第73話『変わらない心』セリカ編
「セリカー!セリカってば~!ポップを無視するのどーしてー!?」
今日も私を見かけるとしつこく纏わり付いて来るポップ
彼女は私と友達になりたいらしいケド、ハッキリとそれは無理よ
私が蛇を苦手とするだけじゃない
ポップとは性格が合わない
考え方、価値観、思うコト、違うもの…
「あっ帰ってきた」
今日は2日ほど城を空けていた香月が帰ってきて、私は出迎えるのにエントランスにいた
「かづ…」
「香月様ーーー!!おかえりーーー!!!」
私が香月の傍に寄ろうとすると、さっきまでセリカセリカと周りで騒いでいたポップは私を押し退けて香月の下に走った
ああ…腕が…プラプラだ
ポップは魔族だから人間の私はちょっと押されただけで骨折するのはおかしくない
回復魔法は私の人間の身体を強化するものではないから
最初は気のせいかなって思った
でも、毎回がこうだからわざとだなと勘付きはじめて
今日、ポップを確信する
私以外の人間だったらここでは暮らせないわね
魔族に憧れ信者の人間も少なからずいるケド
「ねぇねぇ香月様、セリカってば
あの忌々しい勇者の剣を絶対離さないのー
寝る時もお風呂に入る時もだよー!
それってー今も香月様の事を警戒してるって事で間違いないよねー!?」
私はこの剣を離したり出来ない
セリくんと離れ離れの今、私がお風呂に入ってる時も寝てる時もいつでも何かあるかもしれないから
勇者の剣から手が離れると言うコトはレイやみんなが危険な状況になるのと同じコト
「セリカが私を警戒…」
足を止めていた私の傍に香月から来てくれる
「ありえませんね」
そして香月は私の顎を掴む
イケメンに顎クイされるとときめく話はウソじゃなかった!!
「どうしてー!?」
「わざわざ説明しないとわかりませんか」
香月が騒ぐポップにひと睨みすると石のように黙り込んで一瞬で静かになる
ポップのコトだから本気でわかってない可能性はあるよね…
勇者の剣に魔王を倒す力はない
魔王を倒す力を持っているのは勇者だけ
そして、勇者が魔王を拒んでいるなら魔王は勇者には触れられないってコト
だから香月が私に触れられるのは私が香月を受け入れているってコトになるの
「セリカ、後で私の部屋に来なさい」
「うん、行くよ」
他の魔族は香月と一緒に行ってしまってポップと私だけが残された
私も後でじゃなく今一緒に行きたかったよ
めっちゃ気まずいじゃん
「セリカ…ずっる~い…」
「ズルイ?」
「香月様を独り占めして」
別にまだ恋人ってワケじゃないから独り占めしてるつもりもないし…
「昔からだよね~~~、香月様はセリだけ
魔族の皆はそれをわかってても、香月様に憧れる人は種族問わず沢山いるんだよ」
それは…なんとなく気付いていたけれど…
香月が誰を選ぶかは香月の自由な意志だもの…どうしようもないコトよ
片思いは辛いだろうケド…
「ポップも香月様を彼氏にしたいーーーーー!!!」
………あれ、オマエ彼氏100人くらいいなかったっけ?
「香月様は別格だよ!!
そしたらぁ、楊蝉と争ってる彼氏の平行線の人数も一気に跳ね上がるよ!!
香月様ひとりで男1000人くらいの価値あるんだから!
