第82話『名のない聖剣』セリ編

聖剣のある場所に辿り着くと、思っていたよりかなり賑わっていた

勝手なイメージでもっと静かで神秘的な場所と思っていたが…

種族問わず腕っ節に自身のある猛者達が順番待ちをしながら聖剣を引き抜くのにチャレンジしているだけでなく

伝説の武器のひとつである聖剣見たさに観光客までたくさん集まっているのだ

さらに人がたくさん集まるからなのか、お土産とか売ってたりしてそこそこお店も開いている

「これ列ぶの?」

1時間待ちとか書いてるんですケド

「せっかくここまで来たのでござる、挑戦してみるでござるよ」

平日のテーマパークのアトラクション並みだな

休日だともっと待たされるんだろうな……この世界に平日も休日も存在しないが…

ロックに言われて、とりあえず列んで順番が来るのを待つ

その間にローズはお土産を見ては買っている

あっ、俺も後で金箔のソフトクリーム食べたい

そうしてロックの番までやってきた

「んぎぎぎぎぎぎ……ふぅふぅ……駄目だったでござるよ」

挑戦時間5秒か、ロックにしては頑張ったな

「おい!本気出せよ!?やる気あんのか!?」

戦闘体型のスリムなイケメンではない為、息が上がるのが早いロック

ぽよぽよのお腹をたぷらせながらドスドス足音を立てて戻ってきた

「拙者が無理だったのでござる

レイ殿の彼女では到底引き抜けはしないでござろうな、ふぅふぅ」

汗の量が凄すぎてタオル2回は絞ってる

俺には無理だと言われて、自分でもこれだけの挑戦者がいて無理なんだから無理だろうなとは思うが

せっかく1時間列んだんだ

無理とわかっててもやるだろ

ロックにバトンタッチされて、俺は聖剣の突き刺さる岩へと近付く

………えっ、何これ大丈夫?

穴の開いた岩の上側に刃が上向きに、柄が下といった感じに聖剣は刺さっていた

引き抜くにはそのまま柄を手にして下に引けばいいのだが……

聖剣は優しく吹く風にすら揺れて今にも抜け落ちてしまいそうな状態になっていた

大丈夫!?なんかちょっと触っただけで落ちそうだけど!?

たくさんの人に引っ張られたり揺らされたりして、かなり抜けやすくなってるんじゃないか

なんでロックはこの状態で引き抜けなかったんだよ…

もう俺が何もしなくてももう一度風が吹いただけで……

タイミングよくヒューっと風が岩の中を撫でるように吹き抜けていく

カシャンと聖剣は自然に抜け落ちた……

うわぁああ!?!?!?

ヤバイ!これはヤバイ!!?

俺は美術館かなんかでスゲー作品を壊したかのような気分になって、急いで聖剣を拾い上げては突き刺さっていた岩の上に押し込む

ダメダメ!無理!戻んない!直んない!!?

どうしよう…

チラリと周りの様子を伺うと、誰も見ていない

みんなの中では聖剣は抜けないものと思い込んでいて、注目するコトも今となってはないのかもしれない

……とにかく、まずは落ち着こう

俺はここに何しに来たんだ?

伝説の武器を、聖剣を手に入れに来た

そうだ、だからこうして手にしているコトはめちゃくちゃラッキーじゃないか

……ただ…どうせならカッコよく引き抜きたかったと言うのと

こんな情けない感じで手に入れたってのが、伝説の武器とは信じがたくてさ!?

