第42話『さがしていた聖女』レイ編

「すっかり夜が更けてしまったな…」

予定では夕方にはあの町に着くはずだったのだが…

オレは少し先に見える町を眺め馬の手綱を引きながら歩いていた

町に近いこの場所はすでにモンスター避けの結界の中であるとわかっていたから急ぐ事はしない

休みたいと言う気持ちもあったが、夜の涼しい風に当たるのも悪くはなかった

しかし…光と氷の属性を持つ珍しいフェアリーの情報があると聞いて遠出をしていたわけだが、何も成果はなくデマだった事

セリを置いてきた事を今更になって少し後悔している

出る前に怒ってはかなり拗ねていた様子を思い出す

帰ったら機嫌取ってやらないといけないな

自分の用事だからと連れて行く事に悪いのではと思ったが

いくら女神セレンの聖地にいると言っても、色々と心配になってくるものだ…

オレはセリの傍にいるべきで自分の用事でも連れて来た方が安心感と言う意味でよかったのかもしれない

女神セレンや天使ネクスト達は信頼できる種族ではある

それでも1番信頼できるのはオレ自身以外にはいないんだ

セリの事を心配しながら今夜はあの町で宿を取り明日朝一番に帰ろうと考えていると、空から人の気配を感じる

見上げると暗闇の月と星の光とともに天から女が……落ちて…えっ

ちょっと待ってくれないか!?そのまま地面に落ちたら大怪我は免れないぞ!?

オレは考えるより先に馬の手綱から手を離し両腕を広げて、落ちてきた女を受け止める

かなりの高さから落ちてきたのかその衝撃は重いものだったが、すぐに本来のその女の重さに変わって羽根のように軽かった

危なかったな…この崖の上から落ちてきたって言うのかい

オレがしっかり受け止める事が出来、落ちてきた女が大怪我を免れほっとした

長い髪が腕の中から零れ落ちる

「おい、大丈……」

腕の中にいる女の顔を覗き込み声をかけようとすると息が詰まるくらいの想いをする

月明かりに照らされはっきりと見えたその顔を目にした時、オレの心は始めて晴れ渡り安心したんだ…

ずっとモヤモヤして雲がかかったような感じがなくなっていく

ずっと探していた何かをやっと見つけたんだとわかったこの瞬間

胸に感じた事のない熱が込み上げて溢れ出しそうになる

支える腕も手も自然と力が入ってしまっては言葉まで漏れてしまう

「やっと…見つけた……」

言葉にして確信したよ

オレはずっとこの人を…前の世界で生まれてからこの世界に来てからもずっとずっと探していたんだって……わかったんだよ

そして、やっと見つけた…

やっと……会えたんだ

出逢えたんだな……

生まれて18年間…ずっと探していたんだ長かったとても長い時間だった

ずっと探しているものが何かわからない事にいつも不安を感じていた

わからないのだからそんなものは永遠に見つからないのではないかと恐くもなった

でも、オレは何をずっと探していたのか

見つけた瞬間にはっきりとわかった今不安も恐さも消える

オレのずっと探していた見つけたもの

それは真珠のように白く綺麗な肌に美しい色の黒髪

小柄で細く……って…あれ?何処かで見た事があるような……知っているような

腕の中にいる女の身体はそれよりも少し柔らかく…抱えながら数秒考えて答えが出る

ハッ!?そうだセリだ…この女はセリにソックリ瓜二つなんだ

前に聞いた事がある

セリには一心同体の聖女と呼ばれる存在がいると

名前は…セリカ

始めて聞く名前なのに、ずっと懐かしい感じがしていた

つまり…この人がその聖女様で、オレがずっと探していた人だったのか

オレがセリにだけ特別視する理由がわかったような気がする

ずっと不思議だった

オレはセリと会った時から何故かこの人だけは命を懸けてでも守らないといけないと思ったから

探していた何かが半分だけでもわかったような気がしていたのはこういう事だったのかもしれない…

オレが守らなきゃいけない…守りたい人……

自分の中でわかってくるのと比例して心の熱は上がっては激しくなる

すぐにそれが恋なのだと愛なのだとわかっては照れてしまう…

一目見て好きになるなんてありえない事だと思っていたが…どうやらあるようだ

照れる事は恥ずかしい事だとそんな自分を理性で押さえ付け徐々に冷静になってくると

「っ怪我をしているじゃないか!?」

彼女の左肩にナイフが刺さっている事に気付く

気を失っていると言うよりは深い眠りに入っているのを見ると、このナイフに睡眠系のものがかかっていると考える

セリも聖女も回復魔法を得意とするが、眠っていては使えない

何かに追われていたのか?それでこの崖の上から落ちたと言うのか?

