第55話『人形』リジェウェィ編
「リジェウェィさん…」
珍しい来客が来たものだ
貴様にはその身体を与えてやったのに、これ以上に俺に何の用がある
魔術の研究に忙しいのだが、俺は早く帰ってほしく冷たく当たってしまう
「会う者を間違っているのではないか、イングヴェィなら城の中の何処かにいるぞ」
「!!それは…わかるんですね…」
人形の顔でも役者として手に入れた表情は舞台の上以外であっても素直に変化させるまで出来るようだ
ミュージカルに生きる人形の身体で歌い踊り演じる女優、死者のミク…
「セリカさんが魔族にさらわれたと聞いて、イングヴェィ様が寂しい思いをしていないか心配で…」
どうでもいい
何故それをわざわざ俺に言うのだ
貴様の恋愛話を聞くほど俺は暇ではない
その心の声が聞こえたかのようにミクはハッとして頭を下げる
「あの、リジェウェィさんにお願いがあるんです!」
まだ聞いていないが叶えたくないな
ボブカットのゴールド色をした髪を摘み、オレンジ色の瞳を指す
「黒髪ロングと黒瞳にしてほしいんです!!」
あのセリカの髪も瞳も特殊な黒で完全な黒ではない為に俺でも再現はできない
この女が望む色はただの黒ではないだろう
「そんな事をしても、セリカにはなれないし
イングヴェィは万が一でも貴様を好きにはならない」
自分がそうする理由を見透かされたミクは耳まで真っ赤にして俺から目を逸らす
「リジェウェィさんって…何でもわかってしまうのね
黙っててほしい事も、本当はわかってて言うのでしょう
意地悪な人…」
「俺は無駄な事をする者が理解出来ないな」
「無駄な事ではありません!
好きな人に好きになってもらいたくて、自分なりに考えて行動する事は意味のある事です!」
俺の何が気に入らないのか、ミクは感情を叫ぶ
人形の魂は人間で、そこには表情も心も全てある
「イングヴェィは何があっても、セリカ以外を愛さない
わかりきっている絶対の結末に、何をしたとしても意味なく終わり時間の無駄なのだ…何故それがわからない」
「そんな事…わかってても
未来の事なんて誰にもわからないでしょう…
だから、人間は夢を見てしまうんです
もしかしたらって…リジェウェィさんに私を理解出来なくてもいい
……邪魔をしない、協力する、も全部嘘になってしまって…人間は嘘もつくのね」
何故、この女が笑いながら泣いているのかわからない
今は人形の癖に人間だと、生意気な女ではないか
同じなのに、俺とは違うと言いたいのか
気に入らない
俺はこの女を見ていると…
「私はイングヴェィ様が好きなんです
一度は諦めたつもりでも、やっぱり…好きでした
セリカさんがいなくなったと聞いた時、今ならと…嫌な女になって」
自分は今でも失敗作で壊されてしまうのではないかと…
死者蘇生の魔術に使う葉を見つめながら思い出す
俺は今ではイングヴェィの兄として存在しているが、本当はイングヴェィの兄でもなくプラチナでもない…
プラチナが創った人形、それが俺なのだ
人と変わらない容姿、中身だってしっかりと血が通い温かさもある
考える事も感じる事も記憶する事も痛む事も、何もかも人に似せて創られているのに
プラチナでも人でもない…本物ではないと言う事
自分が偽物である事はそれほど気にしているわけではない
俺は自分が存在できるなら、本物だろうが偽物だろうかはどちらでもよいのだ
セリカと会う前のイングヴェィは今と違って、何も感じない男だった
ある日、イングヴェィは家族と言うものに興味を持った
純潔のプラチナには他の存在では当たり前の親がいない
突然に何もない所から生まれる、それが純潔のプラチナの出生
永遠の命がある為、子孫を残し命を繋ぐと言う事も不必要で永遠に家族とは無縁の存在だ
もちろん兄弟もいないわけで、イングヴェィは自分にないそれがどんなものなのか他種族を見て気になった
「ないなら、創ればいいんだよね!」
ほしいものもなんでも手に入れて、自分の願いはなんでも思い通りになる
想像したコトが現実になるプラチナの力によって
「お兄ちゃんほしいな~
背が高くてカッコ良くて賢くて、俺に出来ないコトなんでもできて尊敬しちゃうような…」
イングヴェィは理想の兄を創った…つもりだった
「全然ダメ…こんなの違う」
始めて生まれた俺には足がなくて、自分で立ち上がる事なんてできなかったから数秒で壊された
