第33話『勇者の剣があれば…少しの勇気があれば、自分の手を掴んで』セリ編
俺は一度は自分から逃げ出してしまった
ハッキリと自分の弱さを突き付けられたコトに耐えられなくて…
俺はあの女の俺を自分と心の中で呼んでいる…
名前で呼べないのは俺が自分を受け入れていない証拠だった
でも、一晩が過ぎて朝になると俺は自分の部屋を訪ねた
弱い自分を目の前にすると恐い気持ちはなくならない…
だけど、それ以上に自分はあまりに綺麗で愛しかったから…
って、俺めちゃくちゃナルシストみたいになってないか…
元から俺は俺が大好きだケド
「あ…えっと…」
部屋に来たのは良いものの何を喋っていいかわからん
だって自分に話し掛けるってのは言っちゃえば独り言だからな!?
だけど…本当に綺麗だ…
みんなからこう見えてるって、こうして自分を外側から見るのは変な感じだが
「……これ…」
自分も何を話していいのかわからなかったみたいで、テーブルの上に置いてあったオルゴールを持ってくる
音楽が流れるのだろうとは思ったケド、蓋を開けるとその中で小さなミュージカルが始まった
「何だこれめっちゃスゲー!?」
こんなに小さくてもミュージカルの歌も踊りも俺を楽しませる
明るくて元気が出る感じだ
そうか、この子は俺自身だから好みとかも当然のように一緒なんだよ
気まずい空気を和らぐ為に思い付いて持ってきてくれた…んだな
でも、ミュージカルが終わるとやっぱり空気は固くなる…
俺が最初に逃げたコトが自分にとって大きな不信感として残ってるから
……どうしたら…自分を受け入れられるのか…
イングヴェィは俺にしか解決できないって言うケド、俺もそれはわかるんだが解決の仕方がわからなかった
今も自分の弱さが目の前にあるコトに逃げ出したくなるよ…
「っオルゴールのお礼に花を摘んで来てやるよ
待ってろ」
咄嗟に出た言葉はやっぱり逃げ出したい口実なだけな気がした
自分が何か言う前に俺は押し切るように部屋を出る
何やってんだ…俺は……
はぁ…ってため息しか出ない
いや、もしかしてこれは弱い自分から逃げ出してホッとしてるのか……
「久しぶりだな」
逃げ出したコトに罪悪感があって少しの間部屋の前から動けずにいるとクールビューティーなお姉さんが俺に話し掛けてきた
銀髪の赤瞳…人間じゃないな
久しぶりって誰だっけ…
「すぐに顔を見に来たかったのだが色々とごたごたしておってな
やっとこの城へお前に会いに来れたぞセリカ」
セリカ…あぁ、女の俺の知り合いか
「ん?…なんだ男ならお前は勇者の方だな
セリ、どうしたのだこのような所で」
ずっと立ち止まっている俺に不思議だと首を傾げる
「えぇっと…」
「私の事はユリセリと呼ぶといい」
「ユリセリさん…」
なんか名前ちょっと被ってるな
俺は自分にどういう風に接したらいいかわからないコトを話した
「ふむ…お前達がお互いの存在に会うのはこの世界が始めてだろう
戸惑うのも無理はない」
「それだけじゃなくて…自分の弱さを受け入れる勇気も強さもなくて、情けない俺自身が許せないんだ」
そう言うとユリセリさんは俺をジロジロと色んな角度から眺めた
そんなに女の人に見つめられると緊張するぞ!?
「セリ、勇者の剣はどうしたのだ?」
「前の世界で100円ショップで袋詰めにされて大量に売られてるのを見たコトはあります」
「知らないとなると、きっとまだお前の前世の世界に置き去りになっているのかもしれないな」
スルーされたよ!?
わかってたよそれは本物じゃないって
ちょっとボケただけじゃん!!
