第79話『オマエに殺された』セリ編
「さて、それじゃ行ってくるよ」
セリカから和彦の話を聞いて、もう気が気じゃなかった
少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうなくらい、俺は動揺している
もう二度と会わないと思っていたから
何より、俺のコトが邪魔になって殺されたんだって心の何処かで思っていたから…
でも、セリカに和彦は俺を捜していると聞いてちょっとは良い意味なのかなって思ったりなんかして…
ガラにもなく照れたり取り乱したり…
あぁ…大丈夫な気がしない
和彦に会いに行く心の準備は正直出来ていないが…
セリカへのセクハラ、レイを殺そうとしたコト
これは許されるコトじゃない
和彦は話せばわかる奴だ
レイのコトは大親友だと説明すれば殺しはしないだろう
アイツは元々女好き、セリカのコトに興味を強く持つのは当たり前で
それをやめさせられるかは…少し難しいかもしれない
足が重くなる…
「…あー待って、セリくん…結愛ちゃんが……」
部屋を出ようとしたら、引き止められてしまった
自分のコトで頭がいっぱいで周りが見えていない
セリカに言われて結愛ちゃんを見るとめちゃくちゃ泣かれている
そんなに心配!?
「えっ?そんな泣く…?だ、大丈夫だって、もう殺されたりしないし
アイツはあぁ見えて優しい所もあるし、なんやかんやで俺のコト大切にしてくれるから」
さらに号泣された…何故だ
「うわー!?セリくんのバカーーー!!」
そしてセリカにポカポカ叩かれる始末
意味わからないんだケド!?
「何惚気てんのよ!」
「惚気てねぇーよ!?」
「空気読んでよね!?」
「はぁ!?読んで、俺しか対処出来ないから行くつってんだろ!」
な、なんなんだ…なんで俺は自分と喧嘩してんだ?
今のセリカのコトがまったくわからねぇ、あれか…男の俺にはわからない女の子の日ってやつなのか?
さっきまでは俺が行くコトに仕方がないって感じだったのに
結愛ちゃんが泣いてるコトに気付くと気分変えたように、よくわからんぞ
「私、和彦なんてタイプじゃないもん
乱暴だし、セクハラするし、偉そうだし
私、香月みたいな美形のイケメンが好き…」
セリカは香月の姿を思い浮かべてうっとりしている
「知ってるわ!!」
今その話いる!?
香月と恋人になる気なんてサラサラないくせに、タイプだなんてな
その好みのせいで、誰のせいで俺が悩んでると思ってるのか
「うぅ……だって……私は女の子の味方で……」
ハッキリしないな、しかもセリカの心が読めない
何故だ?これの何処に男女の差が現れてるって言うんだ?
わからない…
「俺だって女の子の味方だよ
なんで結愛ちゃんが泣いてるのかわからねぇケド、セリカがいるんだからセリカが慰めてあげて
俺はこれから行かなきゃ」
「…そうじゃないのに……でも、結愛ちゃん……」
わかったのかわかる気はないのか、セリカは結愛ちゃんを連れてベランダへと出る
「一体なんなんだ?なぁレイ?」
「……いや、たぶん…そういう事なんだろうな」
レイは困ったように笑う
何!?レイもわかってるの!?俺だけわかんないの!?
俺……なんか気付かないうちに結愛ちゃん傷付けたのかな……
帰ったら謝るか?でも、謝るなんて何についてなのかハッキリしてないと意味ないし……
結愛ちゃんのコトが気になりつつも、俺は和彦と話を付けるコトを優先する
レイから和彦のいた場所を教えてもらってその辺を捜すコトにした
その辺りと言っても裏路地、1人だとちょっと恐いと感じてしまう
引ったくりに、通り魔に、痴漢に…あとは…全部体験したコトあるわ……
だから余計恐い
今は回復魔法だってある、身を守るのに炎魔法だって
前にいた世界よりずっとずっと俺は強い
でも、どんなに強くなったってトラウマにはいつまで経っても勝てないし乗り越えられない
やっぱり俺まだ弱いんだ……
「へーい!そこのお嬢ちゃーん」
うわさっそく声かけられた
お嬢さんじゃないし
目を合わせたら恐いコトになる
無視無視……
「シカトしないでーぎゃははは!
