第69話『あの人の愛しい人になれたら』ミク編

舞台の上で歌ったり踊ったり演じたりするのが、私の運命だと思っています

歌と踊りを愛し、音楽に愛された女優

死んだ後も人形の姿になってまでも、こうして仲間の皆とミュージカルを続けられる事は幸せです


物心ついた頃から私は演劇一筋でした

死んだ後もそれが忘れられなくてしがみついて

歌えるなら踊れるなら演じられるなら…他には何もいらない?

それで全ての満足を受けられている?


私にも人並みに好きな人がいました

その人には私ではない他に好きな女性がいるのです

運命でしっかり結ばれて……

私はその人の心に少しも入る事は出来ませんでした

諦めました

私には歌と踊りがあります

私はミュージカルさえ出来ればそれで幸せなのだから

そうでしょう?

死んでも歌い続けて踊り続けているじゃない

死を得てこの世にしがみついてるのは、純粋にそれだけなのでしょうか…

私は諦めたつもりだったのです



「今日もお客さん沢山来てくれてるね、ミク!」

「そうねキャミー、お客さんの楽しみにしている顔を見ると今日も頑張ろうって力が湧いてくるわ」

「生前より死後の方があたし達ってファン増えたんじゃん?」

複雑と言いながら皆で笑い合う

人形の身体になったら人間のように動くのは難しいとリジェウェィさんは言っていたけれど、今となっては仲間の皆が人間の頃と変らないくらい自然な仕草や表情を見せる

「もうすぐ開演だけど、ミクは本当にその髪でやるの?」

キャミーは私の黒く長い髪に指を通す

「個人的には好きよ?でも、今回の主役の女の子は活発な性格なんだからショートカットで明るい髪色の方がよくない?」

私は別にこの髪が気に入ってるわけではなかった

黒色の髪は私の顔立ちに似合わなくて、ロングも稽古の時には邪魔なだけだった

「これでやるわよ

ポニーテールにすれば、少しは活発に見えるでしょう?」

「ん~…そうかも、ミクの役作りにあたしが口出してもね」

「そんな事ないわ、アドバイスは嬉しいものサンキューキャミー」

私の言葉にキャミーは嬉しそうに笑った

ごめんねキャミー、この黒髪はいつまでも未練がましい私の想いが捨てられないから

諦められないの…どうしても

私じゃ駄目なら、私はあの人の愛しい人になりたい……

「ん…?何か騒がしくない?」

開演1分前になった時、客席の騒ぎで劇場が火事になっている事を知る

「ひっ……」

「火事じゃない!?逃げて皆!!」

真っ黒の煙が辺りを埋め尽くす

人形の私達には煙の匂いもわからないし、苦しくもなかったけれど

火は簡単に私達の木でできた身体を燃え尽くし灰にするから恐怖の対象でしかなかった

気付くのは遅れたけれど、私達はなんとか劇場の外へと避難する事が出来た


「皆無事か!?」

仲間のひとりが私達は皆無事である事を確認してくれる

「恐かった~…火事は最悪ぅ…

早く消防隊来ないかな?」

キャミーは周りを見ながら燃え盛る劇場の心配をする

せっかくのミュージカルが…ツイてない

楽しみにしていてくれたお客さん達の表情が恐怖と心配に変わってしまって、残念だわ

「だれかー!?」

少し離れた場所で誰かが叫んだ

「私の子供がー!まだ中にいるの!誰か助けて!!」

その言葉に周りの空気が張り詰める

水か氷魔法、もしくは炎魔法を持っている人がいないのか誰も動こうとしなかった

私も、動けなかった

静まり返って…誰かが助けに行くって言葉を待つ

お願い…誰か助けてあげて…

取り残された子供が可哀想よ、心配

「おいあんたら!!」

シーンと静まり返っていた空気がひとりの男の声に注目する

あんたらと声をかけられたのは誰なのか

男は私達にバケツ一杯の水を浴びせた

そう、男が声をかけたのは私達だった

「人間じゃないんだろ!ぼけっとしてないで助けに行け!!」

「そういえば、人形の身体なのよねぇ?