…とりあえず、あの見えている町へ連れて治療してやらないと

オレはいくらソックリ瓜二つでも男のセリとは違い少し身体の柔らかいセリカをしっかりと抱いて町を目指し急いだ



次の日の朝

宿に着いた夜のうちに傷の手当てはしたが、強い睡眠の毒が抜けないのかまだセリカは目を覚まさない

セリカの眠るベッドの傍で、太陽の光に当たって夜より美しさを増すその顔から目が反らせなかった

つまりオレは一晩中眠れなかったと言うわけだ…

怪我をしているから心配する気持ちも強くあるのに、それ以上にその綺麗な姿に夜も朝になっても目も心も奪われるばかりで

本当に…綺麗な人だ……

と息をつく

触れてはいけないと思わされるのに触れたくなるほどのその美しさには無意識に何度も手が伸びてしまって我に返っては手を引っ込める

セリカを見ていると妙な…気になるんだ…

それから数時間経った昼前、死んだように静かに眠っていたセリカが目を覚ます

「……う~…ここ、は…?っ……オマエは誰」

すぐベッドの横にいる見知らぬオレの姿を確認したセリカは少し驚き身を引いて警戒する

超低血圧なセリカが寝起きなのに少しも寝ぼける事なく、すぐに意識をハッキリさせるのはそれなりに自分の身に危険があるかもしれないと思っている証拠でもあった

まずはその警戒心を解いてやらないといけないな

「ここはオトの町だ

あんたが崖の上から落ちてきたから町の宿に運んだと言うわけさ」

オレはそこまでにしておけばよかったのに、何故か口から勝手に自分の願望が滑り出していく

「そしてオレはレイ、あんたの恋人だ」

何言ってるんだ!?どうしたんだオレは!?

「いや、別に私は記憶なくなってないケド…」

警戒を解くどころか

何コイツとドン引きした目を向けられベッドの隅まで身体を寄せられて、さらに警戒心が上がったのが目に見えてわかる…

オレは助けてくれてありがとうと言う流れになって警戒心を解くつもりだったが(別にお礼を言われたいとか感謝されたいとかがほしい訳じゃないが)

まったく反対の展開になっているじゃないか

目の前の綺麗な人の拒絶を感じると昨晩から一目見て触れた瞬間に芽生えた感情に痛みを感じる

これ以上は馬鹿な事を言わないぞ!

「オレの嫁に是非なってくれ!!」

「……………。」

……………えぇ!?もうオレ自分が大丈夫じゃないぞ!?

セリカのドン引きからオレに対して恐いと言うイメージまで植え付けてしまった

これじゃオレは山賊が若い娘をさらって無理矢理自分の嫁にするみたいな感じになっていないかい!?