「レイ殿の彼女、レイ殿の彼女」

聖剣を胸に抱いて自分の中で整理しながら考えていると、ロックが俺の肩を叩く

「!?」

「おぉ彼女殿、その胸に抱いているのは聖剣ではござらぬか

岩から抜けているでござる」

もう…隠しきれないか…

ロックは聖剣を持っている俺に凄いと感心する

「さすがは勇者でござる

やはり彼女殿は勇者として特別なのでござるな」

「いや…これは…なんか…ヒューって」

勇者だからとか特別だからとかは一切関係なしに手に入れた感じなんですよ実は……

もっとよく見たいとロックが言うから渡すと、見ただけでわかるのかわかってるフリなのかはわからないが

聖剣をとても褒めた

美しい剣であるコト、軽くて丈夫でとてつもない強い力を感じると

その手にとって聖剣の凄さに触れているようだ

「この剣であれば、勇者の剣にも劣らないでござるよ

対魔族や魔物で考えるなら勇者の剣に勝るものはないでござろうが

それ以外にも強い力を発揮できるから総合的には勇者の剣を越える剣とも言えるでござる」

ロックはそう言って俺に聖剣を返す

この剣の力を目の当たりにしたワケでもないのに、どうしてそんなに評価できるんだろう

鈍い俺にはわからなくて、猛者達なら触れただけで強いかどうかわかるってコトなんだろうか

レイだってよく、触っただけでこの武器は良い悪いって言うしな

じゃあ…この武器はそんなにスゴイんだ……期待しちゃうそんな言われたら

返して貰った聖剣を手にし改めて眺めると、勇者の剣と少し似たような感覚がある

話しかけられているワケじゃない、勇者の剣のように感情を色や水滴で表現するワケでもない

それなのに、この聖剣も勇者の剣と同じように意志や心があるように感じた

俺のコトを受け入れてくれるんだって、なんとなく感じるから

「嬉しい…」

俺がそう呟くと手から聖剣の気持ちが伝わるようにさらに嬉しくなった

「セリくん、それって…よかったわね」

気付いたローズが傍によって笑ってくれる

2人におめでとうと言われてやっと実感を得られたが、それと同時に周りの人達の目つきと雰囲気が急変したコトにも気付いた

「聖剣が岩から抜けただと…」

「あの男が持っているものは間違いなく聖剣」

「ほしい」

「聖剣を手に入れれば、何でも出来る…」

ざわざわとする不穏な空気を強く肌で感じる

周りからの目は決して良いものではない

何をしたってこれを手に入れてやると言う歪んだ欲

「その聖剣を渡せー!!」

「おれの物だ!!」

「よこせーぇ!」

何十人と一斉に襲い掛かってくる猛者達の行動が本物であると察したロックは俺を守るように前に出る

しかし、いくらロックでもここに来ていた腕に自信のある猛者ばかり

中には殺す気で向かって来る奴らもいて、倒し切れない

このままじゃ傍にいるローズにまでとばっちりが…

俺の回復魔法で治せるからって、やっぱり女の子に怪我をさせるワケにはいかない

それにロックだって、俺の為に無理させるワケにはいかない

勝てなくていい、ただ3人で逃げられればいいんだ

ロックの隙を付いてめちゃくちゃ重装備の体格が3倍くらいある強そうな獣人がこっちに向かってくる

まったく勝てる気はしない…でも俺は聖剣で獣人をはねのけるように振るった

すると、めちゃくちゃ強そうな獣人は悔しさを叫びながら空の彼方まで吹っ飛ぶ

「えー…さっきの人、帰った?」

目の前で行ったコトが信じられず、ローズに聞くと無視と無言で空の彼方を見つめていた

他の人達も何が起きたのかと空の彼方に視線を持っていかれている

よくわからないが、これは逃げるチャンスだ!

