第60話『こんな事を望んでいたわけじゃない』レイ編
惚れ薬の効果はなかったと知ったオレはあの時の自分を強く後悔した
冷静になってわかったんだ…
こんなもので好きな女を手に入れても、言われた通り虚しいだけなんだと
セリカを失望させた
情けないじゃないか…人の気持ちをあんなもので手に入れようとしていたなんて…
「レイ!好き!」
そう思っていた考えも気持ちも一瞬でなかった事になった
後悔?なんだい、それは
好きな女を手に入れられるなら卑怯も何もないだろう
オレはそれで幸せだ
「ど、どうしたんだいセリ?」
最初に変化が訪れたのはセリカと一心同体であるセリにだった
これは想定外ではあったが、よく考えるとセリとセリカが同じならセリに影響があるのは当たり前の事だ…
惚れ薬のオヤジは即効性があると言っていたが、遅れて効果が表れたのは惚れ薬を否定するセリカの強さのせいなのかもしれない
「どうしたって、何もおかしくないぞ?俺はレイが好きなんだもん」
いつもと違う感じで抱き着かれて困惑する
悪くはないし、嬉しいが
オレは大切な大親友まで巻き込んでしまった事に良心が痛む
セリが望んでいたのは…オレと永遠に大親友でいる事だったから……
「そ、そうかい…ありがとう嬉しいよ」
何て言えばいいんだ
何て応えればいいんだ
好き?両想い?付き合う?
この綺麗な顔にオレはキスが出来ると言うのか…(今までして来た事もあるが)
このうさぎのように小さくたまらなく愛らしい口に……
……無理だ…
オレはセリの事は大好きだが、恋愛の好きとは違う
傷付けたくない…こんなのセリの本心じゃないだろ
「レイ…ねっ…」
頬を染めたセリの顔がぐっと近付く
待ってる!?これ待ってるぞ!?
オレの事、凄い待ってる!?
だっていつもと違う表情をするし…
大変だ困った
いつもと違うこの破壊力にオレも負けてしまいそうになる…
いやいや駄目だ駄目だ
セリを傷付けるなんてオレ自身でも許さないぞ
セリカ?セリカは良いんだ
セリカはオレを好きになる事が幸せなんだ
全力で幸せにすると誓うから安心してくれていい
「セリ、落ち着け
セリには好きな人がいたんじゃなかったのかい?」
それを思い出せば少しでも歯止めがかかると思ったオレは優しい声で言ったつもりだったが、泣かせてしまった
嘘だろう!?泣くのかい!?
オレの言葉にみるみると悲しい表情になっては我慢出来ないと涙がこぼれ落ちる
「い、意地悪だったなすまない」
泣き止んでほしくて、抱きしめると少しずつ落ち着いてくれる
どうすれば…これはやばいぞ…
自分で蒔いた種ではあるがどうしようも出来ない
このままでは必ず傷付けてしまう
すでに傷付けてしまってるじゃないか…
セリカに好きになってもらいたかったが、セリまで巻き込んでしまうなら……こんな事は駄目だ
「セリ、オレは少し出掛けてくるから大人しく良い子で待っててくれるかい?」
こうなったらリジェウェィさんに相談するしかない
あの人ならこの惚れ薬を無効にしてくれる方法を知ってるかもしれない
駄目ならユリセリさんだ、オレはちゃんとセリの目を覚まさせてやるからな!
