第65話『幽霊船で起こる殺人事件』レイ編

光と氷のフェアリーを仲間にして前よりは強くなっても、まだまだオレが求める強さには届かない

強くなれるならなんだって…

そんな時、街で流行っていた噂で光の聖霊の話を聞いたんだ

オレが求める力の一つ、その噂の出処を確かめる為に国境を超えた港までやってきたわけなんだが…


はじめて来た小さな港

深く濃い霧に包まれて少し肌寒く、人気も少ない

見るからに怪しさ満点ではあるが、強い力が手に入るなら怪しかろうが危険だろうが構わないさ

フェレートが勝手に干し肉を盗み食いするのを制しながら港に船が着くのを待つ

今日はセリを同行させていない

誘わないと拗ねるから声をかけたんだが、今日はローズとまた第二都市に行く約束をしているからと断られてしまった

女神セレンの神殿から第二都市までの道のりに危険はないと言っても、何処へ行くにもオレを同行させてほしい

傍にいないと何かあったら…と心配でたまらなく心が落ち着かなくなるんだ

フラれたショックと心配とで今日は気乗りしない一人旅になりそうだな

そろそろ船が港に着く時間になると少ないとは言え人も増えてきた

もうすぐか…しつこく干し肉を盗み食いしようとするフェレートを叱るように首を掴み上げる

普通の獣にはこのような乱暴はしないが、フェレートはフェアリーだから多少乱暴にしても怪我も死にもしない

いいや乱暴にでも叱らないと言う事をまったく聞かないんだ

フェレートはオレがまだ餌の時間じゃないだろと叱ると不機嫌そうにしてはとりあえず肩の上で大人しくなった

「それフェレット?可愛い~」

船が着く時間、人が近付く気配は感じていたが霧が濃くて傍に来るまで見えない

「見た目はそうだな」

オレはしれっとどうでもいいと言う感じで突き放すように返事をする

長時間これから船の中で他人に付き纏われるのはあまり好きではないから、話を広げないように仲良くならないように素っ気ない態度を取るのは癖なのかもしれない

この癖は前の世界からのもので、オレは探していた何かばかりを求めては他人に自分の時間を奪われるのが嫌だったから…

今は探していた何かは見つかったわけだが、癖はなかなか抜けない

と言うか、オレはセリとセリカ以外の他人はどうでもよかった

しかし、こう言う状況でセリが傍にいる時は別だ

外を歩いていると声をかけられる事も多く

無視したり素っ気ないとセリに「可哀想だろ!」と怒られるから、セリが傍にいる時は適当に愛想を振り撒いてはいるが今はいいだろ

それにしても…頭の中はセリカの事しかないからなのか、さっきの女の声がセリカの声に聞こえてしまったのは病気か

こんな所にいるわけはないのだが…

「わ~ふわふわ、しかもなんか光ってて綺麗で可愛いね」

フェレートは主人のオレの意思無視で女の手に乗って媚を売ってると横目でちらりと見ては二度見する事になる

深く濃い霧も近くまで傍まで来ればその姿も見えてくる

綺麗な人…視界に入ったのは恋そのもの…

肌寒かったのに一瞬で熱くなり心も身体も燃やす

「っセリカ!?」

「久しぶりレイ、と言ってもセリくんがいつも一緒だから久しぶりな感じなんてしないんだケドね

偶然だね」

思いもしなかった出会いに動揺してるのはオレだけなのか

セリカは惚れ薬の件があったにも関わらず普通だった

オレのセリカへの気持ちを察したフェレートは意地悪な顔を一瞬見せたかと思うと、動物相手には警戒心皆無のセリカはそのままフェレートにキスを許してしまう

「っビックリした…私のコト好きなの?嬉しいな」

セリカは笑ってフェレートを撫でているが、フェレートはオレにしてやったりと言う顔を見せる

おいおいおいおい!?羨ましい…

あいつ、オレが干し肉をあげなかったからその仕返しか!?

お前の気持ちはよくわかった、後で焼いて食ってやるからな!!

動物(フェアリー)相手に本気で嫉妬するオレは大人気ない

誰かさんの事を言えないなオレも…

「あっ、船が着たよ」

嫉妬で周りが見えていなかったオレは船が近付いていた事にも気付いていなく、セリカに言われて冷静さを取り戻す

ちょっと待て!?

船に乗り込むセリカの手を掴む

「えっ?何?」

えっ?何?じゃないだろ!?

深く濃い霧から現れたのはどっからどう見たってただの嵐を纏った幽霊船でしかなかった

オレに霊感はないが、本能が危険だと訴えかけているこの絶対乗ってはいけない幽霊船に乗ると言うのかセリカ!?

セリカの護衛も兼ねているはずの三馬鹿は何処だ!?

香月さんは!?貴方の大切なお姫様が危険な冒険をしようとしてるんだが!?

いや、セリカはオレの聖女様だったな

「どう見たって幽霊船じゃないか、この船は間違いだ」

他の客達も幽霊船の禍々しさに恐怖で足がすくんでいるじゃないか

幽霊船に乗ったら最後と言うのは世界共通だと思っていたがセリカのいた世界にはそういう常識はなかったのかい

あまりにも観光気分だ

テンションが高い

「え~でも、船員さん達こんなに歓迎してくれてるよ?

私、幽霊船ってはじめて!超楽しそうだもん」

ディッフィーランドのアトラクションじゃないから!これ!本物だろ!?

船員凄く骸骨

船員達はセリカにドライフラワーの花束を渡して拍手してお客さんだと大歓迎している

めちゃくちゃ怪しいんだが…

それでもセリカは盛大に歓迎されたコトに照れながらも気分良くしている

騙されてるぞセリカ!?

