第72話『私の結末』ミク編

あの人の愛しい人になれるチャンスがやってきました

神様は私の願いを叶えてくれた

それは私が正しいと言う事ではないでしょうか

万が一はありえません

もしあっても、この身体を絶対に返す事はしないでしょう


勝負の日、ミュージカルであの女との対決の時が来た

もうすぐ本番と言う時にキャミーの力ない声が私を呼ぶ

「ミク…」

「本番前に話しかけないで、今回はいつもとは違うのよ」

「ごめんね!!」

私の視界から隠れるほどの角度まで頭を下げられる

「……何」

私は自分の声が冷たい事、背は低くなったのにキャミーを見下ろす視線がいつもより上にある事、気持ちの変化に気付いていた

「あの時、火事の時に助けてあげられなくて…

ミクはあたしの代わりになってくれたのに

あたし…あたし、怖くて……火も死ぬのも……」

……そうよ、キャミーだけじゃない

仲間の誰も私を助けてくれなかった…

火に焼かれている私を遠くから見ていただけ

許せない…

今までこんな人達とミュージカルをやっていたなんて

「気にしないでよ、私はそのおかげでこの身体を手に入れられた

キャミーに感謝したいくらい」

私は笑った

反対にキャミーの表情は曇ったまま

「……ミクにその姿は…似合わないかな……」

気分悪い…どういう意味よ

「誰のせいでこうなったと思ってるの!?」

「それは悪かったと思ってる!

でも、リジェウェィさんにお願いしたらまた新しい身体を作ってくれるのに

ミクはそうしないでしょ?」

「嫉妬してるの?私が生きた綺麗な人間の身体を得たからって?

凄いわよ~この身体、皆がチヤホヤ」

全然気分良くないけれど

この女の姿が褒められたからって、それは私じゃない

あの女が目の前で褒められてる事にイラつくだけ

「……なんか…ミク、変わったね」

「女優なのだから、役に多少は影響されるでしょう」

「そんな役じゃないのに」

……さっきからムカつく

キャミーってこんなに嫌な娘だったかしら

私は何も変わってない…身体が変わっても私は女優のミクよ

イングヴェィさんの愛しい恋人に演るの(なるの)

キャミーとの会話ですっかり空気が悪くなったまま本番が始まった


ミュージカル対決は2つの劇場を借りて同時に行う

最後に観客席にいるお客さんが多いほうが勝ちと言った目に見えてわかるシンプルな方法

不平等や贔屓を減らす為に他種族が集まる大都市の大劇場に決まったけれど

芸術性、美術性の高い目の肥えた人々の前で恥をかくといいわ、ど素人達

素人のくせに正々堂々と勝負しようなんて馬鹿な女、今から笑いが止まらない

さぁさぁ本番がはじまる…

光輝く舞台の幕が開くと観客席は満員御礼だった

当たり前、私の劇団は世界的にも有名になって来ていたしファンも多い

いつも通りミュージカルをすればこのまま勝ち決まりで終わる

イングヴェィさんの歌はとても気になるけれど…

ここにいてたら聴こえない

少し早く終わらせて最後だけでも聴きに行けたら…

彼のはじめてのミュージカルを観てみたい

そして、次は私と共演を…それは楽しみな夢

そんな事を考えながら私は時間が過ぎるのを待った


ミュージカルの終盤を迎えた頃、ふと観客席の方へと目を向けた私の動きは止まる

ど、どうしてなの…私は今の光景が信じられない

満員であったはずのお客さんがありえない程に減っていたから

「ど、どういう事……」

演技も忘れ、舞台の上では決してしてはいけない自分を出してしまう

その瞬間を最後に物語りは終わりを迎えずに終了する

一瞬でも役から外れたらもう戻れない…

私は知っていたのに

勝ちを確信し、心はここになかった私への……

「…っ待ちなさいよ!」

クライマックスを迎えられなかった私のミュージカルから、残ったお客さんも席を立ち去って行く

呼び止める声が響き渡っても…劇場の中には私達の他には誰も残る事はない

私が…負ける?

そう思うと足元が崩れて床に這いつくばる

「ミク…これが今の貴女の結果」

キャミーと仲間達の私を見下ろす視線が哀れみを含む

何よ…その目は……

「おかしいわ!こんな事絶対にありえないでしょう!?100%勝てる勝負だった!

