第12話『小さな白虎への迷い』イングヴェィ編

「とにかく、この白虎は俺が連れて帰るからね」

傷付いた白虎を背にして見世物屋の男が近付かないようにすると

観客席からゴミが飛んできた

「プラチナの兄ちゃん、オレらは白虎を観に高い料金払ってるんだから邪魔するな!!」

「プラチナを一目見れただけでもラッキーですけれど、今日の目的はその白虎ですわ~ほほほ

お帰りくださいませな」

「そうだそうだシラけるから帰れ!!」

観客達からの帰れの言葉を受けていると、奥の部屋から5、6人の見世物屋の仲間が出てくる

「このまま帰ってもらったら勿体ないでしょ」

「その白虎はそのうち息絶えて商品としての価値が下がる

ここで白虎の代わりになるあの伝説のプラチナを捕まえて見世物に!!

今より儲けられそう!!」

悪魔の束縛の鎖を手にして詰め寄る数人の人間の男

「そんなもので俺は拘束できないよ…」

そう…俺なら悪魔の束縛の鎖なんて簡単に断ち切れる

そのアイテムはそれほど強力なものじゃないから

でも、この白虎は見た感じまだ20年か30年くらいしか生きていない

まだまだ白虎族の中じゃ力も弱い

悪魔の束縛の鎖を断ち切るほどの力がなかったからこんなコトに……

「……………………。」

無意識に少しだけ後退りしてしまう

俺はそのアイテムに対して恐れはなかった

ケド、俺はこの空間に耐え難いものを感じている

プラチナの無意識に他者を魅了する能力なんてなくてもいいと思っていたのに

今はその魅了の能力が効いていたらまだどれだけマシになっていたか

ここの人間達には誰1人と俺のプラチナの魅了の力が効いていない

魔力が強い者や意志が強い者やら、そういう魅了の力を超える何かがあると効かない

ここの人達は白虎への興味が俺の魅了を弾くほど強いみたいだね…

「いつまで寝てる、起きろ」

見世物屋の男が俺ごと白虎に対して棒で殴ろうとした

当然、そんな棒なんて俺が掴み止める

「やめて、これ以上白虎に何をさせるつもり」

「死ぬまで働いてもらうつもりだ!!」

1人の男に気を取られていた隙に他の仲間達が白虎を起こそうと殴ったり蹴ったりを始める

その光景にもやっぱり観客からは笑い声しか聞こえてこない

「ウソ…でしょ……」

俺は思わず腰にある武器に手を伸ばす

後退りするのは、俺の中でたくさんの迷いがあるから…

それでも武器を手にしようとする力のほうが強くなっていく

信じられない…信じられないよ

ここにいる誰1人も、白虎のこんな姿を目にしてもおかしいと思わない

俺だけが思ってるのは…どうして?

俺の感覚がおかしいの?俺が間違ってるの?俺がおかしいの…?

