第46話『その綺麗な微笑みに、心は少しも開いてはくれない』レイ編

音楽のなかった世界にいたオレがはじめて音に触れた瞬間、不思議な事に息をするのと同じくらい当たり前であるかのように自然と曲になった

当たり前の事の中に想いも感情も誓いもオレの何もかもが簡単に見えて聴こえる透明なものになる

自分でも少し驚いたが、オレの音は心の想いをそのまま表現して伝えてくれる素晴らしいものだとわかったんだ

セリカの事を考えていたら勝手にオレの音楽は作り出されて

高い音も低い音も突き抜けるような音も留まるような音も、どんな音も綺麗に流れていく流せていける

むしろ…この溢れる想いを自分の心に溜めておき続けるには苦しくて苦しくてたまらない

音楽はそんなオレの想いを解放するかのように軽くしてくれる明るくしてくれる幸せにしてくれる

苦しくない

無限に溢れる想いがこぼれ落ちたってそれは全てオレの音になるから無駄にならないんだ

そんなオレの音楽を聴いてくれたセリカは最初に会った頃と違って、少しだけ心を開いてくれたように感じる

今は…怒っているが……

セリカがオレの音楽を気に入ってくれるなら、帰って楽器を取り寄せていくらでも曲を作って聴かせてやるぞ!!



夜が明けて朝を迎え、オレはセリカの泊まる部屋のドアをノックしていた

入っていいと言われたから、部屋に入ってみるが

昨日のウェディングドレスとやらはハンガーにかかったままで着替えてはくれていない

それどころか、一晩寝れば大抵のコトは忘れて機嫌を治してくれるセリなのに今回はまだ怒っている様子だ

何故だろうか

「セリカ、その服が気に入らないのなら新しい服を用意するから

そろそろ機嫌を治してくれないかい

せっかくの綺麗な顔…いや怒ってる顔も可愛くてずっと見ていたい気もするが…」

セリカを目の前にしているとなんでも可愛いからもう怒ったままでもいいんじゃないかと思ってしまう

そんなセリカの心に負担をかけるなんていけない事なのに

「レイは何もわかってない!!

もう仕方ないから教えてあげる!

ウェディングドレスってのは結婚する時に女性が着るものなの!!

つまりこのドレスは好きな人、一生一緒に添い遂げる相手に着せるものなんだから」

セリカに言われてオレははじめて見るものの意味を知った

オレは前の世界でも人里から離れ、世界を歩き回りながらセリカを捜していたから

そういうものは何も知らなかった…

簡単な事なら知っているが

好きな女を嫁に貰う事を結婚すると言うとか、結婚する前に恋人期間があり恋人期間は手を繋ぐまでとか…は知っているぞ……その認識があってるかどうかはわからないが

「その服にはそんな意味があったのか…なら問題ないな」

セリカはいつかオレの嫁になるのだから何の問題がある

「何が問題ないのか…問題はありまくりだろ」

「わかった

とりあえずセリカ、何か服を買いに行こう

いつまでもその破けたドレスのままじゃよくない」

オレがセリカの手を掴み立たせてやると、嫌がられるかと思ったが普通に手を掴んでくれた

やっぱり…昨日から少し変化がある

オレをセリカの大嫌いな大多数の人間としてではなく、1人の人として少しは認めてくれているんだなと嬉しい事だった

セリカの破れたドレス…あの夜、崖の上から睡眠系の混じったナイフを肩に受けて落ちて来たのを思い出す

誰かに追われているのか、何かあったのだろうとは思うが聞いていいものかどうかは悩む

セリカは気にした様子を見せないから余計に…

心配だけが残る

そもそもセリカはセリであってセリはセリカであると聞いた事があるのだが、それなら2人が一緒にいるべきではないのか

セリカは今まで何処にいたんだ?

