第66話『女神の救い』セリ編

「セリ様、お出かけのお時間ですわ!」

突然いつものコトだが、セレンはそう言ってノックもなしに俺の部屋のドアをバーンと開けて入ってくる

いつからか、セレンが来るコトがなんとなく感じるからもう驚いたりしねぇの

ただ毎回思うコトは、ノックくらいはマナーとしてしてくれよ!?ってコト

女神だからって何してもいいのか(天使ネクスト、オマエもだ)

さっきお昼食べてちょうど眠くなってソファでウトウトしてた所なのに…

「えー」

最近、とくに何もなくて暇でさ

部屋でゴロゴロしてるコトが多くて、セレンはいつもいつも「勇者様なのにその堕落した生活はよろしくありませんわ!?」って怒るんだ

ハイハイって聞いてたケド、今日ついに俺は部屋から追い出されるコトになったようだ

「これからレイ様と共に、北の果てにいらっしゃる女神に挨拶をしてらして」

「北の『果て』!?めっちゃ遠そうだし、スゲー寒そうだし、イヤだね!」

「もうセリ様ったら!私は貴方の為に申してるのでございますのよ!!

寒いのなら、レイ様に温めてもらえばよいのですから!!」

……絶対行かねー

「本気は置いておきまして」

冗談は置いといてって言葉に本気をすり替える奴はじめて見たぞ!?

セレンは真面目な話だと、腐敗から見た目通りの女神の表情を取り戻して口を開く

「その国の女神は、神族の中でも最高レベルに強い力をお持ちなんですの」

「ふーん、でっ可愛いの?」

女神って言葉のイメージにすぐ美人とか可愛いとか思ってしまう俺

可愛い女の子大好きだし!なんか綺麗なお姉さんがいるだけで頑張れちゃうし!(セレンは女と思ってないが)

「わかりませんの」

「ん?」

「見た事ありませんの」

「えっ?」

「声も聞いた事ありませんの」

何言ってんの!?

困惑する俺にセレンは女神の微笑みを崩さない

見たコトない、声も聞こえないって…それ存在しないって言うんじゃ……

「つまり、いないってコトだろソレ!?

いないのにそこに行って挨拶してこいって何!?」

「いますわ!女神結愛は存在するんですの!!

見た事はありませんけれど……

………実は私も本当にそのような女神が存在するのかどうか……疑っていたりいなかったり……」

ごにょごにょと自信のなさが表れて来る

女神結愛……その名に、セレンは俺に会いに行けと言うが

いないのに会うも挨拶も出来ないだろ

「女神結愛は同じ女神の私ですら、存在を確認した事はありませんわ

もちろん天使族も人間族も、悪魔族も魔族もエルフ族も

どのような者であっても存在を感じられないのですわ」

「うん、簡単なコトだ

その女は存在しない、だから俺は行かない」

「しかしですわ!女神結愛の存在を知る人物がたったひとりいらっしゃるのです

それは、大神官タキヤ

種族は人間ですがたったひとり存在を知ると言う事で女神結愛の力によって不老不死であり100歳は超えていますのよ」

だから女神結愛は存在する!とセレンはさっきの自信のなさを振り切って俺に迫る

「ソイツの嘘じゃん?」

「人間族ですのよ?嘘で不老不死の身体である事なんて」

ありえないと言うか

1人以外誰にも見えない聞こえない存在を信じるか信じないかなんて話は難しい

疑っててもセレンはいるいるの一点張りだし

もう存在のありなしなんてどうでもいい

なら…

「わかった

それじゃ俺がその女神に挨拶しに行ってどうなるんだ?目的は?」

セレンが言うんだ

ただのおはようみたいな挨拶するだけとは思えん

「セリ様!行ってくださいますのね!?」

「ここにいたらセレンがうるせぇし、たまには旅行もいいかなって」

セレンは俺が行ってくれる事にありがとうと屈んで目線を合わせる

「先ほどもお話しました通り、女神結愛の力は絶大でございますの

その力をお借りする事が出来るのならば、神の敵である悪魔に抵抗出来るでしょう」

あれ?さっき、俺の為とか言ってなかった?

自分の為かよ!!