と自分がわからなくなるコトが頭を過ぎる

「うっ……ぅ……」

俺が自分の武器を掴む前に白虎が気付き目を覚ます

「白虎…!?」

しっかりしない足元をふらつかせながら白虎は立ち上がった

今にも死んでしまいそうなくらい弱ってるのがわかる…

それでもその瞳は神のものとは掛け離れ、憎しみの色に染まり人間達を睨みつけた

「その目はなんだ?」

見世物屋が威圧的な態度で白虎に近付く

白虎が大きく鋭い爪を出した手を振り上げる

ハッ!?俺はさっき自分が白虎についていた悪魔の束縛の鎖を壊したコトに気付く

自由になった白虎は今この一瞬で人間を殺そうとしているんだ

「ダメ!!白虎!!神獣の君が人間を殺しちゃダメだよ!!!??」

俺は迷いを吹き飛ばし自分の武器を手に掴み、見世物屋の男とその仲間達全員の身体をバラバラにして一瞬で殺した

目標物がなくなった白虎は俺を見る

「白虎、君はもう自由だよ

俺と帰ろう、たくさんご飯を食べさせてあげる

落ち着いたら、ちゃんと君の仲間の所へ返してあげるからね」

「…………………。」

おいでと手を伸ばすと、白虎は物凄いスピードで俺の横を走り抜けた

な、何…そんな動きができるくらいの元気なんてないハズ……なのに

白虎を目で追うように後ろを振り返ると、白虎は観客席にいる人間達に襲い掛かりその肉を喰らっている

観客席からはずっと笑い声しか聞こえなかったのに、一辺して恐怖と死の悲鳴に変わってしまった

白虎から逃げようと部屋の扉に我先にと群がる人間達だケド

扉はまったく開く気配はない

「愉快愉快、神獣白虎の堕ちる瞬間と大量の人間達の終わりが見られて

イングヴェィ、ここは楽しい世界…」

カトルだ……カトルがこの部屋の扉を開けないようにして楽しんでる

「白虎…ダメ……やめて……

人間を殺したら、神獣の君は神力を失ってしまうんだよ

神獣が人間を一度でも食べてしまうと、この先ずっと人間を食べ続けないと……生きていけないんだよ………」

君が愛した人間なんだよ……

そんな事実を伝えた所でもう遅い

白虎は人間を殺し食べては空腹を満たしていく

あれだけやせ細っていた身体も元に戻り、毛並みまで元気を取り戻してる

決して、人間の血に染まるコトがない白虎族が…

その力を失いただの怪物になってしまった

「終わっちゃった

よほどお腹が空いていたようで早かった白虎」

カトルは最後のポップコーンを口に入れると、静まり返ったこの部屋を見渡している

「それで?イングヴェィどうする?」

その場に立ち尽くし、頭の中は真っ白だ

カトルに言われてやっと現実に目を向ける

白虎…神は人間を愛してる

人間を愛して守るコトが神だ

愛する者から酷いコトをされて笑われて誰1人として助けてくれない

その気持ちは想像を超える苦しみと悲しみがあるよね…

「…白虎、俺がもっと早くに君のコトを知って助けに来ていたら……」

こんなコトにはならなかった

白虎はすでに限界を超えていて、俺が来た時には遅すぎた

来なかったら白虎は今夜にでも確実に息絶えていたと思う

「……………………。」

俺は部屋の扉を開ける

外の世界に通じる道が開けたのを見た白虎は、俺とカトルを振り返るコトなく外への階段を駆け登り姿を消した

「逃がしていいのか

あれはこれから人間を沢山殺し喰って生きていく」

「…カトルは俺に何て答えてほしいの」

「さっきの状況、イングヴェィなら白虎を殺して人間を助ける事も出来た

白虎か人間か天秤にかかっている

どちらも殺す事も…

白虎を選んだのは何故」

「俺はセリカちゃん以外の人間をよく知らない

セリカちゃんは天が創った人間だけれど

神が創った人間がどんな存在なのか少しだけわかった気がしたよ

良い人もいれば悪い人もいる

全ての人間がそうじゃないとは思うケド

でも…自分が愛してる者からあんな風にされたら、頭がおかしくなっちゃうよ

白虎にとって人間は家族みたいなものだったのに

ここの人間達は白虎のコトを……」

なんでこんな悲しくて苦しいの

白虎の気持ちを考えると心が壊れそうになる

俺に感情がなかった時はこんなコト感じたコトも思ったコトも考えたコトもないよ

苦しいよ…心があるって、感情があるってのは

セリカちゃん…君を愛し想う嬉しくて幸せなコトばかりじゃないんだね……

「さぁ?僕にはわからない

僕は酷い事されても愛してる

自分は裏切ろうと思った事もない

あの人が僕を憎んで嫌って避けて逃げて、置いて姿を消しても

僕は愛してる…

白虎のように殺そうと思わない……」

時々、カトルは自分の過去のコトを思い出して遠くを見る

カトルの過去は詳しく聞いたコトはないんだケド、ずっと母親を探してるって言ってたから

たぶんそのコトだよね…

「白虎の気持ちより、イングヴェィ…何故

神力を失い人間を食べなきゃ生きれなくなった白虎を逃がした」

「あの白虎を助けたかったからだよ…

白虎自身に決めてほしいから

神力を失い愛した人間達を食べなきゃいけなくなった運命がイヤなら自分で死ぬ

それでも生きたいならそのまま生きていくよ

白虎の運命は白虎自身が決める」

俺が言うとカトルはハハハと笑い出す

プラチナは知能が高いと言うのにイングヴェィは本当にバカだと……

「逃がした事でいつかお前の大切なあの娘が喰われたらどうする?

あの娘は神とは関係ないが、人間である事に変わりはない

白虎を逃がした事でもしかしたらと考えない?