イカサマよ!あの女が何らかのイカサマを仕掛けたのね!?」

怒り、嫉妬、惨め、屈辱、ありとあらゆる醜い感情が私を覆い尽くす

「何もしてないと思う…

今日のミクはさっきまでの一度でもお客さんの事を見てあげた?ちゃんと役を演じた?

舞台の上では自分じゃないのに、今日はずっと自分だったよ!?」

「後輩でいつまで経っても主役に抜擢されないあんたが私に説教する気!?」

カッとなって立ち上がりキャミーに手を挙げる

叩かれると分かったキャミーの身構えを見ながら私は手を振り下ろした

けれど、それは大きな音を立てない

「身体は人形だから叩かれても痛くはないが、それでもこの娘は痛い思いをするぞ」

私の振り下ろす手を掴んで止めたのは思いもしなかったリジェウェィさんだった

「な、いきなり何よ!関係ないでしょあんたに」

「確かにお前達の喧嘩にオレは関係ない

しかし、その体を作っているのも

小さな傷も壊れた部分も直すのはオレなのだから関係ないとは言えないだろう」

「っ……わかったわよ」

舌打ちして掴まれた手を振りほどく

この人がいないと私達は死ぬしかない、弱い立場にある

「残念だったな、この結果は」

リジェウェィさんは観客席に目を向けて苦笑する

「ふざけないで!このまま終わらせないわよ

ど素人がプロから客を奪うイカサマをしているのだから後できちんと抗議します」

「オレは最後までお前のミュージカルを観たかったのだがな」

「はっ嫌味?あんたはあっち側の人であっちを応援してたのでしょう?」

誰もいない観客席、途中で終わった物語りの舞台

もう何も残っていない…私には

この恋だって…叶わないってわかっているから……

「気付いてないね、ミクはやっぱり…

いつもならお客さん皆の顔を覚えちゃうくらいなのに」

キャミーが悲しいなって涙を流して

「リジェウェィさんは最初からずっと1番前の席で観てたのに」

笑って私に言った

…リジェウェィさんが1番前の席で私のミュージカルを?