ま、まぁ……セレンは俺の前では腐ってても、見えない所では色々大変なんだって…本当は知ってるから

悪魔を相手にしきれていないのも知ってる…

それでたくさんの人が不幸になったり傷付いたりしているのも

俺は悪魔相手じゃなんの役にも立たないから、セレンはそれを見せようとしない

逆に俺を守ろうとしてくれてる

魔王を倒せる唯一の存在だから

悪魔は俺のその力を狙ってるコトも知ってるし…

俺の前にあまり悪魔が姿を見せないのもセレンの加護があるからってわかってるよ

だから…なんかムカつくケド、たまにはセレンの為に俺が動いてやってもいい

セレンがいなかったら、俺なんてあっという間に悪魔に捕まって利用されて殺されるだけだもん…きっと

「その大神官タキヤって奴しか女神が見えないなら、俺が行っても意味ないかもしれねぇが

仕方ないから行ってやるよ

別にセレンの為じゃねぇからな!女神見に行くだけだし!!」

見えないって言われてるのに、見に行くとか

「それに、女神結愛が力貸してくれるとは限らないんだから期待すんなよ」

「えぇ!えぇ!わかっておりますわセリ様!

セリ様はいつも愛するレイ様の為で、行くのも愛するレイ様と愛の2人旅だからと言う事

このセレンしっかりとわかっておりますわ!!」

やっぱ行くのやめよっかな

一瞬でもセレンに日々の当たり前になっていたコトを感謝して行くって決めた自分を後悔してるぜ

最近は言い返すのも面倒になって

「ネクストも一緒に連れてってもいいケド」

「ネクストならたった今休暇を与え実家に帰らせましたわ」

最近こればっか俺言ってるから毎日帰ってないかネクスト!?

あのツインメイド天使と同じくネクストって俺達の世話係なのに、最近見てないからな

セレンはどうしてもレイと俺を2人っきりにしたいみたいだ

愛を育む為とか、セレンが恐くて仕方ない

そうして俺は部屋に戻ったレイにセレンの話をして、北の果ての国に行く長旅をするコトになった



北の果てって言うからもっと遠いのかと思ってたら元々セレンの国も世界の北側にあったから意外と近かった

そうは言っても到着に2週間はかかったケド

道中は他国や他種族の地を通って来たが、とくにトラブルもない

問題と言えばやっぱり北は寒く凍えるんだろうなって覚悟していた

しかし、よく考えると炎魔法持ってて勇者の剣で魔力無限の俺には防寒具なんていらなかった

もちろんレイにも俺の炎があるから寒さ対策はしていない

あと、レイは氷属性を持っているから元から寒さには強いんだよ

氷は炎と相性が悪いみたいだケド、レイが言うには俺の炎は普通の炎魔法と違うからレイの氷は俺の炎が好きらしい

そしてそして長旅の先にやっと着いた

氷と雪の国かと思いきや、北の果ての国に足を踏み入れれば花や木の自然が美しく咲き誇る温かい世界だった

澄んだ空と海、生命あふれる森、目に入る全てが美しい女神に愛され守られていると誰もが感じる神聖な空気

ここが…北の果てにある女神結愛の国……

めっちゃデカイな

セレンの国は広いなって思ってたケド、ここの国のほうがめっちゃ広いしさらに北の果てにあるにも関わらず栄えてるって大都会じゃん!?

セレンの国が一瞬で田舎だったと思い知らされる

俺はセレンの国しか知らなかったからこの世界じゃここが最高なんだと思ってた

女神の国ってだけでスゴイんだって思ってた(あれでも)

でも、この国見たらまだ知らないコトが多くて世界は広いってマジなんだ

だから世界はさらにもっともっと広いんだろって想像しちまうよ

世界的に見ると神が治める国は少ないみたいだが、2つも知ってる俺からすればそれが当たり前のように思えて珍しくもなかったりする

しかし、ここの女神はセレンと違って姿も見えない声も聞こえないんだよな

まぁ、なんかそれが普通って感じじゃん

俺のいた世界には神様なんていなかったし、いたかもしれねぇケドそれなら見えないのが当たり前だった

そして神様は誰も救ってはくれない…何も出来ないから…

存在しなかったから

さて新しい国、しかも広くて見たコトのないものがたくさんあれば興味持っちゃうよ

だから俺はまっすぐに歩かずにあれもこれもと見ていると、レイに仕方ないなと笑われる

「セリ、気持ちはわかるが寄り道は後だ

まずは女神結愛のいる大聖堂に、大神官タキヤに会いに行くぞ」

俺達のいる国とはまた違った雰囲気のものがたくさん並ぶお店に自然と足を止められんだもん!

「お土産いっぱい買って帰る!」

「わかったわかった」

楽しい気持ち、たまには遠くまで来るのも悪くはない

色んなものを見たいし、空気も雰囲気も新鮮で楽しいよ

だから早く用事を済ませて観光しようぜ!

最初は面倒くさかったケド、たまには旅行もいいもんだぞ!

