第47話『守る為なら命を懸けたって構わない』レイ編

夜空を見上げていたセリカが肩にかかったマントを軽く引き寄せる

「寒いかい?」

「少し、でもめちゃくちゃ寒いってわけじゃないから大丈夫」

「寒くなったら言ってくれ」

「オレが温めてやるよって後ろからぎゅってする展開?」

少女漫画によくあるやつだーとセリカはふふっと笑っている

それは…していいって事なのか……いやセリカは何も考えずに言っただけで

実際にしてしまったらまた警戒されて距離が出来てしまうかもしれない

セリカが言う事、する事…何でも、もしかしてオレに気があるのかなんて単純に良い方へとばかり考えてしまう

セリカがはっきりと他人を突き放す冷たさが本当は期待を持たせない優しさなんだと、よくわかる

どちらも辛い

一言一言に翻弄されるようだ

「それはしてほしいって事でいいのか…?」

「ううん…違う」

傷付くってわかってるのにオレは何故そう聞いてしまったんだ!?

「ただ、そんな展開が少女漫画とかでよくあるなって思ってたら

なんか…違うんだよね

全然、違うんだよ

そういう感じじゃないの…」

「セリカ…」

何を想ってるのかオレには見えない

目の前にオレがいるのにセリカはオレを見てはくれない…

「私は人の体温で自分が温まるんじゃなくて

自分を抱きしめてくれる人が好きな人だからこそ、好きって気持ちが自分の熱になるんだと思う

それは温かいなんてもんじゃなくて、きっと熱いものだよね

私は好きになったコトがないから想像でしかないケド

そうだったら…もう雪の日も雨の日も寒くないね」

どんなに絶望の中にいても埋もれて見えなくなっても、いつか幸せになりたいって思うから完全に夢は消えていない

その暗闇の中に小さくてもなくならない輝きから生まれるセリカの微笑みはやっぱり…綺麗のひとこと以外表現できない

いちいち虜にしてくるのやめてくれないか

「…意外だな

セリカは誰かを好きになろうとしないのかと思っていたが、そういう夢はあるなんて」

「私…人間が大嫌いだ

他人なんて大嫌いよ

でも、なのに…みんな幸せにならなきゃいけない

みんな幸せじゃなきゃ意味がない

世界の、存在の、生きるの…意味がないって思うの

変だよね…私はこれからもたくさん人を殺すのに

殺したい…死んでほしい……のに」

彼女の複雑な気持ちも想いも…きっとオレの想像を超えて理解は手の届かない所にある

そう考えるのはセリカが聖女だから?勇者だから?