とオレは思ったが、他の客達はセリカが歓迎されているのを見て「楽しそうじゃない?」とか思いはじめては

幽霊船でもいっかみたいな状況になって次々と幽霊船へ乗り込んでいく

おいおい…幽霊船は生者を招き入れて殺す…そうじゃないのか…

セリカは知らないんだ

その常識を

セリカは船員達に案内されて幽霊船の中へと消えていく

こいつらは何処にオレの愛しのセリカを連れて行くと言うんだ…

オレはセリカの騎士だろう

守ってみせるし、危険な目にも合わせはしない

覚悟と誓いを持ってオレはセリカを追い掛けて幽霊船へと足を踏み入れた


幽霊船に乗ったオレとセリカ、他の客達は船員によってそれぞれの客室へと案内される

幽霊船にしては客室はそれなりに豪華で居心地は悪くない

それまでの廊下や船内外はぼろぼろで沈まない事が不思議でたまらないくらいであったのに

「…レイは隣の部屋だけど?」

客室でくつろぎながらセリカはなかなか部屋から出ないオレに言う

「この状況でセリカを1人に出来るわけないだろう

無事に帰るまでオレはセリカの傍から一歩も離れはしない」

「それはお風呂も寝るのも一緒ってコト…変態だ」

そこは配慮したい気持ちはあるが…

心配で、一瞬でも目を離してしまったら消えてしまうのではないか…

「レイは気にしすぎだよ

幽霊船、幽霊だから悪いなんて疑うのはよくないコトだもん」

違う…セリカ、オレはセリカが心配だから

幽霊でなくても人間もなんだって、天使だろうが神だって…敵になる事があるかもしれないと身構える

オレに少しでも隙があれば、守り切れないと思うから

どんな事も状況だってさ…

「幽霊船の噂をセリカは聞いた事があるかい

遭遇したら誰も帰らないと言う噂があるんだ

これは世界共通の常識だと思っていたよ

そんな噂を聞いたら心配にもなるだろう

このままオレのセリカを」連れて行かせるわけには

「そうなんだ…それは恐い話だね」

良い所で話を切られたのは無意識なのかわざとなのか…

「でも、その噂の幽霊船がこの幽霊船とは限らない…

幽霊船って言ってもたくさんあるもん

良い幽霊船だってあるよ

私は自分の目で見た真実だけしか信じないもの」

オレはそれじゃ駄目なんだ遅すぎるんだ

守るには、周りの全てを疑って警戒して

何よりも早く動かないと…もしもの時は手遅れになってしまうから

「セリカはそれでいい

難しい事は考えずに、自由でいてくれればいいから

オレはそんなセリカが」好きで、何が起こってもオレがなんとかしてやるから全て任せて

「アハハ、フェレートこしょばいよ~」

良い所で…わざとな気がしてきたぞ…

セリカの綺麗な肌を舐めてはじゃれているフェレートに殺意が湧く

オレは干し肉を取り出して廊下に投げ、それを追い掛けて廊下に向かったフェレートを閉め出した

「フェレート…」

セリカはフェレートがいなくなって寂しいと名前を呟く

「セリカ…わざと…いや、なんでもない」

わざとでよかった

セリカは優しいから、ちゃんと示してくれる

だったら…セリカが本当にオレを好きになってくれた時わかりやすいから

少しの沈黙が始まろうとした時、空気を読んだかのようにドアをノックする音が聞こえる

ドア越しから死人の声で「お食事のご用意が出来ました」と呼ばれた

レストランに集まれと

「ご飯!お腹空いてたから嬉しい

レイ、行こ~?」

セリカは綺麗な顔で微笑んでオレの腕を軽く掴んで引っ張る

それでもやっぱりセリカは優しいから、オレが傷付いた事にもちゃんと気付いていて

そうやって変に汲み取って翻弄するから…たまらないよ

オレは好きだなこの人の事、その自由さと優しさと美しさと…全てが

「あぁ、行こうか」

その綺麗な瞳に笑顔を返すと、さらに嬉しそうに笑ってくれた

冷静になって考えるとセリがオレに振る舞うのと変わらないだけなのに

セリカになるだけでそれが特別なコトだと勘違いしてしまう


そうしてオレとセリカはレストランへと向かった

大きな縦長のテーブルにぽつぽつと他の客が席に付いている

オレ達の後に次々と客が席につき、5分ほど待つと全ての席が埋まった

セリカは「まだかな~まだかな~」と目の前にあるドライフラワーが入った花瓶を見ながら楽しみにしている

セリもセリカもあまり食べないくせに美味しい食べ物が大好きなんだ

(2人が残したものは全てオレが平らげるから問題ない)

そして舌が上品に出来ているのだろうか、不味いものは不味いとハッキリ言う

不味い料理は食材への冒涜だと怒るんだ

肉も魚も野菜も果物も食べるもの全て生きてるものだからと、料理が不味いのは許せないみたいだ

2人の舌はその料理が肌に良いものか悪いものかわかる

悪いものは不味いと感じ、良いものは美味しいと感じる

ちなみに美味しい不味いとは違って、純粋な好き嫌いもあって

スイーツに入ってたら嫌いな物ベスト3、1番嫌いなものから『きなこ』次に『ごま』第三位に『抹茶』

どれもこれも身体には良いものだが味が嫌いと言っていた

あと、ケーキやお菓子も不味い嫌いと言っていたがやたらと甘いものを食べたがる

この世界のお菓子は美味しい身体に悪くないとかで好きになったみたいだ

だから、機嫌の悪い時はお菓子あげとけばだいたいは良い感じで大人しくしてる(食べてる時だけ)

ケーキはものによるそうだ

見た目の可愛さは好きみたいだが食べると気持ち悪くなるんだってさ

「私のコト、よく知ってるね」

「口に出てたかい?」

「めっちゃね」

セリの事なら何でも知っている

いつも一緒にいるからなのもあるがオレが知りたいから

「あっ料理来た来た」

骸骨姿のウエイターが料理を配り始めるとさっきまでお喋りしていた客達も静かになる

目の前に置かれた銀色の蓋の中にある料理

セリカはやっと来た楽しみだと待ちわびている

そうして最後の人にまで料理が行き渡り、骸骨のウエイター達は一斉に料理の蓋を取った

「うわーーー!?」「きゃーーー!!」

その瞬間、目の前の料理を見て客達が反射的に席を立ち上がる

オレとセリカ以外…

オレの目の前にある料理は人間の心臓だった

他の客達の料理を見ていると、腕だったり足だったり肩だったり腸だったり肺だったり…とにかく人間をバラバラにして食事として出されたんだ

生ではなく丁寧に焼かれて、その匂いは牛や豚などの肉とあまり変わらない

ミンチかなんかにしてハンバーグにでもしてくれれば誰も気付かなかったかもしれないのに

原形のまま出すとはオレ達に恐怖を与える事が目的なのか?