とりあえず、気兼ねなく観光したいからレイと俺は挨拶を先に済ませる為に大聖堂を目指す

………広いから遠いな

先は見えてるのに、歩いても距離の縮まり方が遅い

馬車や馬に乗って行くほうが速いってのはわかってるが、空いてる馬車も馬もないんだよ!

それに…歩いてて気付いたんだケド、こんなに美しい国で女神に守れれているハズなのに

途中から目に入った騎士団の物凄い行列の長さ…まだ続いてる

なんだろ、なんとなくこの国に合ってない気がするようなこの光景

自分の国を守る為に、女神の力だけに頼らず人間自身も用意してるだけだろ

そんなのおかしなコトじゃないし、当たり前のコトなのに

なんでこんな変だって違和感があるんだ…

まいっか、どうでも

「えーもう疲れた~」

身体が重いの!

勇者の剣で俺の体力は少しはマシになるって話だったのに、あんま変わってないくらい身体弱いままなんですケド

「仕方ないな、ほら」

レイは俺の前でかがみ、背中に乗れと言う

「おんぶはヤダ!」

「お姫様抱っこかい?」

「もっとヤダよ!?」

「いつもしているのに

またセリのとりあえずなんでも反抗したい反抗期が来たんだな」

何それ!?俺何歳なの!?23歳だぞ!!?

今は甘えたくないだけだもん!

おい周りを見ろ!

この国でもレイへの熱い視線を向ける女性達の姿を!

ここでお姫様抱っこでもされたらまた俺が女の子に嫌われるだけだろ

とにかく歩くしかないよな…

「ん…?」

いつの間にかひとりの女の子が俺の目の前にいた

めっちゃ可愛いケド、この子もレイのファンなんだろうな…

大きく真っ白な翼を持っているから天使族かな、鳥族の可能性もあるが

派手さがなく控えめで清楚な大人しい感じのとにかく可愛い

歳は20歳前くらいだろうか

西洋色の強いこの世界には少し珍しい、西洋と東洋のハーフな見た目

色素の薄い茶色の髪は長く大きな瞳は優しさと寂しさを宿してる

その女の子は俺に自分の真っ白な羽根を差し出す

「えっ何、くれるの?」

羽根は綺麗だケド

自分の羽根を手渡すとか、自分の髪の毛渡すのと同じくらいの行動じゃないだろうか…

目が合って話しかけると彼女は驚き身を引く

なんでだ!?くれるんじゃないの!?

そのまま彼女は羽根を落としたまま逃げるように行ってしまう

「なんだったんだ…」

変な天使の女…と思いながら羽根を拾うと、不思議なコトに疲れが抜けて身体が軽くなる

何この羽根スゲーんだケド!?

つまり…あの天使は疲れたと呟いた俺の為にこの疲れをなくす効果のある羽根をくれたのか?

ふーん…天使の羽根にこんな効果がある奴もいるのか

ネクストなんて毛抜け時期でもないのにストレスかのように俺の部屋に羽根落としまくってたぞ

それを俺が掃除して触れるコトもたくさんあったケドとくに何か不思議な効果があるとかはなかった

「セリ?どうしたんだい?さっきから独り言を言って」

レイは不思議そうに声をかける

少し心配されているような…

「えっ独り言?んなワケあるか!

変な天使の女がこの羽根くれたの見てただろ

20歳前くらいの大人しい感じの女の子…」

「えっ?」

「………えっ??」

不思議から心配に変わってレイは俺の額に手を当てる

「そんなに疲れているのなら言ってくれ!熱はないか!?喉は痛くないか!?食欲は!?寒気は?それとも熱いか?」

医者に行かないととレイは一通り俺の様子を確かめる

ど、どういうコトだ…俺本当にヤバイくらい疲れてんのか?

疲れたーなんていつもの口癖みたいに言っちゃってたケド、頭おかしくなるくらい

自信がなくなってきたぞ…幻覚を見るくらいなんて

そういえばなんだか肌がピリピリするような鼻もややこしいような目もモロモロするような…

………これただの花粉症や!!

くっそーこの国今花粉の季節かよ~!

嫌だ!肌がピリピリするの!