「ロック!ローズ!今のうちに逃げるぜ!」

声をかけると、周りも我に返りまた襲い掛かってくる

今度はローズを人質に取ろうとする者もいた

「それは卑怯だぞ!俺達は逃げられればそれでいいのに…!!」

さっきよりさらに強そうな何かわからない形の何者かがローズに手を伸ばす

聖剣で何かわからない手のような所を叩き切ろうとしたら、サッと避けられて地面へと刃が突き刺さる

ヤバい!ローズが!と思ったが、その地面を伝って地割れし大きく広がると大量の水が溢れてはローズを狙った何者かとそれ以外の俺達を狙う全ての者が勢いよく流された

それは綺麗に俺達とただ観光に来た人々を避けて最初からいなかったかのように消える

「みんな、帰ったね…」

流された方向に視線を奪われたローズに言ったら無言で無視された

「レイ殿の彼女、素晴らしい力でござるよ!」

「俺もビックリした!聖剣が実は弱かったなんてオチじゃなくて」

でも、剣で斬るって言うより空の彼方に飛ばしたり水で押し流したりと魔法っぽいケド…そういう感じなんだろうか

俺は風も水も土魔法も使えないし、この聖剣の力だとは思うが

「す、凄いわ…セリくん…聖剣の伝説は期待はずれじゃなかったもの!!」

ローズは目を輝かせて興奮している

「きっとその聖剣はもっと強い力を秘めているわ、どれほどのものかとても興味深いわね」

俺の聖剣をジッと観察するローズの言葉にその力を試したいとは思ったけれど、どう試せばいいのかわからなかった

俺がほしいのは何でも守れるほどの強い力

それはどれほどの力なのかが具体的にわからなかったから

強ければ強いほうがいい、限界が立ち塞がったらやっぱり俺はダメだと思ってしまうんだろうか

「ん、彼女殿それは」

ふと気付いたロックが聖剣の柄に結んである紙に気付き、それをローズが失礼するわと解き見る

「これ、聖剣の説明書ね」

そんなのあるの!?なんだか商品についてるタグみたいだな

「説明書って…なんだそれ」

「聖剣はつるぎとしても優秀だけれど、虹魔法も宿しているみたい

7つの魔法は光闇火水風土…そして」

なるほど、だからさっき風っぽいのも土っぽいのも水っぽいのも使えたんだな

虹魔法ってなんか綺麗!カッコイイ…!