しかし、同じ人間として人間を食べる事はオレには出来ない…

セリカの様子を伺うとショックを受けているのか眉を寄せて目の前の…生首を見つめている

生首はキツイ

「セリカ、見るな…」

オレはショックで目を逸らせなくなったと思ったセリカの目を覆うとすると

「こっちはイヤ、こっちのがまだいい」

セリカはむーっとしてオレの料理と交換した

「そういう問題だったのか!?」

おいおい、人間が殺されて料理として出てきた事にショックで固まってたんじゃないのかい

ああ忘れていたが、セリカが身を置いている場所は魔王城だったな

あそこならカニバリズムも珍しくないのだろう

慣れとは恐いな、感情が鈍るようだ

さすが魔王の花嫁と密かに噂されてる人は違うな

「やっぱり…幽霊船は幽霊船だったのよぉ…」

「この船は僕ら皆を殺していくんだ!」

あっという間にパニックになる客達は

「そっちがその気ならこっちもやってやるぞーーー!」

「死ね死ね!この死に損ないが!」

骸骨のウエイター達を椅子や花瓶などで殴り始める

骸骨のウエイター達は抵抗するコトもなく身体を破壊されていく

それを見たセリカが声を上げた

「みんな落ち着いて!」

死者に回復魔法が効かないとわかったセリカは客達と骸骨のウエイター達の間に自らの身体を挟んで止める

急だったからセリカが入ったコトに振り下ろしたものが止まらなかった奴はオレが受け止める

まったくセリカは…痛みを感じない怪我もしないからって無茶しすぎだ

オレは一瞬でもセリカが血を流すのを見たくないってのに

セリカが止めた事で何故と客達が不信に思い苛立ちを見せる

しかし相手が人間、ましてや聖女様だと言うなら皆手出しが出来なかった

セリもセリカもすっかり有名になってしまっているな

勇者として聖女として

「セリカ様!やらなきゃこっちがやられるんですよ!?」

「そうよ!」

「僕らは落ち着いて幽霊退治をしてるんだ!」

セリカの次の言葉も言えないくらい皆が皆騒ぎ立てる

オレはそれを制して、セリカに話させた

「みんな、落ち着いてない

幽霊船だから幽霊だから悪って勝手に決め付けてるわ

もしかしたらあのテーブルにいる殺された人は、この幽霊船を利用して罪を幽霊に擦り付けようと考えたこの中にいる生きた人間がやったかもしれない

その可能性はないとは言い切れないでしょ」

「それは…」

セリカの言葉に誰も言い返せなくなった

「もちろん、幽霊の仕業である可能性もあって

この船にいるみんながみんな怪しいの…私も含めてね…

だからハッキリわかってもいないのにそうだと決め付けて攻撃するのはよくないコトよ」

セリカは破壊された骸骨のウエイターの前にしゃがみ込む

回復魔法を使ってるみたいだがやっぱり死者には効かないようだ

それを見た客達は

「さすが聖女様、わかりましたよ」

「そこまで言うならセリカ様が犯人を見つけてくださいよ

そもそもセリカ様が最初にこの船に乗らなければ誰も乗らなかった」

そうだそうだと上がる声にオレは黙っていられなかった

「あんた達、それはセリカが悪いと言ってるのかい

この船に乗ったのは自分達の意思じゃないか

セリカは船に乗る事を誰にも強要していない」

「なによ…」

「ちっ」

こっちがお前らなんなんだって感じなんだが

客達は気分最悪だ自室に戻ると言って出て行った

静かになってレストランには生きた人間はオレとセリカだけになる

「レイ、私を庇ってくれたのは嬉しいケド

人が殺されてみんな不安で恐いの

だからわからなくなるだけ」

「またそれかい

何度とセリに言われて少しうんざりだ」

「レイの気持ちもちゃんとわかってる

友達が悪く言われたらムカつくコトも、だから私はそれが嬉しかった」

「セリカは友達じゃない…」

ありがとうって笑ってくれるが不満だ

セリカは友達じゃない

オレの気持ちをよくわかってくれる

でもオレはその事に引き下がらないし、そう言うセリもセリカも嫌だ…

2人に言われたら何も言えなくなってしまって何も出来なくなってしまいそうになるから

この前だって、目の前の人を助けろって事だって

言う通りにしたら本当に自分の守りたい大切な人を守れないんだって実感したんだ

これからはセリカが何を言ったって、オレはセリカを優先に考える

オレが守りたいのは他の人じゃない

それがセリカの頼みでもお願いでも、天秤にかかる時は迷わないから

「…セリカ様…貴女が…聖女様……」

破壊されたはずの骸骨達が元に戻っていく

白骨の頼りない手がセリカの手を掴んだ

「ん?」

名前を呼ばれたセリカは耳を傾けるように骸骨に視線を向けた

しかし、骸骨達は元通りになった体を立たせただけでその後は何も喋らない

「食事は中止みたいだね

人間の肉と知ったら私も食べられないもの

知らなかったら食べてたかな

知らずに私はきっともうカニバリズムね」

その言葉から魔族との生活は大変そうだと想像出来るのに当人であるセリカがあまり困ってない様子が心配になる

その感覚で大丈夫なのか


「オレの荷物にいくらか食べるものを持って来ているからセリカは好きなものを食べるといい」

オレとセリカはまた部屋に戻っきた

荷物の中の食料を全部出して考える

「セリがいないからすぐ帰るつもりで長旅をする予定ではなかったから、持って2日か…」

「ここは海の上だから魚釣って食べればまだ何日かは持つと思うの!」

「この嵐が付き纏う幽霊船で釣りかい?無茶だ」

幽霊船にはもれなく嵐が付いてくる

この嵐が去る事もない、空が明るくなる事もない

セリカは頭の良い人だ

この嵐で魚釣りなんて言うとは疲れているのだろうか

オレが気付いていないだけでやはり本当は人間が殺された事にショックを受けて…

「なんだそんなコト、レイはセリくんのコトなんでも知ってるケドまだこれには気付いてないのね」

「何?」

「まぁ言ってないし仕方ないか

私も最近気付いたコトだもん」

オレがセリの事で知らない何かがあると言うのか

「だから今試してみるの!