一瞬しか生まれなかった意識の中で死の恐怖だけが強く感じたのを今でも覚えてる
「なかなか上手くいかないな、どうして?」
それから何度も何度も壊され作り直され、回数が増える毎に様子を見る時間も増えてはいっても
何かが気に入らないとなっては同じ事の繰り返し
俺は死ぬのが恐くて、生きている間に必死に勉強した
イングヴェィにないもの全て身につける勢いで…
死ぬのは恐い
何故なら、次も創ってもらえる保証が何処にもないからだ
飽きられたらそこで終わり
俺は生きたい存在したい
この命はイングヴェィしか創れない、他の誰にも俺を創り出す事が出来ない
「へ~スゴーイ、リジェウェィってなんでも出来るんだねスゴイスゴイね~」
そんな日々の中、俺の作った魔術にイングヴェィは始めて手を叩いて認めてくれた
とても…嬉しかった…自分の存在が許されたのだと思ったから
肩の力が抜けていく…
「リジェウェィ…?」
「うん!兄弟なんだから名前があるのは当たり前でしょ
だから考えたの、嫌?」
「嫌じゃない…」
ずっと必死だったが、勉強する事も嫌いじゃない
魔術も魔術道具を新しく作り出すのも楽しい
それでイングヴェィの為になっているなら、俺の存在は生きる意味は確かにあると証明される
名前は存在を約束されたようなもので、長かった努力も報われ願いも叶えられればこれ以上は何も望まない
イングヴェィの事も嫌いではないのだ
ちょっと…いやかなり、手のかかる弟だと思っている
この感情がプラチナの力で植え付けていられていたとしてもいい…
俺は存在している事が1番の願いだから
そうして数年経った
ユリセリのプラチナの力で別世界に遊びに行って帰ってきたイングヴェィは
自分の恋人だとセリカを皆に紹介した
誰も何も言わなかったが、別世界のセリカはいつか存在が消える
イングヴェィはそれに気付かず忘れていた
心配ではあったが、セリカと出会ってからのイングヴェィは別人かと思うほど人が変わる
感情のないプラチナが、恋に落ちて全ての感情を手に入れたのだ
驚いたが良い事ではないか
今の姿が本当のイングヴェィだったから
太陽のように明るい笑顔の…イングヴェィ…
「リジェウェィ…あのね、心配事があるの」
真夜中に深刻な顔をして俺の部屋を訪ねてきたかと思うと、イングヴェィは次の瞬間ニッコリと笑う
「兄弟で好きな女の子を取り合うコトもあるんだって
リジェウェィとはそんなコトになりたくないから死んでくれる?」
全ての感情を手に入れたイングヴェィは人一倍嫉妬深く独占欲が強く…セリカの為なら関わる事なら何処までも病んでしまう
「イングヴェィ…何を
俺はセリカの事を好きではないのだぞ」
崩壊する確信する
壊されたらもう二度と俺は創られない存在しなくなる
死にたくない生きたい
自分が消えてなくなるのだと頭を過るのと一緒に死者蘇生の魔術をすぐに完成させないと
いや、無理だ…まだ研究中なのに
「そんなのわかんないよ
セリカちゃんは可愛いからリジェウェィだって、いつか好きになるかもしれないでしょ?
可能性は潰さなきゃね♪」
感情と共に手に入れた太陽の笑顔で、俺を殺すと言うのか
セリカの事になると、感情を暴走させてしまうのだな
「イングヴェィ…何してるの?」
偶然か、それとも後を着いてきていたのか?
俺の部屋のドアからセリカが顔を覗かせる
「あっセリカちゃん!今ね、リジェウェィを殺そうと思ってたの」
「どうして?」
「邪魔だからだよ
セリカちゃんのコト好きになって、奪うかもしれないからね」
イングヴェィは自分の力でなんでも思い通りにしてきた
セリカの心だって思い通りに出来る
だから、セリカはイングヴェィに反抗したりしない…
だから…だから…俺は誰も止められないイングヴェィに殺される
「リジェウェィはそんなコトしないよ
だって、イングヴェィのコト大切に思ってる
イングヴェィのお兄ちゃん…ちゃんと弟のコト大切にしてるもん」
もう駄目だと目を伏せていたが、意外なセリカの言葉に目を開けると
彼女は綺麗に微笑んでいた
「セリカちゃん…でも」
イングヴェィはセリカに弱くその発言に困っている
俺は…心底驚いた
セリカはイングヴェィのプラチナの力で心の全てまで支配されていると思っていたからだ
イングヴェィのやる事に駄目と止められるなんて…
「えっ?私にとって、イングヴェィ以上に素敵な人なんていないのに?」
「セ、セリカちゃん~~~!!