何故セリと離れて…

「どうしたのレイ?」

セリカが見上げるからオレは笑ってみる

「服を買ったら、セリカの家まで送るよ

何処に住んでいるんだい?」

「………帰るって、コト…」

セリカは困った顔をしてしまう

「帰りたくないならそれでもいいぞ

オレと一緒に帰れば、セリもいるからその方がセリカも安心だろう?」

「……………。」

ますます困らせてしまった

「レイは帰りたいなら帰っていいよ

私は考えたいコトがたくさんあるから、暫く帰りたくないし

セリくんの所にも行けない…」

そう言ってセリカはオレの手から離れて部屋を出て行ってしまった

すぐに追い掛けて町を歩くセリカの隣で歩幅を合わせる

「セリカを1人にするなんて心配でたまらない」

「町の中は結界があるから平気

結界の効かない魔族や魔物になら私は強いし、私に敵なんていないもん」

セリカはオレに迷惑かけたくないと突き放す

もっと…甘えてくれてもいいのに

セリならオレにワガママ放題たくさん甘えてくれる

でも、セリカは違った

セリなのにセリカは違うんだ…

オレがたった1つ恋愛感情を持っているかいないかだけで、こんなにも変わるんだって事…

遠慮されるのも気遣われるのも、セリカの優しさなのかもしれない

冷たさを感じる不器用なやり方だが…

でも、セリカを好きなオレにはそんなものは邪魔でしかなかった

もっと頼られたい甘えられたい…心を開いてほしいんだ……オレに

セリカはオレから離れるように軽く走ると、その先で2人組の男に絡まれてしまっている

「あっれー1人?おれらと遊んでくんねぇ?」

「楽しもう~な!」

好きな女がチャラっとした男に絡まれるよくある展開をまさか自分も体験する日が来るなんて驚きだ

あるんだな現実にこういう事が

男達はセリカの腕を掴み引っ張ろうとする

セリカは抵抗するがその細い腕と非力さでどうにもならない

「離して…オマエ達なんかと遊ばない」

セリカの美しさは誰もが狂うほどだった

綺麗な彼女に触れたいと思うのはオレもだったから

その綺麗な容姿も神聖な雰囲気も…汚されるのが運命かのように……

そんな事、オレが許さない

「まったく、1人で平気って言ったのはなんだったんだ」

「レイ…」

セリカの腕を掴む男の腕をオレは捩上げる

気の弱い人だ…

セリカは恐いのか涙目でオレを見上げる

いつもツンツンしていても、本当は弱くてすぐに壊れてしまいそうな…人

「彼女に触れる奴は許さない

あんた達の仲間にも伝え広げておくんだな」

オレはそう言うと男2人を氷魔法で全身凍り付けにする

1時間ほどすれば溶けるから

セリカに妙な気を起こして触れようとする奴らが1人でも減ればいい…

「セリカは泣き虫なんだな

あの程度で恐くて泣いてしまうなんて、この先も生きていけないぞ?」

セリカの涙を落とさないようにオレは優しく笑って頭を撫でてやる

「…レイ……」

「心配するな

だから、オレがセリカを守ってやるんじゃないか…」

本当はちゃんとわかってる

セリカが今までどんな風に生きてきたのか想像がつく

だから少しのコトでも恐くて傷付いてしまう

オレ自身もセリカに始めて会った時、自分でもわけがわからないくらいその綺麗な容姿に引き寄せられてその神聖な雰囲気を穢してみたいと…狂ってしまったのだから……

これは完全になくす事が出来ないとわかっているさ

だからオレはセリカを守りたいんだ

そんな人の醜い狂った世界から…

オレが正気でいられるのはセリカを好きだから恋をしているから愛しているからなんだってわかる

前世の記憶なんてありはしない

それでも騎士と聖女が駆け落ちをしたと言う噂は、もしかしたら現世でもセリカと恋人同士になれるかもと期待してしまう嬉しい話だった

「私は…レイに守られ」

ても何もお返しが出来ないから守らなくていいって言うのかい?

オレは遠慮して困るセリカの口元を手で抑える

「そういう言葉は受け付けないぞ

オレが守りたいと思って勝手に守るだけだ

セリカがどう思ってたって…オレはセリカを守る」

人と関わろうとせず遠ざけてばかりするセリカにオレが踏み込まないと何も変わらない

そうだろう…

するとセリカは

「…ふふふ」

何か重みが外れたかのように、綺麗に笑った

その心の素直なままに見せる柔らかい笑顔はオレの心を一瞬にして高めて熱くなる

「…レイって、少しあの人に似てるね」

一瞬で高い所から突き落とされたような気分だ

セリカの綺麗な笑顔はオレに向けてくれたものじゃなかった

あの人…セリカはその人のコトを思い出すだけで…そんな顔をするのか

「セリカは…その人の所へ帰りたいのか」

「えっ…?わからない…帰っていいのかどうかも」

本人は気付いていないかもしれないが、その表情は微かに好意のあるものだった

悩むのも考えるのも…きっと好意があるからなんだろうな

オレには関係ないが

セリカに他に気になる男がいたとしても、最終的に振り向かせる事が出来たなら今が過去になるだけだ

「そうか…それなら、やはり少し落ち着くまでオレと一緒にセリの所へ帰ろう

気分転換に環境が変われば、何かわかるかもしれないし」

「そう、かな…

久しぶりにセリくんに会いたいし、暫くそっちに行こうかな」

セリカの悩んでる心境ももちろん心配だが、それと同じくらい不謹慎でもいいからセリカが暫く傍にいる事になると決まって嬉しい気持ちも大きい

この機会を逃さずにぐっと距離を縮めるチャンスだ!

「決まりだな!