人形の体を作ってもらった時にお礼として、イングヴェィさんのお城にある劇場でミュージカルを披露した事はある

でもそれから一度もお客さんとして来た事なかったのに

「その身体はお前には似合わない」

「あんたも私にはこの綺麗な身体が似合わないって言……!」

キッと睨み付ける先、リジェウェィさんの腕の中に魔法で現れるのは私の体がだった

「どうだ?」

私の顔…私の髪、私の背も首も腕も手も足も、私がそこにいる

私なのに、生きていた頃より最初に作ってもらった体より

比べ物にならないくらい美しく丁寧に作られていた

人間らしさもより近く、でも人形にしかない美しさも最高に備えて…

綺麗なまっ白なお洋服も着せてもらって……

こんな人形どこにもない…

「私の顔には…やっぱり…長い黒髪より、明るい色のボブが似合うね…」

好きな人の好きな姿になるより、皆が認める綺麗な容姿を手に入れるより

自分の姿が1番自分にとって良くて美しくなれる…

「初めてお前のミュージカルを観て作り直したのだ

似せて作っただけの普通の人形ではいけない

あの華やかな輝かしい舞台の上で永遠に変わり続ける姿の為に

オレの最高傑作だぞ」

「………。」

言葉が出ない

目の前の自分の姿を見て、強く帰りたくなる、戻りたくなる

ミュージカルの私にはこの体の方が相応しい

でも…私の感情が大きく強く邪魔をする…

「ミクはさ、お客さんが楽しんでくれてるなら喜んでくれるなら、私はなんにだって慣れる

舞台の私はいつだって最高のヒロインだって

今の自分が辛くても悲しくても

お客さんはもちろん、役の女の子にもそんなのは関係ない

って言ってたよね

私はそんなミクに憧れてこの劇団に入ったんだよ」

横で私に憧れの眼差しを向けながら笑う

彼女の…笑顔、忘れてたわ…

そうやって…初めて私のミュージカルを観に来た時の観客席にいた女の子と同じ笑顔

それがキャミーだった…ね……

「………考えておくわ……」

私はやっと手に入れたこの身体とこの初恋の心を手放したくない

この恋が叶うと言うなら、その体はいらないのだから……


もうひとつの劇場へと私は急ぐ

まだ終わってないから少しは貴方の歌声が聴ける

楽しみでたまらない

私は貴方の歌声の大ファンで、貴方に恋をした普通の女の子だから…

観客席に着いた時はもうクライマックスを迎えていた

私が観客席にいてこうして他人のミュージカルを観るなんて変な感じ

思った通りど素人の集まり

演技は当たり前のように下手

台本はそこそこ面白いが、書いた事がないのかミュージカルっぽくない

あの遊馬とか言う陰陽師は何故かホストくさい

音楽の作曲も演奏もあのレイさんだから素晴らしかった

そして、イングヴェィさんの歌唱力は世界を虜にするほどの素敵さだった…

自然と涙が零れ落ちる

この声が好き…心を全て奪われるほどの歌声に、私は恋に落ちて

今だってちゃんと好き

やっぱり私は貴方の愛しい人になりたい……

ミュージカルが終わった時には観客席は立ち見まで溢れるほどの大成功

ど素人がここまでの成果を出すなんて…どう考えてもありえない話

「もしかして…」

私は気付いてしまった

ど素人でも普通のど素人達ではなかった

全ての人々の心を奪い去ってしまう魅了の歌唱力を持つイングヴェィさん

音楽に愛され素晴らしい曲を奏でられる天才のレイさん

勇者と聖女、ふたつの魅力と綺麗な容姿と雰囲気を持ち知名度と人気の高いセリさんとセリカさん

口寄せでミュージカルのプロを憑依させる事も出来るチート陰陽師の遊馬くん

これだけのメンツにただのプロの私が勝つ方がありえなかったのよ…

舞台の幕が閉じ、お客さんは笑顔で帰って行く

私の時とは違う光景…

その流れに逆らって私は閉じた舞台の上へと上がった

イングヴェィさんをはじめ、みんながいる前で私は結果に満足出来ず叫ぶ

「これはズルだわ!!」

「げぇー!?もしかしておれの口寄せがバレてルール違反!?」

いえ、あなたは口寄せしても大した戦力にはなっていないので

ヤバイと焦る遊馬をシカトして私はセリカさんに詰め寄った

「勝負は無効よ!最初からこのふたりに勝てる事はありえなかったの!」

イングヴェィさんとレイさんを指す

恵まれてるあんたのそんな所も嫌いなのよ!

「私がこのふたりと組めば絶対に負けてないのだから!!」

「勝負は勝負、メンバーの指名は君がしたんだよ

そしてセリカちゃんが勝ったからその身体は返してもらうよ」

私とセリカさんの間にイングヴェィさんが入る

セリカさんを庇うようにして…

それも…それも……嫌なの……

「イングヴェィさん…今の私とそのセリカさんとで何が違うって言うの…」

会う人皆が私をセリカさんと呼んで、回復魔法も炎魔法も使えて

勇者しか手にする事が出来ない勇者の剣ですら私をセリカさんだと認識しているわ

なのにどうして、イングヴェィさんだけはそう思ってくれないのですか

「私なら…完璧にセリカさんを演じられます!!