最近気付いたコトが気のせいじゃないかどうかってコト」

セリは一度気になったコトは答えが見えるまで試したがる性格だ

オレはそれにいつも付き合う

付き合うさ、セリカのお願いなら当然じゃないか

「やれやれ、何をするんだい」

「レイは私を楽しませて!」

ん…?そんな事を言われると思っていなかったオレはどうしたらいいかわからなかった

しかし、セリカは何かを期待するように待っているじゃないか

楽しませる…セリカを楽しませる

喜ぶ事か…嬉しい事……女の子が…

「ちょっと待ってくれ、考える」

必死に考えた

いざやれと言われたらまったくわからない

オレはセリが楽しい事も喜ぶ事も嬉しい事も知っているはずなのに

……はっ、そういえば巷の女性達が壁ドンが流行っていると言う話を聞いた事がある

それをされると良い意味でやばいだとかなんだとか…そうか!これだ!

「えっレイ…」

オレはじりじりとセリカを壁へと追いやる

セリカの背中に壁がつくタイミングで今だ!と思って壁に手をドンッとつく

壁は思ったより脆くて簡単に穴が空いてしまい、穴に手と腕を取られバランスを崩しセリカに頭突きをしてしまった

わー!?違うんだセリカ!?

「何!?死にたいの?」

おでこを擦りながらセリカはオレを睨みつける

「いや違うんだセリカ…!失敗しただけで」

「私にカツアゲしようなんていい度胸だな…」

そっち!?壁ドンをカツアゲと思われてるぞ

じゃ、じゃあ…股ドンは…

オレは足を軽くあげて気付く、今のセリカの足は開いてないから隙間がない

なら、足を開かせるまでだな股を…

セリカの足に触れるとおもいっきり蹴られた

普通に痛かった

「セクハラだ~!!レイのバカ!嫌いだ!!」

めっちゃ怒ってるぞ!?どうしてだ!?

はじめてだから上手くいかないだけなんだ…そうだそうに違いない

オレはひと呼吸置いて、それからセリカを床に押し倒す

今度は!これが床ドンなんだろう!?セリカ、これでいいのか!?

上手く出来たとオレはひとり満足だった

「わかった、レイが急に○ドンシリーズを試してるってコトに

次は顎クイか?鼻ツンか?」

セリカ…いや…違うんだ

別に試したわけじゃない

オレは押し倒してしまったセリカの鼻に触れたり顎に触れたりしてみた

「セリカの楽しい事がわからなかったんだ…」

いつもなら知ってるのに…わかってるのに、セリカを目の前にすると好きな女の子として見てしまうのか

大親友であるセリとは違うって思ってわからなくなってしまうのかもしれない

「何言ってるの、レイはいつも持ち歩いてるでしょ

私の好きなものを」

そう言ってセリカは俺の荷物から楽器を取り出して

「ほらね」

と可愛く笑う

オレはセリが音楽大好きだから、いつも何かの楽器を持つようになった

喜んで聴いてくれるのが嬉しかったから…

簡単な事じゃないか、いつもと同じように音楽を聴かせてあげれば

セリカも喜ぶんだ

それにしても、楽器を持つセリカはさらに可愛いと思わないかい!?

今度はバイオリンを持たせてみたいし、ピアノの前に座らせてもみたい

絶対、死ぬほど可愛いから!

「今日はフルートだね

私トランペットの音が好きなんだケド笛も綺麗だよね

レイの音はなんでも美しいもの」

ハイとオレに手渡す

「セリカが喜ぶなら何曲でも」

私を楽しませてと言ったセリカの言葉も忘れてしまう

そんな事を言われなくても、オレはいつだってセリカを楽しませてあげたい

笑ってくれる事が嬉しい

やっと見つけた大切なものだから

「やっぱり天才ねレイは」

一曲終えるとセリカはキャッキャッと喜んで拍手をくれる

「いいな~セリくんは、毎日レイの音楽が聴けるんだもん」

「セリカも、セリと一緒にいれば」

「いたいケド…自分の意志で香月の傍にいるから…

逃げ出した甘えた私の意志なのか、セリくんの意志なのか…どっちかな」

「オレもイングヴェィさんも不甲斐ないからセリカを捕まえられないんだ」

セリの意志もセリカの意志もどちらもあって香月さんの傍にいるのだろう

別に悩んでるワケじゃないよ、この話はやめやめとセリカは笑って、部屋のカーテンを開ける

「私を楽しませて…私の心が晴れれば、天も晴れるから」

窓の外は真っ暗な嵐に纏わり付かれていたはずなのに、セリカが笑うと嵐が去っていく

船の周りだけ雲が譲るように天を繋ぎ太陽の光が降り注いでいた

「最近気付いたの、私の天魔法のひとつだよ

って言っても私の心に左右されるだけの話なんだケドね」

「これが…天魔法……綺麗だ」

普通の晴れや雨などの天気とは違う

セリカの天魔法で導かれた空は芸術のように美しい…

「でしょ、私も気に入ってるの」

今更だがたまに見る綺麗な空はセリが無意識に使った天魔法なのかもしれないな

「はいレイ、感動するのは終わり

それじゃ!釣りするわよ!!」

「……何故だい?」

「お腹空いたからに決まってるじゃん」

「この穏やかになった海なら釣りは可能になるが…」

「幽霊ほったらかしにしてなんで釣り?って顔してるケド、当たり前のコトだよ!?

レイはあの人肉を食べたいの?私は構わないけれど

他の乗客も嫌って言うんだから、生きる為には食糧は大切なの!

だから魚を釣って食べる!