オレは人間の事を、好きとか嫌いとかみんなの幸せとか少しも考えた事もないしこれからも考える事はないだろう

彼女を愛し守る事に命を懸ける…単純で簡単な想いがあるだけ

そんなオレから見ればセリカは…難しく考えすぎなんだ……

何も悩む事も背負う事も傷付く事もないのに…無理をするなよ

「それでもレイは私を……」

「そう聞くのは不安なのかい

オレは世界の全てがセリカの敵になったとしても守り抜くよ

何が正しいのか考えていたらキリがないじゃないか

常に正しい事を考えて出来る者なんて存在しない

それじゃ誰も好きになれないだろう」

だからと言って、悪い事をしてもいいと言うわけではない

セリカはセリカの考えで決めて行動するのだから

何も知らないオレが自分の考えを押し付けてセリカを苦しめる事はしたくないんだ

つまりだ!セリカが人を殺したいと思わないようにすればいいだけで

オレがセリカを傷付けるものから守る事が出来たなら、きっとそういう考えもなくなるはずだ

「セリカ…」

不安も迷いもある彼女の頬を撫でて笑う

すると、困っているけれど少しだけ微笑み返してくれる

静かな夜空の下の平原だった

その後、すぐに大きな音とともに崩れ変わる

「やっと町から出てきてくれたねセリカ!」

嬉しそうな女の高い声が響いたと思ったら、オレ達を中心に地面をぐるりとはいずり回る巨大な蛇の姿を夜の目でもはっきりとわかる

1…2…いや5匹はいるのか

巨大な蛇のモンスターと飛び抜けて魔力の強い魔族の気配

魔族はさっき声がした女1人と考えていいだろう

しかし…この魔族も以前会ったキルラやラナと同等のものを感じる

圧倒的な力の差に敗北の二文字しかないとわかっていてもオレは諦めない

とりあえず囲まれていては不利だと思ったオレは馬で巨大蛇の身体を飛び越えようとするが

やはり無理があるのか巨大蛇は馬の脚に食いつく

馬を失いバランスを崩したがセリカを引っ張り寄せてオレは蛇の頭を踏んでそのまま飛び越えるつもりだった

「お馬さんが…!」

しかしセリカはオレの馬が蛇に脚をやられ落ちていくのが見捨てられなかったのかオレの腕からすり抜け馬と一緒に蛇の背に落ちていく

「セリカ!?」

馬鹿かオレは

セリカが動物好きで見捨てられないのを知っていたのに考えに入れていなかった

オレ1人で戦う普通の戦い方じゃ駄目なんだ

セリカの考え行動を先読みして戦わないと

巨大蛇を飛び越えたオレはすぐに振り向き弓を引く

かなり強いモンスターを連れて来たみたいだが巨大蛇はオレの敵じゃない

「誰だか知らないけど、ポップの邪魔しないで

今日こそセリカを連れて帰るんだからね!」

オレが巨大蛇に弓を引こうとする目の前に魔族の女が現れ立ちはだかる

「しまっ…」た

魔族の女はその至近距離からオレに向かってナイフを振り下ろす

最悪の展開だ

魔族に強くモンスターに弱いセリカが巨大蛇に呑まれ、四天王並に強い魔族をオレが相手するには状況が悪すぎる

ここまで接近されては遠距離の弓は使いにくい

咄嗟にオレは短剣に切り替えてポップのナイフを弾き返す

「ポップも接近戦は得意じゃないんだよ~

でも、相手が人間なら余裕かなって思ってたら

お兄さん結構強いみたいだねー!!」

相手はオレが人間だと思って手を抜いてるって事か

なら本気を出される前に距離を取って弓で仕留めるしかない

「お互い接近戦が得意じゃないって言うなら、得意の遠距離で戦ってみるかい」

ナイフごとポップの身体を突き放し、オレは距離を取る為に走る

「おもしろそーー!!やるやる~~~!!!」

ある程度距離を取ると先に攻撃を仕掛けてきたのはポップのほうだった

無数のナイフを手にして投げてくる

上手くいけばオレの矢の1つや2つは巨大蛇の脳天に撃ち込んでやろうかと考えていたが

ポップのナイフを相殺させるだけで精一杯になる