よく見ると聖剣の刃はほんのり虹色に輝いている

「定番の魔法でござる、7つ目はなんでござるかローズ姫」

7つ目をなかなか口に出せないローズにロックが聞くと、少し間を置いて話す

「7つ目は………魂よ」

「魂魔法?何だそれ?」

定番の魔法が来て最後によくわからない魔法か

色んな魔法がある世界ではあるが、魂って聞いたらもう

「私も聞いた事がないのよ

魂を奪われるのか奪うのか与えるのか…」

そうなるよな…

「万が一もあるでござる、あまり使わない方がよいかもしれぬな」

「嫌な感じはしないんだけど、俺もその魂魔法が何かわからないから使わない方がいいのかもしれない」

せっかく手に入れた最強の武器なのに、残念だ

まぁそんなものか、強い力にはリスクがある

「説明書の最後に聖剣は持ち主の味方であると書かれているわ

でもこの説明書が真実かどうかはわからないし、嫌な感じがしないのも聖剣が持ち主を騙しているのかもしれない

呪いの武器にはよくある話よ」

ローズは複雑な表情で説明書を読み終えた

聖剣と呼ばれた武器がもしかしたら呪いの剣かもしれない

一度調べてもらうのもいいかもしれない

そういうのに強かったり詳しかったりする人を何人か知ってるワケだしな

「わかった、暫くはお守り程度に持っておくよ」

「それがいいわね」

ローズもロックも心配してくれたケド、俺が使用を控えると言ったら安心してくれた

とりあえず、聖剣を手に入れる目的を達成した

これがラッキーなのかアンラッキーなのかはまだわからない

考えても仕方ないから、俺達は聖剣の話を一旦止めて帰るコトにした



数日をかけてセレンの国に帰ると、セリカの所へ行っていたレイも帰っていた

「セリ、ロックとローズと出掛けていたんだってな

どうだったんだい?セタラ共和国は

やはりオレも同行すべきだったのではと考えていたんだ」

部屋の中でお互いの話を始める

レイは自分のコトより、俺のコトが気になって仕方ないらしく心配し過ぎでセリカと上手くいったのか微妙な印象を受ける

この人、本気で好きな女の子落とす気あるのかなぁ…

きっとレイは俺が弱いから心配なんだ

何かあったら、何かあるコトが多いから、気が気じゃない

傍にいなきゃ守れないって、だから離れていると落ち着かないんだろう

でも、もうこれからは…

「ダメだったよ」

「そ、そうかい…明るいから良い返事が貰えたのかと思ったが」

レイは残念だったなと慰めようとしてくれたケド、俺は大丈夫と笑った

「ううん、だってもうそういうの必要ないんだ

だって俺にはこの聖剣があるんだから!!」

そう言って俺はレイにいいだろと聖剣を見せる

「聖剣…話には聞いていたが、本物なのか?」

「もちろん、これから俺はレイに守ってもらわなくてもいいんだよ」

「えっ…?」

「聖剣は伝説なだけ強い、もう俺が負けるコトはなくてなんだって守れる

自分はもちろん、みんなのコトも」

レイが傍にいなくなるのは寂しいコトだってわかってる

でも、俺のせいでセリカと一緒にいても上の空じゃダメだ

イングヴェィはそんなんで勝てるほど甘くないんだから…

レイの応援するなら、俺自身が重りになっちゃダメだ…

「もうレイが傍にいなくても俺は大丈夫、だからレイはずっとセリカの傍にいてもいいよ」

なるべく笑顔を作って言う

でも、レイは何も言ってくれなかった

暫くの辛すぎる沈黙が続く

俺…なんか変なコト言った?

レイ…

「あっ、そろそろ行かなきゃ」

話に集中してて時間が過ぎていたコトに気付き慌てる

これから香月と会う約束してるからもう行かなきゃ間に合わない

「…途中まで送るよ、ほら夜は危ないだろう、香月さんと会うまではオレが一緒に」

「大丈夫だって、さっきも言っただろ?

俺には聖剣があるって、その俺を心配し過ぎるのはレイの悪い所だぞ」

聖剣は使わないようにしようって決めたケド、レイに迷惑かけるくらいなら…ちょっとくらい聖剣に頼ってもいいよね……

「セリは…この前に約束した事、もう忘れたんだ…」

ずっと一緒、何処に行ったって

その約束は忘れてなんかいない

嬉しかった…今だって、出来るコトならずっと一緒がいい

でも、やっぱりいつまでも俺のワガママでレイを束縛していいワケない

聖剣を手に入れたのも、良いきっかけなんだ

レイが俺を心配し過ぎさえしなければ…

セリカといる時まで、弱い俺を心配するから…

だから、俺からそれを断ち切ってやらなきゃならないんだよ

「忘れてなんかいない、でもレイはわかってないんだ何も

それで良いと本気で思ってるのか?

レイが好きなのは誰?

俺の傍にばかりいても意味ない

俺に何かあったらセリカにも同じコトが起きる、だから心配なのもわかるケド

俺はセリカじゃないし、俺はレイの恋人にはならないしなりたくない」

「そんな事はわかっている、オレはセリの恋人にはなれない事くらい」

喧嘩の途中で悪いケド

その言い方、物凄い誤解招く感じだからやめよ?

「セリとセリカを同じに見た事はない

セリは大親友でセリカは好きな女の子だ

言われている通り、このままではよくないだろう

一緒にいたいだけじゃない、オレは…命を懸けて……」

「じゃあ、レイが今どうすればいいか言わなくてもわかるな?」

レイは答えなかった

わかっているとは思う…それをレイは口にしない

「暫く俺達は離れようぜ…」

それがレイの為だから…

レイと俺って、やっぱり近付き過ぎたのかも

キルラにいつもキモイって言われるし

……寂しいけど…

セリカと恋人になってよ…それがレイの幸せなら

「………。」

レイは何も言わなかった

わかったとも嫌だとも…

大丈夫、セリカと仲良くなれたらまた仲直りするから!それまで…我慢しなきゃ

これも大親友の為…!!だから!!

「それじゃあもう行くわ…」

レイは最後まで何も言わなかった


あー…なんか最悪の気分で恋人に会うって……

「聞いて!香月!レイと喧嘩した!!」

って言ったらあんまり聞いてくれなかった

和彦はそれなりに聞いてくれんぞ!?