煙も苦しくないし熱さも感じないでしょ?」

周りの人間達はそうだそうよと私達に詰め寄る

「えっ……」

私達の身体は燃えやすくてこの身体がないとこの世に留まれない

つまりまた死ぬって事よ…

「む…無理ぃ!!あたし達の身体は木で出来てるの!あんな火の中に入ったら一瞬で灰になるよぉ!!」

キャミーは泣き叫んで首を横に振る

「水で湿った木ならそう簡単には燃えないだろ!

燃える前に助ければいいんだよ!早く行け!!」

男はやだやだと抵抗するキャミーを無理矢理引きずって火に近付ける

どうして…私達が…

子供の命が大切なのはわかるわ

子供を助けようとする母親には危ないからって引き止めるのに

生きてる人間の命は大切

でも、でも…私達の命だって……

人形の身体になっても生きてるのに…!

同じ命じゃないの!?違うの!?

「…待って!!私が行きます…

キャミーを離してください」

私の言葉にキャミーの腕を掴む男の力が緩んで、キャミーは私の後ろに逃げてきた

「ミク……!!」

もう1回バケツに水を入れて頭から被る

生きて帰ってこればいい

「ミク!逃げよう!?無理だよ!そのうち来る消防隊に任せて」

「ここで私達が逃げたらもう二度とミュージカルをやれないかもしれないわ」

悪い噂を流されたら…

子供を助ける気持ちより、自分の人気の事しか頭になかった…

心配して止める仲間達の言葉も聞かずに私はまた燃え盛る劇場の中へと走った


火の熱さは感じない

なのに、自分の身体にかけた水はあっという間に蒸発していくのだけはわかる

熱くないのに、熱いと錯覚してしまう

いつ自分の身体に火がつくのか、それが恐かった

前が見えない、早くここから出たい

「いた!」

なんとか無事に運良く観客席で子供を発見できた

「大丈夫?」

ぐったりとして倒れ込んでいる子供に声をかけても返事はない

まだ息はある…

私は子供を抱きかかえて来た道を戻った

後少し、頑張れミク

自分を励ましながら出口を目指す

「きゃ!あ…火が……!!」

ついに火が私の身体を取り込んでいく

後少しの出口を目指して走り抜ける

なんとか外には出れて、子供は生きた人間の手に渡る

「あぁ!私の坊や!!」

「気絶してるだけで助かった!」

「よかったな~奥さん」

でも…皆、子供だけが心配で

私の身体の火は誰も消してくれなかった

仲間達さえも…私を激しく燃やす火に近付くのを恐がった

「誰か…助けて……」

水を探して歩こうとすると足が燃え尽くされて崩れた

うそ…やめて、私まだ死にたくない!

「キャミー…!皆、私……まだ……」

助けてと手を伸ばしても届かない

涙なんて出ないはずなのに視界がどんどん霞んでいく

まだ歌いたい、踊りたい、演じたい…

私…あの人に愛されたかった……

死にたくない

私の恋が消えてしまうのが恐い

「ミクさん!」

その時、私の名前を呼ぶ声が走って近付いてくる

誰も私に近付かなかったのに…

「なんてヒドイ…人形の身体は私じゃ治せないよ」

目の前に現れた人を認識したと同時に私の身体を覆い尽くしていた火は消え去った

彼女は自分の炎魔法で一瞬にして火事を治めて、火傷や怪我をした人々を治した

「大丈夫、リジェウェィさんに頼んでミクさんの身体治してもらおうね」

私の目に映るのは、まるで聖女様だった

いいえ……本物の聖女様、あの人の愛する……

「ラスティン、今すぐリジェウェィさんと連絡を取って」

「はいセリカ!」

「遊馬、アンタが遅刻するから何か大事になってるじゃない」

「さーせん!でも、セリカさんの力で綺麗に解決出来たじゃないっすか!

さすがセリカさん!その力に憧れるぜ!!」

「いやよくねぇよ!?

久しぶりにミクさん達のミュージカル観に来たのに、これじゃ今日は中止だよ」

見上げるとその視界に映る人はとても美しかった

私の持っていないものを持っていた

羨ましかった

この人になりたかった

あの人に愛されているこの人に…私は…なりたい……

「セリカさん…私を助けてくれたのですね、優しい人」

「ううん、ミクさんを助けたのは私がミクさんを好きだからだよ」

特別だよと微笑む姿は…

「私は…セリカさんの事」

たまらなく憎かった

私に優しくするこの人が死ぬほど嫌いなんだと、思い知らされる

人を憎む事は悪い事だからと目を逸らしていた

だから今までこの人の前で私は微笑んでいた

優しくするようにしてた

心にもない事も言った

応援するね…なんて

そんなの嘘…そんなの少しも思っていない!!