強いな…それにポップのナイフにはありとあらゆる呪いや毒が塗られているのが匂いでわかる

少しでも掠れば死んだも同然か

「やるね~人間のくせに本当強いよお兄さん

四天王のポップがほんの少しでも本気出さないと勝てないくらいだもんね~~」

四天王…やはりそうか

厄介だな

すぐにセリカを助けに行きたいのに

「だ・か・ら…少し本気出して相手してあげるよ!!」

そう言ったと同時に今までとは比べものにならないくらい無数のナイフはスピードと押しの強さでオレの放つ矢を次々と砕いて向かってくる

矢で防ぎ切れないと判断してナイフの軌道から離れようと走るが、読みが甘かった

ナイフは真っ直ぐに飛ばずありえない曲がり方でオレへと向かいその身体を貫いた

「くっ…そ……」

突き刺さる無数のナイフの痛みは呪いと毒で今までに感じた事のない激痛と身体の崩れが始まる

「やったー!ポップが勝った~~~!!」

ポップはナイフを手に持ったままくるっとその場で回り踊り子みたいな服をひらりとさせて喜ぶ

「まっ人間相手に勝って当たり前だよね~~ねっ」

意識が急激に遠退く…

このままだとオレはセリカを守ると言ったのに嘘になるじゃないか…

強くないと守れないってわかっていたさ

だからオレは力を探して手に入れようとしていたんじゃないか

間に合わなかったって言うのか運が悪かったで終わらせるのか

悔しい…これほど悔しくて辛い事、もう二度と味わいたくないと思ったのに

また味わうなんて…

意識が途切れる寸前、目の前に夜と同じ色の暗闇が転がる

見覚えがあるような…なんだっけ……

何でもいい

セリカを守れるなら命を懸けたって構わないから…強くなりたい

痺れてるのか感覚がないのかその手で暗闇を掴む

すると、暗闇は俺の手の中に消え不思議な事に身体中の痛みと共に呪いも毒も消し飛ぶ

一体なんなんだこの感じは

強い力…それも他者を横に並ばせる事すら許さない圧倒的な力と…底知れない強い恐怖…

「さ~ってとポップの可愛い蛇ちゃん達、セリカを連れて帰ろ~」

オレに背を向けて帰ろうとするポップを呼び止める

「待て!セリカを返してもらうぞ!!」

情けなく地に転がってたオレの身体はしっかりと立ち上がれる事も出来た

空気が伝わる

足を捕らえて動きを封じる冷たく鋭い刃物のようなもの

ポップに纏わり付くのは恐怖…なんだろうか

「なに…この感じ…この感覚…この雰囲気……」

この世の恐怖を向けられているポップは身体を冷たくさせて汗を流す

振り返りオレを見たポップは顔を青ざめて息を呑んだ

「どうしてぇ…人間から…魔王様の力を感じるよぉ」

その場に張り付けられたようにオレを見て動かなくなったポップに、今のオレなら勝てるかもしれない

邪魔をしないならいい

ポップを無視してオレはすぐに弓を引いて向けたのはセリカを馬ごと飲み込んだ巨大蛇のモンスターにだ

暗闇は恐怖としてオレを蝕むから

正気を保てるのは、ただ1つ…セリカを守りたいって事だけ

それしか考えられない

巨大蛇に向かって矢を放つ

いつものオレの矢より速く攻撃力も高くなってる事にも気付かず

巨大蛇はオレの矢の速さに気付く事もなく腹を引き裂かれる

腹の中からセリカとオレの馬の姿がちらりと見えたが、すぐに別の巨大蛇がセリカだけを加えた

「全て倒さないと駄目か」

セリカを加えた巨大蛇の喉を撃ち抜き、同時に放っていた数本の矢も残りの巨大蛇の額を撃ち抜き一瞬で殲滅させる

「ッセリカ!!」

巨大蛇を倒した事でその高い位置にあった口からこぼれ落ちるセリカを受け止めようと走り出す

オレの足なら必ず届くから…

「セリカ!よかっ…」「レイ…」

必ず届く…届いたさ

オレはセリカが巨大蛇の口から落ちるのをしっかりと受け止める事が出来たんだ

しかし、受け止める時に少しバランスを崩してしまって……

オレの唇にセリカの唇が当たってしまった

つまりキスしてしまったと言う事なんだが…!?