「出掛けるなら俺も一緒に行くよ」
笑顔で手を繋がれて…断われなかった
オレの意志はこの笑顔の前に弱い
ああ…何故目の前の人は俺の愛しの人にそっくり瓜二つなのだろうか
そうしてオレはセリを連れてイングヴェィさんのいる城へと向かう事に
数日かかる距離の間、理性との死闘が壮絶だった事はオレ以外誰も知らない
今のセリはオレの大親友ではなく、セリカにより近いと錯覚してしまいそうだったから
イングヴェィさんの城に向かい、夜になって最初の村で宿を取る事にした
セリはオレの事が大好きだと村に着いてからも腕に抱きついて歩く
他の人から変な目で見られないかと心配だったが
「久しぶりですね、騎士さんと勇者さん」
「2人はいつも仲良しね~」
村人達は普通にいつもと変わらなかった
と言うか、まずオレ達がいつもと変わらなかった
今までも腕組んで歩いたりとか手繋いでたりとか普通にしてた
もしかして、他人からはオレとセリが恋人同士に見えていたのか!?(いまさら)
セリが惚れ薬の影響を受けて意識してるのはこの世界でオレだけみたいじゃないか…
おかしくないかこの世界のオレ達を見る目が(だからいまさら)
「うん、だって俺はレイが好きだもん」
「そうだね~」
「仲良しで羨ましいわ」
うわ~…なんか凄い平和でほのぼのしてる感じだが、オレは気が気じゃないぞ
今まで普通だった事が普通に見えない
セリが大親友に見えない
周りは違いがわからないだけかもしれないが、惚れ薬のせいで今のオレには普通に可愛い恋人(セリカ)に見えてくるんだ
早く…リジェウェィさんに相談しないと、オレの理性が駄目かもしれない
恐ろしいんだが
今日は早く寝よう…何もしないうちに
「セリ、みんなと話すのはまた今度にしよう
すみません、空いてる宿を知っている方はいませんか?」
さっきから探してるんだが、今日に限ってこの寂れた村混んでるぞ
「あら~今日は団体さんが泊まってるからウチは空いてないわ」
「私の所なら一室空いてるから来なさいよ
安くしとくわ」
一室だけ!?いや無理だろう無理無理
「そ、それじゃオレは公園で寝るかな
セリはこの人の宿に泊まってくれ」
「えっなんで?いつも一緒に寝てるんだし、いいじゃん」
なんて正直に言うんだ!ここにいる奥様方に変な勘違いされて噂広められたらセリが困るだろ!?
女性の情報網は全国だと思え!!
「そうよそうよ、部屋も広いから2人でも充分よ~」
「無理です!!」
オレの声に一瞬の時間が止まる
あっ…しまった……
最初は何を言われたかわからなかったセリは理解するとみるみると悲しい涙の熱で顔を赤くする
あぁ…また泣かせてしまったのか
その顔で泣かれると何よりも傷付く…
守ると誓った人を自分が泣かせているのだから
「まぁまぁ勇者さんを泣かすなんて酷い騎士さん」
「喧嘩でもしたの?」
「女を泣かすなんて最低!」
セリの事を女の子と思ってる人たまにいるな…
「違うんだセリ、泣かないで
さっきのは冗談だから今日もいつものように一緒に寝よう
それでいいな?」
「うん…」
泣き止んではくれたが傷付いた顔はそう簡単に治ってはくれなかった
惚れ薬なんて馬鹿なものを使った過去のオレに物凄く後悔する
何をしても言っても…大切な大親友を傷付けてしまうから……
そうしていつもと同じように同じ部屋で寝る事になってしまったが…
夕食があまり喉を通らなくていまさらになって腹が減って来たぞ……
「んじゃ先に風呂入ってくるよ」
「お、おう」
風呂と言われて心臓が飛び出しそうになる
えっ何これ?駄目じゃないか?
セリの可愛い笑顔が今だけ憎い
オレを惑わすから…
1時間くらいしてセリがバスルームから出てくる
いつも良い匂いがするが、風呂上がりは増して良い匂いがするな…ってオレは変態か
その匂いに誘われるんだよ!?
「結構お風呂綺麗だったよレイも入ってくれば?」
「はい!!」
なんで敬語!?違う違う、セリの方が年上なんだからオレが敬語でもおかしい事ないじゃないか
風呂に入ってる間も、オレは気がおかしくなるくらい気が気じゃなかった
むしろ風呂からあがる事が恐かった
今のセリに対して、オレは理性を保っていられる自信がない
いくらセリカにそっくりでもセリは男なんだぞ大親友なんだぞ
それが惚れ薬ごときでセリカに見えてしまうこの錯覚!
オレが見たかったセリカの表情をセリがするんだ…
惚れ薬のせいで偽物の表情だとわかっていても…
過去のオレを殴りに行きたい…目を覚ませと
いや今のオレか
飯あまり食えなかったから腹が減る…何か食べたい
「寒い…!」
オレは風呂からあがる前に冷水を頭から被った
無心になれ…と
なれる気がしない…
元々、セリには望んでもいないのに人を惑わす強い魅力がある
そのせいで嫌な事もたくさんあって…
オレも最初にセリカと会った時に自分を見失った事があったんだ
その魅力に加えてこの状態と言ったら、オレは自分を抑えられるのか?