もしかしたらそれ以上かもしれないよねーーー!?」
そういう考えか…
実らない恋の片想いに心を痛めてるなんて一瞬でも考えた私がバカだった
キルラやラナ、楊蝉達を見てて魔族は性にだらしないってのは薄々わかっていたけれど
(運悪く私の周りにいる魔族がクズなだけかもしれないが)
でも…そっか…香月はずっとセリくん一筋なんだ……
なんか……嬉しいかも……
私の口元が緩むのがわかる
でも、不満があるとしたら香月には感情がないから
寂しいとか苦しいコトには応えてくれなさそう
「ねえーセリカー!もう独り占めはやめて香月様をポップにも分けてよ!!いいでしょ!?」
「無理」
「えー!ケチー!」
「それを本気でケチと思ってるうちは私と友達なんてなれないよ」
「な、何それぇ……セリカはポップの友達なのに」
友達になった覚えはないです
ポップの友達に不満があるならやめればいい
私は友達なんていらない必要ない
友達は私の邪魔にしかならないから…
セリくんもそれをわかっている
なのに…セリくんには大親友のレイ以外にも友達と言う存在がたくさんできてしまった
いつか…辛くて苦しい日が来るのに……
「ずるいずるいセリカだけ…香月様に可愛がってもらって…
友達なら楽しい事、共有するのは当たり前だよー」
だから共有してとポップは香月とのコトを根掘り葉掘り聞いてくる
こういう所も私は苦手だ
私は自分のコトを聞かれるのが嫌いだから
答えたくないコトたくさんあるもの
「香月様との夜ってどんな感じ?」
それ聞く?やだなー…
普通の友達ってこういう話するのかな?
ガールズトークって結構エグいって言うが…私はヤダヤダ
それならやっぱり友達なんていらない
恐い恐い
まだキルラの「パンツ!パンツ!」言ってるほうが笑える
パンツは見えるか見えないかのギリギリな所がいいんだよ!
見えたら萎えるし、見えなかったら見えなかったで悔しいケド
それがいいんだよ!
「知らない」
私はセリくんだけど、セリくんじゃないもの
だから香月は何もしない
まぁ…そういうのも感じるから、2人がくっついたら
私は知らないとは言えなくなるけれど…
自分なのだからあんまり気にしてないケド
イングヴェィはいいとして、私がもしレイとくっついたら
セリくんはどんな気持ちになって受け止めるんだろう…
大親友と……複雑な気持ちになりそうだ
「嘘ー!?そんなのありえない!?
セリカってガード固いんだぁ…香月様可哀想……」
ガードは固いかもしれないが、そういう問題じゃない…
香月は私が全裸でも何もしないよ
一緒にお風呂入るコトもあるし
一緒に寝ても、何もないわ
「セリカがやらせてあげないなら、ポップが代わりに」
そろそろ疲れてきちゃった
この会話に
ポップとは合わないと言うコトがハッキリとわかった時間だったわ
こういう人は苦手…
ポップはポップね
「ポップもわかってるんでしょ
香月は無理なんだってコト
ポップの性格からして好きな相手には遠慮なくベッタリ身体をくっつけるのに、香月には指1本触れない」
触れたら殺されるからってわかってる
「うぅ~……そ、そう言うなら友達なんだからセリカが協力してくれたらいい話でしょ!!」
「……ポップと話すコトはないから、もう行くよ」
いつもしつこいポップだったけれど、私の冷たさに今は近付こうと思わないのかついて来るコトはなかった
香月の部屋に向かう途中の廊下でキルラとラナがスカートめくりをして遊んでいたから、そこらに飾ってあった高価そうな壷を頭めがけて投げてやった
「セリカ様いきなりなんすか!?」
小学生か!レディ達の迷惑だからやめろ
「いてぇ~…壷なんてどってことねぇのに、セリカ様が投げるだけで強烈にいてぇよ~……」
「悪かった、機嫌が」
「謝ってないからそれ!それっ!!」
そんないつものやり取りを軽く交わして私は香月の部屋にやってきた
「香月…おかえり…」
2日振りだ、ちょっと緊張する
香月の纏ってる恐怖は慣れたワケじゃない
でも、いつも安心する…なんか、嬉しい……私は微笑む
そして、一方的に私が喋ったり好きにしてるだけで、香月はいつものように私を傍に感じているだけだった
それから何日か経つ
ちょっと慣れてきちゃってる自分がいるコトに気付くの
目の前の出来事に、最初は複雑な気持ちもあったケド
それもだんだんと当たり前のように過ぎて行くから、いつの間にか考えるコトをやめちゃったのかな
それともなんにも感じなくなったのかな
だって…私自身も人間が、他人が嫌いだから…
そのままにしておくの…
「おうラナ!皆殺しにしとけよ!」
どっかの小さな村
今日の四天王様達はこんな小さな村も容赦なく壊滅する
意味あるのかしら?いや、コイツらに意味があるなら楽しいからだけね
いつも私の傍にいるラスティンは置いてきた
魔族側で暮らすコトを決めたと言っても、人間を愛してるラスティンには見せられないわ…
「はぁ~、退屈ですわねセリカ様
このような汚くて小さな村を手に入れた所で何の得があるのでしょうかしら」
私の隣にいる楊蝉は扇子の下で小さなあくびをする
「それよりセリカ様、お話致しまょう!