聞いてるー?おいって、コラ」
無視したらしたらで同じ結末になる
知ってたよ、こういう場所は来ないのが正解なんだよ
見もしない俺に対して腹が立った男は持っていた酒瓶を投げ付けてくる
いた…くはないが、意外に命中率高くて見事頭にヒット
雨のように血が流れる、臭い酒の匂いと混じる血の匂いが…額に頬へと流れていく
「おっ当たった、ラッキーなお嬢ちゃん
ハズレたら見逃すつもりだったが当たったからには、コレくれてやるよぉ」
男は後ろから俺の腕を掴む
この距離ならどうせ逃げた所で足の遅い俺は捕まるとわかっていたから、それなら炎魔法で退けたほうが……
「ぬくいねぇ」
掴まれた俺の腕から男に炎魔法を伝わせてやったが、男はそれをなんとも思っていない
運が悪かった、火魔法か水魔法が使える奴だったのか
それならもう片方の自由な手で短剣を引き抜き、男の手を突き刺し離した所で走る
「いってぇ!!この女ぁ!!!」
ヤバイわ!ピンチピンチ、こんなん和彦捜してる場合じゃない
レイは危険だから同行を拒否したケド、和彦に会うまでの危険の数々を忘れていたよ
うおおおと叫びながら追って来ていた男は、いつの間にか声が聞こえなくなっていた
「あれ?諦めた?あんなに怒っていたのに…」
こういう時、戻ると罠だからってわかってて俺はアホなのか気になって音を立てないように来た道を戻る
「……うっ……殺されてる……」
男は身体を真っ二つにされて狭い裏路地を真っ赤な血で染め上げていた
これは…追って来ていた奴の比じゃない
完全なる一撃での即死、こんなコトした奴に会ってみろ
俺も助かりはしないぞ……
この裏路地、危険すぎるにも程がある
「…ぅっ」
ここから離れないとと思っていたのに、後ろから誰かに口を塞がれ建物の中に引きずり込まれてしまう
あっこれヤバイやつ…絶対俺もそこにいる奴みたいに殺されるわ
ドアを閉められ外の光さえ入らない部屋の中で俺はどうしていいかわからなかった
下手に動けば殺される?動かなくても殺される?
すぐに殺さなかったってコトは、俺に何か要求がある?
なんて問うんだ?声すら出ないのに
と、とにかく落ち着け俺……
「…この血は少し酒の味がする」
真っ黒で何も見えないけれど、俺を捕まえた奴は俺の頬に伝う血を舌で舐めとっている感触がある
ピャー!コイツ本物のヤバイ人だ~……
頭の怪我、痛くないから回復するの忘れてた
いや、待って今回復してしまったら血液大好きのコイツの機嫌損なうんじゃないの?
だったらダメだよね!?
で、でもわかったコトもある
声からして男…後は?
見えないんだからわかるかよ!!?
「暗くて見えなくても意外にわかるんだ?」
そう言って男は両手を使って俺の顔に触れる
次に瞼にキスして鼻も顎も頬も額も全部、あっ耳もかじられて…
こういう変態たまにいるー!?