セリがひとことでもオレの名を呼んだら…
もう風呂場で寝るしかないな
とか葛藤しながら、オレは寝室に繋がるドアを開けた
セリは………寝てた
「そうだな、疲れているよな」
よかったと安心する反面、ちょっと残念と感じるオレのこの最低な心を殴りたい
「寝てても…」
ちょっと駄目かもしれない、やっぱ可愛いし
駄目だ!
騎士のオレは自分からセリを守る為に窓から飛び降りた
別に自殺したわけではない
この高さで死ぬかい
オレは公園で休ませてもらうよ
冬に入るから寒いんだが…仕方ないじゃないか
さっきまで気が気じゃなかったオレはセリの傍から離れて、これでオレはセリを傷付けないと安心したのかそのまま朝まで眠ってしまった
朝は早く起きた
セリが起きる時間に傍にいなかったら不安にさせてしまうと思ったからだ
しかし、宿の部屋に戻るとベッドで眠っているはずのセリがいない…
「冗談だろう…」
頭のてっぺんから血の気が引いて全身が痺れるように冷たくなる
バスルーム、ベッドの下もクローゼットの中も確認したがいなかった
はっ窓が開いてる…ここから誰かがセリをさらったんだ!
(自分が窓を開けて飛び降りた記憶はなくした)
「くそ…誰が…」
一体何処へ連れて行かれたんだ
眠っていたフェレートはオレのただごとじゃない状況を感じ取って目を覚ます
「フェレート!セリを見つけられるかい!?」
干し肉を手渡すとフェレートはククッと鳴いて窓から飛び出す
その後をオレは追う
なんて…オレは馬鹿なんだ
自分が止められないかもしれないと、いつも一緒にいて守らなくてはならない人から離れて
結局、こんな事になってから焦って…
馬鹿だ…オレは
自分の弱さに負けて招いた事だ
人の心を無理矢理手に入れようとした罰があたったんだろう
そんなのやめてくれよ
オレはどんな罰も受けるから
大切な人だけは傷付けないでくれ、頼むから…
「フェレート…本当にこんな所にセリがいると言うのかい?」
フェレートが辿り着いた先はどう見てもラスボス感漂う要塞だった
この村の近くに怪物が住んでる要塞があると噂は聞いた事がある
その怪物は全世界のあらゆる所から美しい娘をさらって無理矢理妻にしては自分の子供を孕ませる鬼畜クソ野郎だ
孕まされた女達は膨れ上がった腹の内側から大量の虫の子が食いちぎって生まれてくる為に皆絶命する
女神セレンの指示で天使達や近隣の協力者達が何度か討伐に向かったがまったく歯が立たない
ここの怪物がセリを村の娘と勘違いしたと言うのか…
要塞を目の前にするだけでオレの足も奮え腰が引ける
フェレートも怯えてオレの懐に隠れてしまう
オレより強い奴なんて魔王や四天王以外にもまだまだたくさんいる
セリ………オレは…命を懸けてでも
勇気を奮い立たせて
「絶対に守る!すぐに助けてやるから待ってろ!」
要塞へと走る
フェレート…先に言っておくが、実はいませんでしたってオチだけはやめてくれよ
命懸けるんだからな…オレはセリとセリカの為だけに
いざとなったらまた魔王の力を使えば…大丈夫だよ…な
今のオレでは勝てないとわかっている為、無駄な戦いは避けるように気配を消して静かに忍び込む
なるほど…この大きな要塞にはあまり見張りの敵がいないとは驚いた
ここのボスがよっぽど自分1人の力に自信があるのか
少数でも強いものは強いと言いたいのか
それとも部下達を全世界にバラ撒いて花嫁を探させているのか
フェレートの奴は怯えてしまって道案内をしてはくれない
オレはとりあえず地下を目指す
だいたい閉じ込める牢があるならその確率が高いだろう
オレの考えは間違ってはいなかったが、しかし
「レイ様!?」
「私達を助けに来てくださったの!」
「皆もう大丈夫よ、騎士様がいらしてくれたもの!」
薄暗く悪臭もする不衛生な牢には数人の女が閉じ込められていた
世界からさらって来た美女ばかりをか
「あ、いやオレは…」
数人いる女の顔を確認したが、セリは見当たらない
何故だ…一体何処に
「セリを…誰か、勇者を見た者はいないかい?」
気持ちばかりが焦る
また余裕がなくなる…目の届く所にいないと、駄目だろう
「セリ様なら1時間ほど前に連れて行かれてしまいました…」
「ここの怪物はセリ様が男だと気付いて、自分の子達の餌にすると」
なんだって…?早く行かないと危険だ!