香月様のお話、私もお聞きしたいですわ
ポップには負けていられませんので、おほほほほ」
君達のどうでもいい醜い争いに私を巻き込まないでほしいんですけど
たぶん、ポップは見栄でも張って私から香月の話をたくさん聞いたとか楊蝉に自慢したんだろう
まぁ…楊蝉は魔王の城に来たのも最近らしいから、香月のコトだけじゃなく魔族のコトもたくさん知らないままだもんね
でも、私だってそんなに詳しくないよ
「ねーねー!」
ちょっと離れた目の前で大きな声が聞こえる
ポップはキルラに、たまたま旅の途中に立ち寄ったらしい不運なエルフの青年を引っ張ってきて見せた
「キルラ~!エルフを見つけたよー!奴隷として持って帰っていいでしょー珍しいよ!」
奴隷にして連れて帰るか皆殺しにするかは、その時の気分みたいだ
この前はエルフの国を焼き払って皆殺しにしたのもう忘れたのか
珍しい存在にしたのはオマエ達だぞ
まっいいケド
「好きにしたらええんじゃん、ポップ」
「わーい!やったー!ポップの奴隷として、よろしくね~」
ポップはスゴイ笑顔だけどエルフの青年は絶望の顔
ポップの中では彼氏と奴隷は別で、奴隷の数も楊蝉と競い合っていたりする
「まぁ!こうしてはおられませんわ!私も今日は2人奴隷を見つけなくては」
あくびをしていた楊蝉はそれを見て立ち上がり村の中を探しに行く
その後ろではあっちこっちで、逃げ惑い殺されていく人達
小さな村だから今日はいつもより早く終わりそう
「おらー!」
そんな中、キルラが老夫婦を捕まえると、その腕には生まれたばかりの子供が抱かれている
ってか…なんでわざわざ私の目の前まで引きずり出して見せるの?
犬や猫がご主人様に褒めてもらおうとしてるみたいに
「お待ちください!せめて子供だけは…」
「私らの子供だけは助けてやってくだせぇ!」
悲願する老夫婦にキルラは手を上げる
よくある光景…なのに
「知るかあボケぇ!」
「ひぃ~~~~!!」
もうダメだと老夫婦は姿勢を低くした
なんか…気に入らないや
傍観していた私は気乗りしなかったケド、キルラの腕を掴んで止める
「待ってキルラ」
「あん?セリカ様、邪魔するんすかね?」
邪魔する気はないな~
ただ私が気に入らないと思ったから
キルラを押し退けて、老夫婦を見下ろし声をかける
「子供だけはっておかしな言葉
子供は自分だけ助かりたいなんて思ってないのに
お父さんもお母さんもいないまま、子供はひとりで生きていくなんて悲しいコトだと私は思うぞ」
「ちょっ、セリカ様なに言ってんすか」
「何々だけはって言葉、私嫌いなの
本当に子供の為を思うなら親である自分達も生きなよ
子供だけじゃない、オマエ達も助かるの
命の重さに差なんてないわ」
何々だけなんて、何かを天秤にかけて傾くコトがおかしいと思うのは私だけ?
