第64話『雨宿り』セリカ編

シトシトと雨が降るうちは気にせず歩いていたけれど、だんだんと強くなったザッと地面を叩き付けるほどのどしゃ降りで

私は小走りに近くの大きな樹の下で雨宿りさせてもらう

この雨は私の雨じゃないわ

たまには自然の雨、恵みも悪くない

「あっ」

この大きな樹で雨宿りをしようと考えるのは私だけじゃなかった

すぐにこの樹の下に駆け寄って、そして私の前に立つ人が

この雨も暗い雲もないかのように太陽みたいに笑う

「セリカちゃん!

こんな所で雨宿りだなんて偶然だね、今日は」

今日はっていつもは偶然じゃないのか…

「イングヴェィ…」

「会えて嬉しいよ」

思ったコト、なんでも何回だって素直に伝えてくる

わかってても…なんだか、嬉しいって思ってしまう

運命が私の心を奪おうとする

何もわからないのに、こんなの私の意志を変えようとするみたいだから嫌い……

ふたりっきりだと思うと落ち着かない

私はいつも冷静ってみんなが言うのに、私は全然冷静なんかじゃないよ

「…私は別に嬉しくないもん」

ツンっとして私はイングヴェィから顔を逸らす

「セリカちゃんは今日も可愛いね」

アホなのかしらこの人?

「イングヴェィ、私は貴方の言うコトがいつもよくわからないの」

「好きだからだよ」

それがわかんないの!なんで?どこが?

ただの一目惚れでしょ?

運命とか言っちゃって、そんなのホントかどうかもわかんないのに

レイもだけど、私のコトが好きだっておかしいでしょ

何もしてないのに…

こんなにも嫌な女なのに…こんなにも汚いのに……傷だらけなのに

いつも………私は身体に穴があいてしまらないみたいな感覚が、気持ち悪いのに………

また負の感情が私を苦しく締め付けてくる

私の記憶が私を殺すから…

「ねっセリカちゃん、雨…なかなか止みそうにないから

あの村でひと休みしよっか」

私の手を掴む冷たいけれど優しい手が私を負から現実に引き戻してくれる

いつの間にか、雨は私の雨に変わっていた

私の心が降らせてる雨は暫く止みそうにない

イングヴェィはそれに気付いたのかもしれない

「もうすぐ夏だけど、まだ雨が降ったら寒い時期だから君が風邪を引いたら大変だよ」

「私は風邪引かないから大丈夫だもん」

「風邪を花粉症だって言い切るセリカちゃんが言っても…心配しかないよ」

「私には炎があるから平気だもん!」

炎魔法が使える私は自分を温める

私、イングヴェィの優しさを突っぱねてる…レイにも同じコトしてる

最悪ね…

「でも…ここで炎を使ったら、樹が怯えるから…やっぱりやめとくよ」

小さな炎は私の手の中で包み消される

「動物と自然に優しいセリカちゃんだもんね」

「動物は大好き、人間以外」

イングヴェィは私の言葉に微笑みながら手を引く

そうして私達は名前も知らない村にひと休みとして雨宿りするコトになった


村に入ると、雨にも関わらず人の行き交いが多く

小さな村には珍しく建物が密集しているから人口もそれなりで見えるのかもしれない

見渡す限りは人間だけの村なのかな

いつも魔族見てるし、多種族共存も珍しくないから、一種族だと変に違和感があるのは私もこの世界にすっかり慣れちゃったみたい

私のいた前の世界は人間しかいなかったのに…今はそれが珍しいと思うなんて

それにしても…私達がよそ者だからなのか、村人達の見る目が差別的な感じがするのは気のせいであってほしい所ね……

「あれは!?プラチナを捕獲すれば大金持ちになれるぞー!!!」

イングヴェィのコトに気付いた村人のひとりが薪に刺さっていた斧を引き抜いて襲い掛かってくる

「イングヴェィ…!」

私が名前を呼ぶ一瞬でイングヴェィは襲い掛かってきた村人を返り討ちにした

「大丈夫、よくあるコトだから」

イングヴェィは笑って私に安心してって言うケド、よくあるコトって笑えないよソレ!?