オレが来た道を戻ろうと足が反射的に向いた時
「でも、セリ様なら大丈夫ですよね
だって勇者ですもの」
「そうそう、私達に絶対助けてやるからって言ってくださってねぇ」
足が動かなくなる
何を言ってるんだ…と耳を疑ったんだ
セリは魔族や魔物には強いがそれ以外には弱いんだぞ
助けてやるって言ったのは恐がって怯えるあんた達を安心させる為の…
「レイ様~早く私達をここから出してください」
もう大丈夫だと安心する呑気な女達に複雑な気持ちを抱く
何もわかっていない…セリの事を
1番わかってるのはオレだ
セリを守る事に足を引っ張るこの時間を見捨てたい気持ちもあるが、そんな事をすれば後でセリに怒られるのはオレじゃないか
焦る気持ちを持ちながらその辺にかけてあった鍵を女達に手渡してオレは下りてきた階段を駆け上ろうとした
「待ってください!
私達だけでこの要塞を逃げ出す自信はありません」
「レイ様が一緒にいてくれないと」
邪魔だ…邪魔するな…
1分1秒だって他人の為に立ち止まれやしないのに
「この要塞に見張りは少ないからあんた達だけでも充分に逃げられるはずだ」
「レイ様……」
冷たく突き放してオレは振り返らなかった
余裕がないってまたセリが怒るかもしれなくても…
地下牢にいないなら1つ1つの部屋を確かめなきゃいけないじゃないか
時間がかかる…心配して苦しい時間が積み重なって行く
1つの部屋のドアを開けて、見つからなかった時の絶望感にこれ以上耐えられる気がしない
時間だけが過ぎていく
たった1分でも5分でも、今のオレには死ぬほど長い
「キャーーーーー!」
すぐ近くで女の悲鳴が聞こえる
セリを見つけるまで足を止めなかったオレはその声に捕らわれてしまう
助けを求める声…
『それに気付いたら絶対に無視するな
レイには誰かを助ける力があるんだからな』
セリはいつもそう言ってオレにそれを求めた……
その言葉が、セリの願いが期待がオレの足を縛って心を迷わす
なんで…そんな事を言うんだ
何故、今になってそれを思い出すんだ
どうでもいいじゃないか…他人なんて
そのせいで大切な人を助けられなかったら意味がないのに!!
それでもセリは助けを求める声に耳を塞ぐオレを許しはしないのだろう!?
オレの気持ちなんて少しも受け取ってくれない…これ以上に…苦しい事はないって、わかってくれよ
オレは魔王の力を取り出すと、悲鳴が聞こえたほうへと走った
「レイ様やはり助けに来て…ひっ」
「この…感じ、物凄い恐…怖」
オレの姿に女達は恐怖して道を開いてはその場に座り込む
直視も出来ない息も苦しい見動き出来ない魔王の恐怖そのもの
「あんたがこの要塞のボスか」
「……………。」
怪物は広い廊下いっぱいの虫のような巨体でオレを見下ろし、強い殺意を伝えてくる
人間語は通じているのかいないのかはわからないな
「セリが何処にいるか答えろ」
「…………。」
と聞いても答えないか
それなら生かしておく必要もないな
さっさと倒して、セリを探しに行く…
天使や周辺の強い種族が束になっても勝てなかったこのボスをオレはたった一撃の氷の矢で撃ち殺す…魔王の力で
「これでいいんだな…セリ」
助けたから、もう…やっと自分を優先していいだろう
魔王の力はオレを恐怖で殺そうとする
苦しくても恐くても絶望しても…自分の命を削っても減らしても消えかかっても探した
この広い要塞を片っ端から…
そしたら、やっと見つけたんだ
どれくらいの時間をかけてしまったんだろう
その瞬間だけ魔王の恐怖が和らいだような気がして心地よかった
でもすぐに自分の目を疑って現実から深く落ちていくような感覚がオレを襲う
「な…セリ……」
綺麗な白い肌が青くなって…少しも動かないその姿は
呼吸を感じない、心臓の音が聞こえない
セリの腹には大量の虫がその肉を食って成長する
そういえば…セリを餌にするとかなんとか言って…本当に
「嘘だ…こんなの、信じない」
オレはセリの命を奪う虫を全て跡形もなく殺す
「セリ、起きろ
こんな所で寝ては風邪を引くじゃないか」
信じたくない
でも、でも…触れると恐いくらい冷たくて静かで、死………
「セリ!目を覚ませ!