歌えれば、踊れれば、もうそんなので誤魔化した所で

私はいつまで経ってもこの黒髪を捨てられないのに!

こんな身体いらない!

私はこの人になりたい!!

この人になって、あの人に愛されたい!!

死にたくないのと同じくらいこの人が羨ましい!!

「その身体…私にください……」

もう動かないはずの身体を強い気持ちだけで持ち上げて

「……ミクさん?」

私はこの人の身体に手を伸ばして覆いかぶさった

そしたら、一瞬意識が真っ暗になって気付いたらいつもと違う身体の感覚に気付く

温かい肌、静かに動く心臓の音、空気の匂い、夜の音

「私…?」

身体が人形になった時よりもずっと動かし辛い

でもなんとか自分の手(?)を視界まで持ってくる

なんとなくいつもより小さな手…待って!木じゃない!?

さっきから身体の上に乗っかってる重いものをどけると

それは人形の私だった

「ひっ…酷い姿……」

火に焼かれ黒こげの無惨な姿になってしまっている

少し人形の自分の姿に驚いたけれど、もしかしてと言う考えが過る

確認するまでドキドキが止まらない

私…もしかして、ずっとなりたかった人に…

近くにある家の窓の反射を利用して今の自分の姿を映す

「セリカさん…!」

信じられない

私がセリカさんの姿をしている…

周りを確認してみると、他にセリカさんの姿はない

その代わりと言うように人形の私が転がっているだけ

ただ似ているだけじゃないわ

私は本物のセリカさんになったのよ

人形と同じなのかも

セリカさんの魂を追い出して空っぽにした身体だけを乗っ取った

「やった…やったわ…神様が私の願いを叶えてくれた…!」

死ぬほど嬉しかった

舞い上がるほど

これであの人に愛してもらえる

その事だけが頭の中を埋め尽くして、すぐに足があの人の下へと向く

「セリカさん何処行くんすか?…セリカさん?おーい……えっ無視?」

遊馬の声も聞こえない私は動き辛い身体を使いながら走り出す

早くあの人へ会いに…

私を抱きしめて、愛して…

私の心を満たしてください

いつも夢見ていた諦めなきゃいけない恋が、やっと叶うのよ



でも…あの人は本当にセリカさんだけしか愛していなかった


「イングヴェィさん!」

何日かけてあの人の下へたどり着いただろう

ボロボロになっても私はこの足を止めなかった

「……君、誰?

どうしてセリカちゃんの身体を持っているの……?」

愛してくれると思っていた

あの太陽みたいな明るい笑顔を私にも向けてくれると思っていた

私の期待、全部崩れて

「な、何を言ってるのですか

私はセリカよ?」

「身体だけね」

目の前が真っ暗になる

イングヴェィさんの冷たい視線が私の心を切り裂くみたい

「私…イングヴェィさんの事、好きなんです」

「俺はセリカちゃんだけが大好きだよ

君のコトなんて知らないし、絶対好きにならない」

変わらずはっきりとおっしゃるのね…

「返して、セリカちゃんの身体」

ずるい…本当、セリカさんが羨ましくて憎い……

「返したくない……やっと手に入れたんです!」

イングヴェィさんに愛してもらえると思って!!

「何がいけないんですか!?私とセリカさんの何が違うって言うの!?

運命だから!?たったそれだけで私じゃ駄目なんですか!?」

必死に目の前の消えかけの恋にしがみつく

どんなに想いを伝えても受け取ってもらえない

どんなに強い想いでも叶わない

「違いはセリカちゃんには愛があるケド、君にはないって事かな」

「………。」

素晴らしい歌唱力を持って音楽に愛されているイングヴェィさん…私の憧れ

ずっとずっとファンだった

いつからかファンを通り越して、恋をして……



私は歌を踊りを愛していました

それだけがあれば幸せだと思っていました

でも、人並みに恋をしました

恋が私を惑わせて狂わせたのです


叶わぬ恋を諦める事ができませんでした

私は自分が醜い恋に墜ちてしまっている事に気付いていません


苦しいです

歌と踊りだけを愛する事ができたら、よかったのに



―続く―2016/07/18

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