この幽霊船からの脱出はお腹いっぱいになって元気になってから考えよ」

前向きなのは良い事だが…セリカの確かな発想はオレには想像も付かず驚かされるばかりだ

オレは人間の基本である食べる事より、この幽霊船からどう脱出するかばかり考えていた

腹が減っては戦はできぬと言うことわざが自分のいた世界にはあるとセリが言っていたのを思い出す

「そうだな、わかったよセリカ

オレが全員分の魚をすぐに釣ってみせる」

「さすがレイ!頼りにしてるよ!」

愛しのセリカにそう言われたら、やる気も溢れて調子も良くなる

オレは短時間で順調に魚を釣って釣って釣りまくってみせた


「フェレート、お魚が美味しかったんだね

お腹パンパンだよ」

最初に釣った魚はフェレートが丸々食べて満足そうに転がっている

あの光と氷のフェアリーがこんなに情けない存在なんて誰が思っただろうか…

セリカに頭撫でてもらってご機嫌だなフェレートの奴

「こんなものか、どう料理するんだセリカ?」

大量の魚の山を見てセリカは考えていなかったのか

「炎で一気に……焼く!」

手っ取り早いと炎を輝かせる

「……料理のお勉強はこれからする予定だもん!」

前にセリの料理を食べた事がある

美味い不味いではない、あの不思議な味は忘れられない

癖になる味だった

「少し残してくれたら、オレが刺身にしてもいいぞ」

「お刺身!?私好き、お醤油とわさび探さないとね」

セリの好きなものはセリカの好きなものだから、何でも知っている

「あとは美しい女も必要だね」

「…何か言ったかい?」

はっきりと聞こえた言葉だったが、笑顔を崩さず頭が拒否する

「お刺身とフルーツと言えば女体盛りだよ!

キルラとラナの好物のひとつ」

セリカが…魔族の常識に染まっていく危機をはじめて見た気がした

「食べ終わった後はみんなで女を…」

「セリカ!ここから出たら、セリカを帰さないと誓うよ」

「なんで?」

「セリカはそんな所にいてはいけない…」

元から頭おかしいのに、さらにおかしくなってどうするんだ

魔族なんて…恐ろしい、セリカは恐ろしい場所にいるんだ

置いてはおけない

「……他人だもの、合わない所はたくさんあるわ

ムカつくコト、気に入らないコトも多いケド

キルラはキルラ、ラナはラナ、ポップはポップ

そして魔族は魔族って思ってる

人間は人間……人間は大嫌い」

セリカが人間嫌いなのは知っている

自分が人間である事も、その弱さも醜さも含めて…

オレも人間だから、セリカは…

「レイは…嫌いじゃない

レイはレイで、セリくんの大切な大親友だもんね」

人間は人間で嫌いなのに、オレはオレで嫌いじゃない、矛盾してるけれど

それがセリカだ

そう言うから、また好きになる

「みんなにお魚出来たコト知らせてご飯にしよ」

人間は嫌いでも、人は人だから助けるか

セリカが言うなら、騎士のオレはその言葉のままに


満腹で動けなくなったフェレートを抱っこしながらセリカはオレと一緒に乗客の部屋を周り声をかける

最初の部屋でコンコンとドアをノックしてみたが反応がない

「寝てるのかな?」

ドアには鍵もかかっていなく、明かりが漏れている

引いてみると、中の部屋は酷い光景だった

「ふーん」

セリカの冷静さと興味のなさに大した事ないみたいになっているが、そんな事はない

天井壁床家具、部屋の全てに血と肉がへばりついている

人間1人の身体が爆発したみたいに…

自殺か他殺か、犯人がいるなら人間か幽霊か、様々な事を考えてしまう

「死んじゃったらお魚食べれないね、次、次」

ドアを閉めてセリカは冷静に何事もなかったかのようにさっさと隣の部屋を訪ねる

「待ってくれないか」

セリカはどうでもいいかもしれないが、オレはどうでもよくない

正直、オレも善人ではないから他の人間の事はどうでもいいと思ってる

しかし、これが何なのかわからないとセリカが危険な目に合うんじゃないかと心配でたまらなくなるんだ

「ここも…ダメね、たくさんお魚用意したのに」

隣の部屋のドアを開くと、今度は身体の中身を切り開かれて吊るされている人間の死体がある

「セリカ、待つんだ」

また無闇に次の部屋を開けようとするセリカの手を掴んで止めた

全員の安否を確認するのはわかる

しかし、もし順番に殺されているとしたら何処かの部屋で犯人に出食わすかもしれないだろう

セリカは回復魔法を持っているから平気だと思っているが、そういう問題ではないとわかってほしい

セリカが危険な目に合う事が嫌なんだ

「えっ?」

セリカの手を止めたはずのドアは勝手に開いて部屋の中が見える

チカチカと明かりが点いたり消えたりを繰り返し、部屋の中にはひとりの男性の身体に妙な異変があった

「これは…」

開かれたドアの中の光景に目が離せない

男性の身体が雑巾を絞るかのように捻じれ血を溜らせている

他には誰もいない、魔法の感じもしない

妙な…自殺なのか…?なんなんだこれは

しかし、まだあの男は息があるようだ

「セリカ…」

回復魔法を、と伝えようとした時

「……悪霊がいる…」

セリカの呟きと同時に助けが間に合わなかった男はそのまま息絶えてしまった

悪霊と呟いたセリカが珍しく動揺している…

いつもならオレが言うより先に助けるのに、そんなに怯えて…

「悪霊?オレはその類には詳しくないのだが」

「私も、幽霊なんて見えない人だった

でも…見える…とても恐いものが……」

オレはもう一度部屋の中に目を向けるが、幽霊なんていない

見えていないだけなのかもしれないが

セリカはさっきの骸骨には恐がっていなかった

幽霊を恐がっているんじゃない

このオレには見えない何かに恐怖を持ってしまったんだ

「こっちに来る…恐い…いや、私を見てる」

「あっセリカ…!?」

オレの手を振り払ってセリカは走り出す

すぐに追い掛けるが、オレの横を冷たい何かが通ったのを肌で感じると廊下の照明が全て消え真っ暗になる

「く…セリカ!?何処だ!?返事をするか炎を見せてくれるかい!?」

駄目だ、返事もなければあの綺麗な炎も見えない

何か明かりを…フェレートは何処だ?

