰るつもりだよ


聖殿は神聖な森の中にあった

昨日の朝は優しい太陽の光が木々の間に差し込んでいて、いつもは君に早く会いたいからサーッと駆け抜けるのに

なんだか昨日の夜から天気が悪く、森も動物も嫌な感じで騒がしくて足が緩む

大粒の雨、まだ弱まらない…

なんだか…嫌な予感がする、俺フラれるの?

ううん…そんなの関係ない

「聞こえる……大勢の足音、5人くらいかな

男だね…そして軽い音がするから…あっ!これはセリカちゃんの足音?」

目の前から聖殿のある方からセリカちゃんが姿を現す

セリカちゃんは俺とバッタリ会うと思いもしなかったようで驚いて足を止める

俺はセリカちゃんに会えたコトに喜ぶよりその姿に目を疑った

靴を履いていなく服がボロボロで、転けたりしたのだろうか肌も汚れている

傷が見当たらないのは回復魔法で治したんだろうけど、たぶん…たくさん怪我をしたような感じだった

どうしてセリカちゃんがそんな姿で聖殿の方から…

「セリカ…」

名前を呼ぶ暇もなくセリカちゃんを追い掛けていた数人の男達も姿を現した

そして男の1人がセリカちゃんに向かってボウガンを向けるから俺は手を掴んで引き寄せるが、君の腕に矢がかすってしまった

「セリカちゃん!?」

回復魔法があるから傷はすぐに綺麗に消えるけど、そういう問題じゃなかった

セリカちゃんに怪我をさせてしまった

守れなかった自分を責めてしまう

そして、全員殺すと決めた

でも…この男達は騎士の服を着ている

どうしてセリカちゃんは騎士達に追われているの?

この人達は一体…聖女を守るハズじゃ

「イングヴェィ……」

セリカちゃんは俺の名前を呼ぶとそのまま俺の方へと倒れ込んで気を失ってしまった

その時に気付く、さっきのかすった矢はスリープの魔法がかかってたんだ

そうか、回復魔法を持ったセリカちゃんに有効なのは眠らせるコトのみ

ふと、セリカちゃんの首元に目をやるとまた胸がぎゅうっと苦しくなった

ネックレスをつけていない…

やっぱり……そういうコトなんだね

セリカちゃんの答えは

「その女を渡して貰おうか」

「邪魔をすれば民でも容赦しない」

うるさいな

一歩踏み出した男達の全員の首を跳ね飛ばして殺す

手は出していない、武器も使ってない、想像するだけ

静かになったのは一瞬だけだった

セリカちゃんを追ってきていた男達と反対の俺の背後に1人の青年が立った

「あんたは一体…」

「君の名前……教えてよ」

この人だ、コイツだ、俺からセリカちゃんを奪う男!!

振り向くと昨日窓から覗き見た金髪蒼瞳の青年がいる

嫉妬が強く出てしまう、この男を殺さなきゃ…

「オレはレイ、誰だか知らないがセリカを渡せ」

「そう…忘れないよ」

その名前と顔…その姿は絶対に忘れたりしない!!

今殺すよ!?でも殺したって人間はまた生まれ変わる!