ユリセリさんは魔法で小さな鏡を取り出してそこに様々な世界を映し出した
「勇者の剣は勇者の体力と精神力を強くしてくれるのだぞ
とは言っても、1つの存在が2つの身体と心に分かれている為
普通の人間より身体も心も弱いと言う事になる」
俺の身体が弱いのはそのせいだったのか
「勇者の剣で始めて普通の人間より少し弱いくらいにマシになるのだ」
それでもまだ弱いの!?
ん~存在を1つにして考えると普通の人間より強くなるんだから、俺が2人なら普通の人間より少し弱くてもおかしくはないか
ユリセリさんは勇者の剣は体力や精神力を高めてくれるのはあくまでおまけであり
それの凄い所は勇者に底無しの魔力を与えてくれるものだと言う
勇者は1人であの魔王とその雑魚と戦うから常に回復魔法を自分に使う勇者には欠かせないもの
とくに天魔法はその底無しの魔力でもなければ使えないらしいコトも話してくれた
勇者の剣がどうやって作られたか存在したのかは知らないみたいだが、ユリセリさんは知ってるコトは教えてくれて凄く感謝だ
魔族との戦いにその底無しの魔力とやらはほしい所だケド、今の俺はそのおまけでもいいから少しでも体力と精神力が高まるなら…
今すぐほしい…少しでも自分にちゃんと向き合える強さが手に入るんだ
弱い俺が少しでも強くなる為には…
それで、自分の弱さも受け入れられるなら……
あの自分を…俺は受け入れたいから……
「ユリセリさん、その勇者の剣ってどうしたら手に入るんだ!?」
俺が聞くとユリセリさんは鏡の中に映し出される別世界を俺に見せた
「見つけたぞ
ここがお前の前世の世界だ」
鏡の中にはこの世界と少し似たような世界が映し出されている
ファンタジーな世界、でも空は真っ暗な雲に覆われ大地は枯れ果て空気は淀んでいる気がするケド…
「ここが…俺の前世…勇者だった時の世界?
なんかこの世界が魔王かなんかに支配されたみたいになってるんだケド」
ド〇クエにある魔王城の周りってこんな感じだろ
沼に入ったらダメージ受けるやつ
「今はこの世界に魔王はいないぞ
こちらの世界にいるのだからな」
どう見たってもうこれ人間が生きていける世界じゃないよ!?
「私もこうして見て驚いているのだぞ
この世界はすでに死んでいる
だが、今もまだ存在している事が不思議なのだ
私が思うには勇者の剣がこの世界に取り残されているからではないかと」
死んだ世界をも生かすほどの力を持つ勇者の剣…
えっめっちゃスゴイじゃんそれ
ユリセリさんは鏡を閉まって、今度は綺麗な宝石を取り出す
その宝石には大量の魔力が溜め込まれている
「勇者の剣は勇者以外は触れられない
私がお前達を特別にこの世界へと送ってやるから取って来るのだ」
「お前…達?」
ユリセリさんが部屋のドアを開けると自分が姿を見せる
自分はドア越しに聞いていたのがバレたのを少し申し訳なさそうに顔を赤くした
「…盗み聞きして……ゴメンなさい…」
「よい、私はセリカにも聞こえるように話していたのだ
魔力の石は今これだけしかなくてな
私は同行できないがこの世界はすでに死んでいるのだ
きっとお前達に危害を加えるような生き物はいないだろう
空気は悪そうだが、回復魔法のあるお前達なら問題ない
危険はそうないはずだ………たぶん」
おい!?最後の自信のないたぶんが不安しかないんだケド!?