セリカの傍にいるならいいが…

オレはフェレートがいないと光魔法が使えないから困ったぞ

どうすればと考えていると

ふと、オレの服の裾を掴む感覚がする

セリカか!?よかった、近くにいて

セリカはいつも強がっているが、恐い時もあるって知っている

いや、本当はとても恐がりで気の弱い人だって

しかし、こうしてオレを頼ってくれるなんて可愛いじゃないか

大丈夫だと言葉の代わりにそっとオレは裾にある手を掴む

「…おい誰だ!?」

暗闇の中でもすぐにわかった

オレが掴んだ手はセリカのものではない事に

「何故…バレた…この暗闇で見えないはず」

「甘くみるな、毎日のようにセリの手を触っているオレが他人の手と間違えるわけがないだろう」

セリとセリカでは性別としての多少の差はあれど、それほど違いはない

体温、形、癖、匂い

もうマニアと言ってもいい

オレは目隠しをしていたって、セリの空気だけで本人だと当てられる自信があるぞ

よくよく冷静になると、セリカの匂いがしない時点で偽者だ

「……………。」

悪霊か悪魔か魔物かモンスターか、見えない何かに身構えていると

ふっとその嫌な気配が消え去ってしまった

「なんだったのか…」

そんな事より逸れてしまったセリカを捜さなければ

もしかしたらさらわれたのかもしれない

待っていろセリカ!すぐ行くからな!


壁を頼りに暗闇を進むと光の輝きが見える

「フェレート!」

すぐにわかった

その光がフェレートのものだと

オレが名前を呼ぶとフェレートは走ってオレの懐に隠れた

お前は恐いのだろうが、お前が隠れると誰が明かり役をしてくれるんだ…

申し訳なさそうに尻尾だけ出して微かな明かりを提供してくれる

光と氷のフェアリー、あれだけいつもデカイ態度なのに実は臆病なのか…

うっすらと先に見える視界からセリカの姿が映る

「セリカ!」

すぐに駆け寄った、それが当たり前であるかのように

見つけたぞ、無事でよかっ…た

と安心する事は出来ない様子に気付く

セリカが勇者の剣をオレに向け振り上げたから…

「セリカ……」

強い殺気を感じる、本気でセリカがオレを殺そうとしてるんだってわかる…

勇者の剣はセリカ(セリ)にしか使えない

だから、幽霊がセリカの姿に化けているのではないとわかる…

本物のセリカが…オレを殺す

止めようとすれば、その振り上げられた剣は簡単に止められる

なのに、オレの身体は動けない

妙な力などで身体を抑え付けられているわけでもないのに

「セリカ…セリカ……」

本当に…、夢ならすぐに覚めてくれ

セリカの為なら命を懸けても構わない

セリカの為なら死ねる

どんな事だって恐くはない

でも、セリカに殺される…それだけが自分にとっての恐い事なのだと知る

セリカの殺気含む行動に心が締め付けられる悲しい恐怖を感じると、セリカの背後にこの世の者ではない人の姿が見えたような気がした

あれは…

「あっ…つい…!熱い!!」

オレに剣を振り下ろそうとした瞬間、セリカは勇者の剣を投げ捨てた

そして、剣を踏み付け怒鳴る

「オマエ、私に逆らうつもりか!?私の剣のくせに、私の力になると言うのはウソだったんだな!?」

目の前に映るのはセリカであってセリカではなかった

セリカの背に何者かがいる

…セリカはあの時に何かを見て恐がった

そして、今のオレにも見えたのは…セリカに殺される事に恐がったから…

何故かはわからないが、もしかしたらセリカから恐怖を取り除く事が出来れば…背後にいる何者かは消えるのかもしれない

オレはセリカの腕を掴み引っ張り勇者の剣から離す

「何をするのレイ!?オマエは私が殺すの

でも、剣がなきゃ殺せない

私の力じゃレイの首を絞めて殺すコトは出来ないもの」

足元にある勇者の剣にはフェレートの微かな光があたって雫の粒が輝いている

勇者の剣は動かなくても喋れなくても、このような形で意思表示をすると聞いている

オレと同じでセリカに言われるのは死ぬほど悲しいのだろう

セリカもいつも勇者の剣を大切にしているんだ

セリカの心にもない事を言わせさせる…背後にいる者、お前をオレは許さないぞ

「本当にセリカがそう思っているなら勇者の剣はオレを殺している」

今まで関わりがなく知識がない為に悪霊かどうかはわからないが、特徴からしてそうなのだろう

オレは悪霊払いは出来ないしどうしたらいいのかもわからない

それでも、セリカの恐怖を取り除く事は出来るはず

出来なくてもやるんだ

セリカを守ると誓ったのだから、それが騎士の役目

「離せ!バカ!レイなんて嫌い!」

嫌いの言葉に一瞬怯みそうになったが、セリカが言ってるんじゃないと思えば平気だ

セリカはオレを嫌ったりしない

………ウザイとは思われているかもしれないが…

セリカは自分が好きじゃない人から恋愛感情を持たれる事を凄く嫌がるから

「オレはセリカが好きだ!

だから、セリカの事を助ける!その恐怖から!」

オレに出来る事はひとつしかない

セリカの大好きな音楽なら心に届き、恐怖を消し去ってくれるはずだ

音の魔法で、オレの作った曲を

オレの音楽は全てセリとセリカの為に…

強い想いと共に音の魔法を使う、様子を見ながら落ち着いた音から始まり明るく元気なセリカ好みの音楽が響き渡る

隠れていたフェレートも楽しい音楽に惹かれて出てきては船全体に明かりを灯していく

セリカは最初は暴れてオレの手を噛んだりもしたが、少しずつ受け入れてもらえる

悪霊よりセリカの好きな音楽が勝ち恐怖が去った時、セリカの身体の力が抜けていった

「セリカ…大丈夫かい……」

「レイっ…私の名前呼び過ぎ」

心配するオレに対してセリカはもう大丈夫と弱々しく微笑む

「音楽大好き…とくにレイの音楽は本当に明るい気持ちになるから」

悪霊は去ったのだろうか

今のセリカの身体はかなり衰弱しているように見える

回復魔法では補えないようだ

オレにも恐怖は消えてしまい、悪霊は見えなくなっている

「私…意識はあった……

言いたくないコト、いっぱい言ってた

そんなコト、欠片も思ってないのに

レイ…ゴメンね」

セリカは自分が噛み付いて怪我になったオレの手に触れて回復魔法で治すと、歩くのも辛い足で勇者の剣の傍まで行き拾い上げる

「オマエはいつも私の力になっているよ

私はレイを殺したいなんて思ってない

それをちゃんとわかっているから、私の手から離れたんだね

ありがとう、私が勇者の剣でレイを殺したら死ぬほど悲しむって気遣ってくれて」

セリカに抱き締められた勇者の剣はよかったと大好きを込めて刃を真っ赤に染めて涙を流す

「セリくんが…」

確かに悲しむのはセリだろうけど、そこ強調しなくてもよくないか!?