どうしてしまったんだオレは…

誰かを好きになるって自分自身が未知じゃないか…

「……恐い…」

やばい…セリカが怯えてしまっている

女にしたら少し低い声でオレを見つめる綺麗な顔に笑顔のかけらもない

セリカはセリと一緒だ

どうすれば嬉しいか何をしたら悲しいか、オレは何もかもわかっていて出来るはずなのに

セリカを目の前にすると出来なくなる

すまない…気持ちが勝手に口から零れ落ちて、それは本音だが今言うべきタイミングじゃないと頭ではわかっているのに

オレは嬉しいのか

やっと探し続けていた何かが見つかって舞い上がっているのか

きっとそうだ…

身体は今までにない熱を発して頭の中はたくさんの想いが詰まって溢れ出てくる

何より…恋とは別に、妙な気にさせる何かが邪魔をしようとしてくるんだ

オレはそれを必死に押さえ付ける

「そうだ…あんたとは初対面だったな」

セリと同じセリカはオレからすれば初対面な気にはならなくても、セリカからすれば今のオレは誰かわからない山賊の野郎だと見られているわけだ…

「オレはレイ、レイ・ストーレン

18歳、男

趣味、特技、楽しいもの、好きなもの、嫌いなもの、とくになし」

ん?…オレってつまらない男じゃないか……

弓を使って守る事以外に何があるんだ…

ずっと探していて考えた事がなかったが、見つけた今になって考えてみるとオレには何もないつまらない男なのかもしれない

心を落ち着かせいつもの笑顔と一緒に自分の事を話すと、1分くらい後にセリカが話してくれる

「…私はセリカ、聖藤セリカ

23歳、女

趣味は小説を書くコト

好きなものは動物とお花と音楽

嫌いなものは醜いもの汚いもの臭いもの」

やはり…この女がセリの言っていたセリカで間違いなさそうだ

オレは見た時からこの女がセリカじゃないかと思っていたが、改めて本人からその名を言われて絶対の確信になる

見た目がソックリ瓜二つなのもあるが好きなものや嫌いなものとか苗字以外全てセリと同じなのはやはり自分同士と言った所だな

セリは犬飼と言っていた

元は別々の世界にいたのだから苗字まで一緒ってのは偶然にでもならない限り難しいのだろう

「それから………男」

オレを目の前にして遠慮がちに言う

な、なんだと…

嫌いなものの最後にはっきり男と言われて怯える視線にショックを受ける

男と言うだけでセリカに好きになってもらえないのかい

いや…待て、オレはある事を思い出す

セリは前に自分が女だったらオレに惚れてたって言ってくれたんだ

ならセリカだってそうだそうに違いない!

何もショックを受ける事はないし落ち込む事もないじゃないか!!