「レイ待て、心配するな!俺は大丈夫だから」

「いいや医者に診てもらおう」

「イヤだね!俺は病院とか医者とか大嫌いだから!!ってのレイは知ってんだろ

そんなコトより早く大聖堂に行って大神官タキヤに話しに行こうぜ」

羽根のおかげなのか本当に身体の疲れは抜けていていつもより軽いよ

このスッキリした感じ、嬉しくて走り回りたいくらい

身体の弱い俺がこんなに元気の時ってないかもしれない

一時的なものなんだろうケドさ…

手に持っていた羽根は俺の喜びを見届けて満足したかのように光とともに消えていく

「セリ…わかった

見た感じは元気そうだから、今は用事を済ませよう

しかし、今日は早めに休むぞ」

「うん!」

そうして俺達はあの遠くにある大聖堂へと無事歩き着いたのだった


大聖堂の中に入ると外とはまったく別の空気に気が引き締まる

セレンの神殿に始めて来た時の感覚と似ていて思い出す

今は慣れてしまっていたが、他所の女神のいる場所はまた別の空気だったから

はあ…なんか俺がいちゃいけないような思いになるこの神聖な空気

この穢れた身体は神の怒りに触れるんじゃないかって…

「大神官タキヤ、あなたが女神結愛の存在を知る者としてお願いする」

レイの言葉にタキヤは快く引き受ける

大が付くくらいだから偉いんだろうなこのタキヤさんって人

セレンが100歳は超える不老不死って言ってた見た目はレイと変わらないくらい若いぞ

さすが神に仕える人は優しそうな顔と雰囲気持ってるな

俺…苦手かも…

偉い人って、俺は無礼を働くかもしれないからな……うーん

「レイ様とセリ様、女神セレンから聞いております

遠い所からご苦労様でございました

ほう…あなた様が勇者様でおられますかセリ様、美しいお方でございますね

お会い出来て光栄にございますよ」

少し離れた所にいると、俺がタキヤさんを苦手に思っているコトを悟られたみたいだ

タキヤさんはそんな俺にも心広く近寄り受け入れる

めっちゃ良い奴じゃね!?

「勇者…様?ってコトは俺のほうが上なの?

大神官様なのに?偉いのに…」

「いえいえまさか、私は女神結愛のお言葉を人々にお伝えしたりお仕事をするだけでございます

魔王を倒し世界を平和へと導く勇者様の足元にも私は及びませんよ」

ふーん…この世界ってそんなに勇者ってスゴイ存在なんだ

しかもそのスゴイ存在がまさかの俺でビックリだよ

全然自覚ないのに、勇者様やセリ様って呼ばれるコトには違和感ないの

タキヤさんは神の微笑みとも思えるほど眩しい

レイの爽やかスマイルとはまた違った人の心を洗わすようだ

「この世界じゃ俺ってそんなに……あっ」

タキヤさんの後ろにある大きな女神像の影から身体半分を隠してチラリとこちらを見ている姿に気付く

「どうなさいました?」

そう聞くタキヤさんに俺は女神像の所にいる姿を指差す

「さっきの天使」

「この大聖堂に天使は…」

俺の指差すほうを振り返り確認するとタキヤさんは一瞬表情が変わる

動揺と一緒に…

「セリ、やはり疲れているのかい…」

また俺が幻覚見てるみたいに言うレイはめっちゃ心配してる

でも俺はおかしくなんかなかった

「………セリ様もお見えになる方でしたか」

幽霊なの!?