セリカも悲しんでくれてもいいんだぞ

オレの心は何回も鋭利な刃物で刺されているようだ

いや、これもセリカがツンデレだからと思えば可愛くて仕方がない

セリカは照れているだけなんだ

「悪霊に操られるなんて、私もダメだよね

前の世界じゃ幽霊とか見たコトなくて、霊感もないから平気って思ってたケド

実物は酷く恐くて…それから」

話したいコトはたくさんあるのだろうが、セリカのふらつく身体を抱き上げて言葉を止める

「セリカ、今は早く身体を休めたほうがいい」

「………うん」

オレがセリカを抱き上げるとフェレートはそのままセリカの上に乗って身体を丸めた

「レイも、いつもありがとう…

でも…いつも思うの

なんで私のコト好きなのかって」

さっきの告白もちゃんと覚えていた…

急に恥ずかしくなってきたじゃないか

一目見た時からセリカが好きだった

それが何故なのか自分でもよくわからない

いつもセリと一緒にいてなんでも知っていて同じと言っても、セリカの事はまだ知らない事の方が多い

それでも好きなのは…イングヴェィさんと似たような言葉になるのかもしれないが

前世から好きでした…

記憶はなくても、例え運命で結ばれていなくても…

この人は命を懸けて守らないといけない、守りたいと思うから

「ほら、私って性格悪いし頭おかしいし…それに……」

セリカはわからない事があるとわかるまで同じ質問を続ける

何回オレは理由を聞かれただろうか

何回色んな理由を答えて、それでもセリカはわからないから

いつかわかった時が、セリカは誰かを好きになるのかもしれない

「ハハハ、セリカも誰かを好きになればきっとわかる」

「私のほうが年上なのにバカにした!?

好きにならなくても、恋愛の心理のコトくらい知ってるの

でも、理由は聞かなきゃわからないでしょ…」

「言ってもわからないじゃないか

わからなくてもいい、オレがセリカの事を好きだって知ってくれていればさ」

「そういうの…困るって、いつも言ってるのに」

「すまないな、いくらセリカのお願いでもそれだけは聞いてやれないな」

「………ふん」

オレの言葉にセリカは黙って目を閉じた

そうして、部屋に戻ろうとした時だった

ふと窓の外に広がる暗い海の中こちらに向かって来るひとつの小船とそれを引っ張るペガサスが見える

あれは…

「レイ、どうしたの?」

足を止めたオレにセリカは目を開けて同じように窓を覗く

「遠くて見えにく…あっ、あのペガサスはイングヴェィのだわ

小船に乗ってるのは…もう少し近付かないとわからない」

イングヴェィさん…セリカのピンチを察して来たのか

…運命という名の特権か

それならあの小船に乗った奴は幽霊退治の出来る者を連れて来たとか?

ペガサスは自分の気に入った者しか背に乗せない生き物だしな


それから数分経つとイングヴェィさんと一緒に来た自称霊媒師の胡散臭いガキ遊馬が到着した

「胡散臭いとはなんだって!金髪の兄ちゃんよ!!?」

どうやら心は読めるらしい

着いた途端に「物凄い悪い霊気が充満している!」「ここはヤバイ!本当の意味で背筋が凍る」「早く除霊しないととんでもない事になるぞ!」等と意味不明な発言を繰り返し

「失礼すぎるだろこいつ!?」

「仕方ないわ遊馬、普通の人は幽霊とか見えないんだから

見えないものは信じられないものなの

それにレイはそれを否定してるわけじゃないわ

自分とは違う世界があると思っているだけよ、私もそうね」

遊馬に失った生気を回復してもらったセリカは普段通り動けるようになった

生気を回復する魔法を持っている事は凄いし、セリカを助けてくれた事には感謝する

「それから遊馬、式神を使って簡単に他人の心を読むもんじゃないの

やめなさい、心はその人だけのもので許可なく覗くコトは絶対にダメ」

セリカが指で式神を呼ぶとオレの心臓辺りから冷たい何かが抜けていく感覚がする

式神…見えないが、なんとなく遊馬よりセリカのほうが位は高いと見ているのか言う事を聞いている

「すみませんでした…

セリカさんの言う通り、見えない人の方が多いですし見えないものを信じろと言われても困りますね

オレにも見えない感じる事も出来ない神様は沢山いるし

本当にいる?って思う事ありました

あの有名な女神結愛とかさー、あれだけ大きな国の女神でありながら見えるのが大神官だけとかそれこそ胡散臭いっすよねー

絶大な力を持ってるって話っすけど、まったく感じなくて~」

ぐだぐだ話している遊馬を放置して、セリカはイングヴェィに向き直る

「セリカちゃん、レイくんも一緒だったんだね

恐い思いをしたね…もっと早く駆け付けたかった

無事でよかったよ」

イングヴェィに笑顔で声をかけられてセリカは俯く

「遊馬を連れて助けに来てくれて、イングヴェィも…ありがとう」

運命に引っ張られて、セリカは顔を赤くする…

オレとは違う反応をする…

セリカの意志なのか、運命に支配されているのか

どちらでも、嫌な気分だ

「もう大丈夫、一緒に帰ろうね」

「うん、香月のトコに帰る」

あっセリカのひとことでイングヴェィが物凄く傷付いたのがわかった

セリカはハッキリ言うからな

つまり、セリカが本気で好きになったらどんな可愛いものが見れるのかと思うと胸が熱くなる

「で、出やがったなこの幽霊船の親玉!!?」

急に遊馬が叫ぶが、オレ達には何も見えない

「悪霊め!セリカさんに取り憑くとはいい度胸だ!覚悟しろ!!」

そう言って遊馬は薙刀を振り回す

……どうしよう、何も見えないから

何と戦っているのかわからないし、これでは遊馬が本当にただの変人にしか見えないぞ

「うおおおおおおーーーーー!!ぐあー!?どりゃ!であー!?…くそ、やられたー!?」

少し離れた所で白熱してる遊馬と、何も見えないオレとセリカとイングヴェィさんは黙っているしかなかった

「はあはあはあ……こうなったら奥の手を使うしかない

無にさせてやるぜ!見よ!遊馬必殺最終奥義スペシャルウルトラスーパーハイパー究極の最強のさらに凄くてヤバイミラクルスペシャルおまけもなんか色々付けて(略)の悪霊た…ぃっっ!!」

