沈黙の聖譚曲(オラトリオ)

奏佳(そうか)

第1輪 旅路

 星彩の降る夜に、空気を震わす少年の声。静かに響くテノール声が、開け放たれた窓から見える木々の合間を縫って草花を揺り起こす。


「──太陽きぼうを失った片足のマリオネットが竪琴ハープを弾き鳴らし、盲目の木こりが鉄の扉を今打ち鳴らす。開眼せよ、解顔かいがんせよ。りし日の祈りを、生命いのちしるべに──精霊の書 第九十九節 祝歌ほぎうた


 ぼうっ、と。翳された少年の両の手のひらから、橙色とも赤色ともつかぬ淡く暖かな光が溢れ出す。

 踏みつぶせば簡単に折れてしまいそうな程にやせ細った材木が組み合わされて作られた簡素なベッドに、呼吸を荒げ眉根に深いしわを刻んだ幼い少女が静かに横たわっている。

 言の葉とともに手のひらから流れ出た"それ"は、額に大粒の汗を浮かべた少女の華奢すぎる肩から、次第に全身をおおっていく。

 リィン、と鼓膜を揺らす小さな鐘の音。それに呼応するかのように一際輝きを増した茜色の光が、少女の体から滲み溢れ出てきた"黒アゲハ蝶"を吸収し、少年の体に戻ってゆく。


「────はぁ、っ……」


 小さな胸が大きく起伏し、土気色だった少女の頬にも赤が注したのが見て取れ、少年はほっと息を吐く。

 少女の傍らで膝をついて、事の行方を固唾を呑んで見守っていた彼女の母親が、救いを求めるように少年へと視線を移した。


「あの、娘は……!」


「……えぇ、ひとまず"昇華"は免れました」


「あっ、ありがとうございます……!」


 少年に向けられた瞳が、言葉が、あまりにも真っ直ぐで透き通っていて。

 すべてを受けとめきれずに、少年はついと視線を逸らした。


「残念ですが、僕にできるのはここまでです。あとは……」


「えぇ、わかって、おりますとも。娘のためにこんな辺境の地に来てくださっただけで、私は……っ」


「……それでは」


 失礼します、と背中を向けその場をあとにしようと足に力を入れたところで、か細く蚊の鳴くような声がそれを押しとどめた。


「おにぃ、ちゃ……ありが、とう」


 少年が先ほど手を翳し"治療"を施した、少女だった。


「フィルナ……!」


 フィルナと呼ばれたその少女は、母親の手を借りて、震えながらその身をベッドから起こす。


「ほんと、に……ありがとう……!」


「……っ、どういたしまして、フィルナちゃん」


 向日葵のような笑顔を浮かべたフィルナの頭にそっと手のひらを乗せると、少年は震える声を押さえつけ口元を綻ばせる。


 先ほどまで喉元にわだかまっていた別れの挨拶を済ませ、少年はその家をあとにした。







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