「プラチナの心臓はその能力を得られるからね、色んな人から狙われるんだよ

他にも美しいからって理由で爪の先から髪の毛1本までも価値があるみたい

話に尾ヒレが付いて、肉を食べれば不老不死になるとか

それはマーメイドじゃないんだからって笑っちゃうよね」

アハハとイングヴェィは私に心配かけないようにと気遣っているのか、ただの天然なのか…

命狙われてるんだぞ…そんなんでいいの

イングヴェィがいいならいいんだろうケド…

でも…イングヴェィ

「……ここは閉鎖的で差別が強いね…」

周りの見る目の意味に気付いたイングヴェィは私の手を強く握って引き寄せる

「せっかく君を休ませてあげられると思ったけれど、この村は君を危険にさらせてしまうだけみたいだ」

村を出ようと振り返るとすでに出入口は村人達に封鎖されている

「余所者の女は殺せ、プラチナは生け捕りだ!」

村のボスみたいな大男がそう叫ぶと村人達は次々と武器を手にする

敵対関係にある種族以外なら、友好的な村が多かったからと考えが甘すぎた

こんなコトもあるってわかっていたのに、迂闊にテリトリーに入った私がバカだってのはわかったわ

でも、問題ないわね

イングヴェィは強いし、私の回復魔法で無敵だもの

「村人のみなさん、怪我しちゃうから武器は捨てて私達を村から出し…」

て…とまだ話が終わらないうちに村人のひとりが私にナタを投げ付ける

おいおい待てや!主人公の話は最後まで黙って何もしないで聞くのがオマエらの役割だろ!!

………アニメの中ならな

「セリカちゃん!危ないからね!」

イングヴェィは私を庇いナタを腕で止めようとしたが、予想以上に相手の力が強かったみたくイングヴェィの腕はスッパリと切り落とされた

な、なんで…あんなしょうもないナタでイングヴェィの腕がこんなにもあっさりと

イングヴェィは人間より頑丈だし、人間の力じゃ普通はこんなのならない…

「私には回復魔法が…」

急いでイングヴェィの腕を再生するよう回復魔法を使うが

「治らない…なんで」

魔法が使えない…わかるの

あのナタが特殊なものとかじゃなくて、ただ魔法が使えないんだってわかる

それに気付いたイングヴェィからも

笑顔が消えていく

「本当にあったんだね…魔法を無効化する魔法が

都市伝説だと思ってたよ」

そして、ここの村人達は普通の人間より強い

何で自らを強化しているのかはわからないケド、魔法無効化するなんて珍しいもの持ってるならそれを守る為に強いのは当たり前か

私も香月からその話は聞いてたわ

いつかその魔法を見つけ出して手にするって言ってたもん

一気にヤバイ状況になってしまう

イングヴェィはプラチナの力を失ったまま、回復魔法が使えない私はと言うと完全にただのお荷物…!

