2-6

◆◆◆


「──い、……──リン……、リンドウ」

 誰かの呼びかけで、思考世界から引きずり出される。気が付けば、目の前をてのふらがヒラヒラと上下していた。

「聞いてる?」

「時雨が、なんで……」

 ──生きている?

 と聞こうとして口を開き、少しの逡巡しゅんじゅんのあと、喉元まで込み上げていた塊を嚥下えんげした。残ったため息だけが吐き出される。

「……別に」

 とだけ告げれば案の定、れんは眉根にシワを寄せる。

「は? なんだよそれ。今何か言いかけてただろ」

「別にって言っ──」

「言えよ」

 かすかに殺気をまとった言葉が、容赦なく飛んでくる。

 一発触発の危機を秘めて火花を散らす、あお琥珀こはくの眼。

 凍りつくような沈黙が、二人の間に鎮座する。

「……まぁいいけどね、別に。今は僕の婚約者だから」

 またもや、れんの言葉に反応してしまった。れんに強い視線を向けてしまった後で、にやりとれんが口の端をつり上げ、

「ほら、隠しきれてないってば」

 と、わらう。

 キッ、と鋭い眼差しを向ければ彼は見下すような冷笑を浮かべ、こう言う。

「時雨の何を知っているか知らないけど、僕らが知らないなにか重要な情報をリンドウが持っているのなら、家の者がお前を連行して、拷問にかけるかもしれないよ?」

「…………」

「なんなら、僕が言いつけてやろうか?」

 彼の目に、あざけるような光が漂う。

 そんなれん燐慟りんどうはただ見つめ、億劫おっくうげに息を吐き出した。

「……お前、本っ当にめんどくせェヤツだな」

「あ、やっと喋った」

「うるせェ、話しかけんな」

「えー、いいのかなぁ、さかき神咲かんざきにそんな口きいても。父上に報告しちゃうよ?」

「……何が目的だ」

 これ以上無駄な応酬をしていても意味がないと判断。燐慟りんどうが折れると、その言葉を待っていたと言わんばかりにれんは嬉しそうに顔を輝かせ、息を弾ませる。

「友達になろう」

 唖然あぜんとして、まじまじとれんの顔を見つめてしまう。それはもう、穴が空いてしまうほどに。

「………………は?」

「だから、僕と友達になろう」

 燐慟りんどうが聞き逃したと勘違いしたのか、同じフレーズを言ってのけるれん

「……てめェ、ふざけてんのか」

 自分でも驚くくらい低い声が、燐慟りんどうの口から発せられた。

 声が怒りに震えるのを、抑えきれない。抑えられるはずがない。

「ははっ、そんなにキレるなよ。お前の内の゙ノア゛が汚れるぜ?」

 隠しきれているはずだった。いや、隠せている。なにせ、無理矢理封じ込めているのだから。だから、周りのヤツらには悟られることはない。そう思っていた。これはハッタリか、それとも本当に──

「……なんのコトだ」

 だから結局、燐慟りんどうはこう言った。これしか言えなかった。

 それに対し、れんは笑って言う。

「隠しても無駄だって。な、仲良くやろうぜ、リンドウ」

 その貼り付けただけの笑顔の下で何を考えているのか、皆目見当もつかない。  が、注意しておくに越したことはないだろう。

「俺に話しかけんな」

「えー、素直じゃないなぁ」

 そこで女教師が、

「ではみなさん、講堂に行きましょう」

 他のクラスもひと通りの説明が終わったらしく、廊下側が騒がしくなってゆく。

どうやら、これから入学式が始まるらしかった。その新入生の代表挨拶をするのが、神咲かんざき 時雨しぐれだとれんは言う。本当に、あの時雨なのだろうかと心の中で疑問が渦巻くが、とにかく自分自身で確かめるしかない。

 椅子が床と接触し音を立てながら、生徒たちは腰を上げ同様に廊下へと排出されてゆく。

 机に手をついて立ち上がったれんが、

「さ、行こうぜリンドウ」

 右手を、燐慟りんどうに伸ばす。

 燐慟りんどうはその手を見上げ、顔をしかめ、払う。

「だから、俺に話しかけんなって言っ──」

「だからさ、素直になれって」

 それでもりず、れん燐慟りんどうの腕を掴み、無理矢理引き上げる。突然の予期せぬ行動と腕を掴む力の強さに、燐慟りんどうは顔をしかめずにはいられなかった。

神咲かんざきには逆らえないんだろ? だったら俺に従えよ」

「……ッ、くそが」

 そんな燐慟りんどうの悪態をものともせず、れんはなおも笑みを浮かべる。

 それから燐慟りんどうたちは、入学式に参加すべく講堂へと向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る