「いや俺には霊感まったくねぇんだケド」

「あちらのお方がこの国の女神、結愛様でございます」

「ウソだろ…マジか」

そう紹介されて、やっとわかる

レイには見えてないコト

タキヤさんが見えるコト

女神結愛の姿が見える者は大神官タキヤひとりだった話が、変わる…

俺が見えるなんて…

街中で会ったからてっきり天使かと思ったら女神だったのか…

サイズもセレンと違って普通の人間の女の子と変らない、天使達と同じくらいだし

だから俺が話しかけたコトに驚いたんだな

いつも誰からも見えないから…

まさか俺も見える人だったなんてちょっとビックリ

「えっと、さっきはありがとな」

俺は結愛…ちゃん付けでいいかな

見た目的に歳は近そうだが年下な感じがしてさ

俺って女神に無礼働いてるのかも

お礼を言うと彼女は首を縦に振る

こっちの言葉は理解出来るみたいだが、話せないみたいだ

声も聞こえないってセレンは言ってたケド、実際は声が聞こえてないんじゃなくて喋れないのかもしれない

唇を言葉の通りに動かすコトはしないから

結愛ちゃんが『どういたしまして』と伝えようとするのはわかる

必死に…困った顔してまで

「わかってるよ

どういたしましてって伝えたいんだろ」

代わりに言ってやると、当たったみたいで安心したように微笑む

………ちょっと可愛いとか思ってしまった…

まぁ普通に可愛い子だしな

「セリがひとりで話しているようにしか見えない

本当にそこに女神結愛がいるのか…」

レイは姿が見えないのはもちろん気配も何も感じないみたいで信じられないコトでも、タキヤさんも言うならそうなのかって感じだ

その様子に結愛ちゃんは寂しそうな顔をする

神は人間を愛しているから…愛している人間達からいないみたいに思われるのは…寂しいか

俺はレイにここにいるって知らせたくて結愛ちゃんの手を掴む

その一瞬

「……っ!」

恐ろしい記憶が大量に流れ込んで来る

世界の不幸、人の醜さ、苦しみ痛み怒りも憎しみも…

人間が耐えられないくらいの…絶望の記憶

「は…あ、さっきのは……」

針が刺さって反射的に手を退けるみたいに俺はすぐに結愛ちゃんから手を離してしまった

俺の中に流れ込んで来たのは世界の記憶…だ

それはハッキリとわかる

この女神…世界の不幸が見えるのか

長い年月の記憶が一気に流れ込んで来たから何があったとかはわからない

ただヤバイってのがわかって残ってるだけ

香月の恐怖とは全然違う

過去だけじゃない現在進行形の世界にある不幸に絶望を与えられる

世界には幸せなコトだってあるハズなのに…

彼女の記憶にはなかった…不幸しか見えないんだ……知らないんだ

「………だ、大丈夫…」

結愛ちゃんは血の気の引いた俺の顔を心配そうに覗き込むが触れるコトはしなかった

気付いたみたいだ、触れると俺に自分の絶望の記憶が伝わるってコトを

指先が冷たくなってる震えてる

身体も辛い…気が飛びそうだよ…

こんなの…ずっと、この人はひとりで持ってるって言うのか

気が狂いそうだ

いくら女神だからって…残酷

結愛ちゃんは自分が俺に触れられないコトをわかっているから見えなくてもレイに助けを求めるように見る

そんなコトしなくても、レイは俺を支えてくれるよ

「セリ!急に顔色が悪くなってフラフラじゃないか」

「顔色が悪いのはいつものコトだろ

まぁ、今日はちょっと疲れたかな…休む」

「そうだな」

帰ろうとすると、何故か固まっていたタキヤさんが我に返って怒鳴る

「気安く私の女神に触れないで頂きたい!」

その顔はさっきまでの優しさを失い赤紫にして酷く歪む

「私は女神結愛が唯一愛した男なのですよ!?

人間を平等に愛する事とは訳が違う!!」

いきなりなんだコイツ!?

女神と恋人だって言いたいのか

なんだよ!手掴んだくらいでそんな怒るコトないだろ!?別に俺は恋愛感情とかねぇし!!悪かったな!!

でも、タキヤ(呼び捨てにする)の言葉の後に結愛ちゃんは間に入り俺に向けて強く首を横に振った

ムカつくからその事実を口にする

「あんたの女神様は違うって言ってるケド?」

「デタラメを言うな小僧!」

小僧!?もう俺、ぼくちゃんって歳じゃねぇよ!?クソジジイ!!

「セリに失礼な事を言うなら、大神官だろうと許さない」

レイは短剣を抜いてタキヤに向けるとタキヤはビビッて声の音量を下げた

「さ、さすがは勇者の騎士と言った所か…どちらも小僧っ子のくせに……

私が恋人である証に女神は私を不老不死にしてくださったのだ」

俺は結愛ちゃんのほうを見る

すると半分は本当で半分は違うみたいで困った顔をしてる

恋人のほうがウソだろうな

「不老不死はたまたまあんたが結愛ちゃんの姿見えただけ

それでちゃんと神のお仕事を手伝ってねーってコトだよ」

「ぐぬぬぬぬ…生意気な小僧っ子めぇ……大神官様に逆らうとは処刑ものですぞ」

なんだ…コイツ、悪い奴だったの?