好きな服を買ってお昼を食べたら、この町を出よう」

こうしてオレとセリカは暫く行動を共にする事になった


町を出る前にオレの馬一頭しかなくオレは先に馬に乗り、馬の上からセリカを引っ張り乗せる

考えなしだったが、こんなにもセリカが目の前の近くにいて密着しては良い匂いもする…緊張するな…

「お馬さん可愛い~

黒いお馬さんもカッコイイね」

馬の鬣を撫でながら動物大好きなセリカはとっても可愛く笑う

少しは意識してくれてもいいじゃないか…と寂しい気持ちになりながらも、オレは馬を歩かせた

町から離れると結界もなくなる為、穏やかな旅路ではなくモンスターに遭遇するコトも多い

馬の足で逃げられるモンスターならわざわざ相手にしないが、馬に追いつきそうな襲い掛かってくるモンスターには矢を放って倒すの繰り返しだ

「セリカ、大丈夫か?」

襲い掛かるモンスターに遭遇して倒す度にオレはセリカの身を案じる言葉をかける

「うん、大丈夫

だってレイが強いから」

「運が…良いだけさ

今のオレじゃ勝てない敵もいる」

魔王とその四天王に会うまでオレは自分の強さにそれなりの自信があった

しかし、あの時からオレは必ず大切なものを守りきれる強さがあるわけではないと知って…不安が巡っている

オレが言い出した事なのに、セリカを無事に連れて帰れるのかどうか…

「レイ…

大丈夫、私がいるもん

魔族に強くて回復魔法が使える私がいるのよ

何か恐いものなんてある?」

自信満々に笑顔で答えた割には、勇者の剣がないから範囲回復魔法は使えないし魔力の底もすぐについちゃうケド…と徐々に自信をなくしていくセリカの表情が小動物のように弱々しくなっていく

「いや、セリカがいれば恐いものは何もなかったな」

オレを励まそうとしてくれたセリカを逆にオレが励ましているのは変だが

そろそろ太陽が沈んで寒くなるからとセリカの肩にマントをかけてやった

「うん…

もう夜になるケド、町はまだ?」

「後5時間くらいだな」

「それって町に着くの23時とか0時!?」

この遅れは思ったよりもモンスターとの遭遇率による足止めか

夜にあまり歩き回るのはよくないんだが…

昼より夜のほうがモンスターも凶暴であるし、人間にとって友好的ではないいくつかの存在も活発になる時間帯だ

夜はセリカを危険な目に合わせてしまう…

「まぁ…眠いケドたまにはいいかな

夜って好き、だって昼とは違った神秘さでとっても綺麗でしょ

私のいた世界はこんなに夜の空は綺麗に見えなかったよ

夜の空は真っ暗で何も見えない世界だったのに、

この世界の夜の空は安らぎの闇を遮るコトなく優しい小さな明かりがあって

色だって真っ暗だけじゃない

濃い蒼も緑も紫も、不思議な綺麗な色してるね

めちゃくちゃ綺麗だから私は好き

なんか、感動するってこういうコトなのかなって思っちゃう」

静かで優しくて涼しい風も、息苦しさのない澄んだ空気も

生き物は休みに入り自分達以外には何の音もしない落ち着いたこの空間も

セリカは全部大好きだと笑った

オレにとっては前の世界も似たような感じだったから今まで何も思いはしなかったが

セリカがそんなに嬉しい顔で笑うと言うのなら…

セリカと一緒に見る夜空はいつもと少し違うのはわかる

オレにとって当たり前の景色でこれほど感動するなら、世界にはもっと素晴らしい景色がたくさんあるのだとセリカに見てほしい

もっともっと…笑ってほしいから

「レイと同じ色だね」

「…ん?」

セリカはオレの方に振り向いて顔を覗き込む

やはりセリカの顔が目の前にあるだけでオレは緊張するのに、セリカは少しも何とも思っていないのだろう

警戒されて突き放されて距離を取られるのが嫌だとオレは思っていたのに、それがなくなったら今度は今度で別の問題が出てくるんだな

「レイの瞳の色、最初に見た時から夜の空のように深い蒼は綺麗だなって思ったよ」

「……………。」

こういう時は何と返せばいいんだ…

それってセリカはオレが好きって事を遠回しに言っているのかい!?

「…せ、セリカは太陽の光に当たると輝くほど美しいじゃないか……」

はじめてセリと会った時も息が詰まるほど綺麗だったが、セリカも同じくらい…いやそれ以上に綺麗で……息が詰まった

でも、夜になった今もセリカを見ているだけで息の詰まるような思いをする

このまま帰らずに、世界の色んな綺麗な景色を見せに連れて行ってあげたい

そしたらまたオレの方を向いて笑ってくれるかもしれないと思ってしまったから



-続く-2015/06/16

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る