腕がなくなっても足がなくなっても、いつもみたいに笑い飛ばして一瞬で自分を再生させてくれよ!?」
セリは死んだりなんかしない
死んだら…オレのずっと探していたものがなくなってしまう
それだけを求めて生きてきたんだ
生きてほしい
手の届く所に、目の届く所に、傍にいてほしい
あんたの為にオレは命を懸けて守るから
守れない…全然…いつも……
「……女達を見捨てていたら、間に合ったかもしれない」
セリに怒られたって嫌われたって、こうして大切な人を失うくらいなら…
「私の力を持っていて、何をしているのですか」
っ…!この感じ…香月さん?いつの間に
いや今はそんな事はどうでもいい
オレはその声にすがるように振り向く
「私の力には自己回復があるのです
それをセリに使ってください」
自己回復って…自分以外には使えないはずでは
オレが困惑していると香月さんはオレを恐怖で従わせる
魔王の力はないはずなのに生身の人間でそれをするなんて本物は違うのか
「早く、死にます」
「本当に…セリ」
半信半疑で魔王の自己回復をセリにかけると、食いちぎられた腹が元通りになっていく
顔色もよくなって静かに呼吸する音も心臓の音も聞こえてくる
「よかっ…た」
押し潰される苦しみから解放される
生きてると実感してから…まだ目は覚まさないが
失ってない大切なものはこの腕の中にあるから
「香月さん…ありがとうございます」
ついでに香月さんは指を鳴らすと魔王の力がオレの中から抜けるサービスまでしてくれた
「しかし、どうして魔王の自己回復がセリに」
「私とセリは生死の運命を共にしているのです」
生死の…運命、また運命か
だからセリにも自己回復が効くと言うのかい
「それを知った貴方は私達のいた元の世界で二度もその子を殺した…」
心に突き刺さるような言葉…
なんだ…記憶はないのに、身に覚えがあるような懐かしく痛い感覚
「オレが、セリを?ありえない話だ」
オレはセリを殺したりしない
前にキルラがオレを見て香月さんに殺された奴だと言っていた
それは…この人達の過去の世界でオレがセリを二度も殺したと言うのか?
だからオレは香月さんに殺されて…?
考えたら嫌な気分になる
「過去は…過去だ今は違う
セリの為ならセリカの為なら命を懸けて守るから……
そんな事より香月さん」
香月さんにとっては重要な事だったのか、話を流すオレに眉を潜める
オレは前世の事なんて知った事ではない
その話が本当なら、今度は何度だって大切な人の為に命を懸けれたらいい
本当かどうかも関係ない…オレには守る以外ないんだ
「香月さんはオレがここに辿り着く前にいたのではありませんか
オレが間に合わなければオレを殺して力を取り戻してセリを助けた…」
「よくわかりましたね」
わかるよ…運命だから、あんたは間に合う
強い力は最低限の話で…間に合わなかったら意味がない
運命がそれほど強いのなら、オレはやっぱり勝てない
オレでは間に合わない…どんなに頑張っても
守りたくても…間に合わない……
悔しい…ただそれだけが強く運命を恨む…
「羨ましい…
オレの大切な人と運命で繋がっている人が
運命から奪うって事は、大切な人を殺してしまう事なのかもしれない」
オレはセリが死ぬ前に間に合わなかったじゃないか
それに香月さんがここにいなかったら、魔王の自己回復にも気付かずにそのまま
セリカと同じ事だ
オレがその血に染まらなくても結果的にセリカを殺してしまう…
「それでも…諦められないんだ……」
「セリカを殺すとわかっていて手に入れたいと言える貴方が理解出来ない」
オレの強い想いは香月さんにはないもの
セリはいつも「香月には感情がないから何言っても無駄無駄」と愚痴っていた
理解出来なくていい
オレはセリカを殺さない、誰にも殺させない
セリもセリカもオレが守る
あっセリはセリの自由に恋愛してくれていいから、そこは踏み込まないから
セリはオレの大親友で、守らなきゃいけない大切な人だ
「好きってそんな気持ちですよ
理解出来ないものだから
香月さん少しでもそういうのわかってあげないとセリに嫌われますよ?」
「その口、縫いますよ…」
口縫うくらいで済ましてくれる魔王の香月さんが優しすぎる
話していると腕の中で微かな動きを感じて視線を向けた
「ん…ん……あれ、レイ?」
「セリ!目を覚ましたんだな」
よかったとオレは微笑みかけると、セリはそのままオレに抱きつく
忘れてたーーー!?