「じゃあさ」

俺はタキヤの腕を掴み結愛ちゃんの手に手を触れさせる

「何を感じる?」

「はぁ…?女神の温もりから慈愛を感じますよ、当たり前の事でしょう女神なんですよ彼女は」

やっぱり…こいつは姿が見えるだけで女神の見える絶望の記憶は知らないんだ

何も知らない…彼女の気持ちもわからない

「言葉が話せない、他の人には見えない

適当なコト言って彼女の気持ちを勝手に口にするな

ここの女神の恋人はあんたじゃねぇよ

それはあんたの妄想話なだけだ」

「……………!!」

言い返せなくても、俺に対してかなり腹が立っているのは目に見えてわかる

今にも俺を殴りそうな勢いだが、レイの睨みでそれも出来ない

「…行こうレイ」

帰ったらセレンにでも話して、腐っても女神の力でこの妄想勘違い野郎はクビにしてもらったほうが結愛ちゃんの為でもあるかもしれないな

そうしてレイと俺は大聖堂を後にした


さっきの記憶の疲労が続いてるから早くホテルで休もうと街中を歩いていると

「…………。」

ついてきてる…のがわかる

足音なんかしなくてもわかってしまう

いつも誰かに伝わらない想いを持ちながらあの困ったような顔をした奴…

振り返ると、想いが伝わったかのように嬉しそうに微笑む

「セリ?」

「憑かれてる…」

「疲れているのはわかっているが、ホテルはもう目の前だから少しの辛抱だ」

レイには見えてないからやりにくいな…

このままホテルまで着いて来られて部屋に居座られたらイヤだろお!?

女が部屋にいるとか落ち着かねぇじゃん!?

ソワソワする

とか悩んでいると、近くで小さな男の子が思いっきり転ぶ

近くに母親もいなくこのままショタは自分が転んだコトを理解したら大泣きするかのように未来は決まろうとしていたが

気付いた結愛ちゃんは男の子の傍まで飛んでいき立たせてあげる

男の子は見えていなくても自分の身体を起こしてもらえてさらに膝の傷が綺麗に治っているコトにまだ思考が追いついてない

見えなくても人に触れるコトは出来るのか…

男の子が針の先を触ったような反応をしていないのを見ても、やっぱりあの記憶は俺にだけしか伝わらないんだとわかる

「はっ!?もしかして女神結愛様が助けてくれたの!?ありがとうございます!

ママー!ママー!聞いて!女神様が僕を助けてくれたよ!?」

お礼を明後日の方を向いて伝えた男の子は元気よくママの所まで走っていった

それを見た結愛ちゃんは心配から安堵の顔に…

姿は見えなくても…国の人達は彼女のコトを信じていた

ちょっと…よかった

世界の不幸の記憶を持った女神だから、幸せを知らないと俺は勝手に思ってた

彼女の表情を見てると幸せも知ってるみたいだ

その心、気持ちは俺にはわからないから

でも…彼女はそれを知っているんだってなんとなくだけどわかる…かも

「…自分が代わりに痛みを受ける…か、それで回復するのも忘れて喜んでるのか」

男の子の転んだ傷は治ってた

その代わり、結愛ちゃんの膝に同じ傷が出来ていたから俺は回復魔法で治してやる

「いるのかセリ、女神結愛が」

「うん」

俺が独り言を言えばもうそれしかないとレイもだんだん理解してきた

「俺はホテルで休むから着いて来られると困るんだよ」

って言うと寂しそうな顔をする

その顔やめろ

俺にどうしろって言うんだ

さっさと神の生活に戻れよな

「…どうしたんだよ、何かあるのか?」

聞いてみても答えられないからわからない…

俺は表情を読み取るコトは出来ても何を思ってるのか考えてるのか伝えたいのかはわからないよ

「………。」

少しすると結愛ちゃんは背を向けて行ってしまった

何か言いたげな雰囲気を残して

「気のせいかもしれないが、女性に優しいセリが女神結愛に対しては少し冷たくないかい?」

女性にセレンは含まれない、アイツは女じゃない

レイはどうかしたのかいと心配する

「わからない

結愛ちゃんは見た目は好みで可愛いし、性格も大人しい感じで良いんだケド

なんとなく…俺、壁作ってるよな」

別に彼女に対して恋愛感情があるワケじゃない、その欠片もなくて

女の子は大好きだが!