いや、香月はちゃんと俺の話を聞いてはいるんだが、感情がないから俺の気持ちが全然わからないだけ

だから本当に聞いてるだけ

慣れたよ?この壁打ちトークにも

キルラに尊敬されてるからな

「香月様と会話出来るセリ様が凄い」

いや会話はできてねーから

むしろ楽しいからね、ひとりで壁打ちするのも

ちなみにキルラはレイと俺のコトはキモイと言うけど、香月とのコトは何も言わない

自分より強い者(和彦にも)には何も言わない

それにキルラは香月のコトは心底慕っているから香月が良いなら大賛成って考え

「ホント寒くなったよな、香月!」

「そうですね、しかし貴方は炎魔法で寒さ知らずのはずですよ」

「いやいや、なんか前の世界の癖(って言うか魔法使えなかったし)で炎魔法で温めるってのすぐ忘れちゃうんだよ」

あれ…そういえば、香月とデートって初じゃないか…

そもそも、香月とデートなんて何処行くの!?何するの!?

それに…なんか…照れるって言うか、恥ずかしいって言うか…

和彦とは付き合いも長いから今更緊張もクソもないけど…なんか、なんかさ…

っておいおい!!

考えているといつの間にか置いていかれているコトに気付く

先を歩く香月を追い掛けながら思った

そうだよ、香月が歩幅を合わせるとかするワケないじゃん!?

はぐれないようにって手を繋いでくれるワケないじゃん!?

勝手についてこい、はぐれたらそん時は探してやるくらいにしか思ってないよ…

今までレイにはお姫様扱い、和彦は元々女の扱いが上手いし(なんか違うが…)、なんやかんやあれ?って思うコトがなかったケド

こういうの……新鮮だ…

周りに誰もいないコトを確認

魔王城の近くだからなのもあるが、夜だから他の魔族も魔物もいない

置いていかれるなら、追いついて香月の手を掴めばいい

そしたらはぐれもしないだろ

俺が香月の左手を掴むと足を止めて香月は俺を見下ろすから、笑ってみせた

相変わらず何も言わないし何を考えてるかわかんない奴だけど

香月が俺の手を強く握り返してくれたからそれで十分で、俺はそれが嬉しくてまた笑った

もう何処行くの?なんて聞かなかった

いつもみたいに一方的に俺が喋ってひとりで笑って、壁打ちのボールが返って来なくても気にせずついていく

……他人が聞いたら虚しい話だなコレ…

いつの間にかレイと喧嘩したコトも忘れて俺はこの時間を幸せに感じている

「そしたらレイがさ」

香月は気にしない、どうも思わないとわかっていても聞かれない限りは和彦の話はしないようにした

ら、レイの話ばっかりになった

あとはセリカの話と…

「あれ…ここ……」

香月が俺を連れて足を止めた場所は、前に見たコトがある景色と似たような所

ここは…

満天の星空と、花畑の中に淡く光る湖

何が光っているのか覗くと宝石みたいな石が所々に澄んだ湖を輝かせていた

思い出した

ここ、あそこに似ているんだ

俺とセリカが勇者の剣を迎えに行った、俺の前世の世界

そして、そこで俺ははじめて香月の気持ちを知ったんだ…

「前にも喜んでいましたから」

だからここに連れてきてくれたんだと

「気に入って頂けましたか?」

香月は言う

「気に入るもなにも…」

魔王とのデートだから俺勝手に、目の前で国ひとつ滅ばされて「貴方に差し上げます」とか言われてプレゼントされんのかと思った

人も金も自由に使えみたいな

それで月日が経って、近い将来世界征服を成し遂げたらプロポーズされるまで想像した

レイとカップル並みに魔王の花嫁ってのも有名だしな、男なのに

だから…

嬉しかった

ただただ純粋に嬉しい

香月が俺のコトをわかってくれているコトと、覚えていてくれるコト、喜ぶコトをしてくるコトを

感情がないからそういうのわかんないと思ってた!!