私は女優なのだから、イングヴェィさんの好きな人を完璧に再現出来ます」

私に演じられない役なんてない

私なら本物より本物になれるって所を見せるわ

そしたらイングヴェィさんは私を愛してくれる

「つまりそれって、やっぱり本物じゃなくて偽物ってコトだよね」

「っ……」

あっ…壊れていくような音がする

私の愛しい気持ちが…

振り向いてくれないこの一方通行の想いが、ついに壁にぶつかってぐちゃぐちゃになる

どうしたって、私の好きな人は少しもこちらを向かないから

なりたかった…私はイングヴェィさんに愛されるセリカさんに

女優の私に不可能な役なんてないはずなのに

どうして駄目なの…

私の心の痛みはセリカさんの瞳からセリカさんの涙としてこぼれ落ちる

「なんでそんなに冷たいんですか」

悔しいとともに憎しみが溜まっていく、また…また強く

「俺は俺に恋愛感情を持ってるセリカちゃん以外の相手には冷たく突き放すようにしてるの

その気がないのに変に優しくして相手に期待を持たせたら可哀想でしょって、これセリカちゃんの受け売りなんだケドね

セリカちゃん以外の人から好きになられても全然嬉しくないんだ

そんなの俺にとったら無意味以外の何ものでもないんだもん」

ズキズキと心が痛む

他人の身体なのに、痛みだけはしっかりと自分のもの

「イングヴェィさんは冷たいなと思ったが、意見はオレも同感だな

さぁ、ミュージカルの勝負に負けたんだ

約束通りセリカの身体を返してもらおうか」

レイさんが私に強く言う

いや…いやよ…

このままこの身体を返したくない

この身体がなくなったら…なくなったら……私は

「セリカさんは…いいじゃないですか、その身体でも

自分なんだし…私は身体がないんですよ?

それにイングヴェィさんの事、好きじゃないんでしょう?

それなら譲って!この身体ごと!

貴女には必要ないものばかりなんだから!!」

私の気持ちが大きくなればなるほど、どんどん醜くなっていく

セリカさんを目の前にすれば止められなくて、そんな自分の姿に気付けなくて、ぶつける一方

彼女の綺麗な顔はまっすぐに私を見る

その…余裕ぶってる表情が…見下しているような表情が……ムカつくのよ……

私には、貴女の顔がそういう風に見えてならない

「私は…イングヴェィのコト、愛してるかどうかわかんない」

「なら、いいじゃないですか

貴女にはレイさんもいますよね?そちらでいいでしょう?」

私の言葉を不快に思ったのかレイさんが口を開けようとしたけれど、すぐにセリカさんが制す

「今は私の気持ちなんて関係ない

譲るも譲らないもないわ

イングヴェィの心は私が決めるんじゃないもの

イングヴェィの心はイングヴェィ自身が決めるコト」

セリカさんの言葉に、また私の憎しみが増していく

なぜってイングヴェィさんが嬉しそうにするから…

「セリカちゃんの言うコトならなんでも聞いてあげるケド、そういうのだけはイヤだよ

俺の愛はセリカちゃんだけのものだからね」

そう言いながらイングヴェィはセリカさんを抱き寄せる

すかさずレイさんが引き離す

「私がミクさんなら、イングヴェィだけは好きにならないよ」

「何を…」

「だって、こんなに冷たくされて他の女のコトしか見てなくてさ」

ふざけないで

私を否定するって言うの?

私の恋を……

「ミクさんは恋に恋してるだけ

イングヴェィのコトが好きなんじゃないよ

イングヴェィに憧れて、それを恋だって錯覚して縋り付いてる

理想を追いかけて押し付けて…

でも、現実はただ苦しいだけのもの

そろそろ気付いて

イングヴェィはプラチナなの、他者を魅了する力があるの

惑わされてるだけ」

「っっ馬鹿にしないで!!」

カッとなってセリカさんにビンタをしてしまった

その瞬間、私の魂(からだ)にひびが入ったかのような音が聞こえる

本当の事を言われたみたいだった…

感情が暴走して、わけがわからなくなってるだけって

頭のどこかでそれに気付いていたのかも

でも、気付きたくなかった

恋をしていたかったから…負けたくなかったから……

負けてるってわかっていたのに……

「ばかに……しないでください……」

もう一度セリカさんの頬を叩く

壊れていく、崩れていく…私の魂(からだ)が

私が叩いてもセリカさんは何もしない

「なめてるんですか?

叩かれっぱなしなのは、回復魔法で痛みを感じないから?