……だって、俺には好きな奴がいるから…めっちゃ嫌いなのにめっちゃ好きな奴…



そして次の日

この国の観光を楽しみにし過ぎて興奮したせいで寝るのが遅くなった俺は朝になってもなかなか起きようとはしなかった

「いつまで寝ているんだ、セリ」

「ん~…だってあんまり寝てなくて、まだ眠いんだもん

後ちょっとだけ寝かせて……」

半分寝ぼけながらお願いと甘えるように俺はベッドの中で隣にいるハズのレイに抱き着く

自分の部屋じゃない時くらい別々のベッドでもいいのに、習慣みたいになっててレイと一緒じゃないと落ち着かなかったりする

「あれ?なんか、レイ体型変わった?まいっか……いや…」

抱き着くといつもより柔らかくて、いつも良い匂いするレイだけど

それとは違って別の良い匂いがして、あったかくて…とくに顔の位置なんか超フカフカでマジ天国かってくらいのあれで……

眠気がだんだんと薄れていって

「ッいや!よくねぇ!?」

パッチリ目が開くほど眠気が吹き飛んだのは、俺が抱き着いてたのはレイじゃなくて結愛ちゃんだったからだ

「な、ななななんでアンタがここに!?いつから!?俺の隣で寝てたんだ!?」

隣に女が寝てるってコトがはじめてでパニックになって飛び起きる

なんかラッキー!って変な嬉しさとなんでだ!って戸惑いと困惑と色々ある

落ち着け俺…

「……ま、まあ…わかった

アンタ、俺に伝えたいコトがあるんだな

聞いてやるから、話せないなら紙に書いてくれるか?」

テーブルに置いてあるメモとペンを渡して、その間に着替えるからあっち向いてろと伝えた

「大変そうだな…セリ」

見えなくても俺の言動で察したレイは苦笑する

「人生最大で最高の目覚めだった」

「………オレには」

レイは俺の胸を見て何かを思い出し複雑な表情をする

「なさそうだ」

「セリカに殺されるぞ…」

結愛ちゃんは巨乳だからなー

セリカは胸がないワケじゃないケド、ないんだ

聞いて!?セリカは小柄だから貧乳に見えないの!

でもこの世界は巨乳が当たり前、普通みたいになってるから

微妙とかないとか言われてしまうワケで…可哀想に

身体が小柄だから!!仕方ないんだよ!?(言い訳)

「ば、ばかを言うな

オレはセリカの事をそう言う目で見てはいない」

誤魔化すようにレイは顔を真っ赤にして視線を逸らす

「わかってるって、それ男の性だから仕方ねぇの

レイがセリカのコトちゃんと大切にして愛してるって知ってるから」

そうじゃなきゃ俺を命懸けて守ったりしない

レイは俺を大親友として想って大切にしてくれてるケド、やっぱり俺がセリカじゃなかったらいつもこんなにも守ってくれないよ…

たまに…友情を超えてまで、俺に命懸けてるレイに申し訳なく思う

俺のせいでレイを傷付けてしまうから…

それじゃ顔を洗ったり着替えたりして、いつでも観光する準備が出来た頃に

結愛ちゃんから書けたとメモを渡された

「なげぇ…」

ペラペラとメモをめくると読む気を失せさせるほどの長文

しかも、字が読めない

見たコトがない文字だ

「この文字は神のもののようだが、セレンとはまた別物だな」

レイも読めないか

リジェウェィさんなら読めるかもしれないが…

俺に伝えたいコトを他人に知られるのは…嫌だよな

「すまない…俺は君の文字が読めないよ」

そう言うと、結愛ちゃんは落ち込むように顔を俯けた

「大神官タキヤなら神の文字を翻訳する書物を持っているんじゃないか」

「それだ!」

女神結愛の言葉を人々に伝えてるって言ってた

結愛ちゃんは話せないからタキヤは文字で女神の言葉を得ていたと考える

「借りて来よう、セリは行きたくないだろうからここで女神結愛と待っているといい」

悪いレイ…本当いつも助かるよ

「ありがとうレイ、いつも」

「セリの為なら」

レイはいつもみたいに俺の頭を撫でると爽やかな笑顔を残して部屋を出た


「……………。」

そしてこの沈黙

無理に会話するコトはないんだろうケド…気まずいよなぁ

結愛ちゃんは俺に何を伝えたいんだ?

タキヤじゃダメなのか?

勇者だからサボってないでさっさと魔王倒して世界を平和にしてとか?

それしかないか…

他人からしたら、俺には勇者しかないし

(セレンから力を借りてきて!って話は忘れた)