みんな一緒じゃなきゃ、子供を助けるなら親も助けなきゃね
私は老夫婦に背を向けてキルラに振り向く
勇者の剣を引き抜きながら
「セリカ様…冗談きついんじゃ!?」
「えっどうしたのセリカぁ…いきなり勇者の剣抜いて…」
「おっそろしーぜ!この展開!」
「セリカ様!?血迷ったのでございまして!?」
キルラ、ポップ、ラナ、楊蝉…
他の魔族や魔物達も驚いた顔してる
そうね、私は今まで黙ってて何かするにも見えない所でやっていたから
とくに力のない可愛い魔物達は私を心配するように足下に寄る
「このまま帰ってって私の命令聞ける?」
「はあ!?無理無理ーセリカ様
いくらセリカ様でもオレらの邪魔するっつーなら、手を上げさせてもらいますよ
……なぁ皆…!?」
やってやるぜ!と威勢良く発言したかと思えば、1人じゃ不安なコトに気付いたキルラは後ろを振り向く
「えー、ポップはセリカの友達だから戦えないよー
セリカー!考え直そー!?」
「私も…セリカ様とは…
どのような理由がありましてもセリカ様を傷付けてしまえば香月様は私達を許しませんことよ、キルラ」
「んんー…んー…セリ様ならまだキルラに協力したかな~?
僕は女性に手を上げない主義なんで!セリカ様とは戦いません!!」
誰もがキルラと目を合わせなかった
「おいラナてめぇは相手がセリ様でも何かと理由付けてやらねぇだろ!?カッコつけてんじゃねーごらタコっ!!」
ラナにだけ当たるキルラ
三馬鹿と言ってもキルラは絶望的にバカでもないみたいだ
力が本調子じゃない自分ひとりでは勇者の私には勝てないとわかっている
でも、今の遊びを投げ出して私の言う通りになるのが嫌なんだ
「いったいった!痛いってキルラ!?」
「女狐の言う通り…」
「まっ女狐とは、一体誰の事をおっしゃっているのでしょうね」
楊蝉がキルラを睨み付ける
「セリカ様殴ったら、香月様に殺されるだろーよ
でもよお!ここで帰ったらゲームをクリアせずにやめるのと一緒なんだぜ!?」
「ゲームね…創作は予想外のコトが起きるコトもあるのよ
でも、残念だ
キルラはここでゲームオーバーになってしまうもの、弱い者イジメになっちゃうね」
「セリカ様のほうが悪役に見えるその余裕っぷり
キルラぁ諦めたほうがいいと思うけど~?やめよーぜ
下手したら本当に死ぬよ?セリカ様は魔王様を殺せる唯一の存在って事を思い出して!!」
ラナの静止も聞かずキルラは振り切って私に向かってくる
「うるっっっせぇ!!オレにクリアできねぇゲームはねんだよ!
倒せなくても、抑えつけりゃオレ様の勝ちよ!
拘束して邪魔しないようにすればいいんだって!!」
そしたら香月様もオレを怒ったりしないと香月の恐怖から逃れる言い訳まで付け足す
「女だからって手加減しねーぞ!」
「はいはい」
キルラが覚悟を決めて私に襲いかかる
そう言った割にキルラは私に本気で攻撃して来ようとしない
本気でかかって来ても、今のキルラの動きなら私は全て避けられるケド
セリくん相手ならもっと本気で来るのに、女には甘いのね
「避けてばっかじゃつまんねーよセリカ様!」
「捕まったらおしまいじゃん
力比べになったら私の負けは確定だからね」
私の最大の弱点は捕まるコト
勇者の力と人間の身体は別だから
非力な私の腕じゃキルラの腕を振り解けない
それをわかってるキルラも私を殴ると言うよりは捕まえようとしてる
ナメてたらそのうち足を掬われるな
すぐ終わりにしなきゃね
「キルラ、バイバイ!」
攻撃を交わしキルラの懐に入った私は思いっきり腹を蹴り飛ばすと、自分の足にキルラの骨が何本か逝った感触が残る
「ぷっきゃーーー!!!」
痛みと負けの悔しさから耳を貫くような奇声を発して地面に叩きつけられる前にラナがキルラを庇う
どっからそんな声が出るんだ…
「ちくしょー!!」
「キルラくん残念でしたね~、大人しく帰りましょうね~」
ラナは私に頭を下げるとキルラを引きずり、ポップと楊蝉と他の魔族達を引き連れて帰ってくれた
私はそれを見ながら見えなくなるまで手を振る
あとで…香月に怒られるかな…私?
香月は私のコト怒らないって思ってるケド、もしかしたら怒るかもしれないよ…
それは…ヤダな…
「勇者様!助かりました!ありがとうございました!!」
「世界を救う勇者様のお噂は真でした!!」
みんなが見えなくなると、老夫婦をはじめ生き残った村人達が私の足元にへばりつく
「いや…私は救ったワケじゃ…」
たまたまだ
アンタ達の言ったコトが気に入らなかったから
「お礼をしたいので、今日はお泊りになってください!!