どこまで貴女は私を馬鹿にすれば気が済むのかしら!」

「俺は男だから女性を叩いたりしないよ

だからセリカも君を叩き返したりしない

ただ…ショックだ……」

私のほうが…泣きたいのに……

痛くもない私の手に、彼女は涙を流す

崩れる…私の手が、腕が……セリカさんの身体の中で

もう、腕が上がらないじゃない…

「ミクさん!早くセリカの身体から出ないと…!!」

足が消えていく、立っていられない

「いやよ…やっと、手に入れた身体

返すなんて…絶対しない……」

地面に伏せて顔を上げると、私を心配してくれてるのは

私が1番憎んだ人だった

「ミクさん…このままだと貴女の魂が消えちゃうわ」

「そんな事言って…騙されません……」

わかってるわ…そんなの自分が1番……

私は消えてしまうんだって、魂が…

生まれ変わる事が二度とないように

「私…わかってた、でも

恋に恋くらいさせてください……歌と踊り以外に

私がはじめて愛したもの…なのだから……」

歌や踊りとは違う素敵なものだった

とても心地良い気持ちでした

恋はこんなにも幸せなものなのだと、はじめて知りました

それが例え惑わされていただけでも

本当は人間として生きて、いつか素敵な男性と出会って結ばれて……

夢のような未来を……

死んだあの日にその夢は崩れ去ってしまったから

人形になって、イングヴェィさんに恋をして

少しだけ夢の続きが見れたような気がした

叶わなくても、結ばれなくても、愛されなくても…

この気持ちを持っている自分に満足していた

満足……していたの……

「…本当に……?」

言葉にしたら、涙が零れ落ちた

ミュージカルのようなハッピーエンドを私自身で迎えたかった…

貴女が羨ましかった、セリカさん

ハッピーエンドになる貴女が…羨ましくて

「遊馬!なんとかならないの!?」

「わ、わかんないっすけど、やってみますよ!!」

でも、私は貴女になってもハッピーエンドを迎える事はできない

これは舞台の上でもなく役でもないのですから

私…バカだった……現実なんだよ

歌と踊りだけを愛していたら、こんなにも欲深くならずに悲しくも苦しくもなかったのに…な……

最期に私の目に映ったのは遠くで私の体を持っているリジェウェィさんと、涙の止まらないキャミーの姿

私の魂は欠片になるまで消え去って、ついに光さえ見えなくなった



私は歌と踊りを愛しています

舞台の上で様々な人を演じます

仲間と一緒に、お客様に楽しんでもらえるように

今日も私は歌い踊ります

明日も明後日も、何年経っても歌い踊り続け演じる

「ミク…」

あらお客様

ようこそ、と私は深々と挨拶をする

「やはり…ただの人形になってしまったか」

「はい、もうミクは…」

お客様とキャミーがお話しているのを私は静かに聞いている

人形の私は人の会話に入る事が出来ない

「私はこれで良かったと思っています

ミクはずっとミュージカルだけを愛していたかったと思うので

本当は死んで消えるはずだったのに人間の感情を失っても、ミュージカルだけを愛する気持ちだけを残して生きる事を選んだのではと」

「そうだな、それがこの女の幸せだと言うのなら」

「リジェウェィさんは残念ですか?」

「何故そう思うのだ?」

「なんとなく」

「ふふ、面白い答えてやろう

残念だと言えば残念だ

オレは人間でもプラチナでもない

イングヴェィに創られた存在で、人形と変わらない

だからなのか…ただの人形はつまらないと感じてしまう

自分が人形だから、人形でもこうして生きて想う事もある

動かなくても喋らなくても、そう思うのだ

人形が心を失ってしまったら、自分じゃなくなるのではと

他の誰かがオレの体を使っても、イングヴェィはそれをリジェウェィと呼ぶだろう

オレではないのに、兄と呼ぶのだぞ」

「リジェウェィさんって意外にブラコンですよねウフフ

まー私達は女優ですよ?自分はないものです

でも…リジェウェィさんの言う通り、舞台の上は女優のミクだけど

舞台から下りたミクはミクじゃない気がして、確かにつまらないですね……」

お客様もキャミーもあまり良い顔をしてないです

ここに来たお客様は皆さん笑顔になって頂かなくては

「何か悲しい事がありましたか?

貴方を私達のミュージカルで笑顔にします」

人形の私は人間のように微笑む事はできませんが精一杯励ます

「あぁつまらない、つまらないぞ

それなら一から育ててやればいいだけだ

元は人間だったのだ、オレより不可能な事ではあるまい?」

お客様が私の手をすくい上げる

握手とは違って…その手から伝わる温もりの意味を私はまだ知らない

「大好きだったミュージカルの事は残っていて、これからはそれだけを愛していく

それとも…

ミクの今後に注目しちゃうなーあたし、なんてねー」

愛していますよ

ミュージカルを、歌と踊りと一緒に私は私以外を演じ続ける

それが女優として、私の全て

恋も友情も幸せも何もかもが舞台の上で私は手に入れてしまうから

私はこれからも永遠に、ミュージカルだけを愛しています

この美しい人形の体で


私が私に帰って来るまで…



-続く-2017/03/20

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