「イヤだよ」

「?」

「俺、魔王倒す気ないもん」

「……………。」

「世界平和とか、人間を救うとか守るとか

アンタ達には大切なコトかも知れねぇケド、俺にはどうでもいいコトだよ」

俺がソファに寝転ぶと結愛ちゃんは上から見下ろす

それを無視するように目を閉じる

「…アンタのあれ…イヤじゃないの」

結愛ちゃんに触れた時、この女神は世界の不幸を抱えてるんだってわかった

あんなに痛くて恐くて苦しいコト…手放して逃げたくならないのか

アンタに比べたら、俺の憎しみも苦しみも悲しみもちっぽけなもんかもしれねぇが

たったそんだけでも、俺には耐えられなくて逃げてるのに…

…そういえば朝の目覚めの時、結愛ちゃんに抱き着いても何も見えなかった

服の上からじゃ見えないのかもしれない

手とか直接肌に触れたら見えるってコトか

もうあんなものは二度と見たくも感じたくもないが…

「辛いのに…」

目を開けると、結愛ちゃんの表情は苦しみでいっぱいだった

そんな時、静かな朝だったが急に廊下に数人の乱暴な足音がこの部屋の前で止まる

「女神結愛を盗んだ罪人め、逃さぬぞ!」

許可なくドアを開けられ入ってきたのはタキヤと騎士団

寝転がってたソファから身体を起こし、俺はタキヤを睨み付ける

「何言ってんだ?」

「そこに女神結愛がいるのが何よりの証拠!助けてと泣き叫んでいるではないか!この外道め!!」

これは…もしかしなくても、陥れられているな…

騎士団を連れて来るなんて本気かよ

どんだけ大罪人が相手なんだっつの

まぁ女神泥棒ならそうか

騎士団は女神が見える大神官の言葉は100%信じるから、タキヤがウソを付こうが俺が何を言っても悪者になる

なら

「俺を誰だと思ってるんだよ

勇者だぞ、勇者!世界を平和にする勇者って女神セレンが宣伝してんだろ」

それだけで全て許されるとか俺思っちゃってるから!

「貴方様が勇者様…噂通りお綺麗な」

一瞬、騎士達は勇者の名に怯む

が……

「勇者って…あの仕事しないで有名な?」

「魔王の恋人だと言う噂も」

ザワザワザワ…あれ、なんかこれさらにヤバイ雰囲気?

俺の普段の行いが影響してる?

って!俺はちゃんと仕事してんぞ!

魔王退治以外の仕事

あと、恋人ってなんだよ!?いつから!?

えっなに?もしかして、香月にキスされたのを誰かに…見られたとか…?

今顔真っ赤にしてる場合じゃねぇのに!もー!

もうもう俺も!他に好きな奴いるくせに、いちいち意識するとか尻軽じゃねぇか!地団駄踏むわ!

「捕らえよーーー!!!」

「「「はっ!!」」」

タキヤの掛け声で俺はあっという間に騎士達に縛り上げられた

クソー!タキヤ殺す!!

レイが帰ってきたらオマエらみんなタダじゃおかねぇからな!ボケ!!

(レイがいないとダメ)

「ん?なんだねこれは」

「あっ…!それは」

タキヤは結愛ちゃんが書いたメモ帳を拾い読む

「勝手に人の読むなよ!」

「これはラブレター…」

ラブレター?

タキヤはメモ帳を読み進めるとみるみると顔を真っ赤にして怒りで全身を奮えさせている

どうやら、自分宛てのラブレターではないらしく嫉妬の火を燃やしているようだ

結愛ちゃん、好きな人いるのか

それでその人に想いを伝えたくて俺に協力してほしかったんだな…

タキヤは結愛ちゃんに惚れてるから言えなかったんだ

「あぁ!?オマエ何やってんだよ!?」

茹でダコみたいになったタキヤはラブレターを粉々に破り捨て、ギロっと俺を睨み付け

「女神を盗んだ大罪人に処刑を!!」

はっ?今ここで…?ちょっと展開早いぞ!?

騎士達は言われた通りに剣で俺の身体を貫く

結愛ちゃんはその光景に顔を真っ青にして手で口を塞ぐ

…大神官ってそんなに偉いのかよ…

俺の話まったく聞かないで、裁判もしないで、即処刑…ふざけんな

「…知らねぇの?俺を殺すなら即死させないと」

貫いた剣の刃で両手の拘束を解き、騎士達に剣を引き抜かれたと同時に立ち上がる

俺の回復魔法、いつも感謝してるぜ!

「ヒントやっちまったから逃げるわ

じゃーな」

瞬間回復魔法に驚いた騎士達の隙を見て、俺は窓から飛び降りる

この国の騎士って意外にチョロいじゃん

平和ボケしてんだろうな

ここの女神の力は強力で…シッカリ守られているから

「セリッ!?」

「おっレイ、良い所に」

ちょうど帰ってきたレイは飛び降りる俺の真下に慌てて回り込んで受け止めてくれる

手ぶらなのを見て、借りられなかったんだろうなって思う

「さっさと帰るぞ」

「その方がよさそうだな」

レイは窓から覗くタキヤの顔を見て察する

ちぇ…せっかく観光して楽しもうと思ってたのに、残念だ

もうこの国には来れそうにないし


俺が女神を盗んだ大罪人と言う話は瞬く間に広がる

目に見えないものなのに、それが真実か嘘かなんてみんなどうでもいいみたいで

タキヤの流した話はほとんどの者が疑うコトなく信じ、俺に対してその態度を表す

その話が他人にとってあまりに面白かったから

世界を救うハズの勇者が女神を盗んだ大罪人として墜ちた姿が


…この世界も俺がいた前世界と変わらないんだ?



―続く―2016/06/11

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