俺達は自分の部屋に入ってユリセリさんに1日だけ勇者の世界に行ける力をかけてもらう
1日経てば自動的にこの世界に戻れると言って
「普通は別世界の人や物を持ち出すと時間が経てば朽ちてなくなってしまうのだが、勇者の剣は勇者がいて存在するものだ
この世界に持ち出しても朽ちる事はないだろうから心配するな」
ユリセリさんのその言葉を最後に部屋の中が真っ白な光に包まれる
俺は無意識に隣にいる自分に手を伸ばし、シッカリと手を繋いだ
あっちの世界に行った時、はぐれないように……
少しして、真っ白な眩しい光が消えたからゆっくりと目を開ける
するとそこはもう自分の部屋じゃなくて鏡の中で見た俺の前世…勇者の世界の光景が広がっていた
鏡で見るより薄暗い空、空気は悪臭で吐き気がするがすぐに回復魔法で自分達の周りだけ悪臭を消し去り空気を清浄化する
大地は枯れ果て足元は不安定だった
「寒いな…」
冬の冷たさじゃなくて、これはきっと不安から来る冷たさだ
死を迎えた世界なら不安しかないか…
俺は上着を自分に渡した
女の俺は薄着だったからつい…
「貴方が寒いままだと私も寒いから意味ないよ」
「…わ、わかってるケド
君が寒そうにしてるのはなんかイヤなんだよ
君は俺でも、一応…ほら女だし…俺は男だからな
女がこんな寒い所で薄着なのはダメだろ
身体…冷やすなよ…弱いんだからさ」
自分自身に言うって変な感じだケド…
でも、俺が言った言葉に自分は…少し嬉しそうに微笑んで上着を受け取った
「……ありがとう…」
めっちゃ可愛い
俺は俺が好きだし綺麗で可愛いって自覚があるから、そんな女の自分の破壊力は凄まじかった
……弱い自分か…
果して俺は弱い自分に向き合って受け入れるコトができるんだろうか……
俺のこんな不安や情けなさは自分にも伝わってる
だから…俺達の間には距離がある
こうして目に見える身体の距離もあれば、心の距離もずっと遠い
だって俺はずっと弱い自分に目を向けず知らないフリをしてきたのだから…
暫くその辺を歩いて勇者の剣を探す
そう簡単にそれらしき物は見当たらない…
あれ、今思ったがこの広い世界で何の情報もなしに勇者の剣を探し出すって無理ゲーじゃねぇか!?
誰かに聞くにしても生き物はいないだろうってユリセリさん言ってたから…えっマジか詰んだ
「あっ、あそこに誰かいる…」
自分の言葉と同時に俺もその方向に誰かいるのを見つける
俺って目が悪いんだよなぁ…
勇者の剣を手に入れたら目も良くなるかも!!
よく目を凝らして見ると、人型であるコトに気付く
「もしかして人間?
まだこの世界に生き物っていたのか」
ユリセリさんはたぶんって言ってたから、まだ少なからず生き物がいたコトはラッキーだ
これで勇者の剣の情報が聞けるかもしれない
俺達はその人型の生き物に近付いた
「すみません、勇者の剣でちょっと聞きたいコトが」
声をかけると人型の生き物はこっちを振り向いた
表情は絶望色に染まり目は光さえない闇に覆われている
何かに飢えたゾンビのように骨と皮だけで姿勢はとても悪く不潔な感じの…人間…?だった
ちょっと…ビックリしちゃった……
こんな死を迎えた世界じゃ…まともには生きられないのかもしれない
「勇者の剣…っ!!勇者…、あんさんら勇者かいな……」
勇者は生まれ変わっても同じ容姿って話だから知ってる人から見ればすぐにわかるんだな
「そうです…
勇者の剣を探してるんですケド、何か知りませんか?」
「綺麗な勇者が2人…しかも、片方は女かいな……」
男は俺の隣にいる自分にいやらしい目線を向けて舌なめずりまでする
コイツ…俺に対してなんて目で見やがる
俺は自分を後ろに隠して男から見えないようにした
自分も同じ不安を感じたのか俺の手を強く握ってくる
大丈夫だ…俺が…守ってやるからな……