「レイ!助けに来てくれたのか!?嬉しい」
そうだった、今のセリには惚れ薬の影響があって…これは非常に危険だ
オレの命が
「セリセリ待った、セリを助けてくれたのは香月さんだからほら」
と香月さんのほうに目を向けるように言う
「ふーん」
一瞬見ただけで無視してオレに向き直って微笑む
空気読んでこの綺麗な人!?
セリがそんな態度取ると殺されるのはオレなんだぞ!?
凄い興味なさそうだった
絶対香月さん怒ってる…見るのが恐くて目線が一点から離れないオレ
と思いながら恐る恐る香月さんの様子を確認すると、意外過ぎるくらい怒っていなかった
何も感じてないような…
あぁ、そうだった香月さんには感情がないんだった
嫉妬する気持ちも…ないんだ
ほしいものを手に入れたいだけ…
オレがセリを香月さんから奪おうとしたら殺されるんだろうが、オレにそんな気がないから何もしないんだな…
だから
「香月…」
セリはそんな悲しくて寂しい顔をするんだ…
惚れ薬なんて太刀打ちできないくらい運命は強いから…
「私の力はまだ貴方に貸してあげます」
香月さんは一度取り戻した魔王の力をオレに投げ渡す
「しっかりと守ってあげてください
私がセリを迎えに来る日まで」
「すぐほしくないんですか」
「勇者の力は魔王の力を持ってしても厄介なもの」
「ウソ…魔王の力があれば俺を力強くで抑えつけられるって言ったのに」
こらこら煽るな煽るな
ここで本気出されたら困るだろ
オレまだ勝てないから
守れないから本当、ラスボス戦はまだオレ達には早い
待ってくれ
「生意気ですね…」
「帰りましょう!今すぐ!ほらセリカが香月さん待ってるぞ!」
セリカの事を思い出したのか香月さんは素直に帰る事を決めてくれる
セリカが帰りを待ってるなんて羨ましすぎなんだが
「セリカは香月が長く城を空けると怒るんだ
誰とは言わないがキルラが調子に乗ってウザイって思ってる」
誰かって言ってるぞセリ…
セリカも大変そうだな
香月さんにはセリカへの恋愛感情はないようだが、それなりに気にかけて大切にしてくれてるんだって感じる
それでは、と香月さんはオレ達の前から姿を消した
オレとセリはとりあえず近くの村に帰って休む事にする
さっきはこの世の終わりであるかのような気持ちも、今はセリがちゃんとここにいると実感して落ち着く
と思っていたが、惚れ薬の影響を受けてしまったセリの扱いに迷うオレはリジェウェィさんの所まで何もなく辿り着けるのか…何とも言えない
でも…
「もう…離れたりしないから」
運命のないオレは間に合わないと言うならいつも一緒にいればいいだけの事なんだ
傍にいれば、何が起きても大丈夫だろう
オレの言葉にセリは愛らしい微笑みで頷いた
ようやく数日後
イングヴェィさんはオレが訪ねて来た事に笑顔で「帰って」と言った
しかし、イングヴェィがセリをいつものように呼んでもオレにべったりなのを見てただ事ではないと察する
ゲストルームに通され事情を話すと
「レイくん、最低~」
殺意の感じる笑顔で言われた言葉に何も言い返せない
「セリくん」
もう一度イングヴェィがおいでと言うがセリはシカトで足元に座ってオレの膝の上に手と顔を乗せて見上げてくる
可愛いんだ…これ
「え~傷付くな~羨ましすぎて許せないんだケドそれ…」
「勝った」
「何言ってるの?」
イングヴェィを悔しがらせる事が出来るならもうこのままでもいいかなと思ってしまうオレは酷い男だな
「あのね、レイくん真面目な話をするケド
セリくんとセリカちゃんは一心同体の同一人物なのに、どうして身体と心が別かわかる?」
「いや、考えた事もないが」
イングヴェィはセリカの事ならなんでもわかると言っていた
オレの知らない事を話されるのはやはり悔しいし負けたと思ってしまう…
これも運命の力なんだ…
「セリくんはセリカちゃんでセリカちゃんはセリくんなのは間違ってないの
でも2人はお互いの自分の意志を持ってて、全てが同じじゃない
セリカちゃんは俺のコトを好き(になる)だケド、セリくんにはセリくんで俺じゃない別の運命の人がいるんだよ」