「イングヴェィ…右腕が…」

地面に落ちたイングヴェィの右腕に群がり取り合いをする村人達

イングヴェィ…なくなった所から止まるコトない血が滝のように流れ落ちてる

プラチナだから死ぬコトはなくても、痛みは凄まじいものだと思う…

私…薬も持ってない…自分が回復魔法使えるからって…持ってないの

「なくても、君のコトは守るよ

殺させたりなんかしない」

イングヴェィは自分の持っていた回復薬を取り出して飲むと、とりあえず血は止まって痛みも和らいだみたい

「今のうちに、行こう

隠れてこれからどうするか考えるから、大丈夫」

大丈夫、心配ないってイングヴェィの口癖…今は…聞きたくないな


村人達のプラチナへの執念は強く、腕1本の奪い合いに夢中で私達は簡単に村の中へと隠れるコトが出来た

「外に出るにはあの大きな門の扉を開けなきゃいけないか…

俺の力で開けれるか…試したい所だけど、あれをどう突破すれば」

小さな倉庫にふたりで隠れてみたけれど、見つかるのは時間の問題

そのうち村人達は私達を捜し出すもの…

イングヴェィは色々脱出の方法を考えてくれて、でも私はイングヴェィの怪我が何よりも心配だった

「痛く…ないの?」

私はそっとイングヴェィの腕に触れる

「痛く…ないと言ったらウソになるケド、これくらい平気だよ

俺は首を切り落とされても生きてるからね

物凄く痛いけれど」

アハハとイングヴェィは笑って言う

痛いのって嫌なコトだよね…

私も痛いの大嫌い…恐いし…苦しいし…

「心配してくれるんだ…嬉しいよセリカちゃん」

「……勘違いしないで…レイもこうなったら同じように心配するから、イングヴェィだけじゃない」

「うん、そうだね」

あれいつもなら嫉妬するのに

イングヴェィは私が人間だから、人間だから心配する心があるのを当たり前って思ってるんだ…

「大丈夫…イングヴェィ、夜になったら香月が私を迎えに来る

それまで逃げ切るのよ」

「そっか!香月くんならこの状況をなんとか出来るね」

なんとかって言うか…皆殺しかな

だから言ったのに、怪我したくなかったらって

香月は怪我だけじゃ済まないのよここの村人達

私がセリくんになるまで香月は私を手放さないわ…人質だからね

「ゴメンね…俺がこの村に行こうって連れて来ちゃったから

君の身体は冷えたままで、暫くそのままにさせてしまうコト

自分が許せない…な」

「いつも謝ってるイングヴェィ

悪くないのに、悪いのはここの村人じゃん!

プラチナ生け捕りとか、余所者殺せとか

アイツらは自分が悪いと思ってやってないかもしれないケドさ

私が悪って言ったら悪なのよ

誰かが言ったら誰かの悪になる…」

私もね…善か悪かなら、悪だろうな

魔王退治をしないで、人が殺されるのを何もしないで見てる

たまに殺す

気が向いた時だけ助けてるだけで、悪だよね

私が誰かを悪だなんて言えないのに…ね

「俺、セリカちゃんが悪なら悪になるよ

セリカちゃんの為なら、なんだってする

なんだってできる

君の為なら、死んでも生きるから」

また私の心を読んだかのような言葉…

「前にも言ったのに…私のせいでイングヴェィがそんなコトするのは嫌だって」

そんなの…私が香月の所にいるのが、香月は私が思ってるコトと同じコトをするからみたい…

良い悪いも私はどっちかひとつにはなれない

いつも迷って不安定だ

カタッと倉庫のドアが微かに開く音が聞こえる

私は勇者の剣に手をかけながら確認すると

「子供…」

小さな隙間から子供の目が覗いていた

ちょっとホラーなんだが…

「見つかっちゃったね…」

イングヴェィも大人だろうが子供だろうが、どんな種族だろうが、命は平等と考える人

大人よりまだまだ未熟な子供には仕方ないって甘い所もあるけれど

命の価値だけは変わらない

だから、相手が子供でも簡単に殺せる…

「待ってイングヴェィ」

私が止めればイングヴェィは何もしない

私のお願いは小さなコトでも聞いてくれるもん

「君…私達がここに隠れてるコトは村のみんなには内緒にしてくれるかな?

イングヴェィは私の…友達だからあげられないの、諦めて

余所者が嫌いなのはいいの…好きも嫌いも、その人達の自由だから

でも、殺すのは…恐いコトよ

私達は村から出て行くから…ね?」

出られるなら今すぐにでも出たいんだケド、イングヴェィの登場で村人達の目は金になってて狂ってる

余所者だけならまだ隙はあったかもしれないケド、プラチナの価値の高さが完全に逃がすつもりはないだろう

私の言葉が伝わった子供は倉庫のドア前から走り去る足音へと変わる

「わかってくれればいいんだケド」

「片腕じゃなかなか戦うのはキツイからね

あの子の良心を信じるよ」

「この村から出たらすぐに治してあげるから…イングヴェィ」

私はこの世界に来てから痛みも感じない瞬間回復魔法が使えるようになって

身体の痛みを忘れかけていた

人の怪我も痛そうって思う前にすぐに治してしまうもの

今のイングヴェィが薬で和らげたとしても、痛いものは痛いハズで…

「見つけたぞーーー!!」

倉庫のドアを無意味に蹴り破る村人

ドアをつっかえ棒とかで閉めたりしてないから普通に開ければいいのに

と、冷静にどうでもいい感想を持ってしまう私

今ピンチだけど!!