「あそこの神殿に勇者の剣があるんじゃ…」
男が指を差す方に俺達は目線を向ける
小さな森の先に神殿っぽい建物が見えた
あの神殿に勇者の剣が…
「きゃっ…!」
自分の悲鳴が聞こえた瞬間、俺は自分のお尻を触られた感覚を受ける
振り向くと俺達が神殿に目を向けている隙に男が自分のお尻を触っているじゃないか
「おい!アンタ何するんだよ!?」
俺は自分の手を引いて身体を引き寄せ男の手を叩き払った
自分の身体が恐怖に震えてるのがわかる
「そんなに怒る事かいな
この世界は死んでいるからもうすぐなくなる
その前に良い事しようって誰もが思うじゃろ…ひひひ」
「ふざけるな!誰がオマエなんかに!!」
「こんなに綺麗なら男の勇者でも構わないけど」
男は完全に俺達をそういう目で見て手を伸ばしてくる
「勇者の剣を手に入れたら真っ先にコイツ殺す…」
俺は自分の手を引っ張って神殿を目指し走った
男は嫌らしい笑いを止めるコトはなかったがすぐに追ってくるコトもなかった
小さな森に入ると俺は一旦足を止めて自分に向き合う
「大丈夫…か、って聞いても大丈夫じゃないよな…」
「…………………。」
変な男にお尻を触られたんだ
こういうコトは何度もあるが…慣れるもんじゃない……
自分がどれだけ恐い思いで不安か強く伝わってわかってる
「心配するな…」
って言ったケド、心配しかないと思う
何故なら俺は何も武器を持ってきていなかったからだ
ずっとレイに守られてきたし…戦ったコトなんてまだない(キルラのはカウントされてない)
勇者として戦うとセレンと契約したがまだいいって言われてたから武器もそのうちと考えていたんだ
この世界に生き物がいて、それがあんな危ない奴がいるとなると武器なしでいるのは…危険しかない
勇者の剣があればまだなんとかなるか…
「いざって時は…私が囮になるから……貴方は勇者の剣を…」
自分は俺に震える声でそう言う
「バカ…言うな」
なんで…そんなコト言うんだよ……
いつも…俺がしてきたコトじゃないかそれ
俺のイヤな記憶が思い出されるみたいだ
目の前の自分は俺を見てるみたいで吐き気がする
俺は目的の為ならどんなイヤなコトでも我慢してきた犠牲にしてきた
それが生きるコトに必要なコトだったから…
「そうだ…1日身を隠して一度あっちの世界に帰ろう
勇者の剣はまたイングヴェィかレイに同行してもらえば…」
「帰るって何処へ~~~??」
狂った声が森の出入口から聞こえてくる
俺達はハッとして声のするほうを振り向く
そこには数人の男達が森の出入口を塞いでいて俺達を追い詰めた
さっきの男もいる…
みんな…ゾンビみたいに何かに飢えたような姿をしていた
ヤバイな…この雰囲気……
「暫く勇者が生まれて来なかったのに、世界の終わりになってから来るなんてーーーーー今さらこんな世界救ったってどーしよーもっ」
リーダーっぽい男が1人俺達に近づく
「ないじゃ~~~~~ん
だから、その綺麗な身体でオレらの楽しいおもちゃになってよ~~~!!!」
ふ、ざけんな…!
頭おかしい奴らの相手なんて誰がするかよ
こんな…世界が変わっても、俺は過去と何も変わらない
これが俺の運命とも言うのか…バカげてる
せっかく、あの23年間耐え生きた世界からやっと解放されたと思ったのに
「逃げるぞ…!!」
「うん…!!」
男達が俺達を捕まえようと追い掛けてくる
俺は自分の手を引っ張って神殿を目指して森の中を走った
マジでふざけんなよ…もう死んだ世界にしぶとく生き残ってんじゃねぇ!!
とっととくたばれクソ野郎ども!!!
走りにくい地面に何度も躓きこけそうにもなったが俺達は必死に走った
-続く-2015/04/12
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