何もない村ゆえ満足なおもてなしもできませぬが、是非に!!」
「泊まりは困る…」
香月が…迎えに来たら、殺されるんだぞ
「私は帰る」
「さあさあ勇者様!!妻の料理はこの村一番でございますから!」
無視!?…無視できるの勇者の言葉を!?
私の帰る発言も聞かずに老夫婦はお礼をすると私の手を無理矢理引っ張り家の中に連れ込まれた
まぁいいか、食事をご馳走してもらうくらい
老夫婦の家に入ると、赤ん坊とは別の子供も隠れていたみたいで5歳くらいの女の子が私をジッと見つめる
…?私は子供は苦手なんだが…
何故かよく私は子供に見つめられるコトが多い、睨まれているのか
それとも子供なりに私がヤバイ奴だとわかるのか…
「オカマ?」
おもいっきり指さされて失礼なコト言われたよ!?
「勇者様って男って言われてたけれど、本当は女の人なの?」
どっちも間違いじゃないから答えに悩むケド、私はセリカだから性別は女とハッキリしているのよ
って子供には難しい話でしかないか
私の顔も声も中性、男か女か…わか、いやわかるだろ!?
どっからどう見ても私は綺麗で可愛い女の子だよ!?
セリくんだけ女の子に間違われてればいいの!!
「そうよね!騎士様と勇者様は恋人同士だものー!私このお話好きー
騎士様と勇者様は前世から恋人同士なんだって、素敵!」
それ似たような話なら知ってるよ
前世で騎士と聖女が恋仲だったっての、たぶんそれだよね…
「そうだね」
棒読み、話は広げないスタイルでいく
「あっ勇者様、さっきはお父さんとお母さんを助けてくれてありがとうございました」
深々と頭を下げられる
ありがとうなんて言われるコトない
私の気が向いたからしたコトであって、本当ならあの2人は殺されていた
「…これからもパパママと一緒に暮らせるわね」
私がそう言うと幼女は表情を曇らせる
「それは…無理なのです
後数日したらマイも遠くに行くから
隣の家のローズちゃんみたいに…知らない人と」
ローズ…?セリくんの所にいる幼女もローズって言ってたな
あの子は親に売られて…
ローズと言う名前もよくあるし、人身売買も珍しくはないから偶然かもしれないが…
そしたら残念ね、ローズのご両親さっき死んじゃったわ
マイと名乗った幼女は寂しさから涙を溜める
「パパとママの傍が1番だよね…」
「うん…離れたくないよ」
マイの私を見る目は、助けを求めていた
幼い子にとって勇者と言う存在はなんでも出来る…世界を救う…自分も救ってもらえると、幻想を抱いてるみたい
「勇者様、お待たせ致しました
料理が出来ましたのでどうぞお席の方へ
マイもいたのか、勇者様とお食事を共にしなさい」
「はい!」
老父が呼びに来て、私達は食卓へと向かった
最初は一家の中に入るのは緊張したけれど、一口スープを含むとそんなものはなくなった
「お母さんの料理は世界一!」
マイは元気よく褒める
具無し味無しの濁ったスープと味無し固すぎて噛み切れないカビパン……
それでも自分の母親の料理が1番美味しいと思うものかもしれない
しかし、絶望だ…なんて酷い
私も貧乏だったがここまで酷くはなかった
この世界の貧困の1つを知り、複雑な気持ちになる
それだけお金がない…子供を売るしかない…と言うのか
「…ごちそうさまでした」
「勇者様、マイのお部屋でお泊りください
マイは勇者様の事が好きになられたみたいで」
泊まるって言ってないケド!?