「他の奴らは呼ぶな、プラチナをテズー家だけで独り占めにするからな

息子達よ、女は好きにしろ最後は殺せ」

むっと私は勇者の剣を引き抜く

ざっと見た感じ、テズー家と名乗るコイツらは父母と5人兄弟で…7人か

そして、1番末っ子と思われる小さいのがさっき倉庫を覗いていた子供だ…残念ね

「セリカちゃん」

イングヴェィは私を守るように前に出る

「私も…戦う」

「危ないよ、魔法も使えなくて

相手は人間でも身体能力を跳ね上げているから…」

わかってるケド…それはイングヴェィも言ってたでしょ

1人なら勝てても、それ以上は厳しいって…

だから香月が来るまで逃げ隠れするって!言ったもん!

この状況から一緒に逃げなきゃ

「お願い…セリカちゃん、君が傷付くのだけは嫌なの

俺を心配してくれるのは嬉しいけれど、大人しくしてて」

イングヴェィも香月もレイも、私を守ってくれる

そのせいで

「女をやるにはまずこのプラチナを静かにさせるのが先だ兄弟達」

たくさん傷付く…痛みが果てしない

「セリカちゃんには、その汚い指1本触れさせないからね!」

一斉に襲い掛かってくるテズー家にイングヴェィは激しい痛みと引き換えに1人ずつ確実に仕留めていく

相手がイングヴェィに致命傷を与えると一瞬隙が出来るみたいで、イングヴェィはそれを見逃さない

腹に斧を振られ、内蔵と血を流しながら兄を殺し

ハンマーで頭を半分割られて、弟を2人殺し

片足を切り落とされたら、父親を殺し

想像を超えるような痛みは顔を歪めて耐え続ける

見てられない…見たくない…

イングヴェィの痛みが私の心を死ぬほど締め付ける

「あと、少し…他の村人に気付かれないといいケドね」

イングヴェィはなんとかなりそうな状況に余裕の笑みが出てきた

「馬鹿な旦那と息子達、油断するから殺られる事に気付きやしない

残りの息子達もすぐに殺られるねぇ」

ずっと高みの見物だった母親がイングヴェィの背後に立ち回る

「いいの…私に背を向けて」

私の目の前に母親の背後が現れて、私はその背中を勇者の剣で突き刺す

「良い剣持ってる生意気な女、貰うわ」

ダメージ受けてないのかコイツ…

勇者の剣を奪おうと刃を掴もうとするが、母親は掴めなくて悔しいと怒る

私が剣を引き抜くと、母親は振り返り私を殴った

「きゃっ…!」

たったそれだけで倉庫の端までふっ飛ばされて、痛みを感じるより先にギャグかよって感想が頭を過る

「セリカちゃん…!!」

私のせいでイングヴェィはこっちを振り向き、その瞬間に兄弟に串刺しにされて膝を付く

「ママたま!ママたまのおかげでプラチナにとどめがさせたよ!」

ママたま…!?ママたまって呼んでるの!?えっ笑うでしょ

「よくやった息子よ、ご褒美にこの女を好きにしてやりなさい」

生き残った兄弟は末っ子のガキ含めて3人か…

母親は私の顔をヒールで踏み付ける

「うっ…」

「貴族の娘?綺麗な顔して、気に入らない」

生き残った男達が近付いてくる

何処の男も女に対してやるコトは一緒なのね、ゴミどもめ…

恐怖が私に近付く、気持ち悪い手が私に伸びて来る…醜い人間の顔が私を見て笑う……

「………俺は死なないって言ったでしょ

セリカちゃんには…触れさせないって…忘れたの?」

イングヴェィは男2人の足首を掴み引っ張り転ばせると、そのまま心臓を一突きして殺す

プラチナの予想外の生命力に驚いた母親もあっさりと殺されて…

そこではじめて末っ子の子供は涙を流した

「可哀想に…

俺達のコトを内緒にしてくれてたら、君の大好きなパパとママとお兄ちゃん達…殺されるコトなかったのにね

せっかくセリカちゃんが忠告してくれたのに、恐いコトになるって

大丈夫、君をひとりにはさせないよ