ヤダヤダ、でも死にたくない
死ねない、セリカの為にレイの為に
……でも……抵抗しないと
これじゃいつまで経っても俺は昔のままじゃないか
誓ったんだろ、俺はもう自分を見捨てないって
だから、まずはコイツの姿を確認する
でも、この人の匂い…懐かしい感じがする
良い匂い…声だって…
俺は炎魔法でこの暗闇を……消し去った
部屋を明るくしたと同時に最後にと男は俺の唇へとキスをした
「……っ!?て、オマエかよ!?なんだよ!」
明るくなったコトで変態の正体がわかり、よくわからん気持ちがこみ上げて突き飛ばす
「わかってなかったって?」
和彦だ、目の前にいるのは数ヶ月振りに会う俺の…恋人だった男……
「ビビッて損したわ、卑怯だぞ!」
「オレとわかっていないのに、大人しくやられているなんて
セリくんは誰でもいいのか?」
意地悪なコトを言う
確かに俺は和彦なんて思っていなかった
でも、無意識に匂いと声で気付いていたのかもしれない
和彦じゃなかったら俺はもっと嫌悪感を示して気分は最悪に悪かったのだから
なのに、恐怖はあってもそんなのを感じなかったのは…見えなくても和彦だったからだよ
「誰でもいいワケ……ないだろ」
ここに来て…まさか和彦に会えるなんて……思っていなかった
この世界で会えるなんて……
もう終わったんだって思っていたのに
未練はあった、それはいつか時間をかけて薄れていくと思っていたから
なのに、このタイミングで現れて俺の心をかき乱す
やっぱり、最初に会った時から気に入らねぇ…
こんな奴、大嫌いだ
それでも……好きになっちゃったから…俺がバカなんだ
セリカに任せておけなんて言ったケド、本当は会うのが恐い
できるコトなら永遠に会いたくなかった
好きだから会いたくない
だって…どうして俺を殺したんだ?って聞いてしまう、なかったコトにできない
その答えがどんなものでも聞くのが恐い……
「……和彦、本当にこの世界に存在していたなんてな」
それでも俺は足を止めずに来た
俺ひとりの問題だったら逃げていたかもしれない
でも、セリカとレイに手を出したコト、これから2人には絶対に手を出すなと約束したかったからだ
「あぁセリくん、やっぱり新しい彼氏よりオレの方が良いだろ?」
和彦…最後に見た姿から何も変わってないな
「バカ言うな、レイは彼氏じゃないし、新しい彼氏なんていない」
……冷静に、平常心を、心乱されるな俺…
震えも揺らぎも押さえ付ける
「最初に言っとくぞ、これから先セリカとレイには手を出すな」
「あ?もしかして怒ってる?
彼氏を殺そうとしたのは、セリくんを独り占めしようとするからだ
セリカって女の子はセリくんなのに?オレが興味持つと嫉妬する?自分に」
ハハっと和彦は態度の高い位置から笑う
俺より気持ち程度和彦のほうが背が低いのに、何故かいつも上から見られているような気がする
ムカつく
「それとも…」
和彦を突き飛ばしてから警戒して距離を取っていた俺に和彦はまた近付いてくる
「久しぶりに会ったんだ
そんな恐い顔しないで、素直に喜べば
まだオレに殺された事を怒ってる?」
マズイと思っても俺の足は逃げるコトが出来なかった
和彦は俺の顎を掴んで引き寄せる
「当たり前だろ、なんで…俺を……」
殺したんだ……言葉に出来なかった
聞くのが恐いから
喉の奥が熱くなって、震えるコトしかできない
我慢していたものが溢れ出しそうになる
耐えていたのに、必死に…
「好きだから、セリくんが好きで好きでたまらなかった」
和彦の唇が重なる
久しぶりのキスは懐かしさと、改めてまだ好きなんだと思い知る
「殺して満足したら、後悔した
一瞬の満足を手に入れた後に失ったものはあまりに大きかった」
我慢してたのに、それが外れて涙が止まらなかった
どんな理由でも許せないって思ってたのに、好きだから殺したなんてのは反則だろ
だって…それで嬉しいって思ってる俺はきっとおかしいから
「許してほしいとは思っていない
セリくんの気持ちは関係ないから」
「……変わってないな、オマエのそう言う所……」
パッと涙が止まった
そうだ、和彦は最初から俺の気持ちなんてどうでもいい
俺が和彦のコトを好きじゃなくても、他人に奪われても、平気
レイのコトを新しい彼氏と思ってでも関係ない
和彦にとって、俺はただのモノなんだ
大切なね…
モノの気持ちなんていちいち考えたりしない
そういう人もいると思うが和彦は考えない
でも…いいんだ
乱暴な奴だけど、ちゃんと愛して大切にしてくれるし
それで俺はいいよ、気楽で
「それにしても…また綺麗になった
新しい彼氏のおかげ?」
「だから彼氏じゃねぇって」
どんだけみんなレイと俺をカップルにしたいんだよ!?