だから覚えとかなきゃいけないの!またセリカちゃんを奪うから何回だって殺さなきゃいけないから

「もう死ぬけどね?」

俺はレイの首を、そこら辺に転がっている男達と同じように跳ね飛ばした

「…驚いたな、武器も使わずに人を殺せるとは

あんたは人間じゃないのかい?」

つもりだった、殺したつもりだったのに

はじめて俺の能力を回避された

さっきの男達の殺され方を見ていたの?警戒されちゃったな

レイは自分の全身を氷漬けにして首の跳ね飛ばしを回避していた

ムカつく…セリカちゃんの恋人で、戦いだって強いなんてね

「セリカちゃんは絶対に渡さない!だから君のコト、全力で殺してあげる!!」

自分の能力を警戒されてるなら隙を作って成功させる

武器も魔法も使えるんだよ

死んだ男達の剣を拾うと、レイは弓で俺の肩へと氷の矢を放つ

「氷魔法ね、俺も得意とは言えないけど使えるよ」

矢を肩から抜きナイフのように氷を加えてからぶん投げる

あっさり避けられてしまった

身軽で弓の才に溢れている

騎士のくせに剣じゃなく弓で戦うなんて変わってるけど、この人…人間のくせにちょっと強い

「心臓や頭を貫いても死なないのか、化け物だな」

「勝ち目ないね、可哀想」

俺も身軽だと思ってたけど、レイの矢の1割は攻撃を受けてしまう

一度受けてしまうと氷は傷口から広がり俺の行動を抑えつけようとする

人間にしては強いよ、凄いね

でも、人間だから俺には絶対に勝てない

「バイバイ」

レイは攻守ともに完璧だった

目の前の俺に対してはね…

さよならの言葉を告げるとレイの背中に尖らせた木の枝を貫かせる

俺は想像したコトはなんだって現実にできる

折れた木に対して想像したんだ

人を殺せるくらいの槍のように鋭い尖った武器に変えてね

魔法じゃないから魔力を察知するコトもできない

後ろに人がいるワケでもないから気配もない

せっかく俺の能力を警戒してても、その能力は触れなくても首を吹き飛ばせるコトって思い込んでいたのかもね

でも、勝てたのは彼がまだ若かったからなのかもしれない

20歳手前のようだし

後ろも警戒されてたら…もっと手間がかかったかも

レイは背中から大きな穴を開けられて地に膝をつく

随分と目線が下がったね

前から木の枝を抜いてやると苦痛に顔を歪ませた

俺を睨み上げ血とともに言葉を吐き捨てる

最後は笑ったようにも見えた…

「次は負けない…この先、何度あんたに殺されたって……必ずセリカを」

はっ?何言ってるの?

次もこの先も何度だって、俺が君を殺すに決まってるじゃん!

必ずセリカちゃんを何?ないから!なんにもないから!!絶対ないの!!ないないないないない!!!!

「早く死ね!!」

逃げるコトが出来ないレイにとどめを刺す

顔面に剣を突き刺して、もう彼は少しも動かなくなったよ

やっと…殺せたね、勝ったよ

「死ね、死ね、死ね、死ね……」

早く、死んでよ…早く消えてよ

俺の目の前から、セリカちゃんの前から…

もう動かないレイの顔をずっと剣で刺しては抜いて刺してを繰り返している

死んでるって頭ではわかってるのに、止まらないんだ

この顔を、姿を見ているだけで

俺の真っ暗で苦しい感情が爆発して止められない

「早く…早く…消えろ、消えろ、消えろ、消えろ……!!」

いつまで続ければ、消えてくれる?

俺の強い嫉妬心は…なくなってよ

もうセリカちゃんを奪う男はいないんだよ?

嫉妬も独占欲も…愛のひとつ

愛って、温かくて優しくて心地良い気持ちだけじゃないんだね

「セリカちゃんが俺を愛してくれなきゃ…消えないんだね」

わかってた、相手の男を殺した所でこの苦しい気持ちが晴れるコトはないんだって

でも、殺してしまうの

嫉妬するのが強すぎて深すぎて、この人が視界に入ると平常心ではいられない

底にまで染み付いた顔も姿も忘れられなくて、消えると言うコトが想像できない

だからいつまでも目の前の憎いレイの死体はそこにある

俺がここからいなくなるまでずっと…消えない

「はっ…セリカちゃん」

後ろでセリカちゃんが動いた音がして俺はやっと我に返るコトができた

振り向くと眠りからは覚めたワケじゃない

「…謝らないよ、俺がセリカちゃんの恋人を殺したコト」

返事どころか俺の言葉を聞くコトも出来ない眠っているセリカちゃんに向かって話す

言い訳なの?そうしてセリカちゃんにそれじゃ仕方ないって許してもらうの?

「だって、セリカちゃんの恋人は俺だけだもん!

運命の人だよ、永遠の恋人なんだよ

俺とセリカちゃんは、そうだって決まってるんだから!!

だから俺は何も間違ってないから…ね……」

目を覚ましたらセリカちゃんの口からレイが恋人だったって聞かされるんだろうか……

聞きたくないな、そんな真実

「それじゃ、セリカちゃん…行こうか…」

昨日からずっと止まない雨の中

眠ったセリカちゃんを抱き上げて、その温かい身体を優しく抱き締める

誰にも渡したくない…離したくない

君を連れて帰るよ、俺の世界へ

大好きな人…運命の人

愛して、永遠の恋人



昔の…夢を見ちゃったな

目を覚ますと普通にいつものベッドで朝を迎えていた

変な汗でびっしょりだ…シャワー浴びなきゃ

もう最悪、朝からテンション下がっちゃうよ

嫌な記憶だったから結構うろ覚えだったのに、ハッキリと思い出しちゃった

やっぱりレイくんは…殺さなきゃ

今までセリくんの大親友だからって目をつぶって来てたけど

セリカちゃんがレイくんの恋人…違う

だってセリカちゃんの口からはそうだって一言も聞いていないから

レイくん自身にも聞いたコトがない、そうかどうか聞く前に殺しちゃったもん

嫌だ…どうしよう、セリカちゃんがレイくんを好きになっちゃったら……

また真っ暗で苦しい気持ちが俺の胸を痛く締め付ける

どんどん、どんどんと…それは強くなって

シャワーを浴びて上がると、ちょうど部屋のドアをノックされる

「イングヴェィ、もう起きてる?」

はっ!この声はセリカちゃん!?どうして!?