家族のみんなと一緒だから、寂しくて泣くコトないよね」

イングヴェィは優しく笑って言うと子供を頭から真っ二つにした…

よかった、みんな一緒に死ねて…幸せね

「イっ、うっ……」

私はイングヴェィの姿を見て言葉を失った

両足までなくなって、ここまで私の所へ片腕で這って来たんだ…

「セリカちゃん…夜になるまで後少しだね

ひとりで隠れられるかな?そこの樽の中に…蓋を閉めて夜を待って

村人達がここで先に俺を見つけたら、セリカちゃんのコト簡単に忘れちゃうから見つからないよ

大丈夫…

もし、見つかっても…また守ってあげるから……」

痛い…痛い…姿…

「なんで…笑ってるの、痛くないの?」

「死ぬほど痛いケド、セリカちゃんを見ると笑顔になるからね」

「私を守らなければ…イングヴェィなら…ひとりで逃げられたでしょ?

相手は身体能力を跳ね上げた人間でも、イングヴェィなら」

そんな死ぬほど痛い思いしなかったのに

痛いの恐くないの?苦しくないの?嫌じゃないの?

私は痛みに負けて何度も何度も自分を見捨てて来た心の弱い人間だ

恐くて、苦しくて、早く終わってほしくて…身体の痛みと引き換えに自分の心を殺して耐えて我慢した

痛みに支配されて…勝つコトも乗り越えるコトも出来なかった

最低で弱くて…

なのに、いつも私を守ってくれる人達は…私のせいで、傷付いて…

好きと思ってもらえる資格なんて私には何ひとつないのに…!!

「セリカちゃん何するの!?」

私はこんな自分が大嫌いで、イヤで腹が立って、衝動的に勇者の剣で腕を切る

………切れなかった

勇者の剣は私の行動に怒りながら悲しみを表す

刃を真っ赤に染めてたくさんの雫がこぼれ落ちる

そうだった…勇者の剣は話せなくても意志があって、私を傷付けるコトだけはしない

「じゃ、じゃあイングヴェィの…」

ブーメランを取ろうとしたら、普通に避けられて怒られた

「ダメ!…やめてよ…セリカちゃん」

イングヴェィはたったひとつ残った片腕で私の頬を撫でる

「弱くて…いいんだよ君は

俺は君を守りたいから、弱い君でいて

セリカちゃんのコト大好き…それだけで、痛いのなんて全然平気だよ

レイくんだってそうなの

なんたって、男はカッコ付けたいからね!

君が傷付くコトは、俺が代わりに喜んで受けるから」

「私が嫌って言っても?」

「うん…言っても、俺は君を守るからね

もっと…強くなるよ……痛かったよね」

イングヴェィは私の顔を触る

テズー家のメスにヒールで踏まれた所、殴られた所…

私よりイングヴェィのほうがずっとずっと痛いのに…

「君が…傷付かないように…」

力尽きるようにイングヴェィの手は弱々しく降りていく

私の唇に触れて…離れていく

そして、倉庫に近付く足音が雨音に混じって聞こえてきた

「誰か来る…セリカちゃん、早く隠れて」

ハッとイングヴェィは私の手を押す

でも…って言葉が真っ先に出ようとするから私は抑え付ける

イングヴェィの傍を離れたくはない

心配だから

私に何が出来る?

何も出来ないくせに、イングヴェィの言葉通りにしなかったら

イングヴェィの負担にしかならない…迷惑にしかならないじゃん

気持ちばっかり強がっても先走っても、それを実現する力も強さも少しもないのに…

「嫌なのに…」

私はイングヴェィの言う通りにする

空っぽの樽の中に入って、蓋を締める前に見えたイングヴェィの表情は優しく、ここにいれば私が安全だからって安心していた

私は心配でたまらないのに…自分だけ安全な場所にいるのが…辛いのよ

樽の中に隠れてから数秒後に足音が倉庫に入ってくる

………静かだ

真っ暗な樽の中で何の声も聞こえないし、音もしない

おかしいな…大丈夫なの?