でででも…セリカちゃんがそう思ってても、無理矢理奪われるコトだって…」
イングヴェィは今まで見たコトない恋の顔で真っ赤になって自分の心配を訴える
「そん時はそん時、奪われたら奪い返せばいいんだから
先のわからないコトの心配して無駄なコトする時間なんてもったいないわ
そんなコトより、もっと私に構ってよ…」
イングヴェィは完全に綺麗で可愛いセリカに負けて俺を殺す事をやめた
それを感じたセリカはイングヴェィにわからないように俺に向けてピースサインと共にふふっと笑った
小悪魔っぽい所は前世も現世も変わらないのだな…
2人が部屋を出て、落ち着く
不安も恐怖も心配も絶望も…消し去って…
今までにない冷静さがある
セリカがいれば俺は絶対の存在が約束される
そして、イングヴェィは他者の心も思い通りに支配出来るのに
全てしてるわけじゃないんだとわかった
セリカに俺がイングヴェィを大切にしてると言われた時、この気持ちはプラチナの力のものだとばかり思っていたが
そうではないとわかっただけ嬉しかった
俺は本当は自分の存在を簡単に創ったり壊したりするイングヴェィを恨んでいるんじゃないか
憎んでいるのではないのか嫌いなのではないか、と疑っていたから
そうでないとわかっただけで、自分の心に疑いなく素直に受け入れられる
せっかく存在しているのだから、自分の好きに生きたいではないか
俺はただ自分が自分として存在していたいだけ
思い出話はもういいか
俺は目の前にいるミクの姿に自分が少し違和感ある
創られた俺が作る側になるのは、おかしな事だとな
「俺に感情を求めるな
俺は元は人間であった貴様とは違う
貴様の言葉は何一つ理解出来ないな」
最初から創られた人形で、人形なりに考えたり感じたりするだけ
存在に依存した偽物、それで不満はない
「うっ…」
大きな作り物の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる
俺が泣かせたと言うのか…違うだろう、勝手にこの女が泣いているだけだ
「そうかもしれませんが…私の願いを叶えるくらいリジェウェィさんなら一瞬なのに、こんなにもうるさく言われたら傷付きます…」
知るか、自分勝手な女め
…とは思うものの、存在したいと言う願いのあった俺が他者の願いを無下にする気にもなれない
自分が叶えられないなら、自分の願いも叶わないような気になるではないか
「黒髪と黒瞳か…わかったわかった貴様の願いは叶えてやる」
「ありがとうございます!!」
「しかし、イングヴェィは黒髪黒瞳だから好きなわけではない
セリカだから好きなんだ」
そう言ってもわかっていても、ミクはそうしてくれと言う
何故なのかまったくわからないが
俺が恋をしていないから理解できないだけなのか
プラチナの力で俺は恋をする事が出来ないから、一生わからない事だな
興味もないのだ不幸か可哀想か哀れか、俺は構わない
それはとくに俺の願いには入っていないからだ…
「出来たぞ」
ミュージカル一筋だったミクは長い髪が始めてだったのか、自分の変わった髪をいつまでも鏡を見ながら触っては満足げだ
顔立ちからしてミクには黒髪黒瞳は似合わないと思っても黙っている
ゴールド色のボブのほうがよかったな
「これで少しは私の事…見てくれるかも
演技なら大得意だもの…私なら完璧なセリカさんを演じられるわ」
「……………。」
無駄な事…口には出さなかった
言っても聞かないとわかっているから
どんなに完璧でも本人にはなれない
自分じゃない偽りでも構わないのか
これが恋だと言うのなら、俺は願う事なくいらない
「リジェウェィさん、ありがとう」
軽い足取りでミクは俺にお礼を告げ部屋を出て行く
無駄な時間を過ごしたような気がして溜め息が自然に出るじゃないか
少しして俺はまた死者蘇生の魔術の研究に入る
いつか自分が壊されて創られなくなっても、自分で生き返る為に
いつまでも存在して、この世界を見ていたいのだ
イングヴェィの兄として…な
―続く―2015/09/22
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