「ちょっと待ってね!」

髪を乾かす時間はないけど急いで着替えてドアを開けるとセリカちゃんがニコニコ笑顔で立っていた

「やぁやぁイングヴェィ久しぶり、元気だった?」

突然セリカちゃんが訪ねて来てくれて凄く嬉しかった

だけど、元気?って聞かれると…今の俺の気持ちとしては答えられない

「セリカちゃんどうしたの?俺に会いに来てくれるなんて珍しいね」

もしかしてセリカちゃんは俺に会いたくて…

「ユリセリに用があって帰り道だったから寄ったの」

上げて落とすスタイル

俺に会いたかったワケじゃないんだね……残念だな

「髪が濡れてるよ、風邪引いちゃう」

セリカちゃんは俺を見上げて髪へと手を伸ばす

こんなに近くにセリカちゃんがいる

目の前に…簡単に捕まえるコトが出来る距離

どこにも行ってほしくない、ずっと俺の傍にいてほしい

今までセリカちゃんの気持ちを考えて無理を言ったりしなかったけど……

レイくんの所へ行く前に…

「風邪なんて引かないよ、俺は人間じゃないもん」

「そ、そうだったね…」

乾かしてあげるってセリカちゃんは俺の濡れた髪を炎魔法で乾かしてくれた

セリカちゃんが乾かしてくれた髪…良い匂いがする

セリカちゃんの炎の香り…好きだな

君はいつもと様子の違う俺だってコトにすぐ気がつく

自然を装って俺から距離を取るように部屋の奥へと移動する

警戒されてるコトはわかった、空気からも読めるけど俺はセリカちゃんのコトならなんでもわかるから

「今日は良い天気だね!」

そっちに行ったら逃げられないのに

警戒心は上がってるのに、予想外のコトにセリカちゃんは小さなパニックを起こしてるのかも

「こんなに良い天気なら遊びに行くのも……」

だんだんと空が曇って来る、さっきまでの良い天気はガラリと変わり暗い雲が覆ってる

「ダメだよ、セリカちゃんのコトお外には出せない」

「イングヴェィ…」

「ずっと俺の傍にいるんだよ」

俺が近付くとセリカちゃんは一歩後ろへと離れて行く

どうして?セリカちゃんは俺の運命の人なんだから俺を拒絶したりなんかしない!!しちゃいけないの!!

「今日は変だよ…どうしたの?

なんか、思い詰めた感じがセリくんと喧嘩したレイみたい…」

レイくんの名前を君の言葉から聞くと何も抑えられないようになる

一緒にしないでよ!!全然違うじゃん!

俺は君を殺して自分も死ぬなんてバカなコトしない

「セリカちゃんのコト、大好き」

君の肩を掴むと君は恐怖を感じて反射的に俺の手を離そうとするけど、そんな非力じゃ俺の手は振り払えないよ

「イングヴェィ…こわい…いつもと違って」

これ以上近付かないでってセリカちゃんは俺の胸を強く押す

…あの後の続きみたい…君の前世でレイくんを殺した後に君が眠りから覚めていたらそうやって俺に怯えた目を向けたの?拒絶したの?

実際は俺の世界に帰るまでは目を覚まさなかったけど、もし…もし…目を覚まして見てしまったら…あれを見てしまったら

誰かもわからないくらいぐちゃぐちゃに殺したからわからないかも?気付かないかも?

それでも気付いてしまったら、君は俺を愛するどころか憎んで…恨んで…

悲しんで苦しんで傷付いて辛い思いをしただろうか

俺がほしいのはセリカちゃんなのに…その心は関係ないって言うの?

「好きになって、君に愛してもらえなきゃ俺は死んでしまうから

セリカちゃんに…愛されたい

誰にも渡したくない、俺の運命の人」

君の手が俺の胸を押し続けても、俺は構わず君へと顔を近付ける

君にキスを…

目を閉じる前に見たのはセリカちゃんの悲しい顔だった

涙を堪えて…その悲しみに耐えていた


俺はセリカちゃんを絶対に傷付けたりしない

セリカちゃんを傷付ける奴は許さない…俺自身であっても

それって…セリカちゃんの恋人を殺したら

やっぱり傷付くコト?

俺は君を傷付けてしまったの…?

そうなの?

嫌だ、それでも絶対に譲れない、譲りたくない

この愛だけは誰にも

俺はセリカちゃんがほしいの、セリカちゃんの愛がほしくて…

だけど、君を傷付ける奴は誰だろうと許さない!!

君の肩を掴んでいた手の感覚がなくなっていく

感じる体温も薄くなって…消えていく、消えていくのがわかる

自分の身体が、俺と言う存在が消えていくよ

最後まで君の唇に触れるコトはなかった

俺は君の前から消えてしまったから、自分の身体が薄くなって…見えなくなって

俺の存在全て、意識も感情も何もかもが消えてなくなる


俺ね、君のコトが本当に大好き

セリカちゃんのコトとってもとっても愛してる

だからね…俺は君のコトを傷付ける人を許せない

どこにいたって君を見つけ出す

絶対に出逢うの

だって、それが運命の人

君が…セリカちゃんが、俺の永遠の恋人だからだよ



-続く-

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