さり気なくセリカが自分を好きだと言う所を強調するのに腹が立つな
「セリくんとセリカちゃんが何もかも同じになっちゃったら、別々に存在する意味がなくなっちゃうから
その時は…2人が本当に1人になっちゃう……
惚れ薬なんて些細なきっかけでもなり得る話で
セリくんもセリカちゃんも自分が1人になるコトを望んでないよ」
「それは………」
わかってる…セリとセリカが1人になりたくない事
でも、そんな複雑な存在だと言う事はわからなかった…知らなかった
安易に惚れ薬なんて使ったオレは馬鹿だ
守ると誓っておきながら…オレ自身が2人を失わせるかもしれないなんて
「悪かった…」
「…大丈夫
リジェウェィは優秀だからすぐに惚れ薬を無効にしてくれるものを作ってくれるよ
それまでこの城を自由に使ってね」
「ありがとう、イングヴェィさん…リジェウェィさん」
オレは薬が完成するまでゲストルームでセリと2人でゆっくり過ごす事にした
「レイ?どうしたんだ?元気なくないか?」
さっきの話の意味がわかっていないのか、セリは心配そうにオレの顔を覗き込む
「イングヴェィがまたレイにだけ意地悪言ったの?」
「そうじゃないよ
オレが悪いから叱られただけ…」
「レイ…元気出して…」
目の前にいるのはオレの大親友のはずなのに、その表情は全て別のものだった
ずっと見たかった夢…
セリカがオレを好きだと見つめる眼差しも、愛しいと呟く声も
手に入れたかった…
この綺麗な人を独り占めにしたかったんだ
大好きだから愛してるから、運命に奪われたくなかった…
「オレは元気だから、そんな顔をしないでくれ」
最低…オレはセリをセリカと見る事をしなかったのに
今はセリがセリカにしか見えない
もう少しすると、この夢が覚めてしまうと知って
オレはセリの頬に触れて包み込む
そしたら、心から嬉しいって微笑むんだ
恋のない愛のないセリカが、オレだけにそれを見せてくれる事が
たまらなく幸せだった…
「レイ…好き……」
「ありがとう…」
だからごめんな、悪かった…すまなかった
もうこんな事しないから、目を覚ましてほしいんだ
惚れ薬に負けないって言ってたセリカに戻ってほしい
ちゃんと好きになってもらいたいんだ
目の前の大親友のセリを巻き込まないように
「セリ、ごめん…本当に、悪かった……」
おもいっきり抱きしめて謝る
セリにはセリで好きな人がいる事
その気持ちをオレが奪うなんて許されない事だろう
「………うん…わかってくれたならいいんだ」
「えっ…ぇ、セリ?」
急にいつもの雰囲気に戻ったセリに驚く
「なんか急に気持ちがなくなったわ」
そんなあっさりと…ちょっと寂しいような傷付くようなこの心残りはなんだ
惚れ薬のオヤジは永遠にと言ってた
もしかして、オレが強く否定する事でなかった事になるタイプの惚れ薬なのか
「惚れ薬になんか負けるかって思ってたケド…
なんか、結局負けて…悔しい……」
セリは涙を滲ませる…
傷付けてしまったんだと思い知らされるな…
謝っても謝っても許される事じゃない
「でもレイが流されなくてよかった
俺の事、大切にしてくれたもん
手出さなかったし
嬉しい、ちゃんと大親友してくれて」
涙を滲ませたままセリはさすがと笑う
いや……結構きつかった
その顔で好きとか言われると
何度も負けそうになった真実は隠したままにしよう
「当たり前じゃないか
オレはセリの騎士だからな
セリが傷付く事はしないぞ」
「うん!」
いつものように頭を撫でてやると、いつものように笑ってくれる…
これが1番幸せじゃないか
「レイ…俺はレイがセリカのコト好きって知ってるよ」
セリカが気付いてるからセリが知ってるのは当然だろう
「セリカの気持ちはまだわからないケド…
俺は大親友としてレイのコト応援するから!頑張って」
「それは心強い」
「でも…イングヴェィのコトも応援する…なんか知らんケド、好きだから」
セリはちょっと顔を赤らめてはしおらしくなる
おいそれもう答えじゃないのか!?やめてくれ!運命のせいか!?