その調子だといつか後悔する…

今日逃がさず殺せばよかったと思う

僕なら殺す

その可能性があるなら

しかし、僕の大切な人は人間ではないからこの件は放置」

言われなくても、もしかしたらセリカちゃんも喰われるかもしれないってのは考えたよ

でも、あの白虎は殺せなかった…

もちろん…この先、白虎がセリカちゃんを襲うと言うなら迷わず殺す……

今は殺せない……

どうして殺せるって言うの……あんなに傷付いた白虎を…

「もう…追いつけないよ……」

「ふーん」

それぞれ愛の形や考え方…想いなんてみんな違う

カトルにはカトルの考え方がある

だから…感情を取り戻した今の俺にはハッキリとわかるよ

「ふふ…俺とカトルは合わないね」

「思い出した?

でも、あの娘と出逢う前のイングヴェィとはもっと合わなかった

目茶苦茶な奴」

「うん…そうだね」

昔も今も俺とカトルは気が合わない

それでもカトルは仲間だよ

後味の悪さを残したままカトルの面白い話とやらは終わった



城に帰ったのは朝だった

セリカちゃんは目を覚ましたかな

リジェウェィ達から何も連絡がないからまだ目が覚めてないか…

自分の部屋のドアを開けると、カーテンを閉めていなかったから君が眠るベッドの上に朝の眩しい光が射している

「あっ」

眩しいよねって思うより先に君の美しい姿に目を奪われる

そして、俺はベッドに近付き座り話し掛けた

「ただいま、帰ったよセリカちゃん」

あのね…自分のコトでまた1つ思い出したコトがあるんだ

俺は感情を取り戻してから、歌うコトが癖になっているみたいでね

とくに感情が強くなった時とかによくさ

感情のなかった時は歌うコトすらなかった気がするよ

何かを考えて歌ったコトはなくて、心のままに不思議と素直に自然と出てくるの

それはより強く気持ちを高ぶらせ心に深い想いを刻み付ける

今、無意識に口ずさむ歌は

白虎へのあれでよかったのかと言う迷い心配が強く表れている

君を起こさないように小さく呟くような声で歌い

君の白く綺麗な手をそっと握る

そうすると、途中から歌が変わった

カトルの言葉を思い出したから

もしあの白虎が君を襲うかもしれないってコトが、君を目の前にすると本当に白虎を逃がしてよかったのかわからなくなる

守るよ…君のコトは必ず、俺がしたコトが無意味になっても……

君を守るって誓う歌を終えると、眠っている君に

「俺のせいで君を危険な目に合わせてしまうかもしれない

でも、セリカちゃんのコトは……必ず守るからね」

そう話しかけると、重ねた手が微かに動いた気がした

「……綺麗な…歌声…」

軽く俺の手を握り返してくれて、君をゆっくりと目を開ける

「っセリカちゃん!?」

目覚めるのにもっと時間がかかると思ってたから驚きと嬉しさと恥ずかしさが巡ってどうしたらいいの!?

「イングヴェィ…大丈夫

貴方のせいで私が危険な目に合うコトなんて何もないわ」

ベッドから起き上がり俺に微笑みかけてくれる

窓から入る太陽の光が君をさらに美しく輝かせた

「…………………。」

その綺麗な姿に言葉を失う

もうすでに底無しに落ちているのに、何度だって恋に落ちる気分

触れてはいけないと思うほどに、君は…美しかった

俺が近付きたいのに何故か近付けないと思うほど君は魅力的

俺がそう想うのは今までもこれから先も永遠に君だけセリカちゃんだけだよ

「あ、あぁ…っセリカちゃん……ありがとう

君がいると、なんでもできるような気がする」

俺の言葉に君は笑って頷いてくれる

「身体は大丈夫?まだ眠たい?お腹空いた?何がしたい?何かほしいものとか?行きたい所は?」

「……そんなに一気に聞かれても…」

だって…これからは大好きな君と一緒にいられると思うと、嬉しくて楽しみで仕方ないんだもん

俺が笑うと困った君は繋がった手をパッと離した

ガーン…ちょっとショック

「まずは…お腹空いたな」

でも、俺はへこたれない!!

「わかった、ここの料理は期待していいよ

とっても美味しいからね」

ベッドから立ち上がって君へと手を伸ばすケド、それもスルーされたから俺はしつこく君の手を掴もうと追い掛けた

でもなんか避けられる!なんで!?

「それは楽しみね」

「うん、そうだね~」

内心穏やかじゃない俺

そうだ、セリカちゃんに前世の記憶がないってコトは1からなんだよね

今はまだ俺の片想いって所か…

それなら!いつか君の心を奪ってみせるからね

俺の運命の恋人、セリカちゃん



-続く-2015/03/12

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