「いいよ、新しい彼氏よりやっぱりオレの方が良いって思い出させてあげる」
「はっ…?」
なんか嫌な予感がして和彦を遠ざけるように手を伸ばすが、あっさり両手首を掴まれ押し返されてキスされる
「ちょ、ちょっと…待って……!」
さっきより長くて苦しい、何より久しぶりだからか…キスされただけで腰に来る
「まだ夕方だし!?それにこんな所で…」
誰もいないからとかそういう問題じゃない
こんな場所でってのが嫌だ
「久しぶりに会ったセリくんを前にして止められるとでも?」
「……いや、オマエなら止められるだろ
どうせ俺がいない間も可愛い女の子達と浮気してたに決まってる」
浮気三昧だった和彦の過去を思い出すと急に冷めた
「ハハ、男はセリくんだけ」
「そういう問題じゃ、ね・ぇ・ん・だ・よ」
浮気性なんだよなコイツ…元から女好きってのもあったし
前々からそういう所はイヤだった
俺は和彦と違って嫉妬するのだから
束縛もないし、気楽なのは良いんだが
浮気だけはイヤだ
「……俺は、やっぱり和彦とより戻す気ないよ」
会えて嬉しい、やっぱり好きなんだって思った
でも、あれから日は経ち過ぎてその間に俺には色々あったから
「前の世界で殺されて、それでもう終わってるんだよ俺達
死んだら終わり…人間なんだもん」
「……オレより新しい彼氏の方が良いって?」
しつこいなそれ、いつまで引っ張るんだよ
「まだ彼氏じゃないよ」
「どんなテクニックでセリくんを落としたのか」
「オマエの頭にはそれしかないんか!!」
怒るぞ!そんなコトで決めるか!
「和彦のコトは好きだよ
未練あるんだな~って会って思った
でも、他に気になる人もいて
俺は二股とかそういうの無理だし、大嫌いだから」
和彦か…それとも…香月か……
どちらか1人を好きになる
すでに2人を気になってるとか俺スゲー最低だし何様って感じ
こんな不誠実な俺は嫌だ、大嫌いだ…
「だから…ゴメン、和彦とそういう関係にはならない」
申し訳ないと視線を落とす
「セリくんの気持ちなんて、関係ないって最初に言ったの忘れてないか?
その心が何処にあるかなんて、気にならない、興味もない
オレはほしいモノは手に入れるだけ、自分の好きな時に可愛がって、楽しんで、満足する」
まるで俺のほうが異常であるかのように和彦は堂々として、俺の胸に指を向ける
ほしいのは、俺の心じゃない…俺自身なんだと
俺はなんでこんな意味不明な最低野郎好きなんだろ…
かと言って香月がまともかって言ったら、それも違うだろ
おかしいのは俺なのかもしれない…
「…忘れてなんかいない、だから帰るわ!!」
和彦をまともに説得するなんて無理無理、早く帰って身の安全を
ドアに手を伸ばし急いで離れようとしたが、足を止められてしまう
もちろん自分の意思じゃない、腕を掴まれたワケでもない
「セリくんの代わりにセリカでも、オレは構わないが…どうする?
興味しかないよ彼女には、セリくんが女の子なんだ、最高…だね」
「……卑怯だぞ…」
嫌な奴、嫌な奴、嫌な奴…最低だ
振り返ると和彦は面白そうに笑顔
「セリカには…絶対手を出すな」
絶対に…やめてくれ
自分に嫉妬するからじゃない
セリカは和彦のコトを好きじゃないから
俺を通じて好意は持つだろうが、それはセリカにとって本当に愛してる人じゃない
だから絶対にダメだ
和彦からは逃げられない
例え、イングヴェィと香月とレイに守られていたって
あの人外達ですら、和彦には絶対勝てない…
コイツの強さは俺はよく知ってる
魔王以上だ、人間のくせに人間辞めてる、人間じゃない
セリカを守るためなら…俺は
「じゃあ決まり」
和彦は足を止めた俺を背後から抱き寄せる
「それに嫌じゃないくせに」
耳元にかかる熱い息に何も言えなくなってしまう
勝てない…和彦には、俺の意思なんて関係ないのだから
自分の部屋に帰れたのは昼過ぎだった
セリカは心配していてくれて、帰らずに待っていてくれたようで
何があったのかは聞かなくてもわかるから何も言わない
「……俺は大丈夫、アイツのコト嫌いじゃないし…前向きに考えればいいだけ