そうこうしてるとイングヴェィさんの明るい声が聞こえてくる
「セリくんもう大丈夫だよ!リジェウェィが惚れ薬撃退薬作ってくれたからね!」
部屋に入ってセリの姿を見るとイングヴェィは惚れ薬の効果がない事に気付き
「そっか…うんうん、セリくんおいで」
いつものように呼ぶと、セリは大人しく傍まで近付く
なんだか…運命を目にしてるみたいで嫌な気分だ…
「イングヴェィ…これほしいんだケド、高くて買えないの…」
と思ったら
「ああこれね、いいよ買ってあげる
ほしいものがあったらなんでも言うんだよ」
ただの金づるだった
セリは雑誌の1ページをイングヴェィに見せて可愛くねだる
「やった!嬉しい、ありがとうイングヴェィ」
「ううんいいんだよ~セリくんがほしがるものはセリカちゃんがほしいものだからね~」
オレもいつもイングヴェィさんのポジションだが、こうして第三者として冷静に見てると……
利用されているとわかっててもそうやって可愛く微笑まれるだけで全てを許してしまう!
小悪魔な所も好きだ…ねだられるのが羨ましい
「やったぜ…ふう、今月色々出費多くてピンチだったからな~これで暫く金に困るコトはねぇな」
オレの元に戻ってドライな事を平気で言う…そんな所も……好きだよ…可愛いじゃないかハハハ
貧乏人からは取らない、金持ちから取るって言ってたな
セリがイングヴェィさんにするって事はセリカは香月さんに同じ事をしているだろうと思うと恐ろしくてたまらないな
でも、セリにお金で買えるほしいものなんてないんだ
こうするのは一種の甘えだった
自分のワガママを叶えてくれる事で好かれてるって安心したいだけの振る舞い
オレもイングヴェィさんもセリとセリカに甘えられる事を望んでいる
だからおねだりされると嬉しい
それもわかってやっているから、セリは変わっていた
「ふふふ」
だから…そうやって可愛くイタズラっぽく小さくピースして笑うのは反則だといつも思うんだ
「あっセリくん、もう大丈夫みたいだけどこの薬は渡しておくよ」
イングヴェィさんは惚れ薬を無効にするリジェウェィさんの作ったものを手渡す
「えっいらんでしょ」
「ダメだよ、またレイくんが惚れ薬なんて卑怯なもの使うかもしれないもん」
「オレは信用ないな」
「ないよ」
笑顔の即答に腹が立つ
「ふーん、でも俺はレイのコト信じてるよ」
「サンキューセリ」
「レイくんの惚れ薬を使った気持ちはとってもよくわかるな…
俺もセリカちゃんが振り向いてくれなかったら、似たようなコトをするもんね」
「貴方が1番信用ないじゃないですか」
「やだな、俺の能力をそんな惚れ薬と一緒にしないでよ」
オレが運命に抗うなら、それをも阻止しようと言う宣戦布告か…
厄介な男がライバルだな
人外の、圧倒的な力の差があって
運命まで味方につけて…
その壁は天をも隠すほど高く感じる
オレは何処まで…この想いを貫けると言うのだろうか
最初からわかってる見えてる負けに…
どうやって勝つと言うんだ
ー続くー2015/11/03
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