「セリカの嫌いなものの男にオレは入っていないからセーフだな」

「……………。」

シーン…この静まり返った空気が身に痛い

セリカは口に出さないがその表情から「どうして自分だけは特別だって爽やかに逃避しちゃったんだ!?普通に男だろアンタ!?」と言われているような気になる

生意気な口もセリと変わらないな可愛いもんだ

と自分の脳内だけで勝手に話が進む

しかし現実は何故だ…オレが喋れば喋るほどセリカのオレへの警戒心が上がっていくような気がするのは……

拒絶されればされるほど追い掛けて捕まえて押さえ込みたくなる

この妙な気分も昨晩よりも強く強く膨らんで大きくなって自分がわからなくなっていくんだ

力付くでなんとかする気かオレは…

自分でも自分が止められないくらいセリカを目の前にすると止まらなくなる……

「…いや……来ないで……」

気が付けばオレはベッドの端にいるセリカを追い詰めてその身体に触れ掴もうとしていた

オレの意識はあった…だが、わからなくなってしまったんだ

セリカが枕をオレに投げつけて

「貴方がレイって聞いて…セリくんの大親友かと思ったケド、人違いみたい……」

恐さと涙を含むその言葉にやっと冷静さを取り戻した

オレは何を…自分で自分に驚いている…

そうか、そう言う事なのか……

「セリカ…」

彼女の涙を見て、膨れ上がった妙な気分が小さくなっては消えていく

オレの醜い部分を洗い流し去っていくように

…やっとわかった

昨晩からあった彼女への妙な気の正体

セリにも妙な魅力を感じてはいたが、この2人は人を惑わす魅力を持っているのが身に沁みてわかった

危険だ…オレがじゃなく、人を惑わすあんた達のその神聖な魅力が……

触れてはいけないはずの神聖なものは逆にそうだからこそ触れて穢したくなる

好きでそんな魅力を持って生まれたわけでもないのに

狙われて…捕まって…そして……

オレははじめてセリを見た時からわかっていたんだ気付いていたんだ

無意識に自分の命を懸けてでもセリを守ってきたのは

こういう事だったんだ…

オレ自身も狂ってしまい始めてわかる

自分が愚かな人間の1人だと言う事と

この人を1人にしてはいけないんだと

オレがこの人を守りたいと誓うのは生まれる前から恋をしていたから

愛してるから自分を止められるし冷静にもなれる

この気持ちで負けたりしないから

…今まで暴走していた自分が恥ずかしくなってくるな

でも、もう大丈夫だ

オレはやっとわかったから、もう自分を見失わないし迷ったりしない

「すまなかったなセリカ…もう大丈夫だ」

オレは身を引いてベッドから離れて笑った

一度はセリカを泣かせてしまったんだ

オレ自身の弱さと醜さで

すぐに信頼してもらえるとは思っていないさ

「……………。」

「オレはセリの大親友だ

だから…セリカを傷付けたりしない……

今は信じてもらえないかもしれないが、いつか信頼してもらえるように頑張るんだ」

「……………。」

セリカが何を思っているかなんてオレにはわからない

今は拒絶されようが嫌われていようが

そればかりを気にして何も行動しなくなるなんてオレの性格上出来ないな

だから、オレはオレの思うようにセリカに好きになってもらえるように行動する

まずは信頼してもらう所からだ!!

「怪我…痛くないか?」

昨晩、宿に着いて手当はしたがさっきので傷口が開いたのか血が滲み出ている

セリカは言われて気付いたと自分の肩に触れて回復魔法で一瞬にして治す

「平気…回復魔法は得意だもん

助けてくれて手当してくれたコトはありがとう…」

そう言ってセリカはベッドから下りようとしたが戸惑った

「……………。」

靴がない事と壁にかけてある着ていたドレスがボロボロになっている事に困った顔をした

「そうか…昨日のあれで…」

今セリカが着ている寝間着は宿屋の娘に借りたものだった

これは…チャンスだ!?

「靴も服もないなら買いに行けばいいじゃないか」

当たり前の事だとオレは困っているセリカを抱き上げて部屋を出ようとする

「ちょっと…レイ!?」

恥ずかしいのか顔を真っ赤にして腕の中で小さく暴れているセリカだがオレは気にしない

「なんだ?裸足で外を歩くのかい?汚れるし怪我をするから駄目だ」

「怪我くらい回復魔法があるもん!

こんなお姫様抱っこでショップに行くなんて恥ずかしいし目立つからイヤ…」

「なんなら肩車でもいいぞ」

「それはもっとイヤ…」

困ると言うセリカの言葉を聞かずにオレは宿屋を出て女物の靴が売っている店を探しながら歩いた


「あら、レイ様とセリ様よ

お噂通り仲がよろしいのですね」

「レイ様にお姫様抱っこされるなんて…いくら勇者様でも羨ましい……」

町中を歩いていると、沢山の人の注目を集めていた

ほら言っただろ…ってセリカの泣きそうな視線が痛い……

いつも気にした事はなかったが、今思い返してみればセリといる時もいつも人の注目を集めていたのかもしれない

そんな聞こえる言葉は何処の町も一緒だな

これほど注目を集めてしまうならセリカの言う通り恥ずかしい気がしてくる

それにセリカをセリと勘違いしている人も多かったが、違いに気付く人もちらほらと声が聞こえる

「違うわよく見て!セリ様じゃなくてセリカ様の方よ!!」

「ぎゃーーーウソ~~??女ならレイ様に近付かないで~~~!!」

「セリ様は大親友だからレイ様と一緒にいるのは許せるけれど、女は絶対駄目よ!!」

あの女達は何故オレがセリカといたら駄目なんだ?

その中でもオレはある話に耳を奪われる

「レイ様とセリカ様と言えば、前世で駆け落ちした恋人同士だったのでしょう?

そんなお2人が現世でこうしてご一緒にいらっしゃるのは運命なのでは

ロマンチックな話よね~」

「あ~その話、あたしも好き~前世の恋人とか憧れる~」

騎士と聖女が駆け落ちをしたと言う話は女神セレンの国にもあって何度か聞いた事がある

その話の騎士がオレで聖女がセリカ…

ただの噂話で信じていなかったが、セリカに会ってその話は軽く見れなくなった

無意識にセリを守らないとと思う事もセリカを好きと思う事も理由がなくても前世の影響だとなれば納得できるからだ

前世のオレはセリカの何処を好きになったのだろうか

命を懸けるまで愛してしまうくらい…

単純に綺麗なだけが好きな理由かもしれないが、理由なんていらない

好きだと思うのだから何も難しい事なんてないんだ

「なっセリカ」

「……?」

オレが笑顔になると注目されて恥ずかしい思いをしているセリカは不機嫌だけど、それも好きだ

腕の中で暴れたって簡単に押さえ付ける事ができるし、それもまた可愛いと思ってしまう



-続く-2015/06/06

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