マイは私の手をぎゅっと掴んでくる
私を見上げるその笑顔は天使のように
でも、お泊りは出来ないわ
迎えが来たんだもん…香月の気配を感じる
「貴女が今日は帰らないと言うのなら、それでも構いませんが」
声が聞こえた時には家は半壊し、老夫婦は香月を認識する前にスパッと身体を切り刻まれて殺される
だから言ったのに、困るって
「きゃ、きゃー!きゃーー!いやーーー!!?」
マイは香月の恐怖と両親が殺された悲しみが強く混ざり狂ったように泣き喚く
「勇者様!?勇者様!!いや!助けて!恐い!!!」
私の手を強く引っ張るマイを見下ろしたあと、香月に視線を移す
「たすけ…っ」
すると、引っ張られていた手の力が緩んだ
「よかったねマイ」
私の手を掴んでいたマイの手は肘までしかなくなっていた
「これでお父さんとお母さんとお別れする日は来なくなったよ
いつまでも、一緒だから幸せだね」
マイの身体は吹っ飛んじゃって跡形ないや…まぁいいか
私はマイの残った腕を老夫婦の切り刻まれた身体を適当に集めて一緒にしてあげた
「あっ忘れないで香月、マイには弟か妹がいるの
忘れちゃ可哀想でしょ」
「こちらですか、すでに生きてはいません」
「ふーん…死体抱いてたんだ」
そういえば赤ん坊の泣き声全然しなかったな
死んでいるコトに気付かなかったのか老夫婦は…よくわからないね
私にもわからないコトはたくさんあるわ……
「香月、一瞬迷ったね」
マイを殺す時
「私に気を遣ってくれたんだ…それは嬉しいよ」
「貴女とは戦いたくありませんので」
「うん…知ってるわ」
必ずしも家族一緒にいるコトが幸せとは言えないだろう
でも、私はマイが嫌いじゃないし
マイは両親と一緒にいたいと言う、それを叶えられるならしてあげる
大人になったら考えは変わるかもしれないケド、大人まで生きていられる保証はないし幸せになれるかもわからない
何処の誰かわからない人間に売られて何をされるかもわからない未来に…
ひとり残して生かすコトが正しいか?
他の誰かが私の考えを間違っていると言っても、私はそれでいい
不幸しかない未来なら生まれたくなかった
幸せになる為に生きるハズなのに、幸せは必ずとして約束されていない…
どちらかと言えば、不幸なほうが多いのではないか
なら、不幸はなくさないとね
もしかしたら幸せになれたかもしれないって?
私はかもしれない運転はするが、絶対じゃない夢物語りは好きじゃないの
「帰ろ…香月、なんか…胸がシーンってなるからイヤ……」
私はマイの残った腕を見下ろしながら香月の手を握った
私の中で死は絶対の不幸じゃない
死んで幸せになるコトもあるって思ってる
私は前の世界で死んだわ
この世界で幸せになれるかな
世界の全ての不幸がなくなりますように…
私の憎しみと苦しみと悲しみで、人間を不幸にするかもしれないケドね……
香月と一緒に魔王城に帰ってきたよ
私は疲れた身体を癒やす為に、早朝にも関わらず温泉に向かった
(魔王城の中に天然温泉があるんだよ!凄いよね!私温泉好き!)
だってなんか眠くないんだもん
廊下を歩いていると地下牢に続く階段の前を通る
……そういえば、ポップがエルフの青年を奴隷にするとか言って持ち帰っていたな
ポップは悪気はまったくないんだろうが、乱暴に扱うからさ…
私は気になって、地下牢へ様子を見に行くコトにした
もしかしたらポップの部屋にいるかもしれないケドと思いもしたが、静まり返ったガラ空きばかりの牢屋に虫の息の呼吸が微かに聞こえる
ひとつの牢屋を覗くとそこにはエルフの美しかった肌の色は真紫に変色し、全身の骨が粉々になり倒れている
あらら…やっぱりね
おもちゃにして壊れたから捨てたみたいになってる
ポップの毒は強力で即死なのに、持ち堪えるなんてなかなかの強者
私はすぐに回復魔法で身体を治し猛毒も消し去った
苦しみに歪めていた表情は消え去り、身体の痛みから完全に解放されているコトに気付いたエルフの青年は飛び上がり私からおもいっきり離れる
失礼な奴だな、私を化物みたいな反応して
「早く逃げたらいいよ、今ならまだみんな寝てるわ」
そう言って私はその辺にかけていた鍵の束を取り牢屋の鍵を開けた
私の行動に驚いたエルフの青年は困惑しながらも私を睨み付けたまま不信の声を出す
「僕を逃がす?君は勇者であり聖女のセリカくんで間違いないな?」
「まぁ、そうだね
私は自分を聖女とは思ってないケド」
鍵を開けただけじゃなく、ドアまで開けてあげるサービスまでしたのにエルフはなかなか出て来ないで私に話をする
「君は何故魔族の仲間になっているんだ!