「待って!!」

5分くらい叫び踊りながらしてやっとやるぞ!って時にセリカが遊馬を声で止めた

遊馬は滑りこけている

…悪霊は待っていたんだろうか…遊馬のあれを

ネクストの名前と似たようなものを感じるな

「止めるならもっと早く止めてくださいよ!?凄いヤバイカッコイイポーズがパーですから!!」

ポーズだったのか?変な踊りかと思った

「なんすかセリカさん!」

「スペシャルって同じコト2回言った」

「………悪霊たいさ…っっ!!」

「待って!!!」

セリカのツッコミを無視して続けようとしたもののまた止められている

「今度は何!?」

セリカは遊馬の前に、見えない悪霊の前に立つ

「セリカ!?また取り憑かれて…」

オレが飛び出そうとすると、セリカは手で止める

「違うわ…私は私よ

遊馬、悪霊を無にするのはやめてあげて

普通に解放してあげてほしいの…成仏って言うの?」

「セリカさん…どうしてですか

どれだけの人が殺されていったか、こんな最悪な悪霊救う価値ないっす!!」

遊馬の言葉にセリカは苦しそうに目を伏せて言う

「私、知ってるの

この悪霊が私に取り憑いて、全てのコトが流れ込んできて知ったもの」

セリカは悪霊のコトについて話した

幽霊船の悪霊は女性であり、元は海賊に拉致された女性達だと

逃げ場のない海の上、船の中で様々な酷い仕打ちを受け続ける

死んだ者もいたが、生き続けた者もいた

そして、ついに海賊討伐として周辺国の海軍がその海賊船を見つけた

生き残った女性達はやっと助かるのだと安堵したのは束の間

海賊を捕まえようとはせず、船ごと攻撃して拉致された女性もろとも沈ませた

「海に沈む中、見向きもせずに帰ってしまうのを見て…どんな感情が芽生える……

恐くて苦しくて悲しくて、それでも誰かがいつか助けてくれるって信じて希望にしがみついて耐えて生きて…

なのに、誰も助けてくれない…それどころか……追い打ちをかけた」

「し、しかしセリカさん…だからと言って罪もない人まで殺すのは……」

「みんながみんな立派じゃないよ!

心の弱い人だっているのよ…それは悪かもしれない…

でも、だからって悪だからって私は彼女達をさらに苦しめるコトなんて出来ない

結果が仕方なかったコトだと言うならなおさら…

もう…救われてもいいでしょ…?

遊馬、お願い…彼女達を成仏させてあげて、解放するの」

悪霊になった中には復讐を考えていない人もいて、強い復讐の念に縛られている可哀想な人もいるとセリカは言った

遊馬は手に持っていた遊馬必殺(略)の紙を破り捨てる

「はあ~本当、セリカさんに弱いっすよオレ

あなたはオレや式神達のアイドルだから、本当今日こそサインくださいよ」

「アイドルって歳でもないケド…10代じゃないし私」

「セリカさんは童顔で胸も微妙で背も低いから若く見えるっす!!

いよ!クールビューティ!!綺麗っす!美人!オレらのアイドル!」

褒めてるのか貶してるのかわからないが、セリカから蹴り食らう遊馬

遊馬は悪霊を解放し成仏させる事に決め、その準備を始める

その時、セリカの後ろにレストランにいた骸骨が立つ

「セリカ様…」

「あっ」

セリカがその声に振り向くと、骸骨は黒髪で朱色の瞳をした美しい女性の姿を見せる

男じゃなかったのか、あの骸骨のウエイターは

「セリカ様…!ありがとうございます!」

女性は涙を流していたが笑顔でセリカに抱き着いて抱きしめる

「私達の気持ちをわかってくださった貴女様が現れただけで、救われました…」

急に抱き着かれて困惑したセリカだったが、すぐに彼女の気持ちを汲み取り抱き締め返す

その手も腕もなんとなく震えている気がした…

「幸せに…必ず」

セリカの言葉に少し離れて、さらに笑顔を深める

すると、少しずつ女性の姿形が薄くなって消えていった

「セリカさん!成仏させましたよ!」

褒めて褒めてと遊馬はセリカの周りではしゃぐ

「お別れの挨拶中だったんだケド…」

空気読めよと言う睨みを遊馬に向けながら、まとわり付く式神達を撫でている

「あっクズ海賊どもは無でいいわよ、しっかり痛めつけてからね」

「イエッサー!残りの悪霊共の始末してきます姉さん!!うおおおおーーー!!」

また叫びながら遊馬は廊下を走って行ってしまった

遊馬が消えるのを見送った後、セリカの傍にと思っていたら先にイングヴェィに取られてしまった

イングヴェィはセリカの手を取り優しく握る

「いつでもいいよ」

負けじとオレもセリカに近付き反対の手を掴む

やっぱり…セリカの手は震えていた

似たような思いに触れて、それが強く出てしまっていて不安定になっている

「オレだって」

セリカを挟んでイングヴェィを睨み付けると、イングヴェィは笑顔で睨み返してくる

その間に少しずつセリカの震えが落ち着いて

「いや…泣かない

今、泣いたら負けな気がするから

私が泣いたらイングヴェィもレイも喜ぶでしょ」

そりゃ…見たいさ、セリカの弱さ

セリカは強がりだから、弱さを見せてくれるのは信頼されている証みたいなもの

涙の代わりにセリカはオレとイングヴェィの手を握り返してくれる

「イングヴェィとレイがいるから平気、だって私の王子様と騎士様だもの……なんてね

遊馬が仕事終えたら、みんなで帰ろうね」

ふふふと微笑むセリカの姿にオレもイングヴェィも言葉を失い、ただただ変わらずセリカへの恋を続けるだけだった



―続く―2016/05/22

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