変に静かで外の様子が気になってくる

蓋を開けようかどうしようか迷っていると、誰かが蓋を開けて明かりが入るとともにヒヤッとした

「セリカ」

でも、すぐにスーっと安心したの

いつの間にか夜になってて、私を迎えに来る

樽の中にいる私を見下ろすのは香月だったから

「香月!待ってたよ……」

張り詰めていた緊張も香月を見るともう大丈夫なんだって安心して涙が出てくる

香月は樽の中にいる私を抱き上げて出してくれた

何も言わないよ、香月は

危なかったも心配したも無事でよかったも、何も言わない

そう思ってないから

ちょっと寂しい感じはするケド

私は香月のね、セリくんが好きって気持ちだけで十分なんだ

その愛だけで私の信頼は絶対のものになるから

香月はセリくんを傷付けるコトはするかもだけど、裏切るコトだけは絶対しないから

「もう大丈夫だよね、ありがとう」

ぎゅっと香月に抱き着く

安心する落ち着く、良い匂いがする

これで…この村も全滅だね!

バイバイ、みんな殺されるもん

さあ早くイングヴェィを…助けないと


やっと村から出られた私はすぐにイングヴェィの身体を治した

私の回復魔法は特別でどんなに酷いものでも生きてさえいれば一瞬で治せるの

「セリカちゃん…ありがとう」

イングヴェィ…よかったわ……

ずっと私の心は重くて苦しくてたまらなかったケド、イングヴェィの元気な姿を見ると

そんなのはウソみたいになくなって、呼吸は軽やかだ

太陽みたいな笑顔…目が逸らせなくなる

「無事でよかったセリカちゃん!」

でも、私は目を逸らしてイングヴェィからのハグを避けた

「一時は本当にどうしようかと思ったよ

俺の軽はずみな判断で、よく知らない村に連れて来てしまって」

それでもイングヴェィは私を抱きしめようとする

しかし、私は避ける、顔もプイッとそっぽ向く

「セリカちゃんに何かあったら…」

イングヴェィは手を伸ばす私は避けるの繰り返し

結構しつこいな…しかもへこたれないし

最終的に私が香月の後ろに隠れると、イングヴェィはさすがに残念だなって笑って諦めた

嫌なワケじゃない…イングヴェィのコトが嫌いなワケでもない

なんか…イングヴェィに抱きしめられると、顔も身体も熱くなって

息苦しくて頭の中が真っ白になって

おかしくなりそうだから…変だから…

運命が私を捕らえようとするから…

「私のコト、そんな風に思うから…イングヴェィは大変な思いばっかりする気がする

ありがとうなんて言わない…

私を守るコトでイングヴェィが傷付くなら……嫌」

…本当はめちゃくちゃ嬉しいくせに

守られるコトに慣れていないから、どう受け取っていいかわからなくて

私にこんなコトがあっていいのかって恐くて…

何が恐いのかもわからないのに

みんなに守られるコトに戸惑いしかない

私はみんなに守られるほどの人なのか?

近付くのが恐い…いつまで臆病なんだろう

楽だからっていつまでも香月に甘えて

イングヴェィにもレイにも、ちゃんと向き合おうとしないで壁ばっかり作って…

それなのに、2人は私を守ってくれる…こんなに卑怯で弱くて汚い私を……

「ふふ、俺は傷付いたコトはないよ

セリカちゃんに嫌われたら死ぬほど傷付くケドね…

大変だなって思うコトもなんにもないかな

…あっ、レイくんがいるコトは大変かもしれないけれど」

イングヴェィは素直な人で、裏表もないから

それあかんやろ…ってコトも素で言ってやる人だしね

「帰る…バイバイ、イングヴェィ」

これからも、何かあれば

私は守られて…生きる

それがいつか私の心を…

「……またね」

香月の後ろからイングヴェィの顔を覗き見て手を振ると

「うん!セリカちゃん大好き!またね!!」

とっても幸せな明るい笑顔を私に見せてくれたの

その笑顔…いつ見ても

好き……



―続く―2016/05/04

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