魔族が僕の国に来た時も君はそこにいた
黙って、僕の国が滅ぼされ奪われるのを見ていたな!!?」
「うん、見てた」
「どうして助けてくれない!?魔王が人間の今、君の力なら十分倒せるだろう!」
「ヤダから
ってか私、お風呂に入りたいの
早く行ってよね」
エルフは私の言動が気に入らないみたいで、わなわなと身体を怒りに振るわせる
私は私でイヤだなー、なんか面倒くさいのに捕まったよ
「君は何がしたいんだ…
僕の国を滅ぼしたくせに僕を助けるなんて」
「私は私の気分で行動するの
殺したい時は殺すし、助けたい時は助ける
何が正義なのか悪なのか…それも考えたい時だけ考える
地に足が着ついていないように見える?
私は自分を見失ったりしない
他人にはわからないだけ」
「イカれているよ…」
「私は正常だよ」
「少し前はもっと優しい人だと聞いた」
「ふーん、そう見えてたんだ
確かにその時はこれはダメって思ってたかも
でも、思ってただけで
それじゃあ何故ダメなんだ?と考えた時、答えは出せなかったわ
本当はずっと昔から今も、嫌いで憎んでいるのに
ダメに抑え付けられて考えるコトを放棄して、心を殺すなんてもうしないって決めたの
私が助けたいと思うのも死ねと思うのも、その時の気分
今日は面倒くさいからまいっかって思う日もあれば、そういうのが気に入らないから助けるのも
私の心次第、他人が私は矛盾していると見えても
私はその時に思ったコトを行動するだけで、それが私にとって正しいコト
もちろん出来ないコトもあるわ…
今は君を助けたい
私はエルフは嫌いじゃないからね
君は私を嫌いかもしれないケドさ」
でも、無礼ではあったな
エルフの国はとても美しかった
私は美しいものが好きだからそれに喜んだ
そしたらエルフ達は「穢らわしい人間が我が地を踏むな!」と言ったのよ
腹立ったから、やられてるのをざまぁみろ!って見てた
まぁ…エルフの国はひとつじゃないし
優しいエルフだったら、次は庇ってもいいかも
「わかった…あの魔王を倒さないと言うなら、あの噂は本当か」
「あの噂?」
「勇者は魔王の花嫁」
ああ、たまに聞く噂だね
んー…将来的にはあるかもしれないから放置してるわその噂
セリくんって素直じゃないからね(他人ごとのように言ってるが自分もそうである棚上げ感)
「つまりは好きな相手のする事には何をしても許すと言うのか、世界を救う勇者も落ちぶれたものだな」
エルフは直接魔族にぶつけられない恨みを代わりの私にぶつけるかのように嫌味っぽい
「イヤな言い方をするな、私を誰だと思ってるんだ?
落ちぶれている?違うわ、香月は私が(セリくんが)言えばしないでくれるかもね
ただ言ってないだけ
つまりは…そういうコト」
私は知ってるの
魔族から聞いた勇者の前世の話
彼らの嘘かもしれないケド…本当かもってなんとなく…
セリくんはこの話を知らない、私からは言えない
運命は同じコトの繰り返し…
生まれ変わる度に記憶が真っ白になって、バカみたいに同じような苦しみを抱えて……
家族と友達も仲間もいない…それどころか…
香月は…そんな勇者の……
「ちっ…黒幕は君って事か」
「私は世界征服してなんて言ってないケド?
そろそろ眠くなってきたわ…
それじゃ、あとは勝手に」
私はあくびをしながら鍵の束を元に戻し、エルフの青年を残し温泉に向かう
魔王を倒すのは勇者にしか出来ないコト
でも、勇者が倒すのは魔王じゃないの…
―続く―2016/05/22
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