「わ、悪いセリカ…!!」

受け止めたセリカをすぐに地面に降ろしてオレはみるみる上がる全身の熱に我慢しながら慌てて謝る

こんな形でセリカとキスしてしまうとは…嬉しいけれど、明らかな事故に喜ぶとか虚しい気にもなったり…

「お…おぉ……」

セリカも少し驚いているがすぐに何ともないと表情をいつもと同じにする

少しは意識してくれてもいいじゃないか!?と思うのもなくはないが

恋も愛もないセリカにとっては何も感じなくて、どうでもいい事なんだと苦しい思いのほうが強かった

人間はきっと生まれて生きていく中で自然と何かをきっかけに恋も愛も芽生えるのに

何かのせいで失う事もあるのだとするなら

オレはどうすれば、セリカに…

自然と視線が足元に落ちてしまうのは、自信がないのか恐いのか…

「ん…これは…」

落とした視線の先に暗闇色の…魔王の力が落ちているのに気付く

いつの間にオレから抜けてしまったんだ

まったく気付かなかった

拾い上げて、さっきの事を冷静に思い出す

セリカを守らないとって無我夢中だったわけだが

オレは落ちるセリカに駆け寄った時、後ろからとてつもなく恐ろしいものが追い掛けてくるような感覚があった

セリカを助けて、もしこの魔王の力がオレから抜け出していなかったら

恐怖に押し潰されて負けていたかもしれない

耐えられないほどの恐怖がこれには詰まっている

その変わりに絶対の強さがあるんだ

オレじゃ本来の力まで扱えそうにないが…

「それ…とても恐い……」

セリカは前にセリが怯えた姿と同じようにオレから後ずさる

「あぁ、すまない」

オレが魔王の力を隠すとセリカは少しだけ安心して微笑んでくれた

こうして見ると他の人間と何も変わらない

普通に笑う事もするし、恐い事もあって…生きているのに

いや…全然違うか

普通の人間とはやっぱり違う

手の届かない存在と思うほどの崇高さに綺麗な容姿と、恋も愛も失ってる

「助けてくれてありがとうレイ」

「えっ…オレに助けてもらって守ってもらって当たり前と思ってるセリカからお礼を言われるなんて」

「ちょっとそれってセリくんのコトでしょ

それにセリくんはたまにレイにありがとう言ってるよ

まぁ…心の中では当たり前って思ってるケド、一応は感謝もしてるつもり」

聞いてないが知ってたな

でもそこがまた可愛くて仕方なかったりする

「あっセリくんが思ってるなら私もそうだね」

ふふふってセリカが笑うから

当たり前と思われてても、セリカが笑うならすぐ仕方のない奴だなと甘やかしてしまう

当たり前って、セリカなりに信頼してくれてるんだなって嬉しいんだ

オレが勝手にやってる事で、嫌がられても断られてもオレが死ぬまで守る

守る……

まだ終わっていなかった現実がオレを引き戻す

「セリカは渡さないんだから!!」

魔王の力がオレから抜け出して張り付けていた恐怖がなくなった事に気付いたポップは背を向けていたオレに数本のナイフを飛ばした

また身体中に耐え難い毒と呪いが巡って膝を地に付けてしまう

「レイ!?」

セリカがオレに手を伸ばした時、触れる前に地を割って巨大蛇のモンスターが1匹現れる

「ポップの可愛い蛇ちゃんはまだまだ沢山いるの

連れて帰るよセリカ!」

「セリカ…」

手を伸ばして掴もうとした時、巨大蛇がその大きな口でセリカの身体を飲み込む

オレが掴めたのはセリカが伸ばした腕だけだ

「さっ帰ろ~♪」

さっきの恐怖なんてもう忘れたと言わんばかりにポップはご機嫌で巨大蛇の頭に乗って行ってしまう

「……結局…守れていないじゃ……ないか……」

馬鹿だオレは守る事も出来ないくらい弱くて…悔しさしか残らない

巨大蛇に食べられちぎれたセリカの腕だけがオレの手の中に残る

でもそれはすぐに炎に包まれてなくなってしまう

セリは自分の身体の一部を失うと回復魔法で新たに再生できる

身体から離れた一部をそのまま残すと腐敗するのがイヤだからってすぐに炎魔法で燃やすんだ

夜の闇にもはっきりとわかる綺麗で細い白い腕

急激に薄れゆく意識の中でオレの馬が近寄ってくるのが見える

セリカの為にならいくらだって命を懸けるから…こんな所で死にたくない



-続く-2015/07/26

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