「嬉しいよ…嬉しい…凄く…」

綺麗なものは大好き

神秘的で幻想的で、その中に今回は思い出がある

思い出そのものではないけれど、思い出すから

湖の中に手を入れると、とても温かく心地よかった

靴と靴下を脱いで、湖の中に足を付ける

ここはそんなに深くない

膝上くらいだ、ショートパンツだから濡れずにすむ

「ぬくぬくだー…あっ見て、香月ほら綺麗だよ」

濡れないように袖を捲って底にある石を拾い上げて見せる

今も俺はずっと笑顔だった

光る石!しかもハートの形してて可愛い

セリカにお土産として持って帰りたいが…

石は水の中からすくい上げて乾くと輝きを失う

「あー…残念だな…まっ、仕方ないよな」

こんな簡単に持ち出せたらこんなに綺麗なものが奪われてなくなってしまうかもしれないもん

「湖も綺麗で、お花も可愛い、お空も幻想的…俺めっちゃ楽しいわ!」

湖の中から近くで顔を出している花の香りを頂く

セリカの影響か、美しいものが好きなのも花を愛でるのも

「帰りたくねぇなぁ~」

ひとりで楽しんでひとりで喋ってひとりで落ち着く

デートってなんやろ…ちょっと待て!ダメだろ!?

せっかく香月と来てるんだから

そう思った俺は湖から上がって香月の隣へと座る

そのままもたれてみた

寒いから香月のマントの中に被り入る

沈黙が続く、何もしてないと夜が遅いから眠くなる

23時には寝てるからないつも、良い子だから俺

香月は何を思ってるんだろう、考えてるコトもわからない

俺は?

あの時のコトを思い出しては、きっと俺もダメって思いながらもあの時から好きだったんだと思う

好きな理由は…わからない、たぶん運命だから

いや、わかるわ

ただ単にセリカの好みのタイプが香月だからだろ

「今度は海に行きたい!綺麗な海に

他にも俺の知らない綺麗な場所がたくさんこの世界にはあるんだろうな

そういうの、香月と一緒に行きたいよ、ねっ」

って言う台詞をこの前和彦にも言った気がする…俺ってやっぱ最低…?

でも、香月とも和彦ともどっちとも行きたい

好きな人と行きたいんだもん、一緒に綺麗なもの見て感じて思い出になる

それって嬉しいコトで幸せなコト

ほしいものなんて何もないよ

一緒にいられるだけで幸せ…なんてな

「海なら城の裏に」

「あったわ!でも、ちょっと違うんだよ

香月の城の裏にある海も神秘的で綺麗なんだケド、今俺が求めてる海は青い空!白い砂浜のやつ!!太陽キラキラの所だよ」

「それなら少し遠出になりますが、いつでも連れて行きますよ

夏になったら」

「うん!楽しみにしてるね」

香月に嬉しいと笑顔を向ける

そしたら、香月の顔が近付いてくるから素直にキスを受け入れる

なんか…恥ずかしい、めっちゃ照れる…

恥ずかしいと思ってるのは俺だけなんだろう、香月には恥ずかしいと言う感情もないのだから

俺を好きと思う気持ちだけ、愛だけがとても強く感じる

いつも拒んでいたから、こうして与えられれば全てを受け入れると言うのもコワイ気もするよ

そのまま押し倒されたと思ったら、香月は俺の服をめくっては手を差し入れる

あぁ、こういうの前にもあった気がする…あの時と同じ…

でも、あの時とは違う、受け入れるか受け入れないかの違い

「ちょっと待って!」

香月の手を止めて身体を起こす

「こういうコトはまだ早い気が…」

だってまだ付き合い始めたばっかりだし、俺そういうの気にするんだよね

「…って言っても、香月は」

香月は俺と違ってずっと記憶がある

俺ははじめてでも、香月はそうじゃない

ずっと待ってて、ずっと我慢してきて、

それがやっとなんだから…待てと言うほうが酷じゃないか

香月がどう思ってるかなんてわからん

でも、俺だったらそんなの我慢できないかも

何年も、何十年も待って…好きな人が手の届く所にいたら

今すぐ抱いてくださいって言うだろうな

「わ、わかった…

でもここではイヤ、帰ってからで…ね?」

そう言うと香月は俺にキスして強く抱き締めた

これも…今まではずっと押しのけていた

俺はもうそんなコトはしない

慣れない手を伸ばして香月の背中へと回す

会話なんてないよ、香月とは話さなくてもいい

こうしているだけで、傍にいるだけで、愛してもらえるだけで、

満足で幸せだから



-続く-

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