香月とは…魔王と勇者の関係、今も倒すつもりはないケドね」
「……セリくんが良いなら…私は…でも」
でも…、そう前まではそれでよかったんだ
和彦しかいなかったから
今は殺された時に終わっていると思っていて、だんだんと忘れていくハズだった
新しい世界で、運命に出会って
「……でも、ダメだ無理だ
和彦から逃げられるなんて出来ないから
別に嫌なワケじゃないよ、好きなんだし」
ははっとセリカの顔を見て笑う
「じゃあ私は…」
セリカは笑わなかった
「もう香月の所へは帰らない」
「帰る帰らないじゃなくて、セリカは人質に取られてるのに」
「……本当に…そう思ってるの…?」
君は俺なのに、違う表情をする
まるで他人みたいに、俺と別のコトをして別のコトを言って
「人間である今の香月から逃げ出すなんて、私に出来ないコトじゃない
私はイングヴェィの傍から離れられるなら誰でもよかった…」
誰でもはよくないケド、距離を置かなきゃいけないと思ったとセリカは目を伏せる
そして、言うんだ
俺の知らない言葉を、俺しか…わからないコトを
「私が香月の傍にいたのは、セリくんがそうしたかったからだよ
でも、出来ないのは和彦に未練があったから…」
「ッ違う!!」
そんなコトない!!セリカに俺のコトがわかるワケないだろ
だって、これは俺だけの問題なんだから!!
知った風な口を、なんでも見透かしてるみたいに
「セリカには関係ないコトなんだ!!勝手なコト言うな!!」
関係ない…関係ないケド、自分なのだからなんでもわかってて当たり前なのに
ふたりを好きかもしれないなんて、自分の最低さに死にたくなる
自分に八つ当たりして、バカみたい…
「すまん…セリカ」
「……そのうち、香月が私を迎えに来るわ」
香月がここに来る…?この女神の地ですら、セリカを迎えに行く為なら踏めると言うのか
わかったよ
その翌日の深夜
帰らなかったセリカを香月は本当に迎えに来た
街に入られるとパニックになるから、俺とセリカは街から遠く離れた外で待ち構える
辺りは広く遠くまで見える
モンスター達でさえネンネのお時間だ
俺もとても眠い、なんで夜に来るんだよ
昼間は邪魔が入りやすいからだろうケド
「私の前に貴方から姿を現すのは珍しいですね」
「避けていたからな…」
忘れてたケド、あの件に関しては俺を売ったレイとイングヴェィを許さない…
勇者の力でなんとか逃げ切ったから何もなかったが、大変な思いをしたんだから
「香月、セリカを連れ戻しに来たんだろうケドそれももう終わり」
「貴方が私の下に来るなら…」
「それも、なしだ…」
俺の言葉に香月の纏う恐怖が一層濃く深くなる
香月は怒ると言う感情もないが、こうなると怒ってるとか機嫌が悪いとか感じてしまう
勇者の剣を引き抜いて向ける
「大人しく帰らないなら、これで帰ってもらうしかない」
「わかりました…」
あれ?香月にしては素直な……
呟きとともに俺の足元が崩れ落ちる
手にした剣も感覚がなくなって、手も足も身体も全て地面へと落ちていく
両腕の切断、腰から下の切断
一瞬で勝負は付けられてしまう
「あっ……」
夜空を映す視界に香月が覗き込み
「今日は大人しく帰ります」
おいおい、俺の身体バラバラにして大人しくっておかしいだろ
香月はセリカの身体だけを拾い上げて、俺の前から立ち去ってしまった
「……あぁ…あ」
2人がいなくなって、冷たい夜風と静かな音、綺麗な夜空に
どうしようもないこの気持ちに涙が零れ落ちる
泣いてばっかだな俺
負けた…負けちゃった……
だんだんと小さくなる呼吸に早く治さなきゃって思うのに、動く気力が湧かない
負けたんだ…俺はわざと香月に負けた
セリカの言った通り、俺がこんな簡単に負けるコトなんてないのに
わざと負けて、また香月の傍にセリカを置いた
本当…俺はズルいな……
こんな自分、大嫌いだ……
―続く―2017/08/16
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